野犬退治で吠えろ!〜故郷を離れ戦う訳は

■ショートシナリオ&プロモート


担当:瀬川潮

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月25日〜06月30日

リプレイ公開日:2008年07月02日

●オープニング

 人の幸せとは何を基準とすべきか。
 京都からたっぷり離れた宿場町、さらにそこから険しい峠を越した山村の、加えて細い奥への道を進むこと半日の場所に小さな集落があった。にぎわいはないが、水がうまい。緑豊かな自然の賜物かもしれないが、住民にとってはそれが日常であり比較対象は持たない。ただ、無事に日が昇り、その日を生き、沈む夕日を見送る。それが幸せであった。うまい水のせいか作物の育ちは良く、その分お上に絞り取られはするが、それが日常であり生きて一日を終えることができているので幸せなのである。
 そんな幸せな集落にも、明確な不幸せは存在する。
「来たよ。今年も」
「ほんに、来たかいの。今年も」
 あぜ道を歩く野良仕事帰りの住民らは、そうささやき合う。遠く山にかかる夕日が、くわを担ぐ二人の影を長く落す。
「暑ぅなってきたんで、またあそこの水を飲みに来たちゅうわけか」
「これでしばらくあの霊泉には近付けもせんちゅうこったな」
 あの宿なし犬どもめ、我慢するしかないのぅ、などと言い合いつつ家路に就く。困っているようだが、切迫している様子はない。不幸せなことではあったが、それほどでもないのだろう。
 とにかく、集落外れの霊泉に野犬どもが出没し始めた。ちなみに霊泉は、飲み続けることで万病の予防になると伝えられ住民に愛飲されている水が湧く小さな泉だ。野犬は過去の例から、通常その泉よりも集落側には来ないと言われている。
「困った。困りおったぞ、これは」
 場所は変わり、この集落の長、香川丙内(かがわ・へいない)宅。
 丙内は縁側をうろうろ行ったり来たりしながら困り果てていた。
「また息子が『野犬退治や』なぞぬかして霊泉に近付くか知れん。あいつらが不用意に近付く前に男手総がかりで犬どもを追い払うか、しかしけが人を出すためわざわざ近寄るというのも‥‥」
「父上、野犬が出たそうじゃぞ! 四匹らしぃ」
 思いを巡らせていると、元気のいい子どもが縁側にやって来て声を張り上げた。丙内の次男、仁(じん)である。上向きのあごが、いかにもという感じで気性を表している。
「今度こそ、俺らがやっつけてやるから安心してや」
「駄目じゃ! 大人の仕事に手ぇ出すな。仁も、大人になってから手柄を立てればええ」
「冒険者に大人も子どももないて、この前お役人さんが言いよったで」
 丙内、顔をしかめる。あの役人めがと内心吐き棄てた。
「家は、兄者が継ぐ。じゃったら、俺はここにおっても仕方ない。寅とお花で、冒険者になるんじゃ」
 威勢のいい仁。実は丙内、長男にはない次男の生きの良さが気に入っていた。利発ですばしっこく、何より大将が似合う器だと評価している。親として、あるいは、と思うこともある。
「じゃが、寅は木原んとこの長男で、お花は川下のとこの娘じゃ。とても冒険者にはなれんじゃろう」
「寅は末に野良仕事だけさすには惜しいくらい力持ちじゃ。お花は、いろんなことに気が付いてくれる」
「とにかく、駄目じゃ駄目じゃ。大人しゅうしとれ。どうせ霊泉のある広場までしか来ん。大人しゅうしとれば、またいつものように犬どもも山に帰って行くわい」
「そんなんじゃおもろない。何のために剣の稽古をつけてもろとるんか」
 仁は、たまに来る田舎流派の出張稽古を受けていた。筋は、いいらしい。仁自身も気に入っているのか、毎朝木刀を素振りする熱の入れようだ。
「‥‥分かった」
 しばらく考えて、丙内は声を絞り出した。
「今度のことで、冒険者に来てもらう。一回ほんまもんの冒険者を見て、厳しさ教えてもらい。そんでどうするかは、お前が決めろ。すぐにゃ家を出さんが、決心が変わらんかったら大人になった時、冒険者として送る出しちゃる」
「ほんまか、父上」
「ほんまじゃ。野犬退治について行って、どんだけ冒険者が辛いか見て来い。ただし、仁らは手を出すなよ。冒険者様の迷惑になるからな。大人しゅうしとけよ。子どもがついて行くだけでかなりの負担になるはずじゃからな」
「うん、分かった。父上」
 やった、と駆け出す仁。寅とお花に報告に行くつもりだろう。
「やれやれ。つてをたどって冒険者ギルドに頼まんとな。‥‥仁は目的もなく冒険者になりたがっとる。冒険者様らは、そんなことはなかろうて。何が目的で冒険しとるかぴしいっと仁らに言ってもらお。冒険者になるにせよならないにせよ、男らしい男になって欲しいもんよ」
 丙内の幸せは、次男の未知の成長に重きを置き始めているかのようだった。

