深き闇の懐に

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月20日〜12月29日

リプレイ公開日:2005年12月28日

●オープニング

●いずこかで
「香草茶はいかがですか?」
 女の声に、蜂蜜色の髪の娘が振り返った。
 大きな瞳に不安が過ぎる。
「‥‥あの、わたくし‥‥」
 娘の言葉を遮って、女は恭しくその手を取る。
「何もおっしゃらなくても大丈夫でございます。貴女様の喜ぶ顔を拝見したくて、私どもが勝手にやっていること。どうかご心配なさいませんように。いずれ必ずや、貴女様の願いを叶えてご覧にいれます故、それまで今しばしお待ち下さいませ」
「わたくしの、願い?」
 はい、と女は頷いた。
 艶やかな紅を刷いた唇が、やけに赤く見える。
「貴女様の願いでございます。貴女様の願いは、兄君にお会いし、兄君と共にお暮らしになる事‥‥でございましょう?」
「そうですけれど‥‥」
 何故、彼女はそれを知っているのだろう。
 つい先日、会ったばかりだというのに。
 彼女の戸惑いを察しているのかいないのか、女はまるで宝物を扱うかのごとき慎重さで彼女の手を取ると、テーブルへと案内する。
「さ、お座り下さいませ」
 彼女を豪奢な椅子に座らせると、女は側机に蝋燭を点す。ゆったりと薔薇の芳香が室内に満ちた。
 所在なさげ室内に視線を巡らせる娘へと愛しそうな微笑みを投げて、女は侍女が捧げ持つ茶器を受け取った。
「今、兄君の元に向かっている者がおります。首尾良くお会いする事が出来たならば、貴女様がお探ししている旨を告げて、兄君のお返事を携えて参るかもしれません」
 驚きの表情を隠さない娘の前に、そっと茶器を置く。
「兄君は、悪い者達の手に囚われているご様子。ですが、ご心配には及びません。兄君を保護して下さっていた方が協力して下さるそうですから」
「悪い人達‥‥!?」
 顔色を変えた娘に、女は慈母の如く微笑んだ。
「兄君は必ずや救い出して、この城へとお連れ致します。その時には‥‥」
 女の呟きは、兄を想い、祈りを捧げる娘の耳に届く事はなかった。

●廃墟
 お付きの少年を伴い、キャメロットの冒険者ギルドに訪れたアンドリュー・グレモンは開口一番に告げた。
「もう1度、バンパイアの都へ行く」
 ポーツマスの北、サウス丘陵にある廃墟は、かつてバンパイアの都であったと言う。
 10数年前、何らかの異変が起こり、都は廃墟となった。その際に、丘陵から溢れたバンパイアが周辺の村々を襲い、今も恐怖をもって語られる「災厄」が始まったのだ。
「バンパイアの都に‥‥って、何をしに? あの都で犠牲になった人達の遺品や遺骨は回収したし、司教様の探し物も見つかったんでしょう?」
 訪ねた女冒険者に、アンドリューは厳しい顔で答える。
「ああ。俺も、あの都に用はないと思っていたんだが、少々事情が変わって来た」
 受付嬢から羊皮紙を受け取り、依頼文を綴りながら、彼は続けた。
「片方の子供が塗り潰されている肖像画の裏に『聖餐の儀』という言葉があった。その『聖餐の儀』とは何なのか、調べる必要が出て来たんだ。俺もよく知らないのだが、その儀式が執り行われたら、あの辺り一帯は12年前の「災厄」どころではない騒ぎとなるらしい」
 かつてバンパイアが住んでいた屋敷に掲げられていた肖像画だ。バンパイアに関わりのあるものだろう。ならば、『聖餐の儀』とやらもバンパイアの儀式と考えられる。
「聖餐とは、ジーザス教の秘蹟の1つだが、バンパイアがジーザス教の祭儀を執り行うとは思えない」
 だから、その儀式がどういったものなのか、何の為に行われるのかを調べたいのだと彼は集まった冒険者達を見回した。
「しかし、屋敷の中も探したんだろう? それで見つからなかったものが、今回の探索で見つけられるとは思えないが」
 冒険者からあがる声に、アンドリューは苦々しげに頷いて答える。
「そうなんだ。それは分かっている。分かっているんだが‥‥」
 こめかみを揉んで、彼はのろのろと顔を上げた。
「ただ、隅から隅まで探索したわけじゃない。瓦礫に埋もれていたり、手持ちの道具では壊せなかったりで探せなかった場所もある。それから、今回は探す場所を限定した方がいいかもしれない」
 何かを思い出すかのように、アンドリューが言葉を続ける。
「子供達の肖像画が見つかった屋敷‥‥恐らくは、あれがバンパイアの都を支配していた上位種の屋敷ではないかと思われる」
 その根拠はと問うた冒険者に、彼は小さく肩を竦めてみせた。
「俺も知らん。サウザンプトンから連絡があってな。まあ、情報を寄越した奴も、詳しくは知らないようだが」
 ともかく、と彼は冒険者達の目を見据え、卓の上に置いた羊皮紙をトントンと叩いた。
「ご苦労だが、もう1度付き合ってくれ。今回は力仕事が多くなりそうだから、相応の準備も必要だぞ」
 冒険者達の反応を見ながら、アンドリューは何度か訪れた都を思い出す。
 バンパイアどもが巣くっていた頃は忌まわしいとしか思わなかったが、今にして思えば整然とした街だった。そこいらの村や小さな街に遜色ない‥‥いや、それらの小さな集落よりもよほど整っていた。
 上位種には絶対服従というバンパイア社会の規律が、都の街並みにも現れていたのではないかと、彼は思う。
「‥‥そういえば、何故、都は崩壊したんだ?」
 不意に湧き上がる疑問。
 統率の取れたバンパイア達の都が崩壊した理由を、これまで深く考えた事はなかったような気がする。
「アンドリュー?」
 考え込んだアンドリューは、自分を呼ぶ冒険者の声に我に返った。
「あ、ああ、すまない。ちょっと考え事をしていてな。そうだ、ついでで悪いが、戻るまでこいつをどこかに縛りつけといてくれ。さすがに連れて行くわけにはいかんからな」
 食いつきそうに歯を剥いて怒る少年に、わははと笑って大人の余裕を見せると、アンドリューはその首根っこを掴んで冒険者へと放り投げる。
 だが、途端に明るくなった周囲の雰囲気も笑い声も、彼の中に生まれた疑問を消してくれそうにもなかった。

