一夜梅

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 80 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月21日〜03月26日

リプレイ公開日:2009年03月30日

●オープニング

 世には不思議な事もあるもので。
 大通りに、突然大きな梅の木が一本現れたのだ。まだ空が白みはじめたばかりの早朝の事だった。
「おい。一体こりゃあどうしたこった」
「昨日の夕方まで、ここにゃなかったろう」
「誰かが昨晩、ここに持ってきたんじゃろうか」
「もしくは、苗から一晩でここまで育ったか」
「はたまた、ここまで歩いてきたか」
「あほう。そんなわけがあるかい」
 町民たちは見事な枝ぶりやほろりとほころんだ薄紅色の花を眺めたり、若干盛り上がっているだけで大きく乱れた跡もない根元の土の具合を見ながらささやき合う。しかし、納得できる理由や方法が見つかることはなく、「面妖だ、面妖だ」と首を捻るばかりだ。
「とにかく、ここにあっちゃ邪魔でかなわん」
「しかし、切るといっても見事な梅じゃし」
「切って何かしらの祟りがあっても困る」
 うーんと唸っては、再び首を捻るのだった。
「せめて、なして一晩のうちにここに梅が生えたのかが分かれば、祟りがあるかないかも分かろう」
「こういう不思議な事は、あそこに頼むのが良いな」
 こうして冒険者ギルドに、原因究明の依頼が出されるのだった。

●今回の参加者

 ec0828 ククノチ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec5651 クォル・トーン(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ec6207 桂木 涼花(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 梅の花は、変わらず控えめにほころんでいた。薄紅の花が小さく点々と彩る姿は、普通であれば多くの人に愛される。
「枝振り、佇まいとも実に見事ですね。‥‥とはいえ、一夜梅、とはまた面妖な」
 依頼のあった町、一夜にしてそこに現れたという梅の木を見上げ桂木涼花(ec6207)が黒い瞳を細め、首を傾げた。地面も硬い町中の往来の真ん中にあるという事実。そして根元は若干盛り上がっているものの、人の力で掘り返され一夜で埋めたといった痕跡は見られない。
「梅、か。懐かしい‥‥良い香りだ」
 その横で、ククノチ(ec0828)が木を見上げたまま、目を閉じていた。
「何か思い出でも?」
 猫背をさらに丸めて、クォル・トーン(ec5651)が聞いた。
「行き着いた先で骨を埋めることになるものだと思っていた」
 女だてらふるさとの蝦夷を飛び出した過去の記憶を飲み込むように、ククノチは天を仰いだ。今は、遠き異国巴里に居を構えている。
「僅かな時間で状況は目まぐるしく変わるものだな‥‥」
 一転、クォルの方を向いて言う。この梅に意味を重ねたのか、上品な笑みを見せる。
「それにしても、本当にいい香り。今春梅は既に散り際、と寂しく思っていたのですが」
 涼花も、目を閉じて梅の魅力を堪能した。
「‥‥香り、ですか」
 クォルは、うーんと首をひねった。確かに何か香るような気はすれども、ぷんぷん匂うようなものは感じられない。
「ともかく調査を。やっぱり当事者から聞くのが一番だよね」
 そう言って呪文を唱えるクォル。たちまち茶色い光に包まれた。
「君はどうやって此処に来たのかな?」
『連れられて』
 梅の木の返事が聞こえた。
「『連れて』来たのは、人間?」
『人の姿』
 曖昧だなぁ、とほかの二人。
「姿に特徴は、ある?」
『人の姿』
「‥‥ごめん。人じゃないかもしれないけど、人の姿をした誰かにここに連れてこられた。ってとこまでしか分からなかった」
「どこからか来た、という事であれば、酒場とか遠くから人が集まるところに行って聞き込みをして来よう。こことは逆に梅が消えたという情報を探る」
 結果を報告するクォルに、ククノチが動じる風もなく応じる。
「私も、当日の晩に物音がしてなかったか話を集めてきましょう」
 涼花も情報収集に出発。見張りにクォルが残った。
 その時、二人と入れ違いに一人の男がやって来た。おもむろに両膝を付くと、幹に抱き着いた。
「‥‥春香ぁ。お前は本当に、春香なのか?」
 ぎょっ、と思わず身を引くクォル。
「ああ、気にせん方がええ。あれは気がおかしくなっとるんじゃ」
 別の町人が来て、哀れむような視線を投げる。突然、「そんな素性も分からん木は切ってしまえ」という野次が通行人から飛んだ。「春香を殺すのか。そんなことはさせんぞ」と、若い男性は怒鳴った。顔つきは憔悴しきっている。
 クォルは、とりあえず彼から話を聞いてみる事にした。


