里神楽と魍魎跋扈

■ショートシナリオ&プロモート


担当:瀬川潮

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 10 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月09日〜10月15日

リプレイ公開日:2008年10月16日

●オープニング

 とんつくとんとん、しゃんしゃんしゃん‥‥。
 神社内の広間に、太鼓と幣(へい)と呼ばれる鈴の音が響く。叙情豊かに尾を引く横笛の音も緩やかに加わり、静から動への胎動を伝える。
「‥‥田舎じゃけえのう。わがとこの村は」
 近付く秋祭りに備え神楽の練習をする若い衆を見やりながら、老人がぼやいた。
「ほうじゃのう。よそんとこじゃ、そういう話は聞かんよのう」
 別の老人も同じく。目の前に、東西南北の四方それぞれに、小さい歩幅で順番に前後しながら礼をする舞い手の姿が近寄る。鈴の幣とは別の手に持った白い紙の幣から、さらさらと擦れる音もする。
 二人が困っているのは、昨年の秋の例大祭での神楽奉納の最中に山鬼や人外のあやかしの類がいたことだ。もっとも、噂でしかないが。いずれも、長い階段の上にある地元の神社の周りの林などから盗み見るように神楽を見ていたらしい。
「まあ、特に実害はないんで大丈夫じゃと思うんじゃが」
「ほうよ。鬼どもも、わしらの神楽を見たかっただけじゃろう」
「でもよう」
 二人が座るところに、別の男がやって来た。年配者だが、こちらは幾分若い。
「もしも何かあったら大変じゃし、何よりその噂で女子どもが近寄りにくくなってものう。祭は、村全体の楽しみ。年にそうそうない晴の日じゃあ。それが心の底から楽しめにゃあ、何のための晴の日か分からんで」
「かというて、追い出すようなまねをして逆に暴れられてものう」
「去年は、おとなしゅうしてくれとったわけじゃし」
 前の二人の老人は口をそろえる。
「逆に、向かえ入れてやったらどうじゃ。ここらの山鬼とわしらは、今までもうまくやっとったわけじゃし」
 さらに一人がやって来て言う。
「駄目じゃ駄目じゃ。そんなことをしたら、今までの微妙な関係が崩れることもあるわい。互いに素知らぬ振り、が一番じゃ」
「おいおい。聞いた話じゃあ、鬼だけじゃなくちっこい精霊や一反妖怪もおったらしいで」
「えらく美人のねえちゃんも木陰に隠れて見とったらしい。広場のほうに出てこんかった、ちゅうことはあのねえちゃんも妖怪か何かだとかいう話じゃ」
「ぶるぶる。百鬼夜行じゃのう」
 次々寄ってきては、わいわい、わいわい。いつの間にか太鼓も笛もやみ、練習も中断していた。
「ま。そんだけわしらの神楽が捨てたもんでもないってこったな」
 この言葉にだけは、一同肯く。まんざらでもなさそうだ。
「ちゅうことで、人外どもにこっそり見てもらうのは黙認する。と。‥‥が、わしらはいいとして、見てもらうほかの村人にはどうやって納得してもらう?」
「安全じゃということが分かれば、まあ説得もできるわな」
 ここで、一同うーんと唸り始める。『安全じゃと分かれば』を実現するための方法が思いつかないのだ。
「柵を作る‥‥」
「林周りの潅木や茂みがほぼその役をしとる。わざわざ作ると逆効果になるやも知れん」
「‥‥用心棒として、冒険者を雇うか?」
「しかし、退治に走られるのが一番怖いぞ」
「いやいや、そのあたりはちゃんと説明して‥‥」
「そうそう。それとなく張ってもらって、万が一人外が暴れそうになったら退治してもらう、という方向で。退治だけするのが冒険者じゃないらしいと聞いたことがあるぞ」
 うーん、と再び唸る一同。

