彼の試練
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 87 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月13日〜06月19日
リプレイ公開日:2006年06月21日
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●オープニング
●助けを呼ぶ声
「だ‥‥誰か‥‥」
扉を押し開け、倒れ込んだ人影が弱々しい声で助けを求めた。
一瞬、動きを止めた冒険者に、細い手が伸ばされる。
「お願いです、助けて下さい!」
ギルドの真ん中で助けを求めるその姿を確認した途端、冒険者達は何事もなかったかのようにそれぞれの会話へと戻っていった。
「誰か‥‥」
涙を浮かべた儚げな少女に見えない事もないが、ソレはれっきとした男。しかも、彼らと同じ冒険者である。修行期間中の見習い域を出ないレベルではあるが。
「あのね、アリ‥‥」
「‥‥何をしておられるのですか、アリアス坊ちゃま」
今にも息絶えそうな風情で床に倒れ込んでいたアリアス・リンドベルは、背後から掛けられた声に勢いよく飛び起きた。あまりの勢いに、呆れ顔で彼を覗き込んでいた女冒険者も思わず後退ってしまう。
「い‥‥一体、何なのよ」
「あのですねっ、実は皆さんに依頼が‥‥」
がしりと彼女の肩を掴んだアリアスの笑顔が強張っている。
その原因は後ろに控えた老人だろうと、近くにいた冒険者は溜息まじりに助け舟を出した。
「とにかく座れよ、アリアス。そっちのあんたも」
「いえ、私は所用がございますので。それではアリアス坊ちゃま、なるべく早くお仲間の方々をお連れ下さいますよう」
老人とは思えぬ機敏な動きで身を翻すと、その男は呆気に取られた冒険者達を尻目に、ギルドを出ていった。
●冒険者からの依頼
「グレイベア?」
くすんくすんと啜り泣くアリアスを宥めすかしつつ聞き出した話に、冒険者達は目を瞬かせた。
アリアスの故郷で、グレイベアの被害が頻発しているという。夜になると村に現れ、暴れて食べ物を奪い、昼間も近隣の森に出没する事もあると、彼は語った。
噂では、誤ってグレイベアの縄張りを荒らしてしまった者がいるらしい。
「そ、それで、父上が僕にグレイベアを退治するようにって、じいが‥‥」
わっと泣き崩れると、アリアスは卓の上を涙で濡らす。
「いいじゃん。退治すれば」
あっさりと答えた冒険者に、周囲の者達も大きく頷く。人間のテリトリーで暴れるモンスター退治というのは、ギルドでは珍しい依頼ではない。
しかし、アリアスは泣き濡れた顔を上げて、冒険者達に訴えかけた。
「僕には無理です〜っ! 逆に退治されちゃうかも‥‥うう‥‥」
冒険者達は、互いに顔を見合わせる。
有り得るかもしれない。
このアリアスならば。
「しかも、じいが監視役として同行するって言うし」
「じいって、さっきのおじいさん? 一緒に行くと困る事でもあるの?」
グレイベアとの戦闘時、一般人が近くにいると戦いにくいだろうが、アリアスの不都合はその類では無さそうだ。
「父上が‥‥いつまで経っても一人前の冒険者に、騎士になれないなら、せめて故郷に戻って家長としての勉強をしろって‥‥」
ああ、と冒険者達は視線を天井へと向けた。
アリアスが立派な騎士になる為の武者修行に出て、もう大分経つ。
一向に芽の出ない息子に、父親が痺れを切らしたというところか。
「それで、じいさんがグレイベア退治に同行して、お前の適性を見極める‥‥ってところか?」
こくりと頷くと、アリアスは差し出されたハンカチでそっと涙を拭った。
「僕は、一人前の冒険者になりたいんです! それに‥‥家に連れ戻されたら、僕‥‥僕‥‥父上の選んだお嫁さんと結婚させられちゃうし」
再び感情がこみ上げたのか、ぼろぼろと泣き出したアリアスに、まるで子供をあやすように声をかけながら女冒険者がその顔を拭う。
騎士として、冒険者として、アリアスは父親に試されている。
そして、彼一人では、その試練を越える事が出来ないだろう。
