【探求の獣探索】光と真実を示せ

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 29 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月27日〜12月02日

リプレイ公開日:2005年12月06日

●オープニング

●Emitte lucem et veritatem
 複雑に入り組んだ迷路のような内部。
 そこは、彼が考えていた以上に広く、深い。
 彼が手にしたランタンの光に反射しているのは、岩壁に張り付いた光苔か。先ほどまでは、崩れてはいたが人の手による通路だったはずだ。いつの間にこのような場所に足を踏み入れていたのだろうか。
 ランタンを掲げて、トリスタン・トリストラムは周囲を見回した。岩肌が剥き出した洞窟は、何本かに枝分かれしており、もっと奥まで続いているようだ。
 先へと進もうとしたトリスタンは、不意に足を止めた。
 軽く後退ると、それまで彼がいた場所へと飛来した光が弾け、地面を抉る。続けざまに飛んで来た光を避けたトリスタンの手からランタンが落ちた。
 別方向から襲って来た何かが、ランタンを打ち落としたのだ。
「神聖なる場に足を踏み入れし不届き者よ。その度胸だけは誉めてあげましょう」
 前方で薄紅の光が人の形を浮かび上がらせた。
 女、それも闘気魔法の使い手のようだ。
「‥‥何者だ」
 問うた声が洞窟の中に木霊する。
「侵入せし者がそれを問うとは。どちらにしても貴方には関係のない事。命惜しくば立ち去るがよいでしょう」
「去ろう。ただし、この先にある物を確認してからだ」
 応えるや否や剣を抜き放ち、女の一撃を受け止める。
 一合、二合と打ち合ううちに、トリスタンは内心舌を巻いた。
 打ち込みも気迫も、円卓の仲間であるパーシ・ヴァルやユーウェインに引けを取らぬ。だが、ここで退くわけにはいかないのだ。
 渾身の一撃を受け止めた後、互いに飛び退ると彼らは間合いを量って対峙した。
「この先に、何がある」
「知りたくば、貴方の真実を示してご覧なさい!」
 薄紅の光を纏って踏み込んで来た女の剣先が掠める。ぴりりと走った熱い痛みを感じると同時に、彼は手首を返して女の剣を弾き飛ばした。

●探求の獣
「神の国アヴァロンか‥‥」
 宮廷図書館長エリファス・ウッドマンより、先の聖人探索の報告を受けたアーサー・ペンドラゴンは、自室で一人ごちた。
 『聖人』が今に伝える聖杯伝承によると、神の国とは『アヴァロン』の事を指していた。
 アヴァロン、それはケルト神話に登場する、イギリスの遙か西、海の彼方にあるといわれている神の国だ。『聖杯』によって見出される神の国への道とは、アヴァロンへ至る道だと推測された。
「‥‥トリスタン・トリストラム、ただいま戻りました」
 そこへ円卓の騎士の一人、トリスタンがやって来る。彼は『聖壁』に描かれていた、聖杯の在処を知るという蛇の頭部、豹の胴体、ライオンの尻尾、鹿の足を持つ獣『クエスティングビースト』が封じられている場所を調査してきたのだ。
 その身体には戦いの痕が色濃く残っていた。
「‥‥イブスウィッチに遺跡がありました‥‥ただ」
 ただ、遺跡は『聖杯騎士』と名乗る者達が護っていた。聖杯騎士達はトリスタンに手傷を負わせる程の実力の持ち主のようだ。
「かつてのイギリスの王ペリノアは、アヴァロンを目指してクエスティングビーストを追い続けたといわれている。そして今度は私達が、聖杯の在処を知るというクエスティングビーストを追うというのか‥‥まさに『探求の獣』だな」
 だが、先の聖人探索では、デビルが聖人に成り代わろうとしていたり、聖壁の破壊を目論んでいた報告があった。デビルか、それともその背後にいる者もこの事に気付いているかもしれない。
 そして、アーサー王より、新たな聖杯探索の号令が発せられるのだった。

