葉陰〜豚鬼との再戦

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 44 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月23日〜01月28日

リプレイ公開日:2009年02月05日

●オープニング

「凄かった。見せたかったよ、本当に」
 風柳薄暮(かざやなぎ・はくぼ)が、熱を込めて語る。
「突然、空飛ぶ風精龍っていうのが現れたときはびっくりしたけど、翼のある獣に乗った大男と魔法で飛ぶ物知り博士が空中戦。下じゃあ、上に気を取られた隙を突いて四人の冒険者達が豚鬼軍団を圧倒。その勢いは恐ろしいくらい。突貫のタイミングも見事。速いし、力強いし、正確。結局、風精龍は風にのってどこかに行って、倍以上いた豚鬼どもは蜘蛛の子を散らすように里から逃げて‥‥」
 ほうほう、と身を乗りだしてほかの者が聴く。
 ここは、社会的に存在を否定された者が集まった隠れ里「葉陰」へ至る手前の村。
 一年前の流行り病で一時里から散ったが、その時に交わした約束通り、多くの者が村に戻ってきていた。手前の村に腰を落ちつけているのには訳があり、前回冒険者六人の活躍で豚鬼を追い払ったはいいが、風柳一人で占領・維持は叶わず、いったん退去したのだ。
 ひとまず風柳は、一年前に里に残った発病者たち――全員死亡している――の遺品を回収し、戻ってきた者たちをこの村で止めている。予想に反して、ほとんどの者が戻って来ていた。世間からはみ出して葉陰に落ち着いた者は、ここしか戻る場所がないのか。
 そればかりか、驚いた事に、何と数が増えていた。貧しくとも安住の地を求める困窮者たちが里の者に付いて来たのだ。世相のにじむ話である。

 是が非でも、里を取り戻させねばならないのだが。
 一度は逃げた豚鬼どもが、葉陰を占領していた。
 それどころか、拠点を得た豚鬼達の姿が、風柳達が厄介になっているこの村の近くでも目撃されていた。どうやらこの村を略奪するつもりらしい。
「もうずいぶんこの村には世話になっている。これ以上迷惑を掛ける訳にはいかん。豚鬼どもから葉陰を奪還し、人の領域を守る盾になるぞ」
 葉陰の者の一致した意見である。
「豚鬼どもは、冬の食糧確保に躍起になっておるのだろう。何しろ、里には食い物は無いでな」
 葉陰の者には、専門の戦士程では無いが、ある程度は戦える人材もいた。今は、村に近づく豚鬼の斥候を、彼ら葉陰武力派が牽制している状況だ。
 この村から葉陰までは一日弱の距離があり、最初は一、二匹で様子を見ていた豚鬼だったが、徐々に頭数が増えていた。五、六体の武装した豚鬼が出張ってくると、悲しいかな専門の戦士ではない葉隠や村人では手に余った。痛めつけられて、ほうほうの体で逃げ帰るに至り、ついに覚悟した。
「冒険者の戦力は、得難いよ」
 風柳の熱弁は続く。
「戦うだけじゃない。森を調べたり、縦深陣に引き込んだり。何より、心温かい。自分に、これからどうするかとか親身になって心配してくれたんだ。町で生活できるのなら戻った方が良いんじゃないかとか、里や住民の将来を気にしてくれたんだよ。今まで町なかの人にそんな心配をしてもらったことがある? 自分は、また冒険者を雇って彼らと一緒に葉陰を奪還したい。彼らと一緒に戦うと、こっちも誇らしくなる。彼らの助力が絶対に必要だ」
 そう、結ぶ。
「‥‥分かった。葉陰を目の前にして、しかもこの村が襲われようとしておるんだ。考えるまでも無い話じゃな。俺達が居たんでは、お役人に助けを求めるわけにもいかん」
 葉隠の衆は罪人や脛に傷持つ者達。それを保護するこの村の者達も、領主に援助を求められない立場だ。
「だが、冒険者は金で雇わねばならん。どうする?」
「金がありゃここにいるものかよ。まあ、金なんざあるわきゃないわな」
「俺は、少ないがこの一年の蓄えが少し‥‥使ってくれ」
 数名が、そっと差し出した額はわずかでしかない。皆、世間から隠れて生きてきた、金とは縁がない。
「‥‥これを」
 溜息が洩れたが、すっと、大金を出した者がいる。みなは目を剥き、そして顔を見上げた。
「私の汚名が晴れたようでな。本家から、『戻って来い』と。‥‥いまさらな話さ。だが里に金がいる事は分かっていた。戻ることを条件に、出させた」
 馬に例えれば、毛並みの良い男である。里に居た頃から良家の出とは察していたが誰も氏素性は知らない。過去を聞かない事は、隠れ里の暗黙の礼儀である。
「今まで世話になった礼だ。本来なら里に着いてからと思ったが、後は、うまくやってくれ」
「城門」
 名は、城門と言った。
「風柳、すまんがお主に頼みたい。冒険者ギルドに行ってくれ。豚鬼退治ならば直に人は集まろうが、問題は根を断つことだ。里を再興するには、あの豚鬼どもは殲滅せねば成り立たぬぞ」
「分かった!」
 風柳は早速、京都に向かうのだった。
 季節は、冬。
 うっすら積もる雪が、風柳の足跡を残すのだった。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9689 カノン・リュフトヒェン(30歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 ec3984 九烏 飛鳥(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ec4801 リーマ・アベツ(34歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

