小豆すすぎ
|
■ショートシナリオ
担当:瀬川潮
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 9 C
参加人数:3人
サポート参加人数:1人
冒険期間:12月12日〜12月17日
リプレイ公開日:2008年12月22日
|
●オープニング
「何や、小鉄。元気なさそうじゃの」
村の友だちと遊ぶためいつもの待ち合わせ場所に行った小鉄は、そう声を掛けられた。村の悪餓鬼三人組などと言われているが、心は優しい子どもたちだ。仲間の小鉄の異変を感じとって、心配そうにしている。
「山に行った父ちゃんの帰りが遅いんじゃ‥‥」
「はあ? お前の父ちゃん、鬼でも逃げ出すほどの乱暴者って言われとるじゃないか。何の心配がいるよ」
小鉄の仲間の一人が言う。悪餓鬼と言われるだけに口が悪い。が、小鉄の父を恐れながらもその力強さにあこがれ、尊敬している面もある。小鉄もそれを知っているので特に気を悪くする事もない。
「でも、握り飯すら持たず朝一番に山に行って、昼に帰ってこなかった事なんてないのに」
仲間の少年二人は、彼の父が大食いであることを知っている。
「そりゃ、確かにおかしいなぁ」
「もしかしたら、怪我でもしとるかも知れん」
「よっしゃ。そんじゃ、今日は山に行って遊ぶか。そんで、お前の父ちゃん探すで」
「阿呆」
いつの間にか大人が近寄っていたようで、盛り上がる三人組に水を差した。
「鉄の行った山は、お前ら子どもが近寄っちゃならん山じゃ」
小鉄の父は、鉄という。
「わしら大人が探してくる。餓鬼どもはおとなしゅうしとれ」
そんなわけで、村の大人数人が鉄を探しに山に入っていった。
が。
鉄の探し出す事はできなかった。
「一体、どういうことじゃ」
その日の晩、大人たちは寄り合いを開いた。
「まさか、妖怪『小豆すすぎ』にやられたんじゃあ‥‥」
実は鉄が失踪した山。妖怪・小豆すすぎが出るという噂がある。子どもたちの立ち入りが禁じられている理由である。
「馬鹿。誰も見た事がない妖怪じゃ。そんなん迷信じゃ」
「いや、俺は聞いた事があるぞ。小川近くの道で、確かに『ざらざら、じゃりじゃり』と小豆をとぐような音を」
「音だけ聞いたんじゃろう。なんでその時小川の側まで寄って確かめんかったんじゃい」
「小川の近くっちゅうても、斜面の下で距離もある。それに、あの山は普段山奥の鬼どもは出てこん場所じゃが、その小川の近くだけは、たまに人じゃあない足跡があることくらい聞いた事があろう。何がおるかも分からんのに、寄ってみる愚か者はおるかい」
ここで一同、はっとした。
いるのだ。
その愚か者が一人。
ほかでもない、鉄本人だ。
「もう一回、捜索しなおすか?」
「誰が行くんだよ」
一同、押し黙る。
「妖怪がいるか鬼がいるかも知れん、しかも一人が死んだかもしれん場所に、誰が行くかい」
「まぁな。それに、小豆すすぎの正体も知れんわけじゃし」
「鬼のような足跡が小豆すすぎの正体じゃねぇか?」
「鬼が小豆をとぐか?」
「というか、『ざらざら、じゃりじゃり』って音も、小豆の音じゃないかも知れんぞ」
うーんと、再び。
妖怪の正体については過去、鬼ではないか、婆さんの幽霊ではないか、狐が人を化かしているのではないかなど諸説がささやかれた。が、確認された事例は、ない。今まで実害はなかったが、もしも鉄が死んでいるのだとしたら、妖怪の存在は村人にとって脅威である。仮に妖怪の仕業ではなく、大きな足跡が稀に発見されるという鬼、もしくはそれに類する存在のしわざであるなら、これも脅威。
「そういや鉄、『村ぁなくなっても、俺なら冒険者で食っていける』とか豪語しておったな」
「まあ、はったりじゃが鉄が村で一番強かった事は間違いない。それがやられたんじゃ。冒険者を雇うのが一番手堅そうじゃの」
うーん、と一同は腕を組み考えるがほかに妙案もない。
そんなわけで、鉄の捜索と正体の知れない妖怪『小豆すすぎ』の退治依頼が冒険者ギルドに張り出されるのだった。
●リプレイ本文
●前略、崖の上から
銀狐のふわふわコートは羽織っているだけで前は開け広げている。その隙間から体にぴったりと密着するドレスが見える。ざっくり開いた胸元は白く豊か。風に吹かれ流れる銀髪。その風を追うごとく碧の瞳を流す。
一人佇んでいるのは、ヴェニー・ブリッド(eb5868)だ。小高い崖の上から、依頼のあった村を見下ろしている。斜陽が淡く染め上げる中、人々は家路を急いだり夕げの支度をしたりしている。
「もう今日の調査はいいのか?」
巨人族のアンドリー・フィルス(ec0129)が背後から近寄って聞いた。
「ええ。鉄さんがいなくなったのは午前中だから。‥‥そうでしょ?」
