歪みの血筋

■ショートシナリオ


担当:雪端為成

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月23日

リプレイ公開日:2007年11月30日

●オープニング

 人は生まれる環境を選ぶことは出来ない。
 生まれ出でたときには、すでにその人生の出発点は決まっている。
 生まれながらの王族は王族であり、逆もまた然り。
 しかし、全てのものは流転し、失われるものである。
 そして、どんな状況においても、人は抗うことが出来る。
 たとえ生まれる場所は選べなくとも、どう生きるかは自ら決めることが出来るのだ。

 だが、生まれながらに才能と血筋に恵まれたものが、正しくその道を定めるとは限らない。
 一度生まれた歪みは年月を経るごとに、ひどくなるということも‥‥。

 キエフにて。
 ハーフエルフという血筋は、尊重されているのは事実である。
 生まれながらに優れた資質を持つというその特性が、その理由なのだろう。
 だが、その中には歪んでしまうものもいる。
 キエフの郊外に立つとある領主の別荘の敷地内にて、幽閉されている男。
 彼は、領主の家系に生まれたハーフエルフであった。
 生まれながらにして、人の上に立つ家系に生まれた彼も、もちろん未来の領主として教育されたのである。
 しかし、ある日両親は、彼らの息子がどこか歪んでいることに気がついた。
 ‥‥可愛がっていた小鳥が、なつかないので‥‥
 ‥‥両親が友となることを願って与えた犬を‥‥
 彼は、その手で殺してしまった。
 時折、覗き見えるのは激情と残虐性。
 なまじ、優れた素質があったからだろうか、彼は自分が世界の中心だと勘違いしたのかもしれない。
 やがて、その残虐性はエスカレートしていった。
 ある日、彼は領主居館の自室の窓から、領民へと矢を射掛けたのだ。
 血の気を失う教育係に、激昂する父親。
 当たらなかったから良いものの、当たったらどうするつもりだ、と憤る父親に対して。
「‥‥なぁんだ、はずれたんだ‥‥」
 彼は、そうつまらなさそうに呟いたという。

 彼は、すぐにキエフ郊外にある別宅に幽閉されることになる。
 幽閉とは言っても、その敷地内であれば彼は自由の身であった。
 わずかな身の回りの者とともに、ただただ静かにその余生を送れば、というのが親の願いだったのだろう。
 数年のうちは、ただ静かに年月が過ぎた。
 暴虐の青年貴族、グロフ家のツェザールは、このまま朽ちるかに思えた。

 だが、ここ数週間、彼の近くにあるものが姿を見せるようになった。
 どうやって取り入ったのかは分からないが、いつのまにか側近のように振舞うのは身なりの整った、壮年の男。
 しかし、その左目の上を走る醜い傷跡がその男の雰囲気を台無しにしていた。
 男の名は、ゲール。
 類は友を呼ぶのか、ゲールの手を借りて、再びツェザールの残虐性は燃え上がることとなったのである。


 キエフの冒険者ギルドに、届けられた依頼は、行方不明者の捜索。
 そして、その依頼には付記されていたことがあった。
 目撃証言によると、行方不明になったとある女性が最後にその姿を見られたのはとある馬車に乗り込むところだったとか。
 黒いフードをかぶった数名の男たちともにその馬車に乗り込む数名の女性。
 その中に、行方不明になった女性は居たという。
 そして、その馬車には、紋章の場所に覆いがかかっていたものの、強風でそれがはためいた時にそれが見えたのだという。
 その紋章は、剣に鎖の紋章であり、調べたところ、一番近い紋章はグロフ家のものだとか。

 こうして、冒険者への依頼が出された。
 依頼内容は、幾重不明者の発見と、無事に彼女らを保護すること。
 障害の多そうなこの依頼、果たしてどういった物語をつむぐのか‥‥。

 さて、どうする?

●今回の参加者

 eb2292 ジェシュファ・フォース・ロッズ(17歳・♂・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 eb5618 エレノア・バーレン(39歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb5988 バル・メナクス(29歳・♂・ナイト・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb9276 張 源信(39歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●老人との談話
 吐く息も白いキエフの市街の小さな家、古びた瀟洒なその建物には数人の僕を伴った老人が住んでいた。
 彼こそが、前グロフ領主であり、依頼の重要人物であるツェザールの父親である。
 小さいとはいえ、元領主であった者が住むには少々手狭すぎるような小さな屋敷。
 それは、この老父の置かれている現状をはっきりと表しているようであった。
 そしてその屋敷の前にやってきたのは二人の冒険者であった。

 屋敷の中、老父の居室の戸を叩いたのは、老父に仕える青年であった。
 彼は、屋敷を訪れた二人の冒険者から手紙を預かったとつげ、手にした羊皮紙を渡す。
 そこに書かれているのは、短い文章。
『病気で、倉庫に閉じ込めている可愛い愛馬に、悪い虫がついた様です。病を未然に防ぐ為、参りました』
 これを読んだ年老いた前領主は、しばし目をつぶり物思いにふけってから、
「‥‥冒険者の方々を客人として迎え入れてくれ」
 と静かに部下に告げたのであった。

