葉陰〜帰郷への試練
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■ショートシナリオ
担当:瀬川潮
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 44 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:12月25日〜12月30日
リプレイ公開日:2009年01月04日
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●オープニング
「里に、皆が帰ってくるんだ」
その青年は、冒険者ギルドで力を込めていた。
「それなのに、里はいつのまにか鬼どもの巣窟と化している。このまま、約束通り里に皆が帰ってきたら全員鬼どもにやられてしまう」
「里、ですか」
ギルドの受付係の男性は、冷静だ。一から話すよう、それとなく促す。
「あ、いや‥‥」
青年は口篭った。うつむき瞳を陰らせる。
「申し訳ないですが、素性がはっきりしない依頼を受け付けるわけには‥‥」
「隠れ里。無実の罪を着せられたり、村八分になって流れたり、駆け落ちしたり、脛に傷があるような者、不本意に人を殺し追っ手から逃げている者などが寄り添って、ひっそり暮らしていた集落です」
「結構です」
顔をゆがめ、深刻そうに声を絞り出す青年。係はそれを冷静に止めた。
「でも、罪のある者も厳しく貧しい山奥でひっそりと共同生活をするうち罪を悔い改めています。このまま見過ごされ命を落して然るべき者なぞ一人もっ!」
激昂する青年。依頼を断られると勘違いしたのだ。
「ですから、情報としてはそれで結構ですよ。それ以上言うことはありませんし、言うべきではないでしょう」
係がにっこりとたしなめる。あ、と目を丸めて青年は若気の至りを恥じた。
「隠れ里である、で大丈夫です。続きを聞きましょう」
係が聞いた話は、次の通りだ。
京都から離れた山奥に、社会的に存在を否定された人々がひっそりと集まり住んでいる里がある。『葉陰』と呼んでいるようだ。
その葉陰で一年前、流行り病が蔓延した。多くが死に至り、成す術がなかったという。
結局、とるものも取りあえず、全員が里を離れることにした。
「病が落ちついているかはっきりとは分からないが一年後に里に戻ってみよう、それまでは散り散りで時をひっそり過ごそう、まちの中で『葉陰』として生きていこう、と約束したのです」
話す青年の瞳は、輝いていた。
「でも、本当は誰も帰ってこないほうがいいのですけれどもね。あんな山奥に隠れて住んでいるより、まちなかに戻って普通に暮らせるのが一番いいんです。たとえそれが『まちなかの葉陰』だとしても。以前は、それもかなわず葉陰に落ちてきたのですから」
ふっと、寂しそうにする。表裏一体の希望であるようだ。
「それなのに、いつの間にか里は鬼どもに占領されていた、と」
「はい」
青年は力強く肯いた。
「私は、気になって約束の期日より早く里の様子を見に行ったので状況を知る事ができました。後から来る里の仲間のために、ぜひともこれを排除して迎え入れたいのです」
言葉の勢いそのままに、どんと包みを前に置く青年。ちらと風呂敷の端を上げて見る係員。
「里にいるという鬼、強そうでしたか」
「しっかり武装した大きいのから軽装備のまでたくさん。豚みたいな格好です。しっかり見張りをしていましたね」
改めて風呂敷の端を上げて中身を見る係員。瞳が、陰る。
「あ‥‥。すいません。里の立てなおしのためにこの一年で死に者狂いで働いたのですが、それだけしか」
「働いて、ですか?」
係員は金額を確認して言う。言外に「それ以外のこともしたでしょう?」と問うている。
「あくどいことはしていないです。ただ、普通の人はしない汚れ仕事はしました。でなければ身分もないただ一人の若者が一年でそこまでは」
それでも、若干金額に乏しかった。状況を鑑みるに、確実に依頼を遂行しようとすると経験を積んだ冒険者が多く必要であるからだ。係員は気の毒そうな視線を青年に送った。