ジェイミー・アリエスタ(ea2839

●リプレイ本文


「ウィザードのリーマと申します。よろしくお願いいたします」
 作戦前夜、冒険者の中で唯一風柳と面識のないリーマ・アベツ(ec4801)が改めて葉陰の住人らに挨拶をした。
 そして、作戦会議。
「しっかし、また戻ってきよったんか、あの鬼」
「ウイバーンが倒され気を大きくしたか‥‥」
「今度こそ、里を取り戻します」
 呆れる九烏飛鳥(ec3984)に、静かに指摘するカノン・リュフトヒェン(ea9689)。最後に沖田光(ea0029)が力強く結んだ。
「前は変な邪魔が入って仕留めきれんかったからなぁ」
「向こうの事情がどうあれ、近くの村にまで手を出そうというなら今度こそ叩き潰すまで」
「ええ。最後までしっかりと力になってあげたいですしね」
「数はえらいおったようやけど、戦力差を質と知恵で埋めて戦おか」
「数の差のある戦いこそ、僕の本領発揮です」
「‥‥偵察隊を動かしているのだったな。むしろ好都合だ」
「中途半端に分散してくれとるうちにそこを削り取り、やね」
 なまりのある飛鳥、クールなカノン、そして紳士の沖田。端で聞く葉陰の住人は、鬼退治を慣れた仕事のように話す冒険者らに聞き惚れている様子。
「ところでリーマさん。同じハーフエルフなのに、カノンさんとずいぶん印象が違いますね」
 こそっと風柳がリーマにささやいた。
 リーマは一瞬、息が止まる。
(同じハーフエルフなのに‥)
 無遠慮な台詞を、臆面なく口にするものだ。いくら欧州と違い、ジャパンがハーフエルフを知らないと言っても。いや風柳は、金髪で明るいリーマと黒髪でクールなカノンとを比べたに過ぎない。
「さあ? だけど人は見掛けでは判断できないでしょう。それぞれ境遇があるし、過去がありますから‥‥ですけど、詮索屋は嫌われますよ?」
「あ‥す、すみません。そうですよね、俺達も昔の事は語りたくない連中ばかりですし」
「あはは」
 恐縮しまくった風柳の背中を、笑いながら飛鳥がバシバシ叩いた。
「そんなん、どーでもいいんちゃうか。うちらは過去に生きとるんやない。今に生きとるんや、そうやろ?」
「ふむ」
 話を振られてカノンは風柳を見据えた。
「飛鳥殿の論はもっとも。だが、風柳殿たちは危険を冒して鬼から里を取り戻そうとしている。良くも悪くも人には、逃れ得ぬ過去があるということだな」
 辛辣な物言いは、風柳への反感でなくカノンの地だ。
「どういう意味ですか?」
「葉隠に戻らずとも、生きる道は幾らでもあろう。力の無い者が、いつまでも領主の庇護もなく隠れ暮らしていけるものではない」
 普通の村なら、豚鬼の件は領主に相談すれば良い。貴族達はその為に税を取り立てて、武力を有しているのだから。皮肉ではなく、淡々とカノンは事実を口にする。
「こらこら、依頼人に依頼を考え直すよう意見する冒険者がどこに居るんや」
 暗い話が嫌いな飛鳥が溜息をこぼす。と、土間の方で悲鳴が上がった。
「あっ、驚かせましたか? ごめんなさい。小宇宙(コスモ)は虎ですが、少し大柄なだけで、大人しい子ですからご安心を。今回は猫の手も借りたいですから」
 沖田の連れてきた虎を見て、村人が驚いたようだ。沖田はにっこり笑顔で人畜無害を強調するが、れきとした猛獣の存在に村人は縮みあがっている。村の外に置いておく事は出来ないかと懇願する村人と、光は笑顔のまま激論を交わした。
「何を心配している。騒がしくはあるが‥‥受けた依頼はこなす、問題はない」
 呆然とした表情の風柳に、カノンがそう宣言する。
「あ‥違うんです。そういうのじゃなくて」
「?」
「貴方達のおかげで戻ってきた事を実感したというか‥‥まだ葉隠を鬼から取り戻したわけじゃないですけど、里のみんなとこれだけ騒ぐのは久し振りで」
「そうか。だが、まだ浮かれるのは早いな」
 しみじみと言う風柳に、カノンはあくまで淡々と答えるのだった。


