決して夜に開くことなかれ

■ショートシナリオ&プロモート


担当:瀬川潮

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月02日〜09月07日

リプレイ公開日:2008年09月09日

●オープニング

 とある宿場町で、騒ぎが起こっていた。
 町の顔役でもあり、有力な商人でもある甚屋算盤(はなはだや・さんばん)が不審な死に方をしていたのだ。
 現場は、甚屋宅の離れにある蔵の中。被害者は、一つしかない扉が内側からしっかりかんぬきで閉じられ、外からは誰も入ることのできない空間で倒れていた。被害者に外傷は見受けられない。それでも呼吸は止まり、すでに体は冷たくなっている。地面や周囲には争った様子はなく、甚屋の倒れ方自体は単に崩れ落ちただけという横たわり方だった。ただし、表情は安らかというには程遠く、驚愕に目が見開かれ頬もこわばっていた。
 甚屋の妻や関係者らの証言によると、朝に主人の不在に気付き方々探したが発見できなかった。その内、蔵の扉が内側から締められているのに中には誰もいる様子がないという異常に気付いた。鉄で強化された戸板を斧で穴を開けかんぬきを外すことで始めて、主人の死を知ったという。
「賊の仕業なら、まだその辺に隠れているかもしれん」
 番頭はそう言って警戒し使用人に持って来させた槍を構え探すが、特に何者かが蔵の中に潜んでいるということはなかった。
 甚屋はなかなかの蒐集家である。蔵の中はたいそうな彫り物や焼き物、書や絵画の巻物が詰まっていた。
「ない」
 物盗りの仕業かもしれないと蒐集品を調べていた番頭は、冷静に言った。
 屏風「月下咆哮孤虎図」のことだ。
 それは、最近甚屋が手に入れ気に入っていた品だ。大陸伝来の逸品で、満月の下、突き出た岩の上に前肢で力強くそそり立ち、くわと口を開け吠えている様がほかに類を見ない迫力をたたえる。また、後肢にかけての滑らかな曲線が艶めかしい。まるで生きているかのような筆致も素晴らしく、「深夜に、決して屏風を開けて見ることなかれ」という『いわく』すら付いている。
「物盗りの仕業だとしたら‥‥」
 蔵は外から侵入できない密室状態ではあるが、実はかなり高い位置に通風用の網戸がある。中から押すことで開き、外からは引かないと開かない。上に蝶番があり、下のみが開く。はしごなどがない蔵の中から出ようとした場合、常人ではかなりの難度を伴う。つまり、外に出ることは不可能ではないと言える。
「が、あの横幅では屏風は通らん。たとえ閉じたとしても」
 番頭、頭を振る。
「まさか、屏風の呪いとか」
「いや、屏風から虎が出たのでは?」
「冒険者、ってのが使うらしい魔法かも」
 泣き崩れていた甚屋の妻を気遣う親族の隣で、使用人たちが不安そうにささやき合っている。
「滅多なことを口にするな!」
 一喝する番頭。
「とにかく、これから甚屋は大急がしになる。主人が何者に殺されたのか、なぜ主人が死んだのかなどの調査は役人に任せる。我々がなすべき重要なことは、主人の葬儀を立派に行い、『甚屋揺るぎなし』を世間に示し、初代の築いたお家の栄華を途絶えさせぬことだ」
 番頭はそう言って、葬儀の準備や取引先への連絡に使用人を当たらせた。
 一方、番頭はこの町の役人が帳面作業しか務まらない無能者だということを理解している。何かと都合が良いが、今回に限っては困りものだ。おそらく、犯人逮捕はもちろん事件の全容の解明すらかなわないものと見ている。
「ふむ。冒険者にも頼んでみるか」
 このあたりはさすがに商人。金の使い所は心得ている。

 後日、甚屋の葬儀はしめやかに執り行われた。
 しかし依然、事件の全容は解明されず、屏風の行方はようとして知れない。
 役人の捜査では、現場の甚屋からずいぶん離れた、町の西外れにある神社で、そこに住みついていた犬が食い殺されていたという異変があったことが分かっている。事件との関係は不明だが、ほかに町で変わったことはない。ただし、犬が食い殺されたのは甚屋の事件があった晩のみで、それからはまったく異変はないという。周囲の村や山でも、それは同様だった。多くの者が内心勘ぐっている「屏風から虎が出たのではないか」という論であれば、初日の晩の事件はうなずけるがそれ以降同様の事件が起こっていないことが妙である。
 番頭は、冒険者の到着を今かと待ちわびている。
 依頼は事件の解明と、もしも犯人がいた場合は屏風を取り戻すこと、仮に虎が絡んでいるのであればその発見と退治である。

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 eb1065 橘 一刀(40歳・♂・浪人・パラ・ジャパン)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)

