【聖ミカエル祭】君のために
|
■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 91 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月26日〜10月05日
リプレイ公開日:2006年10月10日
|
●オープニング
●悪魔を退治した大天使を称える豊饒の祭り
「今年は聖ミカエル祭を盛大に行おう」
商人ギルドマスターは集まった代表者達に口を開いた。商人達は互いに顔を向け合い、何か言い淀むような表情だ。
「‥‥この時期に聖ミカエル祭を行うのですか?」
この時期に――。言いたい事はギルドマスターにも分かっていた。先の園遊会での噂はキャメロットはおろか、広い範囲に渡っている。
――悪魔の不穏な動きとラーンス・ロット卿のアーサー王への裏切りのような行為。そして円卓の騎士達の不和‥‥。
「9月29日に大天使ミカエルを称える『聖ミカエル祭』を各地で行なうのは慣わしではなかったか?」
――聖ミカエル祭。
秋の訪れたイギリスの商人達にとって一大イベントの一つである。
この祭りに欠かせないものに3つのGというものがあり、『手袋(Glove)』、『ガチョウ(Goose)』、そして『生姜(Ginger)』を指す。
手袋には、本来決闘を申し込むという意味があるが、左手の場合、市場に店を開く許可の印として成り立っていた。普段はきちんとした出店許可証が無ければ露店を開く事ができないが、この祭りに限って名目上は左手の手袋だけで済むのである。要するに、他のギルドに加入している者が出店していないかの簡単な審査はあるという訳だ。ミカエル祭の月に入ると巨大な手袋が街中に溢れ、活気に漲る。
ガチョウは、この時期収穫しやすい鳥で、饗宴などの主食として登場する。一度ローストしたガチョウに丁寧に羽を付け直してあたかも生きているような感じに見立てる料理が酒場でも見られるようになり、この料理を『イリュージョン・フード』と呼ぶ。
生姜は料理の中に添えられる薬の一つとして伝えられているが、何より、偉大な天使に捧げる供物の1つとして成り立っており、聖ミカエル祭では必要不可欠なものだ。
聖ミカエル祭が近づくに連れ、各地から露店を開くべく人々が街を訪れ、広場は活気に満ち溢れたものである――――。
商人ギルドマスターは再び口を開く。
「このように不穏な噂が流れる時だからこそ、人々の活気を向上させねばならない。聖ミカエル祭を大いに盛り上げて、噂など吹き飛ばそうではないか!」
確かに塞ぎ込んでいては、悪魔に付け入る隙を与えかねない。商人達は威勢の良い声を張り上げ、異論がない事を告げた。
こうして各地へ聖ミカエル祭を行う知らせが届けられたのである。
●悪魔を退治した大天使を称える豊饒の祭りの名のもとに
「‥‥聖ミカエル祭か」
その知らせを伝え聞いたサウザンプトン領主は、しばし考え込む素振りを見せた。
「サウザンプトンでは、商人ギルドに露店の区画割りを一任しました。出店希望者の申請は締め切られており、割り振りの段階に入っています。揉め事等が起きた場合も、商人ギルドが対処するそうです。以上」
淡々と、銀髪の青年は報告を続ける。
この領主は甘やかすとロクな事がないのだ。
「次に、秋の収穫についてですが」
「聖ミカエル祭か」
大仰な溜息をついて、領主は窓の外へと視線を投げる。
「聖ミカエル祭‥‥か」
「‥‥‥‥」
くるくると羊皮紙を丸め、補佐役でもある青年は無駄のない動きで踵を返した。彼は、「また」何やら思いついたらしい。相手をしていては仕事が進まない。
「ヒュー。悪魔を退治した大天使を称える豊饒の祭りに、我々もぜひとも協力しようではないか!」
来た。
来ると思っていたが、やはり来た。
心底嫌そうに、彼は主を振り返った。
