遠き国
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 78 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月08日〜06月14日
リプレイ公開日:2006年06月16日
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●オープニング
●街道
太陽がだいぶ西に傾いている。
だが、この分だと今夜はキャメロットでゆっくり出来そうだ。
王都までの距離を測りつつ、彼は周囲を見渡した。
キャメロットでは冒険者ギルドが再開したという。久しぶりにギルドを覗いてみるのもいいかもしれない。そんな事を考えていた彼の目に、奇妙な2人連れが映った。
彼の前方、手を繋いでてくてく歩いているのはどこにでもいるような幼い姉妹のようだ。姉と思しき少女は4、5歳だろうか。彼女が手を引いているのは、まだ歩く事も覚束ない様子である。
おかしいと感じるのは、彼女達の周囲に大人の姿がないからだ。街道沿いの村はとうに通り越した。この先はキャメロットしかない。
もうすぐ日が暮れるというのに、子供達だけでどこへ行こうというのか。
足を速めて、彼は少女達へと近づいた。
「お前達」
掛けられた声に歩みを止め、少女達が彼を振り返る。きゅっと唇を引き結んだ少女達の、その瞳の強さに、彼は僅かに眉を寄せた。
●続く道の先に
その日、冒険者ギルドを訪ねたのは幼い2人の少女を連れた顔見知りだった。
「両親に会いたいというこの子達の願いを叶えてやって欲しい」
幼い手が握り締めた袋の中で、金属がふれ合う硬い音がする。
受付嬢が少女達を卓に座らせ、飲み物を持たせている事を確認して、彼は声を潜めた。
「あの子達の両親は、数ヶ月前に亡くなっている。親を恋しがって泣く子供達に、両親はキャメロットより遠い所へ旅に出たと祖父母が話して聞かせたらしい」
「‥‥両親の後を追いかけようとしたのか‥‥」
硬い表情のまま、少女達は出された飲み物に口をつけている。
「一度は彼女達の村まで戻したのだが、このままでは何度も同じ事を繰り返すと思った」
彼の言わんとしている事を察して、冒険者達も頷いた。
幼い子供達は、まだ両親の死が理解出来ないのだ。遠くへ旅に出たと教えられ、そう信じてしまった彼女達は、何度連れ戻されてもまた後を追いかけようとするだろう。
二度と両親に会えないのだと分かるまで。
「あれ? それじゃあ、今回の依頼は?」
死んでしまった両親に、彼女達を会わせてやれるはずがない。
冒険者達の問いかける視線に、彼は懐から革袋を取り出した。
「彼女達の依頼に追加する。あの子達が、もう両親に会う事が出来ないと納得させて欲しい」
出来るだけ、彼女達を傷つけないように。
両親を亡くした子供達が、これから先、強く生きていけるように。
「‥‥分かった」
少女達から渡された軽い布袋が、ずしりと重いもののように感じる。
託されたのは、彼女達の未来だ。
「コーニー、エマ、彼らがお前達と一緒に父上と母上を探してくれるそうだ。その準備が整うまで、私の家に来るといい」
素直に手を伸ばしてくる少女を抱き上げ、姉の手を握ると、彼は冒険者を振り返った。
幼い瞳が、冒険者と彼の間を行き来する。
無垢な子供の心を、守りたいと思った。
「綺麗なお姉ちゃんは一緒に行ってくれないの?」
「‥‥‥‥一緒に行くのは、彼らだ」
世の中には、知らなくてもいい事が多々存在するのだと知るのは、もう少し先でいいはずなのだから。
●リプレイ本文
●幼い心
薄青い空に白い雲が流れていく。吹き抜ける初夏の風が心地よい。
「気持ちいいですねぇ! こんな日は、お弁当持って、お外で食べたりすると一層美味しいですよ、きっと」
大きく息を吸い込んで仲間達を振り返れば、彼らもそれぞれに同意を返してくれる。けれど、彼らの表情に珍しく緊張感が漂っているのは、これから向かう先で待つ子供達の事を考えているからだろうか。
