深淵の縁
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:9〜15lv
難易度:難しい
成功報酬:7 G 56 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月18日〜12月27日
リプレイ公開日:2005年12月28日
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●オープニング
●悪い知らせ
「なんて事‥‥」
その一報を聞いて、彼女は絶句した。
使者は満身創痍だ。冗談を言っているようには到底見えない。
混乱が起きたポーツマスの情報を得る為に奔走し、ようやく戻って来たと思えばこの知らせ。彼女は、近くにあった椅子を引き寄せて、腰を下ろす。
疲れが一気に押し寄せて来るようだ。
「それで」
発した声は、自分のものとは思えぬ程に嗄れていた。
「お嬢様の行方は?」
「分かりません。侍女のハンナは高熱を発しており、事情を聞ける状態ではありません。早めに処置をせねばならないという事で、大司教様にお預けしました」
サウザンプトン周辺の教会を統括している大司教は、もう何年も前からこの事態を案じて準備して来た。彼に預けたというのならば、ひとまずは安心だ。
「これから、どうしましょうか」
不安げに尋ねて来る男に、指示を仰がねば何も出来ないのかと憤りかけて、彼女は寸でのところで押し留まった。
額を押さえ、自身を落ち着かせる為に深く息を吸い込んだ。
「他に‥‥何かないのか。どんな小さな事でもいい」
問われて、使者は島での遣り取りを思い返した。彼らが慕う主の娘、ルクレツィアが消えたという衝撃的な話で頭がいっぱいになっていたが、確か、他にも何か聞いた気がする。
「‥‥そういえば、お嬢様が攫われる少し前に冒険者が滞在していたとか」
「冒険者が?」
はい、と使者は頷いた。
「ハンナが頼んだとか何とかで。それで、屋敷の者が聞いていたのですが、冒険者の1人が、ポーツマスの領主が接触してくるかもしれないと漏らしていたそうです」
「ポーツマスの領主‥‥」
怪訝な顔をした彼女は、すぐに表情を険しくした。
異端を徹底的に弾圧しているポーツマスならば、島に逃げ込んだ異端の者達を狩る事もあろう。だが、領主がワイトを標的にしたのだとしても、ルクレツィアだけを攫っていったというのはおかしい。
そして、バンパイアの噛み傷をつけて倒れていたハンナの説明もつかない。
「どういう事だ、これは‥‥」
冒険者が去ったのを見計らったかのように攫われたルクレツィア。
ハンナはバンパイアに襲われている。
そして、冒険者が残した気になる言葉。
「ポーツマスは異端を嫌っている。バンパイアと共に現れる事などないはず。冒険者がポーツマス領主の事を仄めかしたのは、別件か‥‥? いや」
考え込んだ彼女の脳裏に、以前、冒険者から報告を受けた事柄が閃いた。
「‥‥塔の中にはスレイブがいた‥‥」
しかし、スレイブを使って屋敷を襲わせるなど出来るのだろうか。
いや、と彼女は思い直す。
もしも、塔の中にスレイブを従わせる事が出来るモノがいたとしたら? それがスレイブを動かしているモノがルクレツィアに気づいたのだとしたら?
