ネズミよ、さらば

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:4人

冒険期間:01月08日〜01月13日

リプレイ公開日:2009年01月18日

●オープニング

 村上九兵衛(むらかみ・きゅうべえ)が裏山の奥の奥に入ったとき、小さな子どもに出会った。
 ただし、明かに人の子ではない。
「お主、確か村の九兵衛じゃったの。村上んとこの」
 少年は草のようなぱさぱさした長髪で、異常に大きな目がぎょろりとまんまるに開いていた。
「恐れるな。我はこの森の精霊じゃ。人、特に森をよう世話してくれるお前さんに危害を加えるつもりはない」
 この一言で、九兵衛はひとまず安心した。というより、逆らえば何をされるかわかったものではないという体だ。その雰囲気を感じ取った少年は、やれやれと肩をすくめる。
「主にはこのとおり、感謝しとる。で、今回お主の前に姿を現したのは、頼みがあるからじゃ」
 少年――のち、木霊である事を自ら名乗る――が頭を下げた事で、九兵衛はようやく心を落ちつけた。
 改めて彼の頼みを聞くと、森の奥にあるお堂に巣くう巨大ネズミを退治して欲しいとのこと。
「わしらに退治できるがどうか分からんし、第一森の中のことで人が関わらんことに人が手を出しちゃまずかろう。村が迷惑受けとるわけではなし、飢えとるとか村人が困っとるわけでなし」
 困惑する九兵衛の意見は、木霊としては至極まっとうで喜ばしい回答ではある。
 が。
「一昨年の暮れ」
 木霊は静かに話し始めた。
「一人の傷ついた女戦士が村に来たろう?」
 ぎくり、と九兵衛。
「匿ってくれと頼んだそうじゃが、断ったらしいな」
「あ、あれは、追っ手がおる言うとったから」
「結局、この森に来てな。廃屋じゃが、古いお堂があるんでそこを案内してやったよ。で、追っ手は無礼者らじゃったんでわしが凝らしめたがな」
 おっと追っ手が来たことは知っておるはずじゃのう何せ村人が逃げた先を教えたんじゃから、と木霊はにやにやと付け足す。「し、仕方がなかったんじゃ」と九兵衛は下を向いて言い訳する。
「ま、そりゃあええ。とにかく、その女戦士が落ち伸びたお堂に巨大ネズミが巣くうとる。その時の借りを返せ。昨年の十二支は子じゃったんで大目に見とったが、もうあのお堂を独占させるわけにはいかん。皆殺しでも良し、二度と近寄らんよう痛い目に合わせるも良し。このままじゃと、女戦士のような者に一晩の宿を提供するにも事欠いてしまう。人のためでもあるんじゃし、人がやるのが当たり前」
「一つ、聞いていいですか。‥‥女戦士は、どうなりました?」
 九兵衛の問い。木霊は、寂しそうにする。
「死んだよ。‥‥もともと覚悟はしとったようじゃが。それより、好いとる者と一晩だけ契ったようでな。子供が生まれるなら、何とか生みたいと強く願っとった」
「そ、それで?」
 木霊は、首を振った。
「はらんでなかったようじゃの。まあ、お堂に落ちついてすぐに死んだんじゃが。‥‥問題は、巨大ネズミがすぐにいつくようになったことじゃ。子宝を強く望んだ者が、その死後に出産に縁起がいいと言われとるものに囲まれるのも因果なものじゃ」
 九兵衛に、声はない。
「とにかく、わしが手を貸したことにわしが手を下すわけにもいかん。村人、というか人を恨んどった節もあったんで巨大ネズミも人に対して好戦的かもしれんが、ぬしらの自業自得じゃ。一昨年・昨年の大掃除を自らの手ですることじゃな。‥‥ま、その女戦士に祟られんうちに、冒険者でも雇ってとにかく何とかすることじゃの。お堂の中の女戦士の遺体を手厚く葬ってやる事がすべての問題解決になるはずじゃ。今度は知らん振りせず、人として弔ってやれ」
 確かに、村の不徳が原因だと九兵衛は思った。
 後日、九兵衛は村人を説得。過去に助けを求めた女戦士を弔うため、巨大ネズミの退治を冒険者ギルドに依頼するのだった。

