海戦・人食い梶木
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:瀬川潮
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月31日〜08月05日
リプレイ公開日:2008年08月06日
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●オープニング
とある漁村が恐怖に凍っていた。
「出たぞぉ〜!」
海の静けさを破る悲鳴に近い叫び。
十二人乗りの船のへさきに座る男が恐れに顔をゆがめ振り返りながら水面を指差す。男以外の全乗員五人が立ち上がった。へさきの男が指し示す先を見る。
すると、進行方向やや左前方から、巨大な魚影が一つ近寄っていた。互いに近寄っているため相対速度は速い。
「野郎!」
左舷に座る二人のうち、前にいる屈強の男が手にした銛を投じた。
ざっぱぁん!
危険を感じたのか、魚影は身を水上に現し飛び跳ねることで銛の一撃を避けた。子どもの背丈くらいはあろうかという巨体が水面から浮いた。
その先端には、一本の刀剣を思わせるような立派な角が生えていた。
「人食いカジキじゃあ〜!」
人食い梶木は、その雄大な体を見せつけるかのように捻りながら、見事な放物線を描いて再び水中に消えた。それにしても偶然とは思えないような、ありえないほど見事な回避行動だった。
「どわあああ!」
船に衝撃が走った。
先の回避は、偶然ではなかった。いや、回避ではなかった。
飛んだカジキは銛を避けたのではなく、おとりとしてわざと巨体を晒したのだった。そのタイミングは乗組員にとっては最悪で、銛がきれいに外れたばかりか完全に右舷側の注意が留守になった。
つまり、乗組員は背中側となる右舷から、別のカジキの体当たりを受けたのだ。折りしも左舷側の一人が銛を投げたことにより船体が左に沈み込んで揺れていた最中。ゆらりと浮いた右舷をさらに押し上げる打撃となり、両舷二人ずつ計四人とへさきの水先、そして船尾の漕ぎ手の六人が海に投げ出された。
カジキは肉食である。波間にじわりと、赤い血が広がった。
塔のようにそそり立つ、一つの小さな岩島がある水域でのことだった。
「村の最大戦力である、決死隊が散ってしもうた」
漁村の顔役を集めた緊急会議で、村長が重々しく言った。
「奇跡的に助かった二人も、恐怖で臥せっておる」
別の者が痛々しく継いだ。
「もう後は神さんに祈るしかないの」
「ちょうど数日後に夏季例大祭で船神事がある。毎年、海上安全と豊漁祈願をしてから、神さんに御座船で物見遊山してもらう旅に出てもらっとるが‥‥」
「海があれでは毎年恒例の行事すらできん」
「まさか神さんを危険な場所に出すわけにもいかんし」
「さりとて、わしらじゃどうしようもない」
すでに対抗する手段がないと、集まった面々は腕組みしては唸る。
「‥‥冒険者に頼んでみるか?」
一人がつぶやく。
「しかし、船で大丈夫かいの」
「なぁに、操船と案内をわしらですりゃあええんじゃ。かたきを討ちたがっとる若い衆がおるんで、まかせりゃええ」
よし、と村長はひざを叩いた。
そうして、冒険者ギルドに依頼することとなった。とある漁村での話だ。
●リプレイ本文
●いざ出港
「どうして、まっすぐ沖に行かないのだ?」
漁村の港を出発した冒険者の船は、沿岸を航行していた。普段口数は少ないながら、魚が人を襲うなど世も末、など妙だと思うことはすぱっと口にするエセ・アンリィ(eb5757)が同乗する村人に聞いた。
「沖に帰っていく速い潮があるんで、それに乗るんじゃ」
船尾で櫂を操る男が言った。もっとも日々位置が変わるが、と続けた。
エセは、左舷最後部に座っていた。身長が高くメンバーの視界確保のための措置だ。なお、冒険者たちの配列は、右舷前からツバメ・クレメント(ec2526)、ステラ・デュナミス(eb2099)、ゼノヴィア・オレアリス(eb4800)。左舷前からは、黄桜喜八(eb5347)、綾織緋冬(ec5137)、エセ。冒険者たちの事前の情報収集を鑑みた結果の配置だった。