幾通りもの可能性が、頭の中に浮かんでは消えていく。
「それから、これも冒険者の話なのですが、島の中でアンデッドの気配を察知した者がいたようです。ただ、それは島の東側でしたので、モンスターどもの巣が原因かと思われたらしく」
冒険者も一通りの捜索はしたようだ。
だが、アンデッドらしきものは見つからなかったという。
「そのモンスターどもですが、時を同じくして島を襲うようになりました」
ワイトは、現在、混乱の中にある。
「ポーツマスの中でも何かが起きたらしい。‥‥一体、何をどうすればいいんだ」
彼女達に指示を出していた男からは、未だに連絡がない。
おそらくは、ウィンチェスターを支配したというバンパイア対策に走り回っているのだろう。
このまま手を拱いていては、最悪の事態となる。
一刻も早く、ルクレツィアを取り戻さなければ。
「‥‥‥‥」
ゆっくりと、彼女は顔をあげた。
●危険な依頼
その日、キャメロットのギルドに貼り出された依頼状には、至急の朱文字が踊っていた。
依頼人は、サウザンプトンのブリジット。
「ワイト島からいなくなったお嬢さんを探し出せって?」
読み進めていくうちに、冒険者の顔が厳しくなっていく。
「こりゃ、一体何が起きたんだ? ポーツマス領主の城にいる可能性が大きい?」
「ポーツマスと言えば、災厄が襲って来たとかで、今、偵察に出てるんだよな?」
彼らの仲間たる冒険者と、円卓の騎士トリスタンとが共に潜入した。まだ、彼らは戻って来てはいない。
何が起きているのか詳細の分からぬ場所で、ただ1人の娘を探し出さねばならないとは。しかも、娘が攫われた時に、侍女がバンパイアに襲われている。
冒険者達は渋い顔をした。
「ルクレツィア嬢の姿を確認するだけでもいいらしいが、出来れば身柄を確保して欲しい、か」
それがどれほど難しい事なのか。彼らにはよく分かっていた。
●灰色の影
拠点としていた教会の扉を開いて、ブリジットは空を見上げた。
太陽がいつもと同じように輝いている事にほっとして、彼女は息を吐き出す。
「‥‥そこに隠れている者」
周りには誰もいない。だが、彼女は構わずに続けた。
「グレモン司教に伝えろ。貴方も知らない20数年前の真実を教えてやる。その代わり、我々に協力しろとな」
●リプレイ本文
●廃墟
ポーツマスの街に人の気配はなかった。
正確に言えば「生きた」人の気配は、だ。
「いったい、この街に何が起きたのかしら」
気味が悪い程に静まりかえった街並みを振り返り、ヴァージニア・レヴィン(ea2765)が呟いた。ここに至るまでの道々には焼かれた死体が転がり、街のあちこちには戦闘の跡が残っている。戦場跡のようだが、この街は、つい先頃まで交易で賑わう活気ある港町だったはずだ。
「先に来ている人達と連絡が取れたら良かったのだけど‥‥」
ポーツマスの守護騎士からの依頼で救援に向かった者達が訪れていたはずだが、彼らの気配もない。テレパシーを使ってみても、返事は返って来ない。
「もう、街を出たのかもしれないな」
街の惨状に眉を顰めていたクリムゾン・コスタクルス(ea3075)がヴァージニアを振り返った。表情が険しいのは動揺しているからか。肝の据わった彼女にしては珍しい事かもしれない。
「ともかく、城へ向かおうぜ。今回の依頼は街を調べる事じゃない。さっさとルクレツィアの身柄を確保して、脱出だ」
クリムゾンの言う通りだ。
頷いて、ルーウィン・ルクレール(ea1364)が建物の合間に見え隠れする城を見据えた。
「その通りです。ルクレツィアさんを確認するだけでもいいと言われていますが、出来れば救出したいですからね」
モンスターの活動が鈍っている今のうちに、仕事を片付けておくべきだ。武藤蒼威(ea6202)も、そう主張する。ただでさえ、冬場は昼が短いのだ。こうしている時間も惜しい。
「城の中に塔があります。その中にスレイブが大量発生していたのを確認しました。もしかすると、城の周囲が一番危ないかもしれません」
告げるユリアル・カートライト(ea1249)はどこか苦しげだ。顔色もよくない。そんな彼を心配そうに覗き込むと、エリス・ローエル(ea3468)はその額に手を当てた。
「どうされました? 調子が悪いのですか? 熱は無さそうですけれど‥‥」
柔らかな手の温もりに、ユリアルは力無く微笑んでそっとエリスの手を外した。
「‥‥大丈夫です。ただ、ちょっと気がかりがあったものですから。それよりも、出来るだけ戦闘は避けたいですよね。城は、壁の役目を果たしている外周の内側に中庭が‥‥」
歯切れの悪いユリアルをそれ以上問う事が出来ず、エリスは仲間へ城の内部の説明を始めた彼の背中を見つめるだけだ。
「エリスさん」
そんなエリスに、滋藤御門(eb0050)が声を掛ける。