「協力、ですか。しかし、お言葉を返すようですが、露店の管理から揉め事解消まで、サウザンプトンはいっっっさいを商人ギルドに任せてあります。貴方の出る幕は全く、これっぽっちもございません」
丁寧な言葉の中に散りばめられた棘を気にする様子もなく、彼は頑丈な執務机の上で指を組んだ。
「ああ。それは商人ギルドに任せる。だが、我々は悪魔を退治した大天使を称える豊饒の祭りを盛り上げる事は出来る。嗚呼、悪魔を討ち払い、地上に豊饒をもたらせし偉大なる大天使! 我らはその名を称えて更なる豊饒の為に力を尽くさん!」
「‥‥参考までに、更なる豊饒がどのような物なのかお聞かせ願えますか」
口元を引き攣らせた従者に、領主は胸を張る。
「豊饒、つまりは実り豊かな大地。だが、大地だけでは実るにも限界がある。そこで、サウザンプトンの人口を増や‥‥」
領主の顔面に、ぶ厚い羊皮紙の綴りが直撃した。
間髪を入れず、その襟首が締め上げられる。
「ヒュー‥‥仮にも俺はサウザンプトンの領主‥‥だ‥‥‥‥ぞっと」
非難の声も、額に青筋を浮かべた従者の鬼気迫る勢いに小さくなっていった。
「じょ、冗談だ‥‥」
「ほう? そんな面白い冗談を言うのはこの口ですか?」
口元を抓り上げられて、領主は情けなく悲鳴をあげる。
「悪かった! 悪かったってば! ただ、俺は皆が祭りを楽しめるよう受け入れ態勢を整えようと!」
怒りが収まらぬ様子の従者に、領主は痛む頬を押さえて唇を尖らせた。
「‥‥少しでも大勢の人が来て、サウザンプトンの街を楽しんでくれればいいと思ったんだ。俺達が祭りに一線を引いていたんじゃ、訪れる人達も居心地悪いじゃないか。それに‥‥」
拗ねた領主は、従者から視線を逸らしてぼそりと呟いた。
「ツィアも、もうすぐ島に帰るし」
やれやれと、彼は銀の髪を掻き上げる。お祭り好きの主が面白がっているだけではないと、とりあえずは認めてくれたようだ。上目遣いに彼を見上げ、領主は尋ねた。
「そこで、だ。人を呼ぶ為に1人につき1枚限り、露店で売られている品を半額で購入出来る券を特典につけようと思うんだ。例えば、一緒に祭りを楽しんでいる相手が気に入った物を買ってあげたり、恋人、友人への土産にしたり。商品の差額は俺達持ち。‥‥いいか?」
「仕方がありませんね。ただし! 収穫はそこそこあったとはいえ、我々の財政にさほど余裕があるわけではありません。我々が負担出来るのは1Gまでです。また、調整や準備に割く時間分、貴方にはちゃんと仕事をして貰わなければ」
ぱぁと表情を輝かせた領主に、従者が苦笑を漏らす。
「全く、私は甘い」
嬉々として、机の上の書類にサインをしていく領主は知らない。
自分を甘いと言った彼が、負担金額と露店側で発生する利益を頭の中で素早く計算し、どうやって商人ギルドに手数料交渉を持ちかけようかと考えを巡らせていた事を。
●リプレイ本文
●駆け引き
「この髪飾りはルクレツィアの髪によく似合うのである」
露店に並んでいた鮮やかな緑色が基調の髪飾りをうんしょと持ち上げると、リデト・ユリースト(ea5913)はフードを目深に被った少女の元へと飛んだ。布の下に覗く金髪に髪飾りを当てると、満足げに何度も頷く。
「うむ。赤い石はルクレツィアの瞳の色と同じであるし、やはりこれにするのである」
「まあ、ありがとうございます」
少女は自分の髪に飾られた新しい髪飾りを指で確かめると、嬉しそうに微笑んだ。
「でも、よろしいのですか? 先ほども、焼き菓子を買って頂きましたのに」
「食事の代金は男が持つのが当たり前なのである! でもって、髪飾りは私からルクレツィアへの贈り物なのであるからして」
少女の肩で胸を張って断言したリデトの言葉に、物陰に潜んでいたネフティス・ネト・アメン(ea2834)がアレクシスの脇腹を突っつく。
「‥‥ですってよ、アレク」
先ほど、しっかりと奢らされてしまったネティの険を含んだ物言いに、サウザンプトンの領主は身を竦めるしかなかった。
