闇の儀式

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 20 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月04日〜01月13日

リプレイ公開日:2006年01月15日

●オープニング

●死者の都
 降り積もる雪が、世の雑音を全て吸い取ってしまっているかのような静かな夜。
 聞こえてくるのは、白く染まった庭で雪遊びに興じている娘の歓声ばかり。
 心底愛おしげに微笑むと、女は暖炉の側で寛ぐ男を振り返った。
 先ほどまで見せていた慈愛に満ちた笑みは一瞬にして拭い去られ、底冷えのする光を浮かべた瞳が男を睨めつける。
「そなたのせいで、私がどれだけの屈辱を味わったか‥‥。八つ裂きにしてもまだ足りぬ」
 朱赤の唇から発せられる声も、湖を覆う氷よりも凍てついていた。
 対する男は、浴びせかけられる静かな怒りを針の先ほども感じてはいないのか、平然とゴブレットの赤い酒を飲み干している。
「あの御方の都を灰燼に帰しておきながら、よくもまぁ、おめおめと」
「長がお戻りになったのであれば、馳せ参じるのは当然だろう?」
 口元を歪めて笑う男に、女は閉じた扇を握り締めた。
 このまま打ち据えてやりたい。いや、引き裂いてやりたいという衝動を抑えつけ、女は窓際へと歩み寄った。
 蜂蜜色の髪の娘が転がしていた雪玉を、銀の髪をした青年が2つ重ねると、もう1人の娘が炭や木の枝で顔を作る。夜闇の中で行われている以外は、子供達が行う無邪気な雪遊びと何ら変わりがない。
「‥‥汚らわしい、忌むべき者をあの御方の側にあげるとは」
「あの御方が望まれた事だ」
 応じる男は、どこか満足げだ。
「あれが、ずっとあの御方の側にあったなど、私も知らなかったのだが」
「全て、そなたが仕組んだ事ではないのか」
 女が吐き捨てるように呟けば、男は「まさか」と長い銀の髪を掻き上げる。その容貌は、娘達の雪遊びに付き合っている青年と驚くほどよく似ていた。
「が、今回はあの出来損ないを誉めてやってもいいとは思うが」
 酷薄な笑みを浮かべる唇から鋭い犬歯が覗く。
 不愉快そうに、女が眉を寄せる。
「しかも、人間の小娘まで」
「必要だと思うが? 何しろ、人間達に『聖女』と呼ばれている娘だからな。‥‥聖餐の素材としては上々だろう」
 聖餐の条件は、最も近き者。だが、それなりに見栄えも必要となる。
「あの娘とも打ち解けたようだ。条件は満たしている。次の新月までに聖餐が届かなかった時には、あの娘を代用すればよい」
「‥‥私は、アーサーの騎士に目をつけていたのですが」
 憮然とした表情の女を男は面白そうに見る。
 女が何か言いかけた時、きぃと扉が小さく開いた。
「あの‥‥、雪のお人形にお洒落をしてあげたいのですけれど‥‥」
 覗いた蜂蜜色の髪に、女は不機嫌な顔を一変させた。
「お人形にですか? では、これをお使い下さいませ」
 羽織っていたストールを娘の手に乗せる。薔薇の刺繍が施された豪奢なストールだ。戸惑う娘に、女は優しく囁く。
「貴女様がお作りになった人形、後で私も拝見してもよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ」
 では、とゴブレットを卓の上に置くと、男が立ち上がった。
「私は、剣でも捧げましょうか。貴女を守る番兵となりましょう」
「まぁ。あの子は女の子ですのよ」
「それは失礼」
 片膝をつき、恭しく手を取った男に、彼女は親しみを抱いていた。長く共にいる銀髪の青年と面差しが似ているからだと、彼女は思う。
 女の方は、何かと親身に世話をしてくれるけれど、先日訪ねて来た友人達を悪し様に言うから少し苦手だ。
「では、これを」
 衣服を探っていた男は、彼女の手に綺麗に磨かれた飾り留めを握らせると、その手に冷たい唇を寄せた。

●闇の儀式
 聖餐の儀。
 サウス丘陵に眠るかつてのバンパイアの都で、そのおぞましい儀式の情報を得たアンドリュー・グレモンは、遺跡から戻ったその足でキャメロットのギルドを訪ねていた。
「もう1度、力を借りたい」
 ワイト島から攫われた娘、ルクレツィア。
 そして、その兄であるプリンス・ヴァレンタイン。
 バンパイアの屋敷跡から発見された肖像画に描かれた2人は、いずれどちらかが聖餐という名の生贄として饗されるはずだった。彼らが、そのままバンパイアの都で成長していたならば。
 だが、都は滅び、彼らも姿を消した。
 彼らが姿を消したのが先か、都が滅んだのが先か。それは定かではないが、都を失ったバンパイア達はポーツマスと周辺地域に潜み、この時を待っていたに違いない。
 肖像画に描かれた2人が戻り、都が再興される時を。
「バンパイアどもは、聖餐の儀を執り行おうとしている。つまり、それはバンパイア達の長が戻るという事だ。そうなったら、12年前の災厄どころの騒ぎではないぞ」