 翌日。
(来ました)
 冒険者たちは森の中に散らばって潜伏していた。落葉後に雪が薄く積もり、少々寒いが身を隠す場所には困らない。
(数はやはり、五匹です)
 索敵担当のリーマは、達人級の振動探査魔法に集中しながら思念魔法で散開潜伏している仲間たちに情報を伝える。
 ごうっ!
 豚鬼たちを最初に襲ったのは、火球だった。
 雪の下から魔法を放った沖田が姿を見せ、爆発で傷ついた豚鬼達が叫び声をあげて炎の志士に殺到する。
「直撃のはずですが、さすが‥‥豚鬼は頑丈だ」
 笑みを浮かべる沖田。豚鬼がそれに気づいたか否か、沖田に接近した一匹は不意に右から現れた飛鳥の棍棒の一撃を受け、雪に頭から突っ込んだ。
「痛いやろ? 鬼砕きいうくらいやからね」
 鬼百匹を打ち殺したと言われる鬼殺しの業物。さしもの豚鬼も弱々しい呻き声をあげる。
「相手が悪かったな」
 左から現れたカノンが別の一体に、上段にふりかぶった霊刀をダウンスイング。豚鬼は自分達が罠にかかった事を悟ったが、既に彼らは冒険者の陣中深くにはまっていた。
「小宇宙、‥‥『よし』」
 沖田は目前に迫る豚鬼に向けて指を突き出す。その言葉に応じ、轟と大きな影が立ちあがる。牙をむき出した虎が豚鬼に飛びかかり、水晶の剣を出した沖田も加わった。
 瞬く間に前衛の三体を失い、残る二体は明らかに浮き足だった。
「ぶぎゃっ!?」
 この小隊の隊長らしい鎧を着込んだ豚鬼は逃げようとして躓く。よく見れば、彼の足が石に変わっている。リーマのストーンだ。
 泣き叫ぶ隊長が全身を石に変える様に、恐慌状態に陥った残る一体は武器を放り出して逃げだした。
「思ってたより、うまく行ったなぁ」
「ああ。損害はない。あとは仕上げだな。シュロスっ」
「リーマさんが空飛ぶ絨毯で追っていきました。僕たちも急ぎましょう」
 カノンは待機させていたグリフォンを呼び、沖田は呪文を唱えて鳥の形をした炎を纏う。
「ええなぁ」
 飛翔する二人を見送り、飛鳥は背負い袋から韋駄天の草履を取り出す。
「さあて。連中はどうするやろね。こわーい冒険者が攻めてくるんや、守りを固めようにも里には食料が無い。まぁ、十中八九は出てくるしかないやろ」
 仲間達の後を追って走りながら、飛鳥が見通しをつぶやく。里を出る豚鬼達を森で迎撃して一網打尽に出来れば、上々だが。
「これでしまいや。おたくも頑張ってやぁ」
 並んで走る小宇宙に声をかける。孤高の虎は、返事をしてくれなかった。


