奇岩浜の生贄

■ショートシナリオ&プロモート


担当:瀬川潮

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 40 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月03日〜08月09日

リプレイ公開日:2008年08月11日

●オープニング

 未曾有の事態だった。
 とある漁村で、漁に出ても漁に出ても、魚が獲れないし、釣れないのだ。網を張ろうがなぜか掛かる数は少なく、岩場に貝類の数も少ない。取れたとしても、いずれも育ちが悪く、満足行くには程遠い漁獲高だった。
「このままじゃあかんわい」
 長引き出口の見えない不漁続きの日々に堪えかねた漁民等は、封印していた最終手段をとった。
 つまり、神への生贄だ。
 その漁村の近くには、奇岩浜と呼ばれる場所がある。海に張り出した岩場の向こうにあるため、村から直接視認はできず、近寄る人もない。
 その場所は、陸は絶壁に囲まれた砂浜で、立ち入る手段は崖の上から縄を使って下りるしかない。海からは、長年の波風による蝕で奇妙な形でそそり立つ大小の岩々に阻まれている。岩の隙間は船が通るに十分な幅があるが、海底は深い場所や浅い場所がめまぐるしく変化し、慣れた者でも目視しながら注意に注意を重ねないと暗礁に乗り上げるほどの難所だ。
 神は、奇岩浜にいる。正体は、幅七尺(約2m)はあろうかという、巨大蟹だった。片方のはさみは特に大きく、三尺(約1m)はあった。通り掛かる漁船からの目撃情報によると、人の身長ほどある流木を簡単にへし折った、大きな魚を食っていた、体は濃い赤色だった、いや桃色だった、など。村では数年大漁の年が続き魚を獲って獲って獲りまくったため、この辺りの海の神たる巨大蟹の取り分が減ってへそを曲げているのではないのかと思われているようだ。
「生贄さえ捧げれば、また今までのようになる。ひと安心じゃわい」
 村の顔役らはそう信じきるが、当然不服を抱くものはいるわけで。
「ふびんじゃ」
 生贄になる小さな娘の両親である。
 ただし、ふびんの声は他の村人に聞かれないよう、控え気味ではある。両親の立場は漁村では弱い。面と向かって反対すれば、それこそ両親がなぶり殺しに合い、娘は予定通りに生贄と最悪の事態に発展することを肌で感じているからだ。
 両親は、漁村から離れた内陸の村の親戚に助けを求めた。
「冒険者を雇って、さわらを救出するしかあるまい」
 親戚の結論である。生贄の娘、さわらを誰にも見つからないように助け出した後、親戚の村から京都の親族に預けてひっそりとそこで育てようというのだ。
「重要なのは、神さんの蟹に食われたように思わせること、よそ者が村近くにいたなど救出を疑われんような配慮じゃ」
 つまり、巨大蟹を倒さないこと、救出の計画が悟られないことが必要になってくる。親戚は計画として、冒険者は漁村に行く者は立ち寄ることのない宿場町に待機してから、生贄として捧げられる夕暮れに間に合うよう奇岩浜に行き、さわらを助けだした後すぐに親戚宅に預け宿泊し、翌朝日が昇る前から出立、遠回りして別の宿場町を経由し内陸部での用事がすんだ帰りを装いつつ元の宿場町に戻ってから京に帰着するという案を打ちたてた。
「冒険者らも必要最低限の装備で急がねばならん。さわらを運ぶためにウチの恒吉をつけよう。足は早いし、奇岩浜へ直行する裏道の案内もできるだろう。問題は‥‥」
 隠密行動をしつつ、敵を殺すことなく突入、救出、そして脱出しなくてはならない冒険者の負担の大きさだった。
「とにかく、恒吉に冒険者ギルドへ依頼してもらおう。さわらはすぐに京都入りさせるので、予定通りゆっくりと六日目朝に帰ってくる冒険者達を出迎えることもできるだろう。いっしょに一日遊んでやってもらえれば、心の傷も癒えるかもしれんしな。そのことも頼ませよう」
 こうして、恒吉は京へと上るのだった。

●今回の参加者

 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ec3981 琉 瑞香(31歳・♀・僧兵・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4154 元 馬祖(37歳・♀・ウィザード・パラ・華仙教大国)

