誓いの儀式

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや難

成功報酬:0 G 91 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月10日〜07月19日

リプレイ公開日:2004年07月20日

●オープニング

 太陽が落ち、すっかり夜も更けた頃、その日最後の依頼者がキャメロットのギルドの扉を叩いた。
「あの、冒険者の皆さんのお力をお貸し頂けないでしょうか」
 旅装束のフードの下から現れたのは、うら若き乙女の笑顔。
 見るからに純朴そうな娘の登場に、ギルドの中に残っていた冒険者達は唖然とした。
「おいおい、娘さん。いくらアーサー王のお膝元とは言え、若い娘さんが1人で出歩くのは感心しないなぁ」
 太い眉を寄せて忠告をした冒険者に、娘は、はぁと要領を得ない返事を返す。
「そうなんですか。でも、私、つい先ほどキャメロットに着いたばかりなんで」
 片隅で茶を啜っていた冒険者が噎せ返った。苦しそうに咳き込む男の背を擦りつつ、女冒険者が溜息をつく。
「あんた‥‥」
 余程の世間知らずなのだろうか。
 同じ女として苦言を呈そうとした彼女も、にこにこと笑う娘の前に言葉を飲み込んでしまう。
「あ、名乗るのが遅れました。私、メリーアンと申します。えーと‥‥キャメロットから少し離れた辺鄙な村の娘です」
 メリーアンと名乗る娘が告げた村の名に、冒険者達は眩暈を覚えた。彼らの記憶違いでなければ、徒歩で7日はかかる村である。彼女は、そんなに離れた村から1人で旅して来たのだろうか。
「えーと‥‥つかぬ事を尋ねるようだけど」
「はい?」
 女が腰に吊した剣にほんの僅かばかりの驚きを見せたメリーアンは、首を傾げて次の言葉を待つ。
「‥‥えーと‥‥そのぉ‥‥道中は穏やかだった?」
「はい!」
 言葉を探しつつ、遠慮しつつ尋ねた女に返ったのは、輝かんばかりの笑顔だ。
「親切なおじさんが荷馬車の後ろに乗せてくださったり、途中でご一緒した方から果物を頂いたり、とても楽しい道程でした!」
「あ、そ‥‥」
 世の中、善人ばかりではない。
 親切ぶって財布を掠めていく輩や、良い人の仮面をつけて何も知らない田舎娘を売り飛ばす悪党の話など、その辺りに掃いて捨てる程転がっている。
 それだけならまだしも、モンスターに襲われた日には有り金どころか命まで失いかねない。
 幸いな事に、この娘はそういう悪党に出会わなかったようだ。
「運が良かったわねぇ」
「私もそう思います。皆さん、素敵な人達ばかりでした!」
 ああ、とギルドに残っていた者達が思う。
 この娘の人を疑う事を知らぬ純粋さに、汚れない笑顔のまぶしさに、善人面して近づいた悪党であっても手を出しかねたのだろう、と。
「それで? そんな遠くからギルドにどんなご用なのかしら?」
「あ、そうでした! 私、大事な事を忘れるところでした!」
 冒険者達が一斉に、心の中で呟いたのは偶然にも全て同じ言葉であった‥‥などとは、他人の心を読む事が出来る者にしか分からない。分からないが、何とはなく、皆、互いの気持ちが似通っていると気づいたようだ。
「あのですね、実は、私、今度結婚する事になりまして」
 頬を染めたメリーアンの笑顔が幸せ一杯と告げている。
「そう。それはおめでとう。で? 幸せな貴女があたし達に力を貸せとは?」
 額に手を当てた女の問いに、メリーアンはにこやかに答えた。
「結婚前の儀式の護衛をして頂きたいのです」
 一瞬、その場にいた全員が息を詰め、ギルドの内部が静まり返った。
「護衛ぃ〜?」
 この娘は、護衛を頼むが為にえっちらおっちらとキャメロットまで1人旅をして来たと言うのか。冒険者達を襲う眩暈と脱力感。
「‥‥その、結婚前の儀式って何?」