●今回の参加者

 ea8628 月風 影一(26歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 eb5086 竜造寺 双樹(36歳・♀・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 eb5431 梔子 陽炎(37歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ec3983 レラ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec4516 天岳 虎叫(38歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ec4697 橘 菊(38歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●ゆうげの話
「金じゃ」
 橘菊(ec4697)は姿勢を正したまま、きっぱりと言い切った。冒険者らが集落の長、香川丙内宅での夕食が落ち着き、話題が彼らの冒険する目的に移った途端の発言だった。
 夕食には集落の顔役のほか冒険者を志す三人の子どもが同席していたが、丙内の次男・仁(じん)はパシリと箸を置きむっとし、力自慢の木村寅は目を丸くするのみ。川下家のお花は横目で仁の反応を気にしていた。月風影一(ea8628)の事前聞き込み通りの反応だ。なお、月風の事前聞き込みは予定より早期到着がかなったためで、天岳虎叫(ec4516)の愛馬の荷駄積載能力によるところが大きい。
 ふすまを取り払った広い部屋を支配していた静寂は、梔子陽炎(eb5431)が「ぷっ」と吹き出したことで破られた。笑う目尻が色っぽい。
「私はねぇ、故郷の村が山賊に襲われて無くなっちゃったのよね。ほかにできることもなし、京まで出てきてよろしくやってるってわけ」
 もちろん、『よろしく』というのは冒険者稼業のことだ。重い内容であるためか、はたまた重い内容を色っぽく言ったためか、集落の人々の反応は微妙。仁は、一転身を乗り出しこくりと頷く。横のお花は仁の反応ににっこり。もっとも、梔子が内心「ごめんなさいね」と舌を出していることを誰も知らない。
「私はですね」
 話を継いだのは、レラ(ec3983)だった。場があまり盛り上がってないのが気になるのだろう、くるくるとよくしゃべった。蝦夷という遠い故郷を懐かしむように話し、故郷に訪れる災厄を回避するための術を身に着けるため京に上ったことを力強く話した。
「どんな困難であっても逃げる事は許されません」
 そしてそう結んだ時には、誰もが拳を固め目頭を熱くしていた。子どもはというと、寅に外見上の変化はないが、仁は納得したように何度もこくこくとうなずき、お花は両手を組んで憧れの眼差しでレラを見詰めた。
「さあさあ。身の上話はこのくらいにして、明日のことでも話しましょうぞ」
 丙内は話を切り上げた。冒険者に過去を聞くのは野暮だったとすでに反省している。
 結局、霊泉の広場に野犬は四〜六匹が時間もまちまちに現れるという情報を確認。集落に熊など大型動物が現れないのは野犬の存在が影響しているため全滅は狙わず、痛い目に合せて追い払ってから柵を設置して『ここは人の縄張りである』ことを認識させるという全体的な打ち合わせをした。