 バンパイアに支配されたウィンチェスター、人々を恐怖に陥れたモレスティド、そして、瞬く間に死者の街と化したポーツマス。
 貴族と呼ばれるバンパイアが単体で起こした事件でさえも、これほどの禍を巻き起こしているのだ。彼らを従える長が戻って来たならば、どんな惨劇が起こるか分からない。
「ですが、プリンス・ヴァレンタインは現在、カンタベリーの議長に保護されています。先だっての依頼で、黒の御前とバンパイアの襲撃は退けたとの事ですから、すぐに聖餐の儀式が執り行われるという事はないかと‥‥」
 遠慮がちに告げた冒険者に、アンドリューは首を振った。
「そうとは限らないぞ。安穏と構えていて手遅れになったら大事だ。出来る限り手を打っておかないとな。‥‥カンタベリーに連絡は?」
「あ、バンブーデンにシフール便を出しました」
 そうかと、アンドリューは考え込んだ。
「‥‥ヴァレンタインはギルに保護されているなら、ひとまず安心だろう。問題はルクレツィアか」
 彼の気がかりは他にもある。
 だが、それは任せるべき相手がいる。
「アレク」
 ギルドの片隅で、黙々と羊皮紙を埋めていた青年が、アンドリューの声に顔を上げた。
「分かっているだろうが、今回は‥‥」
「一気に片付けないと、厄介な事になる。分かっているさ。イーディスとポーツマス領主は俺達が引き受ける。‥‥ツィアは任せた」
 頷いて、アンドリューは改めて冒険者達へと向き直る。
「聖餐の儀の阻止、これだけは何としても止めなければならない。出し惜しみは無しだ。全力で行くぞ」

●今回の参加者

 ea0604 龍星 美星(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3856 カルゼ・アルジス(29歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea8065 天霧 那流(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb0610 フレドリクス・マクシムス(30歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2674 鹿堂 威(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb2745 リースフィア・エルスリード(24歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●真実という闇
 荒廃したポーツマス。
 その原因を作ったのは、この地の領主であった女性だ。
「バンパイアが善人のフリして街の人を騙していたなんて許せない」
 険しい表情で憤慨するシータ・ラーダシュトラ(eb3389)に、アンドリュー・グレモンは苦い笑いで肩を竦める。彼自身、かの領主、エレクトラに騙されていた1人なのだ。
「夫を奪われ、人々を苦しめたバンパイアを憎んでいると思っていた。守護騎士団の結成や、徹底したモンスターへの対処から見ても、まさかバンパイアだとは‥‥な」
「もしかすると、旦那サンを殺したのもエレクトラかもしれないアルネ」
 龍星美星(ea0604)の指摘に、顔を顰めたリースフィア・エルスリード(eb2745)が頬に手を当てる。
「何の為にエレクトラが善人のふりをしていたのかは謎ですけれど‥‥、バンパイアが静かに暮らす為に国を作るというならともかく、私達人間を餌だと断言している以上、相容れない存在である事は確かです」
 カールスナウトを握り締め、リースフィアはきっぱりと言い切った。
「カールスナウトにかけて、エルスリードの名にかけて、彼らの企みは打ち砕かせて頂きます!」
 リースフィアの決意に、うんうんと頷いて同意を示したのは美星だ。
「エレクトラのせいで、アタシは大事な子の見送りに行けなかったヨ! ぷんぷんネ!」
 だから、と美星は拳を振り上げた。
「絶っ対、儀式はぶっ壊すアル!」
「美星お嬢さん、気合い入ってるねぇ」
 ちょっと離れた所で見物していた鹿堂威(eb2674)が、手に顎を乗せて呟く。彼にとっても、この依頼は否が応でも気合いの入るものだ。何しろ、彼は愛の伝道師として危機に陥っている娘さん達を助け出すという使命を帯びているのだから。
「可愛いお嬢さんにバンパネーラも聖女も関係なし!」
 これまたリースフィアに負けず劣らずにきっぱりと断言した威に、隣に腰をおろしていたカルゼ・アルジス(ea3856)が乾いた笑いを零す。
「でも、僕達、まだ知らない事が多いよね。‥‥例えば、高位のバンパイアってどうやって生まれるのかな?」
 突然に疑問を投げかけられて、威が顔を向ける。カルゼは足を抱えていた腕を解き、灰青色の空へと手の平を翳した。
