強さと弱さと心の闇

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 83 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月08日〜10月17日

リプレイ公開日:2005年10月18日

●オープニング

 その男は、人目を忍ぶかの如く闇に紛れてやって来た。
「ここに来れば、アレクシス・ガーディナーに会えると聞いた」
 人が少ないギルドと、背後とを確認して口を開いた男が告げた名に、冒険者達は顔を見合わせる。ここしばらく、何やら忙しかったかの者は、今は彼らの仲間と共に依頼へと出ているはずである。
「ここにいないとしたら、酒場の方か‥‥。それとも、宿へ戻ったか」
 反応が返らない事をどう受け止めたのか、男は独り言のように呟くと踵を返す。心当たりを探しに行くつもりのようだ。慌てて、冒険者は男を引きとめた。
「ちょい待ち! あんた、アレクに何か用があるのか?」
 尋ねたのは、ほんの少しの警戒心。
 アレクが依頼に立つ前日に訪れた連中の事がある。アレクの居場所を教えてよいものかどうか、探るように相手を見る。
 しかし、警戒していたのは男も同様だった。
 硬い表情で、尋ねた冒険者を見返す。
「‥‥用が無ければ会いに来てはいけないのか? ここにいないのならば、あいつが居そうな所を探す」
 アレクが居そうな場所を知るという事は、彼の行動パターンをある程度は知っているという事か。情報を元に、行動範囲を割り出した可能性は否めないが、冒険者は判断した。
「アレクは、今、キャメロットにいないぞ。依頼に同行しているからな」
 男は仰天した。
 次いで、頭を抱え込む。
「なんでこんな時に、あいつは!」
 冒険者達は、再び互いに見合った。
 心底、落胆した様子の男には何か事情がありそうだ。少なくとも、キャメロットに来たついでに、知人を訪ねた風には見えない。
「一体、何があったんだ? アレクとは知らない仲じゃない。何かあるなら、あいつが戻って来た時に伝えておくぞ」
 男は顔を上げた。
 のろのろとギルドの中を見回して、やがて嘆息する。
「ギルドは、どんな依頼も受けてくれるのか‥‥?」
「犯罪じゃない限りは」
 自嘲めたい笑みを浮かべて、男は肩を揺らす。
「犯罪、か。‥‥それは、誰にとっての犯罪だ?」
「じゃあ、いい変えようか。イギリスの法と、良心とに従って正しいと判断した依頼を受ける」
 では、と男は冒険者を真っ直ぐに見た。
「あんた達の良心に期待する。一刻を争うのだ」
 大きな声では言えないと、男は冒険者達を手招いて声を潜める。
「4日後、サウザンプトンからポーツマスへ囚人として移送される女を助け出して欲しい」
 囚人を逃がせという男に、冒険者達は目を剥いた。
 そんな冒険者達の動揺を見ながらも覚悟を決めたのか、男は思いつめた顔で語り続ける。
「彼女は弱い者を守っていただけだ。だが、サウザンプトンでは異端の者を庇った者も罪人になる」
 しん、と沈黙が満ちたギルドの中でとつとつと語る男の言葉だけが響いていた。口を挟めないのは、男が告げた「異端」という単語の中に込められた憤りとも悲しみともつかぬ感情に圧倒されていたからかもしれない。
「何とかポーツマスに送られる前に救い出そうと、教会や役人に手を回していたのだが、我々とは別に彼女を奪還しようとする動きがあるとの情報が入った。これまで、彼女が救って来た者達が、今度は彼女を救おうとしているらしいが‥‥」
 男の顔に苦悩が過ぎる。
「このままでは、彼女を救うどころか、逆に一網打尽に捕らえられかねない。彼女も彼らが行動を起こす事を喜ばないだろう」
 だから、と彼は冒険者達を見回した。
「彼女も、彼女を奪還すべく無謀な襲撃を企てている者達も、全て救って欲しい。罪の無い者達が罪人として罰を受ける事を、あんた達の良心が「正しい」と判断しないのであれば、力を貸してくれ」
 卓の上に零したエールで、男は簡単な地図を描いた。
 サウザンプトンの東に流れる川のほとりを示して、彼は「ノルザム」と告げた。
「この村までは、何とか我々の仲間が入り込める。奪還を企てている者達も、それを知っているから、行動を起こすならここだと思う」
 川に架かる橋を落とせば、時間が稼げる。とりあえず、逃げ出す事が出来るぐらいの時間だろうが。
 冒険者は、眉を寄せる。
 捕らわれた女を移送する者と、彼女を助け出そうと手を尽くす者達と、取り返そうと目論む者達と。
 囚人の移送はそれなりに護衛がついていると考えるべきだろう。
 依頼人の男が属する一派は短慮な行動を取る事はないだたろうが、問題は何をしでかすか分からない連中だ。男の話しぶりからすると、かつて彼女が救った者‥‥「異端」とされた者達であるらしい。彼女が守っていた「弱い者」に、警戒厳重な囚人の奪還など出来るはずもないし、緻密な策も期待出来ない。行き当たりばったりに行動する素人同然と考えていた方がよそさうだ。
 ノルザムについても、サウザンプトンの境となっている川の河口近くにあり、ポーツマス側へ渡る橋が架かっているという程度しか分かっていない。
 その上、囚人の移送が4日後に迫っているのだ。悠長に情報収集している暇はない。情報を集めている間に増えた囚人達が川の向こうに連行されたのでは話にならない。
 囚人移送の一隊が川を越える前に決着をつけねばならないのだ。
「‥‥あんたには聞きたい事が山ほどあるが、まずは囚人となった女の名を聞こうか」
 いつまでも「女」と呼ぶわけにもいかない。
 数瞬、躊躇った後に、依頼人はゆっくりと唇を動かした。1音ずつ、声に出さない言葉を、冒険者達は唇の動きで読み取る。
『ブリジット』
 男は、確かにそう告げた。

