流れよ、いずこ

■ショートシナリオ&プロモート


担当:瀬川潮

対応レベル:11〜lv

難易度:やや易

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:4人

サポート参加人数:3人

冒険期間:10月01日〜10月06日

リプレイ公開日:2008年10月08日

●オープニング

 いずれ大海に流れる河川も、その源流を求め辿って行くとだんだん枝分かれし名前を変え細くなっていくものだ。山間部平地にあるその村の近くには、やがて大河に合流する小規模な清流があった。村の大切な水源だ。
「‥‥おかしい」
 ある日の朝、村人たちがその川を見て首を捻った。水が流れていないのだ。
 村では過去に類を見ない怪奇現象だった。
「これは一体どうしたことか」
「何かの前触れかのう」
「ここのところ確かに雨は少ないが、まさか干上がるとは」
 人々は不安を口にする。
 干上がるといっても、流れがまったくなくなっただけ。くぼんだ川底には水がたまり、取り残された川魚が跳ねる。子どもたちは喜んでつかみ取りに精を出している。
「川上で、水がせき止められとるのではないかと思うが‥‥」
 確認してないので断定はできない。
 幸い、田んぼは稲刈りに入り川の水は緊急には必要ない。さりとて、もしもせき止められているのだとしたら、その反動で大量の水が流れてくる可能性がある。川に架かる橋が流されたり、人が流され死人が出ることも有り得る。
「だれか調べて来ちゃくれんか?」
 村長は声を掛けたが、だれも志願するものはいない。
 それもそのはず、川上をたどればいずれ鬼どもの勢力範囲に入る。種族間闘争もあるようで、いずれの鬼も気が荒く戦闘経験豊富。勢力範囲に村人が入ろうものなら生きて帰る望みはない。
「よう。上の村近くの森で、朝っぱらから鬼どもが出たようじゃ」
 その日の夕方、『上の村』から泊まりがけの仕事から帰ってきた男が言った。上の村は、この村より半日歩いた川上方面にあるが、川自体が森の中に入るため川沿いにはない。
「あそこあたりじゃあ、鬼どもは川を渡らんかったんじゃがのう」
 川の上流は森に入ると堀のような浅く狭い谷底を流れ、橋もないため鬼の縄張りと人の縄張りを分けているのだ。渡ろうと思えば渡れるが、下りて上ってとわずらわしいためどちらもそんなことはしない。加えて、川を挟んだ村側の森は、『迷いの森』として知られている。森を良く知る者でも、稀に岩壁で行き止まりとなる道をいつの間にか通っていることがあるなど、謎が多い。
「ちゅうことは、鬼どもが一枚かんどるっちゅうことか?」
「じゃが、鬼どもに流れがなくなるほどきっちりと川をせき止める技術はないじゃろう」
「じゃあ、何で干上がっとるんじゃい」
「そんなもん、調べりゃ一発で分かるわい」
「じゃあ、お前行って来いよ。今の季節は、まだ川沿いの彼岸花が見れるじゃろう」
「おいおい。彼岸花を見に行って自分が花の肥やしになるようじゃ、笑い話にもならんで」
 話はぐるっと一回りして、また沈黙した。だれしも命は惜しい。
「仕方ない。たれぞ、冒険者に頼んで来とくれ。とにかく、川の流れを取り戻してもらうんじゃ」
 川が本当にせき止められているのであれば、急いだほうが良さそうだ。

●今回の参加者

 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

木下 茜(eb5817)/ フェリシア・ダイモス(ec4063)/ ダリウス・クレメント(ec4259

●リプレイ本文

●そりゃ勘違いされるかも
「朴訥そのもの。みな心の優しい者たちばかりです」
 村の道を歩きながらミラ・ダイモス(eb2064)は笑みを湛える。伸びた背筋できびきび歩く姿が凛々しい。
「そうだな。やましいことがあれば顔に出るような者ばかりだ」
 ミラと並んで歩くメグレズ・ファウンテン(eb5451)も、面を緩める。すたすたと歩く姿勢が良く、颯爽としている。まるでこの田舎の山村が西洋宮殿周辺であるかのような雰囲気を醸す。
「こ、こんにちは」
 道向こうから二人の姿を見掛けてよって来た子どもたちが挨拶した。ミラとメグレズも挨拶を返すと、握手を求めた。
 子どもたちは慣れない習慣に戸惑ったが、嬉しそうに笑いはじめる。手を離すと、「やったぁ!」。飛び跳ねながら立ち去っていった。
「万事、こういう調子ですね」
 ミラ、今度は遠くの田んぼではぜ掛けをしている男たちに手を振り返して苦笑した。男たちは戦の女神のように眩しい二人に手を振ってもらい意気に感じたか、さらに農作業に励みはじめた。
「まったくだ。聞き込みと合わせ、事件にかかわりのある村人はいない、で問題ないな」
 メグレズの言葉通り、村での聞き込みは不調に終わった。
「そういえば、『連れている女性は姫様か何かか』と聞かれたぞ。貴殿はどう思う?」
「彼女のことですね」
 くすっと笑うミラ。彼女とは、ステラ・デュナミス(eb2099)のことだ。
「彼女も見るからに冒険者なのですが、私たちは騎士ですし背が高いですからね。特に、あなた」
「そ、そうか」
 少し申し訳なさそうにメグレズは頬を指先で掻くのだった。
「くしゅん」
 その、ステラ。
 流れのなくなった清流に架かる橋の上にいた。すでに情報収集は終えている。
 誰かが私の噂をしたのかしらなど呟きつつ、橋の欄干に身を預けたり。橋は古く所々傷んでおり決してきれいではないが、ステラは何となく気に入っていた。古い分それだけ多くの人が通ったと思えば、なおさら。
「それにしても‥‥」