ちらと後ろを見て、また前を向いてヴェニーは言う。
「まあ、そうだな」
アンドリーは肯く。
実は二人とも、依頼のあった村には若干早く到着していた。行方が知れない鉄のわずかに残る生存の可能性を考えての行動だ。ヴェニーが駿馬で、アンドリーがガルーダと名付けたグリフォンで急行し、情報収集。鉄がいなくなったと思われる場所を探索した。
「あ。彼女も来たわ」
ヴェニーは崖の下に目をやると、ひょいと飛び降りた。捜索時に自身に掛けた魔法・リトルフライの効果がまだ残っているため、落ちることはない。ふわふわと漂いながら下に降りた。アンドリーもガルーダに乗り続く。
「早速現場に向かっていたんですね」
下には、ミルファ・エルネージュ(ec4467)が歩み寄ってきていた。
「私はじっくり聞き込みに専念していたのですが‥‥」
ミルファは学者だ。どちらかというと積極的に外に出て足で学ぶ体力派というわけではない。
「鉄さん、乱暴者だったそうですが心優しい面もあったようですよ。失踪した前の日、村のあるおばあちゃんが『死ぬ前に一口、あんころもちが食べたいねぇ』って独り言を言ってたそうです。そのおばあちゃん、鉄さんが近くにいたことにびっくりしたそうで、『もしかしたら、聞かれていたのかも知れん』と言ってました」
聞き込みの成果である、鉄の人となりについて仲間に知らせた。
「なるほど。鉄殿はたまたま小豆すすぎが出る領域に踏み込んだのではなく、積極的に踏み込んだ可能性があるな」
「無茶するわねぇ」
考え込むアンドリーに、呆れるヴェニー。
「ところで、どうして高いところに?」
「空を飛んでいたら、ちょっと感傷的になっちゃってね」
沈みゆく夕日を見ながらヴェニーが答えた。そういう季節なのかもしれない。
初日が、こうして終わった。
●探索の日々
二日目。
「ふむ」
アンドリーは、森の小川で立ち止まっていた。
歩く。
――じゃり。じゃり。
「これではどうだろう」
一瞬立ち止まった後、また歩く。今度はわずかにすり足を交ぜる。
――ざらっ、じゃーっ。ざりっ、じゃーっ。
「む、違うな。第一これなら痕跡が残るだろう」
立ち止まって、小首をかしげる。
「まあ、一応確認しただけだしな」
引き続き小川周辺を探すのだった。
三日目。
沈む夕日に、ヴェニーが浮かない雰囲気で佇んでいた。場所は例の崖の上だ。
(おかしい)
彼女は徹底して、上空からの捜索に当たっていた。
当然木々に覆われ視認はたやすくないものの、望遠視力の魔法や赤外線視力の魔法を駆使して広範囲に渡って警戒。しかし、小動物ばかりで小豆すすぎらしき生物や鉄らしき姿も発見できずにいる。人の反応と言えば、アンドリーとミルファの二人のみ。事前の情報では、一度「ざらざら、じゃりじゃり」と音が聞こえはじめたら数日間集中するという。
(地上を探すべきかしら?)
夕日に染まる面がわずかにかげる。内心では今後の方針に揺れている。
「いや。小豆すすぎがまだ小川周辺に現れていないのなら、誰かが広範囲に見張ってないといけないわよね」
「ヴェニーさぁん!」
意を決したところで、下から呼ばれた。ミルファだ。効果が残るリトルフライで降りる。
「そっちはどう?」
「昔の『人外の足跡』があった場所とか手がかりのある所に張り込んでますが、駄目ですね」
そう、とヴェニー。
「いまだ謎のまま。気になるわね」
しかし、四日目の午前中。
ついに冒険者たちは小豆すすぎらしき姿を捉えたのだった。
●妖怪現る
最初に発見したのは、ミルファだった。
隠れていた場所から、森の中を小川に降りていく一人の老婆を発見した。腰を屈めて歩く背には、大きな樽がある。
(おばあさん、だけど)
村では見ない顔だ。
ただし、人の姿をしている。
判断に迷う内、その老婆は小川の河原で止まり、背負っていた樽を降ろした。
やがて小さな竹筒で水を汲むと、中に手を突っ込んでざらざら、じゃりじゃりとかき回しはじめた。
(間違いない。小豆すすぎ)
決断したはいいが、ここで隙ができた。何をすすいでいるのかという興味で潜伏場所から移動を試みた時のちょっとした動きだった。
「誰だっ!」
老婆が、振り向いた。いや、老婆だった存在は見る見るうちに逆立つ白髪に青く光る眼、耳元まで裂けた口に鋭い爪という恐ろしい形相に変わっていた。
「見ぃ〜たぁ〜なぁ〜」
すらりと山刀を抜き、とん、たん、たんと肉薄してくる。不気味な声と意外と軽い身のこなしが威圧感を増している。
狙われたミルファは、高速詠唱のアイスコフィンを狙う。鉄の安否確認もある。殺してしまうわけにはいかない。
が、いくら高速詠唱とはいえ単独でしかも的になりながらの魔法。博打である。総合的に判断して、身の危険を顧みず引き付けて確実に掛けることを選択した。果たしてそれは奏功するのか?
