【Evil Shadow】Quiet! and Quick!

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:7〜13lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 1 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月29日〜10月05日

リプレイ公開日:2006年10月15日

●オープニング

 シフールが運んで来た依頼は、キャメロットから離れている円卓の騎士、トリスタン・トリストラムからのものであった。
「トリスタン? どうしてトリスタンがシフール便で依頼を送って来るんだ?」
 シフール便に託された依頼に、冒険者は眉間に皺を寄せた。受付嬢も困ったように頬へと手を当てる。
「さあ‥‥。この手紙には詳しい事は書かれていないみたいですが‥‥」
 書状が入っていた筒を逆さにしても、他に何も入っている様子はない。
「でも、トリスタン卿が皆さんの援護を求めているのは事実ですし」
「それは分かっている」
 渋い顔をしていた割にあっさりと頷いて、冒険者は受付嬢の手から羊皮紙を引ったくった。他の冒険者達も彼の手元を覗き込み、あれよあれよの間に受付嬢は輪の外へと追い出されてしまう。
 ぷんすかむくれる彼女を気に留める者は誰もいない。
「‥‥デビルに操られていると思しき男?」
 真っ先に目に飛び込んで来た単語に、冒険者達は深刻な顔で互いを見合う。
「確か、トリスタンはラーンス卿の襲撃を企んだ連中を調べてたんだよな」
 実行犯の対処をギルドに依頼し、自身は悪企みした貴族に対して手を打つ、と。
 それは、つい先日の話だ。
「ならず者達の始末がついたばかりだし、トリスタンがキャメロットを出たのも「それ」絡みという可能性は高いが‥‥」
 だが、今は彼の行動について議論している場合ではない。
「ああ、部下を連れて行ってるらしい。って事は、トリスとしてじゃなく、トリスタンとして動いているわけか」
 彼と数人の部下達が、デビルに操られている可能性が高い男をキャメロット近郊まで追っていたという。そして、追いつめられた男は小さな村に逃げ込み、村人を人質にして立て籠もったらしい。
「トリスタンと配下の騎士達が村を包囲している間に、村に潜入、村人を救出して男の身柄を確保しろ‥‥か。簡単に言ってくれる」
 苦く笑って、冒険者は羊皮紙を卓の上に放り投げた。
「デビルに操られているかもしれないんだろ? 正気を失っていると考えてもいいわけだ。村人に危害を加える事も躊躇しないだろうし‥‥」
 手勢から考えて、周囲を包囲し、逃走の手段は封じるのが精一杯だろう。相手がただの人間だと言うのならば、数を割いて強襲も出来ようが、デビルに操られているというからには万が一の事も考えられる。
「‥‥まぁ、操られているだけなら問題はないだろうがな」
「魔法の使い手であるとか、そういう可能性も考えての事だろう」
 ふむ、と羊皮紙を前に、彼らは考え込んだ。
 トリスタンの依頼にある通り、作戦の班を分ければより確実だろう。
「人質となっている者達を救出する班と、陽動し、人質救出後に男を押さえる班、だな」
 どちらも難易度が高い。
 相手の状態が掴めない以上、不測の事態も起こり得る。
 人質の安全の為には、陽動班が男を人質から気を逸らし、離れるまで「冒険者」と気付かれるわけにもいかないのだ。
「気を抜くな。1人の被害も出さず、依頼を完璧にやり遂げるつもりで行こう」
 囁かれた決意の言葉に、彼らは力強く頷いたのだった。