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3668 アンジェリカ・シュエット(15歳・♀・クレリック・エルフ・ノルマン王国)
 ea4816 遊士 燠巫(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea5301 羽紗 司(41歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6780 逢莉笛 舞(37歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea8065 天霧 那流(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1670 セフィール・ファグリミル(28歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb2674 鹿堂 威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●宝探し
「でも、ホントになんで滅びたネ? 吸血鬼って不老不死なのよネ?」
 割れた床から覗く地面を広げながら龍星美星(ea0604)が呟いた。
 バンパイアの犠牲になった人達に祈りを捧げてから作業を始めた美星に、携帯用スコップでざっくざっくと土を掘り返していた遊士燠巫(ea4816)が手を止めた。ちなみに、今回は男手が多い=縛られなくて済むと胸を撫で下ろしていた燠巫だが、世の中そう甘くはない。不自由な格好での睡眠を余儀なくされて、さすがの忍者も目の下に隈がくっきりはっきりと浮かんだお疲れモードに突入している。
「さて、バンパイアの考える事は分からんからなァ」
 言いながら、燠巫はスコップの先で地面に文字を刻んだ。
「この都が崩壊し、ポーツマスや周辺の村々に災厄が訪れたのが12年前。アンドリューが姉の魂を解放したのがその数年前で、姉が攫われたのがさらにその前‥‥と」
「アンドリューがお姉さんを斬ってから都が滅びるまでの間の空白の時間に何か起きたアルネ。聖餐の儀っていうのに失敗したのかナ?」
 それが何なのか。
 突き止めれば、今になってバンパイアが活発に動き始めた謎も解けるかもしれない。
 そう考えて、美星は深く溜息をついた。
「分かれば苦労しないアルナ」
「そう言うな」
 苦笑して、羽紗司(ea5301)が美星の頭を軽く叩く。
「俺は宗教と言うか、そういう関連はまっこと専門外だからな。まぁ、手掛かりを探してみなければ始まらんのは確かだが」
「そうアルナ‥‥というわけで、キリキリ働くアルヨ、悪いオトナ」
 疲れただの、寒いだのと文句をつけては焚き火の前から動こうとしない依頼人、アンドリュー・グレモンをぴしりと指さして、美星は口元を引き攣らせた。自分達を働かせといて、何故にあの男はのんぴりと寛いでいるのだろう。
「こら、そこの悪いオトナ!」
 セフィール・ファグリミル(eb1670)が作ったスープを飲みつつ、一人ぬくぬくと毛布にくるまっているアンドリューは、大儀そうに首を巡らせ、すぐに元の態勢に戻った。鍋を掻き混ぜていたセフィールは、既に説得を諦めたらしい。困ったような笑みを美星に向けると薪を火にくべる。
「アンドリューさんも手伝ってね? 歳でも体を鍛えないと衰える一方よ?」
 ロープを使って大きな瓦礫を退かす準備をしていた天霧那流(ea8065)が手を止めて振り返った。にっこり笑顔で強要するも、アンドリューは動こうとはしない。
「俺は頭脳派なんだ」
 ぽこぽこと、那流の額に青筋が浮かんだ。だが、怒りを表に出す事なく、努めて冷静に言葉を続ける。
「頑張って真面目に真面目に働く男性って素敵で魅力的に見えるのよねぇ」
「当然じゃないか」
 冷たくなった那流の手を取ったは、アンドリューではなかった。
「例え、人目を憚らぬ恋人達が増殖して街に溢れる聖夜祭の夜に、こんな廃墟で穴掘りをさせられようとも、世のお嬢さん方が幸せならばッ」
 ぐぐっと握った拳を天に突き上げて、鹿堂威(eb2674)は叫んだ。
「それが、この愛の伝道師の務めなのだからッ」
「聞き捨てならんな」
 焚き火の前の小山が動いた。
 鋭い視線で威を睨みつけ、アンドリューがゆらりと立ち上がる。一体、何が始まるのだろうか。美星と那流は息を呑んだ。地面を掘り起こしている燠巫も手を止める事なく視線を向ける。
「埃、立てないで下さいね」
 セフィールは、現実的なのか逃避なのか分からない心配をしている。
 全ての仲間達が見守る中、アンドリューは威へと指先を突きつけて叫んだ。
「お前が愛の伝道師ならば、俺は愛の使者だッ!」
 アンドリューの背後に、砕け散る白波が見えたのは気のせいか。
 いや、今はそれどころではない。
 誰もがそう思ったその時に、
「何を張り合っている‥‥」
 すこん、と軽い音がアンドリューの頭で響いた。
 もこもこと暖かそうな羊の防寒具を身に纏い、野営支度を調えていた逢莉笛舞(ea6780)が月桂樹の木剣を手に、呆れたと首を振る。ハンマーではなく木剣だったのは、彼女のせめてもの情けだろう。
「い、いや、しかしだな、これは大事ナ事デ」
 威を盾にして、舞の視線から逃れたアンドリューに、美星は溜息をついた。
「司、今、この依頼を受けた事を後悔してるナ?」
「‥‥いや」
 しばし空いた間は何だったのか。
 美星は追及しない事にした。
「触らぬ神に祟りなし。うむ、雲行きが怪しい時は真面目に仕事をするに限る」
 ぶつぶつ呟きながら、注意深く地面を探っているのは燠巫だ。こんな時の対処方法は、余計な口出しをしないこと。これは、彼がこれまでの暮らしで培って来た生活の知恵である。そして、地道な作業を続けていた彼に、幸運の女神様が微笑んだ。
 コツンと、スコップの先に感じた硬い感触。
 慌てて土を払い除けると、漆喰で固められた石壁が現れる。それは、地中へと続いているようだ。恐らく、瓦礫に埋もれた地下への道だろう。
「‥‥これで、今夜はゆっくり出来そうだ」
 女性陣に問いつめられているアンドリューには悪いがと、燠巫は手柄を報告すべく服についた泥を払い、立ち上がった。
「家族と祝う事は出来んが、折角の聖夜祭。縛られて過ごすのはごめんだからな」