先に得られた情報は、襲ってくるカジキの数は二匹。過去実被害に遭った三件では、必ず右舷前方で陽動をしておいてから左舷側を襲ってくるという手はずが浮かび上がった。また、決死隊の件では遺体の漂着があり、検分で人体はあまり食い荒らされていなかったことから、人食いだと思われていたカジキは人を食うためではなく、ただ船を襲っていただけではないかとうわさされ始めていることが分かった。
ともかく、陽動・工作と先行作業が必要な二人が前に陣取り、右舷には遠距離攻撃要員が、左舷には接舷攻撃要員がついた。
漁民から網を借りた黄桜。錘をつけ海中に投じることで、カジキの行動を制限するつもりだ。当然、左舷側に用意する。
ステラは、敵少数を聞き積極姿勢。身長の問題もあり、ゼノヴィアの前に座った。
綾織は、左舷真ん中。性格上、居心地が悪そうではあるが、漁民から借りた銛をいじる手から使命への意気込みがにじむ。
「おっ。これじゃ」
舳先に座る村人が言うと、船が急に横に流れた。沖に帰る速い潮に当たったのだ。
「あとはあっという間だな」
船を流れに乗せた船尾の男が言う通り、船はぐんぐん沖へと流されていった。伴走する水馬のタダシと水神亀甲龍のオヤジも同じく潮の流れに乗った。
●海戦・人食い梶木
「では、行ってきます」
潮の勢いが弱まり、ぽつねんと塔のようにそそり立つ小さな岩島に近くなった時、そろそろ出番とツバメが飛び立った。囮になるつもりだ。
かなり先行し、岩島が大きく見え始めたころ、海面近くを泳ぐ一匹のカジキを発見した。
「見つけたようだな」
黄桜は、遠く飛ぶツバメの様子の変化から出番を感じ取った。エセに手伝ってもらい網を海中に投じると、伴走していた相棒のタダシとオヤジに合図し、自身も入水した。
一方のツバメ。
憤っていた。
カジキに存在を無視され、囮にも誘導にもなってなかったからだ。さらには、船を発見しそちらへ向かうカジキの泳ぐ速さについていくのがやっとという状況。カジキの狙いは人ではなく船ではないかという情報収集時のうわさを思い出しつつも、このまま引き下がれないと必死に追う。
「僕を無視しないでください」
「サムライを愚弄するとは無礼千万!」
さすがシフールと言うべきだろう。緊張する場面でも口だけは陽気に回る。ちなみにツバメ、侍ではない。
「かくなる上は介錯の太刀、神妙に受けてもらいます!」
カジキが水面に出たところをみすまし、愛刀で侍の流れも汲むノルド流の技を繰り出す。が、手ごたえはあれど速度は衰えず。あくまで狙いは船らしい。
「いい仕事してるわね」
「まったく」
船上では、ステラとゼノヴィアがツバメの働きを評価していた。カジキを目視し続けなくとも上空を飛ぶツバメの速さで魔法のタイミングを合わせることができるからだ。
ザバンと飛び上がるカジキ。事前情報どおりの位置で、当てるのはたやすかった。見事な弓ぞりで弧を描くカジキに、水球と黒い光が炸裂した。ともに高速詠唱で繰り出した、ステラのウォーターボムとゼノヴィアのディストロイだ。
カジキは再び水中に没するも、力なく漂ったあと、弱弱しく泳ぎ始めた
この後とんでもない事態になるが、それはさておき左舷。時はわずかだけさかのぼる。
右舷前方にカジキ接近の報で、事前情報に従い綾織とエセは左舷哨戒に集中した。
結果、左舷後方から近付くカジキを発見。綾織は銛を投じようとしたが、前にいるエセの様子を見て、断念した。
エセは、手にした名剣『ベイエルラント』を握り船体への攻撃とともに迎撃する構え。レオン流の臨機応変の技に迷いはない。剣を持つ者の鏡のような姿に、綾織は銛を手放し構え直した。体に染み付いた夢想流抜刀術だ。右舷側では魔法の高速詠唱が始まっている。
左舷側のカジキは、船体に対して直角に迫らず、角度をつけて体当たりをしてきた。右舷で迎撃戦闘をした直後の船が揺らぐ。
同時に、エセによる重い一撃がカジキを襲った。綾織の日本刀も鞘走る。
カジキは体全体で船体を弾くとそのまま離脱するような動きだったが、思わぬ痛撃に身をよじった。結果、鋭い角が網にかかる事態に。カジキは暴れに暴れ、船は揺れまくった。
敵味方ともまったく予測しない事態でこの後、船上水面海中で大騒ぎとなり、明確に顛末を覚えている者はいなかった。
●決着と落ちた者
結局、網にかかって暴れるカジキは水中に潜んだ黄桜が槍で数度攻撃することで完全に息の根を止めた。船はこの世の終わりもかくやの揺れをみせたが、網を外す時間と止めを刺す時間の短い方を選んだ結果で、戦いとしては短期決着の決め手になったとも言える。