●流れを求めて
「‥‥せき止められている、というのは間違いないとして」
 森の中、というか干上がった川底の端を歩きながらステラは口を開いた。
 一行は探索初日に村を出発し、森深くに踏み込んだころ。土地鑑に優れ、水の精霊魔法に長じた彼女が先導しながらしゃべっている。
「問題は一体誰が、一体何の目的で、ということです」
 ミラが言葉を継ぐ。戦闘馬・デルヴィッシュを引きながら、周囲の殺気を探る警戒を怠らない。
「そう。そして、なぜいまだ川が干上がったままなのか、ということね」
 ステラは頷く。依頼が出てから日が経つが、まだ止まったままだ。
「迷いの森、というのも気掛りだな」
 メグレズも戦闘馬・ジリエーザを引き続く。
 冒険者たちは、森を良く知る者でも稀に岩壁の行き止まりに出くわすという『迷いの森』について、魔法の影響もあるのではないかと踏んでいる。
 結局、その日はせき止められている地点までは到達できず、野営することにした。場所は、川上に向かって左岸、迷いの森の方。
「待って。敵です」
 村でもらった食料を調理している時、殺気を感じたミラが反応した。
 向いた方向には、茂みに隠れた小鬼戦士五体。奇襲するつもりが感付かれ、突撃をためらっている。それでも、後ろに下がるステラに前に出るミラと、陣固めをしている冒険者たちの様子を見て襲いかかってきた。ステラより前になったにもかかわらず、若干引いたメグレズの動きも誘いになったようだ。
「グギャ!」
「ガアッ!」
 ミラの斬魔刀が黒光りとともに翻る。
 ステラの高速詠唱で発生した水の大玉が迸る。
 いずれも破壊力凄まじく、小鬼戦士へ痛撃を与え気勢を挫いた。悲鳴を上げる鬼二体。
「妙刃、水月!」
 一方のメグレズ。敵の攻撃を誘っておいて得意の一撃を繰り出した。その極意は、伏せる。大上段、攻撃を受ける、激突の瞬間、などがその心を表わす。
 水月を食らった小鬼戦士は吹っ飛び、瀕死状態。先の二体の大被害と合わせ鬼側の士気は完全に消滅し、あわてて逃げ去った。武装が貧弱な小鬼が出てきて負傷者を連れ帰ったが、冒険者たちは追わなかった。
「川上側、でしたね」
 ミラが呟いた。冒険者たちにとっては鬼のせん滅より、どちらに逃げたかの方が重要だった。
 その晩は結局何事もなく、翌日。
 川上へ。川上へ。
 そしてついに、すべての元凶が冒険者たちの前に姿を現わしたッ!

