無名船の出航

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月08日〜08月13日

リプレイ公開日:2009年08月20日

●オープニング

 多島美で知られる瀬戸の内海は、穏やか。
 イザナミの出現以来、最近は瀬戸内でも黄泉の死霊船が時折出現していたが、船乗りは逞しくも漁を続けていた。
 入り組んだ地形に複雑な潮の流れ、干満で危険度の変わる岩礁など難点もあるが沿岸の人々に大いなる恵みをもたらしている。

「おほっ。格好の獲物じゃわい」
 後に沈む事になる漁船では、それを発見して小踊りしたという。獲物とは、巨大えい。食えばうまいし、とにかくでかい。死亡毒の尻尾の針は怖いが、一匹しとめれば大漁確定のおいしい魚だ。
「うわぁぁぁっ! なぜにこんなに群れとるかあっ」
 戦いを挑んだものの、ざばばとあっさり船をひっくり返される。まさか八匹一緒にいるとは誰も思わなかったようだ。実際、八匹群れるというのはほぼ見られないらしい。
 異常発生。
 そう言うしかない事態だ。
 ただし、海の男たちは猛々しい。
「じゃが、通常の八倍の儲けがあるとも言うな」
「腕自慢を片っ端から集めて出航じゃあ!」
 ひたすら東に向かう巨大えいの群れを狙い、沿岸漁師らは腕まくりする。
 しかし、連戦連敗。死人もかなり出ている。やがて漁は「かたき討ち」の色を帯びていく。それでもかなわないものはかなわない。
「‥‥あれはもう軍隊と呼ぶべきじゃないか。軍隊に漁師が向かってもかなうわけがない」
 ついには諦観の空気が流れ始める。
「がははははは、庶民がいくらあがこうが無理無理。ここはわしら海賊の出番じゃあ。この生けるお宝、わしらが全部いただきだぁっ」
 そこで英雄然と出張ってきたのは、いつもこそこそ隠れながらよこしまなことばかりしている海賊たちだ。威勢ばかりはやたら良い。
「‥‥ぎゃあああああ」
 が、あえなく敗退。小数精鋭を気取っていたが、コテンパンにやられたようだ。
「漁船なんかではなく、もっと大きい船じゃないと無理だろう」
「大きいとは?」
「例えば、安宅船」
「おいおい。それだと大名の水軍と同じではないか」
「安宅船とまではいかずとも、確かに甲板があって内部多層の大型船であればひっくり返されることはあるまいが‥‥」
 所詮、庶民の持ち船では望むべくもない。
 頼みの役人は、「過ぎた獲物だ。捨てておけい」と動くそぶりすらない。さりとて貧しく厳しい生活を強いられている漁師たちにとっては、長く生活をしのぐことが約束されるも同然の獲物が過ぎ去るのを座視できない。いや、すでに沿岸で多くの人が死んでいる。関心は、「仕留める英雄は誰だ?」に変わってきてもいる。とにかく、話題の中心である。

「なあ、あんたら。これ、動かせるのか」
 ある漁村の隠れ入り江。
 何と、水軍船でもあろうかという大型船がたたずんでいた。中国地方の騒乱で大坂近くまで難を逃れ流れてきた船大工たちが手慰みに一隻だけ建造していたのだ。もっとも、ずいぶん小型ではあるが。それでもしっかり甲板があり、下層の左右から櫓脚が出ている。
「おお。漕ぎ手がおりゃあいつでも出せるんじゃがのお」
 声を掛けた男は、漁村の若衆たちだ。職人達の言葉に力強く肯く。
「漕ぎ手は、俺たち村の漁師たちが総出で当たる」
「どうしたんじゃ、一体」
「巨大えいの群れが近付いとる。漁船じゃだめ、海賊も駄目。ならばこのでかい船ならよかろう」
「漁師たちが漕いだら、誰が巨大えいの群れをしとめるっちゅうんじゃ」
「そう。あとは、戦闘力をそろえなくちゃな‥‥」
 若手は、来る一戦に冒険者ギルドを頼るつもりだ。
「やったるで!」
 気合いが、ほとばしる。

●今回の参加者

 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb9226 リスティア・レノン(23歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

