大きな駆け落ちの木の下で

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:3人

サポート参加人数:1人

冒険期間:10月30日〜11月04日

リプレイ公開日:2008年11月06日

●オープニング

 京から離れた、四方を山に囲まれた小さな宿場町で、ある青年が失踪した。
 青年の名は、野乃原李太朗(ののはらりたろう)。地元で力を持つ商人の一人息子である。
 この李太朗、当然親に決められた許嫁がいる身。だが、別に良い仲の女性がいた。名を、雪葉(ゆきは)という。白く、細く、寂しそうな面影の娘だった。
「あの女が李太朗様をたぶらかしたに違いないわ」
 そう憤るは、李太朗の許嫁。お世辞にも美人とは言えないが、家柄はそれなり。
「あの売女が、あの売女が、あの売女があぁぁぁぁ〜!」
 きいぃぃぃ〜、くやしいぃ〜と餅を食らうようにたもとに歯を立て右に左に引っ張り伸ばす。家名のある女性としてこの振る舞いはいかがなものか。その家の名誉のためにも詳細は伏せておくが、つまるところ政略結婚という図式だ。
「私は、何も知りません」
 それはともかく雪葉。調査にあたった役人にそう話している。か細い声だった。高貴なたたずまいがある。
「確かに、私は李太朗様に優しくしていただいておりました。ですが、今回の事は‥‥」
 語尾を濁す。
 雪葉、李太朗の許嫁が言うような売女ではないが、家名に傷が入った過去のある血筋だ。常に日陰にいる。さりとて、濡れ衣であると知れ渡っているのでむしろ一般からの目は温かい。詳しくは今回の事件と関わらないので、伏せる。ちなみに李太朗の失踪当日の晩、彼女は突然熱を出して倒れ床に伏せていた。
「本当に、知りませんか?」
「ええ。なぜいなくなったのか、本当に‥‥」
 役人の確認の言葉に、再び語尾を濁す雪葉。
「そうですか。それは弱りましたね」
 腕を組む役人。本当に弱っていた。社会的立場を盤石にすべく、許嫁の家から激しく事件介入圧力がかかっているのだ。長引けば、雪葉の身に危険が及ぶ可能性がある。役人も人の子、悲運の末忍びがたきを忍び、つつましやかに暮らす彼女にこれ以上の不幸をもたらせたくはないという思いがある。
 事件はもちろん、李太朗が発見されて彼の口からなぜ姿をくらませたか聞けばすぐに解決する。あるいはこの際、李太朗の生死は問題ないのかもしれない。とにかく、彼が発見されれば混乱は収まりこれ以上の問題は発生しないのだ。
 だが、李太朗の行方はようとして知れない。近隣の村や集落からも、それらしき人物の目撃情報は寄せられていない。
 宿場町での聞き込みによると、失踪前から李太朗はしきりと町の周囲の山に入っていたらしい。「西の滝の辺りが色付いてきた。たまには遠くに紅葉狩りに行ってはどうか」、「西の山の上からの眺めが、清く澄んでいてこの上ない。行くなら今だ」、「よう、ぼうず。どんぐりがたくさん落ちてる場所を見つけたぞ。西の山だ。行ってみろ」など、旬の情報をもたらしていた。
 つまり、西の山に行った可能性が高いといえる。
 だが、農民などを大動員しその想定に沿って実施した西方面の捜索でも、李太朗は見つからなかった。
「あやつは、雪葉を好いとったからのう。無事に結ばれりゃあ、辛い思いばかりしとったあの母親と娘もちったあ‥‥」
 山狩りの最中、そう言う者もいた。すぐに周りから、「しぃ〜っ!」とたしなめられたが。所詮、飛ぶ鳥を落す勢いの商人と、武家から追放された者とでは、叶う事のない愛だったのだ。
「もしかしたら、伝説の『駆け落ちの木』を探しとったのかも」
 別の者がつぶやいた。
 『駆け落ちの木』とは、この宿場町周辺の山中にあるという木のことだ。その木の下で待ち合わせてから駆け落ちをすれば、追っ手にとらわれる事もなく姿を消す事ができ、一生、二人一緒にいることができると言われている。ただし、どこにあって、どんな木の種類で、過去に誰が実際に駆け落ちしたかは判然としない。ただ、枝葉に隠れるようにとても大きな実がなっていることが特徴として伝わっている。別に、年頃の男女二人が突然いなくなった場合は『駆け落ちの木』で待ち合わせてから駆け落ちしたとささやかれる事もある。当然、真偽のほどは定かではないが。
「なるほど、だから李太朗はしきりと山に入っとった、というわけか」
「じゃが、そうだとしたら手がかりぐらいつかめよう」
「まさか、ほかの女と駆け落ちしたとか」
「いいや、李太朗に限ってそれはなかろう。あやつは、義に厚い男じゃ。それに、こうと決めたらちょっとやそっとのことでは曲げやせん」
 つまり、親の決めた許嫁に満足せず、雪葉への思いを捨てきれずにいたというわけだ。
「どっちにせよ、捜索はいったん終わろうや。こりゃ西の山にゃあ、李太朗はおらんで」
「そうじゃの。そういう決まりじゃったの、お役人」
「そうだな」
 役人は、腕を組んで肯定した。農民を捜索に動員できる期間は、今日までだった。
(冒険者に、頼んでみるか)
 ただし、役人が頼むわけにも行かない。野乃原家から依頼する形に持ちこめるよう、算段をめぐらせるのだった。

