馬墓場の谷間から

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月04日〜12月09日

リプレイ公開日:2008年12月13日

●オープニング

 名を、馬観音という。
 崖の多い山道の途中、ぽつねんとたたずむ小さなお堂のことである。中には、地蔵様。
 その道は難所で、よく馬が転落して死ぬようだ。谷底の別名は、馬墓場。お堂は、馬たちの霊を弔うため、道が行きつく沿道の村人が建てた。効果のほどは知らないが、村人たちの気持ちである。道行く人は必ず手を合わせてから、先を急ぐのだそうだ。
 ところで、その崖下の通称・馬墓場。
――出る。
 最近そういう噂を聞くようになった。
 馬の化け物のことである。
「こう、耳をすませば馬のいななきが谷底から聞こえるんじゃ」
「下を覗くとのう、鬼のような巨体が闊歩しとるんが木々の間から見えるわけじゃ。が、これがよう見ると頭の部分が馬でのう」
 などなど、噂話はいずれも馬に関するものだ。
 異形が、おる。
 まことしやかにささやかれるが、何分井戸とは比べ物にならないくらい深い深い崖下のこと。人々に直接の被害はなかった。
 が。
 馬墓場の谷から一番近い村が襲われた。馬頭鬼が出たのである。
 異形の鬼は巨人族もかくやという巨体で、手当たり次第に好き放題暴れた後、年頃の娘一人を肩に抱えて行ってしまった。馬墓場の方角だ。村人にけが人は多かったが、死人はなかったという。
 後日、馬観音のある山道に、新たな滑落の痕跡が見つかった。
 村人たちはこれを馬頭鬼のものと断定。
「娘はもう食われとるかも知れん。が、再びこのようなことがあっちゃなんねえ」
 娘の親の声に、村人が呼応する。
 深い深い谷底にいる一匹の馬頭鬼を退治してくれる猛者を、募るのだった。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea8794 水鳥 八雲(26歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec3984 九烏 飛鳥(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ルーツィア・ミルト(ea9190)/ ザグ・ラーン(eb2683

●リプレイ本文


「‥‥どうしたのですか? 一体」
 空飛ぶほうきで依頼のあった村まで先行していたジークリンデ・ケリン(eb3225)は、首をかしげながらほかの冒険者の到着を出迎えた。
「通った場所が馬墓場ですから」
「ミーティスに落ちてもらうわけにはいかないのよね」
 愛馬・蒼炎を引いた沖田光(ea0029)とペットのロバを連れたステラ・デュナミス(eb2099)がほっと肩の力を抜きながら言う。ずいぶんと緊張した道中だったようだ。
「ロバ墓場、じゃないでしょう」
「落ちとらんけど、オチはついたな」
 突っ込む水鳥八雲(ea8794)に、さくっとまとめる九烏飛鳥(ec3984)。流れるような展開に、立ち会った村人たちは芸人の一行が来たのかと疑った。
「馬頭鬼が落ちた地点は、見ました?」
 話が落ち着いたところで、ペットのグリフォンに乗って先行しジークリンデと同じく到着組を出迎えたフィーネ・オレアリス(eb3529)が聞いた。
「いや、特定できなかったですね」
 目端の利く八雲が持って回った言い方をする。
「それっぽい跡は見たけど、『踏み外して落ちた』って感じじゃなかったし」
 同じくステラが小首を傾げた。
「やっぱり」
 空から一通り観察したフィーネとジークリンデが同調する。
「ああ。確かに、道が崩れてとかじゃねぇな。滑って落ちた跡が斜面についとる、という感じかの」
 一人の村人が説明した。あれか、と冒険者らは得心する。
「あ。それと、以前から上がっていた噂についても詳しく教えて頂けると助かります。噂の一端が、居場所を示す手掛かりになるかも知れませんから」
 沖田の声に、早速思いを巡らせる村人たち。
「噂ってわけじゃねぇが」
 一人が前置きしてから話し出した。
 内容は、馬が転落して死ぬといってもさまざまだということだった。つまり、崖道から転落して下まで落ちれば直接死ぬが、途中の木や起伏に引っ掛かって止まる場合は足を骨折し『輸送手段の馬』という意味で死ぬのだ。比率は、圧倒的に後者が多いという。
「何せ、木が多いんでの」
 説明した村人は、そう締めくくった。
 翌日。
 冒険者たちは村人と一緒に滑落現場まで行った。
「ここやね、落ちたんは。この高さでは‥‥死んでへんやろなぁ」
 下を覗き込む飛鳥。高所恐怖症の者が見れば足が震える高さだが、斜面は絶壁ではないため滑り落ちるという感じだ。例の跡も、道の端からではなく少し下からずりずりと残っている。ちなみに、遥か直下には木々が生い茂っている部分があり、谷底まで直行することはなさそうだった。
「ただ、『わざと降りた』にしては跡が乱れてますか」
 碧の瞳を凝らせて、フィーネ。
「リトルフライでたどってみましょう」
「じゃ、私はグリフォンで」
 ジークリンデとフィーネの空挺部隊が早速準備に取り掛かる。
「私たちは馬頭鬼が登ってきた山道を探りましょう。巨体だし、跡があるかもしれないし」
 残りは、ステラの提案に肯いた。