●廃墟の聖夜祭
 薔薇の香りが廃墟に広がった。
 舞が、ローズキャンドルに火をつけたのだ。
 折角の聖夜。
 ささやかでも祝いをと、舞はキャメロットで買い込んで来た食材で心づくしの料理を作った。聖なる夜に祈りを捧げ、バンパイアの都で仲間と囲む聖夜祭の食卓だ。
「折角、司教様がいるのにね」
 ぽつりと呟いたのは、那流。
 聖なる夜を祝すのは聖職者と相場は決まっているのだが、当の本人はフテ寝状態である。
「わ‥‥私でよければ」
 少々引き攣り気味に申し出たセフィールの好意を有り難く受けて、彼らは祈りの形に指を組む。
「Gloria in excelsis deo. Et in terra pax hominibus bonae voluntatis」
 セフィールの声が、廃墟に静かに響いた。厳かでいて凛とした祈りは、ジーザス教徒ではない者達も厳粛な気持ちにさせる。やがて、セフィールは結びの言葉で祈りを締め括ると顔をあげ、仲間達を見回した。
「皆さんに、祝福がありますように‥‥。では、恵みの食事を頂きましょう」
「セフィールお嬢さんは、司教より司教らしいな」
 スープの椀を手に取り、威が率直な感想を述べる。まさにその通りと頷いた仲間達に、本職の司教はますます拗ねてそっぽを向いた。
「そういえば、ジーザス教の聖餐の儀とは、どういう儀式なんだ?」
 スプーンを止めて燠巫が問えば、
「字面からすると食物に関する儀式のようだが‥‥」
 ジーザス教についてよく知らないが、と前置きした舞も遠慮がちに尋ねる。
「聖餐は、ジーザス教の秘蹟の1つです。背景や意味など宗教的な事は省きますが、聖別したパンとぶどう酒を頂きます。舞さんの言う通り、食物に関する儀式ですね」
「バンパイアにとっての食物は血。‥‥もしや生贄の儀式か?」
 嫌な事を想像してしまったと言わんばかりに顔を顰めて、舞が椀を置く。
 もしかすると、今、彼女達がいるこの場で儀式が行われたかもしれない。都を支配していた上位種の屋敷なのだ。その可能性は高い。
「‥‥肖像画の裏を全て調べてみたのですが」
 壁に立てかけてある肖像画をちらりと見遣り、セフィールは胸元を押さえて続ける。
「その中の1枚に、こんな言葉が記されていました。『グレイシアス、聖餐となりて永遠に我が下僕たらん』」
 それは、舞の嫌な想像を裏付ける言葉であった。

