火車婆

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:5 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月30日〜04月04日

リプレイ公開日:2009年04月11日

●オープニング

「火車婆で結構。私が鬼にならねば誰が家を守るか」
 その町の名士、二羽家の影の権力者であった老婆の口癖である。
「火車が来ようが、末代まで家は守らねばならん」
 老衰による逝去まぎわにおいても、似たような言葉を繰り返した。波瀾の人生がにじむ。ちなみに火車とは、嵐とともに現れ生前悪行を重ねた人物の死体を奪い去って行くという妖怪である。火車婆とは、いわゆる鬼婆のこと。
 故人は、呉服商を一代で興した初代二羽屋誠信の妻で名をキヨといった。内助の功で家を支えたといえば聞こえが良いが、次々商売敵を蹴落としていったその手法は悪辣の一言。商魂に乏しい初代が早々に亡くなり、息子兄弟の後継に次男を指名し押し通した。以来、急激に業績を伸ばし確固たる地位を築くことになる。この事実から評価される点もあるが、一連の強引な手法をやはり好ましく思う者はいない。あまつさえ、初代の死も一枚噛んでいるのではないかと言われる始末だ。
「さて、困った」
 腕を組むのは、三代目二羽屋主人である。二代目は過労が祟って早くに亡くなっている。これもごく一部ではキヨの関与が疑われたが、さすがに違ったようで人目をはばからず大泣きに泣いて惜しんだという。
「祖母は亡くなる前、『死してなお、私は家を守らねばならぬ。墓に入れば末代まで守ってみせる』と言っておったが‥‥」
 つぶやく三代目。
 しかし、家のためとはいえこの上ない悪行を働いたと周りから聞かされ、本人すら「仮に火車なぞと言われる妖怪が来ようが、必ず我が身を墓に安置する事。これが肝要」などと明言している。こうなるともう、火車が必ず現れるとしか思いようがなく。
「こりゃあ間違いなく、火車が来ようぞ」
 寺の住職も、しみじみとした口調で太鼓判を押す。
「葬式は日を選んで、細心の注意をして執り行うが、あとは知らん」
 つまり、墓に入れば近いうちに必ず来るだろうということらしい。
 ここで、三代目はある事に気がついた。
 寺の住職といい、親族一同といい、どこか冷たいのだ。
 それだけではない。自分自身ですら、心のどこかで亡くなった祖母を厄介者扱いしていた。
「死を間近にしてなお、家を守ると必死の形相だったのに‥‥」 
 一人つぶやいたところで、昔日の記憶が蘇った。
 お前は私の初孫だと喜ぶ祖母の笑顔。
 七つの祝いだ成人だと祝ってくれる優しい眼差し。
 厳しいときもあったが、今背筋を伸ばして立派に一族の棟梁としてやっているのはすべてそのおかげだ。
「‥‥絶対に、妖怪から祖母を守る!」
 三代目は、改めて決心するのだった。

●今回の参加者

 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb3824 備前 響耶(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb4667 アンリ・フィルス(39歳・♂・ナイト・ジャイアント・イギリス王国)
 eb5451 メグレズ・ファウンテン(36歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ec3984 九烏 飛鳥(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 月明かりがさやかだった。
 風もわずかにあるようで、木々がざわめく。
 墓地。
 すでに火車婆と呼ばれたキヨの遺体は、墓に埋葬されている。墓地の奥側である。
 墓地の周囲には、日中、メグレズ・ファウンテン(eb5451)が持参した木材で自作した鳴子が周囲に張り巡らせてある。戦場工作には覚えがあるアンリ・フィルス(eb4667)による設置は良好のようで、そよ風程度で大きく鳴る様子はない。
「‥‥本当に来るかしら」
 墓地を後方から眺めながら、ステラ・デュナミス(eb2099)が呟いた。
「出来れば、火車には来て欲しくはないところだ」
 備前響耶(eb3824)がため息をつく。「同感ね」とステラ。彼女は、依頼主たる三代目の思いもさることながら、火車が来て当然という周囲の認識を和らげてやりたいと願っている。一方の響耶としては、「自業自得だが、死人に対していつまでも」という思いがある。
「ちょい、変やな」
 場所は変わって、墓地の前方。九烏飛鳥(ec3984)が連れてきた忍犬の小烏丸を撫でてやりながら唇を尖らせた。
「住職も混じって断言しよる、ってのが引っ掛かるんやけどね」
「そうだな」
 眞薙京一朗(eb2408)が肯いた。飛鳥としては火車以外の来襲の可能性を含ませたつもりだが、京一朗は内心、「覚悟の上で鬼と呼ばれるを一身に引き受けた、か。‥‥大した婆様だ」などと思っている。飛鳥は予想外の展開にも備え、京一朗は周囲の墓石への被害を最小限に食い止めようという覚悟でみなぎっている。
 冒険者達の思惑はそれぞれあるが、火車が来たなら速攻で倒して来なかった事にする、の一点で合意している。死者へのいたわりはもちろん、墓地への被害軽減を考えても妥当なところだが、さて。
 まずは、初日の晩。
 何事もなく明けた。
 働き詰めだった響耶・ステラ組が休憩に入り、日中休憩していた京一朗・飛鳥組が残残留、昼に工作して夜に休んだアンリ・メグレズ組が新たに見張りにつくのだった。


