寝起きの熊

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 4 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月11日〜02月16日

リプレイ公開日:2009年02月22日

●オープニング

 ある山村の白く雪の積もる里山で、大きな熊が目撃された。
 体長はおよそ人の倍。かなり巨大である。
「冬の間は奴ら、寝とるとばかり思うとったが」
 村民はそう言って驚き、事が起きねば良いがと身をすくめる。実際、今まで実被害はない。
 熊は秋の間、里山でしばしば姿を現す。木の皮をかじったり柿を取って食ったりしているようだが、食べ物がない時には村近くまで来て住民を震えあがらせる事もあるようだ。
 しかし、冬に里山で目撃される事はほぼない。
「なぜ、今年の冬に限って」
「あんな所をうろついても餌なんかないがの」
 思い当たるとしたら、今年は比較的暖冬であることくらい。
「あまり寒くなかったんで、つい寝そびれたんじゃないか」
「そういえば、今年の秋はあまり村近くには下りて来る事はなかったなぁ。餌がたくさんあったからか」
「まあ、仮に村近くまで来たとしても対応は秋と一緒じゃ。むやみに近寄らず、適度に威嚇して帰ってもらう、でいいな」
 村の会合では、前例のない事態に戸惑いつつも落ちついている。いままで近隣の熊とは大きな問題もなく共存してきているからだ。

「あなた。その熊、早いうちに退治したほうがよろしゅうございますよ」
 会合から自宅に帰った後藤巌(ごとう・いわお)は、妻のこずえにそう諭された。
「なぜじゃ」
「だって‥‥」
 先を、言いよどむ。まさか、「寝起きの乱暴者は、普段より輪をかけて乱暴になるものです」とは言えない。そんなことを言えば、夫からどんな乱暴を振るわれるか。普段より輪をかけて乱暴になることは目に見えている。
「寝起きは誰しも、機嫌が悪いものでございましょう」
 ふむ、と巌。自分に関わらない事に思いを巡らせるのは苦手なので、自らに置き換えて考えてみるというのが彼の癖だ。
「たしかに、機嫌が悪ぅてもおかしゅうはないの。よっしゃ。村長に掛け合ってみる。息子たちやお前が襲われてもかなわんし、村の誰かが不幸になるかもしれん。見過ごすわけにはいくまい」
 巌、乱暴者ではあるが性根は優しい男である。
「いずれ、村にも襲いかかって来よう。ここは、退治じゃ。冒険者に頼むのが一番良いじゃろう」
 巌、性根は優しい男ではあるが、基本的に単純で思い込みが激しかったりもする。いつの間にか話が「村に襲いかかって来る」にすり替わっている。
「それはともかく、こずえ」
「はい。何でしょう、あなた」
「‥‥飯」
「まあ」
 呆れるこずえ。会合で食べているはずでは、とは聞かない。
「寒いと、腹の減りも早いもんじゃ」
 にかっと、笑う。こずえも微笑んで食事の用意をするのだった。

●今回の参加者

 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb3797 セピア・オーレリィ(29歳・♀・神聖騎士・エルフ・フランク王国)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文


「熊じゃあ〜!」
 早朝の村に大声が響く。
「ええっ」
 草鞋を直していたマキリ(eb5009)が驚いて顔をあげる。
 昨日遅くに村に入り、村長宅に泊まっていた冒険者たち。すでに目撃地点などの事前聞き込みは終え、今朝から探索に出掛けようと腹ごしらえした直後のことだった。
「こっちが出る前に、あっちからやって来たの?」
「向こうが先に狩りに出てきたってことじゃんかよ!」
 短弓に手を伸ばしたマキリの横を、小太刀を掴んだクロウ・ブラックフェザー(ea2562)が通り過ぎる。オーディンの眼帯で右目を隠したクロウが、村長宅を飛び出した。
「熊はどこだっ」
 遠くで村人のがなり声。
「巌。おめぇ、無茶すんなよ!」
「おどりゃあぁ!」
 瞬く間に騒ぎが広がる。喧噪を一瞥したセピア・オーレリィ(eb3797)は身の丈ほどある聖槍「グランテピエ」を手に振り返る。
「これってかなりまずいよね。マキリ、急ぐわよ」
「子供扱いは心外だなぁ」
 パラという種族、若いのも確かだが戦士としては熟達の域に至るマキリ。準備ができると、俊敏にセピアの脇を抜けた。
「急ぐんだろ、置いてくよ」
「そういう所が、子供っぽいのよ」
 二人は先行するクロウを追って騒動の中心に。

