【妖精王国】ラナン・シーの詩
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■ショートシナリオ
担当:大林さゆる
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月13日〜12月18日
リプレイ公開日:2005年12月20日
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●オープニング
月光の中‥‥ちらちらと小雪が舞い降りる夜。
竪琴を持ち、美しき調べを奏でる妖精の乙女ラナン・シーの前に、一人の男が魅入られたように泣き叫んでいた。
自分の恋人となった男に対して、妖精ラナン・シーは『最高の詩』を書かせるという‥‥。
その代わり、男は命を吸い取られるのだ。
日に日にやせ衰えていく男は、確かに『最高の詩』を書き続けていた。
それが誰にとっての『最高』なのかは、誰にも分からなかった。
ラナン・シーに取りつかれた男は、ついに『妖精王国』へと迷い込んだ。
詩を書き続ける男‥‥時折、狂気に駆られたかのごとく、ふらふらと歩き回りながら一心不乱に書き綴る様子は、ディナ・シーたちにとって異様な光景に見えていた。
「なんだか‥‥恐い‥‥」
ディナ・シーの子供たちにとって、男は恐怖の対象であった。
妖精ラナン・シーの前では、奴隷のごとく、ただひたすらに詩を書き続けるが、ラナン・シーがいなくなると、恋人を求めて妖精王国をさ迷い、泣き叫ぶのだ。
何のために、詩を書き続けるのか‥‥。
愛しい女のために、詩を書くのか?
詩を書くために、愛しい女を欲するのか?
命と引き換えに、最高の詩が書きたいのか?
男自身、すでにその境界線は無くなりつつあった。
●リプレイ本文
●ラナン・シーとの遭遇
数日前に降り積もった雪は、昼頃になると太陽の光ですっかりと溶けていた。
妖精王国に詩人が迷い込んでから、何日経ったのだろうか‥‥。
ディナ・シーの騎士たちに導かれ、冒険者たちは妖精ラナン・シーが出没するという森の中を歩き回っていた。念の為、サラン・ヘリオドール(eb2357)がサンワードを唱えていたこともあり、ラナン・シーと遭遇するにはそれほど時間はかからなかった。山本修一郎(eb1293)は男性の詩人を捕まえるため、木陰に隠れていた。
「あれが‥‥詩の妖精とも言われるラナン・シーなのね」
サランは意を決して、ラナン・シーに近付いた。
銀色の長い髪を靡かせて、妖精ラナン・シーは竪琴を奏でていた。どこか遠くを見つめる眼差しで空を見上げ、古い木の太い枝の上に座り、自分の音色に聞き入っているようだった。
「こ‥‥こんにちは。私の名はサラン・ヘリオドール‥‥お会いできて光栄だわ」
サランが挨拶するが、ラナン・シーはまるで無反応で、ただひたすら竪琴を鳴らし続けていた。しばらくすると、男性の咆哮が木霊した。
「あちらの方角から聞こえます」
御門魔諭羅(eb1915)がそう言いながら駆け出すと、ファム・イーリー(ea5684)は素早く飛び出していった。
「詩人さん、発見!」
ファムが指差す方向に、痩せ衰えた詩人の男性がフラフラと歩いている姿が見えた。空ろな顔をしていたが、目は嫌なほど爛々と怪しく、愛しい女性を求める瞳をしていた。そんな様子を見て、魔諭羅は思わずぞっとしてしまった。だが、勇気を出して、男性に近付いていった。
「どうか‥‥目を覚まして下さい。今のあなたは、どう見ても狂気に取り憑かれていますわ。狂気で歪んでしまった詩では、人に感動を与えることなど‥‥?!」
男は怒りで我を忘れ、飛び掛ってきた。
魔諭羅はとっさに、襲いかかってきた詩人から離れた。
「あたしの出番だね!」
ファムがスリープを唱えると、詩人はあっけなく眠りに落ちてしまった。それほど精神的に弱っていたのだろう。
「‥‥軽いな‥‥これで、よく今まで生きていたな‥‥」
修一郎は、倒れこんでいた男を担ぎ上げて、馬の背に乗せた。
「ラナン・シーが来るかもしれない‥‥俺は男を連れて、避難場所まで行く」
前もって決めていた避難場所まで、修一郎は馬を走らせた。