●リプレイ本文

●忍耐の潜伏
「待つことも仕事の内とはいえ」
 元馬祖(ec4154)がぼやく。
 夕暮れどき、冒険者一行は奇岩浜に到着した。崖の上の森林地帯に隠れながら、生贄の少女さわらが連れてこられるのを待っている。
「‥‥こう待ってばかりというのも疲れます」
 元のぼやきに、琉瑞香(ec3981)が同調する。
 冒険者達は今日一日待ってばかりだったので、いらつくのも無理はない。沿岸部には行かず内陸部へ行くよう見せ掛けるために主要道の宿場町で待機するなど、本当に待ってばかりだったのだ。何もせず旅篭内にいるのも不審に思われるため、でこ人形芝居を見に行くなどしたものの、作戦前だったので心底楽しむには至らない。もっとも、昼食時に地元の人に話し掛けては山で仕事があると吹聴するなど、偽装工作には余念がなかった。
「しかし、思ったより明るいな」
 明王院浄炎(eb2373)が西の空を透かし見て言う。太陽は山々の隙間から最後の残照を放っているが、もうすぐ沈む。それでも、目視戦闘には十分すぎるほどの明るさがあった。
「暗くなってから船を奇岩浜に寄せるのは、村の慣れた者でも不可能ですから。このくらい明るくないと」
 恒吉が説明した。
「インフラビジョンは不用かもしれんぞ」
 明王院はベアータ・レジーネス(eb1422)を振り返って言った。ベアータが全員にインフラビジョンを掛ける予定だったのだ。
 ベアータは、手持ち無沙汰に小枝を拾っては手近な石を小さく叩いていた。昼に観たでこ人形芝居の三味線の曲調を真似ているのだ。楽器演奏に秀でる彼らしい暇のつぶし方だ。
「分かった。念のために自分にだけには掛けておくが」
「私は、自分で掛けておくよ」
「来ました。船です」
 元が同調したところで、琉が静かに報告した。波間に林立する奇岩の隙間から、船二隻が浜に近寄っていた。
 すでに桃色の巨大蟹は目視発見して、浜の端の岩の間にいることを確認している。
 役者が、舞台に勢ぞろいした。

●突入、奇岩浜
 やがて一隻が浜に乗り上げた。さわらは、縄で縛られ横たわっている。櫂を手繰っていた村人は急いで手斧に持ち変え船の底を抜き始めた。浜の端では、巨大蟹がぴくりと動き始めている。
 冒険者達は、ベアータと元がフライングブルームに魔力を送り、壁面降下組がロープを木にくくり始めた。特に明王院はしんがりを受け持つこともあり、二ヵ所に用意する周到ぶりを見せる。蟹に近い位置の一本は、ベアータが自身の降下とともに下ろすことになっている。
「動いた! 蟹が岩から出ましたよ」
 恒吉が、魔法などの準備をしている冒険者達に報告した。船の村人達は、ようやく一隻に集まって離脱をしようとしている所だった。ベアータのブレスセンサーでは、ほかに人はいない。
 しかし、動くに動けない。
 ここでも冒険者達は待つことが仕事となった。
 さわらのいる船までの距離を縮める巨大蟹。船の村人二人の内一人は、しつこく浜の方を見ている。突入するにも突入できない状況なのだ。
「‥‥もう待てない」
 元がしびれを切らし、フライングブルームで突入した。インビジブルリングで不可視になった状態で、予定の順序は狂ったが周到な準備が奏効した好判断だった。
 ここで、さわらに幸運が訪れる。
 眠らされたさわらが横たわる船に、巨大蟹は目もくれなかったのだ。ひたすら、離脱しようとする村人を追う。
「もう大丈夫」
 呼気感知で村人の逃げた距離を探っていたベアータから突入の合図が発せられた。琉はベアータから借りたフライングブルームで急ぎ、ベアータはリトルフライで降下する。特筆すべきは、明王院だ。とんとんするすると実に早い。壁登りの能力の高さがうかがわれる。
 浜に立った冒険者等は、違和感を覚えた。特に、音だ。
 奇岩浜は、いわば壁に囲まれた密室。音が内に響くようで、細波もざざんと大きく聞こえる。冒険者達は意識せずとも、昼間のでこ人形芝居の音楽が耳に蘇っていた。ちょうど浜辺の場面もあり、波の音と三味線が印象的だったのだ。べんべんべん‥‥と早い三味線の幻聴が彼らを急かす。
 船を追った巨大蟹は、結局船には追いつけずに戻ってきた。リングを外した元と目が合い、彼女の誘いでさわらの船から離れた。
 ざざざっと砂をける元だったが、あっと言う間に巨大蟹に追いつかれた。もっともこれは計算の内で、見事、十二形意拳の奥義の一たる羊守防を駆使した専守防衛の遅滞戦闘に敵を巻き込んだ。
 しばらくすると、琉、明王院、ベアータが到着。元は現場を彼らにまかせ、浜に乗り上げた船を目指す恒吉を追った。
 しかし、ここで冒険者達は予想しない事態に直面することとなった。

