大ネズミ峠
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:瀬川潮
対応レベル:1〜5lv
難易度:易しい
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月08日〜09月13日
リプレイ公開日:2008年09月17日
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●オープニング
「ま」
しゃなりしゃなりと上機嫌で歩いていた妙齢の女性が、足を止めた。甘く垂れた両目は、お地蔵様が祭られている小さな社のそばに向けられている。
「お前、自分が獲ったの?」
そこには、一匹の猫が小さなネズミの死体で遊んでいた。猫は、あんころ餅のように黒い。
ネズミの方は、すでに黒猫の爪にやられて死んでおり動かない。猫はちょいちょいとつつくのだが、もうそのネズミは猫にとって魅力的な動きはしない。やがて、退屈そうにしはじめた。
妙齢の女性、お絹も退屈に思った。
「もうちょっと強いネズミだったら良かったのに」
赤い唇に人差し指を軽く当てて残念がる。
「あ。それよりとっても大きなネズミの方が面白いかしら。ね、あんころ餅」
両手を合わせ、甘く垂れた両目をさらに甘く細めて言う。妙案、とばかりに表情は明るい。ちなみに、お絹と黒猫は初対面で、勝手に『あんころ餅』と名付けている。あんころ餅の方も「にゃあ」と返事をするものだから、きぬは甘い表情で喜ぶ始末だ。
お絹が住む集落は村の山側の奥、つまりどん詰まりに位置する。
集落の裏には山しかないが、実は一本の細い峠道がある。が、人が通らなくなって久しい。道は険しく、何より大きな生物がいる危険な場所だからだ。
特に、大ネズミが多い。
峠道を横切る大ネズミの目撃例は昔から枚挙にいとまなく、ついた俗称が「大ネズミ峠」。
ところで、なぜ大ネズミが峠道を横切るのかと言うと、この一帯には大蛇や大フクロウがいるからだ。つまり、大ネズミの天敵である。えさあるところに捕食者が集うのは自然の理。逆に、天敵接近を知れば逃げるのがえさとなる動物の本能である。大ネズミが峠道を挟んで右から左、左から右にと移動するのはそういうことだ。
もっとも、うまく立ちまわって捕食を免れれば、爆発的に個体数を増やすのもネズミの習性。そうなると右にも左にも大ネズミだらけとなる。捕食者は楽にえさにありつくことができ、さらに捕食者は集まる。たまったものではない大ネズミはというと、新たな逃げ場所を探すわけで。
「じゃ、お絹。行って来る」
「頑張ってくださいね、あなた」
お絹の集落では、周囲に出没、いや、集落に居座り始めた大ネズミを追い払うため男手が駆り出されていた。
ちなみに、黒猫のあんころ餅はお絹のひざの上にいる。いつの間にか飼い猫になっていたようである。
「あんころ餅、お前は行かないの?」
お絹は聞くが、あんころ餅は面倒くさそうにあくびをするだけだ。
「ま。ぐうたらですこと」
うふふふふふ、と笑うお絹であった。
その日の晩。
「‥‥駄目だったよ、お絹。俺たちじゃ、駄目だなぁ。追い払うのが関の山。‥‥追い払うはいいが、大ネズミどもは結局そのあと別の場所に居座りやがる。情けない、ネズミごときをどうにもできんとは。それで結局、長たちと話して冒険者を雇うことにしたよ」
お絹の主人は帰宅すると、そうぼやくのだった。
「ま。残念でしたこと。ですけど、あなたはネズミ退治が得意なのではありませんから、悔しがることはありませんわ。怪物退治なら、冒険者さまがお得意のはず。冒険者さまを呼ぶのなら、もう安心ですわね」
彼女はにっこりと主人を立てた。
「ありがとう、お絹。‥‥とにかく、大ネズミは放っとけん。変な病気を持ちこんでもらっても困るし、何より大蛇や大フクロウまで集落に来るようになったら大きな被害が出る。そうなる前に、せめて集落におるネズミだけでも退治しとかないとな」
「でも、大ネズミが集落に現れるなんて珍しいですわね」
面白いこと、と言わんばかりにお絹は甘い笑顔を見せる。主人はそんなきぬに呆れるが、すでに慣れっこでそういう性格だとあきらめている。というか、「面白い」と言わなかっただけましだと思っている。
「冒険者さまの活躍、楽しみですわ」
お絹はそんな想像を巡らせながら、主人の酒の準備にしゃなりしゃなりといそしむのだった。
●リプレイ本文
●神速の(?)マルキア
「その大ネズミが出る峠に向かい、ネズミを探します」
マルキア・セラン(ec5127)は依頼のあった集落に到着した翌朝、きっぱりと言い切った。殺る気満々だ。青い瞳に使命感が燃える。
「え?」
雨水那祇(ec5442)と村雨鋼牙(ec5475)は顔を見合わせた。
(確か、依頼は峠に手を出すなってことだったが)
しかし、言葉に出ない。天然ボケをかましたのかもしれないという迷いもある。
「よおっし。ねずみさんを捕らえるです!」
水面雪名(ec5455)がマルキアに続く。こちらもやる気満々だ。
「ま。お勇ましい。楽しみですわ」
冒険者を自宅に招いたお絹は、昼食を手渡しながら微笑んだ。隣ではお絹の主人が呆れ顔。
「ネズミには困っちゃいますよね。夜中に走り回ってうるさいし、折角下ごしらえしておいた料理をダメにされた事だって‥‥」
呟いて頷きながら出掛ける。青い瞳に燃えていたのはどうやら義憤以上に私憤の色合いが濃い。人生●(乙女のひみつ)年、よほどネズミには恨みがあるようだ。
「皆さんには、負けないですよ!」
雪名は出遅れる那祇と鋼牙に敵意むき出しで言い放ってマルキアの後を追った。どちらがよりネズミを退治するか、挑戦状のつもりだ。
残された鋼牙は、峠行きはまずいのではないかと感じつつも後を追った。何せ、道中食料を忘れたことが発端でマルキアに四人分の保存食を調理してもらった経緯がある。味はすこぶる美味かった。同じく忘れ組の雪名とともに食料の実費を払ったが、明らかに実費以上の味。この時点で、冒険者間での実権は彼女が握った。しかも彼は前夜深酒をして寝坊し、迷惑を掛けている。律義な性格もあり、無言で追った。
さらにその後を、那祇が追う。多めの荷物を持って、お絹たちに挨拶をして。ちなみに、那祇も寝坊して迷惑を掛けている。跳ねる寝癖が示すように、こっちはただの日常だ。
「頑張って下さいねぇ〜」
お絹は抱いたあんころ餅といっしょに、彼らを見送った。にゃあ、とあんころ餅も期待を掛ける。
「一応、道案内でついて行こう」
お絹の主人が不安そうに追尾するのだった。
●敵は集落にあり!
「皆さん、ネズミの足跡とか食べかすとか、痕跡を見逃さないようにお願いしますね」
指示を出すマルキアの作戦は、こうだ。
まずはネズミの痕跡を探し、それを辿って巣を発見、しかるのち投石などでネズミを怒らせ出てきたところを槍でぐっさり、という寸法だ。
「でも私、槍を持ってないです」
雪名のツッコミに、鋼牙は「そうじゃないだろ」と内心突っ込む。
「はい、これ。武器は装備してないと」
那祇が雪名の武器と盾を渡した。
「ああっ。私の荷物無断でいじったんですか? エッチです」
雪名、ありがたがるどころか突っ込む。
「いやだって、まだ魔法も習得してないって言ってたし」
「それより、巣が見つかるとは限らないだろう」
困る那祇を押し退け鋼牙が指摘した。
「巣が見つからなければ痕跡の多い場所に保存食を置いて誘き寄せます。もしも数が多かったら逃げますよ。そして、後ろが岩になっている場所とかまで来たら、闘います。そうすると後ろに回り込まれなくていい感じです。少ないなら、一気に叩き伏せましょう」
なるほど、と一同。峠道を案内するお絹の主人も、「これなら峠が先でもいいか」と内心つぶやいた。
「あ。痕跡発見です」
喜色満面で雪名が報告した。指差す道端の潅木の影に、それはあった。
「ああ、ヘビの抜け殻ですね」
のんびり解説する那祇。しかも、でかい。抜け殻はちぎれて一部分だったが、明らかに通常の五倍以上の大きさだ。
「大蛇がこんなところまで。こりゃ、先に集落を何とかしないと集落に来ますぜ」
主人が怯えながら言った。
「ヘ、ヘビ!」
マルキアは身を竦めた。ヘビが怖いとかではなく、積年の恨みを晴らすためただひらすらネズミを追っていたら予想だにしなかった敵の影が見えたので驚いたのだ。もっとも、大蛇や大梟のといった、大ネズミより強い生物の存在は先に知らされていたのだが。視野が狭まっていたあたり、一度や二度料理をダメにされたとかいうレベルではないのだろう。
「なあ。ここはまず引いて、集落のネズミから退治しましょうや」
「て、敵は集落にあり!」
主人の言葉を聞くやいなや、マルキアは振り向いて元来た道に槍の先をかざした。ぴしりと凛々しく伸ばす姿に風が渡り、ミニのメイドドレスの裾が舞った。「おおっ!」と声を揃え、冒険者たちは集落へと突撃を開始するのだった。
●ネズミ斬(ざん)
「ま。お早いお帰りで」
集落に突撃したものの、取り敢えずお絹の待つ家に帰った冒険者たち。ここでいったんお昼にした。時間的に仕方がない。
「おい。今度は迷子になるなよ」
食事の後、四人組で出たのにいきなりはぐれそうになる那祇。鋼牙が愚痴りながら手をつかんで止め、くぎを刺した。どうやら先の冒険で似たような状況があったらしい。
「きゃああ!」