「ご心配ですか?」
「はい。神ならぬ人の身、不調の時もありますもの。それは仕方がない事です。せめて私達が気をつけて差し上げないと」
ポーツマスに足を踏み入れた時からピリピリとした緊張感を身に纏っていた御門は、エリスの言葉に不意を突かれたように目を瞬かせた。そして、やがてそれは柔らかな微笑へと変わっていく。
「‥‥僕達は1人で戦っているわけではない?」
「そうです」
きっぱりと言い切ったエリスを眩しそうに見遣って、御門は「はい」と頷いた。
「そうでしたね。‥‥大丈夫ですよ、エリスさん。ユリアルさんも、皆も」
●昼間の闇
粗末な木戸を押し開けて、ユリアルはそっと中の様子を窺った。太陽が天頂にまで達していない時間だというのに、建物の中は夕暮れの暗さだ。高い場所にある小さな窓から差し込む光の幾条かが壁に偽りの窓を浮かび上がらせている。
「ここから入れそうですね。ただ、問題は中に通じる扉が使えるかどうかですが」
「いざとなれば、僕がアースダイブのスクロールを使って中から開けるよ」
それからと、カルゼ・アルジス(ea3856)は手の中に現れたアイスチャクラをクリムゾンへと差し出す。
城を見上げていたクリムゾンは、半ば無意識にそれを受け取って盛大に息を吐き出した。
「なんつーか、アンデッドがいるとは思えねぇ、立派な城だなぁ」
吐息に込められていたのは、感嘆かそれとも羨望か。苦笑して、カルゼはルーウィンと顔を見合わせた。
「そうですね。私も不思議に思いますよ。我々の予想が正しければ、この城で暮らし、ポーツマスの人々に慕われる領主であった人はバンパイアなのですよね」
ルーウィンの声に我に返り、クリムゾンは頭1つ高い彼の顔を仰ぎ見る。言われてみればその通りだ。
バンパイアにとって、人間は食糧に過ぎない。
領主がバンパイアであるなら、何故、10年以上も「食糧」の為に善良な領主を演じ続けたのだろう。
「それは本人に確かめるしかないよね」
サンワードのスクロールを丸めていたカルゼが肩を竦める。
「やっぱり、駄目みたい」
太陽は、彼の問いに答えを返してくれなかった。つまり、彼が居場所を尋ねた者達は、太陽の光が届かない場所にいると言う事だ。
シルバースピアの柄を地面に突き立てて、蒼威は自分自身に気合いを入れた。
「ともかく、日のある内に済ませてしまおう。鬼が出るか蛇が出るか。全ては中へと入ってからだ」
その言葉に、仲間達も力強く頷きを返す。
手を握り締め、祈りを捧げたヴァージニアが、そっと入り口近くに小さな石を置いた。道返しの石だ。
「1時間よ。この石の結界が効いているうちにここへ戻って来ること」
脱出口を確保したヴァージニアが告げた有効時間を心に刻みつけ、彼らは城の中へと足を踏み入れた。
●慈母の仮面
「戦乙女を名乗る私を、不死者が止められると思っているのですか!?」
日が差し込まぬ場所で蠢くスレイブの群れは、彼らの存在にすぐに気づいて襲いかかって来る。御門のバイブレーションセンサーである程度の予測が出来るとはいえ、その全ての襲撃を防ぐ事は出来ない。
出来るだけ戦闘を避けたい彼らの道を切り開いたのは、エリスの手に生まれた神々しい光、ホーリーライトだ。
ホーリーライトの光を恐れてか、スレイブ達は近づく事も出来ずに彼女の前に道を空ける。
「ご領主の部屋は上です! 客室も恐らく!」
ユリアルの案内は的確で、彼らは妨害という妨害を受けずに目的の部屋へと辿り着いた。
豪奢に飾り立てられた部屋に、彼女はいた。
「君がルクレツィアちゃん?」
「え‥‥ええ。そうですわ。あなたはどなたですか?」
身を竦ませる娘に、カルゼは人懐っこい笑顔を向けた。
「僕はカルゼ・アルジス。ね、僕達と一緒に戻ろう?」
差し出された手とカルゼとを交互に見比べて、娘は首を傾げる。
「あの?」
「ルクレツィアさん」
カルゼの背後から顔を出した御門に、ルクレツィアはあら、と顔を輝かせた。
「では、皆様、アレクお兄様のお友達?」
自分が連れ攫われた事を自覚しているのだろうか。無邪気に喜ぶルクレツィアに、ここまで苦労して辿り着いた冒険者は脱力感を感じてしまった。
「ご無事でよかった。お迎えにあがりました。皆、心配していますよ。僕達と一緒に帰りましょう」
一息に階段を駆け上がったせいか、息を切らした御門が言えば、ヴァージニアも説得にかかる。
「ハンナさんは倒れて教会に居ますし、貴女のお兄様の行方も冒険者ギルドで分かります。キャメロットに行けば、すぐにでも会う事が出来ますよ」
「お兄様が‥‥。ハンナも?」
不安げに瞳を揺らした娘に、クリムゾンは大丈夫だと笑いかけた。
「心配するなって。あたいらがついてる。全力で守ってやるから、あたいらを信じてくれ」
な?
