梅雨のとばりに隠されて

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月12日〜07月17日

リプレイ公開日:2009年07月23日

●オープニング

 その漁村を襲った悲劇は、豪雨とともにやってきた。
 雨のとばりがまるで誰彼(たそがれ)時のように視界を奪った翌日、村の女性が死んでいた。
 ただ、死んでいたのではない。
 明らかに何者かに食われていた。
 往来の真ん中、荒ぶり打ちつける雨にさらされた亡骸は、上半身左側はざっくりと失われている。大量の血がしぶいたのだろうが、流れる雨水で朱色に薄められていた。失われた左肩は、どこにもない。
 犯人は、不明。
 不明だがしかし、手がかりがあった。
 雨で煙る漁村をうろつく人影を多くの人が目撃していたのだ。ただし、成人男性のように大柄な人影を見た、というだけ。打ちつける雨音などもあり様子はまったく分からず、人物を特定できるものではない。当然、空同様海は荒ぶり漁に出る者はいない。それ以前に、好き好んでこんな日に外出する者なぞいるわけもない。実際、漁師皆で漁船をしっかりもやいだ後は、誰も外出していないという。――死んだ1人を除いては。
「なぜ、サヨリは外に出たのかのう」
 ほかに外出していたものはなく、犠牲者は彼女――名を、サヨリという――だけで済んだ。
「犯人は、人間じゃなかろう。こりゃ鮫に食われた跡のようじゃ。人外の仕業に違いあるまい」
 村人たちはさまざま思いを巡らすが、何にやられたか特定できない。村では前代未聞の出来事だった。
 結局、サヨリの葬儀をしつつ、用心しながら日々の営みを続けた。
 数日後、またも雨。
 今度は少し緩やかな降り方だった。村人たちは用心して誰も外出しない。
 そして住民たちは窓から見た!
 鮫の頭を持った人物がのたりのたりと往来を徘徊する姿をッ!
 誰も外出はなく被害者はいなかったのが幸いだが、この日を境に鮫人の目撃情報は多発する。
 沖の無人島で見た。村近くの浜の岩影でうずくまっているのを見た。奴は左目が潰れていた。いや潰れていなかった。このへんで鮫が出ることは滅多にないがまさか鮫の人間が出るとは。前の嵐でこの辺に流されてきたんかのう。いずれにせよ、放っておくわけにはいくまい――。
 未知なる異形に、漁村の民の悩みは募る。

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3241 火射 半十郎(36歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec6207 桂木 涼花(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レイア・アローネ(eb8106)/ シャルル・ノワール(ec4047)/ タチアナ・ルイシコフ(ec6513

●リプレイ本文


 霧雨に白く霞む海辺の岩場に、四人がきょろきょろしながらうろついている。
「失われたのは半身のみ。腹を満たすための蛮行ではないのですから、このくらいの雨でも来るでしょうね」
 桂木涼花(ec6207)が被害情報からの推論を口にする。白い羽織姿が霧に滲むようだ。
 来るとは当然、サヨリを襲ったと目されている鮫人。
「村人の話じゃ、二本脚で歩く手足の生えた魚って事だ。‥‥想像したくねえな」
 想像したのだろう、木賊崔軌(ea0592)が眉をひそめる。故郷の赤い華国風衣装が目立つ。戦闘では矢面に立つつもりで、このあたり、罠職人の小技かはたまた純粋なお気に入りか。
「体型は鮫に手足が生えているのではなく、人の形をして頭部が鮫になっているのですから、陸上でも行動力は人並みでしょう。油断は禁物ですよ」
 持参した百鬼夜行図絵にあった外見情報から推測するのは、齋部玲瓏(ec4507)。こちらも白い神官装束だ。頭のかんざしに手をやり、抜いたり差したりしている。
「‥‥それにしてもサヨリさん、可哀想ですぅ」
 最後の一人、マルキア・セラン(ec5127)が肩を落としながらこぼした。
 すでに冒険者四人は情報収集を終えていた。
 被害に遭ったサヨリは、ひとり暮らしをしていた。大雨で海の荒れた日に夫を亡くしている。
 夫は、ごく平凡な男だった。美しいサヨリを妻に迎え「分不相応」、「吊り合わない」と揶揄される事もしばしばだったが、おかげでよく働いた。「他人がやらないとき、他人がやらないようなことをしないと他人よりやれる男にはなれん」が口癖になっていた。漁師として一人前の面構えとなり「ええ結婚じゃった」と皆の見る目が変わった頃、無茶な漁に出て溺死。死体は漁村の浜に打ち上げられ帰ってきたという。愛の招いたこの上のない幸福だったが、愛ゆえの悲劇が二人の前途を閉じた。
「夫がなくなった日も、似たような大雨じゃった。サヨリのやつ、夫の霊が帰ってきたと外に出たに違いない」
 サヨリが亡くなった日を回顧しながら、村人はそう口をそろえるのだった。これもまた、愛ゆえの悲劇かもしれない。
「‥‥しかし、いくら姿が雨で霞んでも人の頭と鮫の頭は輪郭からして違うだろう。自分の意思で外に出たのかも怪しいしな」
 ここの村人は優しいなと前置きしておいてから、崔軌が問題点を指摘した。
「もしかして、鮫人間がその人に化けてサヨリさんを呼び出したとかするかもですぅ」
 沈んでいた顔を上げ、マルキアが別の可能性を挙げる。
「鮫が滅多に現れないのに鮫人間、左側と左目‥‥。あっ、いけない!」
 遠視と透視を併用し索敵していた玲瓏は、言葉を巡らせる途中で色めき立った。
「どうしたっ」
「沖にちらっと、鮫の背びれのような影がちらっと見えました」
 振り向くと同時にかんざしを外す玲瓏。遠視魔法を使っていたのに目の焦点が合わない様子はない。かんざしに仕込んだレミエラの効果だ。近くの岩などの透視と平行して警戒していた賜物で、後の展開に大きく寄与した。
「上陸はあっちか、玲瓏」
「何とか浜で止めます」
 崔軌と涼花がすぐさま走った。村人には、教えた合図で戸を叩かれた時以外は家から出るなと伝えてある。だが、戸を破る力があるかもしれない。民家のない浜で止めなくてはならない理由である。


