精霊の丘

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜3lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月06日〜07月11日

リプレイ公開日:2004年07月14日

●オープニング

 キャメロットの冒険者ギルドに出入りする多くの冒険者達。
 新たな冒険を求めてやって来る者、または、己が武勇伝を増やした報告にやって来る者、今日も様々な冒険者達がギルドの扉を開く。
 だが、ギルドへと訪れるのは冒険者達だけではない。
 モンスターの恐怖に怯える者、困り果て、冒険者達に救済を求めて来る者も多い。
 その日、ギルドの扉を開いたのは質素な身なりをした女性と、彼女に手を引かれた幼い少女であった。
「あのねぇ」
 まだたどたどしい、舌ったらずな喋りに真っ先に降参したのは、女性陣。
 モンスター相手には一歩も譲らない活躍を見せる彼女達は、突然の可愛らしい訪問者の前に屈した。
「お嬢ちゃん、何か用かなぁ?」
 1人の女性が、少女と視線を合わせるようにしゃがみ込むと、少女は小さな真珠色の歯を見せて彼女に笑いかける。
−‥‥くっ!
 彼女は、心の中でぐっと拳を握る。幼子の無邪気な微笑みは、無防備に腹を見せて転がる猫にも匹敵するのだと、彼女は知った。
「このお姉ちゃんは放っておいてぇ、何のご用かな?」
 一瞬で骨抜きにされた女冒険家を脇へ押し遣って、別の女が少女に尋ねる。
「妖精さんのおうちに悪い人が来たから、めってするのぉ」
「‥‥実は、私共の村の近くに、エレメンタラーフェアリーが住むと言い伝えられている丘がありまして」
 少女に説明は無理だと分かっている母親らしき女が代わりに事情を説明した。
「村の人達は、その丘をずっと大切に大切に見守って来たのです。ですが、最近、その丘で悪さをするモンスターが増えてしまったのです」
 母親は表情を曇らせると、握っていた娘の手に僅かに力を込める。
「このままでは、この子が大きくなる前に妖精の住まう丘は荒れ果てたモンスターの住処となってしまいます。どうしたものかと村の大人達が悩んでいる所へこの子がやって来て、悪い竜をやっつける強いお兄ちゃん達にやっつけて貰ったら? と、そう言いまして」
 ギルドの中に居た者達は、互いに顔を見合わせて笑った。中には頬を掻いて照れる者もいる。
 おとぎ話に語られるむかしむかしのお話を、そこに登場する勇者を信じる無垢な心が、今、彼らに向けられているのだ。
「あのねぇ、これぇ」
 少女が差し出した小さな小さな巾着を受け取って、まだ少女の域を出ない冒険者は笑んだ。
「これで、悪い奴をやっつければいいのね?」
「うん!」
 恥ずかしそうに、母親が冒険者達に謝る。
「申し訳ありません。私達の村は貧しくて‥‥」
 ぶんぶんと首を振ると、少女冒険者はギルドの壁に張り出された依頼の一覧を指さした。
「料金は設定されているけど、そんなに高額な報酬ばかりだとお金持ちしかギルドに頼めなくなっちゃうでしょ? 大丈夫。これだけあれば十分足りるから!」
 どんと胸を叩いて請け負って、彼女は途端に噎せ返る。
 笑いがギルドの中に満ちた。
「それなら、早速、詳しい話を聞きましょうか」
 くすくすと笑いながら、騎士が小さな淑女に椅子を勧めた。次いで、その母親に。
「ありがとうございます! よかったわねぇ、メアリ」
 メアリと呼ばれた少女の信頼に満ちた瞳に応える為にも、エレメンタラーフェアリーの住まう丘を美しいままに取り戻さなければならない。
 真剣な表情となった冒険家達に、母親は彼女に分かる限りの状況を語り始めた。
「丘の近くで見かけた白い大きな猿は「サスカッチ」というモンスターに違いないと、村の者が申しておりました。それから、最近、丘に出かけて蛇に噛まれる者も増えておりますので、それも恐らく‥‥」
「丘の近くに湿地があるの?」
 母親は頷いた。
「湿地‥‥と申しますよりも、少々、陽のあたりが悪い鬱蒼とした林と言った方がよいのかもしれませんが」
 それからと彼女は付け足す。
「その周囲で、何人かが毒にやられまして。よく分からないうちに、体が苦しくなって来るようです。ですから、村ではすぐに治療出来るよう、解毒薬を常備するようになりました」
 その林とやらに、敵は潜んでいるようだ。
「白い猿も、その辺りに?」
「はい。‥‥ですが、猿は色んな所で悪さをしているようです」
 サスカッチは群れる事が多い。群れには大抵ボスがいる。現れた猿を1匹ずつ倒していくのは面倒だ。
 良い手を探して考え込んだ冒険者達に、母親は改めて頼み込んだ。
「お願い致します。妖精達の住まいを美しいままにこの子に、この子の子に残してやりたいのです。どうかよろしくお願い致します」

