【神の国探索】楽園の危機

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 47 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月29日〜01月01日

リプレイ公開日:2006年01月09日

●オープニング

●どこかの島で
「こらー! いつまで遊んでるんだいっ! 日が暮れたんだから、さっさと戻っといで!」
 呼ばわる声に、子猫で遊んでいた2匹のゴブリンがぴくりと体を震わせて、即座に動き出す。それは、体に叩き込まれた習性とでも言うべきか。
 声の主に逆らえば痛い目にあう。
 だが、逆らわなければ食べ物をくれるし、頭も撫でてくれる。
 人間などどうでもよかったが、彼女は別格だ。
 2匹の足下で転がっていた子猫が、ぱたぱたと尻尾を振る。もっと遊べという事らしいが、彼女の方が大事。丸くなって眠る猫達を踏まぬよう、ぴょんぴょんと飛び越えて、彼らは声の主の元へと駆け寄った。
「ポチ、タマ、魚は?」
 はたと動きを止めたゴブリン2匹に、女は溜息をつく。期待してなかったけどね、と呟いたが怒ってはいないようだ。上目遣いに様子を窺っていたゴブリンは、次の瞬間、弾かれたように飛び上がり、女の背後へと逃げ込んだ。
 女も、表情を険しくする。
 彼らの視線の先に突然に現れたもの。
 それは、奇妙な鳥の羽根で飾り立てられた帽子を被り、体の線がよく分かる扇情的なドレスを纏った女の形をしていた。
「ふん、猫ばっかりなのは気に入らないけれど、なかなかいい島じゃない」
「人の島に勝手に入り込んどいて、その言い草はなんだいっ」
 毒を含んだ笑い声を響かせて、「それ」は女を睨め付けた。「それ」の手の中にあった小鳥が、弱々しく鳴く。
 人ではない。
 本能的に悟って、女は2匹のゴブリンを抱えて小屋の中へと飛び込んだ。中で昼寝をしていたはずの黒猫が、毛を逆立てて唸っている。
「いいかい。ポチ、タマ、クロ。お前達はキャメロットまでお行き。そして、冒険者を見つけてこの手紙を渡して、ここに連れて来るんだよ」
「そんな所に隠れても無駄よ。私が笑っているうちに出ていらっしゃい」
 ペンを手早く走らせた羊皮紙を、黒猫の首のリボンに結びつける。そして、小さく窓を開ける。飛び込んで来たアガチオンをブラックホーリーで弾き飛ばし、3匹をそこから逃がした。
「冒険者がどこにいるのか、お前達も知ってるね? さ、お行き!」
 粗末な小屋が轟と揺れる。
 その音と、女の声とに驚いて、3匹は駆け出した。

●届いた報せ
「真逆、『聖杯』の安置されている『聖杯城マビノギオン』が、リーズ城だったとはな」
「リーズ城を知っているのかよ?」
 アーサー・ペンドラゴンは自室のテラスで、日課の剣の素振りをしていた。傍らには美少女が居心地が悪そうにイスに座っている。けぶるよう長い黄金の髪に褐色の肌、健康美溢れるその身体を包むのは白いドレス。誰が彼女を、蛇の頭部、豹の胴体、ライオンの尻尾、鹿の足を持つ獣『クエスティングビースト』だと思うだろう。
 かつてのイギリスの王ペリノアの居城に、彼女は四肢を分断されて封印されていた。しかも、聖杯によって人間の女性へ姿を変えられて。
 これにはクエスティングビーストを狙っていたゴルロイス3姉妹の次女エレインも、流石に騙された。
 彼女を無事保護したアーサー王は、キャメロット城へ住まわせていた。
「ここより南東に50km、メードストン地方のリーズという村を治めている城だ。城主は‥‥ブランシュフルールといったな。名うての女騎士だが、聖杯騎士とは」
「聖杯は然るべき時にならなきゃ姿を現さないんだろうぜ。でも、てめぇらが手に入れなきゃ、俺だって『アヴァロン』への門を開けられねぇんだからな」
 クエスティングビーストが真の姿を取り戻さない限り、神の国アヴァロンへの扉を開ける事は出来ない。
「しかし、この格好、何とかなんねぇのかよ?」
「グィネヴィアの趣味だ。もう少し付き合ってやってくれ」
 クエスティングビーストは王妃グィネヴィアに取っ替え引っ替えドレスを着せ替えられていた。アーサー王との間の子供のいないグィネヴィア王妃にとって、彼女は娘のように思えたのかも知れない。
「アーサー王、失礼します!」
 そこへブランシュフルールへの書状を携えて斥候に向かった円卓の騎士の1人、ロビン・ロクスリーが息急き立てて駆け込んできた。
「どうした!?」
「マビノギオンから火の手が上がっており、オークニー兵とおぼしき者達とデビルに攻められています!!」
「何、オークニー兵だと!? ロット卿は動いてはいないはずだ‥‥モルゴースか! デビルがいるという事はエレインもいるようだな。ロビンよ、急ぎ円卓の騎士に招集を掛けろ! そしてギルドで冒険者を募るのだ!!」
 ロビンはその事を報せるべく、急ぎ引き返してきたのだ。
 そして、アーサー王より、最後となるであろう聖杯探索の号令が発せられるのだった。