●今回の参加者

 ea3994 崔 煉華(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec4989 ヨーコ・オールビー(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ec5023 ヴィタリー・チャイカ(36歳・♂・クレリック・人間・ロシア王国)

●サポート参加者

アキ・ルーンワース(ea1181)/ 木賊 真崎(ea3988)/ サーシャ・トール(ec2830)/ ジルベール・ダリエ(ec5609

●リプレイ本文


「本当に、申し訳ない」
 依頼のあった村の裏の森深くで、村上九兵衛が頭を下げた。
「良いのです。村の皆さんにとって、触られたくない過去だったのでしょう」
 齋部玲瓏(ec4507)が丁寧な言葉でたしなめた。ほかの者は野営したテントを畳んでいる。村に到着した三日目の朝である。
「せめて食い物だけでも持ってこようと思ったんじゃが」
「ええよええよ、食料の予備はあったし」
 ヨーコ・オールビー(ec4989)は気にする風もなく言う。村に到着した後は村の客人扱いで寝食の心配はいらないはずだった。しかし、冒険者たちが聞き込みを始めるとおびえた住民達が泊めることを拒んだ。
 追い出された、といっていい。
「村の者も悪気はないんじゃ。ただ怖がっとるだけで‥‥」
 九兵衛は恐縮するばかりである。
「心配しなくても依頼はちゃんと果たすよ」
「自分がもし戦う術を持たず、守るべき家族を抱える身であればと考えると、村の人たちの気持ちも理解出来なくはない。だから責める気はない」
 ヴィタリー・チャイカ(ec5023)が言った。黒のクレリックとしては試練から目をそらす村人の態度は嘆かわしい限りだが、それは依頼と関係無い。無用の波風を立たせるつもりはなかった。
「でも、ちょっと悲しいで」
 寂しそうに、崔煉華(ea3994)が呟く。
 ここで村人達が懺悔すれば、女戦士の魂が救われる気がした。
「そのくらいで勘弁してやれ」
 突然、木立の影から声がした。草のようなぱさぱさした長髪で、ぎょろりと大きな瞳を開いた少年が出てきた。木霊である。
「人は良いのじゃがな、閉じた村なのじゃ。わしは古くからここに棲んでおるゆえ、今日のような話も何度となく見てきた。しかし、あまりに不憫でのう、冒険者を入れれば変わるかと思ったのじゃが、逆効果だったかな?」
 困り顔の木霊に、九兵衛は頭を低くして恐れ入る。
「申し訳ない、本当に申し訳ない」
「村の者は性根から悪人ではないが、折角呼んだ冒険者を追い出すとは思わなかった。ああ、わしが性急すぎたかもしれん。あるいは、女戦士を殺したのは自分達だという自責の念に、震えておるのかもしれぬのう」
 精霊である木霊が何故冒険者を知るかは不明だが、この精霊は村を気にかけている。
「あんた、優しいエエ子やな。ほんま、ありがとう」
 冒険者たちに微笑む木霊に、感謝の言葉を掛けるヨーコ。心からの言葉だった。これほど人を気遣う木霊に
感動していた。九兵衛の目頭が熱くなる。彼女がまるで村人の分まで礼を言っくれたように感じたのだ。
「とにかく、まずは大ネズミ退治だよね」
 網を手に、煉華が行動を促した。すでにお堂周辺は調査済み。昨晩の内に罠を作っていた。その効果は、いかに。


