エプンキネの災難
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■ショートシナリオ
担当:瀬川潮
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 65 C
参加人数:12人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月24日〜10月29日
リプレイ公開日:2009年11月02日
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●オープニング
「‥‥日が沈むのが早くなったな‥‥」
江戸の往来。
暮れ行く空を見上げたのは、オルステッド・ブライオン(ea2449)。いつも憂いを帯びているような顔つきの男だが、きょうはいつになく物思いに沈んでいるように見える。
「お、いらっしぇい!」
行きつけの店の暖簾をくぐる。
酒をぬる燗で注文した。そういう季節だ。
「いよお、最近どうだい」
「心配してましたよ。怪我のほうはすっかり良くなったんですか」
声を掛けてくる顔馴染み。変わらぬ顔があれば、見なくなった顔もある。そういう職業世界だ。昨日見た顔が明日には鬼籍なんて話は日常茶飯事。願わくば、よその国に旅立ったのだと思いたい。
「‥‥すまん。今日は一人で飲みたくてな‥‥」
丁寧に同席の誘いを断った。今宵のオルステッド、そういう気分だった。
そうこうするうち、酒が来た。ちょこを傾ける。
「戦はまだまだ続くらしい。逃げるんなら今のうちだとよ」
「西の方じゃ、ついに京都が危ないらしい」
耳をすませば、さまざまな噂話が入ってくる。
ただし、こういう時勢、こういう場所でなんの遠慮もなく飛び交っている情報だ。デマや煽りの内容が多い。
「‥‥ん?」
一瞬、オルステッドの目が獲物を狙う時のそれとなった。
席を立つとすたすたと歩を進め、まだ駆け出し然とした冒険者三人組の席で止まった。
「‥‥すまないが今の話、詳しく聞かせてくれ。酒はまだ飲むだろう?」
酒をおごって、情報を聞き出す。小さな情報は、むしろ小さな依頼を受けている駆け出しの冒険者の方がつかんでいる場合がある。
「あ、ああ。‥‥江戸にはゴロツキが流れ込んでいるだろう。そいつらは弱そうなのを相手にしてるんだが、今度は道場破りをたくらんでるって話がある」
「‥‥弱いのを相手にする奴らが、か?」
ふっ、と失笑するオルステッド。
「いや。何だか、ちっぽけな道場ができたらしいじゃない。『体格の劣る者のための流派』だとかが売り文句の」
「‥‥本当の実力はともかく、弱そうな道場を狙うならうってつけだろうね。ついでに、生意気なとか思ってる古参流派は喜ぶに違いないでしょ」
「エプンキネ、っていったっけ。可愛そうに。ゴロツキの道場破りはたちが悪い。正々堂々、正面から勝負を挑んでおきながら、裏から建物を壊したり無茶するらしいぜ」
かっ、と義憤に瞳を燃やすオルステッド。
しかし、それは一瞬のこと。
「‥‥ありがとな。また良い話があったら、頼む‥‥」
勘定は私につけといてくれと席を立つオルステッドだった。
「‥‥すでにここに来おったよ」
エプンキネの河原道場では、師匠のマクタが苦い顔をしていた。
「『江戸十見富夢』流の者だという大柄な男どもが来て、いちゃもん付けてきおったわい」
エプンキネの別名「江戸トゥミトゥム」が自分たちの流派名に似ているので、即刻解散しろとねじ込んできたのだ。もちろん、「江戸十見富夢」などという流派は聞いた事がない。
「古寺の道場の方で正々堂々と5対5の試合をして、負けた方が解散する勝負をする事になったんです」
マクタの孫娘、コクリが不安そうに説明した。「古寺の道場」とは、最近門下生が入ったことで新たに借りた、ここから近いお寺の道場だった。
「‥‥ふざけた話だ。新たな入門者募集も兼ねて、冒険者を動員するのが良いだろう‥‥」
こうして、新流派に降りかかる火の粉を払う仲間を求めるのだった。
●リプレイ本文
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古寺の道場では、エプンキネと江戸十見富夢流の敗者解散試合が始まろうとしていた。観客は多い。エプンキネ門下生のほか、周辺住民が見に来ている。明らかに他流派他道場の視察も多く来ている。
「‥‥すまん。ぜひ、行かせてくれ」
先鋒に立ったのは、オルステッド・ブライオン(ea2449)。珍しく猛っている。「お主と江戸で最初に出会えて、わしらは幸せじゃ」