これで十分な人数が集まるか。依頼人は山奥で大勢の豚鬼といった。京都近隣で奴らと云えば、近江に豚鬼の‥‥まさか、と係員は首を振った。
「あ、いいんですよ。私は汚れても。‥‥これ以上、汚れ仕事をするのは私一人で十分なんです。葉陰には有為の材が多くいます。そんな人にはこれ以上、汚れて欲しくないんです」
青年は視線の意味を勘違いした。勘違いしたがしかし、係員の心を動かしたようだ。
「分かりました。間違いなく依頼は受理させていただきます。‥‥時に、お名前は?」
青年の名は、風柳薄暮(かざやなぎ・はくぼ)といった。志に燃えた、さわやかな若者だ。
張り出された依頼の報酬金額は、やや少なめ。ある係員の酒量が減ったようだが、これは余談。
●リプレイ本文
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「う〜ん、季節的に熊かもしれないって思ったんだけど」
春咲花音(ec2108)が人差し指を口元に当てて首をひねる。
「うちは、近江からの追っ手はんを恐れとるんやないか思うけどな」
行動を共にする九烏飛鳥(ec3984)が別の可能性を挙げる。
「飛鳥お姉ちゃん、それ、どういうこと?」
「近江の豚鬼国からの脱走兵とかなら、距離的にもつじつま合う計算や。脱走兵が警戒するのは、当然追っ手やね」
隠れ里「葉陰」の集落を左に森の中を移動しながら、二人は話している。どちらも隠密行動はお手のもの。偵察部隊となり、主に里の状況と森の中の痕跡を調べている。周囲の森をもうすぐ一周するが、有力な判断材料の発見はない。葉陰を占拠した豚鬼約二十匹が何かを警戒しているのであれば、何かしら痕跡が残されているはずである。が、それがない。集落と森の間の田んぼにも、豚鬼らしき足跡しかないのだ。飛鳥が、やがて来るかもしれない追っ手を警戒しているのでは、と想定している根拠でもある。
一方の待機組。
「ただの野良豚鬼ではなし。一体何を警戒しているのか」
村に続く細い一本道あたりに待機し、風柳に詳しい話を聞いていた沖田光(ea0029)が細いあごに手をやり思いを巡らせる。葉陰の集落では、槌を持った大柄な豚鬼が一定の間隔で座り込み周囲に目を光らせていた。たまに、戦士風の豚鬼が巡回しては状況を聞いているようだ。
「近江の豚鬼が何か事を起こそうとして、先発隊を送ったとも考えられそうですが」
その割に、人里に向かう一本道に豚鬼の足跡や痕跡はない。警戒の様子からは、専守防衛の雰囲気も伝わってくる。
「近江から脱走とかの場合は、追っ手がある可能性も十分に考えられますよ」
月詠葵(ea0020)が寄ってきて言う。彼がカノン・リュフトヒェン(ea9689)と工作準備をしながらも周囲への警戒に注力する理由だ。実は新選組隊士で、何やら叩けば埃が出てきそうな風柳に気を遣っている面もある。
「どちらにせよ、豚鬼一党を隠れ里から放逐することに変わりはないがな」
行動開始の予感に、体を休め集中していたアンドリー・フィルス(ec0129)が起き上がる。ま、それはそうだと一同。そこへ、偵察組二人も戻ってきた。豚鬼どもが何を恐れているかの判断材料がなかったという情報を共有する。地面に痕跡がないことから、やはり追っ手かという雰囲気が流れた。
「下準備は万全だ。作戦通り、縦深陣に誘い込んで各個撃破する。配置についてくれ」
やがてカノンもやってきた。森林地帯での土地鑑の冴えを生かし、足跡をわざと残したり持参した毛布に枯れ葉を付けて隠れやすくするなど細工をしていたのだ。数的不利を解消すべく、敵を分断して削る作戦。
「じゃ、カノンお姉ちゃん。行きましょう」
誘引班の葵とカノンが、立った。
●
「ブヒッ!」
里から森方面を見張っていた豚鬼が、鼻息を荒げた。豚鬼の視界には、人間の男女二人一組。おっと枝に手を掛けたらぼきって折れちゃったお姉ちゃんどうしよう、このドジ見つかったじゃないかほらすぐ逃げるぞ、という感じで慌てて森の奥に消えていった。ちなみにこの演技、普段の葵とカノンを知る者が見たら大爆笑するだろう。「クールなカノンがあんなに慌てるかよ」とか、「あんな間抜けな葵があるか」とか。
閑話休題。
豚鬼は大声を上げ、仲間を呼んだ。
(どうする?)
