指輪の誓い
|
■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜3lv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月10日〜07月15日
リプレイ公開日:2004年07月16日
|
●オープニング
「ああ! どうか力を貸して下さい!」
扉を開いた瞬間、そう叫んだ青年に、中に集っていた冒険者達は静まり返った。
肩で息をしている青年の服はボロボロに破れ、無数の傷から血が流れている。何か、不幸な出来事が彼の身の上に降りかかったのだと言う事は、一目で見てとれた。
「一体どうした?」
一番近くにいた冒険者が、最初の一言を叫ぶのがやっとで、後は言葉にならず、肩で荒い息を繰り返しているだけの青年に手を差し出した。のろのろと腕を持ち上げた青年の腕を掴み、傍らの椅子に座らせる。
細っこいが腕にはちゃんと筋肉がついていた。
指も細いが節くれだち、掌は肉刺が硬くなっている。
農民にしては洒落た服を着ているようだが、苦労知らずの金持ちではなさそうだ。
掴んだ腕の感触から、彼はそう判断した。
「ほら、水を飲んで。落ち着いて話してご覧よ」
差し出された水差しを引っ手繰るように取ると、青年はそのまま一気に飲み干した。周囲の冒険者達が呆れ返る中、人心地ついた青年は、再び興奮状態で荒げた声をあげる。
「冒険者の皆さん! 力を貸して下さい。モンスターの奴らが、僕の大切なものを奪って行ったんです!」
青年の様子から、物盗りかモンスターに遭遇したのであろうと薄々勘づいていた冒険者達は、互いの顔を見合わせて頷いた。
「モンスターに襲われたのですか。それは災難でしたね。で、奴らはどのような?」
傷ついた腕を痛ましそうに眺めて尋ねた法衣の少女に、青年はしばし考え込んだ。襲われた時に、相手がどんな奴らであったのか観察出来る程余裕があったわけではない。
「‥‥犬のような顔をしたのに剣で斬りつけられた」
まあ!
少女は、慌ててホーリーシンボルを手繰り寄せ、小さく何かの呪文を唱えた。少女の体が白い光に包まれる。
「それはコボルトというモンスターです。奴らは剣に毒を塗っているのですよ」
少女が解毒してくれたのだと気づいて、青年は僅かに青ざめながら礼を述べた。
「コボルトの他に何かいたか?」
彼を椅子に座らせた冒険者の問いに、青年は混乱していた記憶を辿り、思い出したものを並べていく。
「そのコボルトが5匹‥‥いや、もっといたかな。それから、そのコボルトの後ろに骸骨みたいなのを見たような気がする」
骸骨。普通の骸骨が動いて人を襲うはずがない。コボルトが面白がって墓から掘り出し、人を驚かせるのに使ったのでなければ、それはスカルウォーリアーと呼ばれるアンデットだろう。
「大切なものを奪ったと言ったな。何を盗られたんだ?」
「指輪です!」
考え込んでいた青年から、即座に答えが返る。
「僕とメリーアンの結婚指輪‥‥働いて貯めたお金で、やっとキャメロットの職人に僕たちだけのジマル・リングを作って貰えたのに‥‥。2つの指輪に互いの名を、証の指輪に誓いを彫り込んで貰ったのに‥‥」
結婚指輪と聞いて、周囲の者達から同情の声が上がった。冒険者の中には年頃の娘もいる。やはり、彼女達も結婚指輪には思い入れと憧れがあるのだろう。男達よりも過剰に反応を返す娘達を宥めつつ、別の冒険者が青年から更なる情報を聞き出そうと次々と質問をした。
「モンスターに奪われたのは指輪だけか?」
青年は首を振った。
キャメロットから徒歩で何日も掛けて村に帰る途中だったのだ。手ぶらなはずがない。
「荷物一式、盗られたわけか」
その中に大切な指輪が入っていたのだろう。