 三日目の晩。
 やはり、月が明るかった。
「桜があれば、風情もあるでござるが」
 周囲の木々を見上げアンリが呟いた。
「それはそうだが‥‥」
 メグレズは目を丸めた。同じ巨人族で、ともにイギリス王国出身。組んだ男のジャパンへの馴染みっぷりに、言葉が続かなかった。何より、警戒中に風情を楽しむなど少々不謹慎であるとも感じた。
「目に楽しく、嵐が来れば花が散り火車の来襲も分かるでござろうに」
 惜しむように、目を優しく細めてアンリが続けた。
「ああ。それはそうだな」
 真意が分かって微笑むメグレズ。今度は言葉もはっきりと返した。
 と、その時。
――カラン、カラカラン。
 鳴子が響いた。
「来たっ!」
 突然強くなった風に茶色の髪をなびかせ、メグレズが顔を上げた。木々から葉っぱが舞う。
――グルルルル。
 墓地の奥では、飛鳥の隣で小烏丸が身構え唸り声を上げていた。それをたしなめながら空を見上げる飛鳥。目にかかる赤い髪をかき分ける。
 びゅおおぅ、とさらに風が強くなった。月が、分厚い雲に隠れる。
 冒険者たちの動きはめまぐるしい。
 飛鳥の横では京一朗が闘気で士気を高め、メグレズはいったん墓地後方に下がりキヨの墓石にホーリーフィールド。アンリは闘気魔法三種で心・攻・防を飛躍させる。墓地から離れたテントからは、異変に感付いた響耶とステラが出てきた。
 やがて、雨が降りはじめた。
 カカッ! と雷光。
 一瞬白く染め上げられた世界。すぐに闇に沈み、遠くでピシャァンという音が響く。
 風はさらに強くなり、横殴りの雨は激しさを増す。ゴロゴロ、と雲は不穏な様相。
 そしてまたも、雷鳴。
 再び明るくなった空に、それは突然姿を現していた!
 不気味に輝く猫の目。
 四足から二足立ちに変わって振り上げられる鋭い爪。
 ふしゃあと牙もあらわな威嚇に釣り上がる口。
 猫といえば猫だが、人の背丈程度もある大きさ。
 火車と呼ばれる、物の怪だった。
 ぐんぐん空を跳ねて近付き、その姿を大きくしていた。