 娘は懸命に語り始めた。
 娘の住む村には、昔から結婚におけるしきたりがある事。
 それは、村の近くにある山に登り、精霊達が水浴びをするという泉で身を清め、頂きにある祠で祈りを捧げ、麓に咲く花で結婚式の為の花冠を作るというものである。
「‥‥精霊信仰が生活に密着してしきたりになった‥‥って所ですか」
 クルスソードを下げた青年が呟く。
「でも、山にモンスターが出没するようになって、その儀式を行う者はいなくなってしまいました」
 母親も、そのまた母親も行ったという儀式を経て花嫁になる事が彼女の幼い頃からの夢だったのだと語り、悲しそうに、メリーアンは項垂れた。
「それで、私、思い至ったんです! 冒険者の皆さんに護衛して頂けば、モンスターも恐れて近づいては来ないのではないかと!」
 そして‥‥彼女は思い立ったが吉日と簡単な旅装束で村を飛び出して来たらしい。
「全く。無茶をする子ね。花婿さんがさぞや村で肝を冷やしているでしょうよ」
「あ、ジャックなら大切な用があると言って村を出ています。結婚式までには帰って来るからと‥‥」
 戻って来た時、ジャックは驚くだろう。
 大事な花嫁がギルドを訪ねて1人で旅に出たと聞いて。
「あの‥‥駄目‥‥でしょうか?」
 メリーアンの大きな瞳に不安が過ぎる。
 キャメロットまでやって来たのは、憧れていた結婚前の儀式を行いたいが為。だが、冒険者達がこの話を受けてくれなければ、旅をして来た意味が無くなる。
「‥‥仕方がないわねぇ。皆、どうする?」
「受けてもいいんじゃないか? 俺達を頼ってくれるているんだ。応えないわけにはいかないだろ」
 にやりと笑って、冒険者の1人が名乗りを上げた。
「そうだな。‥‥メリーアン、どんなモンスターが出るのか、護衛はどれだけ必要なのか、ちゃんと依頼を出して来な。俺達でよければ力になるぜ」
 メリーアンの表情を覆っていた不安の影が瞬時に消えてなくなり、幸せいっぱいの笑顔が戻って来る。
 てけてけとギルドの受け付けへと走っていく後ろ姿は小動物のそれで、冒険者達は多分に好意の籠もった溜息を漏らした。
「今回の依頼はあっという間に片づきそうだな」
 冒険者の姿があればモンスターも恐れて近づかないだろうと彼女は言った。泉で禊ぎをし、祠に祈りを捧げ、花冠を作るメリーアンの側でモンスターを威嚇していればいいだけの依頼となる。
「冒険‥‥としては少々物足りないがな」
 苦笑した彼らは、張り出されたメリーアンの依頼に息を飲んだ。
「‥‥泉に出るのは、近づいた獲物を酸で溶かす不定形生物‥‥って、水の中じゃ見えにくいとかゆーアレ?」
「大柄で防具を装備したゴブリン?」
「花園では燐粉を振りまく綺麗な蝶々が群れを成しているようよ?」
 冒険者達は唸った。
 だが、信頼の籠もった瞳で見上げて来るメリーアンの前で、難しい顔は出来ない。
「ま、任せておけ。俺達が必ず、あんたの夢を叶えてやるから!」
「ありがとうございます!」
 彼女の背後に幻の光が見えた‥‥ような気がした。
「では、明日からよろしくお願い致します。」
 丁寧に礼を述べて、ギルドから出て行こうとするメリーアンの襟首を掴んだのは女冒険者。
「ちょいと待ちな! こんな夜中にまたあんたは‥‥っ!」
 呆れ顔をしながらも宿まで送ってやるからと、扉に手を掛けた彼女に、メリーアンは素直に感謝の言葉を告げて、でも‥‥やんわりと申し出を断る。
「私、これから宿を探さないといけませんので、あまりお手を煩わせるわけには参りませんから」
 ふるふると、女の手が震えた。
「っっ! おいで! 狭くて悪いけどあたしの寝床で我慢して貰うわよ!」
 この依頼、うまく行くのだろうか‥‥。
 ずるずると引きずられて行くメリーアンを見送りながら、依頼を受けた冒険者達は一抹の不安を感じたのだった。