●異変
「事態は緊急を要する」
 冒険者ギルドに訪れたトリスタンが、開口一番にそう告げた。
「聖杯の城、マビノギオンから火の手が上がっているという報告が入った。諸君らは、至急、マビノギオン‥‥リーズ城に向かって欲しい」
 ジーザスの血を受けし聖杯が祀られた聖杯城。
 その城から火の手とは!
 ざわついた冒険者達を見回して、トリスタンは言葉を続ける。
「城を攻めているのはオークニーの兵とデビルらしい。奴らは、諸君らの行く手を阻もうとするだろう。だが、負けるわけにはいかない。聖杯を‥‥」
 不意に沈黙したトリスタンに、怪訝そうな視線が集まった。
 トリスタンはと言えば、己の足下を見ている。その足に身をすり寄せているのは、1匹の黒猫だ。
「猫? ‥‥って、あれ? キトゥン!?」
 みゃあ、と猫が鳴いた。
 自分の名を呼んだ冒険者に走り寄ると、みゃあみゃあと鳴きながら何度も何度も体を擦りつける。
「どうしたんだ? 一体‥‥。あれ?」
 リボンに結びつけられた羊皮紙に気づき、冒険者は慎重な手つきでそれを開いた。さっと目を通した冒険者の顔が、みるみる青くなる。
「何だ? 何が書いてあっただ?」
「デビルらしき女が現れたそうだ」
 デビルという言葉に、トリスタンが秀麗な眉を寄せる。羊皮紙を覗き込んでいる冒険者達は、そんな彼の様子に気づかずに話を続けた。
「どこに現れたと?」
「猫の島。キャメロットの南東にある湖に猫が大量に住み着いている小さな島が‥‥」
 はたと顔を上げる。
 トリスタンの深い色をした瞳がじっと彼を見つめていた。
「確か、近くにリーズ城があったかと‥‥」
 リーズとデビル。
 トリスタンの依頼内容と合致する。まさか、と首を振りかけた冒険者に片手を上げて、トリスタンは再び口を開いた。
「偶然とは思えんな。小鳥というのも気に掛かる」
 浮かんだ疑問が顔に出たのだろう。トリスタンは言葉を補った。
「デビルの中には、人を他の生物に変化させる力を持つ者がいる。その小鳥は、人の成れの果てかもしれん」
 聖杯城のデビルの群れと、猫の島に現れたデビル。
 もしも、この2カ所に現れたデビルの目撃情報が繋がっているとしたら、小鳥が人の成れの果てであるとしたら‥‥。
「何人か、島へと渡り確かめてくれ。島が、その後どうなったのか。出来れば、小鳥を探し出して保護すること。小鳥が人であるならば、言葉が通じるはずだ。何か分かったならば、即、知らせて欲しい」