 鮫人の泳力はかなりのものだった。先行した崔軌と涼花が波打ち際を走るが、行く手を阻むことはすでに不可能だった。
「ならば」
 海から姿を現した鮫人まで距離があったが、崔軌が立ち止まりオーラショットを放った。
 気合いの一撃はしかし、かすり傷。
 ただし、鮫人はぐるりと首を右に回――いや、体を回したと言う方が近い――し、冒険者の存在に目を剥いた。顔の左半分が露になる。左目は潰れていた。
 崔軌を置いて走る涼花と、思わぬ攻撃に荒ぶり殺到する鮫人の距離が詰まった。
「いくよ、村雨丸」
 彼女は愛刀の名を呼びながら居合いを見舞う。これぞ夢想流。さらに素早い掠めの技が加わった斬撃は敵の勢いをそぐ。
(手応えあり)
 次に涼花は、右手への移動した。村側に逃げられることを嫌っての行動だ。自分が元いた位置には、崔軌が到着するはずで次の矢面はそちらになるとの読みだ。
「きゃっ!」
 涼花の悲鳴。鮫人はしつこく彼女を狙い、左半身に深々と食い付いていた。先の傷はどうやら再生したようで、浅くなっている。彼女の見込みが狂った理由である。
「こいつ! 涼花を放しやがれ」
 仲間の危地に激昂する崔軌が離れた距離もなんのその、素早く駆け付け斬り込む。攻撃した後に引く位置取りは海側。挟撃の形だ。涼花の動きを無駄にはしない。
 鮫人は、崔軌に従ったわけではないが涼花を放した。そのまま彼女を抜いて村に逃げようとする。今の傷も少し再生している。なにやら魔的である。
「えー、こっちなんですかぁ」
 言葉の割にスピードがあるマルキアが、何と後方からこの動きに対応した形になっていた。引っ込み思案で消極的だが、身軽。崔軌対鮫人になると読んだ玲瓏から「マルキア様、村側に」と指示されたからなのだが、まさかこちらが最前線になるとは。
 鮫人は、右前方に迫るマルキアを見て殺る気満々。方向修正して躍り掛かる。
「じゃ、迎え撃ちますねぇ」
 言葉に騙されてはいけない。一気に踏み込んで鮫人の左襟元部分に右拳を入れたと思うと、そのまま右腕を敵左脇に入れ巻き込む。敵の巨体を腰に乗せて‥‥。
 この娘の恐ろしさは、実はここから。ちらと地面に岩を探す。デストロイメイドシティの称号の意味は不明だが、少なくともメイド服でここまでやると誰が思おう。目立つ服装に他意はおそらく、ない。
 しかし、岩はなかった。仕方なく砂地に頭から落とし、げしりと蹴りを入れる。身体的にはともかく、見た目は激烈に効いている。
「シャァッ!」
 やはり(身体的に)ダメージはなかったようで、鮫人は起き上がりざま噛み付いてきた。
 マルキアを救ったのは、横合いからの真空の刃だった。飛んできた方には巻き物を広げた玲瓏がいた。
「マルキア、横に飛べ」
 はっ、と視線を戻し横に逃げる。声は崔軌で、来ないのならこっちから行くとばかりに詰め寄り斬撃をまたも見舞う。
「まだ戦えます」
 さらに涼花が続く。噛まれたが装備に救われていたようで、最前線復帰。目にも止まらぬ一撃を繰り出す。
 さすがに鮫人の再生も限度があるようで、見る見る動きが鈍っていくのだった。