その気持ちも、ハーミル・レイナス(eb5372)と同じ。
殊更明るく笑って、ハーミルは仲間達を追い抜いた。
「大丈夫、きっと大丈夫です! だって、彼女達は愛されて、祝されているんですから!」
ほら、とハーミルは手の平を空へと翳した。
「こんなに美しい日を、神様は用意して下さったんですもの」
「‥‥お気楽な事を言ってていいのかなぁ」
肩を竦めてみせたギャブレット・シャローン(ea4180)に、ハーミルはぴたりと足を止めた。
「私がお気楽そうに見えます?」
腰に手を当て、頬を膨らませたハーミルに、ギャブレットは溜息をつく。
「キミがお気楽そうに見えるんじゃなくて、そう簡単に事は進まないって言いたかったんだよ。気を悪くさせたなら謝るけどさ。死について理解させる、なんてのは理屈でなんとかなる話じゃないと思うんだ。死を知らない彼女達にとって、親の死はおいら達、大人が感じるのとは別物なんだよ」
「彼女達も、いつかは理解するわ」
取りなすように間へ入ったのは、イシュタル・エステルハージ(eb3894)だ。
「私が死という概念をいつ理解したのか思い出せないわ。けれど、私も彼女達と似た境遇にいたからかしら。分かる気がするのよ」
しなやかな髪を指先に絡めて、イシュタルは瞳を伏せた。
「それにね、5歳の時、自分が何を考えていたのかなんて事も忘却の彼方よ。だから、いいんじゃないかしら。今を乗り越えていけるなら」
「そんな簡単なものか‥‥」
宙で腕を組み、黙って仲間達のやりとりを聞いていたメアリー・ペドリング(eb3630)が続ける。
「幼子に死を理解させる事は、確かに至難だ。神の御許に行ったなどとは、所詮、誤魔化しに過ぎぬ事もわかっている。だがしかし」
「大丈夫です! きっと」
握った拳と瞳とに力を込めたハーミルの肩にそっと手を置き、イシュタルは微笑んだ。
「私達よりもあの子達に近いハーミルがそう言っているんですもの。きっと大丈夫」
「え」
イシュタルの援護に、ギャブレットとメアリーの表情も和らいでいく。
「そうだよな。いくら心配でも、おいら達は、あの子達の人生をずっと見守ってやれないし」
「ぜひとも立ち直って、幸せな一生を送って欲しいものであるな。その為にも、貴殿の忠告は我ら全員が心に刻んでおかねばならぬであろう。過剰に夢を見させぬように、な」
子供騙しも過ぎると嘘となり、余計に傷つける事になりかねない。
真剣な面持ちで頷いた彼らに、遠慮がちな声が掛けられた。
「あのぅ?」
「どうかしたのか?」
羽根を広げて、メアリーはハーミルの元へと飛び、幾分強張った顔を覗き込んだ。先ほどまで元気だった彼女の、突然の変容に怪訝そうに眉を寄せる。
そんな仲間達の様子に、彼女は口元を震わせつつ尋ねた。
「‥‥私のこと、子供だとか‥‥まさか、そんな風には思っていない‥‥ですよね?」
無意味に増えた瞬きの回数が、仲間達の心境を物語っているようだった。
「思ってたんですねぇ!?」
「あ」
ぽん、とイシュタルが手を叩く。
そういえば、今回の仲間の中で、生きてきた時間が最も長いのは彼女だったような気がする。
「そっか、エルフだったよね」
ほぼ目線が同じのギャブレットが笑いながら頭を掻く。
「ま、まぁ、いいじゃない? 若く見えるって事なんだから」
慰める彼の言葉も、今は逆効果だったようだ。すっかり拗ねて、皆に背を向け蹲ってしまったハーミルに、イシュタルが何やら囁いて宥め始める。
「あーあ」
溜息を漏らすと、ヴァン・ステフ(eb3207)は空から舞い降りて来た鷹へと手を差し出した。
「やあ、フィン君。おかえり。散歩は楽しかったかな?」
忙しなく首を動かす友に、素直に感嘆の声を上げる。
「君は今日も凛々しいね。その羽根も素敵だよ」
睦言を囁く彼の足下には1匹の犬。
「さ、あの人達は放っておいて、私達は先に行こうか。リリィ、行くよ」
彼の声に、軽く尻尾を振ると、リリィと呼ばれたボーダーコリーは背後の者達を一瞥して主の後に続いた。