「仕方がないだろ。俺の金は差し押さ‥‥いや、そんな事はどうでもいい!」
「そう、どうでもいい事ですわ」
先ほどから不穏なオーラを醸し出していたレジーナ・フォースター(ea2708)が、怒りに震えながら拳を握り締める。
「どうしてっ、なんでっ! 私達が出歯亀よろしく物陰から彼らの様子を覗かねばならないのでしょうッ」
「落ち着いて下さい、レジーナさん」
まあまあと宥めにかかったのはアレクの従者、ヒューイットだ。
手品よろしく彼の手に現れた薔薇のブローチが、素早くレジーナの胸元に飾られる。
「あら」
途端にレジーナの纏っていた雰囲気が幸せ色に変わる。
「さすがだわ、ヒュー」
それに比べて、とネティはじろりと領主を睨んだ。折角、おめかしして来たのに彼は気付いた様子もなく、挨拶もそこそこに彼女とレジーナを巻き込んで従妹の追跡を始めたのだ。
「いいけど、別に」
ふて腐れたネティは、目の前に突きつけられた小さなスプーンに眉を寄せた。
「何よ」
「やる」
視線を従妹から外す事なく、短く告げられた言葉に、ネティは怒鳴りつけたい衝動を無理矢理に抑え込む。ここで怒鳴っても何にもならない。でも、目の前の唐変木は腹立たしい。怒りに震えるネティに、ヒューが苦笑しながらそっと耳打ちする。
「一応は、ネティさんに幸運が訪れるようにと選んだ物です」
「一応って何よ、一応って」
引ったくるようにスプーンを奪うと、ネティはつんとそっぽを向いた。
「一応、貰っておいてあげるわよ。一応ね」
そんな遣り取りに、レジーナはくすくすと笑った。
その笑みに、ネティが右の眉を跳ね上げる。
「どうしたのよ、レジーナ。なんか余裕って感じ?」
そっと、レジーナはヒューの腕に腕を絡めた。
「そう見えます? ならば、きっと心の余裕が現れているのでしょうね」
「‥‥余裕?」
楚々とした仕草で微笑んでみせたレジーナは、どこの令嬢かと思わせる程に上品だ。
「ええ、とある司教様から色々とご助言頂いたのですわ」
司教、と繰り返したネティに、大きく頷く。
「とある方限定の駆け引き方法から、その方の好みに合わせた受け答え等々の懇切丁寧な演技指導、押し倒し方まで! 本っ当に参考になりましたわ」
「それは、騙されてますね」
笑顔できっぱりと言いきったのは、限定された「とある方」だ。
「え?」
「騙されてるわねぇ、レジーナ。‥‥あの甥馬鹿司教がそう簡単に攻略方法なんて教えてくれるはずがないじゃない」
ほぉ、と深く溜息をついたネティの言葉の意味をレジーナが理解したのは、耳に届いてから数十秒後の事であった。
●お土産探し
「‥‥あ」
人混みの中で誰かにぶつかりかけた所を寸前で引き戻されて、光城白夜(eb2766)は腕を掴んだ相手にぺこりと頭を下げた。
「ごめん‥‥ありがとう」
ぼそぼそと呟いて去って行こうとする白夜に、アルテス・リアレイ(ea5898)は大袈裟に嘆いてみせる。
「もう、折角のお祭りなのに、キミ、どうしてそんな顔しているのかなぁ」
「‥‥人混み、苦手だから」
またもぼそぼそと返って来た答えに、アルテスは我が耳を疑った。
「え!? 人混みが苦手なのにお祭りに来たの!?」
「‥‥本当は、来るの‥‥ボクじゃなかったから」
やはりくぐもった声で答える白夜に、アルテスは首を捻る。
「代理で来たって事? じゃあ、その人に買い物を頼まれたとか?」
ふるふると首を振る白夜。
「‥‥えーと‥‥欲しい物があったとか?」
「欲しい物‥‥」
考え込む素振りを見せて、白夜ははて? と首を傾げた。
「ボクの血の一滴まで賭けて争えるような、ダークな戦闘が出来る最強の敵?」
疑問系で言われても‥‥。
アルテスの頬が引き攣る。
「そーゆーもんは、ギルドに行けば売ってるんじゃないかなぁ」
「‥‥売ってないと思うけど?」
分かってるなら言うな!