●戦闘の朝
 人の縄張りの主張が目的であるため、翌日は朝から霊泉の広場に出掛けた。設置することとなる柵の効果を午後に調べるためだ。季節は梅雨で雨こそ降ってはいないが、曇り。冒険者八人と、子ども三人、そして集落の大人数人は列をなして広場に向かった。
 途上、一行の先頭を歩く竜造寺双樹(eb5086)の足元に小石が五つ並んでいた。先行偵察する月風からの「野犬は五匹」という合図だった。
 果たして、広場には四匹の野犬がいた。すでに来訪者の気配を察知していたようで、冒険者らに向かって扇形に展開し戦闘待機をしていた。位置取りは、引き気味。
 一行はかねての打ち合わせ通り、竜造寺と天岳が広場中央に向かい前衛を務める。
 野犬どもは戦い慣れしているようで、無駄吠えもせず二対一、しかも挟撃の形をとろうと動き始めた。
 まず一人で突出した竜造寺の得物は、六尺棒。長短自在に操り野犬どもをけん制し時間を稼いだ。右やや後ろで歩みを止めた天岳の方向へ、自身の背後に回り込もうとする一匹を 誘導した。すでに武器へオーラパワーは仕込み済みだ。不穏な雰囲気を察知してか、天岳に当たった野犬二匹は広く展開しつつ警戒している。
 けん制し合う展開から、決着までは一瞬だった。
 竜造寺が誘い込んだためようやく二匹狙いが可能となった天岳の初太刀、渾身のソードボンバーが炸裂すると、情勢がうねった。
 天岳は衝撃波で二匹を仕留めた。
 竜造寺が対する一匹。けん制の動きから一転して攻めに転じた竜造寺の踏み込みで、その一匹は身を固めてしまい痛撃をもろに受けた。
 残るは一匹。
 目の前の天岳を狙わず、一行の一番の弱点を狙った。
 いざとなれば逃げるため道を背にしていた子どもと村人たちは、突然狙われ身をすくめた。
 彼らを守るべく、橘は身を盾にするよう子どもたちと迫る野犬を結ぶ直線上に入った。もちろん、無防備のままだ。後ろでは、持参した木刀を構える仁を抑えながらレラが刀を構える。犬は長かった距離を一気に詰めた。
「残念じゃの」
 盾になったはずの橘は、それだけ言って最後の最後で身を外した。子どもたちは、殺意を持って間近に迫る野犬の恐怖に息を飲んだ。
「ご苦労さま♪」
 子どもたちの後ろには、梔子が弓を構えていた。ちょうど橘の影に隠れる形となっていたのだ。引き付けてからの一撃は、もろに野犬の顔面を貫いた。
 体勢が決すると同時に、道の反対側の木々の中から犬の鳴き声がした。隠れていた一匹が姿を現している。
 それを合図に、野犬どもはあっという間に撤退した。一行は追撃を掛けず見送った。
「あの位置じゃ、デティクトライフフォースは届かぬわけじゃの」
 橘はつぶやく。
「おそらくあれが頭だね」
 身を隠しつつ野犬の頭の動向に注意していた月風が、林から姿を現し言った。
「おぬし」
 深手を負い痙攣する犬から矢を抜き、天岳が仁を呼んだ。
「介錯してやれ」
 刀を差し出す。
 仁は無言のまま受け取った。重そうによろめく。そして少しためらった後、苦しむ犬の首をかき切った。お花は目をそらし、寅は目を丸くして息を飲んだ。
「あ。おい、こら」
 天岳は、叫んだ。仁が刀を返した後、逃げ出したからだ。
「待って。一人にしてあげて。仁はまじめすぎるんだ。後のことは、ぼくが勉強してちゃんと伝えるから」
 今までほとんど口を開かなかった寅が、憤る天岳を止めた。
「仕方ないわねぇ」
 梔子が、「後は任せて」とばかりにウインクして後を追った。