「バンパイアの生態って、分からない事だらけだよ。例えば、エレクトラおばさんがやろうとしている儀式、僕達が阻止しなくちゃいけない聖餐の儀だって、サウス丘陵の都で行われていた長の継承の為の儀式ってだけしか分かってないし」
「それもそうだな」
 大人しく、威はカルゼの隣に座り直した。
「あの都で見つかった肖像画‥‥一方が赤く塗り潰されている2人の子供。あの絵に描かれていたのは本当の兄妹でなくて、長と贄だったんじゃないかな。贄は「近しい者」だから、共に育つ兄弟を毎回用意した。絵を処分しなかったのは、それが長の肖像だから」
 半ば推測が混じっているようだが、カルゼの言う通りなのだろうと威は思う。
「だけど、これだけじゃ長‥‥高位のバンパイアが定期的に変わっていた理由までは分からないんだよね」
 貴族と呼ばれるバンパイアノーブル。
 モレスティドの村で打ち倒されたエルヴィラや、ウィンチェスターを支配していたイーディス、そしてポーツマス領主だったエレクトラ。この3体のバンパイアがノーブルだとすれば、長はそれよりも上位のバンパイアのはずだ。
 だがしかし、疑問が残る。
 スレイブは、バンパイアに血を吸われた人間だ。放っておけば、伝染病のようにどんどんと増えていく。が、バンパイアの場合はどうなのだろう。本来、アンデッドであるはずのバンパイアが子を成せるものなのだろうか。
 子供の肖像がある事から考えると、幼いバンパイアも存在するのは確かなようだが。
「バンパイアと人間の間に子が生まれたって事実もあるみたいだぞ」
 呟いた威の視線は、天霧那流(ea8065)と語らっているアンドリューに注がれていた。
「でも、それはバンパイアの中でも禁忌‥‥だったらしい」
 廃墟で見つけた羊皮紙には、そう書き殴られてあった。そこに記されていた名前はイーディス。そして、アンドリューには思い当たる事があったようだ。面と向かって尋ねるべきかどうか悩んで、威は、未だに切り出せないでいる。
 あの時に見せたアンドリューの悲痛な表情のせいだと、威は自分自身でそう分析していた。
「ま、俺は可愛いお嬢さんの為に働く愛の伝道師だし」
 お嬢さんを強調した威に、カルゼは小さく笑った。
 彼らが語らっていたまさにその時に、那流がアンドリューに尋ねていたのは、威が聞けずにいた事柄だった。
「聞かせて、アンドリューさん。あの廃墟で、あの時に、あなた、ヒューって言わなかった?」
 真っ直ぐに見つめられ、尋ねられて、アンドリューの表情に動揺が走る。
「どうして、あの時、ヒューの名を呼んだの? イーディスが禁忌を犯して、バンパイアにとっても忌まわしい存在であるバンパイアと人の子が生まれたって知った時に」
「それ、は‥‥」
 言葉を探すアンドリューに答える時間を与えず、那流は続けた。
「それは、ヒューがイーディスの子供で、あなたがお姉さんを解放した剣を押しつけた子供だから?」
 歪んだアンドリューの顔が、那流の言葉が正しいと言っていた。しばし逡巡して、アンドリューは微かに頷く。
「ヒューと再会したのは、サウザンプトンだった。すぐに分かったんだ。あの時の子供だと。でも、疑問に感じていた。何故、あいつはバンパイアの都で暮らし、俺の事も分からずに襲いかかって来た姉と一緒にいて、スレイブにならずに済んでいたのか」
 書き付けに記されていた言葉が、その疑問に答えを与えたのだ。
『バンパイアでもなく人間でもない者。下僕にもなれぬ忌まわしき子』
 それは、ヒューがイーディスと人の間に生まれた子だから。バンパイアにも人間にもなれず、下僕‥‥スレイブになる事もない存在だから。
「多分、ヒューの母親は俺の姉だ」
 絞り出された声に、那流は眉を寄せる。
「俺はイーディスのプライドを傷つけた。その意趣返しとして、あいつは姉を攫った。俺を苦しめる為に、禁忌を破って‥‥」
「そうとは限らないじゃない。だって、バンパイアの中でも禁忌なのでしょう? 復讐の為だけにそんな」
 アンドリューは首を振った。彼は、確信しているようだった。
「いいや。あいつならばやる。それに、ヒューがずっと姉の傍らにいた事も理由がつく。‥‥俺は、ヒューになんて残酷なことを」
 母親を滅した剣を押しつけられた子供。
 重い剣を抱え、じっと自分を見上げていた瞳を思い出して、アンドリューは呻く。
「落ち着いて。昔はどうであれ、今のヒューは少なくとも不幸じゃないわ。アレクがいるし、私達だって。ヒューが何者であるかなんて、些細な事よ。彼は仲間だもの。そうでしょう?」
 軽くアンドリューの腕を那流が叩く。
 そこへ、ポーツマス城内部の気配を探っていたベアータ・レジーネス(eb1422)とフレドリクス・マクシムス(eb0610)が戻って来た。
「周囲をぐるっと回って、探れる範囲で感じた人らしき気配は2つ。それが誰のものか分かりませんが、2つの気配は同じ場所にあります」
