田をかえせえぇぇぇ〜!
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:瀬川潮
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:4人
サポート参加人数:2人
冒険期間:10月16日〜10月21日
リプレイ公開日:2008年10月24日
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●オープニング
夜。
ある山村が恐怖に震え上がっていた。
「う、うちの前で止まりおったぞ」
「ひぃぃぃぃ〜」
ある民家の一室で、夫婦が震えながら抱き合っていた。外では、ずるっ、べちゃっ、という足音らしきものが近付いてきている。
やがて足音が消えると‥‥。
――どんどんどんどん!
玄関の引き戸を叩く音。力強く、容赦ない。
(ひいいいいいぃぃぃぃぃぃ〜!)
夫婦は涙目で、声を抑えながら震えあがるのだった。
そしてまた、ずるっ、べちゃっと足音は去っていく。次の家に行くのだ。風の音がはおぉう、ひょうぅ、ひゅうぅ〜、と鳴る。どんどんどんどん、と次の家の戸板を叩く音が遠くに聞こえた。
「ふうぅ〜。何とか過ぎ去ってくれたか。戸が壊されるんじゃないかと思うと、生きた心地がしねぇな」
「ねえ、アンタ」
夫が肺の中の空気すべてを吐き尽くすのではないのかというくらい深い安堵の息をついたところで、妻が怪訝そうにした。
「さっき、『田をかえせえぇぇぇぇ〜』って、聞こえなかったかい?」
「いやあ、そんなの聞こえんぞ」
「風に乗って、『田をかえせえぇぇぇぇ〜』って声が聞こえたような気がするんよ」
「気のせいだってよ、おめえ」
夫は、取り合わなかった。
「田をかえせ、だって? 言うとしたら毎晩来やがるアイツだろうが、口がきけるんなら『こんばんは』が筋ってもんだろう」
「聞こえたような気が、するのよねぇ」
妻は、夫の馬鹿話を取り合わず物思いに沈むのだった。
「田をかえせ、って言われてもなぁ」
「この村に、誰かから奪ったり横取りしたような田は一枚もないはずじゃ」
日中、村の顔役たちは会合を持ってはそう話し合う。
どうも、「田をかえせ」と聞こえたという話に興味が集中しているようだ。
「お。この漬物、いい味がついとるな」
「この夏はようぬか床を底まで混ぜましたけぇ」
「‥‥お主ら、真剣に話し合えよ」
どこかのんびりしているのは、実被害がないことと、どうしていいか分からずすでに諦観の雰囲気があるから。毎夜、村を歩き回って民家の戸を叩いているのは、泥の巨人である。村人が直接正体を見たわけではないが、叩いた戸板に大きな拳状の跡が残っていること、その位置が高く、さらに泥の手型であるためそう結論付けている。
「たれぞが殺されたとか襲われたとかいうのではなし。猫が盛っとると思えば良かろう」
「今からも襲われんとは限るまい。もしも本当に『田をかえせ』という望みらしきものを口にしとるのなら、望みをかなえん限り今晩にでも怒って暴れだすとも知れん。なんとか望みをかなえてやるか退治せんと」
「そうじゃ。ここにおる皆も毎晩寝られんで顔もしょぼしょぼじゃあ。稲刈りは終わったが、このままじゃあ野良仕事に支障が出るわい」
そうじゃそうじゃと、一同。
「みなもわかっとると思うが、相手は人じゃねぇ。泥の巨人。人外のものじゃあ。わしらじゃどうしてええか分からん。冒険者、雇うで」
「そうじゃそうじゃ」
「『田をかえせ』言うとるらしいが、だれも取ったつもりもないし返す田んぼもねえ。さらに言えば、本当にそう言っとるのかも怪しいもんじゃ。『退治』の一点張りで、ええな?」
「わしら住民が襲われず、あやつがおらんなりゃあ、それでええ」
おお、と一同。意気が上がる。
そしてまた夜。
昼間の勢いはどこへやら、村人達は布団をひっ被り震える。
ずるっ、べちゃっ。
――どんどんどんどん!
