夢見る頃を過ぎても
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月12日〜10月19日
リプレイ公開日:2005年10月23日
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●オープニング
●出会い
夜の訪れが早くなった。
だんだんと薄闇に染まっていく街道を、人々が足早に行き交う。太陽の光があるうちに次の宿場町に辿り着かねば、野宿となる。どうせなら屋根のある場所、出来れば寝台で休みたいと急ぐ旅人に混ざって、1人の老婦人が心許なげに歩いていた。
足が悪いのだろうか。杖を頼りに進む婦人の歩みでは、到底、太陽が沈むまでに次の村へと辿り着けないだろう。
旅人達は、邪魔そうに、あるいは心配そうに視線を向けてはみるものの、誰も声をかけようとはせずに、彼女を避けて先を急ぐ。
「っと! 危ないよ、婆ちゃん!」
ぶつかりかけた少年がすれ違いざまに叫んでいくのに、婦人は申し訳なさそうに謝罪する。
「転んだら大怪我だ。気をつけて行きなよ!」
「ご親切にどうもありがとうございます」
丁寧に礼を述べた婦人は、顔を上げて目を丸くした。
声を掛けて走り去って行った少年が、腕を捻り上げられて悲鳴をあげている。
彼の腕を捕らえているのは、夕闇の中にも目映い金の髪を持つ青年。
「アイタタタ! なんだよ、何するんだよ!」
「あ‥‥あの、乱暴な事はおやめ下さいまし」
不自由な足を動かして駆け寄った婦人を一瞥すると、青年は更に強く少年の腕を捻った。足をバタつかせて暴れる少年にも、拘束は緩む事がない。
「離せよ! 離せってば!」
「この子が一体何をしたと言うのですか? どうか、手を離し‥‥」
「ご婦人から盗んだものを返せば、離してやろう」
婦人は、目を瞬かせた。
何を言われたのか理解出来ずに、少年と青年の顔を見比べる。
「なっ、何言ってやがんだ!」
「お前が、彼女の懐から何かを掠め取った瞬間を見た」
青年の言葉に懐を探れば、入れてあったはずの財布が無くなっている。
その財布を、まるで手品のように少年が取り出したのを見て、婦人はぽかんと口を開けた。一体、いつの間に、どうやって?
少年から財布を奪い、青年は幾分乱暴に彼を突き放した。逃げ去っていく少年に僅かに目を細めると、彼は財布を婦人の手の中へと戻す。
「‥‥村へ引き返された方がよい。夜になれば、現れるのはスリだけではない」
婦人は、背後をちらりと見た。
随分歩いたと思ったのに、まだ村が見える。
「今宵は村に宿を取り‥‥」
「いいえ」
青年の言葉を遮り、婦人はやんわりと断った。
「いいえ、私は一刻も早くキャメロットヘ行かねばならないのです」
視線で問いかけて来た青年に笑みを向けて、彼女は重ねて呟く。
「孫娘を救って下さる方が、キャメロットにいると聞きましたから、私は行かねばならないのです」
●占い師
「あれ? トリスじゃないか。どうしたんだ? 確か、旅に出たんじゃ‥‥」
見間違える事のない青年の姿に、冒険者は声を掛けた。
彼は、とある筋からの依頼を終えた後、ふらりと旅に出たはずだ。それが何故、キャメロットにいるのだろうか。怪訝に思いながら近づくと、冒険者は動きを止めた。
彼に伴われて、物珍しそうに周囲を見回しているのは、1人の老婦人。
「トリス‥‥」
「この方が、冒険者さんですか?」
少女のように無邪気な笑みで尋ねた婦人に、トリスは頷く。
勘のいい冒険者は、それで全てを察した‥‥ような気がした。
ありったけの同情と呆れとを込めて、彼はトリスの肩を叩く。
「トリス‥‥。悪い事は言わん。今度、ジャパンの聖職者に「お祓い」というものをして貰え」
彼が、女性絡みの厄介事に巻き込まれるのは、今に始まったことではない。半ば本気でアドバイスした冒険者に、婦人は顔を曇らせた。
「ジャパンのお呪いは、そんなに効果があるものなのですか?」
突然に問われて面食らった冒険者に、トリスは彼女が抱える悩みを告げる。
「彼女の孫が、ジャパンの技を使う女占い師に入れ込んでいるそうだ。財産を注ぎ込んで怪しげな物品を購入し、言われるがままに人を遠ざける。その占い師の言葉無くては何も出来なくなっているらしい」
可愛がっていた犬の死を告げた翌日、彼女の愛犬は無惨に引き裂かれて見つかった。占い師は、犬が孫娘に降りかかる災いの身代わりとなったのだと言い、災い避けの祈祷をせねば、次は孫自身か婦人に禍が訪れると宣告した。
その言葉を裏付けるように、身の回りでは不可解な事が起こり始め、怯えた孫娘が占い師に祈祷を頼んだ途端に、怪しい出来事はぴたりと止まったのだと言う。