「出発前、連れのジルベールは『季節柄、もちでつるんがいいんちゃう?』と言ってたが‥‥」
 木々に隠れながら、ヴィタリーがつぶやく。
 目の前には、古いお堂。村からはずいぶん離れている。生体感知魔法の索敵では、お堂の床下とその周辺の茂みに巨大ネズミは潜伏している。煉華を手伝って罠設置をした玲瓏の透視魔法でも、お堂の中にネズミはおらず女戦士の白骨のみが横たわっていた。
「それでもええかも知らんけど、ここは一丁にぎやかにやろや」
 同じく隠れているヨーコが、竪琴をちょいと持ち上げて言った。愛用の品だろう。すでに歌う気満々だ。
「設置完了。いつでもいいよ」
 煉華と玲瓏が戻ってきた。
「よっしゃ。にぎやかにいくで」
 ヨーコは立ち上がると、ぽろろん、ぽろろんと竪琴を上品に爪弾いた。

 今年は丑年、子年はもう終わり♪
 チューチュー風情が、いつまでもお堂を占領すんなちゅーこっちゃ♪

 上品だったのは、前奏だけ。すぐにヨーコの楽しそうな歌声が木々を縫って響き渡った。ネズミを怒らせおびき出すつもりだ。ほかの三人は、即興にしては出来のいい曲に心をとらわれた。
 が、それどころではなかった。
「うわあっ!」
 お堂の下から巨大ネズミが凄い勢いで出てきた。数が多い、ちょっとした群れである。
 そして、速い。
 米俵並の、ネズミの常識を覆す巨体と全身に漲らせた殺気は、数がそろえば凶凶しさも尋常でない。たまらず冒険者たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。ただし、やって来る時に通った山道は使わない。
「罠の背後で待ち受けるのが楽なんだろうが」
 逃げながら、ヴィタリー。木々もあるせいか、意外とネズミどもは直線的には追って来ない。
「せいっ!」
 罠の目印がある場所で、枝に飛び付く。勢いが止まらない巨大ネズミ二匹はそのまま膝の高さほどある網に引っ掛かり、絡まった。
「罠には掛かりやすくなっている、と」
 もがく巨大ネズミにブラックホーリーを見舞う。
「これなら敵の近くで歌わんでもえかったかも」
 ぼやきながら逃げるのは、ヨーコ。ヴィタリーと同じくネズミ二匹を罠に掛けておいて、スリープの魔法を掛けて回る。先行して逃げていた玲瓏が戻ってきて、手にした桃の木刀で息の根を止めていく。
「うーん。杭に使った棒が刺さるようにしたつもりだけど」
 煉華が不満そうに言う。罠は十分な効果を発揮したが、こだわりの部分が不発に終わり残念そうだ。それでも、手にした名刀「祖師野丸」の切れ味はさすがアニマルスレイヤー、素晴らしい。
「さて、片付いたな」
 時間はかかったが、最初の勢いを殺せば所詮相手はジャイアントラット、現れた巨大ネズミ達を退治したヴィタリー達は、お堂へと向かった。堂内を調べるつもりだ。
「うわっ!」
 ここで、彼は不意打ちを食らうのだった。