●イブスウィッチへ
 王命を携えて冒険者ギルドへとやって来たトリスタンに、冒険者達は一様に息を呑んだ。
 次いで、「顔がっ!」と異口同音のどよめきがギルド中に響き渡る。
 その騒ぎに、トリスタンはうんざりしたような溜息を漏らす。
 急ぎ、王に報告すべく馬を走らせてキャメロットへと戻って来た。その後も忙しかった事もあって、これぐらいの傷ならば聖なる母の力をお借りしてまで癒す必要もなかろうと適当に布を巻き付けていたのだが、どこへ行っても、まず「顔が」と驚かれる。
 唯一、無関心であったのは、少々変わり者と評判の学者、ラルヒー・スコッティンぐらいである。
「‥‥王より号令が発せられた」
 騒ぎが収まりかけた頃を見計らって、トリスタンは口を開いた。幾分、声が低くなっていたのだが、気付く者は誰もいない。
「キャメロットより北東に位置するイブスウィッチにある遺跡でクエスティングビーストを探し出さねばならない。このイブスウィッチという遺跡がある辺りは」
 かの学者から聞いた話の中から、より関係がありそうな内容を選び、彼は続けた。
「かつてペリノア王が治めていたと聞く。そして、ペリノア王も神の国へと至る道を探し続けていたと」
 遺跡もペリノア王に関連したものであろうか。
 冒険者達の表情が真剣なものへと変わっていく。
「そして、遺跡は『聖杯騎士』と呼ばれる者達に守られている。‥‥彼らは強い。強いのだが‥‥」
 言い淀んだトリスタンに、冒険者は怪訝そうに顔を見合わせた。
「彼らは、ただ侵入者を排除しているわけではないような気がする」 
 あの女性騎士が発した言葉、「真実を示せ」とはいかなる意味であろうか。
 互いに打ち合って分かった。彼女は、一歩も退くつもりはなかった。例え、自分自身が倒れる事になろうとも。その気迫は、並々ならぬものがあった。
「‥‥聖杯騎士とは、再び遺跡にてまみえる事となろう。その時に、我々は彼女の言う「真実」を示す事が出来るのだろうか」
「トリスタン卿?」
 自分へと注がれる視線に気付き、トリスタンは改めて冒険者へと王からの依頼を告げた。
「冒険者達は、すぐさまイブスウィッチへと向かい、クエスティングビーストを見つけ出すように」

●今回の参加者

 ea1182 葛城 伊織(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4818 ステラマリス・ディエクエス(36歳・♀・クレリック・人間・神聖ローマ帝国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0610 フレドリクス・マクシムス(30歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb2287 ソウェイル・オシラ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●リプレイ本文

●出発前のエトセトラ
 ギルドの前に並ぶ高速馬車。
 それは、イブスウィッチへと向かう冒険者達の為にアーサー王が特別に手配した馬車だ。出発前で右往左往している仲間達を掻き分けて、エスリン・マッカレル(ea9669)はその人を見つけた。
「トリスタン卿!」
 深紅のマントに流れる金糸が揺れる。仲間と打ち合わせていたその人にエスリンは必死の形相で縋り付く。
「お怪我は!? 動かれても大丈夫なのですかっ!?」
「お、おい、エスリン!」
 つん、と肩を突っつかれて、彼女ははたと我に返った。
「伊織殿‥‥おられたのか」
「‥‥いたんデス」
 今の今までトリスタンと話してマシタ。
 どうやら、すっかり眼中外だったらしい。
 ちょっとばかり黄昏れて、葛城伊織(ea1182)は視線を宙に彷徨わせた。
「ああ、もう冬だなぁ、畜生め」
「一体何が言いたいのだ? それよりも、トリスタ‥‥」
 再び、トリスタンに詰め寄りかけたエスリンの口を、伊織は慌てて塞ぐ。
「だぁっ! やめとけってばよ!」
 ずるずるとエスリンを引き摺って馬車の陰へと移動すると、伊織は口に1本、指を当てた。
「奴がやさぐれるから、怪我の事には触れるなっての!」
 呆けたエスリンに伊織が肩を竦めてみせる。
「あちこちで言われたらしくてな。顔の傷と言ったが最後、奴の背後に走る稲妻!」
 ぶると体を震わせる伊織。
 恐らく、その稲妻とやらを見てしまったのだろう。
「アレハキット、美形キラキラオーラノ転用ニ違イナイ‥‥」
 馬車に向かって怪しげな言葉を呟き出した伊織の前で、エスリンは2度、3度と手を振った。
「伊織殿、伊織殿?」
「ハッ!? い、いや、なんでもない! とにかく、奴に怪我の話は御法度‥‥」
「トリス! その怪我はどうしたのであるか!?」
「リスちゃん、リスちゃん、これあげる! ヒーリングポ〜ション〜」
 後ろから殴られたかのように、伊織が前のめりに倒れ込む。エスリンがさっと避けたのは条件反射。
「風が冷てぇぜ‥‥」
 地面に膝をついた伊織の背に、トリスタンの身を案じるリデト・ユリースト(ea5913)とソウェイル・オシラ(eb2287)の声が響く。トリスタンも、純粋に自分を心配する2人を邪険には扱えなかったのだろう。短めの言葉だが、ちゃんと答えを返している。自分の時とは大違いだと伊織は思った。
「顔の傷‥‥だけ?」
「そうですよ。ですから落ち着いて下さい、エスリンさん」
 見るに見かねたのか、地面にのの字を書き出した伊織を無視して、滋藤御門(eb0050)がエスリンを覗き込む。
「よかった」
 安堵したら体の力も抜けてしまったのだろう。
 その場にへたり込んだエスリンに、御門はそっと囁いた。
「秘めているだけでは、気持ちは相手に伝わりませんよ」と。悪戯っぽい微笑みと共に。

