江戸トゥミトゥムの鼓動
|
■ショートシナリオ
担当:瀬川潮
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:9人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月24日〜05月29日
リプレイ公開日:2009年06月05日
|
●オープニング
「はあっ‥‥」
江戸の西外れにある河原で、流木に腰掛けて茶をすする者が一人。えらく背の低い老人だ。
「師匠〜、どうしたんですか。最近溜息ばっかりついてるじゃないですか」
そこへ、若い娘がやって来て言う。こちらもえらく背が低い。
この二人。まとった民族衣装が示す通り、蝦夷に住む民族・コロボックルである。名は老人の方がマクタで、娘がコクリ。マクタは蝦夷の流派「トゥミトゥム」の元指導者で、コクリは彼の孫娘だ。
二人は、故郷から旅立った同朋の様子を心配して江戸まで出てきた。そこへ、「トゥミトゥムを教えて欲しい」という誠実で志の高い冒険者たちと出会った。しかし、トゥミトゥムは元々部族の英雄たるカムイラメトクの武術。蝦夷の部族集落周辺の中でこそ力を最大に発揮する部分もある。マクタとしては、冒険者たちは気に入ったが教えるのに気乗りしない。生真面目で不器用な男である。
そこで、トゥミトゥムの戦闘術だけを伝える、いわば「江戸トゥミトゥム」を一緒につくっていこうと提案したのだったが。
「はあっ‥‥」
「だから師匠、何溜息ついてんですか。ボクの入れたお茶がそんなにまずいんですか」
「いや、茶はうまいんじゃがの」
どうやら、冒険者たちと約束した「江戸トゥミトゥム」で悩んでいるらしい。
「ええっ! この間は『技が多すぎるから絞ったほうがいい』とか『里から来た同朋のためにも、新たな技があれば』とか乗り気だったじゃない」
「わしも一線を引いた身じゃしなぁ。新しい技というのが‥‥あ、いやいや。そう! 流派の名前がな。『江戸トゥミトゥム』では江戸にある他流派とくらべ、あまりに長い。ちょっと乗り気がせんなぁ」
慌てて否定するマクタ。コクリはうろんな視線を投げる。
「それに、志は必要じゃ。『体格に劣る者のための戦闘術』。これだけは外せんが‥‥」
ここで、また溜息。
「のう、コクリ。わしら一族に限らず、剣を持つ者達は何に悩んでおるのかのう」
はっと、コクリは息を飲んだ。
時は夕暮れ。
一瞬、いつもどっしりとして心から尊敬していた元・部族の顔役がひどくおぼろに映ったのだ。
「し、師匠。せっかく皆で仕上げていこうと約束したのです。仲間を募って相談に乗ってもらうべきだと思います。‥‥だって広くみんなのためのトゥミトゥムでしょう。江戸のみんなに聞くのが一番ですよう」
ボク、冒険者ギルドに知らせてきますねとコクリはきびすを返した。
その後ろ姿をマクタは意外そうに目を丸めて見詰めた。
そして、満足そうに、ちょっと寂しそうに目を細めるのだった。
その日の晩。
「はい、師匠」
ごはんをよそうコクリ。
「ところでコクリ、どうじゃった。仲間は集まりそうか」
問う師匠に、えへへへと照れる。
「ちょっと時間が遅かったみたい。また明日にしてくれって」
ぺろりと舌を出して失敗を打ち明けるのだった。
●リプレイ本文
●
「新流派、ついに設立だね。おめでとう」
日が傾く江戸の西外れの河原に、明るい声が響く。今到着したジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)だ。
「あ、いや。まだ設立の前‥‥」
「僕はウィザードだから稽古は勘弁だけど、江戸の立派な流派にするため一肌脱ぐよ」
コクリが訂正しようとしたが、ジェシュはマイペースに先を続ける。
「ふたたびの花音です☆ あ、これはお祝いの蜂の巣です。熊に出会ったときのお土産にでもどうぞー」
そこへ春咲花音(ec2108)が元気いっぱいにやって来た。コクリに言葉を続ける機会は完全に失われた。
「ふむ、ここが江戸で新流派を立ち上げようという集まりなりか。我輩は先日‥‥」
「魔法の忍者『花忍・ルンルン』です! 江戸版トミトゥム完成の為に、お手伝い&気分を盛り上げちゃいますよっ!」
続いて奇天烈斎頃助(ea7216)が厳かに訪ねてきたのだが、間髪入れずやって来たルンルン・フレール(eb5885)の勢いに言葉をかき消される。