●今回の参加者

 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2438 葉隠 紫辰(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3041 ベアトリス・マッドロック(57歳・♀・クレリック・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3892 和紗 彼方(31歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4164 レヴィ・ネコノミロクン(26歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea4200 栗花落 永萌(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7197 緋芽 佐祐李(33歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●昔語り
「依頼人の旦那、もうちっとばかし詳しく話を聞かせておくれでないかい? 実際のとこ、嬢ちゃんを奪還しようとしている連中は何なんだい? それから、アンタ等の仲間に接触する方法や、アレクの坊主との関係もね」
 先行する者達が出立した後、ベアトリス・マッドロック(ea3041)は依頼人をひたと見据えて尋ねた。
 問われた男はしばし沈黙し、やがてゆっくりと語り出した。
「昔話を、しよう」

●ノルザム
 ひょっこりと通りに顔を出したユリアル・カートライト(ea1249)を見て、顔見知りになった女がおや、と笑う。
「これはまたごゆっくりで。まだ助手さんは来ないんですか?」
 苦笑して、ユリアルは1つ欠伸をした。
「いいお天気だったので、ついつい寝過ごしてしまいました。旅の人とか、もう皆、村を出てしまったのでしょうかね? 今からでも日が暮れるまでに橋を渡れそうですし」
「今日は、皆、急いで渡ってっちまいましたよ。なんでも、サウザンプトンから罪人を連れた騎士様達がこっちに向かっているらしくて。アタシ達だって、罪人が村に泊まるのは嫌ですよ」
 曖昧に相槌を打って、ユリアルは周囲を見渡した。そこかしこで不安げな顔をした村人達が囁き合っている。どうやら、罪人護送の騎士が近いのは間違いないようだ。
「困りましたね。紫辰ってば、もしかして先に行っちゃったのでしょうか」
 少し困ったように眉を寄せて、ユリアルは女から離れた。よろよろと足取りも危うく歩く彼を、村人達は気に留める様子もない。数日間の逗留で、彼はすっかり村に馴染んでいたので。
「誰が助手だ」
 どこからともなく掛けられるた声に驚く事もなく、ユリアルは微かな笑みを浮かべて小声で返す。
「いい案でしょう? 姿を現しても怪しまれませんよ。ローブ、着てみます?」
 物陰から舌打ちの音が聞こえた。
「そんなずるずるした布を引きずって歩くなんざ、ごめんだ」
「助手なんですから、仕方がないでしょう」
 本気で嫌そうな葉隠紫辰(ea2438)の声に一頻り笑った後、ユリアルは真顔に戻った。注意深く周囲を確認すると、更に声を潜める。
「それで、護送の一行はどの辺りまで近づいていますか?」
 姿を見せぬままの紫辰も、声の調子を改めた。
「日暮れ前には、村に到着する。護衛の騎士は5人。皆、手練ればかりとみた」
「そうですか」
 口元に指を当て、考え込みながら歩き出したユリアルは、建物の間から飛び出して来た人影と危うくぶつかりかける。慌てて口にした謝罪の言葉は、唇に当てられた細い指先に封じられた。
「ごめんなさ‥‥」
「あら、失礼!」
 軽い衝撃の後、悪戯っぽい笑みを浮かべて去って行った女性を、ユリアルはただ呆然と見送る。
「‥‥どうした?」
 開いたユリアルの手に乗っていたのは、羊皮紙の切れ端。
 書かれた内容を素早く流し読みして、彼はそれを差し出した。風が掠ったかのように羊皮紙が消える。
「ふむ? 奴らから接触して来たか」
 どうやら、あちらもうまく行っているようだ。
 去って行ったステラ・デュナミス(eb2099)の意味深な微笑みを思い出して、紫辰は素直に感心した。依頼人の仲間の手を借り、無謀な救出劇を目論む者達との接触に成功したと、その羊皮紙には記されてあったのだ。
「ステラさんの後をつけますか?」
 否と、答えはすぐに返って来た。
「ステラ殿は目立ち過ぎぬ程度に餌を撒いておられた。それに掛かったとなると、ステラ殿に仲間がいると感づいているはず。目的の護送団が近い今、奴らはここで揉めるわけにもいくまい。故に‥‥」
 言葉が終わるか終わらないかのうちに、紫辰の気配が消える。
 残されたユリアルは、ええと頷いた。
「では、私も」
 歩きかけて、ふと足を止める。
 いつの間にか戻って来ていた羊皮紙の切れ端を握り締めて、彼は表情を曇らせた。
「異端‥‥という言葉は使いたくありませんね。事情はどうあれ、不当な弾圧は許されるものではないのですから」