「キャメロットを出て北へ2日程歩いた辺り‥‥というと‥‥」
頭の中で周辺の地理を思い描く。キャメロットは賑やかで人も溢れているが、一歩遠ざかるにつれて人の姿は少なくなり、寂しい道が多くなる。山を越えるともなると尚更だ。
「聞いた状況から、奴らは旅人を待ち伏せていたようだな」
「待ち伏せていたのかしら? ただの偶然じゃないの? 不幸な出会い頭の事故」
大人しく聞いていた少女が口を挟む。
「どちらにしても、モンスターが悪さをしていると聞いては、黙っちゃおけないな」
「大事な指輪も取り戻さなくちゃいけないしねッ!」
冒険者達に口々に励まされ、青年はようやく笑みを見せた。
「ちょい待ち! 取り戻すのはいいんだが、依頼料はどうする気だ!? 身ぐるみ剥がされたなら、金なんて持ってないだろう?」
不意に思い出したように、1人の冒険者が現実的な問題を沸き上がる仲間達に突き付けた。沸いたギルドの中が瞬時に冷めた。
「世知辛いわねぇ。こんなに困っている人の前でお金の話ぃ?」
「だって仕方がないだろう!? ギルドには定められた依頼料金が‥‥」
少女と口論を始めた冒険者に、青年は笑って手を振った。
「お金なら大丈夫です。旅をする時の常識ですよね。ほら、こうやって‥‥」
すぽんと尖頭靴を足から引き抜くと、青年はその中に手を突っ込んだ。爪先の部分に押し込まれた詰め物を丁寧に解くと、その中から幾ばくかの金が転がり出る。
「これで依頼料には足りますよね?」
●リプレイ本文
●隊商
ぱち、と火が爆ぜた。
携帯食で簡単に食事を済ませた者達の間に、和やかな空気が流れる。古い荷馬車を中心に、それぞれに寛いでいるのは、旅慣れた様子の若者達。
「ごちそうさまでした」
器を揃え、手を合わせた夜桜翠漣(ea1749)の仕草を眺めていたネフティス・ネト・アメン(ea2834)が不思議そうに隣に座っていたヴァージニア・レヴィン(ea2765)の袖を引く。
「ねぇ、どうして東の国の人達はご飯の後に手を合わせて頭を下げるの?」
「習慣では?」
国が違えば言葉も習慣も違う。今、この場にいるのは、生まれも育ちもばらばらな、一見、何の繋がりも無さそうな者達だ。
「習慣といやぁ、習慣だよな」
大きく欠伸をして、空魔玲璽(ea0187)は昼間の疲れを少しでも癒すべく、ごろんと地面へと寝転がった。
‥‥が。
「あ? 地面にしちゃ随分と」
「別にいいけど、それ以上倒れて来たら‥‥」
表情を変える事なく、アンジェラ・シルバースノー(ea2810)が背中に寄りかかった玲璽の頬に翠漣から借りていたナイフを当てる。
頬に当たる冷たい感触とアンジェラの言葉から、自分の置かれた状況に気づいた玲璽のこめかみに冷汗が伝う。
「ご武運を」
ぽつりと落とされた翠漣の呟きは、華国の言葉。
玲璽はアンジェラの背に体を預けたままで凍り付いた。いかに猪突猛進な彼とて、この状態では動くに動けない。
「楽しそうだね。何が始まったの?」
周囲に仕掛けを張り巡らせて終わったユーディス・レクベル(ea0425)が、小枝で地面に何かを書き付けていたゼシュト・ユラファス(ea4554)に尋ねる。
ちらりと一瞬だけユーディスに視線を上げ、ゼシュトは「知らん」と一言吐き捨てた。
「もぉ。素っ気ないわねぇ」
「あ、あの! そう言えば、指輪の事を聞いておられます?」
このままでは、標的が現れる前にとんでもない騒動が起こってしまう。危機感を抱いたリオーレ・アズィーズ(ea0980)が焦りつつ話題を変える。
「えーと、依頼人のジャックと花嫁さんのメリーアンの名前と誓いの言葉「Let Love Encrease」が彫られてあるみたいね」
リオーレの焦りに気づいた様子もなく、ネフティスがのんびりと答えた。
「なんで結婚する時に指輪を作るのか、分からないけど。やっぱり習慣?」