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0037 カッツェ・ツァーン(31歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea0210 アリエス・アリア(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0850 双海 涼(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea0956 フォルセ・クレイブ(26歳・♂・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 ea2685 世良 北斗(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3073 アルアルア・マイセン(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文

●約束
 エレメンタラーフェアリーが住むと言い伝えられている丘を見つつ、双海涼(ea0850)は根から掘り起こした草を籠の中へと入れた。
 物問いたそうな彼女の視線に気づき、フォルセ・クレイブ(ea0956)は手にしていた美しい曲線を描く若葉を指先でなぞる。
「間違ってはいない。だが、迷うなら‥‥」
 探している草の見分け方を丁寧に説明していくフォルセに、涼はコクリと頷く事で応える。あまり感情を表に出さない少女だが、飲み込みは早い。フォルセは微かに目元を和らげた。
「この根っこをすり下ろすんだよね」
 アリエス・アリア(ea0210)の声がくぐもって聞こえるのは、彼が口と鼻を布で覆っているからだ。アリエスだけではない。涼も、正体不明の毒が呼吸器から入って来るらしいと目星をつけ、同じように口元を覆っている。
「ああ。この辺りで暮らす者なら、子供でも知っている草だ。モンスターにどれだけ効くか分からないがな」
「‥‥あんな‥‥」
 黙々と毒草を摘んでいた涼が、土で汚れた指先を止めて呟いた。
「あんなに真剣な依頼者さんに、失敗の報告をするわけにはいきません‥‥」
 フォルセは力強く頷く。
「絶対に、精霊達の丘は守って見せるさ」
 涼とアリエスも決意を籠めた眼差しで応えると、土から根を掘り起こす地道な作業へと戻っていった。
「‥‥買って来たでござる」
 食料で膨らんだ布袋をおろし、天城月夜(ea0321)は丘を見つめて考え込んでいた沖田光(ea0029)の隣に座った。
「あ、うん。ありがとう」
 丘に向けていた視線を月夜に向けて、光は柔らかく微笑む。
「何か気になる事でもあるでござるか?」
 布袋から食料を取り出しながら、月夜は尋ねた。故国を同じくする2人は、誰に遠慮する事もなく、母国語で会話を交わす。異国の地で聞く母国語にほっとした自分に気づき、光は小指を見た。
「そっか‥‥指切り、したからだね」
「指切り? 誰かと約束をしたでござるか?」
 指切りはイギリスにはない、彼らの故郷の風習。それが光の中に故郷を偲ぶ心を呼び起こしたのだろう。
 太陽に小指を翳して、光は月夜の問いに応えて笑った。
「メアリちゃんとね。妖精さんのおうちを守るって」
 布袋の中、月夜の手に硬い感触が触れる。ふ、と月夜も相好を崩した。
「‥‥それは、果たさねば武士の名折れでござるな」
 小さな壺には解毒剤が入っている。店の主人が、危険な場所へと向かう月夜に持たせてくれたものだ。
 彼らの気持ちを無にするわけにはいかない。
「そういえば、林の中で毒があるって言ってたよね。鬱蒼とした林の中の未確認の毒。それって‥‥」
 続く言葉に、月夜は壺を見つめたまま、表情を険しくした。