覗き込んだクリムゾンに、彼女は「はい」と小さく笑った。
「あ、外は寒いから、これを着けるといいよ」
自分のふわふわヘアバンドを外し、蜂蜜色の髪に着けてやる。それは彼女の持つ雰囲気にも良く合っていて、カルゼは満足そうに何度も頷いた。
「うん。よく似合ってる」
おそるおそる、自分の頭に手をやったルクレツィアも、その手触りに顔を輝かせる。
「似合って‥‥おりますの?」
「うん。似合ってるよ。鏡、見る?」
ええと、と懐を探るカゼル。だが、すぐに銅鏡を持っていない事を思い出して小さく舌を出した。
「ごめん。鏡、持ってないや」
「私が持っています。でも、それは後にしましょう?」
ヴァージニアがくすりと笑う。何やら微笑ましい光景だが、今はそんな場合ではない。
「あ、そうだったね。じゃ、先にここを出なくちゃ。行こう?」
ルクレツィアの手を取り、カルゼは踵を返す。
だが、1歩、足を進めたカルゼは、ぐいと手を引っ張られて後ろに倒れかけた。
何事かと振り返れば、ルクレツィアがしゃがみ込んでいる。
「どうしたの?」
「駄目ですわ。まだ明るいのに!」
ふるふると首を振って、彼女はカルゼの手を振り解いた。
「明るいのにって‥‥え?」
むぅと頬を膨らませ、上目遣いにカルゼを睨む。
「わたくし、バンパネーラですの。絶対に、太陽の光を浴びてはいけないとアレクお兄さまやヒューからきつく言われておりますのよ」
思わず、カルゼは仲間達を振り返った。
太陽の光が彼女の害になると想定してはいなかったのだ。
「でも、ですが‥‥」
ルクレツィアの拒絶に動揺したのか、忙しなく室内へと視線を走らせた御門は、次の瞬間、クリスタルソードを手に身構えた。蒼威もシルバースピアを構えて鋭く戸口を見据えている。
「その者達の言う事に耳を貸してはなりません」
静かな声が響いた。
ゆっくりと姿を現したのはポーツマス領主、エレクトラだ。
「他人の城に武器をもって押し入る輩の言葉など、信が置けませぬ」
「でも、お兄様が‥‥」
エレクトラが足を踏み出した。
それぞれに武器を構え、冒険者達も1歩後退る。
「ええ、そうです。兄君は、その者達の仲間とやらの元におられるそうです。ですが、それがどういう事かお分かりですか?」
エレクトラは目を細め、冒険者達を睨め付けた。
「兄君はアシュフォードのご領主であられました。しかし、冒険者の手によって領主の座を追われ、今は囚われの身とか。私の知人が、兄君をお助けすべく手を尽くしておりますが、もし、ここでルクレツィア様がこの者達の手に落ちれば、兄君様は貴女様の安全の為に虜囚の身に甘んじる事でしょう」
目を見開き、自分を見上げて来るルクレツィアに、カルゼは首を振る事しか出来なかった。
「さあ、こちらへ」
そろりと、ルクレツィアは体を動かす。
「違う‥‥。違うんだよ、ルクレツィアちゃん。あのね」
ふわふわのヘアバンドを外し、ルクレツィアはそっとカルゼの手の中へと戻した。ワイトの島に訪れた事もある御門もいる。彼らがアレクの知人である事も分かっている。だが、エレクトラの言葉にも真実味があった。
「ルクレツィア様」
促すエレクトラの声に、ルクレツィアは弾かれたように顔を上げた。
潤んだ大きな瞳で冒険者達の顔を見回すと、エレクトラの元へと駆け寄る。
「ご安心下さい。もう大丈夫ですから」
青白い顔をした男が現れて、彼女を部屋から連れ出した。
「ルクレツィアさん!」
「ルクレツィアちゃん!」