「村のもんに手を出すんじゃねぇ!」
 村の端では、巌が鍬を手に、仁王立ちの大月輪熊に対峙していた。足元には血を流して横たわる犬。冒険者達は、熊の爪を受けて泣き叫ぶ若者を担いで下がる村人とすれ違った。早朝作業に出ようとした所を襲われたようだ。鍬を片手に、巌が熊と戦っている。
「ぐあっ!」
 爪で巌の鍬が弾かれた。無防備な彼の体は、横殴りの一撃をもろに受けて宙を飛ぶ。
「今だ」
「わ、大きいなぁ」
 クロウとマキリが一斉射した。全力疾走から止まっての早撃ちという、見た目ほど簡単ではない武芸が冴える。しかし、入射角が悪かったか二人の矢は体表を滑って逸れた。
「ちぇっ、さすがに硬いや」
「気を抜くな。来るぞ」
 クロウは狩猟弓を捨てて小太刀を構える。巌の方に向いかけた熊が、冒険者達を睨みつけている。

「くぅ〜〜っ」
 全力疾走で駆け付けたセピアは、現場を眺めて言葉を無くす。
(間に合わなかったって言うの!)
 普段おちゃらけていて、教会が聞けば破門されそうな異名を持つ彼女だが、根は真面目な神聖騎士。セピアは依頼の話を聞いて、熊に同情していた。
 熊と村人、どちらに罪がある訳では無い。悪が存在しない戦場に迷いが無いといえば嘘になるが、真面目ゆえに答えも決している。
「母よ、許し給え」
 新手の出現に反応し、熊は四つ這いになった。そこへ、二本の矢が流れる。毒づきつつ次の矢を番えるマキリの横を、今度はセピアが追い抜いた。
 全力疾走で白い大地を蹴る。
「あっ」
 雪に足を取られた。ままよ、と体を放り出したセピアは背中で雪上を滑る。ちょうど熊と巌の間にスライディングする格好だ。
「止まって!」
「グアッ!」
 きゅっと足で踏ん張ったセピアは顔を上げ、巨大熊と至近距離で視線が絡んだ。
 刹那、高速詠唱のホーリーフィールドがにじり寄ろうとした大月輪熊の前進を阻む。だが、次の瞬間には熊の剛腕に見えない障壁は砕け散る。
「ガイシュウイッショク、っていうんだったかしら」
 巌を連れて逃げようとして、彼の意識が無い事に気づく。
(まさか死んで‥‥動けないか)
 覚悟を決めて、聖槍を正面にかざした。神に祈る。
 必死の呪文を紡ぐセピアに、熊はふたたび腕を振り上げたが、
――ト・トン。
「どうだ!」
 この熊には数撃ちは効かないと見たマキリとクロウの狙い澄ました精密射撃。二本の矢は厚い毛皮に突き刺さっていた。
 すかさず身を翻した熊は獲物を諦めて逃走に転じる。
「まずいぞ、足を止めろ!」
 ここで逃がす訳にはいかない。クロウとマキリは熊の足を狙う。命中したが、止まらない。全力で逃げる熊は速い。逃げ惑う村人も彼らの邪魔になった。


