災厄は長雨とともに
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■ショートシナリオ
担当:瀬川潮
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月23日〜10月28日
リプレイ公開日:2008年10月31日
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●オープニング
季節変わりなのだろう。しとしと雨の降る日が続く。秋雨の季節は過ぎたように思われたが、今年はなお続くようだ。
冒険者ギルド。
その男は、がたがた震えていた。
「ネズミが、霧にまぎれて森から大量に村に逃げ込んできたんです」
寒いわけではない。ギルドの係の者が男の話に肯く。
「村の食糧もずいぶんとやられましたが、そんなものはいいんです」
男の口調は淡々としている。本来なら、ネズミの大量発生で食糧を食われる事は、大きな打撃である。
「なぜなら、ネズミはすぐに行ってしまったからです」
つまり、村にとどまって根こそぎやられたというわけではない。一過性だった、ということだ。
「‥‥そりゃあ、ネズミもすぐに行ってしまいますよね。奴らは、『逃げている』んですから」
そう続けて、顔を上げる男。
「何から、逃げているのですか」
「昨年も、それは村にやって来ました。大量のネズミが逃げ去った後に、ネズミと同じようにいつの間にか村に忍びこんできとったんです」
係の問い掛けを無視して男は続けた。
「村は赤黒く長い悪魔に踏み荒らされました。軒下の桶や鍬は弾き飛ばされ、屋根に葺いた藁は散り、ある者は家に侵入され中はぐちゃぐちゃに‥‥」
身を乗り出し、恐怖に目をくわと見開いたままかつての村の惨状を訴える。
「あまつさえ、子どもを襲いおったんですよ!」
男はつかみかからんばかりの勢いで卓に身を乗せ係に迫った。目に涙。さすがの係も上体をそらし、「まあ落ち着いて」とたしなめる。
「そりゃあ、わしらも黙っとりませんよ。子どもが食いちぎられたんですから。鍬とか持って戦いましたよ。‥‥でもね」
再びくわと係に迫る。目に、涙。
「そしたら、鎌首もたげて方向を変え、攻撃してきおったんです。そりゃあ、地獄でした。大百足どもの強い事強い事。布団くらいの幅があって、八畳間二つくらいの長さで‥‥。加えて、なんと獰猛な事か。ものすごい速さで村人に噛みついては逃げ回り、噛みついては逃げ回り。先の子どもは食うためのようでしたが、今度はただ暴れるだけ。三匹が村中をぐるぐるぐるぐる回っちゃあ、手当たり次第に人に牙を剥きよったんです」
「そ、それで、どうなりました?」
「ある程度暴れたら行ってしまいました。西の山のほうに。‥‥残された村は、そりゃあむごいもんでした。辺りは台風の後のようにぐちゃぐちゃで、村人はそこら中に倒れてはうめき、あえぎ、助けを呼ぶ手をもたげ」
実際、男は助けを求めるように係の者にぶるぶると右手をもたげた。ぶわと、涙。とめどなく流れ落ちる。
「知ってますか? 百足には、毒があるんです」
当然、係もそんなことは百も承知だ。
「大百足にやられたもんは、みなしびれて動けんのです。噛まれた者の中にゃあ、背にしとった井戸に落ちてしびれて動けんまま死んだ者もおる。噛まれただけで心臓が止まった老人もおる。‥‥おねげぇです。村に来て戦ってくだせえ。奴らを退治して、村を守ってくだせえ。今年もあの悪魔がきおるに違いなんじゃ!」
卓を越えてしがみついてくる男。係は毒気にやられたように「分かりました、分かりましたから」と繰り返すだけだった。
例年より、温かい秋の事である。
●リプレイ本文
●即戦即決の薄暮
「久々の戦い。上手くこなせれば良いけれど‥‥」
村の正面玄関に当たる西の外れで、空漸司影華(ea4183)が呟いた。手には愛刀・桜花繚乱。周囲を警戒しながら敵を待つ。
「貴殿も志士だろう。不様なことにはなるまい」
隣りでどっしりと構えているのは大柄な神聖騎士、メグレズ・ファウンテン(eb5451)。不動の構えで仲間を鼓舞した。前を見据えた瞳は動かさない。
時は、夕暮れ。とはいえ太陽は見えない。
鈍色の雲は重く空に佇み、いつ降り出してもおかしくない。
「きょ、今日にも来るのではないか」
村人たちは心底大百足を恐れている。
「心配無用ですよ」
情報収集を兼ねて村の中を回った沖田光(ea0029)は、そんな村人たちに声をかける。
「絶対に、僕達が退治しますから、安心してください」
「‥‥よそ者じゃから、そう気楽に云えるのだ」
睨んでくる村人も居た。拝まれたりもした。少しは不安を和らげられただろうか。
「捜索中に村が襲われる可能性を考えると、探して撃破は難しいんじゃないかしら?」
「じゃあ、逆転の発想であっちから来てもらうってのは? 実は、こんなこともあろうかと‥‥」
「麻に同じく」
到着直後に作戦会議を開く。
ステラ・デュナミス(eb2099)の指摘に、楠木麻(ea8087)と影華が敵を誘き寄せる『強烈な匂いのする保存食』を取り出した。
「効くの?」
「おそらく」
迎撃の基本姿勢が決まる。あとは臨機応変。
「それにしても、これは強烈です」
大百足を待つ影華とメグレズの後方で、鼻を布切れで押さえながら麻が呟く。村入り口の先に自ら置いた例の保存食がここまで臭っている。ちなみに彼女、指にはめた指輪の力で雨雲を作り出していた。より湿度を上げることで、大百足が出やすい環境をさらに整えようというのだ。
「ところで、『見て』寄ってくることもあるのかしら。試してみよっと」
その隣で、レヴィ・ネコノミロクン(ea4164)がいたずらっぽく笑い粗忽人形を取り出していた。しばらく見詰めていると、人形がレヴィそっくりの死体に姿を変える。くすくす笑うと、強烈な匂いのする保存食とは別の場所に置いてみるのだった。
「船の中で、ムカデは人間の唾に弱いって聞いたけど‥‥」
持ち場に戻りながら、そんなことも。まさか実際にやってみる気か?