●今回の参加者

 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 ea8065 天霧 那流(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9957 ワケギ・ハルハラ(24歳・♂・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0379 ガブリエル・シヴァレイド(26歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 eb2287 ソウェイル・オシラ(22歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb3361 レアル・トラヴァース(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●状況確認
 彼らが依頼人であるトリスタン・トリストラムと合流したのは、真夜中近い時間であった。
 真暗闇が周囲を包む中、村を囲む彼らの陣は大量に用意された松明が、明々と照らし出している。騎士達の動きも活発だ。
「お疲れ様です」
 陣の一番奥にある天幕の入り口にかかった布を手で払うと、御法川沙雪華(eb3387)は到着した仲間達に向かって深々と頭を下げた。
「はい、お疲れ様です。それで、トリスタンさんは?」
 ワケギ・ハルハラ(ea9957)の屈託ない言葉に、沙雪華はほっと息を漏らし、頬を緩ませる。そんな彼女の様子に、ワケギは状況が思っていた以上に緊迫している事を知った。
「中で皆様をお待ちですわ。どうぞ」
 背後の仲間と視線を合わせると、ワケギは沙雪華に続く。
「沙雪華さんは馬で先行して、村の様子を探っていたんですよね。で、どうでした?」
「あまり良い状況とは言えません」
 蝋燭の光を囲み、真剣な表情で語らっていた者達が顔を上げた。
「よ、皆、無事に着いたようや‥‥」
 軽く片手を挙げたレアル・トラヴァース(eb3361)の言葉を最後まで聞く事なく、シャンピニオン・エウレカ(ea7984)は勢いよく彼の頭の上に降り立った。ぐっと喉を詰まらせたかのような呻き声を漏らすレアルに一言謝罪を入れると、シャンピニオンはきょろきょろと辺りを見回す。
「ねえ、キミ達だけ? トリスタン様、トリスタン様は? まさか、どこかへ行っちゃったなんて言わないわよね!?」
「シャンピニオン‥‥」
 一向に頭の上から降りる気配の無いシャンピニオンに、レアルは大仰な溜息をついた。
 見れば、エスリン・マッカレル(ea9669)も落ち着きなく視線を動かしている。
「ええんやけど、別に」
 一足早くやって来て、既に一仕事終えている自分に何の労いの言葉もないのかと項垂れたレアルの肩を、ぽんぽんと小さな手が叩いた。ふと顔を上げると、ガブリエル・シヴァレイド(eb0379)が手を伸ばしている。
「いい子いい子なの〜」
「‥‥うんうん、ありがたいねんけどな‥‥」
 素直にカブリエルの好意を喜ぶべきか。
 それとも同情か哀れみかと嘆くべきか。
 複雑に揺れる心を押し隠し、仕事に戻ろうとしたレアルを更なる不幸が襲った。
「あーっ!」
 そんな叫びと共に、彼の顔目掛けて飛んで来たのは籠。
 しかも、秋の恵みがいっぱいに詰まっていた。
「あーあ、折角リスちゃんの為に持って来たのにぃ」
「残念なの〜」
 レアルそっちのけで、果物を拾い集め始めたソウェイル・オシラ(eb2287)とガブリエルに、さすがにレアルの拳も震えた。
「‥‥キミタチ‥‥」
 林檎の直撃は結構痛かった。
 栗の毬は、かなり痛かった。
 潰れたブドウを額から剥がすレアルの頬が引き攣る。
「お気の毒様。で、沙雪華、村の様子を聞かせてくれるかしら?」
 レアルの不幸を一言で片付けて、天霧那流(ea8065)は沙雪華を見た。ワケギと言葉を交わしていた沙雪華が表情を改めて仲間達に向き直ったその時に、入り口の布覆いが揺れた。
「あ、リスちゃん!」
 足下に転がった林檎を拾い上げたトリスタンに、ソウェイルが嬉しそうに駆け寄る。蝋燭の灯りの下でも際だつ玲瓏たる美貌に、シャンピニオンは小さく口を開いたまま、ふらふらとレアルの頭から飛び立つ。
「トリスタン卿、ご無事で何よりです」
 生真面目に作法通りの礼をしたエスリンに頷き、顔の間近まで流れて来たシャンピニオンを受け止めると、トリスタンは冒険者達を見回した。
「揃ったようだな」
「お待たせしてしまったかしら?」
 那流の言葉に口元を緩め、軽く眉を上げる。だが、それ以上の反応は見せずにトリスタンは淡々と本題に入った。
「昼間、沙雪華とレアルが村の様子を探って来た。それはもう聞いているだろうか」
「‥‥いや」
 話す暇が無かったんで。
 ごにょごにょと口の中で呟いたレアルの代わりに、沙雪華が村の状況を説明する。
「ワケギさんとも少しお話していたのですが、村の人達は、もう限界が来ています」
 沙雪華の話では、村人は常に何人かで行動する事を強いられ、それを数人の男達に監視されているという。監視についている男達は、飲み、食い、気に入らなければ暴力を振るい、村人は怯えながら過ごしている。
「男達は、貴族の子弟らしき者に仕えているようです。その男こそが、トリスタン様のおっしゃっていたデビルに操られているという者でしょう」
 最後の言葉はトリスタンに向けられていた。
 冒険者達の視線が集まる中、トリスタンは微かに頷いてみせる。
「トリスタン卿」
 彼の傍らに恭しく控えていたエスリンが、キャメロットを出る時から感じていた疑問を口にした。それは、ラーンス・ロットの襲撃未遂事件からこちら、ずっと彼女の中で燻っていた疑問でもあった。
「これらの事件は、偶発的に起きたものなのでしょうか。宴でのラーンス卿の襲撃計画から、王妃様の危機、モルゴース殿の噂、そして此度の件‥‥、あまりに多くの事が1度に重なり過ぎているような気が致します」
 エスリンの疑問に、ワケギも同意を示す。
 彼自身も、王妃の事件と今回の1件の関連について考えていたようだ。
「そもそもデビルに操られているという方は、どうして村を占拠したのでしょうか? 時間稼ぎなのか、それとも他に目的があるからなのか‥‥」
 独り言のようなワケギの呟き。
「村を占拠したのは、恐らくは追いつめられての事だろう」
 きっかけは、ラーンスの襲撃計画だった。
 馬鹿な企みを引き受けた者達を冒険者に任せたトリスタンが追った首謀者の1人が、村に立て籠もっている男だという。
「調べた所、彼は人前で喋る事すら苦手で、内向的な男のようだ。私には、彼が襲撃計画を企むとは思えなかった。合わせるように、彼はキャメロットを出た。所領とは逆方向へ向かったと聞き、私は彼を追った」
 その途上、彼らは襲撃を受けたのだ。
「そうだったのですか。シフール便で送られて来た依頼だけでは詳しい状況が分かりませんでしたので、もしやトリスタン卿を狙う者の策略ではないかと思っておりました」
 安堵の表情を見せたエスリンは、しかしすぐに口元を引き締めた。
「ですが、まだ油断は出来ません。どうかお気をつけ下さい」
「リスちゃんもだけど、リスちゃんの心配事もひとつ減らすね。安心してね」
 ぐぅと両の拳に力を込めて、ソウェイルが自身に気合いを入れる。その隣で、ガブリエルがぱちぱちと手を叩いている。
「その通りなの〜。デビルの思い通りになんてさせないなのっ! 皆に笑顔を、なの〜」
 気炎を上げる2人に、他の者達も力強く頷いた。そんな中で、
「無事に村人さん解放出来たら、きっとトリスタン様も喜んでくれるよね! よくやったなーって誉めて貰えたりしたら、ボク、嬉しくて昇天しちゃうかもーーーっ♪」
 きゃあ♪
 その様子を思い描いて、シャンピニオンは朱に染まった頬を押さえ、足をバタつかせた。
「‥‥シャンピニオンちゃん、だだ漏れ、だだ漏れ」
 こほんと咳払った那流に、シャンピニオンははたと我に返る。首を巡らせれば、そこにトリスタンの整った容貌がある。瞬時に、シャンピニオンは自分がトリスタンの肩に座っていた事を思い出した。
「あっ、え、えと‥‥」
「それくらいでよいのなら、いくらでも」
 慌てて取り繕おうとしたシャンピニオンが硬直した。
「わ‥‥笑ったぁ〜」
 あまり表情を崩す事がないトリスタンの笑みを間近で見、囁かれたシャンピニオンの頭がぐらりと揺れた。そのまま地面に向けて真っ逆さまに落ちて行く彼女を、レアルが寸での所で受け止める。
「トリスタンはん〜? 仕事が始まる前に仲間にダメージ与えんといてや?」
 逆上せて目を回したシャンピニオンに風を送ってやりながら、那流はどっと疲れが押し寄せるのを感じたのだった。