泣きじゃくるアリアスの様子を眺めて、冒険者はやれやれと息を吐き出した。
「要は、人里で暴れているグレイベアを倒して、お目付け役のじいさんにお前はしっかりやっていると納得させりゃいいんだろ?」
「え?」
期待に目を輝かせたアリアスに、彼は仕方がないと肩を竦めてみせた。
「グレイベアを放ってもおけないし、何より、お前が冒険者に向いていないと決めるには、まだ早いだろ」
茶目っけたっぷりに片目を瞑ってみせた冒険者に、アリアスはつぶらな瞳をうるうると潤ませたのだった。
●リプレイ本文
●大切なこと
「なんだか疲れそうでダルそうな依頼ね‥‥」
思わず、溜息と共にそんな言葉が漏れる。
先日まで寝付いていた病み上がりで、体がやけに重たく感じていたところにこの依頼だ。愚痴りたくもなるというもの。しかし、アリアスを一喝する気も起きない。体力の無駄遣いなだけだ。
もう1度溜息を落として、ルカ・インテリジェンス(eb5195)は南雲要(ea5832)と一緒に素振りをしている依頼人へと視線を向けた。
ごく普通のノーマルソードの重さに振り回されているように見える。
「ねぇ、今回は剣を使うのはお止めなさい」
驚いた顔をして素振りを止めたアリアスに、ルカは続けた。
「素振りの段階を出ていない得物は実践じゃ役に立たないわ」
「そう‥‥ですか。そうですよね‥‥」
手にした剣を見つめ、しょぼんと項垂れたアリアスの肩を叩いて、要はラージハンマーを片手で振り上げてみせる。
「俺は、今はコレだけど」
肩に回した手で自分の荷物から覗くティールの剣を指し示し、要は悪戯っぽい笑みを閃かせた。
「いつかは、アレを使いこなせるようになってみせる」
「今は使わないんですか?」
くしゃりと、アリアスの髪を掻き回して付け足す。
「命中率が悪過ぎるんだよ。今はまだ。だから、特訓して、いつか使えるようになってみせる。俺の切り札‥‥『三式・飛燕』をね」
複雑そうな顔を見せる依頼人に、腕を組み、木に背を預けていたルカが薄く笑んだ。
「上達したいなら腕を磨く。当たり前の事でしょう?」
快活に親指を立ててみせた要に軽く肩を竦め、ルカは木から離れた。
「苦手なものを克服する為に特訓するのは当然よ。でも、得意な技を伸ばす事も必要だと思うわ。あなた、自覚している取り柄はないの?」
「取り柄‥‥ですか? ええと‥‥ええと?」
考え込み始めたアリアスを片手で制して額を押さえる。
「もういいわ」
すみませんと小さくなった依頼人を、極楽司花朗(ea3780)が見上げた。
「でも、どうしてお家に帰るのが嫌なの? いいじゃん、結婚すれば? 相手がいないよりずっとマシだと思うなぁ」
女性から面と向かって問われ、ルカの時とは別の意味で言葉に詰まる。
真っ赤に染まったアリアスの頬に、花朗は目を瞬かせた。
驚きは一瞬で消えた。代わりにむくむくと持ち上がって来た悪戯心に促されるまま、つんつんと指先でアリアスを突っつく。
「やだぁ、なになに? アリアス君ってば顔が真っ赤だよ〜? さては」
「ちっ、違いますっ! 僕はただ‥‥結婚するならやっぱり‥‥す‥‥好きな人がいいなって‥‥」
ごにょごにょと小さくなっていく語尾と、彼が胸元に握り締めている小さな袋。
「ふーん?」
ちらりと思わせぶりな視線を彼の手元に落として、花朗は力いっぱい彼の背を叩いたのであった。
「ところで」
そんな仲間達の様子を離れた場所から眺めていた源真弥澄(ea7905)は、木に凭れ掛かって居眠りをしている老人を振り返った。アリアスのお目付役の老人は、この強行軍に涼しい顔をして付いて来ている。年寄りには堪える道程であろうに。
「お爺さんはどこまで知っているのかしら?」
ここまでの行程を共にした程度だが、この老人が食えない人物である事は察しがつく。
「さてさて、何の事やら」
眠っていたはずの老人から返事が戻っても、弥澄は驚かない。彼女の隣で片膝を抱えていたヒューベル・アーシュ・レイ(eb2645)が会話に入った。
「人が悪いですね、ご老人」