「下に水の流れがありますし、これは結構このあたりにいますね。動物」
 狩猟に長ける八雲が細い山道を先導しながら言う。踏まれた草から馬頭鬼がこの道を使ったことは一目瞭然で、それ以上の情報を伝えた形だ。ちなみに、山道は谷底にあるといっても一番底ではない。進行方向右手はさらに崖になっており、下には小さな川が流れている。もちろん、下までの高さはそれほどないのではあるが。
「つまり、餌はあるっちゅうこっちゃね」
 一列縦隊の冒険者四人。二番目を行く飛鳥がさくっとまとめる。
「落ちてきた馬を食べているわけではない、か。確かに一番下までは落ちにくいでしょうね」
「それでも、一度落ちたら馬の足は駄目でしょうね。力強く走りますが案外脆かったりします」
 最後尾のステラに、三番目の沖田。言葉の端に馬の世話の苦労がにじむ。
「いなかったみたいですね」
 やがて四人はジークリンデと合流した。つまり、ここが滑落地点の真下だということだ。
「跡はほぼ一直線。ここから少し上で消えたので、そこまで落ちてから横に移動したみたいです。あなたたちが普通にここまで来たということは、ここまでにねぐらなどはない可能性が高いですね。先を急ぎましょう」
 先を急ぐというのは、さらわれた娘の身を案じているためだ。冒険者たちはいずれも歴戦の勇士。馬頭鬼が人間の女性を妻にしようと強引にさらっていくことがあることを知っている。もちろん、その目的が子作りである場合が多いことも。
 隊列を組み直しさらに進む冒険者たち。道は相変わらず、狭い。
 先頭は、変わらず八雲。地面の痕跡に注意を払いながら前方近距離を集中警戒する。
 続いて、飛鳥。左手の林に集中。左手の軍配斧で邪魔な枝を落とす。右手には大型棍棒。名を「鬼砕き」。村で装備を聞かれ鬼百匹殺しの逸話を話した時、「姫武者殿の鬼退治じゃ!」と激しくもてはやされ声望を高めた。
 そして、丸腰ながら沖田。
 流れから行くと、右手の崖下を注意すべきか。
 しかし、もともと下を向く性格ではない。調べ物をする時はさすがに下を向くが、常に上を向くことで強く、賢くなってきた青年だ。鷹を意匠とした鎧を愛用しているのもそのあたりが理由かもしれない。
「あ」
 ふと上を向いた沖田が、声を上げる。