 仲間達を見回して、ベアータは前置きなく告げた。
「そのうちの1つが、アンジェリカである可能性は高い。‥‥が」
 ベアータの言葉を補ったフレドリクスが、共にやって来たアレクシス・ガーディナーを振り返る。
「ルクレツィア‥‥あの娘は本当に陽の下に出る事が出来ないのか?」
 ポケットに仕舞ったスカーフを上から押さえて、フレドリクスは感情を込めずに淡々と言葉を続けた。
「あの娘が何者であろうが気にはせん。周りが何と言おうが、俺には自分の目で見た事の方が重要だ」
 あら、と那流が非難めいた視線でフレドリクスを睨んだ。
「私達だって、ツィアをどうこうって気はないわよ。彼女は兄を恋しがるただの少女に過ぎないもの。‥‥勿論、その気持ちを踏みにじり、騙す奴は許せないけど、それは他の人達に任せるわ」
 答えを待つ冒険者達に、アレクは何事かを呟く。
 小さい声だったが、確かに「ありがとう」と聞き取れた。
「でもね、アレクさん。ルクレツィアさんはすぐにはボク達の事を信じてくれないかもしれない。だから、何かアレクシスさんの証になるものを貸して貰えないかな? それを見せれば、ルクレツィアさんが納得してくれるようなものを」
 少し考え込んで、アレクは指輪を抜き取り、シータへと投げる。
「それを見せれば、ツィアには分かる」
 何の変哲もない指輪だが、何か曰くがあるものなのだろう。
 ありがとうと笑って、シータはそれを大事そうに懐へと仕舞い込んだ。
「ツィアにとって、太陽の光は害にしかならない。‥‥任せたぞ」
 力強く、冒険者達は頷いた。
「任せて。アンドリューさんの勲とお姉さんの魂を受け継いだこの剣にかけて、必ず儀式を食い止めてみせるから!」
 シータが高々と掲げた剣が、太陽を反射する。
 その光に目を眇めながら、美星は思い出したように付け足した。
「そうそう。悪いオトナの面倒もちゃんとみるから、心配しないでいいアルヨ」
 どんと胸を叩いた美星に、ふ、とアンドリューはあらぬ方へと視線を投げる。
「諦めなさいな。日頃の行いの結果よ」
 那流のフォローにもならないフォローに、アンドリューの為人を知る者達は苦笑いをするしかなかった。

●闇の中の光
 城の外周へと潜入した途端に、彼らはスレイブの群れに包囲された。
 窓は全て漆喰で塗り潰されおり、次から次へと湧き出るスレイブを退かせるだけの太陽光を得る為には、建物を崩すしかない。
「なるべくなら、こんな所で力を消費したくはないのだが」
 リースフィアに借りたミカヅチと、シルバーナイフを構えたフレドリクスが襲いかかって来たスレイブを床へと沈めて吐き捨てた。しかし、スレイブの数は増すばかり。小さく舌打ちし、フレドリクスは武具を構え直す。
「ベアータさん、どの辺りに気配を感じますか!?」
 鋭い犬歯をガチガチと鳴らし、腕を伸ばして掴み掛かるスレイブをカールスナウトで抑えたリースフィアが背後を振り返った。
「この壁が無ければ、真っ直ぐ北です」
「壁、邪魔ネ!」
 いっその事、ハンマーで壊してやろうか。
 素早くスレイブを1体蹴り飛ばして、美星は苛立たしげに眉を寄せる。
「仕方がないさ。だが、ここから北という事は、中庭‥‥いや、塔がある辺りか」
 城内に詳しいアンドリューの呟きに、シータが声をあげた。
「塔!? そこにアンジェさん達が捕らえられているのかも!」
「かもしれんな」
 2人の会話を聞いていたベアータが、突入と同時に別れた別班へ向けて声を飛ばす。
「声、届くの?」
 尋ねた那流に、ベアータは小さく首を傾げた。
「あちらも動いていますから‥‥。でも、届けばこちらの情報が伝わりますし」
「目的地も決まったし、ここは一気に蹴散らそう?」
 力を温存と言っても、時間を取られればその分体力も消耗するし、不利になる。咄嗟に判断して、カルゼは印を結んだ。彼の意図を汲んだのか、前方でスレイブを切り伏せていたリースフィアとフレドリクスが下がる。
 カルゼから放たれた吹雪がスレイブ達をなぎ倒した。
「今だよ!」
 倒れたスレイブ達が再び動き出す前にと、彼らは駆け出す。それだけでは心許ないからと、カルゼは続けてミストフィールドの呪を唱えた。これで、少しは時間が稼げるはずだ。その間に外へと出れば、太陽の光を嫌うスレイブ達も追ってはこれまい。
 アンドリューの声に従い、彼らは薄暗い建物の中をひた走った。
 やがて、1つの扉が彼らの前に現れる。
「そこから外に出られるはずだ!」
 扉を開け放ち、外へと飛び出した威は、目を焼くかの眩しさに思わず目を覆う。暗い場所に慣れていた目には、太陽の光を反射する真っ白い雪の庭は眩しすぎたようだ。
「なんか、バンパイアの気持ちが分かったような気がする‥‥」
 目をしぱしぱさせながら呟いた威に、シータは笑う事で誤魔化した。
「見て。あんな所に雪だるま‥‥」