「夫の命を救ってくださり、ありがとうございました」
 その日の晩、冒険者たちが寝泊まりする村長宅に後藤巌の妻、こずえがやって来た。巌の容体を尋ねると、今はまだ動けないが命に別条はないらしい。
「命が助かっただけ有り難いと思わんとな」
「快復したら悪いようにはせんぞ。何と言うても今日は巌のお手柄じゃ。巌が身を呈して熊を止め、あやつが連れて来たも同然の冒険者が追い払ったのじゃからな」
 村長が改めて巌を誉め、こずえに礼を言った。
「話の腰を折るようで悪いが、他に被害は?」
 負傷した村人が数人、それに家畜と犬が一匹殺されていた。
「犬か、食われた形跡があったんだよな」
 クロウが確認した。村長が肯くと、クロウは表情を険しくした。
 あの熊は体は大きいが、月輪熊だろう。羆などに比べれば、食性は草食に近い。それが村を襲い、肉を食らっていたとなると、状況はかなり厳しい。
「後藤さんの危惧通りか。こりゃ、逃がしたのは痛いな」
「うん。飢えた手負いの熊なんて放っておけないよ。他の場所で誰かが襲われたらと思うと、寝覚めも悪いしさ」
 手負いの熊は人を憎み、襲うという。熊の行動範囲は広い、事はこの村だけに留まらない。
「わしらも不作の時は、草の根をはんで生き長らえてきた。熊も、同じ気持ちですかのう」
 村長がしみじみと呟く。


 翌朝。
 昨日のうちに村の防備を再点検した冒険者達は朝早くから山狩りを敢行した。
 小源太を先頭に、クロウが丹念に大月輪熊の痕跡を辿る。積雪に残る足跡を、追ううちに三人は雪山深くに分け入った。
「途切れてる‥‥」
「見失っちゃったの? まあ、昨日も少し降ってたものねぇ」
 地面に頭を擦りつけていたクロウは訝しげに立ちあがる。小源太も戸惑うように彼の周りを回った。
「どうする? この辺をもっと探してみようか?」
 短弓を構えたマキリは闘志満々だ。
 クロウは頭をかいた。蝦夷で羆と戦っていたという少年の戦闘技術は見事だが、猟師の技は期待できないようだ。
「うーん」
 狩猟でなく、戦士として相手するなら難敵ではない。まさか昨日の今日で熊が傷を回復しているとも思えないから、見つけてしまえば簡単だ。
 熊の方でもそれは理解している。
 これは猟師と獣の勝負だ。
「俺も、こんな大物を獲る腕は無いんだけどな」
「頼り無いわねぇ。いい、私は嫌よ。このまま熊は見つかりませんでした、とりあえず撃退したから良しとして下さいなんて終わり方は」
 不満顔のセピアに指を差されてクロウは勿論だと頷く。
「じゃあ、早く熊の巣を見つけようよ」
「待て」
 走り出そうとしたマキリの襟をつかむ。
「三人で山狩りなんて時点で相当無茶なんだ。闇雲に探してたら、春までかかっても見つからない」
「それなら手分けする?」
「この山はあの熊の庭だ。単独行動は危険だな」
 クロウの言葉にセピアは肩をすくめた。
「確実な方法は、無いかな。だから初めの計画に戻るよ」
「‥‥ふぅ、分かったわ」
 三人は山中を歩いた結果から、熊の行動を予測して罠を張った。
 分の良い賭けではない。何か月、何年でも待つというならともかく、依頼期間中に熊が現れる可能性はかなり低い。