●聖杯騎士
 高速馬車の中、ワケギ・ハルハラ(ea9957)とステラマリス・ディエクエス(ea4818)は共に調べて来た事を簡単に報告した。
 調べたとは言え、集合までの限られた時間の中では関連する文献を探し出す事も出来なかったのだが。
「でも、宮廷図書館長が見送りに来ておられて、ちょっとだけお話を聞けました」
 真剣に聞き入る仲間達に、ワケギは一旦言葉を切った。宮廷図書館長から教えて貰った伝承を、正しく仲間達に伝えねばならない。混雑するギルドの前で、偶然に図書館長と出会ったところまで記憶を戻して、ワケギは語り始める。
「聖杯騎士については、文献にもほとんど載っていないし、分からない事も多いそうです。ただ、ペリノア王の時代から代々聖杯に仕える騎士で、聖杯に危機が訪れる時には必ず現れるとか」
 ワケギと共に図書館へと赴いたステラが、彼の言葉に補足を入れる。
「図書館長の話しぶりでは、聖杯騎士は常には聖杯が祀られている場所を守っているようです」
 仲間達がどよめく。
 それはつまり、聖杯騎士も聖杯の在処を知っているという事か。
「聖杯騎士を問いただし、そのまま聖杯の眠る場所へと向かうという選択も有り‥‥だろうが」
 大きく息を吐き出し、フレドリクス・マクシムス(eb0610)は口元を歪めた。馬車の隅で黙って話を聞いているトリスタンへと視線を向ける。
「相手は卿ほどの者でも打ち倒す事が出来なかった騎士だ。そう簡単に語ってくれるはずもないか」
 リカバーポーションの効果で、トリスタンが巻いていた包帯は外れている。しかし、思っていた以上に傷は深かったらしく、完全に癒えてはいない。フレドリクスの言う通り、相手は円卓の騎士が打ち倒す事が出来ず、尚かつ、深い傷を負わせるだけの実力の持ち主のようだ。
「聖杯を護りし聖杯騎士‥‥。彼らは試練を与え、訪れる者を見極めているような気がします」
「見極める、ですか?」
 ワケギに問われて、御門は多分、と言葉を濁した。
「私の真実は友達の役に立ちたいという事なのである」
 定位置であるトリスタンの肩から、リデトが声を上げる。
 ちょっとご機嫌斜めなのは、リカバーの申し出に対して友達が「力を温存すべし」と断った為か。言葉に含ませた意味を当の本人が聞き流す事がないようにと、ぺちぺち白磁の頬を叩いて、リデトは力説する。
「その為に、私は今、ここにいるのである」
 聞こえているのかいないのか、彼は目を閉じたままだ。その横顔が心なしか微笑んでいるように見えるのは、伊織の目の錯覚ではないようだった。