●今回の参加者

 ec3881 ヘイゼル・ガードナー(33歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec4352 ロバート・グレイ(21歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec5642 江戸川 忍之助(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ナスリー・ムハンナド(ec1877

●リプレイ本文

●雪葉を訪ねて
 街道分かれの宿場町は活気にあふれていた。
 ちょうど市が開かれており、沿線の特産などが路傍の出店で売られている。柿や焼き栗といった食べ物から、筆や木ぐり製品などまでさまざま。往来に人は多く、呼び込みの声も威勢が良い。
 そんな中、人々の視線を集める者がいる。ヘイゼル・ガードナー(ec3881)だ。
 茶色の髪にやや細身、特別な目立つ服装ではないとはいえ、ハーフエルフの尖った耳はやはり独特。ただ歩いているだけだが、閉鎖的ではないこの町の住民でも好奇の目を送ってしまうようである。
 ヘイゼルの前には、一人の少年が歩いている。
「こっちです」
 そう言ってその少年は路地へと入った。彼は冒険者を雇った野乃原家の使用人で、ヘイゼルを雪葉の住まいに案内しているのだ。
 右に折れ、左に折れ。やがて彼らは陽の当たらない長屋に到着した。
「李太朗様の、ことでしょうか」
 出てきた女性は、白かった。力なく疲れたような面持ちだが、むしろ整った目鼻立ちとあいまって妖しい魅力となっている。使用人に面識があるようで、すぐに用件を察したようだ。
 ヘイゼル、頷くのみ。
「どうぞ」
 二人は、上がった。
「李太朗さん、まだこの町にいるのでは‥‥」
 茶が出され落ち着いたところで、ヘイゼルは切り出した。
「えっ?」
 雪葉は目を丸くした。
「あ、いや。どこかに行ったのなら、あまりに手掛かりがないですからね」
 とぼけながら探りを入れる。
「私が匿えないことは、野乃原家の方もお役人様もご存知のはずです」
 ちらと雪葉は使用人を見てから言う。少し悲しそうな目付き。使用人の方は、すまなそうに肩をすくめた。家捜ししたのか、とヘイゼルは理解した。
「それはともかく私、世の中の伝説とか伝承、不思議な話を拾い集めることが好きでして」
 びくり、と雪葉は身をすくめた。視線を下に落とした。
「‥‥と、李太朗さんの捜索とはあまり関係のない話でしたね。確か雪葉さんは、いなくなった理由や行き先は御存じなかったはずでしたよね。念のためにその確認に来ただけです」
 すっと、ヘイゼルは座布団から立ち上がった。「帰りましょう」と使用人を促す。
「おっ、と」
 使用人が中腰になったところで、ヘイゼルは声を上げた。
「ところで『駆け落ちの木』って噂話を知ってます?」
 雪葉は視線を落としたままだ。肩にはさらに力が入る。
「アレね、特徴を聞く限り植物の化け物ですよ。‥‥駆け落ちした男女が追っ手に捕らわれる事もなく姿を消す事ができると。そりゃそうです。骨も残さず食われてるんですから」
 がばっ、と雪葉は面を上げた。
「ほ、本当ですか?」
「話を聞く限りでは、ね。私ゃ、伝説とかが好きだからぜひ直に見てみたいと思ってるんですよ」
 裏を取っていないほら話であるが、ヘイゼルはしれっと言い放つ。
「ごめんなさい!」
 突然、雪葉は涙を流しはじめた。たもとで顔を隠すと、土下座の格好ですすり泣く。
 ヘイゼルは優しい言葉を掛けながら胸につかえていたものが何であったかを聞く。
 どうやら、李太朗は失踪した日、雪葉に『駆け落ちの木』の場所に目星がついたこと、今から行って確認してくること、そして場所が分かれば次の日に駆け落ちしようと持ち掛けていたことを雪葉に話していたらしい。
「私、李太朗様が帰ってから気を失ったたらしく、気付けば床に伏せていたのです。私は幸せを諦めた身ですのでどうなってもいいのですが、李太朗様は‥‥。別の人と駆け落ちしたものと私自身に言い聞かせていましたが、なんとかご無事で‥‥」
 雪葉は顔を上げてそれだけ話すも、再び泣き崩れるのだった。