カノンから渡された毛布で隠れ状況監視を託された風柳は唾を飲み込んだ。追ってくるのか、守りを固めるだけか。この行動次第で今後の展開が変わってくる。
(追った!)
豚鬼たちは、二人を追うため集落から出てきた。数は四体。いずれも貧弱な武装だ。頭をかばうように物凄い勢いで突っ切る。
逃げた二人は、わざと後ろを振り返るなど自然な演技を繰り返す。追う豚鬼どもは、見事に奥深くへと誘導される。
やがて豚鬼は二人を見失うも、地面の足跡を発見。さらに奥へと進む。
その時。
最後尾の豚鬼が音もなく崩れた。背後から忍び寄った花音のスタンアタックが首筋に炸裂したのだ。そのまま、逃げる。
豚鬼どもは声を上げ追う。
しかし、今度は横合いから出てきた水晶剣・沖田と棍棒「鬼砕き」の飛鳥組と、忍者刀・葵と霊剣「ミタマ」のカノン組に二体が襲われる。豚鬼どもは混乱し対応できないまま、死亡。
花音を追った一体は、パラスプリントの魔法で突然現れたアンドリーに一撃のもと斬られた。気絶した豚鬼は、この段階で情けをかけるわけにもいかず花音がとどめを刺しておいた。
緒戦は目論見通り敵の数を削ることに成功するが、この後、冒険者たちは決断を迫られることになる。
●
「駄目です。様子は伺ってますが、出てくる風ではないですね」
冒険者たちが戦闘をしていた時、風柳は葉陰の里を監視していた。結果、増援することもなく警備を強化するのみの状況を報告した。
あくまで防衛、である。
「居宅にこだわっているのかな?」
花音が、うーんと眉の根を寄せる。先ほどの戦闘で見せた動きがうそのようなのんびりした口調だ。
「やることは変わるまい」
「速攻、だな」
アンドリーとカノン。
「里は主戦場にしたないで」
飛鳥が雷撃魔法の巻き物を取り出す。威嚇射撃であわよくば豚鬼どもが警戒する何かを引き寄せる算段だ。何かが来なくても、鬼はさすがに里から出てきて、田んぼが主戦場となる。数的不利はあれども、拠点防衛の雰囲気から全勢力がいきなり出てくる可能性は低い。
では風上と風下どちらから行くかという話になったところで、風柳が「あっ!」と声を上げた。
「一年前はこの里、あまり風は吹かなかったんですよ」
だから霧に沈むことが多かったこと、流行り病が蔓延したのは風がないからだと言う者がいたこと、無駄だと知りながらクリエイトエアの魔法を毎朝かけていた魔法使いがいたことなどを話した。
「魔法使いの彼、結局発病して残ることになって‥‥。それでも『力のある限り、無駄でも魔法を掛け続ける』って」
所詮ほんの限られた場所、限られた時間だけ新鮮な空気を作ったところで、はびこる病に効果はない。
「この依頼、確実にこなす」
クールなはずのカノンが、力を込めて言い切った。
結局、風が流行り病を払ったのだとしたら風上からの方が験担ぎになるということで落ち着いた。手はず通り、まずは飛鳥がライトニングサンダーボルトを上空に放つ。豚鬼どもが気付いたところで、突貫。里からは戦士風の二体のほか、八体の手下どもが出てきた。冒険者たちは葵・飛鳥・花音・カノンの陸戦隊と、グリフォンに乗ったアンドリー。沖田は援軍として状況を見てから突っ込む。
双方、激突まであとわずか。
と、その時だった。
「な、何だ?」
突然強まった風と突然の影に、冒険者と豚鬼は空を見上げたッ!