●今回の参加者

 ea1182 葛城 伊織(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea3104 アリスティド・ヌーベルリュンヌ(40歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea5391 サラ・フォーク(22歳・♀・レンジャー・エルフ・イスパニア王国)
 eb2336 ラウルス・サティウゥス(33歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)
 eb3449 アルフォンシーナ・リドルフィ(31歳・♀・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3483 イシュルーナ・エステルハージ(22歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●想像の自由
 デビルに襲われたとの手紙を猫に託したのは、サロメという人物らしい。
 膝の上でゴロゴロと喉を鳴らすキトゥンを撫でながら、ラウルス・サティウゥス(eb2336)は何かを探している仲間達へと視線を向けた。彼らをここまで案内して来たキトゥンが歩みを止めたキャメロット郊外。ここに、同行していると思われるポチとタマが潜んでいるはずなのだが‥‥。
「ゴブリンと共に暮らしているとは‥‥不思議な者もいるものだ」
 ゴブリンは言うまでもなくモンスターである。しかも、ずる賢く、自分達よりも弱いものをいたぶる傾向にあるのだ。
「キトゥン殿も、いじめられたり‥‥はしなかったようだな」
 艶々とした毛並みの猫は首を動かして、宝石のような瞳で見つめると彼女の腕に頭を擦りつけた。
「キトゥンは『全イギリス猫の会』のナンバー2で、すごく頭の良いコなんだって。だから‥‥」
 なるほど?
 シータ・ラーダシュトラ(eb3389)の言葉に、ラウルスは苦笑した。
 少なくとも、ゴブリン達にとってキトゥンは『自分達よりも弱い』ものではないらしい。
「そのポチとタマとやらを見つけてみなければ分からないが」
 茂みを払っていたアルフォンシーナ・リドルフィ(eb3449)が、不意に手を止めて微笑む。
「飼い主の為にギルドへと駆けつける健気な猫、そしてゴブリン。猫とゴブリンにここまでさせるとは、その飼い主は、きっと魅力的な女性なのだろう」
「あー」
 感極まったかのように目頭を押さえて見せたアルフォンシーナに、サラ・フォーク(ea5391)は思わず視線を中空へと彷徨わせた。
 語るべきか、語らざるべきか。
 真実を教えるのが親切かもしれないが、だが、アルフォンシーナの感動に水を差すのも気が引ける。
「‥‥とりあえず、黙っとこ」
 いずれ分かる事だ。
 その時、アルフォンシーナがどう感じるかは、彼女自身の話。しばらくの間は、ゴブリンにも猫にも慕われる聖なる母の如き心優しき女性と思われるのも、サロメにとって悪い事ではないし。
「でも、咄嗟にキトゥンに頼る辺り、サロメちゃん‥‥分かっているわね」
 がさがさと揺れる草むらに手を突っ込み、逃走寸前のゴブリン2匹の襟首をむんずと掴むと、サラはにこやかに笑いかけた。
「久しぶりね、ポチ、タマ」

