恐怖のキノコ鍋
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:普通
成功報酬:2 G 88 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月01日〜10月08日
リプレイ公開日:2005年10月12日
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●オープニング
●うさぎの悲劇
ばたばたと日々に追われるうちに夏が終わり、いつのまにか季節は秋。
だが、朝晩と肌寒さを感じるようになっても、日中はまだまだ暑い。
額に浮かんだ汗を拭うと、彼は前方からやって来た男に片手を上げた。
「よぉ。今日はやけに暑いな」
露店で買った林檎を男に投げる。
手の中に収まった林檎を軽く掲げて謝意を表すと、男は彼の言葉に相槌を打った。
「真夏日和というやつだな」
向かう所は同じである。
2人は並んで冒険者ギルドへと続く角を曲がった。
その途端に、彼らの手から林檎が落ちる。
「「‥‥‥‥」」
転がる林檎を追う事も忘れ、2人はしばし「それ」を凝視した。目を擦り、何度見直しても、どこからどう見ても、「それ」は‥‥
「‥‥うさぎ、だな」
「ああ、うさぎだ‥‥」
冒険者ギルドの扉の前に転がっているのは、ふかふかとした毛皮のうさぎ。
必死に訴えかける眼差しで見つめて来る「うさぎ」から、彼らは思わず目を逸らす。
「‥‥おい、構ってやれよ。「うさぎ」は寂しいと死んでしまうんだぞ」
「そう言うお前こそ」
互いに押し付け合っている間にも、「うさぎ」はジタバタと足掻いている。しかし、両手両足を1つに縛られ、猿轡を噛まされた状態では何が出来るわけでもなく。
やがて、「うさぎ」はぐったりと動かなくなった。
「おお、動かなくなったぞ」
「この暑さの中、まるごとうさぎなんぞ着込んでいたら、動けなくなって当然だ」
彼自身が好き好んで着ているようには見えなかったが、とりあえず目の前にある事実と一般常識とを照らし合わせた意見を述べてみる。
力無く垂れた「うさぎ」の首が僅かに上がり、恨みがましい目を向けてくる。
「まぁ、なんだ。このまま干うさぎにするのも可哀想だし」
やれやれと、彼が「うさぎ」を拘束する縄に手をかけたその時に、
「そろそろ反省して頂けましたでしょうか?」
嫌味なまでに丁寧で、氷のような声が頭上から降って来た。
縄の結び目に手をかけたまま、恐る恐る、彼は顔を上げた。
冷たい瞳をした「うさぎ」の従者が、彼らを見下ろしている。
「よ‥‥、よぉ、ヒュー。久しぶり‥‥」
「お久しぶりです」
そつのなく返されて、彼は冷や汗を掻きつつ、視線を泳がせた。何も後ろめたい事はなかったが、青年の静かな怒りの波動は居心地が悪い。
「こ、んなトコに放置してたら、皆の邪魔になるだろ」
あっはっは。
妙に乾いた笑い声をあげて「うさぎ」を示した男に、銀髪の従者はにこやかに微笑んだ。
「申し訳ありません。これを転がしておくなんて、少々大人げなかったですね。皆さんの邪魔にならないよう、吊しておきます」
本気で軒先に吊しかねない青年を、彼は慌てて止めた。
「一体、何がどうしたって言うんだ? こんなでも、一応はお前の主だろうが」
「‥‥先日」
不意に、青年の表情が虚ろになる。
「国元へ定時連絡に戻る時に、当面の生活費として、この方に50G渡していたのですが、戻って来てみると、何故だか50Gの借金が出来ておりまして」
銀髪従者の拳がふるふると震えている。彼は1歩、後退った。
「どうして! どうやって! この短期間に100Gもの金を使い切る事が出来るのか、教えて頂きたいものですねッ」
あまりの剣幕に、倒れ伏していた「うさぎ」も思わず飛び上がり、冒険者達の背に隠れてしまう。
しかし、従者の怒りは怒鳴るだけでは収まらなかったようだ。
「うさぎ」の首根っこを掴み、彼は満面の笑みを浮かべて囁く。
「貴方の無駄遣いのお陰で、私はもう1度、国元へ向かわねばなりません。その間、貴方にもちゃんと働いて頂きましょう。勿論、拒否権は無しです」
有無を言わせぬ従者の目が笑っていない笑みに圧され、哀れな「うさぎ」は頷くしかなかった。
●キノコ鍋
「というわけで、ここに依頼があります」
差し出された依頼状を一読して、彼らは腕を組んで立つ従者の姿を盗み見た。
彼の主のとばっちりを受けて、何故だか一緒に依頼を受ける事となった冒険者達の顔にも怪訝そうな表情が浮かんでいる。
「鍋を作れって書いてあるように見えるんだが」