●村の中へ
 村人の数はさほど多くはない。
 沙雪華とレアルの話では、家屋もまばらだったとの事だ。
「1家族が5、6人と考えても余所者が入り込めば目立つ」
 村娘の姿となったエスリンが仲間達を振り返った。
 これが大きな集落であれば少しは時間が稼げただろうが、それは期待出来そうにない。
「村に入ったら、静かに急がなくちゃって事だね」
 侵入口となる壊れた柵を見つめて、ソウェイルは那流の袖口を引いた。
「なっちゃん、行こう」
「ええ。‥‥村人には接触しているのよね?」
 再確認した那流に、レアルと沙雪華が同時に頷く。彼らの話では、トリスタンの名前を出しているとの事だった。うまく村人全員に伝わっているか、立て籠もっている男達に知られていないか、懸念事項は多々あるが、それは状況に応じて対応すればいい。
「これから朝食のようですね。男達が1ケ所に集まっています」
 テレスコープで村の様子を確認していたワケギの口調が僅かに早くなる。夜襲を警戒していた夜が明け、緊張が緩む今が好機だ。
「分かった。行こう!」
 短く告げ、エスリンが身を低くして走り出すと、ガブリエルがその後に続く。
「私、先に行ってるのなの〜」
「まだ、奴らは動いていませんが、十分に気をつけて下さい!」
 警告を発するワケギに手を振ったガブリエルの体が金色の光に包まれたかと思うと、瞬時に消えた。インビジブル‥‥、周囲の光を魔法で湾曲させて自分の体を見えなくしたのだ。那流とソウェイルの姿は既にない。次々と潜入していく仲間達を見送り、沙雪華は鷹を空へと放った。