 那流が指さした先に、ストールまで着込んだ雪だるまの姿がある。陰惨なバンパイアの根城というイメージを抱いていただけに、この雪の庭と雪だるまのほのぼのとした雰囲気に、彼らは毒気を抜かれた。
「‥‥これ、もしかしてルクレツィアのお嬢さんが作ったものアルカ?」
「かもしれないね」
 スレイブ達がうようよしている城内で、囚われのアンジェが暢気に雪だるまを作っているとは考えにくい。となると、やはりこれはルクレツィアの手によるものであろう。
「‥‥急ごう。儀式が執り行われたならば、無邪気に雪で遊ぶルクレツィアは消えてしまうかもしれない」
 表情を険しく引き締めたフレドリクスの言葉に、カルゼが大きく頷く。
「うん。今のままのルクレツィアちゃんでいて欲しいもんね」
 目指す塔まで後僅か。
 塔の囚われている者がアンジェリカである確率は高い。贄と目されるヴァレンタインが居ない今、聖餐とされる可能性が高いアンジェリカを確保すれば、儀式もすぐには執り行えない。ルクレツィアを救い出せなくとも、今少しの時間は稼げるはずだ。
 新雪に足を取られながらも、シータは先頭を切って塔を目指した。
 バンパイアは太陽の下で活動出来なくとも、他のモンスターがいるかもしれない。クルスロングソードを握り締め、安全を確認しながら仲間達を先導する。
「アンドリューさん! ここから入ればいいの!?」
 塔の入り口へと駆け込んで、シータは振り返った。
「扉が‥‥開いている」
 城内に長く滞在した事もあるアンドリューでさえも、塔の内部は知らない。扉が開いているのを見た事さえないのだ。
「ベアータさん、気配は?」
 リースフィアの問いに、ベアータは確信を込めて答えた。
「ここです。この上に2つ、人です」
 互いの顔を見交わすと、彼らは即座に塔の内部へと走り込んだ。
 ここは、異端の者を閉じこめていたという場所。そして、スレイブが大量発生していたとされる場所だ。
 いつ、スレイブが襲って来てもおかしくはない。
 上へと続く螺旋階段を駆け上がりながら、那流は周囲の神経を研ぎ澄ませる。相手がアンデッドであれば、ベアータのブレスセンサーに反応しない。どこまで感知出来るか分からないが、無防備にスレイブの群れの中へと飛び込んで行く愚を犯すよりはマシだ。
 それに、スレイブとて全ての気配を殺せるわけではないのだ。
「気をつけて! 上よ!」
 階段を上がる自分達の足音に、不規則な音が混じる。それは頭上から聞こえて来るようだ。
 叫んだ那流に、リースフィアがカールスナウトを振りかざす。
「避けて!」
 上段から姿を現したスレイブが、その刃に触れて体勢を崩した。
 塔に限らず、城は敵に攻め込まれた時を想定して造られている。螺旋の階段も、その1つだ。しかし、スレイブに、場の有利不利を考えて戦うだけの知能はない。下からやって来る人間を襲うという本能だけで動いているのだ。
 体勢を崩した先頭のスレイブに折り重なり、雪崩をうって転がって行くスレイブに巻き込まれぬよう、冒険者達は螺旋の内側へと張り付く。
「あやや、盛大な自爆アルナァ」
 思わず感心して、美星は息切れを起こしているアンドリューの背に手を当てた。
「ほら、悪いオトナ、しっかりするネ。まだ先は長そうアルヨ。こんなトコで息切れしてちゃ駄目ネ」
「そ、そう言っても、だなぁ、こっちは‥‥」
「年だって言うのは、言い訳にならないわよ。アンドリューさんの場合、鍛え方が足りないの」
 那流に先手を打たれて、ぐぅの音も出なくなったアンドリューの背を押して、美星は階段を上がって行った。
 やがて、永遠に続くかと思われた長い螺旋の最後の段を登り終えた彼らの前に、蝋燭の光に照らし出された廊下が現れた。その奥には1つの扉。灯りといえば、排気口らしき小さな窓から差し込む朧な光だけ、窓は全て塗り込められていた階段とは明らかに様子が違う。
「この奥だよ」
 ベアータの囁きに頷いて、フレドリクスはミカヅチを鞘へと戻し、ゆっくりと扉へと近づいた。
 彼らの硬い足音が、静かな塔の中に響く。
 扉の取っ手に手を伸ばして、フレドリクスは動きを止めた。
「どうかした?」
 小声で問うて来たリースフィアに、フレドリクスは口元に指を当てる。口を閉ざしたリースフィアの耳に、楽しげな笑い声が届いた。それは、頑丈な扉の向こうから聞こえる声。
 手に力を籠めて、フレドリクスは静かに扉を開いた。
「‥‥ですのよ」
 暖かな室内の空気と香草茶の香が、開け放たれた扉から流れて来る。
 場違いにも感じられるその和やかな雰囲気に、一瞬、あの島での茶会に訪れた記憶が重なって、フレドリクスは頭を振った。ここがパンパイアの城である事を忘れてしまいそうだ。
「あら?」
 開かれた扉に気づいた娘に、するりと扉を抜けた威が幾分大袈裟な身振りで一礼した。
「初めまして、素敵なお嬢さん方。俺は、愛の伝道師、鹿堂威という者です」
「あいのでんどうしさん?」
 はて?
