【揺れる王国】狭間

■ショートシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 3 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月05日〜12月12日

リプレイ公開日:2006年12月15日

●オープニング

●派閥に揺れる王国
「王妃が見つからないのはラーンスといるからに違いない。あやつはグィネヴィアを余から奪ったのだ。騎士道を踏みにじるとは円卓の騎士としてあるまじき行為!」
 戦の決意を高めるアーサー王に、ラーンス派は釈然としない面持ちだった。
 王が本気で勢力を募れば、近隣から多くの騎士や公爵、伯爵が集まる事だろう。
 しかし、ラーンスは本当に罪人なのか? 様々な憶測が流れるものの、未だ深い霧の如く全容は見えていない‥‥。

「私達はラーンス・ロット様が無実だと信じている!」
「あぁ、ラーンス様は我々を引き連れて従えたまま王妃とお会いしていたんだ。王妃とラーンス様は一線を踏み越えてはいない!」
「それよりもアーサー王だ。一線を踏み越えた確証もなくラーンス様を罪人扱いとは!」
「そうだ! ラーンス様にのみ怒りの矛先を向けるのは、どうかしている!」
 ラーンスを支持する勢力は、王妃と騎士は一線を踏み越えてはいなかったと主張すると共に、ラーンス・ロットへ怒りを露に向けるアーサーへの不信感を募らせていた。
 この問題は王宮内に注ぎ込まれた濁流の如き勢いで、瞬く間に広がったのである。
 ――仕えるべき王を信じるか?
 ――無実の罪を着せられたラーンス・ロットを信じるか?
 森を彷徨う凄腕の剣士も予想通り、かの騎士だった。
 ――私の行為は決して王への信義、王妃への忠節、この国への忠義を裏切るものではない。
 私は、私の信念に基づき、真実を証明するまでは王宮には戻らぬ――――。
 ラーンスは冒険者にそう答えたという。
「しかし‥‥ラーンス様は騎士を切り殺したとも聞いたぞ?」
「否、あれは騎士として卑怯にも不意打ちを行った故、咄嗟の対応だろう。ラーンス様は責められる者ではない」
 事態は深刻な状況へ向かっていた。
 ラーンス・ロット派は王宮から離れ、信じる者が退いたと噂される『喜びの砦』へ向かおうと準備を始めたのである。
 喜びの砦へは10日以上の日数が掛かるらしいが、彼らの意思は固いものだった。 
 このままでは王国は二つの勢力に分断されてしまう。この事態を鎮められるのは――――。

●狂わせるもの
 耳打ちされた内容に、愕然とした。
 それは、キャメロットを離れている間、情報を集めるようにと命じていた部下からの報告だった。屋敷ではなく、雑踏に紛れて接触して来たのは、公に報告すると面倒な事になると判断したからだろう。
 確かに、これが公になればキャメロットの人々に更なる不安を与える事になる。そして‥‥。
「愚かな事を」
 呟いて、踵を返す。
 王宮へ向かうはずだったが、先にこの件に関して手を打たねばならない。秘密裏に事を収めねばならぬ以上、配下の騎士達は使えない。勿論、自分も。
 旅の軽装のまま、通りを抜ける。
 行き交う人々も、街の喧騒も、どことなく落ち着かない様子だ。
 無理もない。
 うるさく落ちてくる髪を掻き上げて息を吐く。
 いつもは力強く民を導く王が、冷静さを失っているとしか思えない状態なのだ。皆が戸惑うのも当然の事だろう。
「‥‥王でさえも、これほどまでに心を乱されるものなのか」
 そして、あの騎士の誉とまで言われたラーンスも。
 恋や愛が心を狂わすという事は、知っている。美しい姫君と騎士の麗しい恋物語や、悲劇を招いた恋など、恋愛にまつわる歌は数限りなく存在する。弾けと言われたならば、いくつもの恋物語を奏でる事が出来る。
 しかし、それはただ知識として「知っている」だけだ。
 好ましく思う友人達を大切だと感じるのと、恋愛は違うものなのだろうか。
 彼らの為に命を投げ出す事も厭わないが、王やラーンスを突き動かす感情は別のもののような気がする。
 それが、恋や愛というものならば、自分にはやはり理解し得ない感情のようだ。

