【ハロウィン】恋の行方、占います
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■ショートシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月02日〜11月07日
リプレイ公開日:2006年11月09日
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●オープニング
●キャメロットのハロウィン
「街はハロウィンの準備で忙しそうですね。‥‥これでいいのです」
白の装束を身に纏った金髪の少女は、王宮からキャメロットの街を見下ろしていた。
アーサー王は先の一件ですっかり威厳を失っており、塞ぎ込んだまま。
街では例の噂が広がっており、信憑性をもたないものまで流れようとしていた。
不穏な空気を払うべく、ハロウィンをキャメロットで開催する事を提案したのは、ここにいるマーリンである。
――10月31日。
ハロウィンは、もともとケルトの祭「サムヘイン」と融合された形といわれている。サムヘインは11月1日に祝され、人々は先祖の魂や精霊達を迎えるために仮面をつけ、かがり火をたくのだそうだ。ジャパンで例えればお盆のようなものらしい。かぶの中に火を灯すして、彷徨う魂たちをかがり火に呼び寄せるのだ。それがジャック・オ・ランタンと呼ばれる習慣である。
この祝祭では、モンスターの扮装をした子供達が『Trick or treat』=ごちそうしないといらずらするぞ=といって夕食をねだって各家を訪問するのだ。
この夜のみキャメロットでもモンスターの仮装を許されており、民家の戸を叩いては子供達がお菓子をねだって歩き回る微笑ましい光景があちこちで見掛けられ、貴婦人達はこぞってアップルボビングで恋占いに喜怒哀楽を浮かべるに違いない。
アップルボビングとは、大きな桶の中に水をはり、そこに思いを寄せている人の名前を彫り込んだりんごを数個浮かせた後、お目当てのりんごを口でくわえてとる恋占いのようなものである。
見事1回で取る事が出来たならその恋は成就し、3回・4回と取れなかった場合、恋は終わってしまうという事を暗示している。
街はジャック・オ・ランタンのかがり火のみに照らされ、幻想的な雰囲気になるであろう。
「アーサーには刻が来たら話しましょう。今はまだ‥‥」
●恋の行方、占います
世間はいろいろと騒がしいが、こんな時だからこそ楽しむ所ではきっちりと楽しむべきだ。
そう言い切った宿のおかみに拍手を送ってしまったのが間違いだった。
「ったく、なんだってあたしがこんな事を‥‥。こら、ポチ、タマ! ウロウロするんじゃないっ! 怪我しても知らないよっ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、女は用意された盥に水を張る。宿で一番大きな盥は、桶の水1杯や2杯では満杯にはならない。何に使われている盥なのかは、聞かない方がいいだろう。
盥の大きさはともかく、水の入った桶を抱えて何度も井戸と盥を往復するのは、結構大変だ。
彼女の足元では、フードを被った小さな影が2体、右往左往している。
「割に合わないったらありゃしない」
一応は、彼女は宿屋の臨時雇いだ。
意気投合したおかみと朝まで飲み明かしたら、いつのまにか、そういう事になっていた。
‥‥飲む時には気をつけないと。
しかし、記憶が飛んでしまったとはいえ、約束は約束。守らなければならない。
他人など知った事じゃない、自分の道をイノシシの直進が如く突き進む彼女にも、最低限のルールとかモラルというものが存在する。その1つが、約束だ。