 首を傾げた蜂蜜色の髪をした娘の手を取り、その甲に唇を寄せると、何故だか四方から殺気が飛んで来る。
「‥‥ゆ‥‥油断も隙もないアル‥‥」
「どこかの司教といい勝負ね‥‥って、あちらは愛の使者を名乗っていたかしら」
 騎士の淑女への礼と変わらないのに、何故?
 口元を引き攣らせる威。だが、口づけされた当の本人がきゃあきゃあと舞い上がっている様子なので、すぐに立ち直った。
「まああ、どうしましょう? まるで、吟遊詩人の詩に出て来るお姫様みたいですわ! そう思いますでしょう? アンジェ!」
 頬を上気させて大はしゃぎの娘に、フレドリクスの体が傾ぐ。
「‥‥相変わらずだな、ルクレツィア」
 ここまでの決死の覚悟は一体何だったのだろうか。
 ずきんと痛んだこめかみを押さえて、フレドリクスは平常心を取り戻すべく大きく息を吸い込んだ。
 この天然娘がバンパイア‥‥しかも、イーディスやエルヴィラ、エレクトラよりも上位のバンパイアであるという事が信じられない。
「‥‥イギリス七不思議に入れてもおかしくないアル‥‥」
 彼の気持ちが伝わったのか、はたまた同じ事を考えていたのか、美星が疲れた声で呟く。
 その声に我に返ったシータが、あたふたと懐から指輪を取り出した。
「あ、あのね。これ、アレクさんから預かって‥‥」
「まあまあまあ! この指輪は、わたくしがアレクお兄様にお贈りした指輪ですわ! ねぇ、見覚えがございますでしょう、ヒュー?」
 その一言で、彼らはようやく、部屋の隅で額を押さえていた青年に気づいた。
「ヒュー‥‥」
 緊張感も何もない再会だ。
 突入前には、あんなにも深刻に悩んでいたのが馬鹿らしくなった。
 がくりと肩を落として、那流は傍らのリースフィアの肩に額を預ける。
「あー、えーとね、ルクレツィアちゃん」
 とりあえず話を進めなくてはと、気を取り直したカルゼがルクレツィアに歩み寄った。
 警戒心も何もなく、小首を傾げ見上げてくる娘に、苦笑めいた笑みが漏れる。
「僕達と一緒に、アレクシスさんの所に戻ろう?」
「アレクお兄様の所に? それは構いませんけれど、でも、ヴァレリーお兄様が‥‥」
 カルゼは目を伏せた。
 この娘に、本当の事を告げてもよいものだろうか。
 数瞬の迷いの後、カルゼは膝をついてルクレツィアを見上げた。
「よく聞いて。エレクトラは、お兄さんを連れて来るって言ったよね。でも、それは君にお兄さんの血を捧げる為なんだ」
 ルクレツィアの瞳が、大きく見開かれた。
「『グレイシアス、聖餐となりて、永遠に我が僕たらん』‥‥これはね、バンパイアの都で見つかった肖像画の裏に書かれていた言葉だよ。その肖像画の中に、ルクレツィアお嬢さんとお兄さんの小さい頃の絵もあったんだって」
 威が、壁にかけられた肖像画を示して口元を歪める。
「エレクトラ‥‥ここの領主は、お兄さんとずっと一緒にいられるって言わなかったかい? 君の下僕となったら、確かに永遠に一緒にいてくれるんだろうね。意思なき人形として」
 蜂蜜色の髪が力無く揺れた。
「わたくしは‥‥わたくしは、バンパネーラで」
 カルゼは、ルクレツィアの腕を握る手にぎゅっと力を籠めた。
 真実を語る威の言葉は続く。
「今、お嬢さんをバンパイアの長にするべく、ある儀式の準備が進められている。その儀式に必要なものが、長‥‥つまり、君にとって親しい者の血なんだ。君のお兄さんが間に合わなかった時の為に、アンジェお嬢さんが連れて来られた」
 ルクレツィアの瞳が、シータに保護されたアンジェへと向けられる。
「わたくしが、バンパイアの長? そんなの嘘ですわ‥‥。わたくしは、ヴァレリーお兄様の」
「ルクレツィア!」
 頭を振り続けるルクレツィアの肩を掴んで、フレドリクスは声を荒げた。
 びくりと震えた彼女に、気まずそうに小さく謝り、フレドリクスは感情を抑えた声で語り出した。