昨晩、稽古の後に群雲龍之介(ea0988)が腕を振るった季節料理や祝いに持参した酒をやりながら、マクタが言った。「まさか、江戸でこんなに仲間ができ、皆に囲まれ生活できるとは。‥‥本当に良い縁に恵まれた」とも。
愛は信じない、正義の在処も疑うようなオルステッドだが、マクタからの最上級の感謝は意気に感じたようだ。
「俺からだ」
相手側からは、血気走る男が出てきた。試合に出ないと決めたクレリック、サラ・シルキィ(ec4856)が離れた場所から敵に不正がないか注意する。
「はじめっ!」
審判・コクリの声が響く。
「どらっ!」
即決を狙った敵の突っ込み、斬り返しの跳ね上げ、止めの突き。オルステッドは軽妙な平行移動で全てをかわした。余裕がある。さらに敵が出てくるところを、竹刀を隠す横移動の流れからぴしりと胴を取る。猛っていても冷静である。
技量の違いは一目瞭然だった。
二本目は、小手で取った。
(‥‥遺恨となるわけには、いかん)
あるいは、猛るほど冷静になるか。
三本目は、敵に小手を譲った。観客にエプンキネが心技体を重んじることを示す。これが、マクタの感謝の言葉への返礼だった。
「次は俺だな」
オルステッドと、二番手のミハエル・アーカム(eb3585)が入れ替わり、立ち上がった。
長身のミハエルを見て、敵は大男が出てきた。
「ええっ!」
観客から驚きの声。ミハエルの手には、短刀サイズの竹刀があった。
「なめやがって!」
猛る敵。しかし、攻撃は当たらない。
(エプンキネ、か‥‥)
回避しながらミハエルは思う。
しっくりくる、と。
(正直、理念も嫌いじゃない)
敵が離れて一息ついた隙を逃さず、距離を詰めて突き倒した。敵、戦闘不能。
「お疲れさん。‥‥空間殿。俺は出られなくなったので頼む」
ミハエルの次は龍之介だっが、外れた。龍之介は空間明衣(eb4994)に代わりを託し、道場を出る。敵の先鋒だった男が無礼にも席を立ち外に出たのだ。暴れ足りないのだろう。
「分かった。‥‥小娘相手で物足りないかも知れんがよろしくな」
明衣は敵にそう礼をした。真意は不明。「道場破りが来るか。有名になったな」とぼけるかと思えば、「やっかみだな」と的確だったり。つかみ所がない。
もっとも、試合は手堅い。盾は使用禁止なので速攻に出る。前の二人とは一転、即戦即決もあることを印象づけた。
●
一方、道場を出た龍之介。
「よう。暴れ足りん様だな」
「道場剣術なんざ、やってられっかよ」
「同感だな」
真っ赤に猛る敵に、二刀流で応じる。
すっと、殺陣の予感――。
そしてほかにも、静かな戦いが展開されていた。
「なあ、早く火を付けようぜ」
「まあまて。試合で勝つならそれから‥‥あっ!」
古道場の裏に隠れていた二人組が、華やかな忍者装束の女性に襲われた。剣で斬ると灰が散るだけ。もう一人の方は、なぜか動けなかった。影縛りだ。斬った方も周りを見回すうち、影縛りに。
「これ以上、悪さはさせないんだからねっ」
姿を現したのはルンルン・フレール(eb5885)。今日もルンルン忍法全開。縄でぐるぐる巻きにして、二人を召し捕った。
危険に晒されていたのは、古寺の道場だけではない。
「どう考えても、いちゃもんだよねぇ」
河原道場では、ジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)が留守番していた。
「名前が被るっていうんなら、トゥミトゥムじゃない。エプンキネに言うのはお門違いなんじゃないかな」
ね、イワンケ殿、と隣の熊をなでる。ククノチ(ec0828)の相棒だが、さすがに一般住民が集まるところに連れて行くのは不味かろうと、留守番兼用心棒として残った。
「なあ、坊ちゃん」
そこへ、ごろつきが二人やって来た。
「ここの人たちはどこに行ったのかな?」
若干下手に出ているのは、イワンケがいるせいか。
しかし、言葉はそれ以上続かない。ジェシュの高速アイスコフィンが炸裂している。
「あっ、このガキ」
「グアウッ」
「‥‥殺さない程度にお仕置きしても『大いなる父』は許して下さるよね、イワンケ殿」
イワンケが威嚇する間に、もう一度アイスコフィンで固めた。
「それにしても、みんな頑張ってるなぁ」
昨日まで、門下生に打ち身の処方を続けた充実感を振り返り、空を見上げるのだった。
なお、その物陰。
ごろつきは裏からも来ていた。
こちらは、火射半十郎(eb3241)が潜む。
火を付けようとするところ、縄ひょうが飛び絡める。気絶狙いの一撃を見舞い、道場を守った。
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「エプンキネの連中は一筋縄ではいかん」
後にそう評されることとなったのは、この時隠密が多数参加したことによる。ルンルンと半十郎の活躍がそうだが、零式改(ea8619)の暗躍も大きかった。
