●リプレイ本文
喧騒の途絶えることないギルドの片隅で、首飾りを探してと願う少女。その切な声にエリーヌ・フレイア(ea7950)は少女の傍にふわりと寄った。
「首飾りをなくしたのね」
その優しげな声に、少女はそうなのと小さく頷いて、だからアティと一緒に探してほしいのと同じ言葉を繰り返した。もう十数回は繰り返された言葉に、私たちも手伝おうとテスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)と、レンティス・シルハーノ(eb0370)が進み出る。
「可愛い子の頼みとあっちゃ、無視はできないよな」
とは、レンティスの一言だ。
願いが聞き届けられた安堵からか、あるいは我慢の限界か。アティはぽろりぽろりと零した涙で、空色のワンピースを深く染めていく。
「ああ、泣かないでアティちゃん」
「落ち着いてですよー」
外見ならばそう変わらない年齢の私が、とアティのなだめ役を買ってでたチェリー・インスパイア(eb0159)だが、実際どうしたものかは判らない。一緒に探しに行きますよーと持ち前のゆったりした雰囲気は、しかし十分に効果があったようだった。
「きっと見付けるから。ね?」
落ち着いて柔らかな表情を浮かべたエリーヌに励まされ、アティはこしこしと涙をぬぐう。
「初めましてアティちゃん。ブランと申します」
ハーフエルフが三人もいて驚かせたのでなければ良いですがと心配しながらも、アティと目の高さを合わせてブラン・アルドリアミ(eb1729)は軽く挨拶をすませた。それには笑顔が返ってくる。
「んじゃ、小さなお姫様の宝物探しと行きますか」
セリオス・ムーンライト(eb1993)の言葉で、首飾り探しが幕を開けた。
ドレスタットの街を出て、子供の足で半時間といったところだろうか。アティを乗せたブランの馬を先頭に、とにかく問題の場所に行かなければ始まらないと、森のやや深いところまで踏み込んできていた。
深いとはいってもそもそも小さな森のこと。なだらかな大地に適度な大木、鮮やかな色の実をつけた低木の合間を浅い川が横切っていて、まさに格好の遊び場所なのだろう。アティも慣れた様子で、あっちなのと道案内をやっている。
「ねぇアティちゃん。アティちゃんの首飾りの特徴を教えてね」
「えっとね。‥‥このくらいのおっきさで、赤いの」
片手の親指と人差し指で小さく輪を作って、自身の前に座るエリーヌに苺みたいなのと付け加える。そう話すアティはとても嬉しそうで、失くしてしまったと話したときの悲しげな様子とを比べれば、彼女がどれほどそれを大切にしていたかがわかる。
「‥‥お父さんかお母さんに貰ったものだったのでしょうか?」
大切なものを失くしたときの気持ちは少しわかります、とは心のうちに秘めてブランは尋ねた。
「そうなのっ! アティのお誕生日にね、みんなにもらったの」
ぱっと表情を明るくして、しかし次の瞬間には悲しみをいっぱいにする。それにはチェリーがすぐさまフォローに入った。
「大丈夫ですよー。みんなで探せばきっと見付かりますよー」
そのためにはまず首飾りを持っていった何かがわからないとなと、セリオスはアティの様子をうかがう。身体の大きな自分が突然話しかけるのは、何だか怖がられてしまいそうでためらわれたのだ。
「アティちゃんにぶつかったものは何かしら」
たぶん動物だと思うのだけど、と話の糸口を作ったのはエリーヌ。それに続いていちばん体格の大きなレンティスが気軽に声を掛けていた。
「教えてくれるかい?」
「‥‥わからないの」
「よーく思い出して。ちっさいことでも良いからな」
はっきりと見ていないのはギルドでの様子からもわかってはいたことだ。色でも大きさでも、何かひとつでも手掛かりが得られれば。
そんなやりとりをテスタメントはただ黙って聞いていた。おかしな点はないかと情報をよく吟味している。アティの様子からして小動物か鳥か、その程度ものだとは想像が付いているが、絞り込めればそれに越したことはない。
このあたりなのとアティが言ったのは、小さく開けた場所だった。低木と川に囲まれたそこは丈の短い草に覆われて、首飾りが落ちていたとしても安易には見つけられそうにない。
首飾りを見落としていないか、あるいは動物の手掛かりはないか。総力戦になった。
エリーヌは飛行して樹上の鳥の巣を重点的に探していく。綺麗なものも美味しい木の実も好きな鳥のこと、間違えてしまったのではないかしら。遠物見を生業にしている彼女は、それを生かして飛び回っていく。
「何かねーかな」
長身を生かして木の上方を探し回るのはレンティスだ。低木を真上から見下ろして、鳥が落としてはいないかと確認する。
獣道や足跡が残っていないかと下を見て回るのはブランとチェリー。アティがいた付近に獣の通った痕跡をブランは探す。知識がないのでと邪魔にならないよう森の方を探すチェリーは、時折顔を上げては場所を確認している。もちろん、自分が迷子にならないために。
テスタメントとセリオスは、アティと一緒に草の中を探っていく。アティにとってはもう何度も探した場所。
「やっぱりみつからないの」
小さくそう零した頃に、エリーヌが戻ってくる。どうだ、との問いに短く駄目ねと答えてから、
「けど、巣穴みたいなものなら見つけたわ」
「‥‥おそらくそれでしょう」