●狭間で
「トリスさんは初恋もまだ、っと」
「‥‥余計な事まで記さずともよい」
 羊皮紙にペンを走らせる受付嬢を冷たく一瞥すると、トリスは冒険者達を振り返った。
「引き受けてくれるだろうか」
 彼が語った内容に、冒険者達も一様に厳しい顔を見せている。
 それもそうだろう。
 ラーンスを慕う若い騎士達が抗議の為に剣を掲げ、力尽くで王城へと押し入ろうというのだから。
「トリス、それは一歩間違えれば反乱だぞ。俺達よりもお前が動いた方が‥‥」
「だからこそ、冒険者に頼んでいる」
 抗議だとしても、王に剣を向けるのだ。叛意ありと断じられかねない行為である。
「彼らもわかっているはずだ。その場で斬り伏せられても仕方がない、と」
 それでも行動を起こすのは、ラーンスの潔白を信じない王への命がけの抗議の為。彼らの気持ちは分からなくもないが、今の状態では王の怒りを買うだけだ。
「王が、その場で処断なさるとは思えぬが、非常時という事で、王の裁断を仰ぐ前に処分される可能性もある」
 不埒者が王の命を狙った、やむなく斬った、‥‥後で何とでも言える。
 背筋に冷たいものが走った気がして、冒険者は体を震わせた。
 アーサー王への忠誠は変わらずとも、ラーンスを慕う騎士達は少なくはない。一部の暴走が、他の、どちらを選ぶ事も出来ない騎士達を苦しい状況へと追い込むかもしれない。
 その暴走を利用して、更にラーンスを糾弾する者が出てくるかもしれない。
 そして、後々の遺恨となる可能性も‥‥。
「彼らを止めなければならない」
 静まり返ったギルドの中に、トリスの声が響く。
「私や他の騎士達が動けば公になる。そうなれば、彼らの行動を止める事が出来たとしても、結果は同じだ」
「だからこそ、か」
 王への抗議で行動を起こした者達が、王の騎士の言葉に耳を貸すはずもない。何にも縛られず、己の信じる正義を貫く冒険者であれば、或いは。
「いつだ?」
 尋ねる声に、トリスは淡々と告げる。
「6日後。謁見の間が開く時間に決行するらしい」
「そうか」
 相手は騎士。そして、自分達がどれほど危険な事をしようとしているのかを分かっている。慎重を期して行動するはずだ。彼らを止める機会は、そう多くはない。
「まったく‥‥馬鹿な事を」
 呟いた誰かの声に、彼らは苦く同意を返したのだった。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea1749 夜桜 翠漣(32歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea5913 リデト・ユリースト(48歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0050 滋藤 御門(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●だってお年頃なんだもん
 諜報活動を主に行っている者と会わせる事は出来ない。