●今回の参加者

 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea0479 サリトリア・エリシオン(37歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0497 リート・ユヴェール(31歳・♀・レンジャー・人間・ロシア王国)
 ea3647 エヴィン・アグリッド(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3692 ジラルティーデ・ガブリエ(33歳・♂・ナイト・人間・神聖ローマ帝国)
 ea3731 ジェームス・モンド(56歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea3799 五百蔵 蛍夜(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4484 オルトルード・ルンメニゲ(31歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●捉えられない敵
 ちっと舌打ちして、エヴィン・アグリッド(ea3647)は泉に向けていた視線をはずした。
「どうした? 見つからないのか?」
 尋ねた五百蔵蛍夜(ea3799)に、エヴィンは己が苛立ちを表に出していた事に気づく。すぐに、彼の表情に浮かんでいた焦りは無表情の面の裏へと隠された。
「いる。いるんだが‥‥」
 何度かデティクトライフフォースで探ってみたが、目視出来る程に近くにいると察知出来ても、確かめられなかったのだ。
「ここでもたもたしていると、花園に着く頃には日が暮れてしまいます」
 フローラ・エリクセン(ea0110)の言葉に、彼らは覚悟を決めた。サリトリア・エリシオン(ea0479)が静かに泉のほとりへと歩み寄った。
「皆に、慈愛神のご加護があるように‥‥」
 白く輝いたサリトリアの手から伝わる温かさ。いつも荒っぽい言動を取る彼女の手は、こんなにも優しくて温かい。満ちて来る気力に、オルトルード・ルンメニゲ(ea4484)は決意を込めた拳を開き、メリーアンへと差し出した。
「さあ、始めよう」
 その手を取って微笑むメリーアンには緊張の欠片もない。オルトルードとフローラに挟まれ、彼女は泉へと近づいた。
「ちょっと待て」
 ふ、と口元に微笑を浮かべ、オルトルードは鋭い視線を走らせる。
「‥‥で、そこで何をしている?」
「何‥‥とは?」
 オルトルードの問いに、ぼんやりと周囲を眺めていたジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)は怪訝な顔をした。
「婦女子が禊ぎをしようとしているのだが?」
「婦女子を守るは騎士の務め。安心しろ。疚しい心などない」
 平然と返したジラルティーデに、オルトルードは僅かに首を傾ける。
「疚しい心はない?」
「その通り」
 次の瞬間、鞘に収めたままのクルスソードがジラルティーデに振り下ろされた。本気のそれではない一撃を、彼はすいとかわす。
「当たり前だ! あってたまるか!」
「あの〜」
 遠慮がちに口を挟んだメリーアンに、冒険者達の視線が集まった。
「今日は暑いですし。よければ皆様もご一緒にいか‥‥」
−こンの天然娘がッ!
 ほぼ全員の心の声が揃う。
 ぐいとオルトルードに引っ張られ、メリーアンは言葉の途中でフローラの手に引き渡された。
「とりあえず、俺達ァ周囲の警戒という事で」
 黄昏れた目をあらぬ方向へと彷徨せたジェームス・モンド(ea3731)は、心の奥底から沸き上がって来た衝動を無理矢理に抑え込み、男性陣を追い立てた。
「やれやれ。モンスターもだが、彼女も厄介だな」
 エヴァンの呟きに、蛍夜は深く深く頷く事によって同意を示した。

