菱刈丸と一夜島

■ショートシナリオ


担当:瀬川潮

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 80 C

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:09月07日〜09月12日

リプレイ公開日:2009年09月16日

●オープニング

 瀬戸の内海は、多島美の海。
 大小多数が散在し、漁村に恵みをもたらしたり座礁するなどの悲劇を生むこともある。
 そんな瀬戸内海のある所に一夜島と呼ばれる島がある。大昔、岩礁だらけだった海域に島が一夜のうちにでき、だんだん大きくなったという伝説があり、名前の由来となっているらしい。お椀を伏せたような形の小さな島で、人は住んでいない。島内は、すべて森。木々など植物が鬱蒼と茂っている。周囲は当然、岩礁。
 さて、そんな一夜島。ほかにも言われている事がある。
――とにかく、近寄るべからず。
 島の周囲は岩礁であるため、接近には細心の注意がいる。当然の警告である。
 が、近寄るなと言われると近寄りたくなる性分の者はいるわけで。
 例えば、近海で座礁し一時島へと避難した船の乗員。
 あるいは、「周囲に鳥が群れている。魚が群れ隠れておるに違いない」と近付いた漁師。
 さらには、「鬼がいるかもしれん。調べてやる」と面白半分で上陸した者たち。
 そのほか、そのほか。
 何年かに一度はだれかが近付くようで、いずれもが帰ってこない。帰らずの島、とも呼ばれる所以だ。
「当然、気味が悪いので近海を通る船はできるだけそこを避けて通るのですが、このまま放置しておけば海上の治安悪化の温床となるやもしれませんし」
 冒険者ギルドで、依頼者は両手を開き説明する。事実、あの周辺を避けると航路が絞られ、海賊被害増加の遠因にもなっていた。
「確かに、最近は稀に‥‥」
 ギルドの担当は、「黄泉の死霊船」とは言わなかった。不安を煽るわけにはいかない。
「先日、菱刈丸という船が巨大えいの群れを退治したと聞きました。これならきっと何とかしてくれるだろうと思い、島の調査ともしも化け物がいた時の退治を頼んだら、『漕ぎ手はともかく、討ち手は冒険者ギルドに頼んでくれ』と言われたので‥‥」
「分かりました。島内探索と、もしもの時の陸上戦力が必要ですね」
 担当は言う。「もしもの時」と付け加えたが、内心何かがいると踏んでいる。
 もちろん、その「何か」は分からないのだが。

●今回の参加者

 ea7864 シャフルナーズ・ザグルール(30歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 ec5127 マルキア・セラン(22歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)
 ec5609 ジルベール・ダリエ(34歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ec5629 ラヴィサフィア・フォルミナム(16歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)/ ニノン・サジュマン(ec5845

●リプレイ本文


 菱刈丸は前回と同じく、ある漁村近くの隠れ入り江から出港した。
「よっ、おっとりさん。今日も機嫌がいいね」
 マルキア・セラン(ec5127)は、乗組員から声を掛けられた。前回も顔を合わせた者で、どうやら「菱刈丸のおっとりさん」として記憶されているようだ。
「この船、有名になったみたいで何だか私も嬉しいんですぅ。料理、腕を振るっちゃいますから期待してくださいねぇ」
 船に食料は充分あるが、マルキアは馴染みの保存食を少し使って隠し味にするつもりらしい。るんるんとその場を後にする。
「幸運の使者さんじゃないか。またよろしく頼むよ」
「こちらこそ、今回もよろしくお願い致しますね」
 別の場所では、ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)が同様に声を掛けられていた。同じくあだ名が付いている。ラヴィは、深深と頭を下げた。
 一方、舳先では。
「あなたも前に乗ったんだよね。何て呼ばれたのかな?」
 視力の良いシャフルナーズ・ザグルール(ea7864)が前方を警戒しながら、隣に立つジルベール・ダリエ(ec5609)に聞いた。
「んー。俺は、空の守護者って呼ばれたな。覚えてもらうんは嬉しいこっちゃ‥‥。え、何?」
 ジルベールがぐるりと見渡しながら返事をしたところで、船大工長に呼ばれた。
「すまんが、船酔いに利くお守りをこいつに貸してやってくれないか」
 付いて行くと、下層でぐったりしている乗組員がいた。
「そらええけど、まさか漕ぎ手さんが船酔いやとは」
「今回、漕ぎ手も雇ってな。ほら、漁村とはあまり関係がないんで人が割けないらしい。代わりに陸の若者を雇ったんだが」
 下層に降りると、確かに前回見ない顔がぐったりしていた。名は、風柳。お守りを持たせたことで表情が和らいだようだ。
「良かったな。これでおっとりさんのうまい料理も味わえるってもんだ」
 豪快に笑う船大工長だった。