 不穏な動きを見せる騎士達の情報元を尋ねた冒険者にそう返した後、トリスは彼らを寂れた街外れへと誘った。
「トリス?」
 視線で説明を促すオイル・ツァーン(ea0018)に、トリスは声を潜める。
「ここ、だ」
 端的な言葉に込められたのは、彼らが知りたがっていた答えだろう。
「ここ、ですか」
 辺りを見回して、ジークリンデ・ケリン(eb3225)が眉を寄せる。確かに密談にはうってつけの場所だ。あまり足繁く通いたいとは思わないが。
 オイルと顔を見合わせると、ジークリンデは雑念を振り払うように意識を集中させた。幾度かの深呼吸の後、取り出したパーストのスクロールを解いて時を遡る。
「‥‥なるほどな。酒場などに落ちている尻尾ではないと思ったが」
 納得したかのオイルの言葉に、滋藤御門(eb0050)は表情を曇らせた。
「こんな所で密談、ですか。僕は、アーサー王とラーンス卿がここまで険悪になるとは思ってもいませんでした」
 イギリスを力強く導く王と、王の信望も篤く、騎士の誉と称されたラーンス。彼らがまさか1人の女性を巡って対立する事になろうとは。
「げに恐ろしきは女の力‥‥というところでしょうか」
「私は、恋愛についてはトリスと同じでよく分からないのである」
 肩に乗ったリデト・ユリースト(ea5913)が首を傾げ、トリスも苦笑を漏らす。リデトの言う通り、これほどまでに国を乱す事になった王とラーンス、2人の心情はトリスには理解出来ないものだ。
「‥‥少しは理解出来るようになって頂きたいものですが」
 エスリン・マッカレル(ea9669)の呟きに、御門が乾いた笑い声で応える。背後から聞こえてくる遣り取りを聞き流しつつ、夜桜翠漣(ea1749)は怪訝そうな男2人に微笑みかけた。
「あまり難しく考える必要はないと思いますよ。昔読んだ書物に、親友と恋人への「想う」気持ちは同じもので、認識の差だってありました。きっと、気持ちが分からないのではなく、表現の仕方が違うだけじゃないかな?」
「そういうものであるか?」
「そういうものなのか?」
 互いに顔を見合わせるリデトとトリス。親友と恋人への「想う」気持ちが同じという事は、つまり。
「ちょっ、まて‥‥っ!」
 慌てて、オイルが会話に割って入る。
 親友と恋人の境界線だとか、種族を越えるとか、異国の地へと旅だった伝説の記録係にかかれば美味しく料理されてしまうネタだ。
「危ない危ない」
 ふぅと額を拭ったオイルに、成り行きを静かに見守っていたフィーネ・オレアリス(eb3529)が「大変ですね」と声をかける。
「全くだ」
 くすんと小さく鼻を啜り上げる音が彼らの耳に届いたのは、オイルが深く吐息をついたその時だ。
「いいんですいいんです、別に‥‥」
 くすんくすんと、しゃがみ込んで地面に意味のない指文字を書き散らしているジークリンデの姿に、ここに来た目的から外れ、熱く恋愛論を語り合っていた者達は冷や汗を流しながら彼女を宥めたのであった。