アルテスの頬が、引き攣りを通り越して痙攣した。
「ああ、もう! じゃあ、僕と一緒に見て回ろう? 袖擦り合うもなんとかって言うもんね。‥‥あれ? 違った?」
穏やかな口調だが、有無を言わせぬ雰囲気に飲まれて、白夜はこくりと頷く。
だが、頷いた白夜の首が元の位置に戻るより早く、アルテスは彼の腕を掴んで目当ての店へと向かった。
「実はね、さっき一通り回った時に、いいなって思う物があったんだ。そこ、色々あったからキミに似合う物も探してあげるよ」
こくこく。
頷きを返しても、人混みを掻き分けつつ前進するアルテスは見ちゃいない。
「あ、よかった。ラブノット、まだ残ってる」
店員から受け取った品を、アルテスは白夜へと見せた。
それは、小さな細工物だ。
「これを銀のネックレスに通すと‥‥可愛い首飾りになると思わない?」
言われてみれば、と白夜は同意を返す。
「うん、やっぱりこれにしよう。おじさん、ネックレスと一緒に包んでね。‥‥で」
くるり、アルテスは白夜へと振り返った。
「キミなんだけど‥‥僕より、このお嬢さんがうずうずしているみたいだから」
「‥‥え?」
アルテスが体をずらすと、そこにフードをすっぽりと被った少女が1人、佇んでいた。手に持っているのはふわふわもこもこの「何か」だ。
「ルクレツィア、よっぽど気に入ったのであるな」
その肩に座っていたシフールはやれやれと呟くと、少女から受け取ったふわもこを抱えて白夜の頭上に降り立った。
「ちょっと、あんた、何を」
「きゃあ♪ やっぱりお似合いですわ! あ、これもこれも!」
凄みかけた出鼻を挫かれて、白夜は呆然と少女を見た。
これも、と言った彼女が手にしていたのは同じくふさふさもこもこの「何か」だ。
「うん、ちょっと待っててね」
それを少女の手から取ると、アルテスは素早く白夜の首に巻き付けた。
「あら‥‥こうなるとお耳とか尻尾も欲しくなりますわね」
「でも、そういうものは露店では扱っていないのである。あ、ルクレツィア、フードがずれているのである!」
「はぁい」
フードを直して、少女は白夜の周囲をぐるりと回る。頭の天辺から爪先までじっくりと観察して、彼女はぱんと手を叩いた。
「可愛いですわ! 絶対!」
絶対と言われても‥‥と思いはしたものの、それを白夜が口にする余地はなかった。
「はい、おじさん、この方はこれでお願い致しますわ!」
「毎度。いやあ、本当にツィアちゃんは商売上手だなぁ」
どこが、とアルテスと白夜は同時に思う。
勿論、声には出さずに互いの心の中だけで、だ。
何故、こんな事になったのだろうかと疑問を感じつつも代金を支払う白夜の耳元で、碧色の髪をしたシフールがぽんぽんと肩を叩きつつ囁いた。
「ルクレツィアはサウザンプトン最強なのであるからして、仕方がないのである」
最強という単語に、我に返った白夜の目に映ったのは、ただ楽しげに行き交う人の群ればかりであった。
●異国の地で
「賑やかですね!」
はしゃいで振り返るシェアト・レフロージュ(ea3869)の姿に目を細めて、ラファエル・クアルト(ea8898)は頷いた。今にも踊り出しそうな軽やかな足取り、見知らぬ相手にも惜しみなく向けられる笑顔、楽しげな笑い声。その全てが眩しく愛しい。
「ほらほら、気をつけて。はぐれちゃうわよ」
笑み混じりのラファエルの言葉に、シェアトはくすくすと笑うと愛猫のイチゴを抱き上げ、彼の腕に押しつけた。
「そうですね。では、この子をお願いします」
「うーん、イチゴちゃんだけじゃなくてね」
きょとんと自分を見上げてくる猫の頭を一撫でして、ラファエルは肩を竦めた。楽しんでいるシェアトにこれ以上は無粋だと、彼が考えたそのすぐ後に、
「ああっ、言った傍から! シェアトさん!?」
人混みに紛れ、姿が見えなくなったシェアトに、慌てて周囲を見回す。
「シェアトさん? シェアトさん!?」
腕の中のイチゴが、大声をあげながら走り出したラファエルに不満の声を上げる。
「ごめん、ごめんね、イチゴちゃん。でも、少し我慢してて」
頭に巻いた布が外れた事にも気付かずに、彼はシェアトの姿を探して露店の建ち並ぶ大通りを走った。悪い想像が焦りを呼ぶ。それを振り払うように、ラファエルは、もう1度彼女の名を呼んだ。
「シェアトさん!?」
「? はい?」
集まっていた人垣が割れた。
その真ん中で、探し求めていたシェアトが小さく首を傾げている。
安堵で、ラファエルはその場でへたり込みそうになった。
「どうかしましたか? ラファエルさん」
早口のイギリス語で捲し立てる人々の顔は明るい。訛りの強い、聞き取りにくい言葉をそれでもいくつか拾って判断するに、どうやらシェアトは彼らの前で歌っていたらしい。その透明で美しい歌声を、見知らぬイギリスの民が賞賛しているのだ。