●東の山へ
「少々、難儀はしましたが」
 ロバート・グレイ(ec4352)が町の東の山道を歩きながら、前を行くヘイゼルに言った。
「李太朗さんは失踪した日、こっちの山に向かったようです」
 ヘイゼルが雪葉と会っていた時、ロバートは町での聞き込みで情報収集をしていた。ちなみにロバートもハーフエルフで、黒髪ながら尖った耳が目立ちよそ者の印象が強い。聞き込みをするたびに警戒されたようだが、そこはさすがに英国騎士。礼儀正しい物腰で心証を良くし、町の多くの人が雪葉に同情的であることを踏まえて巧みな話術を展開し、必要な情報を得たようだ。
「西の山によく行ってた、ってことだったはずでしたがね?」
「あ、いや‥‥」
 ヘイゼルの指摘に、くちごもりつつも改めて聞き込みの成果を話すロバート。
「李太朗さんは、西の山には行ってないようですよ。幼馴染の木こりに西の山の情報を逐一聞いていていたそうで‥‥」
「じゃあなんで、東の山に行ったんですかね?」
「あ。その幼馴染の木こりが、おそらくそうじゃないかと」
 あわててロバートが付け加える。何でも、李太朗は幼い頃から、こっそり何かをしようとした時は必ず逆のことを見せかけてからするのだそうだ。ただし、東の山は日当たりが悪く木の育ちも悪い。加えて足場も悪いので木こりすらほとんど近寄らないという。
「それじゃ、なおさら『駆け落ちの木』があるとしたら東‥‥っと!」
「足元には気を付けて。日が当たらないから脆いですよ」
 地面を踏み崩したヘイゼルに、ロバートが言った。
「ところで今、『東にある』って言いましたか?」
 先頭を代わりながらロバートは聞いた。
「そう。人が近寄らない東なら、いかにも伝説になりそうじゃない。‥‥それはともかくそれ、おそらく植物系の化け物じゃないですかね」
「植物系ね」
 化け物に関して幅広く知っているロバートは思案する。複数、思い当たった。
 が。
「うわっ!」
 ロバートはその想定が外れていたことを、身を持って思い知った。

