天女伝説失踪事件

■ショートシナリオ&プロモート


担当:瀬川潮

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月13日〜08月18日

リプレイ公開日:2008年08月18日

●オープニング

「ほお。『天女伝説』ですか」
 とある冒険者三人組がある村に立ち寄ったとき、そんな話を聞いた。
「この絵の通りの美人なら、ぜひとも一回拝みたいもんだねぇ」
 村人と話をするキザ男の横で、無骨一辺倒の男がニヤニヤしながら不精ひげをなでる。さらにその横では、小さな丸顔女が話そっちのけでむしゃむしゃと焼き魚をがっついている。ちなみに『この絵』とは、村人宅の居間にあった掛軸の絵だった。女性らしい滑らかな腰つきと長い黒髪、振り向き加減の襟からこぼれる白いうなじがまぶしく、優しそうな目尻に泣きぼくろが見る者に圧倒的な印象を与えた。身に遊ばせた薄い羽衣が、また神秘的だった。全体的に淡い筆致であるにもかかわらず、目の端、手の先などははっきりと色づけされ強調されている。
「村が苦難の時には必ず戻ってきてくれて、救ってくれると伝わっています」
 不精ひげは「ぜひ苦難になって救ってもらいたいもんだねぇ」とぼそり。丸顔女は次の焼き魚をむしゃむしゃむしゃむしゃ。
「少しは静かにしなさい!」
 さすがに一喝するキザ男。村人はまあまあとたしなめる。
「‥‥その天女なんですがね」
 村人は改めて続けた。
「村の若衆の一人が、山奥でその姿を見た、と。彼の仲間は、そんなはずはあるまいと言って馬鹿にする。‥‥が、先ほどそちらの方が『ぜひ救ってもらいたい』と言われたように」
 いきなり皆の視線を集めて不精ひげが「俺か?」と目を丸める。
「若い者たちも所詮年頃の男。ひと目見てみたいが本音の様子で、『そこまでいうなら案内しろ』、『おう、ついて来い』というわけで、山奥に入っていったわけです」
「アホやな、そいつら」
 丸顔女が言い棄てた。ちなみに焼き魚はすべて食い終えている。
「今、村は苦難の時なんか?」
 彼女の言葉に村人は、「苦しいは苦しいですが、そこまででは」と首を振った。
「なら、天女が伝説通りやったとしても見れるわけないやん。大方、そいつらが失踪でもしてウチらに捜索して欲しいとかいうんやろ」
「あっはっは、話が早い」
 村人は図星だったようで、笑った。
「目撃場所周辺ってのは、どんなとこやねん。今と昔、洗いざらい話してや」
 彼は丸顔女の目の鋭さに気圧されながら、昔は小鬼がよく出ていた方角であったが何年か前からは見なくなったこと、村から遠く小鬼も出ていたことからあまり人は近寄らないこと、その方面には妖精が住んでいようかというほど奇麗で多彩な植物が生えている湿地帯があることなどを話した。
「失踪した、ちゅうんならどっかでくたばっとる可能性が高いな。沼にはまったか途中で谷底にでも滑落したか。小鬼が出たこともあるんなら、そいつらにやられたかもな」
「いえ、小鬼は近年まったく見なくなったのでその危険はないかと。それと、底なし沼ではないですよ」
「なら、小鬼がやられた何かに、やられたのかもな。どっちにせよ冒険者の仕事や」
 結論付ける丸顔女。一方、傍らで聞いていたキザ男は、彼女の論理展開に強引さを感じていたが、ここで彼女の真の目的に気付いた。
「おい。我々は別の依頼でこの先の村に向かっている最中だぞ」
「あんたは黙っとれ。‥‥そんなわけで、ウチらは助けてやれへん。その代わり、村で捜索隊を出して痛い目を見る前に冒険者ギルドに依頼するよう、助言した。いわば、痛い目を見るはずやった捜索隊の命の恩人や。命の恩人に礼をするのは、人の道理。‥‥そんなわけで、焼き魚三人前追加で勘弁してやる」
 村人は「は?」と聞き返す。
「ええから焼き魚や!」
 すいませんねこの人怒ると怖いからとかとりなすキザ男に、丸顔女より恐ろしい形相でたたずむ無精ひげ。村人は仕方なく、さらに焼き魚を無料で振舞うのだった。