●人混みの中の出来事
 もうすぐ謁見の間が開かれる。
 何も知らない人々が、列をなす様子を上空からリデトは注意深く眺めた。豪華な装飾品で着飾って、贈り物らしき荷を付き人に持たせた金持ちや、精一杯、身なりを整えて来たらしい貧相な男、言い争っている男と女は、王に夫婦喧嘩の裁定を頼もうとでも言うのだろうか。
 集まった者達の身分も境遇も様々だ。
 この中に、刃を隠し持っている者達がいる。もしかすると、隣り合わせたのを幸いと商談を始めた商人かもしれないし、借り物らしい礼装を着て、カチコチに緊張している青年かもしれない。
「でも、ここに混じっているのは無茶な騎士だけではないのである。エスリンや翠漣もいるのである。だからして、大丈夫なのである」
 無関係の人を巻き込まぬよう彼らの盾となり、無謀な騎士を身を挺して諫めんとする心強い仲間達。彼らがいる限り、最悪の事態は訪れない。決して。
 そう自分に言い聞かせて、リデトは酒瓶を抱え直す。と、リデトは並ぶ人々ら離れた場所で手を振るジークリンデに気付いた。
 目立たぬように大回りで降下するリデトを、ジークリンデは険しい表情で迎える。
「リデトさん」
 硬い声。
 彼女の視線は、群衆に向けられたままだ。
 それだけで、リデトは察した。
 仲間内で唯一、ジークリンデは件の騎士の顔を知る者だ。
「いるのであるな」
 微かに顎を引いたジークリンデの視線を追って、リデトはひょろりと背の高い青年に目を留めた。荷物は背負った長い布袋だけ。何気ない風を装って周囲を見回しているが、どこか落ち着きがない。
「任せるのである」
 ジークリンデの腕から青年目掛けてリデトは飛び立った。
 酒瓶を抱えて飛ぶリデトの姿に、翠漣は泥塗れにした愛犬、セタンタを撫でていたエスリンの名を小さく呼んだ。
「そろそろ我々の出番のようですよ」
「そうか。‥‥セタンタ、済まぬが頼むぞ」
 合図は落ちる酒瓶だ。
 素焼きの瓶が割れる音と、思わず悪態をついた青年の声が重なる。
 シフールが抱えて飛べる大きさとは言え、衝撃はかなりのものだっただろう。
「わぁぁぁ! 王様への献上品を落としてしまったのであるーっ!」
「こら! 落としてごめんなさいだろうが!」
 伸びた手を避けて、リデトが上空へと逃れるのと同時に、青年に次の衝撃が訪れた。何かがしがみついた足下へと視線を落とし、彼は天を仰ぐ。彼の足をしっかと抱えているのは、泥だらけの犬だ。
「申し訳ありません!」
 駆け寄ったエスリンが青年からセタンタを引き離し、翠漣が懐から取り出した手布で彼の顔を濡らす酒を拭う。
「まあ、これは大変です。こんな布では間に合いません」
 頬に手を当てて、翠漣はエスリンを振り返った。
「私達が悪いのですから、家で着替えて頂きましょう」
「そう致しましょう。私どもはこの近くに住まう者。どうぞ、我が家でお着替えを」
 翠漣が青年の右腕を、エスリンが左腕を取ると、青年は困惑した表情で2人の腕を振り払おうと体を捩る。だが、娘が相手だからなのか、その力は弱い。
「どうかなさいましたか?」
 街娘の姿をしているが、翠漣は武道家だ。青年の弱い抵抗を容易く抑え込んでしまう。ここに来て、青年は違和感を感じたようだ。
「お前達、何者だ」
 周りで待っている者達が関わり合いたくないとばかりに顔を背け、距離を置く中で、数人の男が気色ばんで駆け寄って来る。恐らくは仲間であろう。これ以上、騒ぎを大きくするわけにはいかない。
「まぁ、大変。これでは風邪をひいてしまいますわ」
 険悪な雰囲気の中、のんびりと歩み寄って声を掛ける。突如として現れた金髪の美女に、男達は一瞬、動きを止めた。
「何をしているのです、早くお助け下さいまし」
 手伝えと促すフィーネに、彼らは戸惑った風に顔を見合わせた。それぞれの手が荷に伸びている事を確認して、フィーネは顔を顰めてみせた。
「まぁ、一体何をなさるおつもりですの?」
 フィーネの責める口調に、逆に開き直ったのか、男が素早く荷の中へと手を突っ込んだ。
「本当に、困った方々ですわね」
 頬に手を当て、溜息をついて、フィーネも荷物を開く。口の中で小さく素早く祈りの言葉を唱えると、男達はそのままの姿勢で固まってしまった。
「さ、今度こそ手伝って下さいな」
 コアギュレイトで呪縛された男達の哀れな姿に、荒事に備えて忍び寄っていたオイルと御門が苦笑して肩を竦める。
 何とか、人混みの中での戦闘は回避されたようだった。