 菱刈丸は念のため安全そうな島で一泊し、翌朝に一夜島海域に到着した。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。この目で確かめて来ようやないの」
 ジルベールが黒い弓を背負い、若干ウエーブした髪を掻き上げる。
「ハイド、おいで〜」
 連れてきたペットのセッターを呼び、撫でてやるラヴィサフィア。潮風の影響でいつもより飼い主のほっぺはしょっぱいのだろう、ぺろぺろと激しく舐める。
「待ってる間のお弁当ですぅ」
 マルキアが腕によりを掛けて用意した昼食を漕ぎ手などに配った。冒険者を待つ間の楽しみとなるだろう。
 そして冒険者らは、今まで曳航していた小型船に乗り換え接近した。
 さすがに岩礁地帯だけあって、ぴたりと接舷というわけにもいかない。
「レディを濡らすわけにはいかんからなぁ」
 そう言って、ジルベールはペットのグリフォン、ミネルヴァに女性陣を順番に乗せて運んだ。英国紳士の鏡である。
「危険を感じたら一度菱刈丸まで戻って良いからね」
「夜になる時は野営するので、皆さんは菱刈丸の方に戻って下さい。朝になったらまた来て下さい」
 順番を待つ間、シャフルナーズが漕ぎ手に危険時の対応を話し、マルキアが夜間の方針を伝えた。万一のことがあっても余計な気は起こさず生き残れということだ。冒険者の鏡である。
「ほんじゃ、早速空から探らせてもらおか」
 空飛ぶほうきを出して、ジルベールが飛び立った。ミネルヴァは潜伏するかもしれない敵に警戒されるかもしれないので、留守番だ。
「私は、危険なものが居るのかどうか占ってみるね」
 宝石を散りばめた赤い板を取り出すシャフルナーズ。得意の占いをするため、目を閉じて集中。陽気な雰囲気が一気に神秘的なものに変化した。太陽のブランシェットを手繰る。
 ラヴィサフィアは忙しい。まずは周囲を不死者探知の魔法で索敵。差し迫った脅威がないと分かると、手近な場所に上陸痕や生活痕がないか探しはじめた。ハイドも、鼻を利かせている。
「駄目やね。ぐるっと見たけど、分からんわ」
 戻ってきたジルベールが結果を話す。海岸から調べていた三人も成果はない。
 さて、どうする。
「ずっと昔からいるなら、不死者かもしれません」
 マルキアが指摘した。伝説は古い。仮にずうっとここにいるとしたら、生物でない可能性がある。このあたり、ラヴィサフィアとシャフルナーズも疑っているところだ。
「食い意地が張った相手ならこれが役に立つんやけどな」
 ジルベールは、強烈な匂いのする保存食を取り出す。誰も帰ってこないのなら、食われた可能性が高いと見る。ちなみに、取り出した保存食はあまり匂わない。彼の友人の二ノンが防臭に毛布を巻くなどしてくれたおかげだ。
「埴輪さんだったら、これで殴っていきますねぇ」
 マルキアがハンマーを取り出す。このあたりの推論は、伝説の古さからの判断だ。
「植物の化け物だったら、これでバーニングするね」
 深紅の直刀を構えるシャフルナーズ。ジルベールは植物耐性の巻き物を準備している。
 見えない敵に対する準備は、周到。次なる問題は、その敵がどこに潜んでいるか。
「そう言えばシャフルナーズ様、占いはどうでした?」
「えっ。‥‥あはっ。何だか凄い結果が出ちゃって、ちょっと自信がないんだよ」
 ラヴィサフィアに聞かれ、シャフルナーズが言い淀んだ。
「とっても危険なものが潜んでいるって‥‥。正体は分からないけど、退治しても良くないことが起こりそうな‥‥」
「退治してもしなくても良くないなら、退治した方が良いですよぅ」
「そういうこっちゃ」
「じゃあ、地道に探して行きましょう」
 四人は、とりあえず島のこちら半分から調べることにした。