「犯人は現場に戻ってくるものです」
 びしり、と涼花が言い切った。その日の晩、町人からぜひ見張りに使ってくださいと勧められた、現場前の旅篭の土間でのことである。
「特に、梅が一晩で消えたという情報はない。明日は周辺集落など調査範囲を広げてみるつもりだ」
 ククノチが背筋を伸ばして茶を飲みながら言った。
「私の方も、消えた梅の情報はないですね。夜の物音に関してはまったく手応えなし」
 涼花が続く。
「恋人が梅の木になった、と言い張る人が来たよ」
 留守を見張っていたクォルが言う。
「親の決めた許婚に隠れて密会してたけどばれたらしくて。すると女性の方が、『人として会えないなら、梅の香りになって会いに行く』と言ったらしく‥‥」
 語尾に力がないのは、信憑性があるか判断がつかないためだ。
「そっちも調べた方がいいでしょうね」
 涼花がまとめる。
 結局その日の晩は、三人が交代で梅を見張るも異常はなかった。

 そして、四日目の晩。
 町人たちの好意で寄せられた夕食をとりながら、旅篭の土間で三人が話している。
「隣町で、庭の梅が一夜にしてなくなったという話がある」
 ククノチが有力な情報をもたらした。ただし、表情は優れない。
「その家は死産などで子宝に恵まれなかったが、庭の梅が消えた晩、待望の長女が無事に出産したそうだ。赤子の名前は梅花と名付けたらしい」
 つまりこの子は梅の化身だという喜びようで、消えた梅が実は隣町に来ていたという話にはしたくないだろう。
「例の恋人同士の女性は、山中の滝から投身自殺を図ったようですね。好きな人の傍にいるため梅の木になりたいって気持ちは分からなくもないですが」
 ほうっ、と頬に手を当てて、涼花。
「でも、梅の木は『人の姿』をした誰かに『連れて』来られたと言ってるし‥‥」
 唸るクォル。
「魔法を使ってるのは間違いないと思うんだけど」
 そう続ける。
「どう考えても人のやった事ではなかろう」
 受けるククノチ。しかし、明確な証拠が出てこない。
「いたずら好きの精霊のしわざ、でもいいんですけどね」
 家にもいたずら好きがいるんですよ、と含み笑いをする涼花。しかし、これはあくまで最後の説得の手段という思いがある。ほかの二人も同意するところだ。
「ちょっと、すまないがね」
 ここで、冒険者たちの輪に加わる一人の男が現れた。


