猫神さまのお怒り
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 72 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月26日〜11月02日
リプレイ公開日:2005年11月04日
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●オープニング
●猫神様のお怒り
んなぁ〜〜〜ごぉ〜〜〜。
闇が全てを覆った世界に、響き渡る鳴き声。
それは風に乗り、仕事の疲れを癒す為に休息する人々、家族と共に慎ましやかな食卓につく人々の耳へと届く。
んなぁ〜〜〜ごぉ〜〜〜‥‥。
「父さん、猫神様が泣いてる」
乏しい灯りの下で針を動かしていた少女は、顔を上げて農具の手入れをしている父親を振り返った。
「ああ、鳴いておられる。しかし、今日はやけに‥‥」
表情を曇らせて、父親は娘の視線を追って外を見た。何かしら、例えようのない不安が心に兆す。
「何か、悪い事の前触れでなければいいんだが」
祈祷の声が不意に止んだ。
降りかかる災厄から村を守ってくれる守り神、長閑な暮らしの象徴、いつしか作物の豊かな実りまでも約束してくれるようになった猫神を祀った神殿に重苦しい沈黙が落ちる。
「神官長さま、今のお声は一体‥‥」
不安げに尋ねて来る年若い神官に、神官長は目深に被ったフードを指先で僅かに上げて、猫神が住まうとされる奥宮に視線を向けた。
「‥‥猫神様が‥‥怒っておられる」
●猫神の里への誘い
冒険者ギルドに駆け込んで来たのは、ひどく汚れた男であった。
ギルドには様々な者達がやって来る。着飾って来る者もいれば、襤褸を纏って来る者もいる。襤褸を着ているからと言って、邪険に扱うわけではないが、その男の姿には清潔好きな女冒険者が眉を顰めた。
「何があったんだ? その格好は‥‥」
肥料の臭いが、離れていても鼻につく。
髪の毛は泥でゴワゴワに固まっている。
こんな姿ではキャメロットの人々にさぞや嫌な顔をされたであろう。
だが、男は格好どころではなかったようだ。
「娘を、娘を助けて下さい!」
真っ黒に汚れた手を震わせながら、彼は冒険者の腕を掴んだ。溺れかけた者が流木にしがみついているかのように、力自慢の冒険者が振りほどけない程に強く。
「落ち着いて! ちゃんと話してくれないと私達だって動きようがないわ」
口元を覆いたくなるのを必死に堪えて、女冒険者は無理矢理に作った笑みを顔に貼り付けて男を宥めた。
よく見れば、男の服のあちこちが不自然に破れている。かぎ裂きから覗く体には乾いた血がこびり付いている。
街道ではなく、山の中‥‥それも、人が通らぬような獣道でも使ったのであろうか。
「ね? ゆっくり深呼吸して、それから最初から私達に話してちょうだい。きっと、あなたの助けになる事を約束するから」
腕を掴まれた冒険者も、彼を落ち着けるように肩を叩く。
おどおどと周囲を見回して、彼は崩れ落ちた。その体を支える為に伸ばした手を、今度はしっかりと握り返して、彼はぽつぽつと語り始めた。
「‥‥私の村は猫神様がおられます‥‥」
「猫神?」
冒険者達は顔を見合わせた。
精霊の一種か、それとも自然に対する畏怖の念が作り上げた偶像、その類だろうと判断して、冒険者は男の話に注意を戻す。
「先日、猫神様が村中に響き渡る程にお鳴きなられました。皆が猫神様に対する感謝の気持ちを忘れたから、怒っておられるのだと神官達は言いました。お怒りを鎮めるには、猫神様に捧げ物をせよと‥‥」
握ったままの手に力が籠もる。
「猫神様にお仕えする者を差し出すように、と‥‥」
「‥‥それが、娘さん?」
彼が最初に口走った言葉と、これまでの話から推測するに、彼の娘が「猫神様にお仕えする者」に選ばれたに違いない。
冒険者達の考えに違う事なく、彼は肯定を示した。
「猫神様にお仕えする‥‥それは、神殿で働く事だと思っていました。でも、娘が選ばれた時、神官様から告げられたんです。娘はいなかったものとして考えるように、と。それで、村の長老に昔、猫神様にお仕えした者がどうなったか尋ねました。長老達も、何も知らなかった。猫神様にお仕えした者は、2度と姿を現す事はなかったらしいんです!」