●真実
 遺跡は入り組んだ迷路だった。だが、要所要所に置かれたソウェイルの白い花とトリスタンの記憶力のお陰で、何の障害もなく目的の場所へと辿り着く事が出来た。
 そこはトリスタンが聖杯騎士と交戦した場所である。戦いが如何に激しかったのかを物語るのは、所々抉れた岩肌と、砕けた岩と。
 しかし、彼らは怯むわけにはいかなかった。
「トリス、この先は何があるのであるか?」
 リデトが握り締めた白い花が、薄闇の中でふわふわと揺れている。それを見上げて、トリスタンは頭を振った。
「分からない。私が確認したのは、ここまでだ」
 普段と変わらぬ口調。だが、その端々に滲むのは悔しさか。
 ごくりと喉を鳴らして、ワケギは闇の向こうを凝視した。
「ともかく、先へ進みましょう」
 促され、歩き出した冒険者の中、定期的にバイブレーションセンサーで周囲を探っていた御門が不意に足を止めた。
 そのただならぬ様子に、十字架を握り締めたステラが呪を唱える。
「来たのである!」
 リデトの警告の直後、薄桃の光が彼らの前方で弾けた。
「どうやら懲りていないようですね」
 聞こえて来た声は、若い女のもの。身構える冒険者達を一瞥すると、女はソウェイルが掲げるランタンの光の下へと姿を現した。
 緩やかに波打つ赤茶色の髪、ほっそりとした優しげな顔立ち。深窓の姫君と言っても通用するだろう。だが、その瞳は強い意志を持ち、鋭い視線で冒険者達を見据えていた。
「貴女が聖杯騎士、ですね」
 それぞれの武具に手を伸ばす仲間達を制し、御門はゆっくりと頭を下げた。
「はじめまして。僕は滋藤御門と申します。まずは貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「‥‥私はエルザ。聖杯騎士である事は、ご存じのようですね」
 にっこりと御門は微笑む。
「はい。色々と調べさせて頂きました。ですが、実のところ、詳しくは知らないのです」
 屈託ない御門の言葉に、エルザと名乗った女騎士は微笑んだ。けれど、その手に握られた剣は御門の胸に狙いを定めている。
「あー、もう、やめやめ」
 御門の体を押しのけて、伊織がエルザの前に立った。
「俺はね、剣よりも杯を交える方が好きなんだ。特に、エルザみたいなお姉さんとはな」
 にかっと一発、笑みを閃かせた伊織に、エルザは一瞬、虚をつかれたのか動きを止めるた。
 だがしかし、エルザはすぐに剣の柄を握り直して、彼の鼻先へと突きつけた。剣を握るエルザの手がふるふると震えている。
「ん? どした、エル‥‥」
「‥‥我が「夫」の名誉にかけて、私は負けるわけには参りません。少なくとも貴方には」
 エルザが強調した言葉に反応したのは伊織だけではなかった。
 思わず後退った伊織の後頭部に、がつんと鈍い衝撃が走る。舌を噛みかけた伊織が振り返ると、そこには聖書を片手に微笑むステラの姿がある。
「ス、ステ‥‥ラ‥‥?」
 伊織に向けられる慈母の微笑み。
 だが、その目は笑ってはいない。
「夫ある女性を、依頼の最中に口説くとは‥‥」
 ステラから発せられた冷気に青くなった伊織を更なる衝撃が襲撃した。高い場所から飛び込んで来たリデトの足が彼の頬に突き刺さり、「天誅っ」の言葉と共に御門の肘鉄が鳩尾にめり込む。
 どうやら、笑顔と口説きで懐柔作戦は逆効果であったらしい。
 地面に倒れ込んだ伊織に額を押さえて、フレドリクスはエルザへと改めて向き直った。
「仲間が失礼をした。だが、我らは」
「言葉など必要ありません。そちらの方にも申し上げた通り、貴方がたの真実を私に示してご覧なさい」
 オーラの光がエルザの全身を包み込む。
 気合いと共に打ち込まれた一撃に、冒険者達を覆うホーリーフィールドが揺れた。
「なんて力だ!」
 ちっと舌打ちして、フレドリクスは小太刀を抜き放った。御門の手にも水晶剣が現れる。
「ソウ君!」
「う、うん。いくよ、みーちゃん!」
 御門の体を赤い炎が包み込んだ。エルザが纏う薄いピンクの光よりも鮮やかで激しい炎だ。
「貴女が求める真実とは何なのですか!?」
 油断なく印を結んだワケギの問いに返ったのは、鋭い刃の一閃。
「フィールドが消滅します!」
 緊張を孕んだステラの声と同時に、彼らは素早く散じた。
「真実を示せと言うのであれば、俺の真実はこの姿だ!」
 両の手に構えた小太刀を胸の前で交差させると、フレドリクスは渾身の力を込めてエルザへと斬りかかった。顕わになった耳が、ステラの持つランタンに照らし出される。
「ハーフエルフ‥‥」
 フレドリクスの一撃を受け止めたエルザは、言葉の意味を悟った。
「そうだ。無用の諍いを避ける為に、姿を偽るのが常。だが、どれほど姿を偽ろうと、俺は俺でしかない。それが、俺の「真実」だ!」
 再度の攻撃を躱すと、エルザは剣を振り下ろした。
「くっ!」
 細い腕から繰り出されているとは思えぬ重い一撃に手が痺れる。力を逃がすべく1歩下がったフレドリクスの背後から飛び出したのは、御門だ。
 咄嗟に、エルザが突き出した手から放たれた薄桃の光が、御門に襲い掛かる。回避を試みるも、光球の方が速かった。
「御門!」
 弾き飛ばされた御門に、リデトがすかさずリカバーを唱える。
「エルザ殿! これが御身の使命とおっしゃられるならば、探求の獣を求めるもまた我らが使命。無礼なれど、多を以てお相手させて頂く!」
 弦を引き絞ったエスリンの言葉に、エルザは剣を構えたまま目を閉じた。
「散れ!」
 トリスタンの声と重なるように、エルザの体から光が弾ける。
 吹き飛ばされて、岩に叩きつけられ、彼らは苦痛に呻きを漏らした。何が起きたか頭では理解していたが、すぐには体が動かない。
 岩壁に手をつき、よろけながらも立ち上がったワケギは震える手で印を結ぶ。
「アイスコフィンは、一撃で戦いを終わらせる力を持ちながら相手を傷つける事がありません。魔法は他者を傷つける為にあるのではなく、他者を幸せにする為にあると証明したくて、ボクはこの魔法を一番最初に覚えたんです」
 氷の棺に包み込まれたならば、聖杯騎士とて身動きが取れなくなる。その前にと剣を振りかざしたエルザに、タイミングを計っていたフレドリクスが素早く起き上がり、背後へと回り込むと手刀を首筋へと叩き込む。
 不意を突かれ、崩れ落ちたエルザに、御門は水晶剣をぴたりと喉元に突きつけた。
「僕達の勝ちですね?」
 強く唇を噛んで、エルザは剣を捨てた。
「おねーさん」
 エルザの傍らにしゃがみ込むと、ソウェイルは布で包んだ菓子と白い花を差し出した。意味を量りかねて、視線を上げたエルザに、ソウェイルは邪気のない笑顔を向ける。
「えっとね、俺は、甘いお菓子が好きだよ。それで、本当は戦うより皆でお菓子を食べられたらいいなって思う」
 動かないエルザの手に菓子の包みを乗せて、ソウェイルは続けた。
「よく分からないけど、みんな、幸せなのがいい。おねーさんは違うの?」
 ふと、エルザの肩から力が抜けた。
 冒険者達が見つめる中、エルザは菓子の包みを丁寧に解く。中から零れた焼き菓子に相好を崩し、冒険者達を見上げて一言呟いた。
「負けました」