●清めの儀式
 冷たい泉の水に浸る者達を見遣って、リート・ユヴェール(ea0497)が呟いた。
「気持ち良いのでしょうねぇ」
 夏も盛りへと向かう季節。太陽の陽射し白い肌をじりと焼く。自分も泉へ入って護衛すればよかったかと、一瞬、頭を過ぎる考え。
「この禊ぎは」
 唐突に、サリトリアが口を開いた。
「花嫁がこれまでの人生の中で怒ったり、人を傷つけたりした過去を清め、罪汚れなく嫁ぐ為の儀式だそうだ」
 メリーアンから聞いたのであろう。あまり表情を変えないサリトリアの瞳が柔らかく揺れている事にリートは気づいた。
「そうですか」
 素敵、と続く言葉を飲み込んで、リートは泉の中にいる3人を見つめた。だが、次の瞬間、彼女の表情が強張る。フローラ達の様子がおかしい。
「あれを!」
 サリトリアが指し示した先、太陽の光を反射する水面に僅かばかり濃い色をしたモノが見えた。
 水の抵抗を受け、なかなか岸辺へと辿り着かない3人を援護すべく、エヴァンがそれに向けてブラックホーリーを放つ。その衝撃に、ソレは水中に沈んだ。しかし、すぐにゆらゆらと波間を漂いながら浮かび上がって来る。
 岸辺へと駆け寄ると、リートは弓に矢をつがえた。ジラルティーデがメリーアンの手を掴み、陸へと引き上げるのを確認し、サリトリアが泉へと入る。わざと水面に波紋を起こしながら、彼女は縁沿いに動いた。獲物と見定めたのか、ソレも彼女に合わせて移動する。
「そこ!」
 リートは矢を放った。
 正確に標的を射抜いたと思われた矢は、だがしかし、打撃を与えた様子はない。
「どうして!?」
「酸だ!」
 揺れる波に合わせて形を変えるソイツを注視していたモンドが叫んだ。金属は酸に弱い。矢尻が脆くなれば、たいした打撃を与える事は出来ない。
「じゃあどうすればいい!?」
 全身を濡らしたままクルスソードを引き抜いたオルトルードが苛立った声を上げる。今にもサリトリアを捉えそうなモンスターを、エヴァンのブラックホーリーが再び沈める。それも、時間稼ぎにしかならない。エヴァンとて、際限なく魔法が使えるというわけではないのだ。
「矢を!」
 リートの手から引っ手繰るようにして1本の矢を奪うと、蛍夜は印を結んだ。彼の体が赤く、炎に包まれたかのように光を纏う。
「これで行ってみろ!」
 バーニングソードの力を得た矢を再びつがえて、リートは弓を引き絞った。
 今度は少なからぬダメージを与えた。
「サリトリア様!」
 メリーアンをジラルティーデとモンドに預けたフローラがサリトリアの名を呼んだ。即座に陸へと上がったサリトリアを追い、形を持たぬモンスターが水から姿を現す。青い色が、岸辺の土に上がったその瞬間、青白い光が周囲に走った。フローラが仕掛けていたライトニングトラップが発動したのだ。
 それがトドメとなったようだ。青いモンスターはどろりと地面の上に流れて動かなくなった。
「‥‥怪我はないか?」
 モンスターが完全に沈黙した事を確認し、背後に庇っていたメリーアンを振り返ったジラルティーデが尋ねる。震える声で返事をしたメリーアンに、フローラがぎゅっと抱きついた。
「もう、大丈夫です。大丈夫‥‥」
「あー‥‥お嬢さん方」
 こほんと咳き払った後、大仰な溜息をついて、モンドは座り込んだ娘達の姿にぽりぽりと頭を掻く。
「いいから、その‥‥早くだなぁ」
 きょとんと首を傾げたメリーアンに、モンドの中で何かが切れた。
 もはや抑えようとして抑えきれるものではない。ずっと、それこそギルドで依頼を受けた時から胸の奥で燻り続けていた思い。
−説教してぇ‥‥。
 溜めに溜め込んだ思いが今、堰を切って溢れ出て来る。
「お前さんは年頃の娘だって自覚があるのか? そもそもだ。キャメロットまで1人旅をするなんて、親御さんに心配をかけるような真似はだなぁ」
 突然始まったお小言に、オルトルードは髪から滴る水滴を拭う事すら忘れてモンドを見つめた。そして、もう1人‥‥。
「親御さんの心痛を思うと俺ァ‥‥」
 何故だろう、とフローラは思った。
 何故、自分までモンドの前に座らされて説教を大人しく聞いているのかと。
「おい、聞いているのか?」
 爪先で地面を叩いたモンドに、フローラはとりあえず返事を返した。説教されている本人は、モンドの説教をこれっぽっちも聞いていないようだったので。
「この仕事、最大の敵は彼女のような気がする」
 ぽつり呟いたオルトルードに、呆れ半分にモンドのお説教を眺めていた蛍夜は肩を竦めるに留めた。