乙女の憧れを何と説明したらよいものか。苦笑いでヴァージニアと顔を見合わせたユーディスが言葉を発するのに先んじて、ゼシュトが苛立たしそうに小枝で地面を示した。
「奴らが出て来た時の対応だ。確認しておけ」
母国語を別とする者が多い。語るよりも、目で見た方が確実だと考えたのだろう。
「奴らに遭遇した場合、目的の指輪を持っている奴がいなければ、数匹は逃がしてアジトへ‥‥って、聞いているのか?」
「多分」
固まったまま返事を返した玲璽の代わりに、ネフティスが器の中の香草茶をぐるぐる揺らしながら太陽神からうけたお告げ‥‥「サンワード」で得た情報を語る。
「指輪のある場所まで、後少しだと思うのよねぇ。モンスターのアジトに置いてあるのか、モンスターが持っているのかも微妙だけど」
太陽神も、そこまでは教えてくれなかったらしい。
もっと精進するわと彼女は肩を竦めた。
「ともかく、だ。まずは指輪の有無を確認し‥‥なんだ?」
カラカラと響く賑やかな音に、ゼシュトが不機嫌さを滲ませて尋ねる。
「あー」
ぽんとユーディスが手を打った。
「私の仕掛けだよ。何か掛かったみた‥‥」
その言葉も終わらぬ内に、彼女の傍らを駆け抜けて行く影。
何事かと仲間達を振り返れば、先ほどまで凍り付いていたはずの玲璽の姿がない。
「‥‥はやーい」
リオーレの上げた感嘆の声を聞き流し、ユーディスはゼシュトのこめかみに浮かんだ青筋を見なかった事にした。
●奪還
「なんだ。これだけか」
ちっと舌打ちして、玲璽は髪を掻き上げる。
膠着状態から抜け出せたのは幸いだったが、彼の期待には程遠い現状。
「なんか‥‥やる気が失せてきたな」
ふうと息をついた彼の真横を抜け、朧に光る矢がモンスターの群れを貫いた。
ヴァージニアの放ったムーンアローだ。
「かったりぃ‥‥」
「人の話を聞いていたか?」
コボルトを1匹斬り伏せたゼシュトが口元を引き攣らせて尋ねる。その隣、後衛の仲間達へ攻撃が抜けないように気を配りつつ、相対するモンスターの様子を探っていた翠漣が小さく首を振った。
「指輪を身につけている者はいませんね」
リオーレとネフティスが依頼人から聞き出した指輪は、握り合った手を模した形状をしている。3つに分解されていると考えても、コボルト達の中に装飾品をつけているものもいない。
「でも、指輪に触れた者はいたみたいよ」
伝え聞いた指輪の形状を思い浮かべ、ムーンアローを放ったヴァージニアが叫ぶ。月の矢は彼女に戻る事無くモンスターに打撃を与えた。それが何を意味しているのか、分からぬ彼らではない。
「じゃあ、予定通りという事で」
ユーディスの静かな声に、彼らの間にぴりりとした緊張が走る。
次の瞬間、翠漣と玲璽が飛び出した。
武器を持たぬ彼らの拳が群れたコボルト達に容赦なく叩き付けられる。
「今よ!」
ヴァージニアの合図に、2人が真横へと飛びのく。
そこへ、2人の攻撃の間に詠唱を終えたリオーレのグラビティーキャノンが真っ直ぐに走ってモンスター達を襲った。倒れた何匹かに向けて、いつの間にか前衛の位置まで出ていたアンジェラの手から吹雪が放たれる。
だが、敵も一方的にやられているばかりではない。
すぐに体勢を立て直し、武器を持たぬアンジェラに攻撃を集中させた。
「やらせませんッ!」
即座に、翠漣がアンジェラの前に立ち、攻撃を受け流す。その隙に、アンジェラは再び後ろへと下がった。
「うーむ‥‥突撃したい‥‥」
「したでしょ」
「しましたよね」
「したな」
玲璽が漏らした呟きに、即座に突っ込みが入るほどに、彼らには余裕があった。
予め、打ち合わせていた作戦が功をなし、また、冷静に状況を判断するヴァージニアの指示も的確で、彼らはじりじりとモンスターの群れを追い詰めていったのだ。