しかし、彼女らの前に大百足は現れなかった。
現れたのは‥‥。
――ぼうっ!
村の一角で、火柱が一瞬上がった。
●二正面作戦
「ちいっ。どういうことだ」
背後からの燃焼音にメグレズが振り返りながら叫んだ。視線の先には、一瞬の火柱。ステラの魔法である。ちなみに、村到着直後にレヴィと風生桜依(ec4347)が調べたところ、大百足の潜伏は確認されなかった。新たに侵入した様子だ。
「大百足の侵入経路は西からじゃなかった、ということかしら」
「ともかく、村人が心配だ。持ち場は解消だな」
影華とメグレズは目配せして東方面に走った。元々最前線を望んでいた二人。決断は早い。ステラの魔法が炸裂したということは、彼女一人が警備している村人たちが危機に晒されているということでもある。サポートの二人も、村人が固まって分宿している民家密集地に急いだ。
「ほぅら、こっちにもおって正解やった」
西の正面組とは別に、念の為に東側を警戒していた九烏飛鳥(ec3984)は会心の笑みを浮かべていた。鼠が西に逃げた可能性を鑑み、東側に戦力を割く二正面作戦を提案していたのだ。
「‥‥おった」
帯電魔法を自らに掛けたところで、地を這い森から出てくる赤黒い節足の体を発見した。田のあぜなど、地面の起伏をなぞるように波打ち前進する。足は、見詰めていると幻惑されそうなほどちゃかちゃかと良く動く。「気持ちわる」と眉をしかめてから、彼女は横から距離を詰めはじめた。
その大百足が向かう先。
「急所は見切りました」
東側警戒組の沖田が待ち構えていた。すでに魔法を自分自身に掛けて気合い充実。腰を落として下段の構えを取る。佐々木流の得意の構えだ。
小砂利や雑草を散らしながら一直線に突っ込んでくる大百足に対し、ちゃき、と刀を返した。
「暫く大人しくして下さい」
一瞬腰溜めを作る沖田。踏み込みから峰打ちを敵顔面にぶち込む。火花が散るような一撃だ。
しかし、大百足は気絶することはなかった。ただやみくもに体をくねらせ苦しがる。
「よっしゃ、チャンス!」
気絶まではいかなかったが、絶好の機会を冒険者にもたらした。合流した飛鳥が気に入りの一振・飛鳥剣で斬り付ける。手応え有りの感触に口の端を緩める飛鳥。大百足はもがく。
一方、ステラ。
「大丈夫? ここは私が前に」
「桜依さん、助かるわ」
大百足と対峙する彼女の元に、桜依が到着していた。先ほど大百足に見舞った天まで上る火柱・マグナブローは仲間への合図でもあり、魔法選択の上手さが光る。村の一角の民家複数軒にすべての村人を非難させ、周りを松明で囲い一人で守っていただけに安堵の声が漏れた。
突然の炎の柱に焦がされた大百足は、ようやく体勢を立て直しつつあった。
「今ならいける!」
桜依は機会を逃さない。右手のドワーフの斧で一点集中。
「やあっ!」
気合いもろとも、大地を蹴る。「ちょっと無謀」の覚悟を背負い、大百足の牙を折り砕きに行ったのだ。
――ぴしゃぁん!