「まだ目は悪くなっていないようですね、よろしい事です」
あっさりばっさりと切り捨てて、従者は隅っこで所在無さげに立っていた少年を手招いた。
「帰りに知り合ったウィルくんです。彼は、病気のお母さんや、弟妹達に美味しいキノコ鍋を食べさせたいと、最高のキノコを採るべく村を出て来たそうで」
あー、と彼の主が天を仰ぐ。
銀髪従者は、このテの話に弱い。困っている子供や弱い立場の者を見ると、状況を顧みる事なく、助力を申し出るのだ。
「最高のキノコ鍋を彼のお母さんや弟さん、妹さんに食べさせてあげて下さい。メインは『叫ぶキノコ』だそうですから、調達は皆さんにお任せした方がよいと思いまして」
「本気ですか」
『叫ぶキノコ』。
彼らの脳裏に毒々しい色が過ぎる。
一応は食べられるものだが、口にするのが躊躇われる代物だ。食べる以前に、食物という分類から外れたモンスターなのだから。
反対しようとした冒険者に先んじて、銀髪従者が口を開く。
「よろしくお願い致しますねッ」
語尾に込められた力が妙に怖い。駄目押しとばかりに、彼はウィル少年を冒険者達の前へと押し出した。
「この人達が協力してくれますからね。大丈夫、きっと後世に残るキノコ鍋を作って下さいますよ」
少年は、無邪気に瞳を輝かせた。
「そんな凄い鍋なら、母ちゃんの病気も吹っ飛ぶよな!? 元気になるよなっ?」
「ええ、きっと」
そんな安請け合いしないで下さいッ!
冒険者と主の心の叫びなど知らぬ顔で、従者は少年へと笑いかける。先ほどまでと違う、心からの笑顔である。
「おいらも頑張って一杯キノコを採るから、手伝ってください」
ぺこりと頭を下げた少年に、冒険者達は引き攣った顔で曖昧に頷いた。
「‥‥ところで、キノコってどんな木に生ってんだ?」
「彼は、危ないから森の中には入らないようにと言われていたそうです」
逃げようとした主の肩をがしりと押さえつける。
言外に、ウィル少年にキノコについての知識と森の知識がないと涼しい顔で付け足した銀髪の従者に、冒険者達はこの鍋依頼が何の問題もなく終わらない事を知ったのであった。
●リプレイ本文
●道無き道を
「あ〜きのみかくのキノコなべ〜♪」
「きのこなべぇ〜」
森の静寂は、その日、突然に破られた。
「お味噌を入れたらキノコ汁〜♪」
「きのこ汁う〜」
調子っぱずれな歌声に、幾分間延びした合いの手が入る。お手々繋いで仲良しこよし、道なき道に道を造って突き進んでいくユウタ・ヒロセ(ea4825)と橘木香(eb3173)に、エスリン・マッカレル(ea9669)は閉口した。
依頼人曰く「叫びキノコ」、通称スクリーマーは、湿り気を帯びた場所に生息していると思われる。
思われるから、覚悟はしていたのだ。
だがしかし‥‥。
「ふ‥‥ふたりトモ‥‥もうすこしふつうのみちヲいかないカ‥‥」
ぴょこんと跳ねたものを咄嗟に避けたのはいいが、その後、大きな蜘蛛の巣に頭から突っ込んでしまった。
いや、そんな事よりも、この森にアレがいるという事実が問題だ。
エスリンはだらだらと冷や汗を流しながら先へ行く2人に声をかけた。その口調が微妙に強張っている事に気づいたのは、後に続く数人のみ。
「えー? 駄目だよ、エスリンちゃん。叫ぶキノコが普通の場所にあるはずないんだから! 人食い虎や人間を儀式の生贄に捧げちゃうような現地民がいる秘境のそのまた果てにひっそりと生えているんだよ! ねー?」
「ねぇ〜」
同意を求められて、木香もほよよんほややんと微笑んだまま、相槌を打つ。
「‥‥それはどこの秘境であるか‥‥」
リデト・ユリースト(ea5913)の呆れたような呟きを気にする事なく、再びユウタと木香は歌いながら歩き出した。
「お野菜だっておっいしぃぞー♪」
「おいしいぞぉ〜」
向かうところ敵なし、絶好調の2人に半ば諦めの表情を浮かべて、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)は仲間達を促した。このまま立ち止まっていても、叫びキノコは手に入らないのだ。
「エスリンさん、頑張って」
あはは、と魂の抜けた様子で笑うしか出来ないエスリンに、滋藤御門(eb0050)が小さく拳を握って励まし、見るに見かねたリデトがその頭上に乗る。拾った小枝を振り回せば、少なくとも枝の間に張った蜘蛛の巣だけは防げるはずだ。
「では、先へ進むのである!」
「お子様は何も悩みが無くていいよなぁ」
一致団結して、この秘境(?)を乗り切ろうと決意に燃え、一歩踏み出そうとした彼らの足を、刺々しい声が止めた。
「アレク‥‥」