「あれ、ラナン・シーは?」
ファムがサランがいる所まで戻った頃には、ラナン・シーの姿はなかった。
「いろいろと声をかけてみたけど‥‥何も言ってくれなかったわ」
サランは残念そうに言っていた。ラナン・シーは女性に興味がなかったのか、それとも男性がいなかったからなのか、何も告げずに立ち去ってしまった。
男性一人でもこの場所にいたならば、恐らく闘うことになっていたかもしれない‥‥サランが好意的に話しかけていたから、もしかしたら立ち去ってくれたのかもしれない‥‥。
消え去る時、ラナン・シーと目が合ったが、この世の者とは思えない澄んだ瞳をしていたと、サランは思った。
「詩人様のことが心配です‥‥戻りましょう」
魔諭羅は男に襲われそうになったが、それでも詩人の身体を気遣っていた。
「そうね。修一郎さんが待っているから、行きましょう」
サランが言って、待ち合わせ場所へと走り出した。
●詩の心
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉー!」
またもや、詩人の叫び声が聞こえてきた。スリープの効果が切れたのは明白だった。修一郎がなんとか取り押さえていたが、詩人は必死になって足掻いていた。
「ラナン・シーは‥‥ラナン・シーはどこだ?! ‥‥あいつがいなければ、最高の詩が書けないんだっ!!」
詩人は懸命にそう叫んでいた。
「ディナ・シーたちが迷惑しているんだ。大人しくしていろ」
修一郎がそう言うが、詩人は聞き入れようとはせず、ラナン・シーの名を呼び続けた。
「癒しの歌でっす!」
ファムは詩人に明るい笑みを見せた。すると、詩人はかえって驚いたのか、黙り込んでしまった。
「それじゃ、歌うからね!」
そう言った後、ファムは歌い始めた。
おやすみなさい‥‥再び目を開いた時、新しい自分になれるから‥‥。
明日はきっと晴れる‥‥希望の光が降る‥‥。
そんな想いを込めて、ファムは精一杯、『自分の歌』を詩人に聞かせた。
「‥‥。‥‥」
詩人は何も言わなかったが、ファムの歌に耳を澄ませていた。それを見て、サランが優しく詩人に声をかけた。
「ファムさんは、ラナン・シーの力を借りずに歌を歌っているわ。『詩』というのは、書くだけで終わりではないと思うの。『伝える』ことで、詩は人々の心に喜びの泉を満たしていくことができる‥‥それが詩人の夢とも言えるわ。あなた自身が書いた詩を、もっと多くの人々に伝えてみたらどうかしら? 一人の女性を愛する思いを『詩』で書いて、伝えることで、多くの人々を幸せにできるかもしれないわ‥‥そうした力は、きっとあなたにもあるはずよ」
サランはそう言いながら、穏やかな笑みを浮かべた。
詩人は、やはり何も言えなかった。
言うことができなかった。
どうしても、言うことができなかった‥‥。
気がつくと、詩人は泣いていた。
今まで自分は暗闇の中にいたような気がした。
だが、ファムの歌を聞き、サランの言葉を聞いて、涙が止まらなかった。
詩人は、ただ泣くことしかできなかった。
「気が済むまで泣けばいい‥‥俺たちが、街まで連れて行く。だから心配するな」
修一郎がそう告げた後、詩人は泣き崩れた。
「諭すとは‥‥ただ現状を伝えることではないのかもしれませんわね」
魔諭羅は詩人に対して『歪んだ詩では感動を与えることはできない』と告げた。
確かにそうだろう。
だが、それでは詩人の心には届かない‥‥魔諭羅は、そのことに気がついた。
「人を諭すつもりが、逆に自分自身が諭された気分ですわ」
そう言いつつも、魔諭羅は清々しい気持ちがしていた。
「サラン様の『優しさ』が、詩人様の心に届いたのですね‥‥きっと」
「ファムさんの癒しの歌がきっかけになったのよ。私はただ、自分が想っていたことを詩人さんに伝えただけよ」
サランはそう言った後、ディナ・シーの少女から受け取った花束を詩人に手渡した。
「冬でも、懸命に咲く花があるわ。この花を、あなたのお部屋に飾ってね。もしかしたら‥‥この花を見て『詩』が生まれるかもしれないわ」
詩とは‥‥どんなものにでも宿る魂の泉なのかもしれない。
サランは、ふとそんなことを思った。