「そもそも、ハロウィンだからどうしたってのさ。精霊が騒いで死者が戻ってくるのがそんなにありがたいのかねぇ? そんなん、腐る前に死体を持って来てくれりゃ、いっくらでも‥‥よいしょっと」
些か物騒な呟きを漏らして、最後の一杯を盥に注ぐ。
「さて、と」
全ての準備は整った。
後は、道行く人々の目を集め、お客を呼び込むだけ。
しばし考え込んで、彼女は声を張り上げた。
「恋の未来が気にならないかい!? ハロウィンだからこそ見える未来を見たくないかい!?」
彼女の前を通り過ぎていく人の流れの中、ぴたりと足を止めたのは数人。
にっこり笑って、彼女はさらに煽る。
「占いの方法は簡単さ。この林檎に愛しい人の名前を刻んで水に浮かべる。見事、その林檎を引き当てたなら、あんたの恋は叶うんだ。ただし! 手は使っちゃ駄目だめだよ。口で取るんだ」
興味を持ったらしい数人が、彼女の前に置かれた盥を覗き込んで来た。
大人1人が入れるほどに大きな盥だが、水はそれほど深くない。少し顔を突っ込むだけで林檎をくわえる事が出来そうだ。
「お代はタダ! 気が向いたら、宿に泊まるなり、食堂でご飯を食べるなりしてくれりゃいいよ」
タダという魅惑の言葉に、ふらふらと盥の前にしゃがみ込む者、さらに数名。
「ちょ‥‥ちょっとやってみようかな」
頬を微かに染め、期待に瞳を輝かせた客に、彼女は愛想笑いを浮かべて林檎とナイフを差し出した。
客は、他人の目から手元を隠すように誰かの名前を一心不乱に掘り始める。
「‥‥ちょっと、そこのお兄さん! 意中の人がいるならやってかない!?」
客から道行く人々へと視線を移した彼女は、その中に独特な雰囲気を纏って歩く青年を見つけ、思わず立ち上がった。太陽の光を受けた長い金の髪が輝く。まるで、彼自身が光を放っているかのようだ。玲瓏たる美貌と何気ない仕草から感じられる品の良さ‥‥。
イケる。
頭の中で素早く計算して、彼女はにやりとほくそ笑んだ。
この青年がアップルボビングの占いをするというだけで、まず間違いなく見物人が増える。ちょっとばかり引き止めて、時間を稼げば、宿の食堂に流れる見物人も出るだろう。
「いや、私は‥‥」
やんわりと断ろうとした青年の腕を、彼女はしっかりと掴んだ。
この獲物を逃がすわけにはいかない。
「そんな事言わずにさァ‥‥。ほら、折角のハロウィンなんだし、余興だよ余興。皆で不安も何もかも忘れて、ぱぁっと騒いでるんだから、そういう野暮な事は言いっこなしだよ」
「不安を忘れて‥‥か」
青年は、その言葉に何か感じるところがあったようだ。
腕を引かれるままに、盥の傍らまでやって来た。
「いいねぇ、それでこそ男だよ! ほら、林檎とナイフ。林檎に意中の人の名前を刻むんだよ」
困ったように、青年は林檎とナイフとを交互に見ている。彼がどう困ろうが、それは知ったことではない。とにかく、客寄せにさえなってくれればいいのだ。
「ところでお兄さん、あんたの名前は?」
「‥‥トリス」
そ、と軽く頷いて、彼女はにこやかに告げた。
「刻んだ順に挑戦していくからね。時間は気にせず、好きなだけ悩んでいいよ、トリス」
●リプレイ本文
●ハロウィンの恋占い
キャメロットの一角にある宿屋がハロウィンの祭りに合わせて行っているアップルボビングの恋占いは、殊の外好評のようだった。
「看板娘が可愛いからだよねぇ」
などと、鼻高々に訪れる客の応対をしているのは、店番を任された娘である。
だがしかし。
「それで、トリス殿はどなたのお名前を‥‥、い、いえ、別に私は」
「私も興味がありますわ。ささ、私達の事はお気になさらず、一気にお刻みになって」
人だかりが出来ているのは看板娘の周囲ではなく。
彼女の背後、宿の前に置かれた木箱に腰を下ろした1人の青年の周囲であった。
「なーんか、微妙に腹が立つような?」
しかし、しかしっ!