声の主は、出発した時から不貞腐れモードの不機嫌オーラ全開だったアレクシス・ガーディナーだ。
額に手を当てて、レヴィは息を吐き出した。
彼が拗ねている理由も、不機嫌な理由も分かっているから、宥め宥めしながらここまで連れて来たわけだが、どうやら彼の苛立ちは頂点に達してしまったようである。
「気持ちは分かるけどね、アレク。そんなにイライラしてたらお肌に悪いわよ?」
「八つ当たりはみっともない」
年下の弟を窘めるが如くレヴィが言えば、落ち着きを取り戻したのか開き直ったのか、青い顔をしたエスリンも溜息をつく。
むっと眉を寄せたアレクの機嫌がますます下降していく。
「‥‥あ、カエ‥‥」
「〜〜〜〜っっっ!!!」
足下に視線を向けたアレクに、エスリンは思わず隣にいたベナウィ・クラートゥ(eb2238)にしがみついた。
「落ち着いて下さい、エスリンさんっ! 何もいません、いませんよーっ」
抱きついて来たエスリンに、ベナウィは足下を指さして「ね?」と首を傾げてみせた。ちょびっと強張ってはいたが、人好きのする笑顔も一緒に。
「ほら、大丈夫」
「何も‥‥」
ベナウィの指し示した地面に憎っき敵の姿はない。しばし、その事実を確認するように地面を見つめていたエスリンの拳がふるふると震え始めた。
「エスリンさん?」
彼女の変化に気づいたのは、当然ながら、一番近くにいたベナウィ。
薄く笑って、エスリンはアンジェリカ・シュエット(ea3668)の傍らで呆然と成り行きを見守っていた依頼人を振り返った。
「ウィル殿、母御の為に滋養のある動物も狙うとしよう」
「へ? あ、えーと」
突然に話題を振られて、ウィルは一歩後退る。獲物の姿がないのに、彼女はどうして弓に矢をつがえているのだろう。
「鹿とか‥‥ああ、兎でもいいか。いやいや、そこな大きい兎の事ではないぞ?」
「矢! 矢、こっち向いてるっ!」
こめかみに青筋を浮かべたエスリンと、慌ててレヴィの背後に逃げ込んだアレクとを見比べて、アンジェリカは大人びた吐息を漏らした。
「アレク、あんな風にならないようにしましょうね」
彼女の傍らに寄り添っていたアレックスは、鼻を鳴らし、愛想で尻尾を振る事で応えたのだった。
●叫びキノコ
次々と襲いかかる難敵を倒しつつ、彼らは道無き道を掻き分けて進む。
血を吸われると1週間の発熱の後に下僕化するという吸血鬼よりも、血を吸われた者を即座に苦しめるヤブ蚊の大群の方が手強い。
人食い虎の牙はないけれど、人が道具を使って砕かねばならない殻を小さな前歯で囓ってしまう小動物の愛らしさは、先へ進もうとする彼らの足を止めた。
その他諸々の誘惑や攻撃を退けて、彼らはついに叫びキノコの群生地へと辿り着いたのだ。
ちなみに、出発時、万が一に備えて用意していた保存食やアイテムを入れた荷物は減るどころか、ぱんぱんに膨れ上がっている。
「キノコにクルミ、栗‥‥いっぱい採れたけれど、リンゴがないのである」
しゅんとしょげかえったリデトに手を伸ばして、レヴィはその頭をちょんと指先で突っついた。
「こんなに森の恵みを貰っておいて文句を言ってたら、森が意地悪してリンゴを隠してしまうわよ?」
レヴィの目の端で、御門がそろりそろりと離れていく。後ろ手に持っているのは荷の中に入れてあったリンゴに違いない。
「スクリーマーが好む場所にリンゴの木なんて‥‥ぐはッ」
アンジェリカの肘鉄と冷たい視線を食らって、アレクが地面に崩れ落ちる。
「アレク、人間のアレクがお馬鹿さんな事をしないように、子守をして貰えるかしら?」
元気よく返事をした犬のアレクに恨めしげな視線を向ける人間アレク。
その様子に気を取られたリデトは、ふと視線を巡らせて歓声を上げた。
「御門殿! 御門殿の後ろの木にリンゴが生っているのである!」
「え? あ、ややっ!? なんとこんな所にリンゴがありますよー」
多少、棒読みなのは目を瞑る事として、喜び勇んでリンゴに飛びつきかけたリデトを捕まえると、御門は彼の代わりに木へと手を伸ばす。
「はい、リデトさん」
「ありがとーなのである! わぁい!」
真っ赤に熟れたリンゴを抱えて嬉しそうなリデトに、誰も何も言わない。微笑ましい光景を、ただ暖かく見守るばかりだ。
「でも、栗や木の実ばかりじゃなくて、本命のスクリーマーを採らなくちゃ、ね」
収穫物を抱えてご機嫌だったウィルが、レヴィの言葉にはたと我に返る。どうやら本来の目的を忘れてしまっていたらしい。
「大丈夫! 聞いた話だと、この辺りにいるはずだからネッ」
ニコニコと笑って足を踏み出したベナウィを止める間もなかった。
うわぁん!