●サポート参加者

ゴールド・ストーム(ea3785

●リプレイ本文

●まずは現場
「‥‥ここは、一体誰が詳細に調べたのだ?」
 甚屋算盤の死体が発見された蔵の中で、橘一刀(eb1065)が聞いた。
「へえっ。詳しいことは専門に任せろとのことでしたので、お役人様に任せました」
 冒険者たちを蔵に案内した使用人が答えた。一刀、役人は無能者だったなと納得する。
「一番右奥にある通風窓の下側の壁に、わずかな傷がある。比較的新しい傷だ」
 使用人は指差された方を見るが、首をひねるばかりだ。
「こういうことに良く気付く私の連れも同じことを言ってました」
 和泉みなも(eb3834)が、幼なじみの論の正当性を主張した。一刀がうなずく。
「やはり、通気口から出ましたか」
 ゼルス・ウィンディ(ea1661)が目を光らせた。ちなみに、蔵の中の彫り物や焼き物などを熱心に見ては「これは価値がありそう」など好奇心を満たしていた最中だ。念のためとのことだったが、完全に趣味に走っている。
「しかし、中にははしごなどはなく、普通の人間があの場所に取付くことは不可能ですよ」
 そういう風に作ったのだと聞いた、と使用人は返した。
「一人で出るのが難しくとも、もし誰かが外から縄で引き上げるなどしたなら、どうでしょうか?」
 ゼルスの指摘に声もない使用人。
「呪いで人が死ぬ、か。面白い話だが、そんなことが出来るなら、呪いで殺されているだろう人間が、戦だらけの今のこの国にはごろごろしているだろうな」
 天城烈閃(ea0629)が、「屏風の呪いでは」という噂を遠回しに否定した。
「ふむ。屏風の呪い‥‥ですか。それなりに冒険者を続けていますが、人を殺してしまえる呪法には、さすがに出会ったことがありませんね。実在しているのなら、それはそれで興味がありますが」
 同じくゼルスも否定する。
「犯人は複数。しかも、ほかの芸術品に手をつけてないことから物盗りとは考え難いです」
「そして、鍵を持ちうる人物が怪しくなってくるな」
 独り言のように指摘をするゼルスに、烈閃も続いた。捜査の方向性に一致したものを感じ、視線を合わせてうなずく。
「拙者は現場調査が一番性に合うであろう」
 一刀は白い髪を掻きながら言う。
「では、自分は魔物による犯行の線から調べましょう。京から離れていては不自由ですが」
 みなもは、持参した写本を活用するつもりだ。

●捜査の日々
 聞き込み捜査などに動いた烈閃とゼルス。甚屋の妻が事件の軸にあるという見解で一致している。
「思うに、屏風を奪った犯人にとっても、ご主人の死は突然の出来事だったのではないでしょうか? 犯人はおそらく、この蔵の中でご主人に見られてはマズい何かを見られた。そして、ご主人は驚きのあまりに、ここで死んでしまった。困った犯人は、咄嗟に屏風の呪でご主人が死んだように見せかけることにした」
 複数犯、密室、ショック死、とゼルス指を立てる。
「つまり結論は、『妻の不倫』」
 と締める。
 要約すると、妻と誰かが密通し蔵で逢瀬をしていたところ甚屋が蔵に来たという見立てだ。明確になっていない甚屋の死因もこれで説明がつく。その場に直面してのショック死だ。後は、いわく付きの屏風の呪いにしてしまえ、蔵の扉が内からかんぬきで閉じられていれば人がやったとは思えないだろう、じゃあ急いで窓から出るために縄を持ってきますわね、というとこだ。
「鍵の入手の観点から見ると、相手が番頭である可能性は高いだろう」
 烈閃の指摘に、ゼルスもうなずいた。
 しかし、聞き込みでは芳しい情報が得られなかった。
「証拠は、屏風。どこにあるかが問題だ」
 もともと聞き込みだけで解決しないものと踏んでいた烈閃は、予定通りとばかりに隠密捜査に出た。用意していたインビジブルリングがきらんと左手に光る。
 一方、一刀とみなも。
一刀は、すでに現場の詳細な捜査を終えている。
「虎であろう、あの傷は。もしくは、鋭い爪を持つ大型の猫」
 調べ物をするみなもに、彼はそう報告する。すでに烈閃とゼルスには伝えた後だ。彼らの推理に沿わない結果であったが、屋敷内の屏風の有無はどの道必要な情報だということで、捜査を続行している。妻の部屋や番頭の部屋の捜査時は、一人が当人を呼び出し聞き込みをして、その間に調べ尽くすという見事な連携を取っているようだ。
「大陸の華国で、変身すると人の体型をした虎になる『虎人』がいるようですが」
 写本を閉じるみなもの左手に、誓いの指輪が輝いた。
 誓いの指輪は一刀の指にもはまっている。婚約して一年以上。一刀としては、修行中に偶然同じ依頼を受けることとなってうれしくもあり、修行にまだ納得行かず待たせてしまっていることが心苦しくもあり。
 みなもは、自身も冒険者をしているだけに複雑だ。一刀の修行に理解は示すが、冒険者である前に女性である。なかなか会えない悩みでため息の日々。今はこうして一緒に仕事をしているので幸せだ。
 しかし。
「この本にも載ってないのですね」
 ため息と一緒に思わず漏らした。
「あの屏風も華国からの伝来であったな。聞いたことがない怪物だとしても不思議はない」
 一刀はあわてて慰めるが、みなもは力なく首を振った。まさか、「載ってないのは、男心」とは言えない。
「ちょっと休んでお茶にしよう」
 疲れていると見た一刀はそう提案した。無論、みなもは嬉しそうだ。