それは、つまりどういう事なのか。
冒険者達の顔に真剣さが増す。
「じゃあ、娘さんが神殿に上がったら、2度とあなたの元に戻ってこないというのね? それて、私達に娘さんを取り戻してくれって依頼を出しに来たの?」
はい、と男は頷いた。
「猫神様にお仕えする者は2名。1人は私の娘キャロルです。キャロルは、既に神殿に連れていかれていて、村人の前に現れるのは‥‥もう1人が決定する時が最後。その時だけが、キャロルを救い出す唯一の機会なんです!」
縋りつく手を優しく叩いて、冒険者は彼を立ち上がらせた。
「心配するな。依頼とあれば、どんな困難な状況からでも娘さんを救い出してやる」
力強い言葉に、男の顔に安堵の表情が浮かんだ。
「では、村に来て審査会に出て下さるのですね!」
それぞれに動き出そうとしていた冒険者達がぴしりと固まる。
今、何か気になる単語を聞いた気がする。
「審査会‥‥って、何?」
首を傾げた女冒険者に、男は怪訝そうな顔をした。
「先ほど申し上げました。猫神様にお仕えする者を決定する時がキャロルを助け出す最後の機会、それが審査会です」
審査、と冒険者は口の中で繰り返す。
「‥‥審査‥‥というからには、皆の前で何かやったりするわけか? 自分の得意技披露とか‥‥」
嫌そうに尋ねた冒険者の様子に気付かず、男は大きく頷いた。
「ええ、そうです。身を清め、猫神様の好まれそうな格好をして、自分がどれほど猫神様にふさわしいかを見せるんです。聞いた話によると、審査会の前に猫神様が好まれるお神酒が振る舞われて、それを飲んだ者達は、常以上に浮かれ騒ぎ、積極的にアピールするようになる‥‥そうですが」
瞬間、過ぎったイヤンな想像を首を振って払い落とし、冒険者は乾いた笑い声を漏らす。
心配するな、必ず助け出すと請け負った以上、冒険者としての名誉にかけても果たさねばならない。
しかし、その前に人としての何かを無くしてしまいそうな、そんな予感が彼らの頭を駆け抜けた。
●月と少女と猫神と
冷たい石壁の部屋に閉じこめられて、もう何日になるのか。
父親は、今頃、何をしているのだろう。ちゃんとご飯を食べているだろうか。
日ごとに丸くなっていく月を見上げて、彼女は溜息を漏らした。
あの月がまん丸になった時、自分は猫神様の元へ行くのだと、神官長はそう言った。
猫神様にお仕えしたら、父親にも村の人にも会えなくなる。だが、猫神様は怒りを鎮めて、また村を守って下さるだろう。
んなぁぁぁぁごぉぉぉぉ‥‥。
今夜もまた、猫神様が泣いている。村で聞いた時よりも、もっとはっきりと強くそう感じた。
「猫神様、寂しいの‥‥?」
頭に手をやれば、そこには神官長から貰った猫の耳を模したヘアバンド。それは、猫神様に選ばれた者の証だと彼は言った。
そういう彼の頭にも、同じ物がついていたから間違いないのだろう。
「父さん‥‥」
こつんと壁に頭をつけて、小さく呟く。
彼女の心に添うように、足首につけた鈴がちりんと透明な音を響かせた。
●リプレイ本文
●緊張と不安
小さな村の、大きな神殿。
岩山を利用したらしい建物は、思っていた以上に立派なものであった。村人の猫神に寄せる信仰の証なのか、それとも‥‥。
村を一回りしてきたエスリン・マッカレル(ea9669)は、浮かぬ表情で、布飾りを施されて祭りの賑わいを見せる神殿を見上げた。猫神と神殿の話を聞けば聞くほど、疑念が湧いてくる。猫神を信じきっている村人達には見えぬ不自然さが、外から来たエスリンにはどうしても目につく。
「これより、猫神様にお仕えする者を選出する!」
神殿の中程に設けられた特別席から、重々しく告げる声が響く。
神殿と祭儀場のぐるりを取り囲むように立つ神官達と法衣が違うところを見ると、彼が神官長であるらしい。
注意深く観察しながら、エスリンは仲間達の潜む柱の陰へと歩み寄った。彼女に気付いた滋藤御門(eb0050)が苦笑いの表情を向ける。
「これでは侵入出来そうにありませんね」
こうして前庭が開かれてはいるものの、神殿に入るとなると話は別だ。潜入の経路が見つからない。
「かと言って、衆目の中でキャロル殿を救い出せば、後々禍根を残す事になろう」