それから後、孫娘は占い師を信頼し、何かある度にお伺いをたてるようになった。起きてから寝るまで、占い師なくては過ごせなくなった。結果、占い師は小さな村を取り纏めてきた彼女の家を思うがままに操っている。
亡くなった息子夫婦に代わり、手塩にかけて育てて来た孫娘の奇行の数々を語る老婦人の目に涙が浮かんだ。
「このままでは心配で心配で、死ぬに死ねません」
孫娘が枕の下に入れて寝ているという札を見て、ジャパン出身の冒険者が溜息をついた。
「よくいるんですよ。出鱈目に書き殴ったものを魔よけの札とか触れ込んで、高く売りつける輩が」
うねうねと黒い線がうねっているだけの羊皮紙を弾いて真実を告げる。
「間違いなく、これは紛い物、ついでに言うと、頭に蝋燭を乗せて踊ると恋愛成就というまじないも、ジャパンにはありません」
それはお呪いではなく「のろい」だとは、さすがに気の毒で言えなかった。
「こんな紛い物の札を高く売りつけているとなると、占い師自身も真っ当な者ではない可能性が高いですね」
青くなった婦人が、震えながら口元に手を当てる。予期していたとはいえ、冒険者の口から事実を突きつけられて卒倒寸前のようだ。だが、彼女は意識を飛ばしたりはしなかった。何度か深呼吸を繰り返すと、声を戦慄かせながら尋ねる。
「で‥‥は、そ‥‥の札が偽物だと言えば、エセル‥‥孫の目は覚めるでしょうか」
冒険者は顔を見合わせた。
「いや、それぐらいでは無理だろう。その女がインチキ占い師だという証拠が欲しいな」
「だが、どうやって証拠を掴む?」
相手も、そう簡単には尻尾を掴ませないだろう。
盲目的に信じている孫娘にも、インチキ占い師であると分からせる為の証拠。どうすれば、それは手に入るのだろうか。有効な一手を思索し始めた冒険者は、少しでも多くの手がかりを得ようと婦人に尋ねた。
「その占い師について、他に分かっている事はありませんか?」
「最初は‥‥お祭りの時に運勢を占うという触れ込みでやって来ました」
祭りや祝いの席に、そういう占い師が訪れるのは珍しい事ではない。
「その時、確か円卓に名を連ねておられるトリスタン様がお生まれになった時に、将来、名誉を得ることを予言したのだと申しておりました」
トリスの肩が微かに揺れる。常には滅多に動かない彼の表情に、僅かばかりの動揺が走ったのを、冒険者は見逃さなかった。
●リプレイ本文
●村に着く前に
ぽくぽくと蹄の音が響く。陽射しは暖かく、風は心地よい。
「お体は痛まれぬか?」
「ええ、大丈夫ですよ。でも、申し訳なく思います。私だけが馬に‥‥」
鞍の上、居心地が悪そうに身動いだ婦人に、轡を取るエスリン・マッカレル(ea9669)は静かに首を振った。
「どうかお気遣いなきよう。我々も、実のお祖母様のお供をしているように楽しんでおります故」
はにかみながら笑った婦人は、若い頃はさぞや美しかったに違いない。老いてなお損なわれる事のない上品な美しさを、エスリンは憧れをこめて見上げた。
「人の弱みにつけ込んで金品を巻き上げ、あんな優しそうな人を困らせるなんて許し難い行為です。必ず、成敗致しましょう」
先を行く婦人とエスリンの様子を見ていたリースフィア・エルスリード(eb2745)は、き、と眦を吊り上げていつになく憤りを露わにした。人の心を弄ぶその占い師の事が許せないようだ。
「その通りです! ジャパンの間違った文化を広められる事も、詐欺の道具に使われる事も許せません! でも」
リースフィアに大きく頷く事で同意を示した滋藤御門(eb0050)は、ふと言い淀んで傍らを歩くトリスへと視線を向けた。
「トリスさん、その占い師について心当たりがあるのではありませんか?」
占い師について聞かされた時に彼が見せた動揺の事を言っているのだと気付いて、御法川沙雪華(eb3387)は頬に手を当て、小首を傾げる。
「おばあさまがおっしゃっていましたね。確か、トリスタン様という方が生まれた時に予言をしたとか何とか。わたし、イギリスの事は詳しくはなくて‥‥。そのトリスタン様は有名な方なのかしら?」
思わず、御門は言葉に詰まった。
トリスの頭の上にいるリデト・ユリースト(ea5913)と目を見合わせ、困ったように笑う。
「え‥‥えーと、そうですね。有名な方ですよ。色んな意味で」
さすがに本人を前にして噂話など出来やしない。
それ以上問われたらどうしよう、そんな事を考えて内心焦っていた御門への救いの手は、聖なる母の愛を地上に伝える役目を担う聖職者、 ステラマリス・ディエクエス(ea4818)から伸ばされた。
「トリスさん、何かご存じであれば、出来る範囲で構いませんからお話し下さいませんか?」
返って来たのは、沈黙。
微笑みを浮かべ、トリスが口を開くのを待っていたステラが聖書を取り出す。
「トリス様? 正直にお話し下さいませんと‥‥」
せーしょあたっくか!