●まずはご挨拶
子供達が預けられている屋敷の中には、異様な光景が広がっていた。
「何かしら? このロープと網」
低い位置に張り巡らされたロープと網を不思議そうに引いたユリゼ・ファルアート(ea3502)に、フルール・アエティール(eb5141)は小さく笑って、屋敷の奥へと視線を投げる。
「多分、あれが原因でしょうね」
その言葉に釣られて顔を上げたユリゼは、思わず悲鳴を上げた。
「あ‥‥危ないっ!」
幼い少女が、彼女達へと向かって全速力で駆けて来る。
足下が覚束ないから今にも転びそうで、どこかにぶつかりそうで、ユリゼは手に持っていた布袋を放り出すと慌てて走り寄った。バランスを崩し、転ぶ寸前の少女を、何とか間一髪で掬い上げて安堵の息をつく。
「危なかった〜」
抱き上げられたエマは上機嫌で笑い声をあげている。慌てたユリゼの様子が、エマには面白かったのかもしれない。
「ね? 必要でしょ? このロープと網」
あちこちに飾られた壺や像へ幼児が突進すると非常に危険だ。なるほどと納得して、ユリゼは歓声を上げるエマの小さな額に自分の額を当てた。見知らぬ場所で不安がってはいないかと心配していたが、この分だと大丈夫そうだ。幼い分、慣れるのも早かったのだろう。
「あなたがコーニーね?」
屋敷の主に手を引かれてやって来た少女に、フルールはしゃがみ込んで視線を合わせる。
「はじめまして! あたしはフルールおねぇちゃんよ、よろしくね☆」
小さな依頼人の元気そうな姿に、ほっと息をついていた仲間達は笑顔のままで瞬間的に動きを止めた。
「さ、さてと! 早速だけど、フィン君、リリィ、この子達と‥‥」
「このおねぇちゃんにいぢめられなかった?」
うふふと笑うフルールに、ヴァンは1歩、後退る。
「や、やだな。言葉の使い方を間違えているよ」
フルールは、更に笑みを濃くするのみだ。
「確信犯であるな」
「て言うか、フルールさんの中では、おねぇちゃんで正解なのでは」
こそこそと囁き交わすメアリーとハーミルの会話は聞こえているはずなのに、気にした様子もなくフルールはコーニーを抱き上げて頬擦りしている。
「これから、おねぇちゃんがいいとこに連れてってあげるわ」
「いいとこ?」
そうよ、とおねぇちゃんな彼は、僅かに表情を曇らせた。けれど、それは子供達に気づかれる前に、悪戯っぽい笑顔へと戻った。
「あのお姉ちゃんのロバさんに乗って、ね。今日はお天気もいいから、お散歩しながらっていうのもいいわよ」
●神様に近い場所
その建物に1歩、足を踏み入れて少女達は戸惑ったようだった。
薄暗い部屋と、外よりも冷たく感じる空気とが、ここを怖い場所だと思いこませたのだろう。不安と恐怖からか、コーニーが近くにいたヴァンの足にしがみつくと、エマも怯えて泣き出した。
「ここは怖い所ではない。おぬし達の両親に一番近い場所なのだ」
「りょうしん?」
「お父さんとお母さんって事よ」
メアリーの言葉を繰り返したコーニーに、ユリゼが補足を入れる。その途端に、子供達の目が輝いた。
「お父さんとお母さん!?」
室内を見渡し、走りだそうとする彼女達を咄嗟に手を伸ばして捕まえる。子供の力は案外強い。加減を知らずに振り回された手がヴァンの顎を強打したが、そんな事を構ってはいられない。まずは彼女達を落ち着かせるのが先だ。
「コーニー、エマ、見てごらん」
高い位置にある窓を指さして、ヴァンは幼子の気をひいた。
「あそこからフィン君が覗いてるよ」
釣られて上を見上げたコーニーに、すかさずハーミルが手を打つ。
「あ、見て下さい! あの窓、お花の絵みたいですね〜」
装飾格子から差し込む明るい光と、中を覗き込む鷹の頭とにコーニーは大発見をしたかのようにヴァンの袖を引いた。
「みてみて! お花!」
「うん、お花だね」
その無邪気な様子に、ほっと息をつくと同時に罪悪感めいた感情も芽生えて来る。
これから、自分達はこの汚れを知らない子供達に、2度と両親に会えぬ事を告げねばならないのだ。