●目撃
「ねぇ、遙。今の、ステラさんだよね」
 主の言葉に、ボーダーコリーの遙がはたはたと尻尾を振る。
 それを肯定と受け取って、和紗彼方(ea3892)はきゅっと口元を引き締めた。
「ステラさんは宿じゃなくて、協力してくれる人の所にいるんだよね。じゃあ、ひょっとしてひょっとするのかな」
 ポーツマスへと通じる橋を調べていた彼方と遙は、同様に橋の近くでごそごそしていた怪しい人物を追って来た。同じ事をしていたから、その人物が何をしているのか彼方はすぐに気付いたのに、相手は彼方に気付きもしなかった。
 これが、何を意味しているのか。
「‥‥遙。お願いがあるんだけど」
 耳を立てて見上げて来る遙の頭を1つ撫でて、彼方は宿を見据えた。

●異端の者
 彼らの訪れを予期していたのか、扉が開かれる。
 ノブを握っていたステラが驚いたように目を見開く。そんな彼女に微笑みかけて、栗花落永萌(ea4200)は室内にいた者達をゆっくりと見回した。
「はじめまして」
 落ち着いたその声に我に返ると、ステラは動揺を覗かせつつも彼らを紹介する。
「わ‥‥私の仲間なのよ。敵じゃないから安心して」
「‥‥何に動揺したのか、よーく分かるわよ、ステラ‥‥」
 自分も同じように驚いたから。
 指を組んで遠くを見つめたレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)に、永萌は咳払う。故郷の服を脱ぎ、イギリス風の服を身につけただけで、どうしてこうも驚かれるのであろう。
 心中、首を傾げながらも、永萌は完璧な笑みを顔に貼り付けて「異端」と呼ばれた者達に向き直った。
「ステラさんの言う通り、我々は敵ではありません。貴方達と同じく、ブリジットさんを救出するべく、この街へとやって来た者です」
 警戒を解かぬ相手に、あくまでも穏やかに。微笑を浮かべ、柔らかな雰囲気を身に纏って、彼は更に言葉を続ける。
「我々は目的を同じくする者同士です。あまり時間もありませんし、ここは互いに腹を割って話し合いませんか?」
 問いかける言葉ながら、嫌と言わせぬ力がある。
 相手は柔和な雰囲気に騙されて、ついつい言われるがままに頷いてしまうのだ。知らぬ間に相手を自分のペースに引き入れる。
「栗花落永萌、恐るべし‥‥」
「こら、レヴィの嬢ちゃん」
 めっと窘められて、レヴィは小さく舌を出した。言いたい事は山ほどあるが、ここは永萌に任せておけばいい。相手が永萌の手の上で転がされ始めてから、思いの丈をぶつける方が効果的である。
 ステラが最初の交渉を成功させていた事もあって、話はとんとん拍子に進んでいく。
「‥‥仲間から、護送団の騎士は手練ればかりとの報告も入っていますし」
「相手は鍛錬を積んだ騎士よ? あなた達にどうこう出来る相手ではないわ」
 畳みかけるように、ステラも続ける。
「安心して。ブリジットさんの想いも働きも、決して無為にしないから」
 永萌1人に丸め込まれ、何の疑いを抱く事もなく、ただ頷いているだけだった彼らである。そこへ真摯に説得するステラが加わればどうなるのか。
「この調子だと、最短記録更新かしら?」