●思わぬ敵影
 作戦に見事にはまったと誰もが思った瞬間、それは恐ろしい速度で接近していた。
 最初に気付いたのは、索敵の余裕があった元と恒吉だった。
「蟹がもう一匹います!」
 恒吉の声に、残る三人もでこ人形のようにぐりんと振り返った。
 八本足をちゃかちゃか動かしながら、濃い赤色の巨大蟹が肉薄していたのだ。
「ここは俺にまかせろ!」
 すべてを守りし牙とならんとばかりに、明王院が琉とベアータを振り返った。これしかない用兵だが、戦力の分散はしかし、新たな蟹を止める壁役がいないという問題点もはらむ。救助の遅延を考えると、もう元は動かせない。
「やるしかないでしょう」
 ベアータの中性的な顔立ちが決意に引き締まる。琉のコアギュレイトが決め手となるなら、壁役は彼しかいない。確実な足止めのためには、物理防御が一番効果的だ。ヘルメスの杖をしっかり握り、走り始めた。琉は、どちらの蟹からコアギュレイトで動きを止めるか迷った。結局、盾などで遅滞戦闘に専念する明王院の鬼気迫る姿を見て、こちらは大丈夫だと判断。ベアータの後を追った。
 一方の恒吉と元。さわらのもとに到着した。
 村人が残した手斧を利用しさわらを縛る縄を切ると、元が手早く服を脱がせ、あらかじめ用意しておいた明王院の娘の服を着せた。そして背負うと恒吉に手伝ってもらい、落ちないよう固定した。そのままフライングブルームに乗る。ちなみに奇岩浜。形状が形状だけに風が巻いている。元は慎重に浮きあがると、そのまま戦線離脱にかかった。さわらを背負っている分、来た時とは難易度が違うがさすがは軽業師。無事に崖上に到達した。
 恒吉は、さわらの服を手に明王院のもとに走った。生贄になったという偽装工作をするためだ。
 そしてベアータ。
 普段は担当することのない直接戦闘に果敢に身を投じる。
 結果、ハサミの大きさを生かした手痛い一撃を食らうこととなった。名誉の負傷である。
「お見事です、ベアータさん」
 琉は、じっくりと詠唱した後、賞賛の声とともにコアギュレイトの魔法を放った。蟹の動きが止まる。
 明王院は、奮闘していた。巨大蟹を確実に足止めしている。恒吉からさわらの服を受け取ると、盾の表面に晒しわざとずたずたにしてはさみなどに絡ませるようにした。
「だんな、潮時ですぜ」
 恒吉の声に、明王院は振り返った。琉とベアータは、後はフライングブルームで逃げればいいだけの状況になっている。が、ベアータが負傷した体をかばいながらも、逃げるのを拒んでいる。でこ人形芝居の場面が脳裏に蘇ったか、明王院はべべん、と三味線の音を聞いたような気がした。よく見ると、何やら巻物を取り出している。べべべん。
 それと理解した明王院は、ベアータの方に逃げた。蟹もついてくる。
 ベアータは十分引きつけてから、アグラベイションを蟹に掛けた。とたんに蟹の動きが遅くなる。
 琉はすぐにベアータをフライングブルームに乗せ離脱した。崖の上につくと、琉はすぐにリカバーで治療。ベアータの傷は問題ない状態に落ちついた。
 明王院は、作戦前は最後に離脱する難しさに若干思案を巡らせていたが、実際にはほぼ問題はなかった。アグラベイションがかなり奏効していたのだ。自身の壁登りの能力の高さもあり、大きな怪我もなく壁を登りきった。
「大成功です」
 救出作戦の成功に、恒吉は賛辞を惜しまなかった。

●生贄になるということ
 その後、かねてよりの手はず通り、恒吉の主人が待つ内陸の村を目指した。特に障害もなく到着。さわらを保護してもらい一夜を過ごした。
 翌未明、冒険者四人のみで村を出発する。さわらの親族がいる村に、普段見慣れない冒険者がいるといううわさを立てるわけにはいかないからだ。
 もとの旅篭には、直接戻らない。内陸部で仕事をしたという嘘を吐いているので、一夜で戻るわけには行かないのだ。恒吉の主人の付けで別の宿場町で一夜を過ごしてから、もとの旅篭に戻り一泊。そして京都へと帰った。
 恒吉とは、約束通り冒険者ギルドで再会した。彼らは一直線に京都に向かったため、すでにこちらでの保護先への手はずなども、当初の予定通り完了していた。なお、恒吉の主人は同席していない。さわらの法事に出席しているのだ。
「ほら、さわらちゃん。このおじちゃんやお姉さんたちが助けてくれたんだよ」
 恒吉は、さわらに礼を言うよう促す。ちなみに、ベアータが『おじちゃん』と『お姉さん』のどちらに入れられたのかは、恒吉のみぞ知る。
「ありがとうございました」
 さわらは、小さい娘だ。見掛け通りの小さな声で礼を言ってから、涙を流した。
「私、死ななくちゃいけないんじゃなかったの? 私が死なないと、お父ちゃんもお母ちゃんも殺されちゃうんじゃないの」
「大丈夫です。死ななくてはならないという人は、世の中に一人もいないんです。あなたは、生きていていいんですよ」
 助かったものの心に大きな傷を負ってしまったさわらに、僧侶である琉が優しく言った。
 さわらは涙を抑えながら、何度もうなずくのだった。