湯けむり紀行〜赤いお湯でゆったり

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:8人

サポート参加人数:6人

冒険期間:11月13日〜11月18日

リプレイ公開日:2008年11月20日

●オープニング

 ころん、かろん。
 しとやかに歩く。
 かろん、ころん。
 履物の音。
 色付くもみじを意匠として取り入れた秋めく着物に、帯はふくらすずめ。結い上げた黒髪はつややかで、白いうなじの線がか細い。
 その妙齢の女性は、京の通りを一人で堂々と歩いていた。
「ああ〜っ!」
「これっ。おやめなさい」
 その姿に後ろ指をさした子どもを、母親がさとした。
 女性は気にする風でもなく、艶めかしく腰を振り歩いている。
 通りですれ違うすべての人が、彼女の姿を目で追った。
 それもそのはず。
 女性のお尻には、なんと黄色い尻尾がほわんふわんと歩調に合わせて軽快に舞っていたのだから。その動きは優雅で、実に和やかだった。
「狐だね」
「狐だわ」
「うまく化けているつもりだろうけど」
「尻尾が可愛い♪」
 どうも、京の人々は心が広いらしい。狐に害意が感じられないからか、はたまたあまりに間抜けな狐であるから警戒する必要もないということか。ともかく、皆が知らん振りをして見送っている。
「ん?」
 振り返る女性。尻尾がくるんと翻った。見とれていた人々はとっさにそっぽを向く。
 ころん、かろん。
 再び歩き出した女性は、冒険者ギルドに入っていった。

 くすくす。
 ざわざわ。
 冒険者ギルドはにわかに騒がしくなった。
「‥‥なるほど、山奥の秘湯の様子がおかしい、と」
 笑いを噛み殺しながらギルドの受付担当者は女性の言葉を繰り返した。
「はい」
 悲しそうにうつむく女性。どうやら名前は萌黄と名乗ったようだ。来所している冒険者達の視線を一身に浴びている。放り出されないのは、やはり稚拙でお約束な変身失敗ぶりとそれにまったく気付いていないおかしみのある様子からだろう。
 萌黄の話によると、最近、仲間がその秘湯に漬かったところ、突然すねにやけど様の傷を負ったらしい。何かが触れたような感触だったが、その正体を見る事はできなかった、と。理由は、その温泉の湯は赤い色が付いており、見通しが悪いため。かろうじて底が見える程度のにごり具合で独特の良さがあるが、この場合はあだとなった様子。
「湯の中に何かが居るはずなのですが、怖くて誰も確認するどころか湯に漬かることもしません。‥‥ただ、これから寒くなればあの温泉は不可欠。安心して漬かる事ができるように、何とかして欲しいのです」
「もうちょっと、その『何か』の情報が欲しいですすね」
「ええっと、魚が泳いでいるような感じではないです。被害に遭った者の傷は、噛まれたとかではなく、ある程度の範囲がやけどしているような感じでした」
 朱の唇に人差し指を当てて、うーんと考えてから萌黄は言った。
「なるほど‥‥」
「あ! あと、最近湯があまり湧き出てない感じです。岸壁を背にした滝つぼのような感じの温泉ですが、最近はあふれてよそに流れるということがないのです。逆に湯量が減っているくらいで。‥‥いやな事が起きなければ良いのですが」
「ふーん。ま、いいでしょう。悪意もなさ‥‥もとい。お困りのようですし、お引き受けいたしましょう」
「本当ですか。ありがとうございます」
「ですが」
 両手を合わせて喜ぶ萌黄に、受付担当者は待ったを掛けた。
「タダでは、冒険者たちも動きませんよ。報酬は、どうしましょうか」
 気の毒そうに、受付担当が言った。狐に化かされて偽のお金を受け取る気はない。
「あ、あの‥‥。これを」
 萌黄は、抱えていた包みを差し出した。結びを緩めると、ごろり、と様々な宝石が転がった。虹色をしたものから青いもの、透明できらきらと光を反射するものまであり、いずれも美しかった。
 いぶかしむ受付担当。偽物である可能性を考え、別の者を呼ぶ。
「‥‥分かりました。依頼は間違いなく、お受けします」
 担当者らはたっぷりと宝石を調べた後、面を引き締めて受けあった。どうも、すべて本物であったようだ。
「本当ですか! 感激です」
 萌黄は両手を組み合わせて喜んだ。背後では尻尾がくるくるくりんと動いている。
 こうして、ギルドに新たな依頼の掲示が出されたのであった。