「かもしれないねぇ。それだけ、この人達は純真な‥‥おや?」
 ベアトリスは眉を跳ね上げた。
 階下から、喧しく吠える犬の声と慌てふためいた乱暴な足音が聞こえて来る。
「大変! ねぇ、もう着いちゃった!」
 飛び込んで来た彼方に、レヴィが素早く窓に駆け寄って、細く窓を開く。遠巻きに囁き交わす村人達の視線が、宿の前に止まった荷馬車に注がれていた。
 窓の隙間から外を覗いた者達の顔がみるみるうちに強張っていく。
 荷馬車の上に乗せられていたのは、後ろ手に縛られたブリジット。村人達の好奇の視線を浴びながらも、毅然と
顔を上げていた彼女を、騎士の1人が腕を伸ばして乱暴に引き摺り降ろす。
「なんて事を!」
 憤り、今にも飛び出して行きそうな者達の様子に、彼方は両手を広げて扉の前に立ち塞がった。
「待って! 君達が捕まったら、ブリジットさんが頑張って来た事が無駄になっちゃう! ボク達が絶対に助けてみせるから! ここにいない仲間も、その為に動いているんだよ。信じて!」
 必死に訴えかける彼方に、憤っていた者達は戸惑いながら顔を見合わせる。
「彼女の言う通りです。戦うだけが強さではありません。ブリジットさんを見れば分かるでしょう?」
「しかし、我々の怒りは、もう‥‥」
「聞いているよ」
 よいしょ、と体を揺らして、ベアトリスは「異端」と呼ばれた者達の前に立った。
「ポーツマスもサウザンプトンも、普通じゃないとされた者は全部「異端」にされちまうんだってね」
 バンパネーラとして追われた少年がいた。けれど、彼はバンパネーラではなかった。呼び名など関係ない。誰かに「怪しい」と思われたが最後、異端者とされて捕らえられ、今回のブリジットのようにポーツマスへと送られるのだ。
「かつて、この地で異端に関する恐ろしい事件があったって聞いたわ。それが、異端弾圧の原因?」
「そうです。ですが、それは異端とされる者が起こした事件ではありません。モンスターの仕業だったと聞いています。なのに、いつの間にか異端が禍を呼ぶと言われるようになっていて‥‥」
 レヴィの問いに、異端とされた者達の中心となっていた男が答える。
 彼方も、調べているうちに生じた疑問を男に投げかける。
「ポーツマスのご領主が、サウザンプトンの領主を代行されていると聞いたよ。サウザンプトンのご領主は、どうしていないの?」
「10年ほど前に追放された。禍を呼ぶ異端の者を庇う領主はいらないと、家令だった男が主を弾劾したんだ」
 その後、混乱を防ぐ為にポーツマス領主が領主代行を引き受けたらしい。
 仲間と男の遣り取りを聞いていたベアトリスは、静かに口を開いた。
「だから、アレクの坊主がブリジットの嬢ちゃん達の頭になって、アンタらを助けてるってわけかい」
 思いもかけぬ言葉に驚いたのは男だけではない。
 部屋中の視線を集めたベアトリスは肩を竦めてみせた。
「アレクの坊主がブリジットの嬢ちゃんの仲間だって聞いたんでね。鎌をかけてみたんだけどね‥‥」
 どうやらアタリだったようだ。
「アレが頭‥‥」
 驚きと哀れみとが混ざった複雑な顔をした冒険者達に、異端として弾圧を受けた者達は頬を引き攣らせたのだった。