「10分くらい前に中に入りましたけど、まだ出て来ません」
 飛鳥が先行組に追いつくと、リーマが状況を説明した。
「出来れば、里の中で戦闘になるのは避けたい。豚鬼の方から出てきてくれると有り難いのだがな」
 グリフォンの翼をなでながら、カノンはいつでも飛び立てる用意をしていた。籠城されても困るが、仲間の人数が少ないので散り散りに逃げられても追い切れない。今回なるべく禍根を残したくはない冒険者側としては、決戦を仕掛けてくれるのが有り難い。
「そのために考える時間を与えている」
 今回の作戦は、カノンと飛鳥の案。リーマは遠距離魔法で戦力を削った上で強襲する事を考えていたが、仲間に合わせた。
「籠城されると厳しいな」
 冬山の冷気が肌を突き刺す。冒険者達はおおむね防寒装備を身に付けていたが、何日も滞陣すれば不利になる。屋根と壁があるだけで大違いであり、ゆえに獣よりは人に近い豚鬼にとって里は手放すには惜しい場所なのかもしれない。
「‥‥ひょっとすると」
 やがて、飛鳥が目を光らせた。
「連中、森で奇襲されるのが恐くて出るに出れんのとちゃうか。前の時も、森の中で一方的にやっつけたわけやし」
 武士として習得した兵法のカンか。仲間に話すうち、間違いないだろうと感じた。
「なるほど。だとすれば?」
「夜陰に乗じて村から落ち延びるとか」
「このまま我慢比べかも」
 どちらもあまり好む所ではない。
「こっちの姿が見えれば、向こうも打って出やすいやろ」
 どのみち、議論しても分かる話ではない。威嚇して反応を確かめようと、飛鳥は身を隠していた木々から出て、里に隠れる豚鬼達にその身を晒す。
「おっ!」
 その足が止まった。


 飛鳥が出てくるのを待っていた訳でも無かろうが、豚鬼どもが一斉に里から姿を現したのである。
「ひいふうみい‥‥」
 その数、十一匹。おそらくは全戦力か。
 特筆すべきは戦意の高さだ。
 全員が割れんばかりの大声を張り上げて、物凄い勢いで突貫してきた。人より頭一つ抜けた身長に、でっぷりとふてぶてしく太った巨躯。それが、一塊りになって飛鳥めがけて突進してくる。振り上げた槌高らかに、寄る皺吊る目と怒りの形相すさまじい。
 鬼気迫るとはこのこと。豚鬼ども、殺る気満々である。
「やれば出来るやないの」
 立ち止まった飛鳥。思わず後ろを振り返る。
「‥‥好都合だ」
「迎え撃ちましょう!」
 カノンがシュロスにまたがり、小宇宙に指示を出して沖田が火の鳥を纏う。リーマは空飛ぶ絨毯で浮かび上がった所だ。
「よっしゃ!」
 飛鳥は改めて前を向いた。豚鬼の全力突撃を彼女は事実上、一人で受け止める。

「この里を、お前達の好きにはさせません!」
 火の鳥と化した沖田は迫りくる豚鬼の列の最も厚い場所に飛び込んだ。これが魔法戦に慣れた軍隊相手なら槍襖の餌食になる所だが、豚鬼たちは火の鳥に翻弄されて列が乱れる。
「私も頑張らないとっ」
 空飛ぶ絨毯に乗るリーマは急いで豚鬼達の側面に回りこむ。リーマ達が豚鬼を撹乱しなければ、地上の飛鳥が袋叩きに遭う上に、豚鬼達を逃すことにもなりかねない。
 だが。
「‥‥そんなっ」
 高速詠唱の達人級重力破は詠唱失敗。成功していれば豚鬼の突撃陣は瓦解したが、彼女の技量では成功率の低い賭けだった。