 後日、冒険者ギルドにこの村から失踪した若者二人の捜索及び失踪原因の調査、加えて原因の除去の依頼が提出された。

●今回の参加者

 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3225 ジークリンデ・ケリン(23歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3759 鳳 令明(25歳・♂・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb5751 六条 桜華(39歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ec3984 九烏 飛鳥(38歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●伝説の真相
「それで『戻ってくる』なわけやね」
 冒険者達は村長宅にお世話になり、まずは腹ごしらえをしている。あらかた食べ終わったところで九烏飛鳥(ec3984)が天女伝説について聞くと、昔の大乱時に逃げ惑っていた村の先祖達の前に現れてこの地に導き開墾させたとのこと。けが人を治す不思議な能力があったりしたそうだ。村が苦境に陥った時にはまた戻って来ると言い残して羽衣をまとい西の空に飛び去ったそうで、村の若者二人が失踪したのも西の方角だ。
「伝説が関係しているかもしれませんし、ただの行方不明かもしれませんね」
 ジークリンデ・ケリン(eb3225)がゆっくり言う。その横では鳳令明(eb3759)が腕を組んで唸っている。失踪そっちのけで伝説の天女の正体に思いを巡らせていたりする。
「君子危うきに近寄らず、だっけ? 身にしみるねぇ」
 斜に構え長楊枝をくわえ揺らしながら六条桜華(eb5751)が、にやり。
「好奇心、ってのはおさえられんもんさね。特に若いうちは」
 そう続けて、『ただの行方不明』の検討へと誘導した。
「ほかに天女を見たとか失踪したんは二人以外おらんの?」
 飛鳥が桜華の後を継いで聞いた。
「いえ、ほかにはまったく。失踪したと思われる湿地帯の方にはほとんど村人は近付きませんし」
 村長の言葉に、賢いね、といわんばかりに桜華が微笑した。
「お二人とも天女と一緒にいたくて戻ってこないのであればいいのですが」
 大宗院鳴(ea1569)が口にする。飛鳥は「んなわけあるかい」と突っ込もうとしたが、「そういえば」と村長に向き直った。
 冒険者達は、まだ天女の絵を見ていないのだ。
「前の冒険者さんたちが食事処で見た絵とは違いますが、同じ作者ですので姿は一緒です」
 村長はそう言いながら、掛軸を出してきた。美しい女性が絹本着色の技法で淡く描かれている。冒険者に見せながらも、村長は自分も見てその優美な姿に頬を緩めた。
「人間っておもしろ〜。すぐに鼻の下のばすんじゃもんな〜」
 令明は頭の後ろで手を組み堂々と言い放つが、シフール語なので問題はなかった。
「作者が一緒、ですか」
 ジークリンデが聞きとがめた。
 この後、この作者が天女伝説に惚れ込み多数の天女の絵を村に残していること、天女の姿は『美しく羽衣をまとっていたこと』のみしか確実には伝わってないことが判明。もちろん、絵の作者は伝説より後世の人物で、伝聞のみの想像で絵を描いたらしい。失踪した若者達は、この絵の天女にそっくりだったと言い合っていたらしい。
「何か不思議ですね」
 鳴は首を傾げた。残りの四人もそれぞれ違和感を抱いた。

●湿地の捜索
 翌日、捜索を開始した。
 冒険者達は事前調査で、悪魔や魔物が天女に姿を変えている、もしくは植物系の魔物が幻を見せているのではないのか、の二点を事件の真相に絞った。とはいえ、判断材料不足であらゆる事態を想定している。
 それぞれ各種戦闘手段を準備している中、令明だけは昨日と変わらない外見装備でふよふよ浮いていた。
「男は常在戦場なのじゃ」
 令明は最低限の装備をそう説明して胸を張る。あまりの装備品の多さに整理が追いつかず出発時点で携帯品以外を置いてきたというのが真相だが。
 ジークリンデは、気力がみなぎっていた。というか、肌の艶が昨日より良く色っぽい。「ははあ」と桜華はくわえた長楊枝を立てた。フレイムエリベイションの魔法効果だ。桜華も湿地帯に到着してから使うつもりなので、「妥当だな」と内心うなずく。もっとも桜華自身、魔法を使わずとも表情が明るく機嫌が良い。言葉にはしないが「やはり、森の方が落ち付くな‥‥」といったところだ。
 結局道中、変わった様子は見て取れなかった。
「では」
 湿原に到着するとジークリンデは、案内と二人の検分役についてきた村の若い衆を振り向いた。若者は被害者の衣類を差し出す。彼女はペットのフロストウルフに臭いを嗅がせた。
「よっしゃ。小烏丸も頼むで」
 飛鳥もペットの犬に臭いを嗅がせた。
 鳴は、足跡を中心に探しながら持参した悪魔探知のアイテムにも注意を払う。
 令明は、空から。インタプリティングと、泥棒をやっている抜け目なさで異変を探る。
 桜華は、インフラビジョンによる赤外線探知を担当した。鳴と同じく、索敵の役も兼ねる。
 村人が五人の手際に感心していると、やがてフロストウルフと小烏丸が歩みを止め主人を見た。鬱蒼と潅木が茂っている場所だ。
「ああ、なるほど。道がないように見えるけど‥‥」
 森林での経験が高い桜華が納得してかがむ。
「実は道があるのじゃ」
 寄ってきた令明もそれと理解し言葉を継ぐ。
 桜華が枝を寄せると、奥に潅木のトンネルが現れた。
「わりと狭いね」
 屈んで通りながら彼女は言う。トンネルを抜けると獣道が木々をぬって奥に続いていた。
 そして歩を進めた冒険者達は、見た。
 見たのだ!