「そういや、上に立派な樹があったなぁ」
 頂上に向けて探索していた冒険者たち。島のてっぺんが近付いた頃にジルベールが呟いた。
「登って周囲を見渡すのに持って来いって感じやったね」
「つまり、誰かが遭難しても上に行くということですか?」
 マルキアとともに二列目のラヴィサフィアが確認した。シャフルナーズは、しんがりで枝を手折るなどして帰りに迷わない工夫をしていた。
「そういうこっち‥‥」
「はっ! 危ないですぅ」
 振り向いたままのジルベールに、マルキアが抱き着き押し倒した。彼の背後に伸びていた太い枝が空を切る。
「木の化け物だね」
 最後尾から軽快にシャフルナーズが躍り出た。手にしたティソーンを振るう。が、手応えが悪い。魔法付与のため一旦引く。この時、ラヴィサフィアはジルベールたちに近寄り祈るようにグットラックを詠唱していた。
「トレント、やなくてガヴィッドウッドやな」
 巻き物を用意するジルベール。マルキアは、最前線へ。ハンマーを振り上げる。
「行きますよぉっ!」
 ガスンと食らわすが、今一つ利いてなさそうな。
「ああっ、どうしましょう」
 ラヴィサフィアは取り乱すも、とりあえずグットラックを仲間に付与して回る。
「あっ、こっちからも」
 気付いたのは、シャフルナーズだ。横合いから新たに襲ってくる枝を発見した。このまま行くと、ラヴィサフィアに当たる。
 踊り子のシャフルナーズは、身が軽い。守勢時は本来、受けではなく回避をする。前線での陽動など、決定力に劣る場合でも仲間のために軽快に動き回り体を張る。
 今回も、体を張った。
 もろに攻撃に当たりに行ったのだ。
「シャフルナーズ様!」
「つっ‥‥。大丈夫、まだ戦えるよ」
「待ってください。手当てしますから」
 このやりとりの間にも、枝の次なる攻撃が迫る。
「そうはさせんで」
 ジルベールの弓が唸る。放たれた矢の威力は充分だ。反撃を食らうが、よろめくだけで闘志は衰えない。出遅れたのは、レジストプラントの巻き物を唱えたため。仲間が作ってくれた時間で、万全の態勢を整えた。
 今度は、彼が作った時間でラヴィサフィアが万全のバックアップ態勢を整える。グットラックを全員に掛けた後、ホーリーフィールドを展開。ここでシャフルナーズは両手の武器にバーニングソードを掛ける。マルキアの武器にも同様に。ホーリーフィールドは、人喰樹の攻撃をシャットアウトできている。
「引いた。追うで」
 劣勢を感じたか頂上方面へ枝が引いて行く。先行し追跡するジルベールに、3人が付いて行く。
 そして頂上付近。太いわりに低い人喰樹がいた。根元に不気味なうろが口を開けている。
「もう、攻撃は受けないよ」
 シャフルナーズの動きにリズムが戻る。枝の攻撃を回避しては、二刀流で斬り付ける。魔法の炎で武器を包んでから攻撃力が上がり、手応えが伝わる。手数で押す。
「今度はバッチリですぅ」
 魔法の炎を纏ったハンマーを振るうメイド服の図は、マルキア。こちらも有効打を与えている。
「しぶといなあ!」
 反転攻勢の起点となったジルベール。ここでも射ちまくる。
 やがて人喰樹は力尽き弛緩するように、長かった枝を地につけるのだった。
 そして、ここでシャフルナーズの予言が的中したッ!


「え、何?」
 ゴゴゴゴゴ、と地鳴りが轟く。島全体が揺れはじめた。
「に、逃げるんや」
 四人はとにかく島から脱出した。
 時は、夕暮れ。
 小型船で沖まで逃げ振り返ると、茜色に染まる島がだんだん崩れていくのが分かった。砂の山が崩れるように、土が根を張った植物ごと海に崩れ落ちている。海鳥たちが、空に乱舞し騒いでいた。
 やがてぼこりと島の側面に穴が空くと、中から大きな亀が出てきた。気持ち良さそうに首を伸ばしたかと思うと、そのまま海へと潜っていった。束縛からやっと逃れた、といった体だった。甲羅に折れた根っこが絡んでいたのが印象的でもある。
 島は、主を失ったかのように崩れて海中に没した。
 一夜島の最後。
 詳しくは、推測に頼るしかなかった。
「せめて」
 ラヴィサフィアが、祈りを捧げた。この島で亡くなった人への追悼だ。もらした言葉の真意は、遺品すら持ち帰れなかった無念による。後ろで黙とうするジルベールとシャフルナーズの心中も、同じだった。