●午後の輝き
「畜生、畜生」
 川原に、仁の姿があった。「もっと強くなって」と石を叩きつけるように川に投げ、「もっとかしこくなって」とまた石を叩きつける。
「ちょっと。まだ私たちの仕事は終わってないのよ」
 梔子が背後から静かに近寄って言った。驚いて振り返る仁は、だらだらと涙を流していた。
「‥‥涙くらい拭きなさいよ」
「いいや、拭かん。この悔しさを忘れんためにも、拭くもんか」
「何が悔しいのよ」
「自分に力がないことじゃ。あんたらみたいに強くないことが悔しいんじゃ。これじゃあ、このままじゃあこの集落なんか守れん」
「そう。‥‥ま、頑張りなさい」
 冒険者は楽な仕事じゃない、自分の力が頼りなど言おうとしていたのだが、やめた。代わりに、「戦闘中は風の向きにも注意しなさい」とだけ言いつけてその場を後にした。
 一方、霊泉の広場。
 霊泉は山の伏流水がくぼ地の一角に奇跡的に湧き出ていて、常に水は泉からこぼれ地に帰り入れ替わっていること、けが人が患部を直接漬けることもあるため、血が付いても問題はなかった。
 そして仁が介錯した犬は、広場の野犬が引いて行った方角に穴を掘り、葬った。
「冒険者に必要な事は、常に『考える』ことです」
 僧兵の竜造寺は、そう言って手を合わせた。
 寅とお花はそれを見習い、手を合わせた。その後、言葉の意味について考え始める。林を見て、霊泉を見て、集落を見て、そして墓を見詰めた。
「何が善くて、何が悪いのか‥‥。時には答えが見えないまま進まなければなりません。でも、考える事をやめないで進まねばならないのです。冒険者とは、そういう者なのでしょう」
 竜造寺はそう諭して、ほほ笑むのだった。
 黙祷した後、冒険者と住民で手分けして柵の設置をした。寅も、手伝った。
「お花ちゃん」
 レラは、お花を呼んだ。一緒に野犬が出ない森へと行き、山菜や木の実など食料調達知識を教えるつもりだ。
「冒険者になるのなら、必須の知識です。きっと、仁くんたちの役に立ちます」
 山中でそう教えられ、お花は頬を染めながら励んだ。
 天岳も、作業の途中でそっと抜けた。
 ばつが悪そうに戻ってくる仁と、偶然顔を合わせた。川原へ誘う天岳。仁はもう一度、川原に戻った。
 筋がいいという仁の腕前を見てやると刀を渡し、素振りをさせた。重そうにしながらも、振り抜く。
「その刃の重みなんぞ、命の重みと比べれば如何ほどの物か。命の重みを知らぬ者に冒険者は務まらぬ」
 掛けられた言葉を噛み締めるように、仁はもう一度振り抜いた。
 言葉なくにこりとほほ笑む天岳。
 さらに振り抜き、手ごたえを身に刻んだ。

●そしてお別れ
 翌日。冒険者らは集落を後にした。
 柵の出来は良く、あれから野犬は広場に立ち入ってない。
「本当にありがとうございました。報酬が少ないのが本当に申し訳ないのじゃが」
 出立を見送る住民を代表して、丙内がすまなそうに声を掛けた。
「なに、金よりもっと良いものを貰った。気にすることはない」
 橘が、土産に持たされた弁当包みを手にしてほほ笑んだ。最初に「金が目的」と言い切った人物の言葉に仁たちはあ然とし、やがて頬を緩めて顔を見合った。
「冒険者になるならないは君たちの自由。あとは信条次第かな? 何をやるにしても」
 別れ際、月風が仁に言葉を残した。
 仁はそれを励ましと取り、自らの手のひらを見詰めた後、ぎゅっと握り締めるのだった。
「それじゃがんばってねー」
 手を振りながら旅立つ月影たちに、丙内らは長々と頭を下げるのだった。

 ところで、道中橘の機嫌が微妙に悪い。月風が聞くと、住民たちを最後に喜ばせたことが少々自分らしくないのだそうだ。言ってから、市女傘を取り出して被る。日差しに弱いが、今日は曇りだ。
「『信条』だねぇ」
 あきれたように感心したように、月風がぼやいた。
 皆が笑う。