 結局冒険者を雇うことになったようで、後日冒険者ギルドに依頼が掲示されていた。

●今回の参加者

 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2832 マクファーソン・パトリシア(24歳・♀・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●前夜祭が、はじまるよぅ
 太鼓の音はとんとんと軽く速く、笛の旋律は長く緩やか。
「不思議なものだ」
 夕闇迫る神社の境内で、超美人(ea2831)は頬を緩め背後に流し目をくれる。村人の流れに逆らいながら、そこはかとない懐かしさ、踊る心を噛み締めていた。緩急高低が絶妙に絡む呼び込みの祭囃子は人の心を捉えてやまない。冒険者の心も、また。
「鬼や妖まで寄ってくる祭りとは、よほど見応えがあるのだろうな。楽しみだが、のんびり神楽鑑賞とはいかなそうだな‥‥」
 大きな荷物を抱え並び歩く天城烈閃(ea0629)。おもむろに身の丈以上の強弓を構えると、林の方に向かって放った。矢はレミエラにより、きらきらと輝き尾を引く。参道を行く村人たちは頭上の流れ星に「おお」と感嘆し目で追った。矢が立ったのは、一本の樹。その周辺で、何者かが木陰に隠れる気配があった。山鬼だ。
「まだ、早い」
 呟き微笑する。いきなり飛び出してくることもないだろうと読むが、威嚇しておいたのだ。村人たちは、護衛に冒険者が来ることを知らされていたため不審に思う者もなく、「私たちを安心させるために、わざわざ射たんじゃろう」と、むしろ盛り上がった。山鬼は村人に感付かれる可能性のある位置にいたが、今の一撃で引っ込んでいる。
「森を見張るならわたくしに任せて!」
 早速出番と、マクファーソン・パトリシア(ea2832)が金髪をなびかせて駆け出した。
「楽しそうに行ったわねぇ」
 セピア・オーレリィ(eb3797)はにっこりと見送る。ちなみに彼女、武器を携行していない。ただし、全身白い姿と合わせ、神聖騎士として身に着いた立ち居振る舞いは村人たちに「ただ者ではない」と思わせるに十分だった。
 ととん。
 祭囃子が、止んだ。
 神社の舞殿では、神楽奉納の前の挨拶が始まっている。改めて、冒険者たちが警備していることも伝えた。
「では、私たちも動きましょう」
 大柄な宿奈芳純(eb5475)がそう言うと、冒険者たちは思い思いに散った。

●百鬼夜行
 さて、宿奈。
 おもむろに巻き物を広げると、熱源視覚の魔法を自らに掛けた。これを軸に周囲を警戒するつもりだ。望遠視力の魔法なども駆使したところで、早速林の奥に一反妖怪を見つけた。思念会話の魔法で仲間に知らせた後、一反妖怪にも心の声で話し掛けた。
『お初にお目にかかります。陰陽師の宿奈芳純と申します‥‥』
 顔はないが、遠くでうろんそうにする一反妖怪。宿奈は引き続き思念を送りこちらに気付いた様子を見取るや頭を下げる。
『‥‥できれば村人達には気付かれぬよう』
 丁寧な言葉で歓迎の意を表わし、要点を伝える。実に手慣れている。
 が。
「痛っ!」
「お馬鹿ねぇ」
 頭を叩かれた宿奈は、振り返った。そこには一人の女性が立っていた。即座にただ者ではない雰囲気を見取るあたり、経験深い交渉役らしい。
「あんなのと交渉してどうするの。するなら、私となさい」
 垂れた目から甘い視線を流す。そして宿奈の手から名酒「うわばみ殺し」と吉備団子をひったくった。
「夜叉、ですか」
 宿奈の言葉に、ふふんと女は目付きを変えた。一目で正体を当てられて見直したのだ。
「安心なさい。貢ぎ物をもらったからには、その辺の妖怪やら鬼やらはアタシが責任持って、大人しくさせとくから」
「名前を、うかがっておきましょう」
 宿奈の言葉に、舞殿を見る女。すでに神楽は始まっていて、二人が四方祓と呼ばれる儀式舞を繰り広げていた。
「ヨモ、としておきますわ」
「ではヨモ殿、くれぐれも事を荒げぬよう」
「当然だわね」
 ヨモは背を向けると、腰を振りながら去っていった。
 一方、超。
「あれは山鬼。あっちは精霊か。専門の彼女なら詳しく分かるだろう」
 見張る相手の位置関係を確認して呟く。もっとも、超は警護の専門家。鬼や精霊が襲う気がないことを見切っている。
 そして、超の言う彼女。
「もしもの時があったって、このメンバーなら大丈夫。楽しんじゃおうっと!」
 るん、と片足を蹴上げるマクファーソン。小さな精霊を見つけては手を振る。精霊の方はいつものように、見つかったと分かると慌てて逃げ出す。そのくせ、神楽には後ろ髪を引かれるようでまたそっと草葉の影から顔を出すのだ。それを見てくすくす笑うマクファーソン。一体どちらが妖精か。
 その頃、セピアもくすくす笑っていた。
「お墨付き、もらっちゃったわ」
「その反応も、今まで異性をからかっていた証拠。人間にしとくのが惜しゅうございますわ」
 一緒にいるのは、妖怪・精吸いだ。セピアの肩に手を掛けては、くねりとしなだれる。
 この妖怪、色気を振り撒きながら村の若い男と話し、ちょっとふざけて手の甲から血を吸おうところ、セピアに「神楽を見て楽しむだけにしておきなさいな。騒ぎになって中止にでもなったら残念でしょう?」と耳元で囁かれたのだ。悔し紛れにセピアに「あなたも随分、男をからかってきたようでございますわね」と嫌味を言ったりも。セピア、「お墨付き」と返すあたり、やる時はやる性格が出ている。
「では、ごきげよう」
 最後に嫌味を言ってせいせいしたのか、精吸いはしゃなりとその場を後にした。
「それにしても、人間にしとくのが惜しいってのはシツレーよねえ」
 実は、根はまじめだったりもする。