●今回の参加者

 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb3834 和泉 みなも(40歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 eb4757 御陰 桜(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec1064 設楽 兵兵衛(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec3984 九烏 飛鳥(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

琥龍 蒼羅(ea1442)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ 御神楽 澄華(ea6526)/ シャリン・シャラン(eb3232)/ ルカ・インテリジェンス(eb5195)/ リリス・シャイターン(ec3565

●リプレイ本文


「山奥の秘湯、今からワクワクしちゃいます♪」
「脅威は早々に排除して、山中の秘湯を楽しませてもらいましょ」
「温泉を一人じめシようだなんて酷い魔物はちゃちゃっと退治してあげるからね♪」
 地図と要所の木に括られた布の目印をたよりに道なき道を進む冒険者たち。ルンルン・フレール(eb5885)、ステラ・デュナミス(eb2099)、御陰桜(eb4757)は、まだ見ぬ温泉への期待を順に口にする。
「仕事ついでに温泉でのんびり‥‥とか考えてましたが甘かったですかねぇ」
 一方、最後尾の設楽兵兵衛(ec1064)は誰にも聞こえないようにつぶやいた。八人中唯一の男性で、肩身の狭さを感じている。ちなみに猫背なのは、いつもの癖だ。
「久々の依頼。ボクも頑張らせていただきますか♪」
 そこへ、ミリート・アーティア(ea6226)。見た目の男装と言葉使いにだまされてはいけない。彼(?)は女性だ。
「ジェル系の怪物だというのは皆さんの一致した見解ですが」
 和泉みなも(eb3834)が会話を継いだ。
「出発前に連れのシャラン殿に予知をしてもらうと、赤いお湯が空高く吹き出す映像が見えたそうです」
「温泉の出が悪いのとお湯の中の何か、無関係じゃないって思う」
 やっばり、とルンルン。おそらく怪物の色は赤で、詰まっているのではないかと推測した。ほか数名も同じ見解のようで、うなずく。
「あ。あれ、萌黄さんじゃないかしら?」
 桜は目的地が近いと知ると、快速を飛ばして先行した。
「きゃああぁぁぁ〜!」
 直後、絹を裂くような女性の悲鳴が響いた。
「あらら、ごめんね。お尻に手が当たっちゃったわ♪」
 ほかの冒険者が開けた岩場に到着すると、桜は現地で待っていた依頼人の萌黄から離れたところだった。萌黄は顔を真っ赤にして身を縮めている。お尻では、黄色いしっぽがくるくるふわんと驚きを表していた。
「ちょっと挨拶しただけよ」
 そう言うが、実は自己紹介しながら萌黄に抱き着き、どさくさに紛れてお尻のしっぽをさわさわと触っていたのだ。手練れというか妙に手慣れているというか、小悪魔的である。
(う‥‥。私ももふもふしたいけど、我慢我慢)
 羨望の眼差しを送るのはシャフルナーズ・ザグルール(ea7864)。本人は頑張って化けているつもりなんだし、と自らに言い聞かせ欲望に負けないよう頑張る。ちなみに彼女、踊り子らしく肌もあらわな衣装を着けている。派手な羽飾りがふわふわで、可愛い。
「まぁ、ともかく魔物退治と温泉の為に頑張ろや」
 九烏飛鳥(ec3984)が場を取り成した。
 目の前には赤い湯の池が広がっている。早速、仕事に取り掛かった。