青年は貴重な客寄せなのだ。文句を言うのは後にして、今は使えるだけ使わねば。愛想笑いを頬に張り付かせて、彼女は大きく手を叩いた。
「ほらほら、アンタ達! トリスは一番最後だよ! その前に、自分達の占いを済ましちまいな!」
「まあ、トリス様は最後ですか?」
口元に手を当てて、驚いた表情を見せたのは御法川沙雪華(eb3387)だ。
ハロウィンの賑わいに誘われてそぞろ歩きをしていた最中、人だかりの合間にトリスの姿を見つけたのだが、自身の恋占いよりもトリスが占うのを楽しんでいる感がある。
トリスの占いが気になって仕方がないのは、沙雪華と同じように彼の手元を覗き込んでいたエスリン・マッカレル(ea9669)。彼が誰の名を刻むのか、気が気ではないようだ。
「そんなに注目してちゃ、トリスだって刻みにくいじゃないか! せめて、盗み見る程度にしときなっ!」
「そういう問題でもないと思うんですれどぉ‥‥」
控えめなエスナ・ウォルター(eb0752)の呟きを耳聡く聞きつけた看板娘がぎろりと睨む。その眼光にエスナは林檎を握り締め、小さく「はぅぅ」と漏らして首を竦めた。とんだとばっちりである。
しかし、エスナの不幸はそれに留まらなかった。
気を取り直し、想い人の名を林檎に刻みかけたその時に、背後から何かがぶつかって手に持っていた林檎が勢いよく飛んだのだ。
ぽちゃんと、林檎が盥の中に落ちた水音エスナの耳に虚しく響いた。
「最初の1文字しか刻んでいなかったのに‥‥。ど、どうしましょう? キーツさんとか、ケリーさんとか、知らない人との恋占いになったら‥‥」
ないない。
一斉に、その場にいた者達が否定を返す。
「お姉ちゃん、ごめんね。人に押されちゃって‥‥」
申し訳無さそうに見上げてくる東間宮古(eb2120)に、エスナは慌てて首を振った。
「気にしなくていいんです! もう1度挑戦すればいいんですから! ‥‥今のは無効ですよね?」
最後の言葉は、看板娘に向けたものだ。
さて、と看板娘はわざとらしく顰めっ面をして腕を組んだ。
「それは次の結果次第だねぇ」
「そんなぁ」
項垂れたエスナに、宮古は果物の糖蜜漬けを手の平に乗せて差し出した。
「お姉ちゃん、これあげる」
彼が持つぱんぱんに膨れた袋の中には、糖蜜漬けの他にも焼き菓子やら何やらが大量に詰まっているらしかった。
「まぁ、お菓子長者さんですね」
くすくすと笑った沙雪華に、宮古が胸を張る。
「とりっくおあとりーと!」
彼の口から出て来た呪文のような言葉が聞き取れずに、沙雪華は首を傾げた。
「Trick or Treat、だ」
舌ったらずな言い回しに微笑ましさを感じる。笑いながら補足したエスリンに、沙雪華も納得したように頷く。
「ああ、あれですね。確か‥‥」
「‥‥お菓子をくれないと、悪戯をするぞ」
低く流れた甘い声に、ぞわりと総毛立った。
その場にいた者達ー主に女性ーが、眩暈を起こしたかのようによろめく。
「ト、トリス殿、それは反則です」
地面にへたり込みかけるのを何とか踏み留まったエスリンの抗議に、トリスが怪訝そうに視線を向けた。何が反則なのかと説明を求められても困る。俯いて赤く染まった頬を隠したエスリンに代わり、軽やかに笑って沙雪華が口を開く。
「それでは、私はお菓子を差し上げたくなくなりますわ」
眉を寄せたトリスは、不意に袖を引かれて視線を下げた。
それまで無邪気にハロウィンの戦利品を自慢していた宮古が、真剣な表情で彼の袖を握り締めている。
「トリス殿に何か?」
膝を折り、視線を合わせたエスリンを見上げると、宮古はトリスに視線を戻した。
「やっぱりお兄ちゃんが、トリスさんなんだ?」
懐から取り出した肖像画をトリスに見せて、宮古は言葉を続ける。
「このお姉ちゃん、覚えてる?」
そこに描かれていたのは、短い黒髪の女性の姿。
祈るように見上げてくる宮古に、トリスは微かに笑みを浮かべて頷いた。