●今、蘇る天女伝説
 そこは、木々が被うように重なり日陰となっていた。蝉や小鳥は近付かないのか、先ほどまでうるさかった鳴き声やさえずりは世界が違うように遠くなった。
 そんな凛とした薄暗闇の世界に、一条の光が斜めに差し込んでいる。
 明かりの中、木の葉が舞い落ちた。
 すっと、白い手が差し伸べられ木の葉をすくう。
 そう、美しい女性が静かに立っていたのだ。
 一羽の小鳥が、彼女に近付く。
 彼女は、泣きぼくろのある目尻を優しく下げると、すくった木の葉を差し出す。小鳥はそれをくちばしでつまむと、どこかへ飛び去った。見送る眼差しは慈愛に満ち、つま先立ちする姿は浮いているかのようだ。肩と腕にまとわせた羽衣がふわふわ浮き、神秘的な雰囲気を醸している。
 まさに、天女だった。村の掛軸にある天女がまさにこの世に現れたほど、瓜二つだった。
「ああ‥‥」
 感極まった村人が、思わず近寄ろうと歩を進める。
「本当に綺麗な方ですね。ですが事件解決のため負けてられません」
 天女の手の動きを踊りと取ったか、鳴が負けじと神楽――巫女舞を優雅にひとくさり踊った。ちなみに、誰も突っ込まない。場合が場合だ。
 天女は彼らに気付いたようで、にっこりと微笑んだ。村人が本格的に近寄ろうとする。令明も釣られて近寄ろうとした。
「危険です」
 ジークリンデが叫び、桜華が村人の逆手を取った。
「うわっ!」
 村人は突然、前に出した腕に痛みを覚え尻餅をついた。
 すでに目の前に天女の姿はなく、それよりずっと近い場所に人の身長より遥かに高い大型植物がそびえていた。二枚貝のように開閉する肥大した頭頂部に太い茎。さらに自在にうごめき回る触手のようなつたが舞っている。触手は刺だらけだ。
「痺れてる、痺れてる」
 村人は下がりながら持参していた薬を飲んだ。腕には刺にやられた傷がある。
「植物の方でしたか」
 悔しそうにジークリンデは言う。天女の出現を心のどこかで待っていたため、非現実的な光景もすぐに幻と看破できなかったからだ。それでも、冒険者の中で一番最初に気付いたのだが。
「ですが、それなら話は早‥‥」
「待ってや」
「おいおい」
 マグナブローで一気に終わらせようとしたジークリンデを、飛鳥と桜華が止めた。
「巻き込みは堪忍や」
「場所が場所。火事は勘弁しとくれ」
 もちろんジークリンデとしても配慮するつもりだったが、ここは仲間を立てた。

●謎はすべて解けた! のか?
 結局、幻を使う『幻惑華』(のち、モンスター知識の高いジークリンデが思い出す)は、四人が相手をした。飛鳥がプラントスレイヤー付き木枯らしとラムナックルで陸奥流の真骨頂を見せつつ敵の攻撃限界距離に見当を付けると、範囲外から桜華の縄ひょうが開閉する二枚葉を狙う。鳴は、「直接二人の行方を尋ねたかったなぁ」などと思いつつもライトニングサンダーボルトを見舞う。令明は敵射程際で奮戦。敵が弱ったと見るや猪突拳で「アチョ〜」と突貫し駄目を押した。
 ジークリンデは、悪魔が潜んでいる可能性を考慮して警戒に当たった。
 そして戦闘は、無事に終わった。
 倒れた幻惑華の近くには、砕かれた白骨などさまざまなものが散乱していた。
「これは、あの二人のじゃ」
 検分役の村人が落ちていたナタなどを拾って言う。
「金目のものはなし。残念じゃ〜」
「ま、食ってたのは動物か小鬼ってことやけんな」
 しぶい表情の令明と、合掌して死者を弔う飛鳥。
「あら」
 目端の利く鳴が、木製の丸い棒を見つけた。何かの軸のようで、焼き印もある。

「こ、これは先生のじゃ」
 村に帰って木製の軸を村長に見せると、目の色が変わった。
「間違いない。私が子どものころ突然いなくなった絵の先生の筆に違いない」
 絵の先生、とはほかでもない。天女の掛軸の絵を描き多数村に作品を残した人物だ。
「結局、伝説は直接関係なかったってことか」
 昼食を食べながら桜華がひょうひょうと言った。
「伝説から新たに生まれた悲劇、というところでしょうか」
 ジークリンデが無難なところに落した。
「失踪は絵の先生も入れて三人やったわけね。天女の幻の姿が絵とまったく一緒やったんは、あの植物が先生を食ったから。‥‥って、そんなわけあるんかい」
 一人で突っ込む飛鳥。
「そうに違いありません。先生の天女伝説に掛ける思いは、多くの村人記憶を呼び覚ましたのですから。植物の化け物が先生の体だけでなく思いや情熱も食べてしまったのでしょう。そうに違いないのです。あの先生もまた、伝説を形にした人物として伝説になるべきなんです」
 村長が熱く思いを語るのだった。

「あのぅ」
 余談だがこの時、鳴がにっこりと話の流れをぶった切った。
「ここで、焼き魚がたくさん食べられるとお聞きしたのですが」
 彼女としては、初日に言わなかっただけ遠慮しているのだ。
 しばらくのち、鳴がその場で伝説をつくることとなったのだが、これはまた別の話。