エスリンの目は特別席に注がれている。神官長の隣に、椅子が1つ用意されている。それが、猫神に「お仕えする」者として選ばれた娘、キャロルの為のものであろう事は、容易に想像がつく。その席につく時、それが彼女が村人の前に姿を現す最後の時となるのだ。
そして、このままでは彼女を救出出来る最後の機会となる。
「審査会に参加する者達が彼奴らの注意を引きつければ、隙も生じる‥‥はず‥‥なのだが」
気難しげな顔をして、広瀬和政(ea4127)が言葉を濁す。
皆の気が緩むであろう一瞬が狙い目であるのは間違いない。ないのだが。
眉間にくっきりと皺を寄せた広瀬と、憂い顔のエスリンが同時に溜息をついた。
「み、皆さんがうまくやってくれる事を祈りましょう」
やけにノリノリだった仲間の姿が頭の中を不安と一緒に過ぎるのに気付かない振りをして、御門は2人の背を叩いたのだった。
●気合いを入れて
審査会は、思っていた以上に盛大なものであるらしい。
聞けば、村人だけではなく、近隣の村々からも審査会参加者が訪れているらしい。
恵みをもたらす猫神に仕える事が出来るのは、選ばれた者のみ。そして、立派な神殿の中で、猫神と共に神官達に傅かれて暮らせるとの噂が流れているのだから、候補者が続出するのも頷ける。
「やや、これは大層な騒ぎでござるなァ」
代表して、ステラ・デュナミス(eb2099)が参加の手続きをしている間、それとなく周囲を観察していた沖鷹又三郎(ea5928)が人の多さに感嘆の声をあげた。猫神に敬意を表し、良い着物を纏って来て正解だった。
「猫の耳飾りと尻尾を作っておいて、よかったでござるな‥‥」
手をやった頭には、猫耳を模した飾りが巻かれている。腰には、長布を縫って詰め物をして作った尻尾が揺れている。どちらも、手先の器用な又三郎が作ったものだ。
尻尾の長布は、ジャパンのとある服飾品を使ったのではないかという疑惑が仲間達から掛けられていたが、別に気にする程のものでなし。
「この人達の全てが猫神様を信じているんですね。精霊信仰の一種かもしれませんが、猫神様とは一体‥‥」
「あっ、今の人、ほっぺたに猫のおヒゲを描いてたよ!」
「御神酒は? 御神酒はどこ〜っ!?」
考え込んだユリアル・カートライト(ea1249)の傍らでは、又三郎の猫耳飾りと猫尻尾――愛猫とお揃いの黒で特注――をつけたレヴィ・ネコノミロクン(ea4164)と、自前の獣耳ヘアバンドをつけた「戦う萌え戦士」、ベナウィ・クラートゥ(eb2238)が大はしゃぎだ。
審査会という名のお祭りを楽しむ気満々である。
そんな2人の姿に、ユリアルも表情を緩めた。
「でも、まぁ‥‥これをつけてひなたぼっこしたら、猫の気持ちに近づけそうな気がしますよね」
そう言うユリアルの頭にも、しっかりと猫耳飾りがついている。僅かに上気させた頬と微笑みとが、ユリアルの心を如実に物語っている。
猫耳飾り一式、仲間達からの評判は上々のようだ。
夜なべして作った甲斐があったと、又三郎は満足そうに頷きかけて、次の瞬間、かくりと顎を落とした。
「手続き、終わらせてきたわよ」
人混みの中から抜け出して来たステラが、乱れてしまった髪を掻き上げながら歩み寄って来る。
その姿に、ユリアルも真っ赤になって慌てて視線を逸らした。
男2人の反応に、ステラはローブの胸元を掻き合わせて頬を染める。
ローブをマントのように羽織った下には胸元を覆った面積が少ない布地と、深い切れ込みの入ったスカート。
「いやはや、これはまた眼福な‥‥」
どう見ても、何度見返して見ても、肌の露出度が多い。思わず呟いた又三郎に、ステラは非難めいた視線を向ける。しかし、目元を赤く染めた状態では、艶めいた流し目にしか見えなかった。
「ステラ、ぐーよ、ぐーっ!」
「猫神様も審査員も、のーさつですねッ! 俺も負けないもんね〜っ!」
綺麗なお兄さんは大好きだが、綺麗なお姉さんも好きなレヴィが両の拳を握って褒めちぎれば、ベナウィもぱたぱたと手足をばたつかせて歓喜の声をあげる。
ただし、レヴィは御神酒に、ベナウィは露店に並ぶ猫の置物にと、すぐに別の物に気を取られてしまったようだが。
「拙者も負けてられぬでござる」
「いっそ、皆で上位を占めちゃいましょうか」
ユリアルの提案に、又三郎はぽんと手を叩いた。