●託された希望
 暗い洞穴の中、それは透明な輝きを纏ってそこにあった。
「これは何なのであるか」
 呆然と尋ねたのはリデト。
 神の手によるものとしか思えない清らかな芸術品、澄んだ清水がそのまま形を留め置かれたかの如き水晶の箱に納められていたのは、人間の腕だ。褐色の滑らかな肌、細い指先には丁寧に手入れされた貴婦人の爪。
「女性の‥‥腕? 切断された?」
 何故、こんなものがここに?
 問おうとして、エスリンは息を呑んだ。
 先の聖壁、聖人探索で明らかになった伝承が、脳裏に蘇る。
「四肢を切断されし獣!」
 彼女の叫びに応えたのは、エルザだった。
 ソウェイルに引かれた手を放し、彼女は水晶の箱に歩み寄る。
「そう。これが貴方がたが探しているもの。聖杯の手掛かりを知る獣」
「聖杯が祀られている場所は、貴女が知っているのではないのか」
 尋ねたフレドリクスに、エルザは微かに笑ってみせた。
「その通り。聖杯騎士は聖杯を護るもの。故に、聖杯の在処は知っています。けれど、アヴァロンへと至る道を開くには、この探求の獣が持つ真の力が必要なのです」
 恭しく箱を抱えて、エルザは冒険者を振り返る。
「ただし、獣は見ての通り、人の身となりて力を失っています。その真の力を取り戻せるのは聖杯のみ」
 そっと、愛し子を預ける母の手つきで、エルザは御門へとその箱を手渡した。
「我々が守護せしは聖杯城。‥‥貴方がたが聖杯を求めるのであれば、いずれまたお会いする事もあるでしょう」
 腕を上げ、彼女は確かにどこかを指し示す。
 しかし、それを冒険者達が確かめる間もなく、彼女は姿を消していたのであった。