眠ったふりをして、アリアスと仲間達の様子を窺っていたのだろう。もぞもぞと体を起こした老人に、ヒューベルは目を細める。この手の狸爺との腹の探り合いはするだけ無駄だ。切り出す言葉を探して、ヒューベルは単刀直入に尋ねた。
「ご老人は、リンドベル君が冒険者に向いていると思いますか?」
老人の顔から表情が消えた。しかし、すぐに彼はにこにことヒューベルと弥澄に好々爺の笑顔を見せる。
「さて、どうですかな。それは私などよりも皆様の方がよくご存じでしょう」
はぐらかす老人の真意を掴めず、2人はただ顔を見合わせるしか出来なかった。
●巨大熊退治
太陽の残光も消えて、森は深い闇に覆われようとしていた。
ライオネル・ロゥ(eb5313)が昼間のうちに集めて来たグレイベアの出没情報と森の地形から選んでおいた、ベアを最も誘き寄せやすい場所に陣取って、彼らはその時を待つ。森が真闇に閉ざされている間が、ベアの活動時間のようだ。
「村人には‥‥戸締まりをしとけと言っておいた‥‥」
村の方角から、いきなり現れた光城白夜(eb2766)に、アリアスが情けない悲鳴をあげる。
「‥‥‥‥‥‥アリアス」
低く名を呼ばれて、アリアスは恥ずかしそうに俯いた。仲間に怯えるようでは、先が思い遣られる。
「この緊迫感がいいのに」
「はい?」
呟く声に顔を上げるが、白夜は表情を崩さず、灯りを最小限に絞れと仲間達に指示を出しているだけだ。聞き間違いだったのか。首を捻ったアリアスは、兎を掴んだ要とカルノ・ラッセル(ea5699)の姿に、更に首を傾げる事となった。
「兎?」
「はい、兎です」
要の肩に座っていたカルノが大きく頷いた。
「‥‥ベアに襲われたとか?」
いいえ。
にこやかに、カルノが答える。
「ベアを誘き寄せる生き餌にどうかと思いまして。あ、必要なければ食材として兎鍋とか兎じ‥‥」
カルノの言葉が終わる前に、要の手から兎が消えた。
「あれぇ?」
「駄目ですッ! なんてひどい事言うんですかぁ! こんな、こんな可愛い兎を〜っ」
うるうると涙目で訴えかけるアリアスに、要はぽりぽりと頬を掻いてカルノを見る。
「アリアスさん、もしもし? 状況は分かっておいでですか?」
虚を突かれたのは一瞬だけ。
すぐに苦笑を浮かべ、カルノは羽根を広げるとアリアスの目の前で手を振った。
「分かってますけど、分かってますけど〜! 餌にするなんて、食べちゃうなんて可哀想じゃないですか」
「‥‥アリアスさんだって、兎の肉、食べますよね?」
「食べますけど、あれは料理であって兎じゃありません!」
きっぱりと言い切ったアリアスに、仲間達の視線が別の方向へと向かう。老人の咳払いに、弥澄は我に返った。そういえば、こんな事をしている場合ではなかったような気がする。
「皆、いつベアが現れるか分からないわ。気をつけて」
その注意は、仲間に正気を、アリアスに恐怖を呼び戻すには十分だった。
兎を抱き締めて、落ち着きなく周囲を見回すアリアスの背後に忍び寄り、白夜は囁いた。
「ジャパンでは、へたれな奴は打ち首‥‥縛り首‥‥」
「えええっ!?」
驚愕の叫びをあげかけた口を押さえて、白夜は続ける。
「あんたは‥‥どれがいい?」
耳元で聞かされる恐怖話と含み笑い。
「もし‥‥逃げたりしたら‥‥」
震え上がっていたアリアスが、その一言に動きを止める。
「アリアス?」
「ぼ‥‥僕は逃げません。逃げるなんて‥‥絶対にしません。だって、仲間がいるんですから」
振り返った顔に浮かぶ決意に、白夜は面白そうに眉を跳ね上げた。
「へぇ、‥‥上等」
「その通りです、アリアスさん」
傍らで聞いていたライオネルが、その肩に手を置く。
「逃げ出せば、きっと後々に後悔する事になります。僕達仲間を信じて、今、自分が出来る事を精一杯やりましょう」
自分を見上げてくるアリアスに、ライオネルは穏やかに語った。
「そうすれば、きっと、自分の夢を手繰り寄せる事が出来るはずです」
静かな、けれども力強い言葉に、アリアスは大きく頷いた。
「はい! 僕は、いつかきっと立派な騎士に‥‥!」
「しっ、黙って!」
その時、不意にカルノが手を上げ、小さく鋭く警告に満ちた声を発した。