●冒険者たちは見た!
「なんだ。これは」
 目の前にそびえる岩壁に、メグレズが思わず漏らした。
 なんと、水無し川のある谷の部分を岩の壁が塞いでいたのだ。そびえる様は雄々しかったが、明らかに不自然。両岸の岩肌と壁の色が違い、別のものであることが見て取れる。しかし、壁と岩肌はぴったりとくっつき、蟻一匹が抜ける隙間もなかった。まるで、この場所に左官屋が壁を塗ったかのようだった。
「これ、妖怪『塗坊』だわね」
 怪物知識の豊富なステラが呟いた。「ちょっと待って」と続けてから、連れてきた妖精・カトレアの魔法で壁際の水溜まりと何度か会話した。
 結果、やはり正体は塗坊。ステラは、普通は突然現れて旅人の行く手を阻むことぐらいしかしないことなどを説明した。
「妖怪、ってわりには攻撃してこないな」
「だって、『通せんぼすること』が攻撃だから」
「‥‥なんだよ、それは」
「気をつけて。敵の気配があります」
 呆れたメグレズをミラが制す。魔法で気を高め周囲を警戒していたのだ。
「上流右岸、近距離投擲戦闘の間合いです」
 下流側に退き左岸に上がることができる場所を探し、上ってから馬をつなぐ。そしてこっそり近付くと、右岸に多数の餓鬼がいるのを発見した。岸が低くなっている場所に四つ這いになり、がぶがぶがぶがぶと一心不乱に川の水を飲んでいる。
「‥‥まさか『日にちが経っても川が氾濫しない』理由って、これ?」
 がっくりと肩を落としながらステラ。やがて餓鬼どもは屈んでも水が飲めないくらい水位が下がると、左岸奥の森へ去っていった。
「鬼たちはこの上を渡ってこっち岸に来るみたいですね」
 塗坊の上の部分を指してミラも呆れる。塗坊の幅は短い剣の長さ程度あるようで、そこは多くの足跡が残されていた。えらく乱れている様子から、楽しんで渡っていることが見て取れる。
「誰かが支流を作って川の流れを変えたっていうわけでは、ないわねえ」
「せき止めることで何か得をしようとかいう作為も、ないようだな」
 水がなみなみと溜まった上流側の調査をして、ステラとメグレズは結論づけた。がっくりと脱力する。
「とにかく、水を流しましょう」
 ミラは金色に輝く魔法の穴掘り道具を取り出し、突然大量の水が流れ出さないよう気を付けながら塗坊が接地する崖を上から削った。隙間ができるとたちまち水が流れはじめたが、すぐにぴたっと止まった。塗坊がわずかに形を変えて隙間を塞いだのだ。
「今度は私が」
 結構な労力となるため、代わってメグレズが道具を借りて崩した。結果は同じだった。
「好んで水をせき止めている、ということですか。これは」
「まさか、人を通せんぼするのに飽きて水を通せんぼしたいのかしら」
 ミラとステラ。
「迷いの森もこいつの仕業かもしれん」
 またも呆れてメグレズ。
「もういい。貴殿ら、少し下がってくれ」
 続けて彼女は霊刀・ルイをすらりと抜き放つと、下流側へと移動した。少し張り出している部分に立つとおもむろに‥‥。
「飛刃・砕」
 何やら剣に魔力を念じた後、剣撃の波動を左岸の塗坊が接地する部分に打ち込みはじめた。
「砕、砕‥‥」
 繰り返し撃ち込むうち、ついに左岸が大きく崩れた。流れ出す多くの水。それを良しとしない塗坊はまたも形を変え塞ぎに来る。が、びよ〜んと横に広がり過ぎたようで、高さが足りなくなった。なみなみ溜まった水が、どばーっと上から流れ出しはじめた。
「やった!」
 歓声を上げる一同。
 が、しかし。
「ええっ!」
 次の瞬間、とんでもない事態となった。

●冒険の顛末は
 なんと、塗坊がぱっと姿を消したのだ。
 溜まりに溜まった水は一気に流れはじめた。
 冒険者たちはこの濁流に飲まれることはなかったのだが、理想の展開ではない。
 もっとも、流れは元通りになったのでこれで依頼は完了である。念のために迷いの森を調べたが、特に異常はない。
「『行き止まりになって迷う』という話をよく聞きます」
 上の村に立ち寄って聞いてみると、そういう内容が多い。結局、迷いの森は塗坊が通せんぼしていたのではないかという結論に落ち着いた。ちなみに、この村から直接依頼はなかったが鬼を追い払ってくれたからという理由で、気持ちばかりの礼金を受け取ることとなる。
「人が流されたとかいう被害はなかったんじゃが‥‥」
 依頼のあった村に戻ると、すっかり川はいつもの流れに戻っていた。氾濫は一瞬だったようで、被害者はいない。
「橋は壊れましたな。ま、これは直せばよいこと」
 村長の言葉に、がっくりと肩を落とすステラ。少し気に入っていただけに、しまった、という思いがある。
 村を離れる前夜、報告会を兼ねて酒宴をした。
「そりゃ、塗坊も通せんぼができなくなったんで面白くなくなったんじゃろ」
 冒険者たちの土産話に、村人たちは面白がってそう返す。突然塗坊が消えた理由を推測しているのだ。
「‥‥白い騎士さんが言うように支流を作っても、水が急に減り出したっちゅうことで姿を消したんと違うか」
 わははは、と笑う。喉元過ぎれば熱くないといわんばかりの朗らかさだ。
「しかし、変わったことをする妖怪もおるもんじゃ」
「今年の秋は気温が高いっちゅうことじゃないか? ま、橋が壊れた以外はめでたいこと尽くめ。ええじゃないか。飲め飲め」
 改めて盛り上がる村人たち。
 酒宴は、遅くまで続くのだった。