ベナウィとレヴィも賛成と腕を振り上げる。
ステラも小さく、けれどはっきりと頷いた。
そして、潜入組にまわった者達が危惧する状況へと一歩近づいた‥‥のかもしれない。
●捨て身の作戦
振る舞われた御神酒を一気に飲み干して、レヴィは心の底からの言葉を発した。
「ん〜っ、んまいっ!! このマタタビ酒、おいし〜っっ!」
お代わりとゴブレットを差し出すと、即座に御神酒が満たされる。至れり尽くせりだ。
上機嫌のレヴィに、ユリアルはくすりと笑う。
「本当に賑やかですね。先ほど、神殿に寄進する人の長い列を見ましたよ」
「へぇ、そうなんだ。あたしは、こんなもの見つけちゃったわよ」
ふふん、とレヴィが目の高さに掲げた物は、猫の肉球を象った刺繍の入った小さな匂い袋だ。
「恋愛成就の効き目ありなんだって。他にも、病気治癒だとか、安産だとか牛とか鶏がよく育つとか、色々あったのよねぇ」
意味ありげに笑い返したレヴィに、ユリアルは相槌を打った。
今日1日だけでも、神殿は大儲けだ。
「寄進と言えば、猫神様への捧げ物はやっぱりマタタビが多いみたいですよ。‥‥でも、これだけマタタビだらけだと有り難みも何もありませんね」
「そーなのよ。だから、マタタビ系は取り止めだって」
ジャパンからの珍しい酒やマタタビを仕込む計画を立てていた又三郎が残念そうに肩を落とした様子が目に浮かぶ。それは、と言いかけて、ユリアルは瞳を輝かせた。
「あ、又三郎さん、頑張って下さ〜い」
祭儀場の真ん中に現れたのは又三郎。彼の順番が回って来たらしい。
ジャパンの服に猫耳飾り、猫尻尾という出で立ちの又三郎は、これまた手製の猫じゃらしを両手に持ち、しゃなりしゃなりと踊り始めた。
「猫が猫で猫様でぇ、ちょいとあっそんでいきなされ〜、ちょいなちょいなっと♪」
どうやらジャパンの歌と踊りのようだが、あまり良く知らないレヴィとユリアルには、それが上手いのか下手なのか判断がつかない。
が。
神殿の石柱の陰、ジャパン出身の広瀬と御門が複雑な表情で又三郎の奉納舞いを眺めていた。
「‥‥ジャパンの誤った認識が広まったらどうしましょう‥‥」
御門の呟きに、広瀬の額に青筋が浮かぶ。
だが、同郷人達の名誉を憂う2人に関係なく、審査は進んで行く。
「‥‥どうかしたのか?」
どこから調達して来たのか、神官服を纏ったエスリンの問いに、御門は慌てて首を振った。
今は、ジャパンの名誉よりも依頼を成功させる方が大事だ。
「いいえ、なんでも。で、何か分かりましたか?」
「思った通りだ。供物や寄付は神官が受け取り、猫神に捧げるらしいが、そこから先は‥‥」
突如、どよめいた会場に、エスリンが言葉を切る。
何気なく祭儀場を振り返った3人は、そのまま凍り付いた。
又三郎の次は、ステラとベナウィだった。
ステラの手が、ゆっくりと上がった。
ほっそりとした指先がローブの襟元をつぅとなぞり、時間をかけて結び目を解いていく。ぺたりと座り込んでいたベナウィの頭に、ローブが静かに落とされる。
ふるふると首を振るってローブを払いのけると、ベナウィは潤んだ瞳を特別席の神官長へと向けた。
静まり返っていた会場が、沸き上がる。会場中の視線は、ステラとベナウィに注がれているといっても過言ではなかった。
がしかし。
広瀬の額の青筋がぼこぼこと増えていく。
「あいつらは‥‥」
「ま、まあまあ」
低い、ドスの効いた声で呟いた広瀬を宥める御門に、エスリンは我に返った。
ここは自分がしっかりしなければならない。瞬間的にそう判断する。
「2人とも、今がチャンスだ! ステラとベナウィが捨て身で作ってくれた好機、逃すわけにはいかない!」
言い放ち、身を翻したエスリンを追って走り出した御門は、ちらりと背後を振り返って首を傾げた。
「‥‥捨て身?」
と言うのだろうか、あれは。
生じた疑問を心の内に留めて、御門は2人の背を追いかけた。
●寂しい同士
しゃらしゃらと足の鈴を響かせて廊下を進みながら、前庭から聞こえて来る喧噪は、遠い世界の出来事のようだとキャロルは思った。
こみ上げて来た感情を唇を噛む事で耐えた彼女は、不意に隣を歩いていた神官が声もなく倒れる様子に息を呑んだ。あげかけた悲鳴は、誰かが伸ばした手で留められる。