時は試合より前の晩に溯る。
空間が帰宅する門下生を警備し、ミハエルが道場周辺に鳴子を仕掛けている時、隠密の三人は情報収集に散っていた。
「不埒な輩には、季節外れの怪談でも実体験していただくでござる」
とは、零式改。ごろつきの集団を見掛けたのだ。
「‥‥戦は、いいな」
「おお、世の中もっと乱れれば良い」
(下衆め)
最後尾の男に物陰から襲い掛かり、気絶させた。音はない。縛って放置。次の獲物を狙う。
「おい、後ろの奴等がいないぞ」
「なあに、厠か何かだろう」
最初は、取り合わなかった。
しばらく後。
「おい、またいなくなった」
「先のやつらも帰ってこん」
「だ、誰かに狙われとるのか」
「やられたなら、音ぐらいするだろう」
さらに減ったところで、この騒ぎ。ぶるぶるがくがくと不信がり、慌てて逃げ散ったという。
●
場面は再び、道場の試合。
「次はお前か。運がないな」
大男がせせら笑ったのは、四番手の橘一刀(eb1065)が、パラだったため。
「相手は誰でも構わない」
平常心で返す一刀。
コクリの合図で始まる。観客は今度こそエプンキネ側に黒星がつくと思い、同情が集まっている。
「お、おおっ!」
しかし、それは杞憂。回避からカウンターで鳩尾を狙った一刀。敵に力があった分、痛烈に入った。大男は衆目構わず体をくの字に折りのたうち回って苦しむこととなった。当然、続行不能。
「大将戦、始めます」
コクリの声で進み出たのは、コンルレラ(eb5094)と巨人族の男だった。またしても身長差が激しい。
「へ。実力者を逆に並べやがって」
敵は、そう解釈したらしい。
一方のコンルレラ。
元トゥミトゥムだけに、エプンキネへの理解は深い。大将となった理由である。
しかし、先の一刀とは違いまだ若い。力量的に不安もある。が、「力の劣る者のための流派」としては真価が問われるところだ。
「コンルレラ、いい?」
心配そうなコクリ。コンルレラが肯き、試合開始。
客席では、子どもの門下生に変装し紛れているククノチがコロボックルの神刀「クドネシリカ」に祈りを捧げ、監視役を買って出てたサラも祈るように立ち合いを見つめる。
そして――。
●
「よ。外のコンルレラ殿にこれを持っていってくれないか」
試合の晩、戦勝会。
龍之介はコクリを捕まえて、鰯の塩焼きを持たせた。
試合の方は、コンルレラが見事に三本とも取っていた。木製小太刀の両構えからの高速戦闘に、敵巨人族は対応できなかった。「実戦ではこうは行かんぞ!」というのが、敵の捨て台詞。それはそうだ。
しかし、そのまま実戦に移るのはいかがなものか。
乱戦になりかけたが、サラがローリンググラビティで転がしマクタが一喝したことで何とか止まった。敵を陸奥流剣士として叩きのめした龍之介とともに入って来た半十郎が、「狼藉者を捕まえたのだが、まさか関係者ではないでしょうな」と捕縛した男を出したことで、完全に騒ぎは落ち着いた。当然、江戸十見富夢側は知らん振りし、各流派関係者も怪訝な顔をするだけ。明衣の怪気炎を立ち上らせた睨みも利いたようだ。
「え、ボク?」
「大将を見事に務めたんだ。マクタの師匠が『キスの一つでもしてやれ』ってさ」
龍之介、嘘を吐いた。
「う、うん」
もじもじしながら、断らないコクリ。
「戦乱の世もまだ捨てたものではない」
「少年にも春が来てたようでござるし」
零式改と半十郎がほほ笑む。一刀も満足そうに黙して酒を飲む。一方のオルステッドは首を捻るばかりだったり。
外に出たコクリは、素振りをしていたコンルレラを見付けた。
「ど、どうしたの?」
「半十郎さんと話して、『それは恋だ』って‥‥」
木刀を置いて、そっぽを向いたままコンルレラは言った。
「キミを見ると、どうしてもいつもの自分じゃなくなって困ってたから、素振りをしてた」
そこまで言ったところで、コクリが俯いた。
「ボクだって‥‥ううん、じゃあボクは一体どうしたらいいの? ボクも素振りばっかりしてるしかないの?」
わんわん、派手に泣き始めた。実は先ほど、ククノチと恋愛談義をしていた。「縁」の不思議さを話したような気がする。
もう体に力が入らなかったのだろう、コンルレラが肩を抱くとコクリは背後に倒れ込んだ。コンルレラは意地で体を入れ替え、地面に自ら落ちる。
ふっと、甘い香りがした。
コクリの心配そうな顔があった。涙でくしゃくしゃだ。
「これは、恋なんだって」
コンルレラの言葉に、コクリが頷く。彼女も、ククノチに聞いた。
「どうやら僕は‥‥」
「好き」
もう、自分を支えることができなかったのだろう。コクリは短く言ってそのまま倒れ込んだ。――コンルレラの上に。
幸せの重みが体全体に。そして、唇と唇に。