御門とカルゼの叫びに、ルクレツィアは1度だけ振り返ったが、すぐにその姿は扉の向こうへと消えていった。
「さて、領主の館に無断で入り込み、客人を連れ攫おうとするとは‥‥冒険者とやらもならず者と変わりないようですね」
彼女の姿が消えた事を確認して、エレクトラが口を開く。
穏やかな口調に棘が混じる。
「私は、随分と高く貴方達を評価しておりましたのに、残念です」
「それは、こちらの台詞です。僕達は以前、カイというエルフの青年を貴女に預けました。彼は、今、どうしているのですか?」
さて、とエレクトラは笑んだ。
ポーツマスの人々から慈母と慕われていた領主の笑みではない。禍々しい邪悪さに満ちた笑みだ。
「異端の者をいちいち覚えているはずがないでしょう? ‥‥ああ、もしかすると‥‥あなた達が斬り捨てた者にエルフの耳があったのでは?」
憤りかけたユリアルの腕を、クリムゾンが乱暴に引いた。
「アイツの言葉なんて信じるな!」
怒りに満ちた目でエレクトラを睨みつけ、クリムゾンは後ろ手に隠したアイスチャクラをいつでも放てるように機会を計る。
「アンデッドの只中で平然と暮らしている奴が普通の人間のはずないぜ。おおかた、ルクレツィアも生贄にするつもりなのだろう!」
蒼威にシルバースピアの鋭い切っ先を突きつけられても、エレクトラは動じた様子も見せず、口元に冷笑を浮かべるだけだ。
「生贄? あの方を生贄などに出来るはずがないでしょう?」
エレクトラの合図で、何人かの召使い達が部屋へと入って来た。皆、一様に目が赤い。一目でスレイブとしれる。
「スレイブを従わせるなんて事も、普通の人間にゃ出来ない事だ。お前はやはりバンパイア‥‥しかも上位種だな!」
唯一の出口である扉を押さえられてしまった。窓はと言えば、高い場所にある1つだけだ。
まずい、と心の中で呟きながらも蒼威はエレクトラを弾劾した。
集まる視線に、エレクトラは声をあげて笑い出す。
「なぜ‥‥ですか!? 何故、こんな‥‥ポーツマスを、皆を騙して10年も!!」
御門の叫びに、笑いを収めたエレクトラが鼻を鳴らす。
「知れた事を。愚かな人間達‥‥ただの家畜に過ぎないお前達に思い知らせる為ですよ」
にぃと笑ったエレクトラの口元から鋭い牙が覗いた。赤い目が輝きを増す。
「そう、我らはこの地の支配者となるのです。そして、いずれはキャメロットで王と名乗るアーサーをも滅ぼし、この国を我らのものにする‥‥」
そんな、と悲鳴に近い声をあげたのはエリスだった。
「そんな事は、絶対にさせません!」
エリスの手に光が集まる。
目を焼く聖なる光に、さすがのエレクトラも顔を覆った。
「今だ!」
その瞬間を逃さず、ルーウィンがオーラショットを放つ。
ユリアルのグラビティーキャノンが壁に穴を開け、冒険者達は外に広がる光の世界へと飛び出して行く。
室内で放たれたオーラショットは、狙い違わずにバンパイア達へとダメージを与えた。しかし、エレクトラは身を挺して庇ったスレイブ達のお陰で無事のようだ。
ち、とルーウィンは舌打ちをした。
少しでも打撃を与えたかったのだが、これ以上、ここに留まるのは危険だ。
「ルーウィン、早く!」
ルーウィンの腕を掴み、クリムゾンは壁の穴へと足を掛けた。が、何かを思いだしたように室内を振り返る。
「覚えとけ、エレクトラ! あんたの企みは、絶っ対に、あたい達が叩き潰してやるから!」
宣戦布告を叩きつけて、クリムゾンとルーウィンは仲間達の後を追ったのだった。