 あの熊はとっくにどこかに立ち去った後で、別の場所で人を襲っている‥‥。
 十分に有り得る話だった。冒険者の脳裏でそんな不安が浮かんでは消えた。
 だから朝靄を背負った大月輪熊の巨体が見えた時は、驚きで弓を掴む手が震えた。
「性懲りもなく来たわねぇ」
 待ち伏せするセピアは、ゆっくりと近づく敵影を辛抱強く待った。
「やった、腕が鳴るよ」
 木の幹に隠れるマキリの口元が綻ぶ。別の木陰に隠れていたクロウは、幸運に感謝した。熊は風上から現れた。風も熊の行動も山ではすぐ変わる事を思えば、冒険者達はついている。
 手負いの熊が歩みを止めた。鼻先を上げ、周囲に首を巡らせる。
 獣道を逸れた熊が向かった先には、セピアが村で入手した匂いのきつい保存食が置かれている。作戦が図に当たったか。
「もう、二度と村を襲わせないわ」
 はぐはぐと保存食に食いついていた熊の前にセピアは姿を現した。途端に機嫌を傾ける大月輪熊。くわっと二足立ちをして人の背丈の倍はある巨体で彼女に襲い掛かる。
「ホーリーフィールド!」
 構えた太刀の三倍の間合い。これを保つことが彼女の戦いだ。熊は見えない障壁に阻まれる。が、爪の一薙ぎで軽々とかき消す。若干下がるセピア。
「グアッ」
 不意に、熊の身が崩れた。
 足に矢が命中していた。弓を構えたクロウが姿を現していた。
「今日は、逃がすつもりはねぇぜ」
 熊はさらに、横からの矢に身を崩した。
「こっちも忘れてもらっちゃ困るね」
 横合いから、マキリ。
「グオオオオオッ!」
 手負いの熊が、雄たけびを上げた。

「今日は仕留める!」
 クロウは弓を落とし、小太刀を構える。
 彼はセピアと二人で熊の逃亡を防ぐ気だ。マキリは逃げ道を探す熊を牽制し、手数と精密射撃を織り交ぜて巨熊の体力を削っていく。
「ホーリーフィールドッ!」
 またも結界を破られたセピアが、呪文を繰り返す。不可視の結界は上手く使えば熊の行動力を効率的に削ぐことが出来る。楽に戦っているようだが、そうでもない。
 接近され過ぎては結界自体が張れず、また遠すぎては外れる。仲間と敵の行動を瞬時に読んで、相当に頭を使う。
「こら男二人! さっさと倒しなさいよ!」
 呪文の合間にセピアの罵声が飛んだ。
「任せろ!」
 熊の猛攻を受けつつ、小太刀を振るうクロウ。とはいえ、敵はこちらを倒す事より囲みを破って逃げることに集中している。全速で逃げられては困るクロウとマキリも、攻撃よりも牽制と熊の行動封じに腐心した。
 予想外の長期戦に、セピアの魔力が乏しくなる。
(しまったっ!)
 魔力を節約しようとブリトヴェンで攻撃を防いだセピアだが、熊に行動を読まれた。右腕を弾いたと思った時、熊の左腕が眼前に迫っていた。
「くっ!」
 どしゃあ、と毛むくじゃらの巨体が崩れた。
「やれやれ、ようやく仕留めたね」
「おおい。無事かァ」
 セピアに駆け寄るマキリとクロウ。彼女は熊の下敷きだ。先の短い悲鳴はセピアのものだ。
「‥‥信じて、たわよ」
 男二人に助けられ、ようやく抜け出てからセピアは苦痛に顔を歪めながらも笑顔を見せたのだった。

「まだ、痛むのか?」
 クロウは、自分自身にリカバーの魔法をかけたきり仰向けに転がったままのセピアに声を掛けた。
「ううん。昇っていく朝日が気持ちいいのよ」
 ふうん、と彼女を真似て白い大地に横になるクロウ。若干の傾斜が朝日を迎えているようだった。
「ああ、確かに気持ちいいな。‥‥マキリもどうだ?」
 これはいいと、連れに声を掛けた。
「って、何やってんだ」
「いや。放っておくのも何だし、村人に食料にでもしたらって言おうかな、と。これも自然の摂理ってやつだよね」
 マキリは、倒した熊のそばにいた。へへへっ、と頭の後ろで腕を組み明るく言う。たくましい男である。
「おいおい。村人には弔ってやるよう言った方がいいんじゃねぇか。第一、村の犬を食ってんだぜ、こいつ。それを食うと思うか?」
 身を起こし両手を広げて主張するクロウ。右目の眼帯はすでに上げている。
 セピアといえば、あごを上げ仰向けになったまま頭上を見る格好で二人のやり取りを見ている。ふふっと笑ったのは、からかっちゃおうかな、どうしようかな、などと思ったりしたから。
 ともかく、依頼は無事に完遂した。
 日は、ゆっくりと昇っていた。