ぐっ、と腰を落とし集中するミルファ。
大きな口を開け必殺の予感に悦の表情を浮かべ殺到する小豆すすぎ。
しかし、その瞬間は凍り付いた。
――ガキィ‥‥ン。
小豆すすぎの山刀が火花を散らした。
「アンドリー!」
驚きの声を上げるミルファ。目の前に突然大きな背中が現れたのだ。
「ミルファ殿、今だ」
小川沿いを探索していたアンドリーが、小豆すすぎとミルファの立ち会いを遠くに発見するやパラスプリントと呼ばれる瞬間移動魔法を使い間に入ったのだ。小豆すすぎの攻撃をがっちりと左腕の篭手で受け、わずかに身を寄せる。
「アイスコフィン」
敵を視認したところで改めて氷の封印を掛ける。見事、封印に成功した。
「さすがだな」
「私は水のウィザード、ミルファ・エルネージュと申します。どうぞよしなに」
見直すアンドリーに、ミルファは赤面しながら改めて自己紹介するのだった。
●妖怪の秘密
さて、氷の棺に閉ざされた妖怪・小豆すすぎ。
「山姥、としか言えないわね」
やがてやってきたヴェニーが、持参した本を参照しながら妖怪の正体について話す。
「精霊などの類ではないようです」
学者のミルファは、専門分野に類似種がいないであろうことを添える。
「すすいでいたのは小豆ではなく白い砂利、か」
アンドリーの方は、妖怪が手を突っ込んですすいでいた樽の中を調べていた。いずれも丸みを帯び、ぴかぴかだった。
「午後にはこの氷は融けるますから、ダメ元でついていってどこへいくか確認してみましょう」
ミルファがアイスコフィンで封じたねらいを明かした。
そして午後。
氷の棺はすべて融けた。
小豆すずき、いや、山姥は四つばいになって首を振り気を取り戻すと、周囲を警戒した。
すでに誰もいないことを見て取ると、首をひねりながらも山刀を収め一目散に樽へと走った。中の無事を確認すると嬉しそうにまたひとしきり「ざらざら、じゃりじゃり」とすすいで、その場を離れた。
山姥は歩いた。長く長く。
やがて手荒な作りの一軒家に到着すると、うきうきと中に入っていった。
「なるほど。こんなに離れた場所に住処があったのね」
こりゃ見つからないわけだ、と空から降りてきたヴェニー。続いて、彼女に借りた空飛ぶ木臼に乗ったミルファとガルーダに騎乗したアンドリーも地上に降りた。冒険者たちは空から山姥を追跡していたのだ。
「裏に回ってみよう」
アンドリーの言葉で、一行はこっそりと裏口に回ってみた。
「あ!」
思わず声を上げる一同。
なんと、そこには見事な庭が広がっていたのだ。
地面には、白い玉砂利。
川の流れを模すかのように、一面に揺るかにうねる線が何本も引いてある。
「見ぃ〜たぁ〜なぁ〜」
表口側から、不気味な声。家に入ったはずの山姥が立っていた。手には当然、山刀。
「ちょっとくらいいいじゃない」
最後尾にいたヴェニーが魔法で空から雷を落とした。氷の棺が融けるまでの時間に、被っている月桂冠に仕込んだレミエラで雨雲を空に作っておいたのだ。
「退治する!」
これあるを期してあらかじめ闘気魔法で気力とパワーを充実させ、さらにパラディン魔法で切味を鋭くした一撃。同じくパラディン魔法で飛翔しながら間を詰め放つ。
唸る魔剣。妖怪の苦しげに歪んだ大きな口から、不気味な断末魔が漏れるのだった。
●育つ者たち
鉄は、人間にしては大きな男だった。アンドリーほどではないにせよ。
「おっちゃん、すごいなぁ」
「小豆すすぎを倒したんやからなぁ」
村に帰り、報告を済ませた冒険者に小鉄ら村の悪餓鬼三人組が寄ってきた。人気は、アンドリーである。
「どうしたらおっちゃんみたいになれるんかなぁ」
「何でもよく噛んで、たくさん食べることね」
返答に困ったアンドリーの横から、ヴェニーが口を挟んだ。
「お父さんも、きっとそうだったのじゃないかしら?」
事前の聞き込みで鉄の人相を聞き、えらが張っていたことを知っている。妖怪・小豆すすぎの正体だった山姥の住処に転がっていた人骨も、えらが張っていた。
「うん‥‥」
小鉄はうつむき、寂しそうにした。
「うん‥‥」
でもそれは一瞬のことで、すぐに顔を上げ、自分より背の高い冒険者の顔を見るのだった。
「うん!」
返事のよさに、見守っていたミルファも思わず満面の笑みを浮かべるのだった。