定期的に周囲の気配を探っていた彼の緊張した面持ちに、仲間達の間にも張り詰めた空気が流れる。
「何か、大きなものが動く気配があります」
「ベア?」
おそらく。
カルノの答えに、要はラージハンマーを持ち直した。
「待って。近接戦闘に持ち込む前に魔法でダメージを与えておいた方がいいわ!」
弥澄の声が響くと同時に、頷いたヒューベルが詠唱を開始する。
吹き荒れた吹雪に、グレイベアは一瞬だけ怯んだ。だが、すぐに太い腕を振り上げる。怒りに駆られた巨体に似合わぬ動きで冒険者との距離を詰め、鋭い爪が弥澄の居た場所を抉った。
「弥澄さん!」
「大丈夫!」
咄嗟に後ろへと退り、弥澄は間一髪の所で爪の攻撃を躱す。
しかし、無傷ではいられなかったようだ。
「すぐに治します!」
ライオネルのリカバーが弥澄の腕に薄く走った傷を癒し、弥澄はそれを確認する間もなくベアへ攻撃を仕掛ける。
息を飲み、及び腰になりかけたアリアスへ、花朗が背後から声をかけた。
「怖がらないで! 私達がいるんだから!」
間近で見るベアはあまりに巨大だ。
「やらなきゃいけない事は、ちゃんと頑張るの」
自分にも言い聞かせるように繰り返す花朗に、アリアスはぎゅっと唇を噛み締めてダガーを振り上げた。
「まだ早いわ」
舌打ちと共に、ルカは素早く呪を唱えた。スリープで眠らせようというのだ。
しかし、興奮しきったベアには効きが薄いようである。振り回した腕がアリアスを引き裂くかと思われた時に、
「やらせん!」
要がベアとアリアスの間に割って入った。
アリアスの体は、咄嗟に腕を伸ばしたヒューベルが引き寄せる。
「くらえ! 一式・隼!! 光になれぇぇぇ!!」
両手で振り上げたラージハンマーに真空の刃を乗せた一撃が、グレイベアを襲う。
「今です!」
振り返ったライオネルは、ぎょっと表情を強張らせた。
ヒューペルから離れ、体勢を整え直したアリアスの背後でカルノが詠唱を始めている。
ライオネルの聞き間違いでなければ、あれは‥‥。
「ちょっっ、カル‥‥ッ!」
慌てて弥澄が手を伸ばすも、時、既に遅し。
ストームがグレイベアへと放たれる。その効果線上にいたアリアスを巻き込んで。
「‥‥‥‥」
気配を殺してグレイベアの背後へと忍び寄っていた白夜が、ベアの急所を目掛けて素早くスタンアタックを叩き込む。
ストームに飛ばされたアリアスと、動きを止めたベアが激しくぶつかって倒れ込んだ。
「アリアス!」
ここで、ルカの言葉に従い、慣れた武器を使用していた事が功を奏した。
吹き飛ばされながらもしっかりと握り締めていたダガーが、動かなくなったベアへ最後の打撃を与える事となったのだ。
地響きをあげて、ベアは倒れた。
●判定
白夜が襟首を掴んで引き離してくれたお陰で、アリアスの怪我はかすり傷程度で済んだようだ。
「無茶しないでくださいね」
リカバーで傷の手当てをしながら、ライオネルがカルノを軽く睨む。
睨まれた当の本人は涼しい顔で、「見事なチャージアタックです」などと言っている。
「まあ、終わりよければ‥‥とジャパンでは言うらしいじゃない。結果的にグレイベアを倒したわけだし、いいんじゃないのかしら」
ルカの言葉に、要も苦笑いしつつ倒れたベアを爪先で突っついた。
「そうだな」
ベアは倒した。
しかし、懸念事項はまだ残っている。
「ご老人‥‥」
真っ直ぐに見つめるヒューベルの視線に、老人は息をつく。
「まだまだ1人前の冒険者には程遠いですな、アリアス坊ちゃん」
「それじゃあ‥‥駄目なの?」
泣きそうに顔を歪めたアリアスの手を、花朗はぎゅっと握った。
「しかし、冒険者にとって大事な事‥‥仲間を信じ、仲間と力を合わせる事は、ちゃんと分かっておられるようですな」
よっしゃ!
ぐっと拳を握り締めて、要は大きく地面を踏みならす。
「え? え?」
「つまり、合格って事じゃない?」
弥澄に肩を叩かれ、ライオネルに激励されるアリアスの姿を見つつ、ヒューベルとルカは同時に呟いた。
「「まだまだ未熟だけど」」
ともあれ、アリアスの冒険者としての未来は閉ざされずに済んだ。
これで、本当の依頼完了だ。
互いに笑い合って、2人は喜びの輪の中へと混ざったのだった。