 山奥の開けた岩場にある温泉は、広かった。赤い湯――より正確には赤茶色の――からはほこほこと白い湯気が上っている。
「じゃ、調べてくるね」
 槍を持ったシャフルナーズが水面歩行の魔法を使って偵察に出た。
「ボクはこれで」
 ミリートは釣竿を用意し、近くに投じてみる。
「あ、ちょっと。そのへん、怪物だらけよ」
 巻き物を広げたルンルンがくぎを差した。生命反応の魔法で探っていたのだ。
「きゃっ!」
 槍で水面下を突ついてみるシャフルナーズ。突然赤い半透明の不定形生物がざばりと出現し、慌てた。覆い被さってくるような攻撃を回避し、撤退する。
「ラバァジェル!」
 ルンルンと、お湯を塞き止めるための布を用意していた飛鳥が声をそろえた。
「ふうん。餌には食いつくけど、釣り針には引っ掛からないか」
 ミリートは手早く釣り糸を回収して臨戦体勢に入る
「湧き出し口とは若干違う場所ですね」
 青い光に一瞬包まれたみなも。水位降下魔法を仕掛ける場所に迷った後、確実に敵がいる場所を狙った。シャフルナーズが襲われた温泉中央部にぽっかりと円形の水の穴が空く。底には、ぞわぞわ蠢くぶよぶよした物体があった。
「いくわよ」
 魔法で気を高めていたステラが、ウォーターコントロールの魔法を全力で繰り出した。
「どこまでやれるか、挑戦!」
「まさか!」
 ステラの気合に皆が戦慄する。果たして、広い温泉の湯すべてを操れるのか。
 ずずず、と粘土細工のように動き出す赤いお湯。どんどん水位が下がり、ラヴァジェルが姿を現した。
「布は、必要なくなったようですね」
 力仕事の準備をしていた兵兵衛が武器を持つ。
「さっすが、ステラはんやわ」
 一緒に作業していた飛鳥も刀を抜き帯電魔法の準備をした。
「ごめんなさいね。これで精一杯」
 苦笑するステラ。
 それでも、広い面積の湯が動き、なだらかな斜面を描く防壁となって温泉を二つに割った。いや、湯のある場所、底が見える場所、そして湯のある場所と三つに分けたと言っていい。湯の土手は常に上へ動いては反対側で下に降り、塞き止めた湯とのバランスを取っている。湯の土手に挟まれた底には、土手に半分隠れているものも含めラヴァジェルが十体いた。
「敵はそれで全てです」
「真ん中に穴、空けて」
 ルンルンと桜の声が飛び交った。強弓を構えるミリートとみなもが敵中央部分に集中射撃。たまらずジェルは身を引く。
「効果あり♪」
 二本射ちに切り替えるミリート。矢が潤沢なみなもにいたっては三本射ちだ。
 そこへ、爆音。
 桜の忍法、微塵隠れの術が炸裂した。一瞬でジェルの隙間へと転移し、すぐさま印を結ぶ。弓矢部隊が援護射撃をする。
 そして、爆音。今度はさらに激しい爆発だ。
「お湯は吹っ飛んでないわよね」
 戻ってきた桜が言う。吹っ飛んだのは敵だけだ。
 攻撃の手は更に増える。新たにルンルンが巻き物の魔法で作ったアイスチャクラを投げた。
「温泉の平和は私が守るんだから‥‥シュリケーン!」
 戻ってきた氷の輪を受け取っては、また投げつける。
――遠距離攻撃でこのまま押し切れる。
 冒険者たちがそう思った瞬間、耳をつんざく爆音が響いた。