「ひいいいいいいぃぃぃぃ」
「はよう冒険者、来てくれんかのう」
村人達は安らかな夜、そして冒険者たちを心待ちにしている。
背後を山々に挟まれた山村に、今夜も高く低く、か細く強くと風が鳴っていた。
●リプレイ本文
●かえせと言われても
「これです」
依頼のあった山村。
村長は到着した冒険者たちに、『泥の巨人』のものと思しき手形を見せた。秋晴れの日差しの中、民家の戸板に乾いた泥がへばりついている。
「こうして、こう『どんどんどん』と」
身を屈めて、握った拳の小指側、つまり剣を逆手持ちした格好で叩くふりをする。自然、手首は水平となる。泥の拳の跡も、戸板の高い位置にあり、なおかつ手首の位置関係は水平だった。
目撃情報がなくとも、来訪者が泥の巨人と断定する所以である。
「雨さえ降らなきゃ、足跡は残るはずだよね」
シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)は人差し指を唇に当てて地面を探しはじめた。こちらはさすがに戸板ほど鮮明に残っていない。
「ともかく、まずはおくつろぎ下さい」
冒険者四人を歓待する村長。わいわいと村人も集まってきた。いずれも目の下が黒く、しぱしぱした目だ。
「田をかえせ、ですか‥‥。村人さん達に心当たりが無くても、現象が起こっているからには必ず何かしらの理由があるはずです」
昼食時、沖田光(ea0029)が鯉の刺し身を食べる合間に言う。地元の田が、いずれも奪ったり横取りしたものではないという村人に改めて問い掛けたのだ。
「じゃが、誰かのいたずらじゃあねえぞ」
「そうじゃ。村人は滅多なことじゃ夜に出歩かん。この村は昔、夜な夜な大きな鬼が徘徊しおったことがあって、夜中に何も言わん者が来たら絶対に出ることも様子を見ることもせんのじゃ」
「まあ、田に執着する様子などから昔文献で読んだ『泥田坊』という妖怪‥‥、え?」
沖田は、村人の言葉に違和感を憶え言葉を止めた。
「戸口の前で『田をかえせぇぇぇ〜』って言ったのでは?」
ぱちくりと目を丸くする沖田。
「あ、いや。それは‥‥」
村人の説明によると、聞こえたのはあくまで『遠くから』であり、常に『風の音に紛れるように』聞こえたのだそうだ。
「あの。もしかしたらですが」
続いて訪れた静寂の中、風生桜依(ec4347)が切り出した。
「『田をかえせ』は、『耕す』の由来であるほうの『返す』だったりしませんか?」
またも、沈黙。
そこへ、村長の妻が新たな米びつを持ってやって来た。
「あらまあ、箸が止まって。最後にお漬物も召し上がって下さいな。この夏はようぬか床を返しましたんで、いい味が‥‥」
「それや!」
村人は、一斉に妻を指差した。
「そういうわけで、今年、村で耕されなかった田んぼって、あるかしら?」
志士の神木秋緒(ea9150)が、静かに指摘した。
●巨人との戦い
しかし、捜査は難航した。
村人によると、休耕田などはないと言うのだ。
結局、現地調査と聞き込みをすることになった。
「だめだよ。足跡は田んぼに入って、どこに行ったか分からない」
足跡を追っていたシャフルナーズが肩をすくめた。すでに田んぼは稲刈りが済んでいる。
「うーん。北方面から来ているようですが」
巻き物を広げ、田んぼに残った水溜まりに魔法で話し掛けていた沖田も黒い瞳を翳らせる。北には山があるだけだ。はおぉう、ひゅおぅと風が巻いている。
「おおい」
秋緒が近寄ってきた。
「有力な情報はなかったわね」
言葉少なに戸別聞き込みの結果を話す。夜の様子や、叩かれたことのない家などを探していたのだが芳しくない。昼間の目撃例がないこと、愉快犯の可能性が低いことを話す。
「やっぱり、北の山の中に潜伏しているのかな?」
「そう言われれば、南側の出現時間の方が比較的遅いような感じだったわ」
「喋れるんだったらほかに喋ればいいのにね」
シャフルナーズ、秋緒、桜依がそれぞれ話す。最後の言葉に沖田は若干反応したが、言葉を飲み込む。
「とにかく、夜を待ちましょう」
秋緒が話をまとめた。
そして、夜。
冒険者たちは、泥の巨人を待ち受けた。
昼間の調査は、無駄ではない。しっかりと村の北側に分散し待ち伏せをする。
やがて、ずるっ、べちゃっ、という音が聞こえだす。月明かりの中、人より遥かに大きな――およそ子どもの二倍くらいの――人影が田んぼのはぜの隙間を歩いていた。手足が太い、いびつな形をしている。顔は、それらしいものがあるだけで細部ははっきりしない。はおぉう、ぶひょう、ひゅうぅ〜と風が渡る。
「お待ちなさい」
秋緒が、巨人の行く手に立ちはだかった。ほかの三人も集まる。
「村の方が貴方の‥‥あっ!」
巫女として凛と言い放とうとしたところに、巨人が拳を振り上げ殺到した。短い悲鳴を上げたのは、巨人が予想より速かったため。大きな体なので、前のめりに突っ込まれれば一瞬で間合いが詰まるのだ。
問答無用の奇襲から秋緒を救ったのは桜依だった。素早さを生かし横合いから体を入れる。夢水晶の小盾で愛刀・桜華を隠し太刀筋をくらませ、瞬間の斬撃。泥が夜桜のように舞った。