●人質救出
「さ、静かにね」
 足下の覚束ない少女を抱き上げて、那流は背後を見た。監視についているという男達がやって来る気配はないが、念のためにとスカートの下に隠した小太刀を確認する。
「お姉ちゃん?」
「大丈夫。すぐに安全な所へ連れて行ってあげるから。そこには女の人みたいな男の人がいるのよ。見てみたいと思わない?」
「女の人の男の人?」
 怯えていた少女が興味を示したタイミングを見計らって、那流は小走りに駆け出した。
「ほら、あの子も行っちゃったよ。大丈夫だから、一緒に行こう?」
 蹲った少年が、嫌々と首を振る。
 困ったねとソウェイルが考え込んだ。そんな彼に、少年はもう1度首を振ると突き飛ばすように腕を突っぱねる。
「小さいお化けがいるんだ! お化けが来るよぅ!」
「しぃ、静かに。お化けがいるんだ?」
 こくりと頷いた少年に、ソウェイルは「仕方がないなぁ」と勿体ぶった素振りで彼の鼻の頭に指を突きつけた。
「これは、お化けが出ない、とっときのおまじないだよ。お化けが出ないなら、怖くないよね?」
 しばしの逡巡の後、少年は恐る恐る手を差し出した。
「強いね、やっぱり男の子だね」
 少しだけ勇気が出るように魔法を掛けた事は、彼には秘密。
 顔を紅潮させて得意げに笑った少年の手を引いて、ソウェイルも来た道を戻っていった。
「もうすぐ朝ご飯終わるなの!」
 何もない空間から現れたカブリエルに、何人かの村人がぎょっとして動きを止める。そんな村人達に、ガブリエルは人差し指を口もとに当てた。
「静かに、なの。大きな声出したら気付かれるのなの〜」
「朝ご飯が終わる前に、全員脱出出来るといいんだけど」
 シャンピニオンは羽根を広げると、脱出を計る村人達の先頭まで飛んだ。急かして物音を立てるのはまずいが、この調子では男達に見つかってしまう。 
「絶対に、皆を助け出すから! だから、ボク達を信じて! あの柵の外に待っている人の所まで走って!」
 この際、多少の物音は仕方がない。
 全員を村の外に出す事が先決だと、シャンピニオンは判断した。
「シャンピニオン!?」
 一斉に走り出した村人達に驚いたのはガブリエルだ。
 だが、すぐにシャンピニオンの意図を察して小さく呪文を唱える。
「ミストフィールドがしばらくは目くらましになるのなの〜!」
 野太い怒鳴り声が聞こえたのは、カブリエルが呼んだ霧が村人の姿を覆い隠した直後の事だった。
「見つかったか」
 ち、と小さく舌打ちして、エスリンは抱えていた子供を沙雪華に渡して身を翻す。
「ここは私達が防ぐ。その間に、村人達をトリスタン卿の元へ!」
「分かりましたわ」
 村人達を励ましながら、沙雪華とレアルはトリスタンの陣を目指した。陽動作戦も開始されたのだろうか。逆の方角から剣を交える音が聞こえる。
「心配するな、あっちも俺らの仲間やさかい」
 静かに、レアルは鞘を払った。
「皆、気をつけてね! この村に、小さいお化けが出るんだって!」
 少年と手を繋いだソウェイルが霧の中から飛び出して来て仲間達に注意を促した。その言葉に、追撃を警戒していた者達の表情が険しくなる。
「デビルか!」
 焦ったようにレアルが沙雪華を振り返る。だが、その情報を陽動班に伝える時間はもうない。
「彼らも予測しているはずだ。我々は、村人達が無事にトリスタン卿の元へと辿り着く事だけを考えるのだ!」
 柵の壊れた部分から逃げ出してくる村人達に手を貸していたエスリンは、殿の任を務めた那流の姿に、即座に退却の断を下したのだった。