「俺っちの悩みを聞いちゃくれんかね」
 腰を下ろして、手にした酒を猪口に手酌する。どうか、と三人に勧めるが、ククノチが「茶が好きだから」と断った事で二人も辞退した。「ちっ、ここでもうまくいかんもんだ」と男は舌打ちをする。
「どういった悩みでありましょう」
 小さいながらもぴしっとのびた背筋と上品な面差しで、ククノチが問う。
「人間ってのは、どういった生き物だ?」
「非常に面白いものですよ」
 暗く絞り出す男に、明るく言い放つクォル。まがっていた背筋もこの時ばかりは伸びて両手を広げ、自らの思いを強調した。正反対の意見にこの男がどう反応するか。これが見たくてことさら明るく振る舞う。
「面白くも何ともねぇよ」
「それはまた、なぜ」
「男に振られたと思わせた女は怨むどころか爽やかに投身自殺。男に『女は梅になった』と言わせて周りから不審に思わせようとしたら同情が集まる。梅の木をちょろまかしたら何の偶然か子どもが産まれて感謝される! 町が不安になっているんでまあいいかと思ってたら冒険者がやってきて妖精のせいにして丸く収めようとしやがるっ!」
 ふつふつと沸く怒りをこらえる男。やがて、一匹の大きな犬の姿になっていった。
 ざざっ、と構えを取る三人。
「まあ待て。どうやって梅を連れてきたか知りたいだろう」
 犬――後日、邪魅という悪魔である事が分かる――は、鼻先で座るよう促す。三人としては知りたい情報であるので警戒しながらも応じた。
「で、どうやったんだ?」
「ん? こうやったのかな」
 邪魅の体が黒い霧で包まれた。すると、声を掛けたククノチの体が徐々に小さくなり、頬にひげが生え耳が尖りと、猫の姿に変わっていったのだ。
「このっ!」
 シルバーナイフを抜くククノチ。屋内での勝手は良いが、手が肉球の猫の手に変わり取り落としてしまう。
「村雨丸、いくよっ!」
 愛刀の名を呼び夢想流の抜刀を繰り出す涼花。
「戻る所を、これで埋めたわけさ」
 対する邪魅は、すでに呪文詠唱を終えていた。
「きゃっ!」
 涼花は悲鳴を残して踏み込んだ足元に突如開いた穴に落ち、体勢を崩した。
「ケッケッケッ。これで少しは溜飲が下がったわい。じゃあな、あばよ」
 それだけ言い残し、邪魅はぴょんぴょん跳ねて逃げて行った。
 後には、屋内でグラビティキャノンをあきらめクリスタルソードを出したクォルと、胸の深さ程度の穴から出た涼花、そして完全に三毛猫の姿になったククノチが残された。


「散々な一夜だったな」
 夜が、白々と明けた。あれからほどなくして猫の姿から自然に元に戻ったククノチが顔をしかめて伸びをする。
 結局、悪魔はあれから現れていない。
「あ」
 不意に、クォルが声を上げた。朝の湿り気のせいか、梅の花の匂いがよく香っていたのである。それはべたべたした甘さではなく、包まれて清々しくなるようなほんのりした香りだった。
 最終日。
 三人は顛末を報告するため町人らを一夜梅の周りに集めた。
「結局、これは楽しんでいいものかね」
 村人の問いに、肯いた。
「世には、主を慕って、一夜にして遥か主の旅先へ飛んだ梅があるそうですよ」
 涼花がにこっと笑った。
「精霊が、森からこの町に引っ越してきたようですね。それで、梅も‥‥」
 ちょっとそっぽを向きながら、クォルが語尾を濁した。
「この子の様に精霊の中には人が思いつかない様なことをする物がいる」
 ククノチは、連れてきていた妖精・ワッカを見せながら説明する。ワッカといえば、大人しく雛あられを食べていたりする。
「つまり、誰かが死んだからとか生まれたからとかではなく、精霊の賜物だ、と」
「さらに言えば、縁起。それで間違いない、と」
 口々に念を押してくる町人たち。
「もちろん」
 大きく、クォルが肯いた。全て嘘ではあるが、彼としては問題ないと考えている。
「ようし、そうなれば早速歓迎じゃ」
「茶を用意せい、敷物じゃ敷物じゃ」
 なぜなら、町人たちがその言葉を望んでいたから。
「おっ、あんた。見事な茶器をもってなさる」
 賑わいの一助にと、涼花は持参した茶器・風桜舞を出した。そこを目の肥えた商人が見つけ、一番いいお茶を差し出してくる。
「ああ、おいしい」
 ククノチはそれを飲み大層機嫌を良くした。すっと立ち上がると故郷の舞を披露し喝采を浴びる。猫の動きも少し混じっていたとか。
 こうして一夜梅は、精霊の縁起物として町に受け入れられ、道を広くしてその場を広場にすることで長く愛されたという。自殺した女性の化身という説も消えずに残ったらしい。
 一匹の悪魔の行方は、誰も知らないが。