うわぁぁん!
うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!
途端に泣き出した幼児の団体のような騒音の一斉放射を浴びて、ベナウィは飛び上がった。耳を押さえようとして、頭に手を伸ばす。
「耳痛ッ! って、あああっ! これは俺の耳じゃなくて、獣耳ッ!」
間違えてノルマンで作られた獣耳バンドを押さえてしまったベナウィが、頭を抱えて身悶える。
「‥‥楽しそうであるな、ベナウィ殿‥‥って、木香殿!」
こんな事もあろうかと用意していた耳栓のおかげで、ダメージの少なかったリデトは、かくりと首が落ちた木香に仰天した。
この大音声に打撃を被ったのか。慌てて、リデトは羽根を広げた。
「ど、どうしたであるか!? 致命傷であるかっ!? 致命傷であるなっ!? 大丈夫であるかーーー!?」
「はっ!?」
だがしかし、倒れかける寸前で木香は顔を上げた。
どこか焦ったように周囲を見回して、ぶんぶんと頭を振る。
「寝てません、寝てませんっ、断じて寝てませんっ」
「ね、寝ていたのであるか‥‥」
この状況で居眠り出来るだけではなく、気が狂いそうな騒音でようやく目が覚めたというのも物凄い。
「あれ? あれあれ? ‥‥おぉう、大きい‥‥おいしそう‥‥」
宙で止まってしまったリデトを越して、わんわん泣き叫ぶ極彩色のキノコの群れに目を向けた木香に、リデトは呆れるよりも感心してしまった。
「あの色を見て美味しそうといえるのも、凄いのである」
「そんな事よりも、とりあえず、狩りましょ」
そして、その異常な状況に動じる様子も見せずにユウタから借りたダガーを取り出し、きらりと目を光らせたアンジェリカも大物だ。
「女のコって強い‥‥」
ぽつんと呟いた御門の声がやけにはっきりと聞こえた気がして、リデトは思わずお空を見上げてしまったのであった。
●恐怖のキノコ鍋
「ところで」
尻尾にじゃれつくウィルの弟達を相手に奮闘している犬のアレクを眺めながら、アンジェリカは人間のアレクの隣に腰をおろして尋ねた。
「本当のところ、100Gも何に使ったの? 使い道が真っ当なら、ヒューも少しは手加減してくれるのではなくて?」
そっぽを向いたアレクに、エスリンが肩を竦める。
「話は聞いている。サウザンプトンの依頼に対する報酬と必要経費なのだろう? 言い訳せぬ態度は潔いが‥‥」
「素直に説明すれば、ヒュー君だって怒らないと思うんだけどなー。あたしが代弁してあげよっか?」
もっとも、これまでの素行の悪さが祟っている事も否めない。拗ねた子供みたいに背を向けたアレクの頭を撫でて、レヴィが苦笑混じりに提案した。
だが、アレクはレヴィの提案に頷かなかった。
「ヒュー殿に隠さねばならない理由でもあるのか?」
「‥‥なるべく聞かせたくないんだ」
膝を抱え、木の枝で地面を突っついていたアレクがぽつりと呟く。
「どうして?」
「あいつが辛そうな顔するから」
レヴィはアンジェリカ、エスリンと顔を見合わせると、ユウタと共にキノコを鍋に放り込んでいるウィルを見た。
「でもね、アレク‥‥‥‥」
言いかけて、レヴィは、いや、その場にいた全ての者達が動きを止めた。
彼らの視線の先、何故だかその手に水晶剣を作り出した御門の姿がある。
彼の表情は真剣そのものだ。
モンスターでも現れたかと、いつでも印を結べるように身構えたアンジェリカの目の前、御門は引き結んでいた唇を動かした。
「いざ‥‥参りますっ」