●番人
 翌朝、太陽が昇り始めてすぐに、彼らは地下への入り口を開いた。
 舞と那流がロープを利用して瓦礫を撤去し、司は舞から借りたハンマーで床穴を広げる。そして、燠巫は注意深く入り口の周囲を掘り返した。あとは、入り口を塞ぐ最後の瓦礫を取り除くだけだ。
 だが、崩れた床がそのまま覆い被さった状態で、ハンマー使っても、ロープを用いても骨が折れそうな大仕事である。
「こんなもん、ちまちま除けてたら日が暮れるぞ」
 苛立った威の声に振り返り、那流はきゃあと小さく悲鳴を上げた。慌てて入り口から離れた那流に気づき、怪訝そうに視線を巡らせた舞も一瞬言葉を失い、その後、すぐに飛び退く。
「皆、離れろ!」
 舞の警告は、しかし少し遅かったようだ。
 威のジャイアントソードが、瓦礫に向かって勢いよく振り下ろされる。それは、岩をも砕く一撃であった。
 固い岩盤も破壊するほどの威力に、崩れた事で僅かに脆くなっていた瓦礫が耐えられるはずもなく。
 それは、呆気なく砕け散った。
 その崩壊に、燠巫と司、そしてアンドリューを巻き込みながら。
「よっしゃっ!」
「‥‥よっしゃじゃねーよッ!」
 礫と土埃との洗礼に見舞われた哀れな男達に心の中で慰めと労りの言葉をかけ、舞はぽかりと開いた暗い穴に向かって縄梯子を下ろした。喧々囂々と言い合う男達に付き合っていたら、いつまで経っても地下の調査が出来ないと踏んだのだ。
 注意深く暗闇の中へ降り立つと、続く那流へ手を差し出す。
「足下に気をつけるアルヨ」
 細かく砕かれた瓦礫が、彼女達の足の下でじゃりと大きな音を立てた。
 長く閉ざされていた空間だ。どこか淀んだ黴くさい匂いがする。
「こっち。こっちの方から、空気が流れて来てるアル」
 そろ、と足下を探る美星。
「おーい、大丈夫か?」
 頭上からアンドリューの声と共に灯りが差し込んで来た。どうやら、男達のじゃれ合いは終わったらしい。振り仰いだ美星が、咄嗟に体を捩る。彼女の体を掠めて、何かが走り抜けた。
「美星!」
「危なかったネ。アタシじゃなかったらやられてたヨ」
 飛び降りた司が、拳に力を籠めて美星を襲ったモノへと殴り掛かる。手に伝わった感触は、軽いものであった。警戒し、即座に退いた司に代わり、威のジャイアントソードが唸りを上げて斬りかかった。
 が。
「なんだなんだ!?」
 まるで枯れ木でも斬ったようだ。
 威は眉間に皺を寄せながら、次の攻撃に移るべく剣を構え直す。
「スカルウォーリアーだ」
 退いた分、威の戦いの様子をつぶさに観察していた司が仲間達に警告を促した。地下室に残されていた番人、数体のスカルウォーリアーがアンドリューの松明の火に浮かび上がる。
「お前達程度で、この愛の伝道師を止められると思うな!」
 再び、剣を振り上げて躍りかかった威の前に、スカルウォーリアー達は防ぐ術なく斬り倒されていった。
 運良く、威の剣を逃れたスカルウォーリアーも、渾身の力を乗せた司の拳に砕かれる。
 勝敗は呆気なくついたのだった。