 翌日、曇り空。
 冒険者は漁民に船を出してもらい、鮫人の目撃情報があった無人島を目指していていた。
 左目が潰れていた情報と両目とも開いていたという情報から、2匹いると見ている。
「恨み、ですかぁ」
 船から離れ水面をちょんちょんと跳ねていたマルキア。戻ってきてから首を捻る。先程の行動は、いざという時にそなえ「水のサーリ」の利き具合を試していたのだ。
「左目を潰されたから、左側だけ噛み付いたのではないかと」
 玲瓏が索敵しながら、あくまで仮説ですがと強調してから説明した。すでにほかの2人には話している。
「それなら確かに全部食べなかった理由にはなりますね」
 涼花が肯く。
「だが、いくら雨で人影しか分からないとはいえ、あれを人とは見間違えるものだろうか」
「‥‥つまり、マルキアさんが言っていたようにサヨリさんの夫に化けたのでしょうか」
 崔軌の言葉に、涼花の推論。いきなりサヨリさんの家が分かるものか、だから徘徊していたのでは、たまたまかもしれませんよぅ、などと答えの出ないやり取りが続く。玲瓏はといえば、索敵に集中している。
 その答えの一部は、無人島で出た。
 あまり大きな島ではない。
 木々は茂れど、平地がないため誰も住まない。
「あ、あっしも行くんですかい?」
「二手に分けることはできません。安全のため、ぜひ」
「サヨリの夫なら、来るだろうな。『他人よりやれる男になるために』とか言ってな」
 入れ違いに留守中を狙われる恐れを考慮した玲瓏は船頭も付いて来るようお願いしたが、尻込みされた。いつものように、崔軌がからかってみる。
「わ、分かりましたよ。こちとらあいつとは競い合ってたんだ。負けるかよ」
「いい返事だ」
 こうして5人は上陸。ほどなく木の幹に隠れて様子をうかがう年頃の女性を発見した。
 見つかった、と分かると身を翻し逃げる女性。
 当然、追う冒険者。
 やがて彼女は諦め、こちらに近寄ってきた。鮫人に変身し、物凄い勢いで!
「あ、待ってくださいぃ。どうして村を襲ったんですかぁ?」
 マルキアの問い掛けの言葉は、彼女に届かなかった。
 前に出る崔軌と涼花。昨日と違って接触の段階から万全な態勢だ。守る必要があるのは船頭だけでマルキアと玲瓏が付いている。
「人間の生活を、守らねばなりません!」
 戦闘中、涼花の声が響く。戦況が断然優位に進んでいる中でのことだ。振るう剣に迷いはない。そしてほかの3人も――。


 こうして、鮫人の脅威は拭い去られた。
 結局、事件の細部は判然としなかった。図式としては、サヨリの夫がこの海域に流れ着いた鮫人の1匹と遭遇し左目に攻撃、それを恨んだ鮫人が人の姿で村に上陸、雨に浮かぶ人影に亡き夫の姿を重ねたサヨリが自発的に外に出て被害に遭う、ということに。夫は鮫人を攻撃した帰りに亡くなったのでは、鮫人に攻撃したのは夫ではないのではないか、なども言われたが、当然断定できるものではない。
「せめて、サヨリさんのご冥福を祈ります」
 涼花は、サヨリの仏前で両手を合わせるのだった。
「もしかしたら、その鮫人2人も夫婦じゃったのかのう」
 そんな呟きが、人々から挙がった。
 仮にそうであれば、これも愛の悲劇だが。
「‥‥漁民の業じゃ。海は奪いもするが、多くの幸を与えてくれる。我らは海に生かされとる。鮫人には悪いことをしたかもしれんが、これも海のさだめ」
 村長はそう言って、冒険者に感謝するのだった。