●騎士の道
 翠漣達が準備していた借家には火が入れられ、室内は程よく暖まっていた。
「ワインも用意していますので、どうぞ」
 着替えを差し出したエスリンの手を払って、青年は出入り口を塞ぐように立つ冒険者を睨み据えた。騒ぎを起こさぬ為とはいえ、無理矢理に招待した形となったのだ。彼らが警戒するのは当然だろう。
「貴様ら何者だ。何の為に我らを」
「何の為にか、貴殿らも分かっているのではないか?」
 静かに呟かれたオイルの言葉に、男達が色めき立った。
 険悪に傾きかけた空気を和ませるように、澄み切った笛の音が彼らの間に割って入った。
 横笛から唇を離した御門が、穏やかな微笑を浮かべて、隠し持った武器へと手を伸ばす男達に向き直る。
「僕達の話を聞いて下さい。僕達は、貴方がたに仇なす者ではありません」
 オイルと視線を交わしたのは一瞬。
 御門は、横笛を荷の中に戻して立ち上がった。
「我らに敵対するつもりはないと?」
「そうです。貴方がたの武器を奪わなかったのは、敵ではないからです」
 静かに歩み寄って、御門は、荷の口を解いた青年の手に自分の手をそっと添えた。
「僕達の話を聞いて下さい」
 口を開いたのは、一番年長者らしき男だった。
「敵ではないと言うのなら、何故、我々をこのような場所に連れて来た。我らは、猜疑という魔に取り憑かれ、ラーンス卿を貶めた王に、命を賭した訴えをする為に集ったのだぞ」
 そうだ、と口々に叫び出した男達を、御門は表情を厳しくし、き、と睨め付けた。
「それがラーンス卿の為になると本気でお考えですか!」
「そうです。今、多くの人が戦っています。疑心と戦う人、自らの信念を貫こうとする人、揺れる国を救おうとする人‥‥。貴方達の命がけの訴えも、「ラーンス卿の部下が反逆の意思を持ち、武力を行使した」と人々や‥‥王の目には映るかもしれません。王が心を乱されたというのならば、貴方達もラーンス卿を慕うが為に心を乱しているのではないでしょうか」
 真剣に問う翠漣に、男達は言葉に詰まった。
「ラーンス卿を信じる心は否定しない。‥‥が、謁見の間の開く時に行動を起こし、民を巻き込むが貴殿らの騎士道か? 信念で行動が正当化されるわけではないぞ」
 痛い所を突いたのだろう。
 彼らは気まずげにオイルから顔を背け、視線を床に落とす。
「騎士の道は、民の安寧と平和を守る事が第一義。騎士道の有り様を紛糾し、戦への道を進み、民を傷つける事になれば、騎士道そのものが失われます。‥‥大義を見失ってはなりません」
 幼子に教え諭すかのジークリンデの囁きが、更に彼らを揺さぶった。年若い男が、何かを言いたげに顔を上げる。
 だが、義を説く冒険者達の言葉を振り払うように頭を激しく打ち振ると、武器を隠した荷を手に駆け出した者がいた。
 着替えを拒み、酒を被ったままでいた青年だ。
「何と言われようが、私は王に話を聞いて頂く!」
 伸ばされたフィーネの腕を払い、青年は扉へと駆け寄った。
「どうしてもと言われるのであれば、私を切り捨てて行かれよ!」
 青年の前に飛び出したエスリンが両手を広げ、立ちはだかる。
 剣に手をかけたまま、青年は硬直した。
 柄を握る手が小刻みに震える。
 無謀と罵られようが、道に反すると責められようが、彼は確かに騎士であった。武器も持たぬ娘を切る事など出来るはずがない。
「‥‥おやめなさいな」
 フィーネの白く細い指先が、強張った指を1本1本、優しく解いていく。そっと剣を取り上げると、フィーネはそれを青年の荷の中へと戻した。
「私は、ラーンス卿に会ったのである。ラーンス卿は必ず身の証を立てて、王の元へ戻るとはっきり言ったである」
 肩に降り立ったリデトが、青年の頭を軽く叩き、顔を覗き込んだ。リデトの言葉を継いだのは、御門だ。
「ラーンス卿が戻って来られた時に、貴方達の行った事で卿が窮地に追い込まれてもよろしいのですか? そうではありませんよね? ならば、どうかその時を待たれる事をお願い申し上げます」
 深々と頭を下げた御門に、男達は途方に暮れたように立ち尽くした。
 これまで、ラーンスに与えられた不名誉を不当なものだと訴える事が、逆にラーンスの立場を悪くしてしまうなど、頭の隅にも浮かばなかった。
「我らの方が、余程冷静さを欠いていたという事か‥‥」
 青年の呟きに小さく頷きを返して、御門は再び笛に唇を当てる。
 張りつめていて、どこか包み込むように優しい独特な音色が、男達の憤りを全て流し去るかのように響いていったのだった。