クレイ・バルテス(ec4452

●リプレイ本文


 漁村の外れにある隠れ入り江は、かつてないほどにぎやかだった。
「ここに篭りきりだったのは、こういうことか」
 漁村の若衆が声を上げている。
 目の前には、戦ができそうなほど大きな船。
「ここが広けりゃ大名の水軍船でも作ってたがな」
 船大工の長がにやりと笑みを作って言った。
「雇った冒険者は?」
 若衆の頭が確認した。
「おお。あっちでうちのと改修の話しをしとる」
 指差す方には、マルキア・セラン(ec5127)が何かを主張していた。
「えっとですねぇ、怪我しちゃいけないのは漕ぎ手さんなんです」
「しかしよぅ、それで船足が遅くなってもなぁ」
「こいつは小回りが利いて足が速くなくっちゃ、大きいのにも小さいのにも勝てなくなるぞ」
「おおい、よせよせ」
 マルキアの輪に大工長が近付いた。
「せっかく漕ぎ手の心配してくれるんだ。ねぇさんの意見を汲んで、細かいところはおめぇらが頭捻れ」
 長の言葉に、船大工達は従った。
「あのお嬢ちゃんを見ろ。ありゃ、補修の材料をそろえているに違いねぇ。ああやって工夫せん奴は伸びんぞ」
 言葉を続ける彼は、ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)を指差した。彫刻刀・マスターグレイバーを手に一生懸命材木と向き合っている。
「失礼」
 そこへ、カイ・ローン(ea3054)がやってきてかかとを鳴らせた。
「この船は軍船でよろしいか。ならば、海上戦闘の心得を話しておきたいのだが」
 神聖騎士の言葉は、漁村の若衆たちのどこかお祭りめいた気分を一気に引き締めた。
「‥‥深い場所にいる連中も残らず水面まで連れてきますゆえ」
 別の場所では、漁村の連中に磯城弥魁厳(eb5249)が撒き餌の用意を頼んでいた。
「ほんで、深いところは磯城弥さんが、水面のは俺らが叩くってわけや。‥‥それにしても、イギリスのとは全然違うな」
 磯城弥から話を継いだジルベール・ダリエ(ec5609)だが、和船が気になる様子。青い目を眩しそうに細めて船を見上げた。
 その日は準備に徹した。特に若い漁師達は慣れない大型船の櫓手を取ることとなる。実践は出港後となるが、若衆の頭によると、「いつもつるむ連中だ。心配ねぇ」とのこと。
 そして翌日。巨大えいの場所も大まかに特定できている。
「さて、名無し丸の初陣や」
「では、僭越ながら先頭を」
 カイが「カスミ」と名付け可愛がっているケルピーにまたがり海面を駆け、先陣を切った。仮称・名無し丸(ジルベール談)が、それに続き隠し入り江からゆっくりと出る。
 冒険者と船大工数名、漁村の若手を乗せ、ついに眠っていた船が動き出したのだった。


「では、行ってきますゆえ」
 巨大えいの潜伏する海域に到着すると、早速河童の磯城弥が飛び込む。
「ちょっと、広域偵察もしとこか」
 ジルベールも、連れてきたグリフォン「ミネルヴァ」にまたがり飛び立った。
 海上には、地上を馬で闊歩しているのと変わらない様相でカイが警戒している。
「海中・海上・空中、か。あんたらすげぇな」
「もちろん、船上からもざっくりですぅ」
 感心する船大工の長に、マルキアが魔槍「レッドブランチ」を振るってみせる。長はその様子に、ますます笑みを作る。
 冒険者達は、船を矢面に晒さない戦法を選んだ。乗組員と、何より処女航海の船を慮ってのことだ。
 と、海上で動きがあった。
 カイが身の丈二倍以上はある銛を上げたと思うと、方向を指し示している。磯城弥がその方向に顔を出して発見の合図を送ったのだ。すぐさま撒き餌をしたジルベールが戻ってきた。
「敵影発見、や。こっちにきよるらしいから、どっちかに回避しとこか」
「どうする、船頭」
「潮に逆らわない方向に回そう」
 船大工の長が漁村若手の頭を見た。一応、操船にかかわる漁村若手の頭が船の長をしている。もちろん、戦闘時は冒険者の指示となるが。
「ジルベール様、ちょっと。マルキア様も」
 ラヴィサフィアは漕ぎ手含め、できるだけ全員にグットラックの魔法を掛けるつもりだ。さらに、舳先を中心にホーリーフィールドを張る。
「船上の迎撃はマルキア様一人。できるだけご負担を減らしますね」
 念のために十字架にあるレミエラの力で結界の耐久力を上げておく。
「あ、見えましたですぅ」
 マルキアが指差した。
 そこには、水面近くに浮かんできた巨大えいとそれに向かってカスミを走らせるカイの姿があった。ぶわ、と盛り上がる巨大えいの姿は、小さな庭園の丘ほどもある。
 物理的な威圧感は、圧倒的。
 手にした海神の銛をくるりと頭上で回したカイ。そこに、えいのしっぽが横合いから飛んでくる――。