●
何と、空には翼を広げた緑色のトカゲが飛んでいるではないか。体長は人の三人分で、翼を広げた横幅はそれ以上ある。
「風のエレメントッ!」
博識の沖田が思わず身を乗り出し叫ぶ。正体は風精龍とまで看破するが、最小限度の伝達で警戒すべき事柄を伝えた。
迷ったのはアンドリーだった。
依頼の目的は、豚鬼どもの放逐。
放っておくのも手だが、風精龍の行動範囲と被るのは自分自身である。
(味方を守らねばならん)
戦いを、決意した。
しかし、瞬間の逡巡が隙を生んだ。
風精龍の爪先からほとばしる雷。
「ぐあっ」
もろにライトニングサンダーボルトを食らった。中傷ダメージにバランスを崩す。
「間に合えっ!」
まずい、と沖田。火の鳥の魔法で飛び立ち風精龍へと体当たりし援護した。
「今やっ! たたみかけるで」
唸る仕込み下駄から迸るソニックブーム。アンドリーが体勢を立て直すのを見て、飛鳥が声を張り上げ威嚇攻撃を繰り出す。一気に流れをつかむつもりだ。ほかの三人もそれと分かり、空は二人に任せ豚鬼どもに殺到した。
助走をつけ振り下ろしの一撃を繰り出したのは、カノン。先頭に立つ戦士風豚鬼にぶちかまし、一撃で瀕死に追いやる。
葵は、忍者刀で得意の横薙ぎの瞬撃。夢想流の武芸ここにあり。重傷の豚鬼は戦意をなくす。
「頭数減らすわよっ」
明るく言い放つ花音の狙いは、戦士風豚鬼。スタッキングで懐に飛び込むと、攻めあぐねる敵に対し気絶狙いの一撃。見事あご先に入り、豚鬼はくらくらと崩れた。
「俺が倒れるわけにはいかんのだっ!」
空では、体勢を立て直したアンドリーが怒りの一撃を見舞っていた。沖田からのダメージもあり、風精龍は瀕死の状態。ほうほうの体で逃げ去った。
ここで、戦闘の趨勢は決した。
血気盛んな豚鬼どもだが、今まで苦しめられていた風精龍を倒した敵が自分たちに牙を剥いているのである。さらに部隊長格が二匹もやられている。
前線の豚鬼どもは、遁走した。
追撃する冒険者だが、特に豚鬼どもを震え上がらせたのがアンドリーだった。グリフォンを休めるため下りると自身は回復薬を飲んでから、瞬間移動の魔法で逃げる豚鬼どもの前に回り込む。冷静になれば彼を囲むこともできるが、魔法を前にすでにパニック状態。逃げ遅れればほかの冒険者の餌食。さらに空には、火の鳥が旋回しているのだ。
やがて、頭目らしき者も含め、すべての豚鬼が里を放棄して逃げ散った。
●
「ありがとうございました。これで亡くなった仲間を供養してやることができます」
風柳はそう言って、里を探しては遺品を集めるのだった。
すでに遺体は、ない。豚鬼どもに始末されたのだろう。
「遺品になるものを集めたら、いったん引きます。私一人ですからね。‥‥まずは、手前の村で仲間を迎えて、それから改めて里に帰ります。もし豚鬼どもが帰って来ていたら、その時はまたギルドに助けを求めます」
契約の期間もある。冒険者たちはひとまず風柳と別れるのだった。