せーしょあたっくがいくのか、トリスに!
固唾を呑んで成り行きを見守る仲間達の中、リデトがぽつりと正直な感想を漏らす。
「なんか、浮気を問い詰められている旦那のようなんである」
仲間達は再び派手に固まった。
ステラの日常の一端を垣間見たような気が‥‥した。
「トリスさん、ここは正直に話された方がよいかと‥‥」
慈しみ溢れた微笑の裏に、時折、般若が潜む事も、せーしょあたっくの威力も、彼女の息子の言動によってこっそり広まっている。トリスがお仕置きされるのを見るのは忍びないと、御門はそう囁いた。
「私も、その占い師と実際に会ったわけではないのだが」
「会っていたとしても、赤ちゃんの頃であるな」
ぽんと手を打ち、納得する御門。
言われてみれば、その通りである。
「トリスタン様が生まれた時に予言をした占い師、ですわよね? トリスさんも赤ちゃんの頃にお会いになっていたのですか?」
要領を得ない話が気持ち悪いのか、沙雪華は眉を寄せた。
「ひ‥‥人には色々とあるのである! 沙雪華もそうなのである? それよりも、村に着いたら何をするのか、トリスだけ決めていないのである! なので、私に良‥‥」
「そういえば、おばあさまを伴っていらっしゃって以来、ギルドでお顔を拝見しませんでしたけれど、何がご用がおありだったのですか?」
話を逸らしたのにぃぃっ!
そう尋ねる沙雪華に、リデトが頭を抱える。当のトリスは思案しているのか、それとも無視を決め込んだのか無言である。
さすがに怪訝に思ったらしい沙雪華の手をがしりと掴んだのはリースフィアだ。
「沙雪華さん! 村では私と一緒です! 頑張りましょぅね!」
グッジョブ、リースフィア!
見事、話を逸らす事に成功したリースフィアに、仲間達が安堵を息を吐きながら、小さく拳を握る。
「そう、村なのである。皆は占い師が偽物だという証拠と共犯者を探しに行くのである。それで、トリスは有名な占い師に化けて娘さんの所に行き、娘さんを正気に戻すのである!」
でも、とリースフィアが遠慮がちに口を挟む。
「エセルさんは占い師を信じているわけでしょう? 占い師が偽物だと証拠を並べても信じてくれないかもしれませんね」
盲信というのは恐ろしいものである。第三者には胡散臭くても、信じる者はそれを疑う事すら思いつかない。
しかし、リデトは大丈夫と胸を張った。
「トリスがにこっと微笑みかければ、バッチリなんである」
ぴたり。
彼らの歩みが止まった。
先を行っていたはずのエスリンまでもが、馬の轡を取ったまま立ち止まる。
「貴様」
むんずとリデトの細い胴を掴むと、広瀬和政(ea4127)は額に青筋を浮かべると、地を這うような声を吐き出した。
「貴様‥‥我々にも想像の限界というものがあるぞ‥‥」
「そうですよ、リデトさん。例えば、広瀬さんが白い歯をキラリと光らせ、爽やかに片手をあげて「やぁ!」なんて声を掛けてくる姿が想像出来ますか?」
御門の例えに、リデトは何とも複雑そうな顔をした。
リースフィアと沙雪華も押し黙った。
彼らが「爽やか」な広瀬を想像中である事は疑いようがない。
「‥‥貴様ら‥‥」
ひくひくと口元を痙攣させた広瀬の肩を、ステラが優しく叩くと首を振る。
「広瀬さん、気になさる事はありまりせん。人には誰しも、得手不得手というものがあるのですから」
それが、ステラの本心からの言葉であると分かっているから、広瀬は怒鳴りつけることも出来ず、ただ拳を震わせた。
「ねぇ、リスちゃん、占い師に化けるなら協力して!」
つんとトリスのマントを引いたソウェイル・オシラ(eb2287)の言葉に、仲間達の動きが止まる。広瀬の手から逃れようともがいていたリデトも、腕を振り上げたまんまで凍り付いた。
「リスちゃん? どうかした?」
――リスちゃん? 今、リスちゃんと言いましたか?