倒れた神官を縛り上げたのは、厳しい顔をした男。必死に視線を動かせば、自分の口を押さえていた女性が安心させるように微笑んで手を放した。
「静かに。我々は、父御より依頼を受けた者だ」
キャロルの腕を取った女性は、口早に告げる。
「神官達は猫神を利用していると思われる。ここにいては危ない。我々と‥‥」
「猫神様はきっと寂しいだけなの! 私、猫神様に会わなくちゃ!」
気がつけば、キャロルは女性に訴えかけていた。
父の元に戻れるという安堵と同時に、毎夜泣いていた猫神様の声が耳に蘇る。
彼女の訴えに頷いたのは、黒髪の少女だった。
しばし耳を澄ませて周囲を窺うように見ていた彼女は、ややあって廊下の先を指さし、振り返る。
「あちらです。あちらで何かが動く気配がします」
彼女が発した声で、キャロルは気付いたのだった。
彼女が男である事に。
エルフの女性に手を引かれるままに走りながら、キャロルが世の中には不思議が多々存在する事を改めて思い知っていた頃、祭儀場でも騒動が起こり始めていた。
神官達の動きが慌ただしくなり、特別席の神官長も落ち着きが無くなったように見える。
選抜者の発表、というわけでは無さそうだ。
素早く視線を交わし、彼らは特別席まで続く神殿の会場中の神殿の階段を駆け上がった。
●猫神の間
御門が示した扉を、広瀬は一気に開け放った。
中からの攻撃に備え、刀の柄に手をかけて身構えるも、何の反応も無い。
注意深く、彼は室内を覗き込んだ。
「!」
部屋の真ん中、柔らかそうなクッションの上で丸くなっていた黒猫が1匹、首を巡らせて闖入者を窺っている。
「猫神様?」
問いかけたキャロルの言葉に、猫の髭がぴくりと動いた。だが、警戒しているのだろう。じぃと視線を外さず、彼らの一挙一投足を観察しているようだ。
ふ、と広瀬は笑った。
脱いだマントを投げ捨て、室内へと足を踏み入れる。
「広瀬さん?」
尋ねた御門に、広瀬は自嘲の笑みを深めた。
「息子ほど上手くは出来んが仕方がない」
一体何を、とエスリンと御門が固唾を呑んで見守る中、彼は床に膝をついた。そして‥‥。
「にゃあ〜、どうした? こっちへおいで〜?」
見てはいけないものを見てシマッタ!
思わず回れ右したエスリンと御門は、背後で猫の威嚇声を聞いた。恐る恐る振り返れば、頭から尻尾の先まで毛を逆立てた猫神の姿がある。
やはり、とエスリンが額に手を当て、天を仰いだと同時に、複数の足音が響いて来た。
「神官達は押さえたでござる!」
駆け込んで来たのは、神官長を縛り上げた又三郎と、ベナウィ、ステラ、そしてレヴィ。
現れたベナウィの犬耳に、毛を逆立てていた猫神がふぎゃっと声を上げて飛び上がる。
「立った!?」
少し遅れて室内を覗き込んだユリアルが、その衝撃的な場面に驚愕した。
「って事は、もしかしてケット・シーなのっ!?」
猫神の正体に気付いたレヴィもあんぐりと口を開けた。
神官達は、ケット・シーと知って崇めていたのか。いや、ケット・シーはモンスターだが、性質は猫と変わらない。
御門は、キャロルを見た。
彼女は「猫神は寂しがっている」と言っていた。その言葉の通りならば、神官達は寂しがるケット・シーを繋ぎ止め、利用して利を得ていたのか。
そのケット・シー‥‥猫神は、いつの間にやらベナウィの持つ又三郎特製猫じゃらしに夢中になっているようだ。そこにレヴィが加わり、大層な騒ぎとなっている。
「そんな事、もうどうでもいいですね」
これから、村は大騒ぎになるに違いない。神殿の悪事は暴かれた。村人達が猫神の正体も知る事になろう。下手をすれば、猫神はモンスターとして討伐されるかもしれない。
「これからどうするのですか?」
「‥‥猫神様が寂しくないように、一緒に暮らすの。手を繋いでお散歩したり、遊んだり、ご飯を食べたり。そうすれば、寂しくないよね」
ユリアルから問われたキャロルが、きっぱりと答える。迷いのない様子に、ユリアルは頬を綻ばせて「はい」と頷いた。
「大変だと思いますけど、きっと、それが一番ですよ」
御門は猫神を見た。
ステラの膝の上で丸くなった猫神は、喉を撫でる又三郎の手に気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしていたのだった。