心中橋
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:瀬川潮
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 65 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:09月18日〜09月23日
リプレイ公開日:2008年09月24日
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●オープニング
京から離れたある山村に、一人の浪人が流れついていた。
町なかに疲れていたのだろう、のんびりして眺めの良い風土が気に入って、すっかり居つくようになった。
もっとも、理由はほかにある。
「香車さま。今日もここにいらっしゃいますのね」
道端の岩に腰かけ遠くを見やる溝口香車(みぞぐち・きょうしゃ)に、そっと近寄った女性がほほ笑みかけた。
「これは、お妙どの。‥‥某は、ここから見る風景が気に入ってしまったようです」
香車、立ち上がって笑みを返す。
そして、前に広がる雛段のような棚田を見た。急斜面に段を変えながら広く長く、山肌にそってきれいにうねる姿がある。不意に、風が渡った。重そうにお辞儀する稲穂が一斉になびき、そして揺れる。夏の間はあれだけ青かったのが嘘のように、金色に染まっている。収穫は間近だ。
「稲のたくましさ、そしてこんな狭い場所も田んぼにしてしまう人々のたくましさ、そんなものが心を打つのです」
さわやかに目を細めお妙を見た。
お妙は、幼少のころから見なれた風景に新たな輝きや息吹を感じた。そして、その感覚を与えてくれた浪人に心を打たれている。同じく、さわやかに目を細め見返す。
二人の仲はすでに、言葉が要らないくらい熟していた。
しかし、香車は流れ者で、お妙は土着の名家の娘。これ以上、男女の仲を進めてはならなかった。少なくとも、香車が住人として村に認められなければ――。
「もし、香車さまがよろしければ‥‥」
視線を落してしばらく迷った後、お妙は顔を上げて口を開いた。
「いや、お妙どの。それは‥‥」
村を捨てると取ったのか、香車がその先を止めた。
「いえ。名案があるんです。香車さまには、身の危険があるのですが‥‥」
名案とは、村の奥にある『怨霊のつり橋』のことだった。
そのつり橋は深い渓谷に架かっている。気流の関係でよく揺れ大変危険な橋であるが、奥の山に行く唯一の手段で村にはなくてはならないものだ。
不吉な通称はその名の通り、夜になると怨霊が出るから。昔、ある男女が心中を図って飛び降りたが、女だけが死んだ。実は偽りの心中で、男ははなから飛び降りる気はなかったのだ。以来、女の怨霊が出るようになる。そればかりか、両脇に手すりになるよう綱は渡されているが、もともと転落事故が多かった場所。怨霊が出るようになり家路を急ぐたそがれ前の転落死亡者も増え、そういった不遇の死を迎えた霊魂が怨霊として増え続けているのだ。
「怨霊の無念大渓谷より深し。退散には相当の力の持ち主が必要。架け替えるにしても、まず怨霊たちを何とかしないと意味がない」
祈祷や念仏を依頼した神主や住職らは、皆そう言ってさじを投げる始末だ。同じく昔に、怨霊退治に乗り出した侍が転落死したという話もある。
「冒険者は、怨霊と戦うこともあるとか聞きました。香車さまも、冒険者をなさっていたこともあるのですよね」
香車は、お妙の潤む瞳で名案が何であるかを理解した。
数日後の晩、香車はただ一人で怨霊のつり橋の真中に立った。掲げたたいまつの炎がぽつねんと浮かぶ。村側の崖には、見届ける村人数人とお妙が隠れていた。
「一人でかなえばよし。無理でも村のための行動を起こせば‥‥」
香車の打算である。右手には、冒険者時代の仲間から魔法をかけてもらった刀がある。怨霊に通常武器が通用しないことは知っている。しかし、他人に頼めるのはここまでだ。ほかの冒険者と一緒では、「所詮、よそ者として退治した」と見られる可能性がある。自分一人が、村人の一員として立ち向かう必要があった。内心、一人で無理はせず早々に切り上げ、村人の一人として冒険者を雇うことを提案し、改めて退治するのが万事無事に解決する方法だと考えている。すべては、お妙の愛のためである。
愛の出陣は、しかし。
「うわあっ!」
複数の悪怨霊としばらく戦って逃げに転じたのだが、強い風に加え、自身の足取りで揺れる悪い足場にバランスを崩し、あまつさえまさに踏み乗った橋の板から姿を表した怨霊からのダメージで転倒したことで、すべてが終わった。
香車、あわれ転落死。
怨霊が橋の下から厚い板を透過して現れることは想定外だったようで、これが命を落す原因となった。
お妙は、泣いた。
すすり泣いた。
悲しみのあまり、自らも谷底に身を投じようとしたのを村人が止める。
その晩から、お妙は隙あれば怨霊のつり橋に行こうとした。香車の後を追う気だ。その度ごとに、村人が止める。
「まずは香車殿の敵を討つのが先。このままでは香車殿も悪霊となるやもしれんぞ」
お妙の父親は必死に娘を説得し、まずは敵討ちをすることで落ち着かせた。
「香車殿のお考え通り、ここは冒険者を雇う」
村人の総意だった。
すでに香車の遺体は日中に深い谷底から引き上げられ、村人として弔われている。
「香車殿との仲を許さなかったわしが悪いとはいえ、娘が身投げするのを放っておくわけにもいかん。冒険者さまには娘の説得もしてもらえればうれしいのだが」
家名にこだわった末の悲劇に、お妙の父も後悔し心痛の思いをしている。村のために戦った香車の人柄が分かった後なので、なおさらだ。冒険者たちに、密かに期待している。
●リプレイ本文
●決戦前昼
「あっ。これ、お妙」
村にて。
お妙の父親がお妙に冒険者たちを紹介したのだが、ぺこりと礼をしただけで立ち去った。辛そうな表情である。
「申し訳ございません。いつもは礼儀正しい娘なのですが」
「念のために張り付いておきますね」
「私も」
忍びの春咲花音(ec2108)が、身投げの可能性を考慮し尾行。僧侶の琉瑞香(ec3981)も続いた。
「後追いで身投げだと? 死んだ男のことは忘れりゃいい。なんなら俺が可愛がってやってもいいんだがな、くっく‥‥、ぐ!」
イヴァン・ボブチャンチン(ec2141)の悪態に、すかさずアンリ・フィルス(eb4667)が肘鉄を入れる。イヴァン、息が詰まりそれ以上言葉が出ない。
「粗忽者め」
吐き捨てるアンリ。巨人族同士の迫力に気圧され、お妙の父や村人は暴言に気を悪くするどころではなかった。
「香車さんがまだいると思うから行きたくなるのよね‥‥」
痛ましげにうつむき、王冬華(ec1223)が呟く。やがて見上げた視線でお妙の行き先へと思いを巡らせた。
そのお妙。村外れの墓地にいた。
「私たちもお祈りさせて下さい」
香車の墓に手を合わせたお妙に、琉が声を掛けた。春咲も一緒だ。
「素敵な風景の村ですね。香車さんが気に入る理由が分かります」
「‥‥私が、あんなことを言わなければ」
春咲の明るい言葉に、お妙の後悔が返ってきた。
「香車さん、橋の悪霊を退治することで守りたかったものがあるんですよ。たくさん、たくさん。風景や村の人、そして‥‥」
お妙を見てにっこりする春咲。お妙は、じわりと涙を流した。
「でも、私は香車さまを裏切れません。あの橋は、『心中橋』。男が女を騙した、偽りの愛で女性だけが落ちた悲しみの橋です。‥‥私は、香車さまを愛しています。あの人だけが落ちたままではいけないのです。私の愛は偽りではありません!」
感極まって声を荒げるお妙。しかし、不意に落ち着きを取り戻した。
「安心して下さい。香車さんと怨霊達は必ず弔ってきます」
琉が背後から囁いた。心を落ち着かせる魔法を使ったのだ。
「それに、香車さんはここにいます。さ、花音さんもどうぞ」
春咲も墓に手を合わせた。
「人の出会いは一期一会なれど、人の想いは尽きず、人の心は死して尚残る」
「そうですよ。二人で楽しそうに田んぼを眺めていることもあったんですよね。香車さんはまだ村とともに居ます」
お妙は突然の背後からの声に振り返った。
巨体のアンリと、細身の沖田光(ea0029)が立っていた。
お妙は、笑った。何かとおせっかいを焼く冒険者の優しさに、在りし日の光景が被ったようだった。
●谷底の決戦
夕暮れ前。
冒険者たちはそれぞれ心中橋付近に打ち合わせ通り陣を敷いた。
「ふうむ。これだけ風が吹けば吊り橋で事故も起こるじゃろう」
磯城弥魁厳(eb5249)は、常設の長い綱で崖の谷底に下りて行く。言葉とは裏腹に自身は見事な下りっぷり。陸に上がった河童という常識は通用しない男だ。
谷底に下りたのは他に、イヴァン、春咲、琉、そしてアンリの計五人。人数配分から主戦組と言える。彼らは足元に気を付けながら周囲をしらみつぶしに歩き、日が暮れてからの戦闘に備えた。地形を体で覚えているのだ。やがて暗くなり始めると、潅木に身を隠した。
そして周囲は薄闇に包まれた。南中した月のおかげで谷底でも意外と明るい。
「よし、行くわよ」
一方、崖の上。吊り橋のたもとで闘気を武器に込めていた王は、両手の鉄扇を構え直した。作戦開始である。
日中に橋の真ん中に結んでおいた命綱を確認すると、ゆっくり一人で渡り始める。役割としては、囮だ。
「うん。昼に渡った時より揺れないわ」
川上側の崖に向かって鉄扇を振った。そちらには援護役の女魔法使い、ヴェニー・ブリッド(eb5868)がいる。彼女が無風の魔法を掛けたのだ。
「来た。敵影十三体!」
その頃、谷底。橋を渡る王に襲い掛かろうと湧いて出てきた悪霊の数を、琉が感知魔法で確認していた。次々上に漂い始める。
「早い! 急げ」
磯城弥の合図で、主戦組は一斉に躍り出た。
疾走の術を駆使する磯城弥。速い。大きな掛け声で囮役もこなした。悪霊に最初に斬り付ける。手にするは日本刀・姫切。対不死者仕様の一振りだ。
「どけい、雑魚どもがぁ!」
続いて、自称・ロシアの破壊王子ことイヴァンが豪快に最前線突入。両刃の直刀がおぼろな青白い存在に襲い掛かる。
春咲は、真ん中を担当。履き物に対不死者結界の効果があり、これを有効活用するためだ。戦闘は、短刀による密接格闘。見る見る距離を詰める。
アンリは念入りに重ねた闘気魔法で、心身ともに充実していた。戦線を見定め動いたが、すでに悪霊一体に取り付いている。
琉は、すでに大きな仕事をしていた。悪霊からの被害を和らげる魔法を谷底の仲間に掛けていたのだ。さらに浄化魔法で敵を攻める。
(これなら安泰でごさる)
アンリは安堵していた。飛躍的に行動力が増す反面、戦闘後にぶっ倒れてしまう魔法を使っていたからだ。化け物に詳しい沖田からの情報で、悪霊どもは触れただけで不思議な被害をもたらすことを知っている。
「防御無しの攻め合いになるでしょう」
覚悟を促した沖田の言葉だ。実際、石のこん棒でいくら叩こうが手応えはなく、それでいて悪霊どもは激しく苦しがっている。一方受ける攻撃は、悪霊の一部分に接触しただけで不可解な痛みが走る。
「ふははっ、効かん。効かんぞッ、雑魚ども!」
しかし、攻撃合間にわめくイヴァンの言葉は真実で、琉の魔法のおかげか我慢のできない痛みではない。磯城弥に至っては、悪霊の動きを見切り回避することもある。春咲の対不死者結界が奏効しているのだ。
それでも悪霊に苦戦を強いられいる。止めまでにどうしても手数が必要となっていた。
「これは弱りました」
見上げる琉。半数は谷底で止めたが、残りは手薄の吊り橋へと上がっていったのだ。
●吊り橋の死闘
吊り橋の王は、命懸けだった。琉の魔法も春咲の結界もない中、転落の危険と背中合わせで戦っている。命綱はあるが、空中にぶら下がって的となれば命の保証はない。
「悪霊の無念大渓谷より深し、だったかしら?」
王は下から沸き上がる悪霊の青白くおぼろな顔を見ては、背筋を凍らせていた。いずれも悲しみに引き歪んだ表情で、恨みの視線は凶凶しく、取って喰わんほどの怨念で迫ってくる。
「げえっ。目を合わすんじゃなかった」
そんなことをこぼしながらも両手の鉄扇で抗戦する。斬り付ける武器ではないこと、無風で一人だけなので橋の揺れが計算できることなど、かなり戦いやすくなっている。
吊り橋の板をすり抜ける敵には十二形意拳の足技、鳥爪撃。瞬間の脚撃は闘気魔法でさらに威力が高められている。手応えは分からないが、その後攻撃の波が緩くなったことから一撃で目覚しい効果があったことを読み取った。
ただ、実際に彼女が相手をしていたのは一体だった。悪霊からの体当たり攻撃を随分受け、すでに息は上がっていた。
「きゃっ!」
不意に、吊り橋の上を炎の鳥が渡った。
沖田の魔法だ。彼女に狙いを変えた悪霊一体を屠る。
彼は、吊り橋の下流側に陣取っていた。戦闘開始から飛び続けている。彼の体を包んだ不思議な炎は翼となり、残りの悪霊五体と空中戦を展開していた。
「炎の翼に焼かれ、迷わず成仏してください!」
谷間を舞台に、旋回、急降下、急停止‥‥。灼熱の翼それ自体が武器で、沖田は悪霊に体当たりを繰り返す。ただし、同時に攻撃を受けることもあるようだ。戦場が細長く、攻撃方法が敵と同じであるため動きを合わせられやすい面もある。彼もすでに累積被害で息を上げている。
「うわっ!」
減速して旋回した時、稲妻が彼のすぐ目の前を走った。悪霊が待ち受けていたのだが、それ以上に一瞬の雷撃への驚きが強い。もちろん、悪霊は一撃で消し飛んだ。
雷の飛んできた方を見ると、ヴェニーがすらりと崖の上に立っていた。彼女の魔法である。頭上の夜空には、星五つが山谷を描くように並んで月明かりに負けず輝いていた。体にぴったりと張り付く服装とあいまって、女神のような姿だった。
そして、谷底の戦いも終局を迎えようとしていた。
磯城弥の姫切、アンリの重い打撃が次々に悪霊に止めを刺していく。
「現れたか悪霊め! 貴様が例の香車とかいう奴か? それとも昔に退治しに来て悪霊になった侍か?」
イヴァンは、元の持ち場を離れていた。新たに岩の下から現れた鎧に身を包む骸骨一体に狙いを定めたのだ。
「他の悪霊どもが弱すぎてあくびが止まらなかったところだぜ」
実際には、彼は悪霊に止めを刺していない。ただ、手応えのない敵より断然、斬り応えのある敵の方が好みだった。まずは敵の刀を狙いへし折ると、うろたえる敵に雄たけび高らかに渾身の一撃を振り下ろした。さらに「無に帰れ!」など繰り返しつつ剣刃を見舞い、ついには完全に息の根を止めた。
最後の悪霊は、春咲の至近の一撃で姿を消した。
●残されたもの
「吊り橋は、わしらに架け替えさせて下せえ」
翌日、王と春咲、磯城弥の三人は橋の架け替えとその手伝いを提案したが、村人たちは気持ちだけ受け取ると言い張った。
「わしらも戦いたいんじゃ。あんたらや香車殿のように。わしらの戦いは、橋の架け替えじゃ」
結局、後日改めて日の良い時を選んで作業することになった。せめてそれまで何もないようにと、琉は吊り橋や谷底に念入りに浄化魔法を掛けるのだった。
「王さんもそう言ってました」
お妙は、香車の墓の前にいた。一緒にいる沖田の、「香車さんは、悪霊になっていませんでしたよ」という言葉に、笑顔でそう返した。
「香車さまは、ここにいます」
「ええ。‥‥ここからは、田んぼも見えるのですね」
「はい」
もう、所々で稲刈りが始まっていた。