「あっ! 皆、骨よ! 骨ッ!」
後衛の端っこで力の限り応援していたネフティスが、コボルトの後ろからゆらゆら揺れて現れた影を目敏く見つけて声をあげる。
その声に、リオーレが作り出したクリスタルソードを受け取ったユーディスが素早く反応した。
ソードとダガーを同時に骨‥‥スカルウォーリアーの頭部に向かって突き出す。
クリスタルソードの一撃は頭蓋骨を掠め、鎖骨を断ち切った。しかし、刃の短いダガーは骨の隙間を抜けて打撃を与えられずに終わる。
「ユーディスさん、離れて!」
ヴァージニアの声に、ユーディスは咄嗟に地面に転がって、次の魔法攻撃を回避すべくその場を離れた。
再び、アンジェラから放たれた吹雪がモンスターの足を止める。
その隙を逃さず、スカルウォーリアーの懐へと入り込んだ翠漣の拳が、剥き出しの骨を突いた。よろめきながらも、振り上げられた剣をナイフで受け止めて、蹴りを入れると即座に飛び退る。
翠漣を追ったスカルウォーリアーの前に立ちはだかり、ゼシュトは目を眇めた。
「‥‥邪魔だ。退け」
口元に薄く笑みを浮べて、オーラパワーを付与した己の剣をスカルウォーリアーに振り下ろす。
「‥‥汚らわしい」
ばらばらに崩れ落ちていく骨に見向きもせず、ゼシュトは踵を返した。
「玲璽さんが、逃げたコボルトを追いました!」
その先に、奴らの巣があるはず。
すぐに玲璽の後を追った彼らが見たものは、残ったコボルトを全て片付け、物足りなそうに首を鳴らしている玲璽の姿。
つまらなさそうな玲璽の姿に苦笑しつつ、野営の残り火を掲げて巣の中へ入った彼らは、そこに散乱する荷に唖然とした。
荷は包みをずたずたに引き裂かれて床に散っていた。食料は食い散らかされ、残骸が腐臭を放っている。
「ひどい状態ですね。‥‥あれ?」
荷の間に転がっていた壷に手を伸ばした翠漣の背後で、顔を顰めて床を探っていたユーディスが歓声を上げた。
「あった! 見つけたわよ! 誓いの指輪!」
彼らの苦労が報われた瞬間であった。
●祝福
出迎えた依頼者に、ユーディスは取り返した指輪を掲げて軽く片目を瞑って見せた。
「貴方の探し物はこれかしら?」
「はい‥‥はい!」
受け取った指輪を大事そうに握り締めた青年の肩を、玲璽は上機嫌に叩く。
「次に狙われたら、こうはうまく行かないぜ? 今度は護衛でも雇っていけ」
少々戯けて顰めっ面を作った玲璽に、ネフティスがくすくすと笑う。
「嬉々としてモンスターと戦っていたのはどなた?」
「俺だ。ま、俺としては戦えて満足だったからな。礼は言っておくぜ」
やれやれと息をつくと、ユーディスは改めて青年に向き直った。
「護衛は大袈裟だけど、今度は気を付けないとね。‥‥それから、素敵な仲良し夫婦になってね。幸せを祈ってるわ」
「は‥‥」
「‥‥結婚がどういうものか私には分からないけど、私達の努力を無駄にしたら‥‥殺すわ」
ぽつりと呟いたアンジェラの言葉は彼女なりの祝福だったのであろうか。それは、依頼人にとっても、仲間達にとっても後々大きな疑問として残ったのである。
「そっ、それはさておき、早く帰らないと結婚式に間に合わなくなっちゃいますよ!」
固まった依頼人を急かして、リオーレは外へと続く扉を開け放った。
振り返った彼女の顔に浮かんだ満面の笑みに、青年は我に返って慌て出す。
「いけない! 早く戻らなければメリーアンが心配してしまう!」
「そうそう。早く帰って花嫁さんを安心させてあげて? 何なら、結婚式に歌ってあげましょうか? 特別料金で」
軽い社交辞令を口にしたヴァージニアに、青年は嬉しそうに大きく頷いた。
「よろしくお願いします!」
「‥‥えーとぉ」
キャメロットから彼の村まで何日の行程であろうか。
笑顔のままで返答に詰まったヴァージニアを、仲間達は生暖かく見守ったのであった。