「エイ達をおびき寄せました。攻撃のほう、よろしく頼みます!」
 そう、カイに伝えた磯城弥は、撒き餌をすべてその場に捨てて、待つ。餌に引かれて来る所を迎撃するのだ。 印を結ぶ形のまま磯城弥は、神経を張り詰める。
(‥‥樒流絶招伍式名山内ノ壱)
「椿!」
 水面に派手な水しぶきが上がった。微塵隠れ、と同時に瞬間移動した河童は水中の巨大エイの背に取りついていた。
「はぁっ」
 そのままセイクリッド・ダガーを振るう。ここぞと突き立てた一撃は敵を大きく傷付けるが、水中を高速で移動しながら、巨大エイはしっぽを振って反撃してきた。たまらず離脱する。
(‥‥これは、苦戦しそうぢゃ)
 巨大えいは速い。
 磯城弥は傷付けた敵を海上組に任せ、次の敵に注意を向ける。
 一方、海上。
「はっ!」
 カイは、横合いから迫るしっぽを、身を沈めることで回避した。カスミの首も下げさせ、ともに無傷。見事な馬術だ。
 仕返しとばかりに両手で渾身の突きを食らわせる。すると、えいの動きが劇的に鈍った。海神の銛の特殊能力がばっちり利いたのだ。
 と、空から矢が降ってくる。三本。ジルベールの三本射ちだ。手には、無骨な長弓・スタードロップ。
「弾幕ならまかしといてや」
 目標が大きい。撃ちまくる気だ。
 ともかく、これで一匹が成仏。
「む、これは不味いな」
 カイ、喜ぶことはない。敵が次々姿を現しているのだ。
 ここからは乱戦だった。
 順番に海上に姿を現す巨大な敵に、単騎のカイがもみくちゃにされる。この乱戦では魔法を確実に使う機会はない。それでも、ジルベールの弾幕が効果的な援護射撃となっていたし、一撃離脱で海中に逃げた敵は磯城弥が狙った。
 押されながらも敵を着実に削っていた戦況が一変したのは、船に向かう一匹に気付いたから。
「しまった!」
 その瞬間、カイは背後の一匹から毒針を受けた。
 すぐに魔法で解毒するが、この隙に攻撃を受ける。さすがのカイも落馬。
 救出は、磯城弥。
 戦線離脱しカイをカスミに乗せ、磯城弥も戦闘に戻ろうとしたところで毒針を受ける。船方面に向かっていた敵からの、背後からの一撃だった。今度はジルベールが駆け寄って解毒剤で処置。事無きを得る。
「もうずいぶん倒したけど‥‥」
 彼を助けたジルベールは、船の方を見た。
 主戦場は、船に変わった。カイが後を追っている。
 そして、船の上。
「このっ、漕ぎ手さんを狙っちゃだめですっ」
 マルキアが奮戦していた。
 がつん、と強い衝撃。巨大えいの体当たりだ。
「きゃあっ」
 スカートの裾を広げころころ転がるマルキア。
「むぎゅ」
 結んでおいた命綱が伸び切り転落は免れる。
「左舷、漕げ漕げ。全力だ!」
 若衆の長の声が響く。攻撃を受けてない左舷を漕いで、回り込みながら避けるつもりだ。
「あっ! 大工長さん、大丈夫ですか」
 船体損壊に備え隠れていたラヴィサフィアが、思わず飛び出した。船大工の長が毒針に倒れたのだ。
 しかし、またも船体が揺れる。転がるラヴィサフィア。グットラックの効果か支柱に当たり止まる。
「俺に任せとき」
 軽やかに、ジルベールが舞い下りて解毒剤を使用。
 同時に怪我の方も良くなる。
「大工長様は、この船の面倒を見なくてはならない方です」
 ラヴィサフィアだ。離れた場所で信仰の指輪を掲げていた。レミエラによる遠隔リカバーだ。
 そして、海上。
 はっと、マルキア。
 なんと、右舷で対峙していた巨大えいの動きが固まったのだ。
「隙あり、ですぅ」
 すかさず、一突き。さらにカイが背後からチャージングを見舞う。巨大えいの最後の1匹が、息絶えた。


 結局、曳航した巨大えいは7匹だった。いずれも矢が立ち、刀傷にまみれている。
 カイは都合二回、コアギュレイトを使った。一回は、マルキアにチャンスを作るため。もう一回は、船の援護に向かう途中。その一匹が、固まったまま海中に沈んでそのまま逃げたようだ。
「なあ、この船。名前は菱刈丸でどうだろう?」
 カイが皆の顔を見た。
 巨大えい退治に、全員が力を合わせた。異存は、なかった。全員が、後ろに続く漁船が曳航する7匹を倒したのだ。菱の一文字は、えいの魚影から取った。
「おらあ、山じゃ高く買ってくれっぞ。馬を回せ〜!」
「ほらほら、醤油をたっぷり入れて煮付けるんだからね」
 漁村に帰ると、そこは戦場だった。
 大漁の先触れに、どこから湧いたか商人が集ってきている。村の女性は、総出で煮こごりの準備をしている。
「私もバンバンさばいちゃいますよぉ」
 戦場に、包丁片手のマルキアが突貫した。こと料理となれば、目の色が変わる。
「こりゃ、うまいモン食えそうやなぁ」
 ジルベールも、こと料理を食べる方には、目の色が変わる。
「えいの煮こごりはもう、白身に濃い味がベストマッチ。コリコリ軟骨にフルフル触感もええ。サイコーやったぁ」
 振る舞われた椀の料理を平らげたほかの者も、ジルベールの言葉にこくこくと頷く。
 そして騒ぎの端。
 ラヴィサフィアが、村の生活を救った巨大えいに感謝の黙とうを捧げていた。

 おまけだが、後日談。
 菱刈丸の名前は口々に伝えられ、有名になった。
 新たな出港と冒険が、すぐに舞い込んでくることとなる――。