「うわっ!」
 何と、温泉の吹き出し口から赤い湯の柱が立ったのだ。ぶしゃーっとしぶきが散る。
 そればかりではない。吹き出し口に詰まっていたと思しきラバァジェルも空高く舞い上がり、こともあろうか冒険者たちの背後にべちゃりと落ちてきたのだ。飛んできたのは合計四体で、逆包囲になった形だ。
「これが、予知ですか」
「熱っ!」
 みなもの言葉に、飛鳥の悲鳴。近接戦闘に持ち込めず後衛にいた飛鳥は、落ちてきたジェルが悲鳴のように吹き散らした高温粘液を受けたのだ。
「このっ、ゆるさへんで」
 怒りに剣を振るう飛鳥。帯電魔法とあわせジェルに大きな痛手を与える。切り付けるたびに出る高温粘液は、二度と食らわない。
 続けて、シャフルナーズも流れるような剣さばきを見せる。足首の鈴が移動に合わせ鳴り、その音楽に乗って華麗に斬りつける。
「おっと。この人をやらせるわけには行きません」
 ステラの背後を狙われたところを、兵兵衛が鉄扇でぱしり。腕力がある分、見た目以上の威力だ。
「飛鳥お姉さん、例の巻き物」
「ほいよっ、と」
 矢が少なくなったミリートは、飛鳥から帯電魔法の巻き物を借りた。帯電すると、背後の敵に矢を突き刺し攻撃する。前線ではまたも桜の微塵隠れの術が炸裂。みなもの三本射ちもいまだ健在だ。


「一汗かいた後の温泉はやっぱりいいね」
「手足伸ばせる広いお風呂ってイイわねぇ♪それに胸も楽だし♪」
「見た目は血の池みたいだけど、じんわり極楽極楽です♪」
 服を脱げば女性らしいミリートが鼻歌交じりに言い、桜が豊かな胸をぷかぷかさせながら目をつぶる。ルンルンは、持参した手拭いを頭にのせながらしっとりと気分を出す。邪魔者のジェルの死骸を布で掬い掃除をした後で、破裂した湧き出し口の湯量も落ち着き、秘湯はすっかり日常を取り戻していた。
「かぁーっ、ええ酒や」
 飛鳥は、持参した宝酒「稲荷神」を湯に浮かべた桶に乗せ味わっていた。粋である。
「萌黄はんも、どない?」
「あ、いただきます」
 ステラと縁石に腰掛け服を着たまま足湯としゃれ込んでいた萌黄は、好意を素直に受けた。「すっごくおいしいです」と、笑顔。
「い、いやぁん!」
 そこへ突然の悲鳴。隅にいたみなもに、桜がもみもみと襲い掛かった、もとい、まっさ〜じをシたのだ。
「萌黄ちゃんもまっさ〜じシてあげるからおいで〜♪」
「わ、私は設楽さんの様子を見てきますね」
 そそくさと萌黄は逃げる。

「一人温泉も風情があっていいですよね。のんびりできて」
。赤い湯から離れること少し。兵兵衛は白い湯に一人で浸かっていた。数人で満杯になる程度の狭い湯船だ。
「あちらは、少し刺激的な赤いお湯。こっちは、しっとりなめらかな白いお湯、ですか」
 ふうん、と湯を手の平に掬う。
「兵兵衛さぁん、そっちはどうですかぁ?」
 そこへ浴衣姿のルンルンがやって来た。萌黄や桜、シャフルナーズらが続く。
「いいお湯ですよ。って、その格好は?」
「人遁よ。狐娘もなかなかでしょ♪」
 桜は手を当てた腰を振り、しっぽをふわんと揺らす。頭には狐耳が、ちょこん。
「っていうか、ちょっと」
 返答に困るところ、おもむろに脱ぎ始める女性陣に抗議の声を上げる。
「はよ代わろ、ってことや」
 堂々と、飛鳥。とほほと湯を出る兵兵衛。
「あはっ、白い。寒いのは嫌いだけど、寒い時期の温泉は大好き♪」
 シャルフナーズの褐色の肌が、白い湯に映える。
「ところで、ほかの三人は?」
 兵兵衛の問い。
「だう?そういえば、此処ってやっぱり普段は専用なのかな」
 一方、赤い湯ではミリートが納得していた。わらわらと狐や狸が集まってきたのだ。
「それにしても、ジャパンにジェルが大量に出るなんて、不思議ね」
「言われてみれば確かに」
 足湯でたたずむステラの言葉に、書物好きのみなもがうなずく。シャフルナーズから変わった砂男と最近出食わしたという話も聞いた。
「なんだか最近、奇妙な事件が増えてるような‥‥」
 二人は口をそろえ、ちゃぷちゃぷと物思いにふけるのだった。