●毒
「あぅ〜‥‥あの子、可愛かったなぁ〜」
 杖を抱えて、今にも転げ出しそうなカッツェ・ツァーン(ea0037)に、世良北斗(ea2685)はわざとらしい溜息をついた。
「あッ! 今、呆れたな? 呆れたデショ!」
「そう思いますか?」
 ちなみに、2人の間に会話は成立していない。
 言葉は分からないが、表情と口調で相手が何を言ったか察しているのだ。時に、表情は言葉よりも雄弁に正確に相手に気持ちを伝えるものである。
「じょーだんだよ、じょーだん! でも、やっぱり可愛い子の頼みは聞いたげないとねっ」
 むんと自身に気合いを入れて、カッツェは口の中で小さく呪文を唱えた。
 小柄な彼女の体がふわりと宙に浮かぶ。
 淡い緑色の光に包まれた彼女に、北斗の身に緊張が走った。周囲の気配を探り、いつ、何が出て来ても対応出来るように、心を研ぎ澄ます。
「ていっ!」
 茂みを杖で打つと、衝撃で葉の裏に隠れていた虫達が一斉に飛び出して来る。その様子に、カッツェはぶんぶんと頭を振る。あまり気持ちのよい光景ではない。
「う〜、やだやだ‥‥」
 呟きつつ、周囲の茂みに杖を打ち続けていたカッツェは、背後の北斗の張りつめた気配に気づき、上空へと移動した。同時に茂みから飛び出して来た何かに、いつの間にか抜かれていた刀が閃く。
 北斗が斬り捨てたものに、カッツェは顔を顰める。
「気持ち悪い〜。こんなのより、もっとこう、ふわふわひらひらで‥‥」
「‥‥冗談を言っている暇があるなら、先へ進みましょう。蛇がこれ一匹とは限りませんから」
 何度も繰り返すが、この2人の間で会話は成立してはいない。
 うっとりと夢見るように宙へと投げられたカッツェの視線が、紅潮した頬が、北斗に彼女の気持ちを伝えたのである。
 同じ頃、白猿‥‥サスカッチの動きを警戒し、丘の周辺から林を回っていたアルアルア・マイセン(ea3073)は、一足先に行動を開始した月夜と出会っていた。
「沖田殿が?」
 伝えられた光の言葉に、アルアルアはふむと顎に指を当てる。
「以前、蝶が撒き散らす鱗粉に毒があると聞いたでござるが、それならば、村人もその姿を見ていてもおかしくはないでござる」
 最初、月夜は蝶だと考えた。だが、食料を調達するついでに尋ねてみても、毒を持った蝶の目撃談は出て来なかったのだ。
「林の中に生えていてもおかしくはない植物、ですか」
「植物であるなら、考えられるのは胞子、汁液の類でござるな」
 汁液ならば防ぎようがあるが、胞子だとしたら面倒だ。しかし、アルアルアが考えていたのは別の事であった。
「‥‥それをサスカッチに使えないでしょうか」
 毒餌で弱った所へ、更に別の毒で動けなくする事は出来ないだろうか。
 2人は顔を見合わせた。目を合わせた一瞬で、アルアルアが何を考えているのか、月夜も悟る。
「‥‥私が、猿達を誘導しましょう」
「危険ではごさらぬか?」
 空気中に毒物の漂う場所へ猿を誘導するとなれば、アルアルアの身にも危険が及ぶ可能性がある。しかし、返ったのは清々しいまでに潔い笑顔であった。
「未熟な我らを竜殺しの勇者と信じて疑わないあの子の笑みが見られるなら安いものですよ」