チェリーとレンティスを伴って戻ってきたブランが口を挟んだ。彼女の手には金茶色の毛玉が載せられている。それは犬のものとよく似てはいるが。
「‥‥狐、かしら?」
「どうだ。何か見えるか?」
「きつねさんは見えないの」
エリーヌの案内で、狐の巣穴と思われる場所までを歩くその道中。セリオスに肩車されて、アティは物見役の真似事に興じている。
「可愛い狐さんだと嬉しいですねー」
その様子を最後尾から見守りながらも、テスタメントは周囲に聞き耳を立てている。狐以外の動物もいないわけはないだろうし、同じことが起こらないとも限らない。
「魚も気に入ってくれると助かるけどな」
きつねさんをいじめないでとのアティの希望に、餌付けのために川でレンティスが釣り上げたものだ。森でのしばしの休憩に、ブランが簡単ながらも弁当を用意していたのには誰もが驚いた。
「たまには楽しいでしょう」
穏やかに微笑んだ彼女に、お返しだとレンティスは多めに魚を釣った。
巣穴から少し離れた位置で一度立ち止まった彼らを出迎えたのは、案の定一頭の狐だった。それ以上は近付けさせないとでも言うように、巣穴の前に立ち塞がって威嚇する。
「中に子どもがいるようだな」
テスタメントは巣穴の奥から僅かに高い鳴声を聞き取っていた。
「首飾りが巣穴の中だと厄介ですね」
狐に攻撃してくる気配はない。しかし近付けば容赦はないだろう。高いところを巣穴の近くまで向かったエリーヌに、狐は過敏なまでに反応している。
「‥‥巣穴の入り口のところ‥‥わかるかしら?」
狐の後ろ、下草が途絶えたあたりに赤いものが落ちている。
「――アティの、首飾りっ!」
思わず飛び出しかけたアティを、チェリーが慌てて引き止める。
「ここからは私たちのお仕事ですよ」
とはいえ、扱える魔法では威力が強すぎて狐を傷付けてしまうだろう。狐をどうにかするまでは、ここでアティと一緒に成り行きを見守るしかない。
「スリープのスクロールがうまく使えれば良いのですが」
バックパックからスクロールを取り出して、エリーヌは心許なげに呟いた。眠らせるにしてももう少し巣穴から離したいところ。
「よぉし、任せろ!」
釣ったばかりの魚を手にレンティスが立ち上がる。狐の前に出てまずは魚を一匹、巣から離す方向に投げてやる。それで動けば楽ではあるのだが。
「そう簡単にはいかねーか」
噛み付かれても我慢だな、と同じく魚を手にしたセリオスは、徐々に狐に近付いていく。
「落ち着いてくれよ。あんたやあんたの子どもに用があるんじゃないんだ」
できうる限りの穏やかな声で、レンティスは狐に話しかける。注意を自身に向けるためと、何より狐の気を治めるために。
近付く彼らに狐は、意識を向けながらもその場は動かない。頑として巣穴を守ることに徹しているようだった。一度手を出さないと動かないようだな、とさらに距離を詰めて――。
瞬間、狐が跳んだ。慌てて退きさがったふたりを追って、さらに跳び込んできたところへ、エリーヌのスリープが発動する。けれど半ば予想通り効果を現さず、狐は巣穴と一定の距離を保ちながら二人に攻撃を続けている。
「今のうちに巣穴に近付くしかないようだな」
二人が逃げ回るのと反対の方向へ回り込みつつ、テスタメントは呟く。ゆっくりと巣穴に近付く彼に、狐は気付いていないのか。押さえ込もうと隙を窺う二人にタッチアンドアウェイを繰り返している。
慎重に近付いて首飾りに手を伸ばした、その時を狙って、もう一頭の狐が巣穴から飛び出した。その可能性を予期していたエリーヌはスリープを発動させて、今度こそ、眠らせるのに成功した。
「‥‥すまぬな」
首飾りを手にして、テスタメントは狐を見やる。傷付けたのではないが、騒がせてしまったその謝罪はしておきたかった。
「二人とももう終わりましたよー」
首飾りを取り戻したのを見て、チェリーは狐と戯れるレンティスとセリオスに声を掛ける。魚を狐の方に投げやっていそいそと戻っていく二人を、狐はやはり追うことはしなかった。巣穴の前に戻って眠る伴侶を揺さ振って起こし、そのまま威嚇の態勢に戻る。
「申し訳ないわ」
引っ掻き傷だらけで戻ってきた二人にエリーヌは頭を下げた。一度目のスリープがうまく発動していればと思うと、そう言わずにはいられない。
「気にするな」
セリオスは軽く答えて、視線をレンティスに移す。それを受けてレンティスは、丈夫だからな、と笑った。傷をレンティスのリカバーが癒していく。
首飾りを手にしてテスタメントはアティと向き合う。
「貴女の首飾りで間違いないか?」
差し出されたそれをアティは取って満面の笑顔を浮かべ、力強く頷いた。
「ありがとうなの、お兄ちゃん」
とっさに、テスタメントは少女に背を向けた。言われ慣れない言葉に僅かに戸惑った、その照れ隠しに。
「今度からは気をつけることだ」
冷たく聞こえる言葉に、けれどアティは微笑んでいる。
「良かったわね、アティちゃん」
柔らかに微笑んだエリーヌにも、チェリーにも、ブランにも。順にお姉ちゃんもありがとうなのとアティは笑う。
「もう落とすんじゃないぞ? 大事にしろよ」
レンティスに頭を撫でられて、セリオスの肩に再び担いでもらって、ありがとうなの、お兄ちゃんとアティはやはりひとりひとりに笑った。
ドレスタットへ帰る彼らの後ろで、狐の親子が緩やかな時間を過ごしている。
それを、ブランは最後まで見続けた。