(これや!)
 飛鳥は、己に迫る分厚い肉の壁に血が沸騰した。
 沖田の乱入、その直後に小宇宙が飛び込んだ事で豚鬼突撃の中央が割れた。しかし、右翼を破壊しようとしたリーマが失敗し、左右の豚鬼が飛鳥に襲いかかる。
「いくでぇ!」
 恐れは微塵もない。止まっていたのは、気を練るためだ。小隊長格と思しき一体に飛鳥は自分から躍りかかった。
 仕込み下駄の蹴りと鬼砕きが上下に交差する。陸奥流ならではの、変則同時攻撃。
「一体倒す時間を短くするんも対多対の鍵や。がっつり一撃を重くしてこかっ」
 ぐらり、と豚鬼戦士の体が大きく揺れる。だが、倒れない。口から泡をまき散らした豚鬼が怒号を発し、それに応ずるがごとく、左右の豚鬼が飛鳥に戦槌を振り下ろした。
 絶望的な状況だが。
(この感じや!)
 軍配斧で槌を弾く。もう一体の攻撃は皮一枚で避けた。
「っ」
 背中に重い一撃を受けた。仕方が無い。歯を食い縛って我慢する。
 相手をボコボコにしようというのだ。こちらもその覚悟で防御力も上げて来ている。
 傷つき、傷つけながら彼女は戦いに同化していた。
「うちに四体かぁ。ええとこやね」

 リーマが専門級に威力を落としたグラビティキャンを、レミエラの力で拡散させる。右翼の豚鬼が三体乱れた。
 飛鳥の目に、ひときわ装備のいい、貫禄のある豚鬼が写った。
(総大将や!)
 まだ三体の豚鬼に囲まれて、動きが取れない。
「‥‥」
 豚鬼の隊長は乱戦の中、戦況を見ていた。
 チョコマカと動く赤髪の雌を倒して突破するのが最善と判断し、巨大な戦槌を取り上げる。飛鳥には今攻撃されては対処出来ない。
 しかし、冷静に戦局を判断したと思っている彼は、戦場から一人消えている事に気づいていなかった。
「貴殿が、この群れの王か」
 空から、黒い稲妻が降ってきた。その正体は、グリフォンに乗ったカノン。山風に黒い法衣をはためかせ、彼女は上空から一直線に舞い降りた。
「‥‥」
 急降下の加速をつけた必殺の一撃。豚鬼王は巨体を深々と切り裂かれ、深紅の血に濡れている。
「私達の勝ちだ」
 立ちつくす豚鬼王にカノンは止めをさした。


 将を失ったことは豚鬼の戦意に影響し、冒険者たちは苦もなく残敵を掃討することができた。
「大丈夫です。周囲に豚鬼らしき存在はありませんね」
 空飛ぶ絨毯に乗り、一帯を索敵したリーマが戦闘終了を告げる。
 こうして、風柳と葉陰の里の住民は一年と約一ヵ月を経て、故郷への帰還を果たしたのである。
「むしろ、これからが大変かもしれませんけど。‥‥これだけ仲間がいるんです。力を合わせればきっと何とかなります」
 里の民を代表して冒険者たちに頭を下げた風柳は、にこやかにそう言った。
 葉隠の住民は新たな人々が加わった事で、里を出た時よりも人数が増えている。
「隠れ里にこんだけ人が集まるんを見ると、世知辛さをひしひしと感じるなぁ」
 飛鳥がぼやく。
 関東では大戦、京都にはイザナミが迫り、更に言うならば世界的にはデビルの大侵攻が始まっているという。まったく洒落になれない。
「もしこれからも困った事があったら、いつでもご連絡ください」
 住民を勇気付けるように言う沖田に、風柳は戸惑う。
「いいんですか? その、俺達には願ってもない話ですが」
「これから里でどう生きるかは、そちら次第だ。残るも、出るも‥‥悔いの無いようにな」
 最後にカノンが言い放った言葉が、いつまでも彼らの胸に残った。