●細工
 夜陰に紛れ、緋芽佐祐李(ea7197)は荷馬車へと近づいた。
 万が一に備えて、仲間達との接触は最低限に止めていた。村人に姿を見られていない紫辰が、仲間と佐祐李を繋いでくれている。
 とはいえ、見つかれば護送団の警戒を強める事になる。
 幾分緊張しつつ、佐祐李は小さな声で詠唱を開始した。
 荷馬車の見張りは1人だ。
 やがて、見張りの騎士の体がぐらぐらと揺れて来る。襲って来る睡魔を怪しむ間もなく、騎士はその場に座り、眠り込んでしまった。
「お願いします」
 背後を紫辰に託し、佐祐李は荷馬車に駆け寄った。手探りで目当てのものを探し当てると、繋ぎ目に小さく切り込みを入れる。その後、荷馬車の下に手を入れて車軸を探った。
 全てを終えると、佐祐李は眠り続けている見張りの様子を確認し、服についた埃を払って立ち上がる。
「では、戻りましょうか」
 今の今まで荷馬車に細工を施していたとは思えぬ程に穏やかな声で彼女は告げた。

●護送団襲撃
 出発は翌朝、太陽が昇ると同時。
 朝靄の立ち込める中を、昨日と同じように縛られたブリジットを荷台に乗せた荷馬車が進む。
 橋を渡ればポーツマス領だ。
 ここまでの道程、何度か感じた不穏な気配もポーツマスに入れば消えるだろう。緊張が緩んだのか、騎士達の表情にも余裕が出てきたようだ。
 早朝で人の姿もまばらな橋の上へと差し掛かる頃には、彼らの顔に笑みも浮かぶようになっていた。だが、
「助けて!」
 悲鳴を上げて駆けて来た娘に、騎士達の緊張が再び高まった。
「あっちに変な人達がいるの!」
 しがみついて来る娘を仲間に預け、何名かが視界の悪い橋の上で剣を構え、慎重に進んでいく。
「‥‥レイン」
 その呟きは、驚く程に近くで聞こえた。
 足下をすり抜けた感触に、一拍の隙が生まれる。
 その隙を逃さずに、次々と完成した詠唱の効果が騎士達を惑乱する。水の固まりに襲われても、体が重くて動く事も出来ない。
 仲間の異変に気付いた騎士達が荷馬車を離れる。
 音もなく忍び寄った佐祐李が、昨夜のうちに細工をしていた箇所に向けて剣を振り下ろした。大きく傾いた負荷に耐えきれず、車軸が鈍い音を立てて外れる。
 揺れた荷台から振り落とされたブリジットを受け止めたのは紫辰だ。彼女を縛る縄を手早く切ると、一言も発しないままに、レヴィと共に魔法で援護していたユリアルに向けてその体を押し出す。
 鋭く吹き鳴らされた口笛が撤退の合図だった。
 動きが鈍くなっている騎士達を振り払うのは容易い事だ。
「ちょっとなんだい! アンタ達!」
 混乱の中、怒鳴り声と何かが壊れる音がした。
 しかし、必死に体を動かして後を追う騎士達に、何が起きたかを確かめる余裕はない。
「ああっ! アンタ達、気をつけな! 油が零れちまってるんだ、滑るよ!」
 忠告は、少し遅かった。
 最初の1人が足を滑らせると、続く騎士が仲間の体に足を取られて転がる。後は雪崩れをうつように次々と騎士達は石造りの橋の上に倒れ込んだのであった。
「あーあ‥‥。騎士様ぁ、大丈夫?」
 娘と、壺の破片を抱えた女が覗き込む。その背後に踊る水の固まりに、騎士は体を起こした。
「危ない! 逃げ‥‥うわぁぁっ!?」
 立ち上がった瞬間に、またも靴底が油で滑り、騎士は体勢を崩す。思わず避けてしまった娘と女に、勢いを止める機会を失った騎士は、そのまま橋から転落した。
 残る騎士達も、水の固まりに追い立てられて、川へと落ちていく。
「騎士様ぁー?」
「やれやれ、騎士の威厳もなにもあったものじゃないね」
 冷たい川の中、情けない格好で足掻く騎士の姿に、彼方とベアトリスは互いに顔を見合わせて苦笑したのだった。