「もう、驚かせないで」
覗き込んで来たシェアトに腕を伸ばして抱き寄せる。
「ラ‥‥ラファエルさん!?」
突然の事に動揺したシェアトは何度か瞬きを繰り返し、やがてゆっくりと微笑みを浮かべた。イチゴを抱えたまま、片方の腕をラファエルの背に回す。
「心配、して下さったのですね」
「当たり前でしょ」
シェアトの腕を伝ってラファエルへとよじ登ったイチゴが、彼に同意するように激しく尻尾を振る。
「ごめんなさい。イチゴもごめんなさいね。でも‥‥」
そっと、シェアトは顕わになったラファエルの頭へと手を伸ばした。
「この帽子を見つけて。ラファエルさんに似合いそうな色でしたし、それに‥‥」
不意に、シェアトは言い淀んだ。
伸ばした手がいつの間にかラファエルの手の中にある。
「あの?」
「ありがとう、シェアトさん。後で渡そうと思っていたんだけど、でも、今、渡しちゃうわ」
白く細い指を、柔らかな感触が覆う。
「寒くなって来たら、使ってね。‥‥あ」
手を見つめ、真剣な表情で考え込んだラファエルを、シェアトは不安そうに覗き込む。深刻な表情は「仕事」の時以外、滅多に見せる事がないもので、彼女の不安を一層煽る。
「ラファエル‥‥さん?」
「え? あ、何でもないわよ。これを渡しちゃったら、寒さを口実に手を繋げなくなるなんて、そんな事全然考えてないわよ」
困り顔で、それでも何とか笑みを見せてくれるラファエルに、シェアトは思わずといった様子で吹き出した。
「え? え? どうかしたの? シェアトさん?」
「手は‥‥」
笑い過ぎて滲んだ涙を指先で拭い、シェアトは手袋をしていない方の手をラファエルへと差し出す。
「手は、寒くなくても繋げるじゃないですか」
差し出された手と彼女の顔とを何度か見比べて、ラファエルは見惚れるような笑みを見せた。
「そう‥‥そうよね」
●世界で1つだけ
幸せそうに手を繋いで歩く2人の姿にふと足を止めて、マナウス・ドラッケン(ea0021)は口元に微かな笑みを浮かべた。
「相手がいてよかったな」
2人で楽しんだ祭りは、きっといつまでも思い出に残るだろう。
「さて、こっちもそろそろあいつらの土産を探しますか」
あちこちの屋台を覗いてはみたものの、これと言う品には未だ巡り合っていない。
「見てっておくれ、お兄さん!」
枯れた声を張り上げ袖を引いた老婆の店に彼の目に適う品があるとは思えない。だが、一生懸命な老婆を無碍に扱えるはずもなく。
「いい物はあるのか?」
「これなんかどうだい?」
山と積まれたガラクタの中から、老婆は1本の剣を抜き出してマナウスへと差し出す。鞘を払えば、それは刃の欠けたショートソードだった。
期待の篭った眼差しに、マナウスは首を振った。
「悪いが、俺は武具よりも知人への土産を探しているんだ」
この店では扱っていないだろうが。
そうは思ったが、真剣な老婆には最大限の礼儀を払うべきだ。
しばし考え込んで希望を口に乗せたマナウスを、突然に伸びた乱暴な手が突き飛ばす。
「いい剣じゃないか。こんなエルフの優男には勿体ねぇぜ」
酒臭い巨漢が、老婆が持っていたショートソードを奪った。
「俺の手にある方が、剣もよっぽど幸せってもんだ。こいつの代わりに、俺が貰っておいてやろう」
この祭りでは、揉め事解決も商人ギルドが請け負っている。冒険者ギルドに属するマナウスが対応する必要はない。
だが。
だからと言って横暴を見過ごす事など出来ない。
「‥‥少しは」
「ああ?」
恫喝するようにマナウスへと体を傾げた男に、彼は目を眇めた。おろおろと助けを求めて周囲に視線を走らせる老婆の姿が目の端に映る。
「少しは見る目というものを養え。剣を見る目も、人を見る目もだ」
軽く腕をねじ上げただけで、男はみっともなく叫んだ。その手から飛んだショートソードを掴むと、マナウスは男を見向きもせずに老婆へと差し出した。
「これは、俺には必要ない。俺が欲しいのは、知人への祭りの土産なんだ」
剣を受け取った老婆が呆然と礼を告げるのに苦笑して、マナウスは踵を返す。
「っ、そうだ! 待っとくれ、お兄さん!」
マナウスを呼び止めると、老婆は陳列台代わりの箱の中から銀の髪飾りと星の形をした砂の入った小瓶を取り出した。
「‥‥良い品だな。貰おうか」
露店を巡る間にマナウスは気付いてしまった。
金を積んで買える物はいくらでもある。だが、欲しいのは、大切な人達に贈る世界にたった1つだけのもの。彼の想いが込められた品であるべきだ。
銀の髪飾りを手の中に握り締めて、彼は笑った。
「後でルーンを刻むかな」
いつでも、彼の想いが大切な人を守ってくれるように、と。