「惑わされるな‥‥。バンパイアの長であったとしても、お前はお前だ。見ず知らずの者を何ら躊躇う事なく手当てをしようとしたお前が、そんな恐ろしい者になるはずがない」
 上着から取り出したスカーフをルクレツィアへと差し出して、フレドリクスは微かに微笑んだ。
「ハーフエルフである俺にとって、お前のしてくれた事がどれほど嬉しかったか‥‥。お前には到底分かるまい」
 じぃと見上げてくる瞳に気づいて、フレドリクスは照れたように視線を逸らした。
「お嬢さん、とにかく、ここを出るアル。今、エレクトラのせいで街の中は吸血鬼で一杯になっているアルヨ! このままじゃ、イギリス中がそうなっちゃうネ! 四の五の言わずに、まずはお城を出て、何が本当で、何が嘘なのか自分の目で確かめるアルネ」
 厳しい口調で捲し立てた美星に、那流も同意を示す。
 ぐずぐずしていたら、エレクトラ達に気づかれてしまう。
「ねぇ、ツィア」
 荷の中からファーのマフラーと毛糸の手袋やロープを取り出して、那流はそれらを手にルクレツィアを振り返る。
「私、ツィアと仲良くなりたい。お兄さんと会わせてあげたい。嘘をついたりしないわ。指切りげんまんよ」
「指切りげんまん?」
 ジャパンの絶対に破らない約束の印、と那流はルクレツィアの小指に自分の小指を絡めた。
「ここを出たら、アレクにお願いしてあげる。お兄さんのいる所は分かっているんですもの。全てが終わったら、一緒に訪ねましょうね」
「ルクレツィア様、どうか彼らと共に」
 それまで黙って様子を眺めていたヒューが口を開く。
「彼らが信じるに足る者達である事は、アレク様も、私もよく知っています。私には、ルクレツィア様やアンジェを連れて逃げる事は出来ませんが、彼らならば‥‥」
 絡めた小指を見つめて、ルクレツィアはしばし考え込んだ。
「ルクレツィアちゃん?」
「行こう、ルクレツィア。お前をバンパイアの長になどしてたまるか」
 掛けられる声に、彼女は小さく、だがはっきりと頷いた。
「ツィア!」
 ルクレツィアにぎゅっと抱きついて、那流は手早くローブやマフラーを彼女に着せた。
 リースフィアと美星は脱出路を確保すべく、部屋の外へと飛び出して行く。
「ルクレツィアお嬢さん、念のために防寒具とローブをもう1枚」
「ふわふわの帽子、ルクレツィアちゃんにあげる」
「あ、毛布も被ってた方がいいかも」
 外は、まだ太陽の光に満ちている。彼女を太陽から守る為に、彼らは次々と手持ちの服を取り出してルクレツィアを包む。その結果‥‥。
「‥‥‥あのぅ?」
「お可愛らしいですよ。雪だるまのようで」
 もこもこに膨れ上がったルクレツィアの戸惑った様子に、笑いを押し殺してヒューが言えば、
「ちまっとしてるのがよく似合ってて可愛いわよ」
 那流も相槌を打つ。
 それはどうなんだと思ったフレドリクスだが、口に出す程命知らずではない。
 感想は心の中だけに押し止めて、彼は仲間達を急かした。
「じゃ、行こう。ルクレツィアちゃん」
 ルクレツィアの手をしっかりと握って、カルゼは壁に掛けられた肖像画へと視線をやった。無邪気に微笑む幼い彼女の絵は、さすがに持ち出せない。
「僕ね、戻ったら絵の勉強をするよ。それで、ルクレツィアちゃんの絵を描いてあげる」
「はい!」
 先に立った仲間の後を追い、仲良く部屋を出た2人をほほえましく見送ると、愛の伝道師はシータに連れられたアンジェの腰へと手を回した。
「では、アンジェお嬢さんは俺がエスコートしようか」
「あ、ちょっと!」
 非難の声を上げたシータにばちんと片目を瞑り、威はアンジェを伴って扉を出ていく。
 やれやれと視線を交わし、那流とシータは笑い出した。
 まだ気は抜けないというのに、何故だか全て上手くいくような予感が、2人にはあった。

●はじまり
 階段を下りかけて、リースフィアは息を呑んだ。
 蝋燭の灯りに反射する無数の赤い瞳。
 予期していたとはいえ、寒気のする光景だ。