「正面からとはいい度胸でござるな」
 最前列のアンリ。火車とキヨの墓を結んだ直線上へと移動する。手にするはジャイアントクルセイダーソード。火車の高度が下がれば一撃必殺の意気込み。柄を持つ手をぎりりと絞る。その後ろからは、前衛を担当すべくメグレズと飛鳥が殺到している。速い。墓石を縫い、メグレズが右翼、飛鳥が左翼を固め二の太刀への機会を伺う。さらにその後ろには、京一朗が太刀「鬼神大王」を構える。火車が仲間の魚鱗陣形を突破ないし回避した先へ身を投じるべく展開を見極める。
 瞬間、風が唸った。
 いや、火車の魔法である。ストームだ。
「くっ」
 前の三人はぐっと足を踏み固めこれを耐える。意地でも飛ばされるわけにはいかない。自分が吹き飛べば墓石に激突する。
「笑止!」
 火車の高度が下がったところをアンリが詰めるが、これは剣を振るう前に横に大きく逃げられる。
「これは僥倖」
 遅れて横合いから駆けつけた響耶の黒い瞳がすっと細められる。わざわざ進行方向に火車が飛んできたのだ。暗闇での戦闘は慣れているし、雨が降ろうが視界は鈍らない。
 すかさず、薙ぐ。
 姫切の抜刀で足元を狙った。切り落として動きを止めるつもりだ。
 しかし、すんでの所で逃げられた。墓石を踏み台にして横に逸れたのだ。無残、墓石はその反動に耐えられず、転倒。
「逃がさへんで!」
 次に思わぬ幸運に恵まれたのは、飛鳥だった。両手片足の三段撃を狙うが、これも墓石を蹴られて間合いに入る前に逃げられた。転倒する墓石。「ちぃっ、見た目通り黒猫なやっちゃな」と逃がした魚を惜しそうに目で追う。
「‥‥やってくれる」
 火車が逃げた先に、京一朗。さすがに一番全体が見える場所で見極めていただけはある。今までの移動経路と飛鳥の詰め寄りで容易に次の移動先を読んでいたのだ。すでに間合いは激突不可避。ずずいと体を敵前にさらし、左袈裟の一撃を見舞う。
「くそっ。上段だったか」
 何と、火車。今度は見事回避し上空に逃げていた。ぽーんと墓石を蹴っている。やはり墓石は、転倒。響耶の足狙いの正しさが証明される展開だ。
「飛刃、散華!」
 その時、後方から気合一閃。皆が振り向くと、メグレズが淡くレミエラの光るテンペストを振り切っていた。これだけ動きを見た後だけあって、次に逃げるとしたら空しかないと踏んでいた。風雨を切り裂きソニックブームが一直線に飛んで行く。
 ところが、火車には命中しなかった。
 射程距離不足。
「くそっ」
 悔しがるメグレズ。先に火車が蹴った墓石は、前に倒れていたのだ。つまり、バックステップをしていた形となる。
「そうか。狙いは‥‥」
 時間は若干さかのぼる。
 響耶の後方から戦況を見ていたステラは、飛鳥を避けた火車の狙いを的確に感じ取っていた。京一郎、メグレズの攻撃を尻目に左へと回り込む。その先には――。
「しまった」
 墓の警護を第一義に行動していた京一朗は痛恨の声を上げる。
 火車の狙いは、最初から火車婆ことキヨの墓一つだったのだ!
「ぎゃんっ」
 火車の短い悲鳴。ホーリーフィールドが奏功したのだ。しかし次の瞬間、あっさり爪の一撃で破られた。その攻撃は火を伴うようで、フィールドの表面が一瞬燃え上がった。
「間に合って!」
 ここで、満を持してステラがアグラベイション。来襲揉み消しの目論みから派手な魔法は自ら封印している分、全身全霊をかけた魔法だった。
「これ以上好きにはさせん」
 京一朗の一撃。今度は魔法の影響も手伝いきれいに入る。
「同じくや」
 長躯寄せてきた飛鳥。とにかく斬り付ける。技の余裕はなかったが、姫切のスレイヤー能力で手応え十分の一撃となった。
 苦痛にもだえる火車は、いったん上空へと逃げる。メグレズの格好の標的となる形だが、散華は再び風雨を切り天駆ける事はなかった。彼女は、念の為にもう一度キヨの墓にホーリーフィールドをかけていたのだ。
 火車は、怒りに狂っていた。そこへ、ひとりの間抜けの姿を目に捕らえた。
 アンリが、きょろきょろと周りを見回し敵を探していたのだ。首は横にのみ振っており、対空警戒をまったくしていない形だ。
 物の怪の行動は、墓狙いから障害の排除に変わっている。迷いなく高度を下げ爪を光らせる火車。
 と、アンリが頭を上げた。
 瞬間、交錯する炎の爪とジャイアントクルセイダー。
 雷光が走りその瞬間を白く隠した!
 したっ、と着地する火車。アンリの方は、構えた半透明の盾が燃えている。ぴしゃーん、と雷鳴が轟いた。
 盾の炎はすぐに消え、その背後で火車が倒れた。
「ふむ。‥‥一応、妖怪だからな。止めを刺しておく」
 駆け寄って生死確認をした響耶は、気合とともに姫切を振り下ろし火車の首を一刀の下切り落としたのだった。
 嵐は、ぴたりと止んでいた。


「き、来たのか。本当に」
 顛末をまずは住職に報告したとき、ひどく驚いていた。
「‥‥いや。来ればよし、来ねば来た事にするつもりじゃった」
 理由を聞くと、そう答えた。
「商売の世界はこれはこれで業なもんでのう。商売敵との汚い争いから、地元とのあつれき」
 つまり、キヨは死してなお誰からも恐れられるような人物になる覚悟があったとの事だ。
 冒険者たちは、「どうする?」と顔を見合わせた。思惑とまったく反対だったのだ。ただし、このことは住職を泣くほど喜ばせたが。
「時に、つかぬ事を聞くが、ここ近日でここの墓場に入ったのは二羽家の者だけか?」
 響耶の問いに、住職は首を振った。
「あなた方だけではない。心優しい人は」
 合掌して、住職はそれだけ言った。ならば火車婆でもいいか、と冒険者たちも納得した。
 後、冒険者たちは念のため残りの日も警戒。それ以上の変事はなかった。
 最終日。
 六人は乱れた墓地の整理をした。
「見事なもんじゃの」
 メグレズの墓石修復技術に、住職はいたく感心した。