そこへ、民家から女性の悲鳴。裏口から大きなネズミが出てきた。場所的に、台所で悪さをしたらしい。
「困った子です、困った子です!」
マルキアが殺到して魔槍によるレオン流の突きを繰り出した。一撃でよろよろになる大ネズミ。ちなみに、彼女の叫びは前に「つまみ食いするなんて」が入る。ネズミがつまみ食いしたかどうかは、なぞだ。次に、那祇が続いて日本刀を見舞う。こちらは磨き抜いた我流の剣。瀕死となったネズミの反撃はマルキアの脛を外し、二人のさらなる攻撃で息の根を止めた。
ところで、鋼牙。
「くっ。子どもと言えば、子どもだしな」
雪名をかばっていた。というより、雪名にがっちり腕にしがみつかれ動けなかった。
「ね、ねずみさん。こ、怖いです〜!」
敵と遭遇した途端の出来事で、雪名の反応速度は鋼牙のそれをなぜかこの瞬間上回っていた。
「あっ! ‥‥つ、次は負けませんですからね」
ネズミが死んだと見るや、ぱっと離れる雪名。ライバル心めらめらで言い放つ。
で、次。
響いたのは子どもの悲鳴だった。
「子どもに手を‥‥出すなっ!」
鋼牙がものすごい勢いで駆けつけると、一刀両断の勢いで切り下ろした。きりきり身をねじりながら吹っ飛ぶネズミ。那祇がその先を見切り、間合いを詰め追い討ちを掛ける。怒り心頭の鋼牙も追撃し、那祇のさらなる一撃で屠った。
「おじちゃん、ありがとう」
「かっこいい。俺も冒険者になりたい」
危地を救われた女の子と男の子は、守ってくれた鋼牙にめろめろだ。二十歳でおじちゃんもないものだが、それだけ大きく力強く目に映ったのだろう。
「危ないから家に戻ってなさい」
照れて言葉少なの態度も子どもたちに頼もしく映ったようで、二人はそれぞれ親に「命を助けられた」と絶賛し伝えた。後、鋼牙の元へ親子ともども足を運んで礼をすることになる。
「それにしても、やれやれ。またあんたとか。変な縁だな」
子どもを見送ってから那祇に言った。那祇にしてみれば、「そのセリフ、冒険の最初に言ったじゃないか」というところだろう。だが今回の言葉は、誉め言葉。のんびりしていると思っていた那祇が積極的に前に出て切れのある動きをしていることに頼もしさを感じているのだ。
「油断できないし、気引き締めないとな」
那祇、にやりと返す。
ちなみに、雪名はマルキアにしがみついていた。大きな胸を間近に見る。そして自分のも。
「ま、負けないですよ」
ばっと離れるが、こればかりは明確な勝負がついている。胸が小さいのは彼女の魅力のひとつだ。
そんな調子で、彼らはその日、まずまずの成果を挙げるのだった。
●酒は明るく
「ま。暗いですよ」
実働最終日の晩、お絹は冒険者たちに酌をしながら言った。
「明るくいきましょうや。あらかた湿地やじめじめした場所には出向いて退治したのだし」
集落の長がそう言って改めて乾杯した。
場は湿っぽいが、冒険者たちは依頼に失敗したわけではない。主だったところのネズミはすべて退治したのだ。
問題は、念のための確認ができなかったこと。
「討ち漏らしては、ないと思うのだが」
鋼牙、くいっと杯を傾ける。
「でも、つがいが一組でも残ったらまたすぐに増えちゃいますから」
杯を両手で持ち胸の前でくるくる回しながら、マルキア。
「数で押されたのがきちぃよなぁ」
溜め息をつく那祇の言う通り、参加人数に余裕がなかった点が、若干の作戦遅滞の原因である。
被害は、奇襲に遭った時マルキア以外回避しきれず軽傷を受けた程度(那祇は防御力の関係でカスリ傷のみ)。完全に大ネズミの息の根を止めようと思うと意外と手数が必要だったこともある。
「ゴメンナサイ。私がもうちょっと活躍していれば」
銀色の髪を垂らせうなだれる雪名。初めての依頼でほぼ活躍できなかったと悔やむ。すべての同業者はライバルであると思う競争心の強さの裏返しだ。もっとも、「初めての冒険なので、フォローしなければ」という、ほかの三人の奮起を促したという見えない功績を残してはいるのだが。
「いやしかし。巣穴近くの手際は見事だと聞きましたよ。作戦が当たったようですね」
主人がそういって明るく振る舞った。作戦とは、峠で話していたマルキアの策である。
「そうそう。雪名さんも石投げで活躍したんですよ」
マルキアが仲間を称えた。狙いどころには当たらなかったのだが、効果的な牽制となった。
「とにかく、沈みかけの船からはネズミすら逃げると言います。寄ってきた大ネズミを逃がすことなく全滅させたってことは、まだまだこの集落も捨てたものじゃないということですよ」
長はそう言って、高らかに笑うのだった。あんころ餅も、にゃあと鳴く。
実際、すべて倒したのか逃げ出したのか定かではないが、あれから集落で大ネズミは見ないという。依頼はひとまず、成功のようである。