●猫の島
 小舟を下りると、そこには閑散とした砂浜と雑木林が広がっているだけだった。
「なんだぁ? 猫ばっかの島だって聞いてたのに、1匹もいないじゃねぇかよ」
「伊織さん、気にすべきはそこじゃありません」
 失望も顕わに声をあげた葛城伊織(ea1182)へ、ぴしりと突っ込んだのはイシュルーナ・エステルハージ(eb3483)。ああ、しかもとイシュルーナは伊織の手元を覗き込む。
「伊織さーん、ソレは何でしょーか?」
「い、いや、その‥‥コレはだな」
 伊織が慌てて背後に隠した物を取り上げて、アリスティド・ヌーベルリュンヌ(ea3104)がわざとらしい溜息をついてみせた。
「ねこじゃらし、か」
 手製のねこじゃらしを2度、3度と振ったアリスティドに、ばつが悪そうに伊織はそっぽを向く。伊織の荷物から覗く布の切れ端に興味をひかれたイシュルーナは何気なく、軽くそれを引っ張った。
 その途端、出るわ出るわ、布を丸めてネズミに見立てたものや、羽根を集めたものやらと猫のおもちゃがどっさりと零れ落ちて来る。
「‥‥伊織」
「これは、島の猫ちゃん達の警戒を解く為の品ですわね。さすがは伊織さん。準備がよろしいですわ」
 冷たい視線を向ける仲間達の中、御法川沙雪華(eb3387)が感嘆の声を上げた。
 疑う事を知らぬ沙雪華の反応に、伊織の良心がずきりと痛む。
「‥‥まぁ、そういう事にしておくよ」
 肩を竦めて、シータは辺りを見回した。
 伊織の言う通り、辺りには猫の子1匹いない。
 ここが話に聞く猫の島ならば、猫が溢れ返っているはずだ。なのに、この静けさはおかしい。
「キトゥン殿、お仲間の姿が見えぬようだが?」
 ラウルスの腕から飛び降りたキトゥンが駆け出す。
 林の中へ飛び込んだ黒猫を追いかけて、冒険者達も後へと続く。
 入り組んだ林の中を迷う事なく進んでいくキトゥンを追うのは、決して楽ではなかった。小さな猫には何の障害にもならない木々の間は、行く手を塞ぐかのように枝が生い茂り、木の根が足下を掬う。
 獣道ならぬ猫の通り道を辿る事となった彼らは、顔や体に無数の傷を作りながらもキトゥンを見失わないようにと茂みを掻き分け、林の中を進んだ。
 そして。
「あれが、サロメさんの小屋でしょうか」
 髪や肩に落ちた木の葉を払って、沙雪華は仲間を振り返った。
 小屋、と呼んでいいものかどうか。
 そんな戸惑いが、沙雪華の言葉から滲み出ている。
 彼女が小屋と言ったもの、それは無惨に散らばった板きれの山。
「これは‥‥こんな‥‥」
 かくんと膝をつき、イシュルーナは壊れた「小屋」の破片を手に取った。
「私達、間に合わなかったの?」
 そんなのって無い。
 くしゃりと顔を歪め、イシュルーナは木片を掻き分け始める。
「ちょっ、何やってるんだよ!? イシュルーナ!」
 シータに腕を取られても、なおも小屋の残骸を掘り起こし続けるイシュルーナの肩に、アルフォンシーナはそっと手を置いた。彼女の唇から囁くように零れた落ちた自分の名に、イシュルーナは堪えきれずに涙を零す。
「だって‥‥だって、この下にキトゥンちゃんの保護者さんが助けを求めてるかもしれないのに‥‥。助けてあげなくちゃ」
 乱暴に涙を拭ったイシュルーナの顔が、黒く汚れた。それに気づいていないかのように、彼女は再び、木片の山へと手を伸ばした。
「痛っ!?」
 ぐい、と誰かが彼女の銀色の髪を引っ張る。
 それも、1度ではなく何度も何度も。
「痛い、痛いよ! 誰!?」
 振り返った彼女の目に映ったものは、1匹の黒い小鳥。
 ばたばたと羽根を動かすと、今度はイシュルーナの頭を小さな嘴で突っつき始めた。
「痛いってばぁ!」
「こら、悪戯は‥‥」
 見かねて手を伸ばしたアリスティドの手を思いっきり突いて、小鳥は宙へと舞い上がった。かと思うと、突然に急降下して来る。狙いは、イシュルーナの銀の髪か。沙雪華はイシュルーナの頭を抱え込み、咄嗟に体を伏せた。
「こンの、暴れ鳥がッ! 待ちやがれ!」
 悪戯小鳥を捕らえようと掴み掛かった伊織は、小鳥に睨まれた気がして一瞬動きを止めた。
 すかさず、襲い掛かって来る小鳥。情け容赦なく、伊織を突っつき回し、爪に髪の毛を引っ掻けたまま羽根で彼の頭を打つ。
「ぅわたたたたたっ!? こらっ、止めろってば!」
「‥‥なんだ? あの鳥は‥‥」
 心なしか、愛らしいはずの小鳥が凶悪面に見える。
 伊織を追いかけ回す小鳥を呆然と見つめて呟いたアリスティドに、サラはぽんと手を叩いた。
「あんた‥‥、もしかしなくてもサロメちゃん?」
 ぴぃッ!
 短く鳴いたのは、Yesの答えか。
「やっぱり! 久しぶりだねぇ!」
 嬉しそうに手を差し伸べたサラの指先に、小鳥が舞い降りて来る。
「‥‥あの暴れ鳥が、サロメ‥‥?」
 アルフォンシーナの脳裏で、ゴブリンからも猫からも慕われる聖母の如き女性像がガラガラと音を立てて崩れていく。
「幻想とは、かくも儚いものなのですね」
 口元に袖を当てた沙雪華の呟きに、仲間達はただ頭を抱えるしかなかった。