「覚えている。最近は姿を見かけないが、元気にしているだろうか」
「元気だよ。‥‥ううん、元気だと思うよ。今ね、お姉ちゃん、遠い所に行ってるの。いつ戻って来るか分からなくて」
そうか、とトリスは宮古の手に肖像画を戻す。
「あのね、お兄ちゃん。駄目だって分かっているんだけど、林檎にお姉ちゃんの名前を刻んで貰えないかなぁ」
聞き取れるかどうかの呟きに目を見開いたのはトリスではなく。
周囲にいた者達は思わず息を止め、彼の返事を聞き逃すまいと耳を澄ませる。
そんな中で、アップルボビングを見物していた少年が、母親の手をぐいと引いた。
「ねぇ、お母さん」
「し! 静かになさい! 今、面白い所なんだから!」
「だって‥‥あの人、さっきから1度も顔を上げないんだよ」
静かだった場が、更に静まり返る。しかし、それも一瞬の事だった。少年が指さす先には、確かに水に顔をつけている1人の女性がいる。他の挑戦者は息を継ぎつつ林檎を探しているのに、その女性は顔を上げないどころか、ぴくりとも動かない。
「冗談じゃないよ! 占いごときで死人を出したとあっちゃ、ここの評判は‥‥!」
泡を食って、看板娘はその女性の体に手をかけた。水の中から女性を引き上げようと手に力を込めるのと、派手な水飛沫をあげて女性が顔を上げたのは、ほぼ同時であった。
「ふげらーッ!(取ったー!)」
前髪から水を滴らせながら、女性が腕を振り上げる。
彼女が口にくわえているのは1個の林檎。
「‥‥レ、レジーナ‥‥」
伸ばしかけたエスリンの手が行き場を無くし、虚しく宙に漂う。
「何やらどこかで見たような聞いたような、その煮え切らない態度っ!! ええいっ、腹立たしい! 男ならどーんと態度で示さんかーいっ!!」
しっかりと歯形がついた林檎を手に、レジーナ・フォースター(ea2708)は雄叫びをあげた。
「私の父が言ってました。騎士として生きるなら、曲がり角も曲がらず真っ直ぐに走り切る、そんな騎士になれと!」
「それは、間違いなく暴走馬ですわねぇ」
涼しい顔で突っ込むと、沙雪華はレジーナが手に持つ林檎を改めた。
「ええと、ヒューイット。‥‥さすがですわ」
盥に浮かぶ無数の林檎の中からただ1つを引き当てたのは、彼女の愛か、はたまた執念か。
「凄い‥‥凄いです! 私も見習わなくては!」
言うやいなや、エスナはがばっと勢いよく水の中に顔を突っ込んだ。
「1、2、3、4」
それに合わせて数を数え始めた沙雪華の声が淡々と時を刻んでいく。
「‥‥71、72、73‥‥」
「だからーっ!! 死人を出すのはマズイんだってばーっ!!」
水に顔を突っ込んだままのエスナを羽交い締めにして、看板娘は無理矢理に彼女を盥から引き離した。恋占いで死人が出るなどと考えてもいなかったが、今、この状況ではあり得ない事ではない。
「どうして邪魔をするのですかぁ」
水から引き出される瞬間、咄嗟にくわえた林檎は看板娘が仕込んでいた「外れ」で、エスナはしくしくと泣き出してしまった。
「1度目が失敗になってしまいました‥‥」
「悪い。‥‥悪かったってば」
胸に下げた青いペンダントをぎゅうと握り締めて、エスナは悲しげな目で盥に浮かぶ林檎を見た。
あの中に、ただ1つ、大事な人の名前を刻んだ林檎がある。投げ入れた時には判別がついていたが、今はもう無理だ。2度目に取れる自信はない。しょんぼりと、エスナは外れの林檎に歯を立てた。
「エスナさん、お気を落とされませんように。‥‥ほら、ご覧になって」
ほっそりとした沙雪華の指先が示した先に、ぷかぷかと浮かぶ林檎があった。
そこに刻まれた文字は「ケイン」。
エスナが祈りを込めて投げ入れた林檎だ。
「どうして!?」
エスナ自身が目で追い、見失った林檎をどうしてと目で訴えかければ、沙雪華が微笑んで答える。「目はいい方なので」と。納得出来そうで出来ないようで、エスナは複雑な心境のままで2度目に挑んだのだった。
●愛の力?