●祈りの祠
 頂は、山裾よりも幾分涼しかった。
 泉で水に濡れた髪も吹き抜ける風の中で乾き、モンスターに襲われた衝撃もおさまり、メリーアンは落ち着きを取り戻している。ついでに、モンドから受けたお説教も流れてしまったようだ。すっかり調子を取り戻した依頼人に、ジラルティーデは額を押さえた。
「立ち直りが早いのはいいのだが、しかし‥‥」
 楽しげな依頼人のお陰で、一行は和気藹々のピクニック状態となっている。
 あまり人と深く接する事がなかった彼は戸惑うばかりだ。
「いいのではないか? 彼女も、今が一番幸せな時なんだ」
 目を細めたサリトリアに、そんなものかとジラルティーデは改めてメリーアンを見た。確かに、彼女の言動は多少浮かれているようにも見える。
「‥‥そうだな」
 微笑ましいと感じるのは、彼自身にも何らかの心境の変化があった為か。
 ふ、と彼は笑った。
「どうやら、思った以上に感化されているらし‥‥」
「もうすぐ祠のある場所だ。先に、中を偵察し‥‥っと、言っている先から走らないッ」
 オルトルードに襟首を掴まれたメリーアンに、ジラルティーデは自身の言葉を下方修正した。
「祠には大柄なゴブリンがいるんだったな」
 そんな騒ぎを見て見ぬふりをした蛍夜の言葉に、エヴィンもクルスソードの柄を握る。泉のモンスターを相手に幾度か魔法を使った彼は、パピヨンとの戦いに備えて剣技で対応するつもりらしい。
「先に行く」
 言い置いて、蛍夜は駆け出した。
 メリーアンから聞いた話からすると、祠にいると思われるのはホブゴブリン。姿の見えないモンスターよりもやりやすい上に、力任せが通用する相手だ。
 注意すべきは、祠を汚さない事。
 気合いを込めた蛍夜の叫びが、静かな頂きに木霊する。それは、祠のホブゴブリンを誘い出す効果もあった。
「とぉりゃぁッ!」
 蛍夜の渾身の力を込めた上段からの一撃が、最初の1匹を斬り伏せる。軽く体を捻り、続く2匹目にも鋭い剣撃を浴びせた。けれど、それはトドメを刺すには至らなかったようだ。
 すかさず、リートが放つ矢が2匹目を襲う。今度こそ、矢は彼女の思う通りに敵を貫いた。ホブゴブリンが振り上げた斧も、離れた場所から矢を放つリートに届かない。
 風が吹き抜けていく僅かの間に、彼らの息の合った連携プレイによって、数匹のホブゴブリンは地面に倒れた。

●誓いの花冠
 色とりどりの花が揺れ、蝶が戯れる様は絵画のように美しい。
 最終目的地に到達して、目を輝かせるメリーアンの手は、オルトリードのそれにしっかりと繋がれている。キャメロットからここまでの間に、メリーアンの行動パターンを把握した彼女の見事な先制攻撃である。
「花畑は荒らさないようにしないと‥‥な」
 ゴブリンとの戦いで魔法を温存したエヴィンは、殲滅すべき蝶の姿を見定めるとクルスソードを掲げた。花園を踏み荒らさないようにするには、出来るだけ蝶を花から引き離す必要がある。
 放たれたブラックホーリーが、蝶に対する宣戦布告。
 一斉に向かって来る無数の蝶に、フローラがクリエイトエアーでメリーアンの周囲に新鮮な空気を満たす。万が一に備え、蝶の燐粉を防ぐ為だ。だが、その全てを防ぎ切れるわけではない。
 風上に陣取った彼らに襲い来る蝶の群れを十分に引きつけて、ジラルティーデは手にしていた毛布を投げた。ふわりと舞った毛布が地面に落ちると同時に、半数以上の蝶が姿を消す。
「お‥‥おい?」
 口元に布を巻き付けたモンドの疑問形に上擦った声に、ジラルティーデは毛布の端を押さえて仲間達を振り返った。
「例えモンスターでも、この自然界の一部。無駄に命を奪いたくはない」
 毛布から漏れ、逃れた蝶の燐粉で自身が傷つきながらも、きっぱりと言い切ったジラルティーデに、サリトリアは頷いた。
「後で、治してやる。‥‥メリーアン!」
 ジラルティーデの意を汲み、襲って来る蝶のみに攻撃を絞ったリートの矢が、エヴィンのブラックホーリーが援護をする中、メリーアンは真っ白い花で花冠を編み始めた。
「焦らなくてもいい」
 彼女の夢を叶える為に、彼らはここにいる。花冠を作るだけの時間は十分に取ってやると、サリトリアは微笑んで白い花を摘んだ。
 フローラとオルトリードも、彼女の為に花を摘む。
 冒険者達に守られて、花嫁の冠は完成した。
 彼らの祝福を具現化したかのように、それはそれは見事な花冠が。

●一件落着?
「さて、一件落着だな」
 戦闘もさる事ながら、今回の依頼はモンドにとって幾重にも思いが重なったものであった。今にも涙ぐみそうなその心の内を知る蛍夜も、しみじみと頷いて相槌を打つ。
「彼女には幸せになって貰いたいものだ」
「ああ」
 温厚そうな青年の隣に立ち、大きく手を振るメリーアンに手を振り返して、モンドは踵を返した。
 依頼は果たした。
 もはや、この村に留まる理由はない。
「帰る」
「モンド、依頼料はアーマーの裏にでも隠しておけよ」
 蛍夜の忠告に、モンドは不思議そうな顔で首を傾げる。しかし、彼が蛍夜の忠告の意味に気づくのは、帰宅し、家族の手によって依頼料を取り上げられた後の事であった。