●伝説の正体
 それは、一瞬の出来事だった。
「この木は人喰樹とかの化け物じゃないね」
 道中発見した大きな木。
 それはほかの木々と離れ一本で立派なたたずまいを見せていた。人喰樹のような幹の太さはなく、落葉樹ではなかったため伝説にある特徴「枝葉に隠れるようにとても大きな実」がなっている可能性も低かった。
 それで、ロバートはそう言いながら幹に近寄ったのだ。
 結果、不意打ちを食らう。
 それでもさすがに歴戦の騎士。どういった攻撃を食らったのかは瞬時に理解した。しかし、さらに不可解な状況にさらされる。
 突然不思議な力で空に浮き、ぐるんと世界がひっくり返ったのだ!
 一方、ヘイゼル。
 ロバートが突然「うわっ!」と悲鳴を上げた途端、姿を消したことに驚愕した。もちろん、その前に『人の生首が落ちてきた』ことにも驚いている。
 急いで木の下に行き見上げると、枝に逆さづりになっているロバートとその周りを漂う二つの生首を見た!
「くそっ!」
 ロバートは抜刀しながら、状況を把握した。
 今現在、高々と釣り上げられ木の枝に逆さまになっている。自分の両膝を曲げて枝にぶら下がっているのだ。当然、足の力を抜けば下に落ちることとなる。
 敵は、生首二体。
 不気味な笑い顔を浮かべて次の攻撃機会を探っている。いや、下に落ちるのを待っているのか。どちらにしても、胆の据わっていない者が見ればすくんでしまうような恐ろしさだ。ひゅーい、ふーいと周囲を漂う。
 ロバートにとって幸運だったことは、不意打ちで噛付かれたものの打ちどころがよく、かすり傷だったことだ。
「はっ!」
 戦いに支障はないとばかりに剣を下から上に振る。
 ひゅーい、と避ける生首。が、この一撃は敵を狙ったものではない。
 なんと、ロバートは今の一撃の反動でくるんと身を翻し枝の上に座っていたのだ。隠密行動の専門家に、この程度の軽業はたやすい。
 慌てたのは敵だ。下に落としてやろうと近付いてくる。
 そこへ、痛烈な一撃。
 敵の反応速度は鈍い。返す刀も食らわせる。
「うわっ、と」
 下では、ヘイゼルがバックパックを受け止めていた。ロバートが戦闘の邪魔になるからと落としていたのだ。味方を信じての行動のようで、思い切りが良い。
 やがて、生首二体も落ちてきた。これは、受け止めない。ごろんと転がる化け物の屍。顎が外れ苦悶の表情を浮かべる醜い姿に、ヘイゼルは顔をしかめるのだった。

●落ち行く先に
 二人は、伝説の証拠として動かなくなった生首二つを持ち帰った。
「妖怪『釣瓶落し』のような気がする」
 さすがに宿場町だけあって、各地の噂や妖怪の話に詳しい者もいる。彼らの見立てにより化け物の正体がほぼ判明。木の上に住み下に立つ旅人などに襲い掛かる生首の妖怪だと分かった。
 李太朗については、生死などの確認は取れなかったが、冒険者の調査と妖怪の証拠、そしてついにすべて話すことを決心した雪葉の言葉で決着した。涙ながらの彼女の言葉を、誰も疑う者はいなかった。
「李太朗さんは、あなたを愛していたのです。ほかの人とは、駆け落ちしていません」
 町に帰ったヘイゼルの言ったこの言葉が、雪葉の心を『すべて話す』方向に動かしたのだ。もちろん、李太朗が釣瓶落しに食われたのではなく、生きていればなお良かったのであろうが。
「また、日陰を探します」
 後日、雪葉とその母親は宿場町を離れた。遠縁の親族を頼って田舎に引っ越すのだそうだ。
「李太朗様が、先に待ってくれているような気もするのです」
 雪葉の言葉は、明るい。
 せめてもの冒険者たちの心の救いであった。
 なお、この後にあった許婚の家と依頼主の家のごたごたについては、冒険者たちは意識的に無視している。
「いよう。ちょっと飲んで行かんか」
「うちにもちょっと寄ってけって」
 町滞在の最終日、冒険者たちは話をねだる住民にもてはやされた。ロバートが聞き込み時に感じ苦労した、『珍しい、見慣れない人種』といった警戒心が嘘のようだった。
 この町に落ちてきた雪葉も、そうだったのかもしれない。
 冒険者たちは酒を飲み美味いものを食いつつ依頼の成功を改めて実感した。