人間の限界に挑戦といった様相を呈してきたアップルボビングに、大宗院亞莉子(ea8484)は背後の大宗院透(ea0050)を振り返った。
「なんか、皆、鬼気迫ってるってカンジィ。でも、私には透がいるもんね。余裕ってカンジィ?」
ぴたりとくっつき、腕を絡めて来たアリスを、透は無表情に見下ろす。愛情とか親愛の情だけではなく、感情全てが読み取れない無機質に近い瞳にも動じる事なく、アリスは透の手を引っ張った。
「ね、ね、でも、透。私達も挑戦して、愛を確かめ合うってカンジィ」
「‥‥林檎を取る占いですか」
片腕にしっかとしがみつくアリスをそのままに、透は林檎を1個取り上げた。名前を刻んで水の中へと投げ入れ、無数の林檎の中から自分の林檎を取る‥‥何やら良い修行になりそうだ。
色気の欠片もない事を考えながら、透はおもむろに小刀を取り出した。やる気になった透に、アリスが歓声をあげる。
「この林檎はおいくらですか」
「悪いね。これはハロウィンの余興の1つで、売り物じゃないんだよ」
そう言って片目を瞑った看板娘と林檎とを見比べて、ぼそり呟く。
「林檎の占いでも林檎は売らないのですか」
晩秋とはいえ、最近は朝晩が冷え込む。
吹き抜ける風も、冬の気配を伝えるように日々冷たさを増しているようだ。
誰しもが聞かなかった事にして、その場を乗り切ろうとした。だが、
「林檎の占いで、林檎は売らないんだ! 透、冴えてるってカンジィ!」
その努力は無駄になったようだ。
一様に静かになった人々を不思議そうに見遣ると、透はしばし考え込んで林檎に刃先を当てた。そこに刻まれた名は、『亞莉子』。
「あっ! ちゃんと私の名前を書いてくれているってカンジィ!」
飛び上がって喜んだアリスも、林檎に透の名を刻んで盥の中へと投げ入れた。
「神様、お願いってカンジィ」
息を止め、勢いよく顔を水につける。
いくつもの林檎がぶつかり合い、浮き沈みを繰り返す。その様を、透はただ静かに見つめていた。
「ああっ、違ってる! でも、私と透の愛はまだまだこんなものじゃないよぉ!」
外れ林檎を手にしたまま、アリスは再度、水面に顔を近づけた。その一瞬。
「‥‥‥‥こんなものですね」
透の口元に笑みらしきものが浮かぶ。
その手に持っているのは、軽く歯型がついた林檎。
一体、いつの間に取ったのか。水面は軽く揺れているだけ、透に至っては、僅かに髪が濡れている程度である。
「透ッ!」
自分の占いも忘れて、アリスは透に抱きついた。
「やっぱり愛の力ってカンジィ! 透の愛をビンビンに感じるよぉ!」
「‥‥別に愛の力というわけでは。占いとはいえ、結局は自分の力で掴み取るものです‥‥。古来より占いは続いているもの。それを否定する気はないのですが、修練を積まない者に占い通りの結果を引き寄せる事は出来ないと思います‥‥。また、逆も然りです‥‥」
う、と詰まった者数名。
しかし、喜び浮かれたアリスには全く別の言葉に聞こえていたようだ。
「それって、やっぱり、常にっ! 2人で愛し合えってカンジィ!? それなら、何も問題ないってカンジィ!」
●結果を引き寄せるのは
お菓子でお腹一杯になったのか、宮古はいつの間にかトリスに凭れ掛かって眠っていた。ちなみに彼の占い結果は、お菓子との相性抜群となった。
「羨ましい事だ」
何が羨ましいのかは敢えて問わず、レジーナがエスリンの頭を軽く撫でる。
エスリンの結果は、2回半。目の良さには自信があったが林檎をうまく捉えられなかった。
「思うに、エスリンは、ちょっと遠慮しすぎではないかと思います」
看板娘が惜しいと叫んでしまった程に、2度目の挑戦は限りなく成功に近かったのだ。
1度目は不可抗力で失敗し、2度目で目当ての林檎を取る事が出来たエスナは、ケインと刻まれた林檎を抱き締め、笑顔で人混みの中に紛れていったのに。
「あの時、どうして落としてしまったのか」
くぅぅと拳を握り締めたエスリンは、はっと顔を上げた。
「そういえば、トリス殿の占いは!?」
「なーに言ってんのさ。とっくに終わってるよ」
店じまいを終えた看板娘が呆れ顔で肩を竦める。店内で食事をしている沙雪華達の楽しげな声がようやく耳に届き、エスリンは唖然とした。言われてみれば、自分の後に何人もが占いに挑戦していたような気がする。
「そ、それでトリス殿‥‥ッ」
「‥‥透の言葉は一理あるな。より良き結果が欲しいならば、自分の手で掴み取れという事だ」
エスリンの手に乗せられた林檎には、彼が大切に想う名が刻まれていた。
彼の愛する故国、この国の名が。
「ち。逃げましたわね」
舌打ちしたレジーナは、しかし、すぐさま不敵な笑みを浮かべた。
「なぁに、でも勝負はこれからこれから。ふふふ‥‥このレジーナ先輩が今夜はじっくりと経験談を語って差し上げましょう! ええ、包み隠さず、あます所なく!」
「‥‥え?」
がしりと首に腕を回して、レジーナがエスリンを宿屋へと引き摺っていく。
薄情にも手を振って見送ってくれた看板娘と、その足下でちょこまかと動いていた小さな影の正体に彼女達が気付くのは、夜が更けた頃の事であった。