その時、背後で雷が落ちた。
●迫る大百足の群れ
時間は若干さかのぼる。
結局後衛の位置取りとなってしまった、元・西側正面組。
「いた」
影華の研ぎ澄まされた感覚にかかれば、敵の早期発見なぞたやすいものだ。視認と音から、民家の影に潜む一匹、遠くの畑にいる一匹、今は見えないがこちらに向かってきている一匹を感じ取った。事前に仲間に伝えるが、それでも民家の影から壁沿いにぬっと大きな顔を出されては驚く。
「一か八か‥‥空虚閃烈斬!」
「‥‥ンダァァァブレェェェェク!」
迎撃の声に力がみなぎる。
影華は壁を伝い攻撃してきた一匹に、カウンターからのダウンスイングを狙った。自身、空漸司流暗殺剣第二奥義と位置付ける、いざという時の奥の手だ。
そして、麻。雲を用意したのはこの時がためと、ヘブンリィライトニングを高速詠唱。畑の一匹にぶち込む。力を込めるあまり途中の言葉が溜めとなって喉の奥に消えた。
落ちた雷は、世界を一瞬白く染め上げた。
影華は、大百足の一撃を食いながらも奥義の剣を振り切った。
「くっ!」
大百足の動きを一瞬止めるほどのダメージを食らわせたが、片膝をついた。牙からの麻痺毒で体全体が震えはじめたのだ。
「ちょっと。まずいわよ」
レヴィは解毒剤をすぐさま取り出し、危険をかえりみず影華に駆け寄った。
一方、痛手をから気を取り直した大百足は、当然彼女に狙いを定める。
「撃刀、落岩!」
そこへ、メグレズが割り込む。魔剣・デュランダルの重い軌道が上から下に襲い掛かった。その破壊力は凄まじく、大百足、瀕死。
「す、すまない」
解毒剤で麻痺から回復する影華。
「志士殿。あと、頼む」
メグレズの方はもう一撃食らわせてから、身を引いた。優しい笑みを浮かべている。
「砕けろぉっ!」
中腰のまま影華は薙いだ。大百足はのけぞってから崩れ落ちる。その手応えを噛み締めるように、彼女は伸ばした剣先のまま呼吸を整えるのだった。
「ちょっと、今度はこっち」
レヴィが足止め魔法を使いながら注意を促す。うぞりと遠方から近寄る三匹目の大百足。動くメグレズ。
「妙刃、水月!」
なんと彼女。大百足の攻撃を、あえて食った!
しかし、倒れたのは大百足の方だった。メグレズの方に被害はない。麻痺毒にやられることもなく、カウンターの一撃で仕留めている。デュランダルの殺傷能力、そしてメグレズの力と技の融合が成せる一撃必殺の奥義だった。おそるべし、の表現しかない。
ぴしゃーん! とまた雷が落ちた。麻の魔法だ。
「もう不様は晒せん! 必ず‥‥打ち砕いてみせる」
畑の一匹に対し、影華が狙いを定め奮戦した。言葉の通り、二度と大百足の牙を食らうことはなかった。
●戦い終わって
一方、桜依の牙折り――正確には口の周辺を砕いたのだが――は見事成功。水魔法のステラとともに戦い、手数はかかったものの麻痺毒を受けることなく退治した。近辺に固まる数軒の民家に非難していた村人たちに被害はなかった。
沖田・飛鳥組も、無事に一体を仕留めた。牙をうまく避けたり受けたりしては確実に斬り付けていく飛鳥に、付近に民家がない幸運に恵まれた沖田が火の鳥の魔法を発動。ダメージを受けることもなかった。
沖田はそのまま高度を取り上空から村周辺を視察したが、新たに近寄ってくる大百足はなかった。横たわる死骸は、計五体。村人が集中避難している民家をぐるりと取り巻く松明が暗くなった村を照らしていた。
「本当に、ありがとうございました」
村滞在の最終日の晩、住民は改めて頭を下げた。あれから冒険者たちは交代で見張りに立ったが、大百足が現れることはなかった。
「感謝のしるしの、せめてもの酒宴です」
村人たちはそう言って酒を勧めるのだった。
レヴィは、ネズミに食料をやられた村に気を使い持参した保存食を食べていたが、さすがに今回は素直に杯を受ける。
「あれはムカデ酒を造るのには大きすぎるわね」
元々酒好き。すぐに気分が良くなって笑い話をする。
「しかし、よく東側の警戒に気がつきましたね」
別の席では、沖田が飛鳥を誉めていた。
「鼠の逃げた先が西っぽかったさかいな」
陽気に杯を傾ける飛鳥。
「あっ、百足!」
その時、村人が声を上げた。
「あ、いや。普通の大きさですぐに逃げたけど」
頭を掻きながら消えた先を指差した。
「この時期、逃げるように民家に上がってくるんですよねぇ」
桜依が肩をすくめる。
「もうちょっと百足騒ぎは続きそうじゃな」
「なあに、普通の百足ならわしらでも大丈夫じゃわい」
がははははと村人は笑い合う。
暖かい秋はもう少し、続きそうだった。