右舷を襲い魔法で痛手を負ったカジキは、すでに潜る力もなくタダシとツバメの追撃で死亡。左舷側からの衝撃により魔法詠唱直後で無防備となっていたステラが海に落ちていたため、二匹とも早期に死んだのは冒険者らにとって幸運だった。なお、ゼノヴィアは櫂を手繰る村人がとっさに彼女を助けたため、転落を免れた。左舷側の男二人も攻撃後バランスを失うが、立ち位置から尻餅だけで済んだ。
「ひとまず、終わったのね」
助けられたオヤジの甲羅の上に、床から身を上げた直後のように胸から上を載せたステラがつぶやいた。ぬれた髪、わずかに乱れた襟元などが色っぽい。船の上、ほかの仲間たちもようやく周りを見回し状況を把握して安堵していたところだ。黄桜が海中から顔を出し、ツバメが船に戻ってきたところでもある。
「エセも言ってたけど、なんか不自然よ」
「ホント。もしかしたら、海神を怒らせた報復じゃないのかしら?」
船上に集結してから、ステラとゼノヴィアが愚痴った。
「わしらは、別に海の神さんを怒らせたつもりはないが」
「この上って、どうなっているのですか?」
船尾の村人の声と、岩島を見上げるツバメの声が被った。戦闘後冒険者らは、ひとまず船を岩島近くに寄せていた。
「ああ。上には海上安全を祈念した祠があるだけじゃ。あんたが喜びそうなもんはないよ」
舳先の男がこたえた。
「へえええ。祠ですかぁ」
「シフールには、喜びそうなもんだったな」
ふらふらと興味をそそられ飛んでいくツバメを見上げながら、黄桜がオチをつけた。咥えて楽しい、口のなぐさみになるものがなく少々手持ち無沙汰で、人とは違う行動が大好きな彼としても行きたかったが、空は飛べないので仕方がない。
「オイラにとっても喜びそうなもんだけど」
と付け加えるだけにとどめた。ちなみに、綾織もツバメをしみじみと見上げているが、彼の場合はただ空を見上げるのが好きなだけだ。
「あの〜」
しばらくして、ツバメが帰ってきた。
「たぶん御神体だと思うんですけど、祠の中で傾いてましたよ。確かカジキが出るのってこの海域だけでしたよね。まさかとは思いますが‥‥」
「ほうらごらんなさい。海神を怒らせた報復じゃない」
ツバメの言葉にゼノヴィアが勢いづく。
村人二人はあわてて岩島をよじ登った後、ばつが悪そうに戻ってくるのだった。そういえばカジキが出るようになる前、風が荒れた日が多かったとか何とか口々につぶやいている。
「まあ、きっとこれでカジキはいなくなるな。本当にありがとう」
舳先で水先を担当していた村人はにこっと笑った。役目上か、ひたすら前向きだった。
なお、その晩はエセの言葉で回収していたカジキ一匹を肴に酒宴兼戦勝会がにぎやかに開かれた。赤らむ黄桜の頬、「かぁーっ」と満足そうにちょこを置くエセ、ふらっと興味深そうに台所に向かう綾織、何かと話を振られるもてもての女性陣。祭が早まったかと勘違いするほどの盛り上がりを見せたという。
●船神事
翌日、冒険者たちは念のためにもう一度出撃したが、カジキは出なかった。
「本当にありがとうございました。これで安心です」
原因が原因であるためか、村人たちは冒険者らに何度も感謝した。
「今までまめにあの祠の世話をしていた爺さんがいたのですが、今年に入って亡くなったので」
というのが根本原因と言えそうだ。なお、念のためにステラが不審人物の線で警戒したが、特におかしなことはなかった。
それでもとりあえず、冒険者たちは船神事の護衛を務めた。
海岸にある神社の御神体を神輿に乗せて、豪華に飾った御座船まで運ぶと沖に出航。笙やひちりきといった、ゆるやかで尾を引く雅楽の調べは奥行きがあり、自然や時の雄大さを聴く者に感じさせた。
護衛役の冒険者らも、哨戒しながらではあるが心をほぐし、へえ、ふ〜ん、ほぉなど感心しきり。望郷のまなざしを遠くに投げる者もいた。思うは異国のふるさとか、傍らにはいない兄弟か。
御座船は岩島で三回転し、岐路へと着いた。神様の外遊旅行を模した神事も、終わりが近い。
向かう先には、近くに浜や村、遠くは山に森が広く広く待ち受けている。
「次は、どこへ流れるかな‥‥」
暮れゆく空を見上げながら、いつもの癖で綾織がつぶやく。
岐路の流れは、緩やかで平穏だった。