「はじめまして、私は半十郎と申します。師匠であった父が陸奥流で‥‥」
「おおぅ。もう盛り上がってるな。俺も江戸トゥミトゥム創設に向けて尽力させて頂こう! 親睦会の料理・肴は俺に作らせて貰いたい」
さらに火射半十郎(eb3241)が忍びらしく静かに到着したのだが、持参した調理器具をがちゃがちゃ鳴らしながら登場した群雲龍之介(ea0988)の派手さにやはり語尾が飲み込まれてしまった。龍之介は「江戸の味を賞味頂きたい」と食材を買い込んできている。気合十分だ。
「まったく、ここの連中ときたらまるで嵐のようじゃ」
マクタが呆れたように言うが、頬は緩んでいる。
「マクタさん、コクリさん久しぶり。元気だった?」
「お、お主もか。よう来たよう来た。おい、コクリよ。良かったな。果報者が来たぞ」
「べ、べつに良かったわけじゃ‥‥。あ、いや。そりゃ良かったしうれしいけど」
マクタにはやされコクリ・真っ赤っか。うつむいて唇を気にしている。一方の果報者ことコンルレラ(eb5094)も赤くなって視線を逸らせている。やはりこちらも唇を気にしてか口に手をやる。以前に一体何があったやら。
「久方振りです。此度は微力ながら協力させて頂きますね」
そして、和泉みなも(eb3834)も到着した。
「紹介します。此方は自分の許婚の‥‥」
ちょっとはにかんで視線を流す。
「橘一刀(たちばな・かずと)だ。宜しく頼む」
橘一刀(eb1065)は、そう言って礼をする。二人ともパラだが、一刀の方が頭一つ高い。
「みなも殿から話を聞き二人に会ってみたく‥‥」
「おおい。ちょっと料理の方、誰か手伝っちゃくれまいか」
大きな声が響く。龍之介だ。一刀の言葉は宙ぶらりん。
「はぁい、ただいま」
「ボ、ボクも手伝ってくる」
「私も行きます」
みなもとコクリ、そして半十郎がその場を後にした。
●
夕げの卓。龍之介自慢のねぎま鍋はほくほくと白い湯気を上げ、それを囲む一同の会話は弾んでいる。
「ほう、あの男の代わりを頼まれ来たのか」
頃助の言葉に、マクタが嬉しそうに身を乗り出した。実は頃助、マクタの言う「あの男」から手紙を預かっていた。
「うむ。読むなり」
内容は、先日の依頼での感謝の言葉と今回来ることができない旨が綴られていた。
「あとは、『この奇天烈斎さんを練習台に使って』って、何書いてるなりか!」
あっはっは、こりゃいいと皆が笑う。
「明日の実践の心配が消えた。さすがに気が利く男よの。‥‥それはともかく、今回は相談があって集まってもらったんじゃが」
まずは内容、とマクタ。
「場が和んだ時に生まれるアイデアもあると思うから、色々用意して来ちゃいました」
すかさずルンルンが購入してきた酒を回した。実は、気を利かしたのはルンルンや手料理を振る舞った龍之介だけではない。ジェシュが多種大量の酒を持参していたりするが、これは「仕事の後」と取り決めた。自然、初日の夕げに酒を出しにくくなっていたのだが、ルンルンがこれを明るく打破した。
「狩猟と対人、ここが自然と江戸という場所のポイントでしょうね」
花音が身を乗り出し言った。丸い瞳にはしりあすな佇まいがある。
主張するは、短刀二刀流。射撃を捨てて軽装近接戦闘への特化の道を提示する。
「射撃といったら弓を思いがちですが、短刀や小柄なども投げる武器です。近接戦闘で攻撃に変化をつけることができますよね」
弓を得手としているみなもが待ったをかける。花音の意見に同感である部分は多いが射撃技術の利便性は理解してもらいたいという立場だ。
「僕は、特に変える必要はないと思うけどなぁ」
コンルレラの流派は、トゥミトゥム。不自由なくやっているのでもっともな意見ではある。
「私は、師匠であった父が陸奥流でしたので、否応無しに陸奥流を学ばされましたがどうにも格闘には余り才能が無かった様で」
しばらくの沈黙に、半十郎が口を開いた。射撃をも網羅するトゥミトゥムの器用さにあこがれてこの場にいると結んだ。
「コクリとは正反対じゃな。これの場合は、自分からわしに教えろとうるさかった」
「世の中、いろいろですね」
マクタの言葉に、半十郎はつい癖で噛んでいた爪を放してふっと笑った。自分らしさについて思いを馳せ思考の迷宮にはまっていたりする。
「ともかく、『力が劣るがゆえに近寄らない』道と、『力が劣るのを承知で接近戦をしかける』道の双方に対応できないでしょうか」