●崖っぷち
 小鳥のサロメに誘われるままに木立の中へと踏み入ると、彼らはすぐに道無き道を進む事となった。
 今度は、猫の通り道どころではない。何しろ、相手は羽根で飛ぶ小鳥だ。地面を歩くしかない人の身を慮る様子は全くない。
 そういえば、とサラは苦笑した。
「我が道を行くコだったしね、サロメちゃんは」
「だが、さすがにこれは無茶だと思うのだが」
 アリスティドの足下が崩れ、瓦礫が下へと転げ落ちていく。油断をすれば、彼らも同じ運命を辿る事になるだろう。
「諦めよう、アリスティド」
 注意深く足を進めていたアルフォンシーナが、視線だけを動かして後に続くアリスティドを、仲間達を慰めた。先に行く小鳥はのろのろと進む人間達に苛立ったのか、ばたばたと羽根を動かし、責めて鳴き続けている。
「うるせーッ! 急かすならもっとマトモな道を案内しろ!」
 ピィッ!
 ぎんっ、と伊織を睨みつけた小鳥が臨戦態勢に入った。
 足場の悪い中で、伊織もそれを受けてたつ。
「は! お前の攻撃だろうが、デビルの攻撃だろうが、美形キラキラ光線に比べれば恐ろしくもなんともないわっ!」
「‥‥何か心の痛手を負っているようだな」
ー冷静に分析している場合ではないぞ、アルフォンシーナ‥‥。
 突っ込みたくとも出来ず、アリスティドは冷や汗を流した。
 先を行く伊織が転ければ、後を辿る彼らも巻き添えを食う事になる。
 今にも襲い掛かろうとするサロメに、まずいと誰もが思ったその瞬間、文字通りの崖っぷちから何とか抜けたラウルスが手を伸ばした。鋭い嘴を突き立てるべく伊織に狙いを定めた小鳥を捕獲する。
「そう怒らないでくれないか。我々がいがみ合っていては、どうにもならないのだから」
 ピィ! ピィピィ!
「貴殿の気持ちも分からないでもない。だが、我々は貴殿の手紙にあったデビルが連れていたという小鳥を探し出さなければならないのだ」
 ピィ?
「ここより少し先に行った場所に、城がある事を知っているだろうか。貴殿を襲ったデビルは、その城にある聖杯を狙う者に協力している可能性が高い。そして、小鳥は貴殿と同じようにデビルの呪いによって姿を変えられた者である可能性も」
 ピピィ‥‥。
 小鳥を相手に真剣に語るラウルスに、シータは口を押さえた。笑ってはいけない。笑ってはいけないが、妙に微笑ましくて口元が緩む。
 シータと同じ事を感じていたのだろう。
 軽く咳払って、アルフォンシーナは仲間達が無事に断崖絶壁を渡り終えた事を確認した。周囲は静まり返ったままだ。だが、アルフォンシーナは見た。渡り切った崖の向こう側、彼女達が抜けた林の合間に走る小さな影を。
「そうか。消えたわけではないのだな」
「アルフォンシーナ? どうかした?」
 怪訝そうにシータに問われて、アルフォンシーナは小さく首を振った。
「いや、なんでもない。それよりも先へ進もう」
 サロメ‥‥小鳥が案内する先に、彼女達が探すものがある。微笑みを浮かべたアルフォンシーナは、しかし、すぐに身構えた。
 見ると、仲間達もそれぞれに得物を抜き、隙なく周囲の気配を探っている。
「サロメさん、こちらへ」
 小鳥を己の手の中に保護して、沙雪華は一歩下がった。彼女の前へと出たのは、アリスティドだ。ハルバードにオーラパワーを付与し、自身にオーラエリベイションをかけて近づく気配から沙雪華と小鳥を守るかのように立つ。
 ライトニングアーマーの呪を唱え終えたサラが、静かに体をずらす。
「‥‥使いっ走りデビルみたいね」
 場所が場所だけに、ソードボンバーは使えない。だが、ホーリーメイスがある。
 イシュルーナはメイスの先を木立へと向けて肩を竦めた。
 知恵がまわる敵ならば、彼女達が迎撃態勢を整えるまでの間に襲って来ているだろう。だが、気配は囲むように近づいて来るだけだ。
「だが、その下っ端どもの向こうに全ての鍵がある!」
 荷の中から取りだしたシルバーナイフを伊織に投げると、ラウルスは日本刀を構えて駆けだした。
 取り囲む気配が瞬時に殺気を帯びる。飛び出して来たのは、醜い小人の姿をしたデビル‥‥アガチオンだ。
「数だけで勝てると思うな!」
 素早い動きで脇を駆け抜けると、2、3匹のアガチオンが切り裂かれて地面に倒れ伏す。
「一気に突破するぞ!」
 アリスティドの声に頷いて、彼らは群がり来るデビルへと向かったのだった。