●里神楽の夜
「なに、遠慮するな。どこぞの大名ではないが、我も実は魔王と呼ばれる存在よ」
 その頃、天城。
 恐ろしげな仮面を被っていた。ちなみに魔王と言ったのは法螺だ。
 何をしているかというと、林の中で山鬼たちを束ねていた。
 流れ星の一矢を見せた後、持っていた強弓を脇に置いた。山鬼たちも手にした金棒を投げて武芸を披露。天城を真似たのだが、脇に置く武器がない。頭を掻き肩をすくめ、がははと笑う。ほかの鬼も真似て、金棒を投げて肩をすくめ、がはは。どうも根は単純だ。
「同胞達よ、我らは我らで共に楽しもうではないか」
 背負っていた荷物から、魚や酒を取り出す。神楽が見える林の中で、村人と隔離して騒がせるつもりだ。
 その頃、舞殿。
 この村の神楽は、十二演目を奉納する。順番は進み夜も更け、酒や芳飯が振る舞われはじめた。芳飯は刻んだ煮しめなどをご飯にのせ、温かい出し汁をかけたものだ。
「あんたね」
 超がもらった酒を飲みながら警戒していると、ヨモが寄ってきた。
「ここの神楽は素晴らしいんだからちゃんと観なさいよ」
 物語性は薄いが、回転と動きの激しさ、その中でぴたっと見栄を切る小気味良さ、そういった動と静や躍動感、編成の大小が素晴らしいのだと解説する。
「変わった悪魔であるな」
 呆れる超。
「人を知らずに人を騙せるわけないでしょ」
 彼女の言い分である。
「ほら。舞手だけでなく囃子の方も見る。今、笛の女が代わったでしょ。ずっと吹き続けるの、大変なのよ。その辺もちゃんと見て評価なさい。‥‥もうっ、この分じゃアンタの仲間もちゃんと観てないわね。私が教えないと」
「変わった一面を見せてくれる」
 彼女を見送りながら、しみじみと超。長髪を掻き分け、またきゅっと飲む。
 ところで、すでに出来上がっている者もいる。マクファーソンだ。
「あれは木霊って言って全く害の無い精霊よ」
 などと村人たちに教えていたまでは良いが、酒を手飲んでから様子が変わった。
「やることやってんだし、物の怪が楽しんでるのに負けられるかぁ」
 おおっ! と、一部の村人。どうも物の怪と宴会勝負をするつもりらしい。
「ちょっと。あれ、何とかして下さらない?」
 見かねた精吸いが人込みを掻き分け、宿奈に苦言を呈した。
「うむ。あそこに放り込もう」
 宿奈は天城たちのいる方を見た。そちらも激しく盛り上がっている。
「あっ! こんないい食材があるじゃない」
 天城たちの輪に入ると、マクファーソンの目付きが変わった。性格だろう。早速手の込んだ料理を作りはじめる。
 神楽はの方は、関(せき)という演目に変わっていた。人間の勇者と大鬼が一騎打ちする舞で、宝剣と金棒を合わせキリキリ回る。何かと気が回る宿奈は、鬼が退治されるであろう話に山鬼どもが気分を害するのではと心配したが、杞憂だった。
「オオゥ! コレ、コレ」
 山鬼たちは、涙を流し感激していた。
 実はこの舞。人と鬼は宝剣と金棒を交換することで休戦し、友情を育む内容だ。
「イイ。サイコー」
 喝采する山鬼たち。林の一角の興奮は最高潮。もう精霊たちも隠れることはしない。堂々と出てきて赤いワインに舌をつけたり、サバやイワシなどの海の幸を味わっている。
「くっ。来てしまった。私も修行が足りぬ」
 賑わいに抗えず足を運んだ超が、やけくそ気味に酒をあおり静かに腰掛けた。一反妖怪がその隣に漂う。子どもの姿に化けた木霊がきのこを手土産に加わる。
「‥‥ここで神楽見学をすればいいってわけね」
 続いてセピアが呆れながらやって来た。見張る対象は、いつのまにかほとんどここに集っていたのだ。ついでに、一部の村人たちも。
「ちょっと、ここからがいいところなんだからね」
 やがてやって来たヨモが人差し指を立てた。物の怪たちも分かっているのか、じっくりと神楽を見る。
 舞殿では最後の演目、将軍舞が繰り広げられていた。
「神降ろしの舞よ」
 ヨモの解説。
「これはとっても長いの。その間くるくる動き続け意識が薄くなり、その状態で神が降りるわけ。悪魔としては一番付け込みやすいとこだけど、この日だけは知らん振り」
 ふうん、と一同。超が、きゅっ。
 ふと、囃子が止まった。将軍役は止まり、最後に何か呟いた後、静かに気絶した。
 長かった夜の、終りである。

●翌日
 村の道を、御輿が行く。
 その賑わいの輪に、冒険者たちはいない。
「わたくしたちって、こういうのを守っているのかしらね?」
 マクファーソンの言葉。役目を終えた五人は、遠く眺める。
 彼らの故郷では、果たして。
 風が、優しく撫でた。