――ってか、リスちゃんってどちらさんのコト‥‥?
どこかを遠くを見ているような視線を互いに逸らし合った彼らは、度重なる精神への波状攻撃に疲れ果て、がくりとその場に崩れ落ちたのであった。
●出陣の時
その時が来た。
婦人の計らいで、村人達の間に紛れ込んで数日。
一軒の農家に集った彼らは、屋敷を見据えて頷き合った。
村人達は、年若いエセルを思いのままに操る占い師をよく思っていなかったらしく、冒険者達の活動に協力的だった。彼らが集うこの農家も、村人が提供してくれたものだ。
「まず、占い師と前後して村に居着いた者の事を調べてみた」
これを調べるのは、そう難しい事ではなかった。村中が家族のようなものだ。余所から来た者が身を隠し通せるような深い森も、周囲にはない。
「流れ者の数は3人。その者達は、依頼者であるご婦人の屋敷で下働きをして生計を立てている」
「その者達については、こちらも確認した」
エスリンの言葉に頷いて、広瀬が顎で外を示す。
「今、奴らにはリデトがついている」
体が小さく、空を飛べるリデトは彼らに気付かれる事なく動向を探る事が出来る。
「占い師には御門さんがついていますわ。おばあさまを介して、エセルさんとお会いする手筈も整えております」
そう告げると、沙雪華は壊れた扉を見つめた。
彼女の視線を追って、仲間達も扉を見る。
彼らが待っているのは、最後の1人だ。
「遅くなっちゃってごめんね!」
駆け込んで来たソウェイルに、リースフィアは笑って尋ねる。
「ご苦労様。それで、見つかった?」
「うん。準備は出来たよ」
それでは、と沙雪華は気品を感じさせる物腰で仲間達へと頭を下げた。
「行って参ります」
●真贋
「お師匠様は、エセル様とお待ちになっておられます」
応対に出たのは、占い師の元に弟子入りした御門だ。訪ねて来た沙雪華とリースフィアとは初対面のような顔で、彼女達を中へと招き入れた。
弟子になったばかりの彼は、雑用ばかりで「占い」に関わらせて貰えない。それでも占い師の日常を詳しく調べあげて、仲間達のもとへ情報として送っている。情報の運び手はリデトだ。
「彼が‥‥」
背後に立つソウェイルを振り返って、リースフィアは御門に意味ありげに笑ってみせた。
「貴方のお師匠様とエセルさんに、特製のハーブティーを差し上げたいそうです」
「それはそれは‥‥。では、お預かりして、後でお持ち致します」
ソウェイルから手渡されたハーブを大事そうに受け取って、御門は居間へと続く扉を開いた。
中に待っているのは2人。
1人はエセル。地味な色合いのドレスを身に纏った彼女は、大きな目を不安そうにあちこちへと動かして落ち着きない。
もう1人は、顔に刻み込まれた皺と丸くなった背が、ある種の貫禄を醸し出している老婆だ。
「突然にお邪魔して申し訳ありません。ですが、どうしても占って頂きたくて参りました」
丁寧なお辞儀に、老婆は頷いただけだった。それがジャパンの作法である事を知らないのだろう。
沙雪華の目が細められた。
「勿論、お礼は用意して参りました」
リースフィアがテーブルの上に置いた重たい革袋の中で、金属が音を立てる。
にんまりと笑って、老婆は革袋に手を伸ばした。その時に、
「エセル、王都キャメロットで評判の占い師が来て下さったの」
トリスを伴った老婦人が居間へと現れた。
「この間、キャメロットへ行っていたでしょう? その時に、屋敷に来て頂けるようお願いしてきたの」
ぎこちなく、教えられた通りの言葉を口にする老婦人に思わず苦笑して、リースフィアは慌てて俯き、表情を隠した。
「まあ! 王都の。では、貴方も聞いて頂けますか?」
沙雪華に招かれて、トリスは老婦人の手を取り、彼女達の元へと歩み寄る。
占い師の顔を盗み見ていたソウェイルは、内心、首を傾げた。