「ですが、そこを通して頂きます」
 カールスナウトを抜き放ち、リースフィアはちらりと背後に視線を投げた。ルクレツィアの前で戦えば、彼女のバンパイアの本能を目覚めさせてしまうかもしれない。リースフィアに続いた美星も同じ事を考えていたようだ。
「ルクレツィアさんが来る前に、一気に片付けた方がいいですね」
 荷の中からたいまつを取り出したベアータに、美星が怪訝そうに尋ねる。
「一体、何をする気アルネ?」
「火を、ストームで大きくします。即席のファイヤーウォールみたいなもの‥‥ですね。上手くいけば‥‥ですが」
 リースフィアがスレイブを牽制する間に、ベアータは油を取り出した。そこへ
「どうかされましたの?」
 カルゼに手を引かれたルクレツィアが姿を見せた。
「まだ、来ちゃ駄目よ!」
 リースフィアの叫びに、美星が慌ててルクレツィアの視界を遮ろうと両手を広げたが‥‥。
「あら‥‥。皆さん集まっておられましたのね。でも、これでは下へ降りる事が出来ませんわ」
 困ったように頬へと手を当てたルクレツィアの一言で、階段を埋め尽くしていたスレイブが動いた。突如として開けた道に、ベアータは拍子抜けしたように目を瞬かせ、手にした油とたいまつを荷へと戻す。
「そういえば、バンパイアは上位の者に絶対服従でしたね」
 という事は、ルクレツィアが冒険者達と共に行く気である限り、スレイブが邪魔をする事はない。
 スレイブだけではなく、エレクトラやイーディス達も。
 行きと違って呆気ない程簡単に、彼らは塔の下まで辿り着いた。
 カルゼや那流、フレドリクスに励まされて、恐る恐る、光溢れる世界へと足を踏み出したルクレツィアは「まぁ」と感嘆の声を上げる。
「昼間の世界は、こんなにも美しいものでしたのね」
 部屋の中から覗いていた世界とは違う。光の中、ルクレツィアははしゃいだ様子で雪の上を駆けた。
「ルクレツィア! 転ぶと日除けの服が!」
 雪に足を取られたルクレツィアへと駆け寄り、寸でのところで抱き留めて、フレドリクスは安堵の息をつく。
 光に触れて、すぐに消えてしまうというわけではないだろうが、それでも彼女を害となるものから守りたかった。
「ルクレツィア様の事を、よろしくお願いします」
 しかし、そんな和やかな雰囲気の中、1人、硬い表情のままでヒューは冒険者達に頭を下げた。
「ヒューさん? ボク達と一緒に行かないの?」
 問うシータに、彼はどこか強張った笑みを向けて頷く。
「私には、まだやらなければならない事が残っていますから」
 悲壮感さえ漂わせた彼の様子に、那流はアンドリューの脇腹を突いた。だが、彼はヒューに掛ける言葉がない。
「アンドリュー! 何してるアルネ!」
 美星に背を叩かれて、アンドリューはヒューの前へとまろびでた。
「ヒュー、お前が共にいたスレイブの女性の事だが‥‥」
 彼は苦笑した。アンドリューが、幼い日に出会った時の事を言っているのだと思い至ったようだ。
「あれは、私の母でした」
 淡々と告げて、ヒューは踵を返す。
「待つアル!」
 呼び止めた美星を制して、アンドリューはその背に言葉を投げた。
「お前には色々と話したい事がある。戻って来いよ、ヒューイット」
 応える声が、聞こえたような気がした。
「馬鹿ね」
 袖口でアンドリューの目元を拭うと、那流は子供の悪戯を咎める母の表情をして笑う。
「いいんだ。全てはこれから始まるんだから」
 雪だらけになってはしゃぐルクレツィアと仲間達を振り返り、那流は「そうね」と溜息をついた。
「ちょっと貴方達! 風邪をひくわよ! それに、遊ぶならやる事を終わらせてからにして頂戴!」
「あー、そういえば、街ン中のスレイブも何とかしなくちゃいけないアルナ。手伝って貰うアルヨ、悪い大人!」
 思いっきり背中を叩かれて、顔を顰めたアンドリューを置き去りにして、美星は那流に叱られて駆け出した仲間の後を追ったのだった。