「そんなっ!」
 玲瓏が、息を飲んだ。
 お堂の戸板に手を掛けたヴィタリーを襲ったのは、堂内から出てきた怪骨だった。冒険者たちは瞬時に、その正体を知った。弔うはずだった女戦士の骸骨である。
 がしゃり、と階段を下る怪骨。手には、諸刃の剣。白骨の体ながら、長い白髪が女戦士の事を思わせた。
(かすり傷だ。まだ、やれる)
 攻撃を受けたヴィタリーは混乱から立ち直ると、階段を横に飛び降りた。煉華が反対側に回り、正面を玲瓏とヨーコが塞いで、不死者と対峙する。
 ここで一瞬、双方の動きが止まった。
 怪骨は誰から襲うか迷うかのようだった。
 一方、冒険者たち。
 弔いの対象を攻撃することへのためらいがぬぐえない。割り切る者もいるが、今回は心根の優しい、苦労を背負い込むような者がそろっていた。何より、村人から冷遇を受けたばかりだ。女戦士に同情している。
 やらなくてはいけないのか。
 アンデッドとはいえ、遺体を破壊したくない。
 そういう思いが強い。
 最初に動いたのは、煉華だった。
 情が薄い、ということではない。
「仲間を守る!」
 横目でちらりとヴィタリーを見た煉華はオーラパワーの気を練った。殺気に反応して、怪骨が武道家に振り向く。諸刃の剣の容赦ない突きが襲いかかる。
 剣先が胸に吸い込まれ、倒れる煉華。
「大いなる父よ!」
 ヴィタリーの掌から黒い光が走り、不死の剣士を仰け反らせた。木刀片手に玲瓏も参戦。ヨーコもムーンアローを唱えるが、怪骨相手では威力不足。
 玲瓏達は白兵戦向きではない。そもそも怪骨が出るとは予想外でもあり、冒険者達は次第に押された。
「‥だぁ!」
 怪骨の猛攻に玲瓏が木刀を弾き飛ばされた時、死角から激しい一撃がアンデッド剣士を打った。それは自力で回復した煉華である。オーラパワーを込めた一撃に、怪骨は大きく体勢を崩した。
 一打で形勢は逆転し、やがて女戦士の怪骨は、はかなくも崩れ去るのだった。


「どうする?」
 ヴィタリーは、お堂の中に清めの塩を撒きながら玲瓏に聞いた。清めの塩は「せめて、これだけは村の物を使って欲しい」と九兵衛に渡された塩だ。
「もちろん、弔いの儀には村のみなさまにも参列していただきたいです」
「ああ。弔いは生者のものでもある。できれば、墓は寺の境内など村人が手を合わせやすい所が適当と思う」
 二人の意見は一致している。玲瓏は神主で、ヴィタリーはクレリック。弔いは本職だ。
 時は、夕刻前。
 日が沈むにはまだ間があり、儀式もできる。
 が、村人に参列してもらおうとすれば、明日になる。果たして村人たちは応じてくれるか。
「心配は無用」
 そこへ、木霊が現れ言った。
「おい、九兵衛さんが戻ってきたで。村人も一緒や!」
 外を見張っていたヨーコが中を覗いて嬉しそうにまくしたてる。
「すまんかった!」
 村にある寺の住職がお経を上げた後、村長が改めて冒険者たちに土下座した。
「わしらは恐かったのだ」
 村長が告白したところでは、この村では年貢の不正が行われている。近年の戦続きで仕方の無い事だと村長は弁解した。しかし、領主に疑いをかけられ、そんな時に現れたのがあの女戦士だった。女戦士を見殺しにし、冒険者を拒んだのも、秘密の露見を恐れての事だと。
「それなら、何故今になって話す気に?」
「怖い。聞けばあの女は化け物に変わっていたとか‥‥怖くて仕方がないんじゃ」
 身勝手な話であろう。
「一つ、言わしてもらうで」
 ずずいと、ヨーコが前に出た。
「追っ手や何や言われてびびるのはしゃあない。でもや、弔おういう気がちょっとでも残っとってうちらを雇ったんなら、次からはもっと早う、弔いやのうて追っ手の撃退にうちらを呼ぶんやで」
「‥‥」
 口ごもる村長にヨーコは笑いかけた。
「そんで、退治した盗賊に年貢の責任押し付けたればええねん」
「んなアホな」
 冒険者達は苦笑した。
 村長はただ頭を低くするのみである。
 女戦士の墓は村の中に建てる事になった。墓にはかき集めた骨と、遺品として彼女の剣、それに、コケシを納めた。
「本物のお子には遠いけど、ね」
 と、煉華。
 冒険者たちは最後の日、精一杯の歓待を受けて村を去った。