トリスを見た途端に、老婆が僅かに動揺したのだ。
皆が席についたのを見計らって、御門は湯気のたったカップを乗せた盆を手にしずしずと室内へと入る。
「お客様がお持ち下さいましたハーブティーです」
良い香りに誘われるように、老婦人がカップに手を伸ばした。続いて、リースフィアと沙雪華も。おずおずとエセルもカップを取り、茶を啜る。
じぃと彼らを見ていた占い師も、幾分警戒している様子を見せながら、カップに口をつけた。
「それで‥‥占って欲しい事ってなんですか?」
一息をついた所で、エセルが口を開いた。
「確か、エセルさんはこちらの方に助けられたとか」
「はい。危ない所を何度も」
占い師を見るエセルの目には、素直な感謝と信頼とが浮かんでいる。
「でも、ご自分に関わる危険は回避出来ないのですね」
突然に硬くなったリースフィアの言葉にエセルが疑問を投げかける前に、ソウェイルはカップを掲げた。
「これ。占い師さんのだけ特別のを煎れて貰ったんだよ。死なないけど、すっっごく苦しくなるお薬を入れちゃった」
オーガのような形相で、老婆が立ち上がる。
「早く解毒のお薬飲まないと大変な事になるかも。あ、でも、お薬は隠してるんだよ」
「なんて事を! 貴方、なんてひどい事をするの!」
泣き叫び、ソウェイルに向かって腕を振り上げたエセルを、沙雪華が押し止めた。
「隠し場所、占いで当ててみて。それとも、占いなんて出来ない?」
わなわなと震えていた老婆は、開け放たれた窓へと駆け寄ると声を限りに叫んだ。汚い罵り声にも、何かを呼んでいるようにも、全く意味をなさない叫びにも聞こえた。
「仲間を呼んでも無駄だ」
その叫びを遮ったのは、冷たい声だった。
いつの間にか姿を現した広瀬とエスリンが、3人の薄汚れた男達を乱暴に突き飛ばす。
「こいつらが全て白状したぞ。犬を殺した事も、娘を脅かした事もな」
「もはや言い逃れは出来ぬと思われよ」
低く吐き捨てて、老婆は懐を探った。窓から飛び込んで来たリデトの体当たりで、老婆が取り出そうとした短剣が床に落ちる。
「人の大切なものを壊して得る財に何の価値がある。貴様は、盗賊以下の悪党だ。これ以上、おかしな真似をすれば‥‥斬る」
じりと後退った老婆を牽制し、刀を抜きはなった広瀬の手を、静かに居間に入って来たステラが軽く押さえて首を振った。
「噂が広まれば、誰もこの方の占いを信じないでしょう。この方は、残された時間を孤独の内に過ごさねばなりません」
それこそが、何よりも罰だと慈愛の象徴、聖なる母に仕えるステラが言う。
「でも、エセルさんの純粋な心を利用したあなた達を、神様がお許し下さるかどうか‥‥分かりませんが」
扉を開け、道を作った御門を憎々しげに睨みつけ、老婆は悪事の仲間を見捨てて逃げ出したのだった。
●予言
「トリス? どこへ行くであるか?」
和解し、抱き合って喜び合う祖母と孫の姿に感動していたリデトは、1人、静かに身を翻したトリスに気づいて慌てて後を追いかけた。
リデトの疑問に答える事なく、トリスは屋敷を出、馬を引き出す。
その頭に飛び乗ると、きつくなった風に吹き飛ばされないようにしがみつく。
やがて、彼は村はずれまで来ると手綱を引いた。
こそこそと村を逃げ出していく占い師が彼の姿に足を止める。
「坊や。見送ってくれるのかい?」
醜く歪んだ笑み。まるでおとぎ話に出て来る魔女のようだ。
「どうだい? あたしの予言は当たっただろう? あんた、本当におっ母さんにそっくりだねぇ」
トリスの体が強張るのを感じる。沸きあがって来る不安に必死で抗いながら、リデトは彼の金髪をぎゅっと握り締めた。
「あたしのもう1つの予言の方はどうだい? あんたのそのなりだ。さぞかし‥‥」
「生憎だが」
怪鳥の鳴き声にも似た笑い声をあげて、女は彼らに背を向けた。