「‥‥理解させるだけじゃ駄目なんだ。おいら達がしなくちゃいけない事は‥‥」
呟いたギャブレットに、イシュタルが頷く。
「分かっているわ。‥‥ねえ、コーニー、エマ、こっちへいらっしゃいな」
手招くと、イシュタルは祭壇の前に座った。
ギャブレットも、少し離れた場所で膝を抱える。
「さっき、シフールのお姉さんが言ったわよね。ここは、貴女達のお父さんとお母さんに一番近い場所だって」
隣にちょこんと座ったコーニーの髪を撫でて、イシュタルは静かに話し始めた。
「そうなのよ、ここは一番、お父さんとお母さんに近いところ。でも、ここにお父さんとお母さんはいないの」
泣きそうに顔を歪めたコーニーの姿に唇を噛むと、フルールはイシュタルの言葉に続けた。
「あなた達のパパとママはね、キャメロットよりももっと遠い所に行ってしまったのよ」
ついに泣き出したコーニーを、イシュタルは優しく抱き寄せ、エマを膝の上に乗せたヴァンはその小さな体をぎゅっと抱き締める。親と会えない現実を知る子供達の寂しさを、少しでも紛らわせてやりたくて。
「おぬし達の両親は、神の御許に行ってしまった。おぬし達は、すぐには追いかけることはできぬ」
「どうして?」
泣きじゃくりながら尋ねる幼子に、メアリーは僅かに眉を下げた。顔を真っ赤にして涙を零す娘の傍まで降りると、その頬に手を伸ばす。
「神の御許へは、そう簡単には辿り着けぬからだ」
「そうよ。いっぱいいっぱい勉強して、この世界でのお仕事を終えてからでないと、パパやママのいる所へは行けないのよ」
エマの涙を拭って、フルールが明るい調子で言う。だが、その声は微かに震えていた。
「おじいゃんやおばあちゃんのお手伝いをしたら、行けるの?」
「コーニー、君達はおじいちゃんやおばあちゃんに黙ってお家を出て来たろう? そんなイケナイ事をしていると、いつまで経っても神様の許へ行けないんだよ」
自分でも悪い事をしたという自覚があるのだろう。コーニーが言葉を失う。しかし、彼女はすぐに問うて来た。
「じゃあ、お利口にしていたら、行けるの?」
「いつか、ね。神様の許に行けるのは、2人が大人になって、お嫁さんになってお母さんになって、お婆ちゃんになった後。「私達、こんなに幸せだったよ」ってお父さんやお母さんに言えるようにね」
子供達を迎えに行く途中、露店で見つけた果物を搾って作ったジュースを、ユリゼは2人の前に差し出した。呪文を唱え、彼女達の目の前でジュースをシャーベットに変えてみせる。恐らくは初めて見るであろう魔法に、子供達は泣いていた事も忘れて見入った。
「その日まで、コーニーはエマを守ってあげないとね」
凍った果汁を受け取った少女がイシュタルを振り仰ぐ。
「だって、そうでしょう? お父さんやお母さんの代わりにエマを守ってあげられるのはコーニーだけなんですもの」
「お父さんとお母さんも、会う事は出来なくても2人を見てくれているわ。ここは、ちょっとだけ神様に近い場所。寂しくなったら、ここに来たらどうかな?」
ユリゼの言葉に大きく相槌を打って、ハーミルはヴァンの鷹、フィンが顔を覗かせている装飾窓を指さした。
「神様に近い場所は、色んな所にあるの。2人の村にもあると思うから、そこで、お父さんやお母さんにお話しするの。誰かにいい子いい子して貰った事や、泣いた事、面白かった事、全部、お父さんもお母さんも聞いていてくれる。あのお花の窓の向こうから、きっと見ていてくれるんです」
幼い子供達がどれだけ彼らの言葉を理解出来ているのか。
それを推し量る事は出来ないけれど、それでも頷いた少女の頭を、ヴァンは思いっきり撫でてやりたい衝動に駆られた。
「お父さんやお母さんにお話ししても、どうにもならない時は、また尋ねておいで。‥‥勿論、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒にね」
きっと力になるから。
そう付け足したヴァンに、冒険者達も力強く頷いたのだった。