「思うに‥‥」
半十郎の思いに、頃助の口が動いた。
「『軽装戦士向け』と『射撃重視向け』と2つの方向性を目指す意見が出たなりが、これらは矛盾せず1流派内に共存できるかと思うなり」
「一刀さんは、どう思われます」
「ん、元の形が分からんのでな。手合わせが先の方が良かったが‥‥。拙者としてはあまり変えずとも好いと思う」
コクリから話を振られて首をひねる。そして、龍之介へ視線を送った。
「そも、無手ありき」
素手での戦闘を得意とする龍之介の一言。武器に頼らない分、準備は心のみで済むなど持論をアツく展開する。
「私‥‥」
ここで、ルンルンが言葉を紡いだ。
「私、レンジャーだった頃は力鍛えられなくて凄く苦労したから、『体格に劣る者のための戦闘術』が世の中に根付くなら、とっても素敵な事だと思う」
「そうだよ。体格のない人を応援できる流派がいいよ。できるだけ同じ悩みのある人が参加できる。近接戦闘とか射撃戦闘とか関係なく、さ」
コクリが身を乗り出してまくしたてた。
「そう、だな。もしかしたら、何かに特化するなど考える必要もなかったのかもしれん。そもそもの大前提があるわけじゃし」
そこからは各人が道を極めれば良い、とマクタは話をまとめた。
●
「とはいえ、個別の技術となれば話は別」
翌日、トゥミトゥムの概要と他流から導入する技を吟味するため、稽古が始まった。
総論としては軽戦と射撃を重視すると決まっても、個別の技術をどうするかは今からの話となる。
「これが、スタンアタック」
密接戦闘の専門家である花音が、例を示す。
「おわっ、いきなり何するなりか!」
頃助がかろうじてこめかみを手で覆って花音の裏拳が急所に入るのを防ぐ。こめかみは守ったが防いだ手はびりびりとしびれる。
「確か練習台になるんでしたよね」
「だからって、本気でくることはないなり」
「本気だったら、防ぐ間を与えるわけがないわよね」
花音が言い終わると同時に、頃助が倒れた。
「ふむ、なるほりど。ポイントアタックの応用で何とかなりそうじゃな」
見よう見まねで、マクタがスタンアタックを試してみたのだ。頃助、本人の意思はともかく見事役目を果たす。
「騎乗シューティングについては、私が」
マクタ、今度はみなもに連れていかれる。しかし、射撃はともかく乗馬というのが難関のようだ。
「回避で稼ぐ流派にしちゃっていいと思うんですよ」
「拙者の基本戦術なので手本をお見せすることはできる」
ルンルンと一刀は回避に集中。
「あっ、と。一刀さん、トゥミトゥムがどんなのか、自分の知ってる技を見せるね」
昨晩の会話を覚えていたコンルレラが合流する。
「みなも殿、昨晩クイックブラインドシューティングのことを言ってたでしょう。あれを研究してみましょう」
「散弾にもしてみたいのですが‥‥」
あまり聞かない技術に挑戦する半十郎とみなも。
「あ。流派の名前、『蝶舞蜂刺流』とかどうかな?」
花好きのルンルンが、コクリと花摘みに出掛けた時にひらめいたりも。
●
「大体固まったな」
最終日の晩、マクタが満足そうに言った。
「後は微調整でどうするか、じゃな。軽戦と射撃を重視した流派になることは間違いないが」
「そんなわけで、何はともあれ、新流派立ち上げを祝してお祝いをやろうよ」
次々と酒とつまみを出してくるジェシュ。ところで、彼は何をしていたのだろう。
「手書きの張り紙をね」
くすくす、と話す。
「酒場やエチゴヤとかに張って、新流派立ち上げを知らせてきたんだよ。トゥミトゥム修得者の目にとまればいいな」
「あれ。そういえば、まだ流派の名前って決まってないよ」
一体どう書いたのさ、とコクリがただす。先のルンルンの件もある。
「え。みんな『守る』という意味の『エプンキネ』がいいって言ってたし」
「蝶舞蜂刺流は〜」
「『海を渡る』や『新たな土地』という意味も‥‥」
頭をかくジェシュに、ルンルンと花音が別案を示す。
「エプンキネでいこう」
マクタが言い切った。
酒を手に、涙を流していた。
銘は、御神酒「トノト」。ジェシュの出した酒だ。
「江戸らしく漢字の流派をと思っておったが、逆じゃった。海を渡った異郷でこそ、故郷を思わねば」
蝦夷の酒を、またくいっとやる。格別なのだろう、噛み締めるようにしてまた涙のしずくをこぼした。
エプンキネの詳細は、正式には後日とのことだ。