 視線の先、木々の間から覗く岩場に彼を見下ろす者がいた。
 つぶらな瞳。
 長い顔。
 栗毛の地肌。
 隆々と盛り上がる筋肉。そして巨体。
 何より、丸太のように図太い右足を岩にのせ、どっしりそそり立つ姿の何と堂々としたことか。
 馬頭鬼、単騎君臨するの図。
「ちょっと!」
「始末させていただきます」
 沖田に続いていたステラとジークリンデが魔法を放つ。
 しかし、馬頭鬼は一瞬で姿を消していた。
 ステラの範囲魔法は空振り。マグナブローで燃え立つ岩場に、すでに馬頭鬼はいない。
 ジークリンデの方は、石化魔法ストーン。一撃必殺だが、敵がステラ側に寄っていた分、仕掛けがステラより遅れている。果たして掛かっているかどうか。
 馬頭鬼が消えた理由は、明快だった。
 落ちたのである。わざと。
 飛び降りた馬頭鬼は地面を転がり、そのまま沖田を一直線に襲ってきた。
「娘さんはどこに? ‥‥と聞いても無駄ですか」
 敵と目を合わせた時から準備した炎の力が、光の体内に宿る。だが馬頭鬼は目前。
「沖田ぁっ」
 飛鳥はカバーに走るが間に合わない。
 丸腰のまま光は振り下ろされる馬頭鬼の斧に右手を差し伸ばし、凶悪な突撃を水晶の剣で受け止めた。高速詠唱のクリスタルソード。光は地魔法は得意とは云えず、失敗すれば腕が落ちていた。
 とにかく、敵はその巨体で光を追撃する。
「水晶剣、超重火炎斬‥‥滅!」
 魔法の剣は、さらに魔法を掛け火を纏わせている。ぶわと炎を躍らせ上段から武器の重さを乗せた渾身の剣技。ざっくりと切り下ろす。深手の手応えを全身で感じる。
 が、敵はひるまなかった。
 馬頭鬼の反撃は、斧の重さを生かした一撃。
「ぐっ!」
 ゴグッ、と不気味な音がした。血飛沫を上げ体勢を崩す沖田。
「沖田さん!」
 あわや転落の危機をステラが救った。しかし、次の格好の標的となる。
「させへんで!」
「絡め!」
 飛鳥の鬼砕きが唸る。体をずらしてその背後から八雲の帯電魔法付きローズホイップが伸びる。
「ヒヒィ‥‥ン」
 いずれも痛撃を与える。さしもの異形の巨人も瀕死の様相を呈す。
「あっ!」
 その時、沖田をかばうステラが声を上げた。なんと敵は鞭から逃れ崖下へと落ちたのだ。
 逃げられた、と直接攻撃組が下を見た。
 瞬間。
――ガシャァン。
 石が砕ける大きな音。
「今度は姿を捕らえましたから。二度外したくはありません」
 ジークリンデが咄嗟に石化魔法を掛けた。下の岩場に落ちた馬頭鬼は両足が石になって砕け、更に全身が石化するのに鬼が断末魔の叫びをあげる。
 彼女の目の前では、最後尾にいたフィーネが前に出て、重傷にあえぐ沖田にリカバーの魔法を掛けていた。


 仕事は、まだ終わらない。さらわれた娘の行方がいまだ知れないのだ。
「‥‥おかしい。誰もいないわ」
 土地鑑を生かして馬頭鬼のねぐららしき洞窟を見つけたステラだが、声から緊張感は消えない。もぬけの殻で誰一人いないのだ。
「喰われとるわけでもなさそうやわ」
 血の痕跡がないことから飛鳥が結論づける。
「それどころか、ここに連れ込まれてもないんじゃないかしら」
 娘が生きていて動かせないなら、アイスコフィンを使うつもりだった八雲が続く。
「どういうことでしょう」
 ジークリンデも、青い瞳を思案の色に曇らせるのだった。
 一方、フィーネは一応回復した沖田とともにグリフォンにまたがり村へと退いていた。
「崖から落ちた跡、途中の横方面を調べましたか?」
 一番上から落ちた跡を見ながら、沖田が聞いてみた。
「いえ。跡は一直線についてましたから。途切れた部分からなら周辺を探しましたよ」
「良く考えたら馬頭鬼は一人で落ちたんじゃなく、娘と落ちたんですよね。途中、手から離れた可能性も」
 フィーネは、ピンと来た。
 仮に娘を嫁としてさらったのだとしたなら、我が身より大切なはずだ。戦闘時のように自ら落ちるとは考えにくい。現場の状況から道を踏み外して落ちたのではないことを考えると、自ら落ちなくてはならない状況であったと考えられる。
「それより、娘が馬頭鬼から逃げるため身投げした可能性もあります」
 もちろん、真相は分からない。
「とにかく、フィーネさんがいて助かりました」
 大人しく沖田は礼を言っておいた。
 結局、さらわれた娘は最初の跡の半ばから横にずれた潅木の影から、出てきた。骨折した足で這い逃れたが、折れた肋骨が内臓に刺さっていてこれが死因となったようだ。
 食われるかそれよりむごい目に遭っていることを覚悟しあきらめていた遺族は、せめて清廉潔白のまま戻ってきたことに喜んだという。