●駆逐
 風の流れを読んだフォルセの指示に従って何カ所かに分けて設置されたのは、すり下ろされた毒草の根を混ぜ込んだ食料。匂いに釣られたサスカッチが丘を離れたならば、彼らの作戦は8割方成功だ。
 ‥‥離れたが最後、2度と丘に近づけるつもりはない。
「うまく掛かってくれれば良いんだがな」
「そうですね」
 背後から響いた声に、足とブーツの隙間にダーツを差し込んでいたアリエスは手を止めた。蛇の始末を引き受けた北斗とカッツェが戻って来ていた。
「少女の夢を守るのは任せましたよ。私は怖い人になりますから」
 北斗の言葉に、フォルセは目を閉じた。
 犠牲は最小限にと望んでも、血を流さずに済むはずもない。静かな表情で佇む北斗に、アリエスは複雑な表情を浮かべる。
 刀を抱え、仲間達の遣り取りを黙って聞いていた光が弾かれたように顔を上げた。微かに聞こえた音に耳を澄ませた彼の前に、偵察に出ていた涼が音も立てず降り立つ。
「奴らが、罠に掛かりました」
 遠くに聞こえていた音が近づく。威嚇と怒りの叫びに鈍い音が混じっていた。二重三重に仕掛けていた罠が発動したのだろう。
「これで追い払う事が出来ればいいのですが」
 涼の呟きに、刀を抜いた光が寂しそうに笑った。白刃が太陽を冷たく弾く。
「そうですね。でも、僕は猿を斬る事になったとしても迷いません。‥‥あの子と約束しましたから」
 精霊が住まう丘を守る為にサスカッチを斬る。矛盾した行動に見えるが、彼らの中には明確な理由がある。
「アルアルア!」
 林へと続くなだらかな斜面に仲間の姿を見出して、フォルセは声を上げた。十数匹のサスカッチの群れを引きつける為に速度を調節しながら走っていたアルアルアが、口元を覆い隠す布の下から叫ぶ。
「作戦は成功です! 猿達は、毒餌と毒黴で弱っています!」
「‥‥全力で行きます」
 口元の布覆いを結び直した涼は、拳を握り締め、アルアルアに迫る1匹へと殴りかかった。ナックルに乗せた渾身の力に、既に全身に毒が回っていたサスカッチはよろけて地面に倒れ伏す。
 冒険者達は次々に白猿達の前へと出た。
 心を殺した月夜の刀が、涼の拳が、確実にサスカッチ達を追いつめていく。
 丘へと逃げ帰ろうとする猿達の行く手をカッツェとアルアルアが遮る。ここで丘に帰すわけにはいかない。退路を断たれたサスカッチは散り散りに逃げ始めた。
「逃げるものは追うな!」
 追撃を止めたフォルセの声。ここに留まれば痛い目を見ると、サスカッチに恐怖心を植え付けるのが今回の目的だ。何より、これ以上、血で汚したくはない。
 武器を下ろし、ほっと息をついた彼らの間近で咆吼が迸った。
 倒れていたサスカッチが再び起き上がり、攻撃を仕掛けて来たのだ。
 素早く身を翻した光に、狂気を孕んだ攻撃が襲う。
「沖田さん!」
 滅茶苦茶に振り回される腕。
 もはや、理性も何もない。生命の危機に瀕した生物の死に物狂いの攻撃だ。その気迫に攻めあぐねた光を援護して、アリエスがブーツに挟んでいたダーツを引き抜き、投げつける。
 サスカッチの目が、足に突き刺さったダーツへと逸れた一瞬の隙を見逃す事なく、光は刀を振り下ろした。
「kyrie eleison‥‥」
 小さなアリエスの呟きが、戦いの終わりを告げた。

●妖精
 猿の屍の上に土を被せ、手を合わせた月夜の姿を見つつ、北斗は平穏を取り戻した丘を見上げた。
「異国の妖精とやらを、ぜひ1度拝んでみたいと思ったのですが‥‥」
 けれど、血臭に満ちたこの場に、自分達の前に現れる事はあるまい。自嘲めいた笑みを頬に乗せ、北斗は月夜に倣って白猿の墓に手を合わせるべく膝をついた。
 彼の目の端に、横切る小さな影が映ったのはその時だった。
 モンスターかと考えたのは一瞬だけ。
 殺気はないが、ただの動植物ではない。閃いたのは、1つの答え。
「世良さん? どうかしましたか?」
 突然に走り出した北斗に、光が慌ててその後を追う。
 見え隠れする影に誘導されて辿り着いたのは、精霊が住むと言われる丘の一角。花が咲き乱れる美しい場所だった。
「綺麗ですね」
 感嘆の声を漏らした光が、屈んで足下の花に手を伸ばす。
「少し貰って行きますね。貴方達の家を守って欲しいと願ったあの子の為に」
 精霊に一言断りを入れて、光は優しい手つきで花を摘んでいく。その手が不意に止まった。
「世良さん‥‥」
 戸惑った光の声色に、彼の手元を覗き込んだ北斗も言葉を失う。
 花々に隠されて輝く、澄んだ大地の結晶。この地を守った彼らへの礼なのか。
「有り難く‥‥頂戴しよう」
 木々の合間、揺れる花々の影にひらりひらりと舞う姿は、やはり捉え難く。
 はっきりと姿を見たわけではなかったけれど、それは精霊であったのだと北斗はそう信じる事にした。