そして、高く放り投げられるキノコ。
水晶の剣が閃き、薄切りにされたキノコが鍋の中へと落ちていく。勿論、キノコの中には毒々しい色のスクリーマーも含まれている。
沸き起こったどよめきと拍手に、御門は恥ずかしそうに頬を染めた。
「凄いわねぇ」
と、言葉だけ感心して見せながら、鍋を掻き混ぜていた木香は、スープの中に浮かび上がって来た具材に怪訝そうな顔をした。羽根があるように見えるのは気のせいだろうか。
「鳥‥‥」
「鳥?」
彼女の手元を覗き込んだ御門が悲鳴を上げた。へらに引っかかっていたのは、真っ赤に茹で‥‥もとい、のぼせたリデトだったのだ。
「リデトさんっ!? 生きてらっしゃいますかぁぁぁっ!?」
「ふにゃほにゃにゃひょにゃる‥‥」
熱いぐらいの小さな体を抱えてパニックを起こし、右往左往する御門を気に留める事なく、木香はシフール出汁のきいたスープと具材とを椀に注いだ。
「あ、俺も試食したい♪」
「‥‥ん」
もう一杯掬って、待ち構えるベナウィの椀へと注いでやる。
「ちょっと味付けが濃いみたい‥‥」
「俺は、このぐらいでもいいかなぁ」
「あー! ずるいずるい! ボクも食べるーッ!」
仲良く試食する2人に混ざろうとしたユウタの肩を引いて、アンジェリカはずずいと彼の目を覗き込んだ。
「ちょっと聞いてもいいかしら? スクリーマー以外の具材の吟味ってした?」
「? したよー。ぜーんぶ、食べられるものばっかり。栗でしょ、クルミでしょ、キノコでしょ‥‥」
アンジェリカはほぅと息を吐いた。
「それで、リデトで出汁を取ったのよね。‥‥キノコは? まさか、毒キノコとか入ってないわよね?」
見上げてくるアンジェリカに、ユウタは頬を膨らませた。
心外だと言いたげな彼の様子に、レヴィが笑う。
「大丈夫よ。ユウタくんってば食べ物に拘る子だから、そういう事はきちんと‥‥」
くすくす。
耳に届いた笑い声に、言葉を切った。
木香とベナウィが笑い合っている。
「ほらね、実際に食べた2人は何ともないんだし」
けらけら。
だんだんと2人の笑いが大きくなっていく。
けたけたと笑い転げる木香とベナウィの姿に、レヴィの顔が青ざめた。
「何とも‥‥ないの? あれで?」
「ユ‥‥ユウタくん?」
レヴィにも疑われて、ユウタは唇を尖らせる。
「毒キノコの簡単な見分け方ぐらい、ボクも知ってるよ! 軽く囓って、苦味のするキノコは食べない方がいいんだよ! ‥‥と、そろそろ囓る事が出来るかなー」
自作の歌を歌いながら鍋へと向かうユウタの姿を見送って、冒険者達は一様に生唾を飲み込んだ。
癒しの魔法を使えるリデトは、御門の腕の中、のぼせたままである。
「あああっ! ユウタくん、待って下さいっ」
これ以上、被害者を出してはいけない。
御門とエスリンの手で危険物として封印された鍋は、半径3m四方の立ち入りを禁じられて廃棄を待つ事となった。
「‥‥‥‥」
てきぱきと村人に避難指示を出す仲間達の姿を見ながら、レヴィはだらだらと冷や汗を流していた。
キノコ酒を造る為に、手持ちの酒に各種キノコを漬け込んだ事がばれるとまずい。誰にも見つからぬよう、こっそりと、彼女は靴先で発泡酒の入った壺を蹴ると、荷物の中に隠す。
「ま、まぁ、お酒に漬けると毒素も消えちゃうかもしれないし、捨てるのも勿体ないし」
熟成した頃、アレク辺りで試してみればいい。
気を取り直して、レヴィは廃棄を手伝うべく、笑顔で仲間達の元へと戻っていったのだった。