●真犯人は
「喰い殺された犬‥‥か。もしかしたら、主人が目撃したのは‥‥」
 屋敷内で屏風を発見できなかった烈閃は、捜査の路線変更に踏み切った。決断力が高い。
 そして冒険者たちは、事件当日未明、住み着いていた犬が食い殺されたという寺に向かった。
「あれは、虎を封印した屏風じゃよ」
 よう来たと歓迎してから、寺の住職はあっさりと言った。
「わしは、甚屋算盤と懇意の仲。虎を退治しうる人物が出てくるまで、この話をするつもりはなかった。なにせ、甚屋が放した虎で住人が死んだとあっては、甚屋の評判が落ちるでな」
 そう言って、奥から屏風を持ってきた。
「正確には屏風で虎を封印しているとわけではない。呪いかなにか、術で虎を屏風に化けさせているようじゃな。じゃから、ほかの屏風の絵と色合いがまったく違う」
 住職は「月下咆哮孤虎図」を開いた。生き生きとした虎の姿が目の前に広がり、冒険者たちは感嘆の声を漏らした。
「『夜に開いて見るな』というのは、おそらく虎が夜に起きるからじゃろうて。逆に、寝たら屏風に戻る。寺の軒下で閉じたこいつを見つけた時は、びっくりしたもんじゃて。‥‥まあ、今までのはすべてわしの憶測じゃが、ついでに言えばおそらく術者はこの虎を退治しようとして屏風に化けさせたんじゃないかの。命からがらで。じゃないと、夜起きてしまえば元に戻るという中途半端な術の掛かり方は納得ができん。もしかしたら、相打ちで術者は命を落としとるかもの」
 冒険者にしても、そういったモンスターは聞いたことはない。
「とにかく、甚屋はこのまま未亡人どのが二代目となって、実質あの番頭が取り仕切ることになろう。そして初代の子が大きくなれば、そのまま三代目算盤になる。番頭は悪い人間ではないが、仕事ができすぎる。この屏風も、無事に戻れば素知らぬ顔で転売しようて。‥‥誰と分からんがこの虎を封じた者の未練と、そして初代甚屋算盤の敵を、ぜひ討ってもらえればうれしいのじゃが」
妙な話の流れとなったが、依頼はもともと『虎であるなら、その発見と退治』だ。冒険者たちは快諾した。
「では、仕事は参道外れの広場で」
 住職は坊主を呼んで屏風を持たせると、冒険者たちを外に案内した。参道横にある広場にはたき火が燃え盛っていた。
「じゃ、行きますよ」
 坊主はそれだけ言うと、屏風を火にくべた。虎は驚いて目を覚ました様子で、屏風からぱっと姿を変えると地面をごろごろのたうった。住職と坊主はすでに離れの屋内に逃げ込んだ後だ。
 烈閃とみなもは、容赦なく「十人張」と呼ばれる大きな弓で虎を射抜いた。矢が砕けるかというほどの威力だ。
 次に、ずいと一刀が踏み込んだ。両手に構えるは、七桜剣。ポイントアタックとシュライクを合わせた斬撃を打ち込む。
 虎は弾かれたように体勢を立て直し、四肢でしっかりと立ち上がった。あまりのダメージに生命の危険を感じ、熱さどころではなくなったというところだ。
 ゼルスは、ウインドスラッシュ。手堅く当てていくが、虎はダメージにも関わらずひるむこともなかった。死を賭しているのだ。
 ただし、すでに虎は瀕死の状態。矢を浴びながらも一刀に襲い掛かるが、その爪に速さはない。あわれ、桜色の刀の錆となった。

●愚痴酒場
「最初に調べた役人が悪い」
 ぜひつけで飲んできてくださいと番頭に勧められた酒場で、烈閃がちょこをくいっと干した。出発前に十分な材料なしで判断しなくてはならない中、全力を尽くした推理がずさんな調査で崩れたことに不満を漏らしているのだ。
「まあ、だから拙者たちに出番がまわってきたわけではあるが」
 一刀も、くいっ。ちなみに店の仲居に若造と見られたらしく、軽い扱いをされたのが若干面白くない。
「番頭は、自分の潔白が証明されたことと虎による被害がなく甚屋の名前が守られたことで、私たちを大絶賛してくれましたが‥‥」
 ゼルスは、人差し指をしなやかに伸ばしてちょこを傾けてくるくる弄びながら言う。指輪のエメラルドがきらめく。
「最初の推理が外れたのは、悔しいですね」
 もともと陰謀や策謀が好き。弄ぶのは好きだが、弄ばれるのは嫌いだ。「犯人は、あなた方ですね」と指差せなかったことも心残りである。
「でも、依頼は成功です」
 唯一、みなもがにこにこしている。虎自体は珍しくないものの、珍しい虎を見て満足している。
 もっとも、そればかりではない。
 銚子を持ち、一刀に酌をする。実に幸せそうだ。