●小鳥
 デビル達を切り伏せて辿り着いた先に、羽根を痛めた1匹の小鳥が震えていた。
 武具を引っ提げ、血相を変えてやって来た人間を見ても怖がる様子を見せない小鳥に、彼らの疑念が確信に変わる。
「あなたは、リーズ城に関係する者か?」
 刀を傍らに置き、尋ねたラウルスへ小鳥は弱々しく囀った。
「あ、ごめん。ボク達にはあなたの言葉は分からないんだ。だから、鳴いて答えて。Yesなら1回、Noなら2回。いい?」
 シータの言葉に、小鳥は1回鳴いた。
「私達の言葉が通じてるって事は、元は人なのよね?」
 十字架を握り締めて、小鳥の怪我の治癒を祈ったイシュルーナに返った答えは1度の囀り。やはり、と彼女はアルフォンシーナと顔を見合わせた。
「えーと、あなたはリーズ城の関係者?」
「聖杯の行方を知っているか?」
 立て続けのシータとラウルスの問いに、小鳥は1度と2度にわけて鳴く。Yes、Noと。
「リーズ城の関係者だが、聖杯の行方は知らない、か」
 アリスティドの呟きを、沙雪華が羊皮紙の切れ端へと書き付けていく。詳しく書く必要はない。こちらで判明した事が伝わりさえすれば。
「じゃあ、デビルの目的は知ってる?」
 鳴かない小鳥に、シータは質問を変えた。
「デビルはどうしてあなたを小鳥に変えたの? デビルの意志? それとも、誰かに力を貸したの?」
 ラウルスがサロメに話して聞かせた内容を思い出しながら問う。
 小鳥は、甲高く1度鳴いた。
「それが誰だか分かればいいんだけど‥‥」
 しかし、彼女達が知るリーズ城の関係者は少ない。
 城主のブランシェフルールと、伝え聞く聖杯騎士の名ぐらいだ。
「城主は立派な騎士だそうだ。デビルと手を組むとは考えられないな」
 アリスティドに答えて、小鳥がYesと鳴く。
「では、どなたなのでしょう? モルゴースとエレインとおっしゃる方々でしょうか?」
 ペンを走らせる手を止めた沙雪華に、Noと答えが返る。
「ま、それはトリスタン達に任せようぜ。今は、とにかくこいつを‥‥こいつを‥‥おおおっ!?」
 響き渡った伊織の悲鳴に、武器へと手を伸ばしたラウルスががくりと肩を落とす。
 デビルという危険が去った事を察知したのだろうか、いつの間にか彼らの頭上の木に猫が鈴なりとなっていた。その重さに耐えきれず、ぽきりと折れた木の枝が、伊織を直撃していたのだ。
「トリスタン様のもとへ‥‥。私達も、小鳥の方をお連れして、すぐに後を追いますから」
 潰された蛙のようにひっくり返って白目を剥いた伊織を見て見ぬ振りして、沙雪華は羊皮紙を颯彩の足に結びつけて飛ばした。