●埋もれた真実
「古そうな羊皮紙ですね‥‥」
 所々虫食いのある羊皮紙の上に溜まった埃を吹き、 セフィールがこほと咳き込む。
「文字も消えかかっているな」
 舞も、幾分失望したような呟きを落として羊皮紙を棚へと戻す。
 彼女が取った羊皮紙に書かれてあったのは、暦であるらしい。月の満ち欠けする様子が図として示されてあった。
 行き着いた部屋には古びた羊皮紙が山と積まれており、宝の山に到達したかと喜んだのだが、どうやら的はずれだったようだ。バンパイアの生態を知る為の資料としては貴重だろうが、彼女達が探しているものではない。
「こっちは、人間の飼い方アルヨ。死なない程度に餌を与えるコトって‥‥胸が悪くなるアルナ」
 羊皮紙を手に取る度に、彼らの声が低くなっていく。いい加減、その作業に嫌気がさして来た時に、棚を掻き分けていた那流が声を上げた。
「これ、棚かと思っていたけど机みたいよ」
 棚板の上に、ぼろぼろになった羽根ペンとインク壺が出て来たのだ。
 恐らくは、都が崩壊の際に周囲の羊皮紙が崩れ落ちて埋もれてしまったのだろう。
「じゃあ、この一番下の羊皮紙が新しいものって可能性があるな」
 燠巫が手を伸ばし、羊皮紙を抜いた。
 松明の明かりに翳して、文字を追う。
「えーと、長のけ‥‥けい‥‥読みにくいな。アンドリュー、読めるか?」
 流れるように続けられた文字は、燠巫の手に余る。解読をアンドリューに任せて、彼は松明でその手元を照らし出した。
「文字が薄くなっているな。下だから新しいというわけではなさそうだ。多分、崩壊の前に、この屋敷の主が読んでいたか引っ張り出したものだろう」
 内容は、と周囲を囲んだ冒険者達に応えて、アンドリューは文字を追った。
「長の継承は、聖餐を以て完了す。聖餐は、長の力を引き継ぎし者の最も近し者であること‥‥」
 冒険者達は息を呑んだ。
 彼らの脳裏に、昨夜交わした会話と肖像画とが蘇る。
「ちょっと待つアル。吸血鬼は不死なのよネ? 何故、長の継承が必要アルカ?」
「バンパイアの生態は分からんが‥‥この内容からすると、定期的に都を支配する上位種が引き継がれていた事になる。昨日の話から考えて、聖餐は長として君臨する為に生贄となった者の血を飲み干す儀式ってところか」
 淡々と語る司に、セフィールは身を震わせた。
 聖餐、生贄、永遠の下僕‥‥片方が赤く塗り潰された2人の幼子の肖像。
 震えるセフィールの体を抱き締めながら、那流はアンドリューに尋ねた。
「ねぇ、アンドリューさん、ポーツマスの領主が複製を作らせた肖像画の2人だけど‥‥貴方が剣を押しつけた相手って、その2人?」
「‥‥いや、違う」
 口元を押さえ、くぐもった声でアンドリューは答える。
「その兄妹が生きてるって知ってる? 妹は、ポーツマス領主に捕まったって噂よ」
 あ、とセフィールと司が同時に声を上げた。
「それから、変な事聞くけど、ポーツマスの領主は薔薇好きじゃなかった?」
 そこに至って、アンドリューは那流が言わんとしている事に気づいたようだ。
 まさか、と呟いたきり絶句する。
「‥‥じゃなきゃ、ポーツマス領主が2人を探す理由がないもの」
 アンドリューは蹌踉めいた。
 彼が手を突いた机に残っていた羊皮紙に、舞はふと目を留めた。
 インクの色が他よりも鮮やかな気がしたのだ。
「‥‥セフィール」
 差し出されたそれを、セフィールは唇を戦慄かせながら読み上げる。
「バンパイアと人間の子。バンパイアでもなく人間でもない者。下僕にもなれぬ忌まわしき子。禁忌を犯したイーディスよ、呪われてあれ」
 聞き終えたアンドリューが呻く。
 食いしばった歯から漏れた声は、誰かの名を呼んだようであった。