しかし、これは冒険者たちが望んでいた流れではない。
あくまで、『まずは交渉』だった。
思わぬ奇襲で狂った流れは、桜依を窮地に陥れることとなる。
●いやん、どろどろ
桜依が目にも止まらぬ一撃を繰り出した時、シャフルナーズは左に展開していた。直線攻撃を仕掛けてくる敵に円を描くように対するあたり、いかにも踊り手らしい。構えた照陽・影陰の両小太刀で斬り付ける。非力は自覚するところで、効果が見られなければいったん離脱するつもりだったが行けると判断。手数で押す。
一歩下がった秋緒は、明かりを兼ね炎の剣の魔法準備にかかっていた。
「きゃっ!」
ここで、桜依は敵の術中にはまることになる。
巨人から拳の一撃を食らったのだが、ここは軽い悲鳴を上げるだけだ。彼女とて武芸者。少々の痛みでひるむことはない。
問題は、密着されたこと。そればかりか、体の中に取り込もうとしているではないか。
「はっ!」
仲間の危地に、シャフルナーズが左から手数で攻める。
「このっ!」
右に回り込んだ秋緒は、必死だ。何せ、桜依は自分の身代わりとなった形。いつもの冷静さをかなぐり捨て、仲間を助けようと炎をまとった日本刀・無明で斬りかかる。
沖田は、背後に回っていた。手には、半透明の魔法の剣。呪文で生み出したのだ。しっかり構え、佐々木流の太刀筋を見舞う。
「くっ」
苦痛に声を漏らす桜依。彼女の体は半ば泥の巨人の体に覆われ、締め付けられている。まだ自由が利く右手で懸命に刃向かう。
ほかの三人は死にもの狂いだ。必死に斬りかかる。泥の巨人はすでにかなり弱っていたようで、やがてべちゃりと崩れ落ちる。
「桜依! ね、大丈夫?」
急いで桜依を助け起こす秋緒。
「あはっ。私、どろどろだね」
桜依は、無事を装いつつ苦笑するのだった。
はぉぅぅ、と風が過ぎる。
●真相
翌日。
冒険者たちは二手に分かれた。
村人たちとともに北の山に行った沖田・秋緒組と、村で治療を受け念の為に休んでいる桜依とそれに付き添うシャフルナーズの組だ。責任を感じた秋緒は残りたがったが、桜依が「秋緒さんには責任が無いから、駄目だよ」と笑ったので沖田が半ば強引に連れていった。代りに、世話好きのシャフルナーズが残った形だ。
さて、沖田・秋緒組。
「妖怪『泥田坊』ではないかもしれません」
道無き道を歩きながら沖田は言う。ちなみに泥の足跡が追えるのは、昨晩泥の巨人の侵入経路を見ていたため。夜目が利き道を視認しやすかった秋緒がこちらの組になった理由である。
「なぜなら、あの泥の巨人は口を利けないからです」
「なぜそんなことが?」
「顔には口も目もなかったから」
村人に問い掛けにそう答える。つまり、自分では喋れない可能性が高い。
「それに、本当に田を耕して欲しかったら戸口でそう言いますよね。『田をかえせ』は、風の音を聞き間違えたのでしょう」
ほう、と感心する村人たち。その時、はぉぅ、ひゅぅぅ、ひょうと風が鳴いた。
「なるほど。『田を』と聞こえる。語尾は微妙じゃが」
「あっ!」
ここで、先頭を行く秋緒が声を上げた。
沖田が見ると、そこは草と泥の小さな湿地帯だった。
「まさかここは!」
続いて村人たちが声を荒げた。
ところで、桜依とシャフルナーズ。
「えっとね。これがセクシーメイドドレスで、こっちがセクシーパラダイス」
「わ、私に似合うかな?」
「似合う似合う。絶対に似合うよ」
昨晩どろどろになった桜依は、湯浴みをして服を洗っていた。今は村人に借りた服を着て横になっていたが、もらった薬で回復したところで、シャフルナーズが「服を貸してあげるね」と持ち出してきたのだ。いずれも、異国の舞姫らしい刺激的な服だった。
桜依は、胸元が大きく開いた服や裾が腰までざっくり割れた服を見ては、真っ赤に顔を染めるのだった。どきどきと鼓動が高鳴り、右手を――。
閑話休題。
「こりゃあ、隠し田じゃ」
首を捻る沖田と秋緒に村人が説明した。
「そう言えば、昔は耕しとったと聞いたことがある。まさか、本当にあったとは」
隠し田とは、年貢逃れのためにこっそりと耕す隠田のことだ。
「なるほど。あの巨人は限りなく怪物『砂男』に近かった。砂男らしからぬ『夜に村を徘徊し戸を叩く』行動を取っていたのは、おそらく、この隠し田に残った先祖の霊の思いが影響していたのでしょう」
真相は不明。村人の為に解釈し、沖田は結んだ。
「どっちにしても、耕すか、御先祖様に『耕せません』と報告するかしないとな」
「おお。もう村は昔より裕福になったんで、危ない橋を渡る必要はなくなっとる」
相談じゃ、会議じゃ、と村人は慌てて踵を返す。
「一件落着、かしら?」
いつもの冷静さを取り戻した秋緒が微笑んでから、村人を追った。
「そうですね。‥‥もう、村人も忘れませんから、安心してお休みください」
後を追う沖田は、最後にふと立ち止まると振り返って声を掛け、立ち去った。
隠し田の処遇はまだだったがその晩、泥の巨人は現れなかったという。