 小さな屋敷の応接間に通された二人の冒険者たち。
 その部屋の片隅ではぱちぱちと暖炉が火をあげ、ゆらゆらと部屋の中を影が揺れていた。
 古びては居るが、品の良い調度がそろえられたその部屋で、老いた前領主に対しているのはジェシュファ・フォース・ロッズ(eb2292)とエレノア・バーレン(eb5618)だ。
 ゆらゆらと暖炉の光が照り返すなか、静かに老人が口火を切った。
「‥‥わが愛馬が愛馬であったのは過去の話。今となっては種にも使えぬ、厄介者よ。盗みに手を染めるようではな」
 冒険者の知恵を試すかのように、静かに語りだした前領主。
 どうやらすでに息子が為したと思われる悪行に関しては知っているようだ。
 そしてその意はエレノアにも伝わったようであった。
「では、その馬を守っている柵に関しては?」
「‥‥見張りをするものといえども、時には気がゆるむときがあるだろう。今日は特に寒い、この酒を詰め所にもって行き、ねぎらってやるが良い」
 酒の入った容器とそこに添えられたのは手紙。
 おそらくその手紙を見せれば、屋敷の警護しつつ封鎖している部下が手を出さなくなるのだろう。
 しかし、冒険者にはいくつかの心配事もあった。
「じゃあ、僕らはこれ以上悪いことが起きないように、お馬さんを捕まえてくるよ」
 どこか無邪気にジェシュファが言う、しかし、その言葉に老人は言う。
「‥‥ああ、よろしく頼むよ。だが、これ以上は‥‥」
 その後の言葉は、誰の耳に届くでもなく静かに消えていったのである。

●屋敷の地図
 ツェザールの屋敷が立つのは郊外。
 それほど広い敷地ではないが、異彩を放っているのは屋敷の敷地をぐるりと囲む柵の存在だ。
 柵はしっかりと頑丈に作られている。それだけならば、これは外敵への備えと見えるだろう。
 しかし、その柵は内側に向かってねずみ返しがついているのであった。
 これならば外敵というよりは、逃亡者を防ぐかのように見える頑丈な柵。
 そして、その柵が見えるような位置の木陰で、寒さに耐えるようにして2人の冒険者がいた。
 屋敷の入り口と、その横にある小さな小屋が見える位置に座り込み静かに火を焚いて暖を取っているのはバル・メナクス(eb5988)と張源信(eb9276)。
 屋敷の近くで火を焚いていれば、注意されそうなものであるが、屋敷の正面を守る衛兵風の男たちは何も言わない。
 そんなことにもやはり不審を覚えつつ、2人の冒険者は今まで調べたことの検証をしていた。
「この屋敷内にとらわれているのは確実でしょうが、どこにとらわれているかが問題と‥‥」
 掌中の石に時折小刀を当てて、削りながらのんびりとバルが言えば
「一応話しに聞いたところでは、特殊な作りはしていないとのこと。やはり地下室かなにかが怪しいでしょうか」
 大きな背丈をぐっと伸ばして、屋敷の方をうかがいつつ、源信が静かに答える。
「どうでしょう? この季節となれば地下室はかなり冷える。生かしておくためには二階の一室という可能性も‥‥」
「このままでは分かりませんね。しかし、やはりこの厳重な警備と屋敷の周りの柵の様子を見れば見るほど、異常ですね」
 源信の言ももっとも。やはり何か恐ろしいものが逃げないようにという感じの厳重さである。
 そして、そんな彼らの前を通過して一台の馬車が行く。
 そこから詰め所を前にして降りたのは、ジェシュファとエレノアであった。
「お二方、前領主である父君の了承は得られました。これから見張りの方々は宴会を開くので、我々には気付かないそうですよ」
 エレノアがそういえば、ジェシュファが前領主から預かってきた酒と手紙を見せる。
 2人は、前領主の屋敷から、先ほどの青年の部下が操る馬車でこの場所まで一直線で来たようである。

 こうして、冒険者たちは、狙い通り狂気の貴族の屋敷に踏み込む大義名分を得たのである。
 彼らの目的は攫われた女性たちの奪還だ。いよいよ緊迫の潜入が始まるのであった。

●狂える貴族の末路
 本来であれば下働きなどとして潜入したいと思っていた冒険者も居たようであった。
 しかし、突然した働きの雇い口があるわけでもなし。
 さらに言えば、この屋敷で雇われているものの数は非常に少なく、さらにそこで働くものは全て父が手を回して集めた者たちであった。
 しかし、本来であれば人数が少ないはずのその屋敷に、今は不穏な人影があった。
 囚われとは言えども屋敷の主である、ツェザールの腹心とも言うべきゲールとその仲間たちだ。
 とはいってもゲールは身なり整った美丈夫だが、その仲間たちはおそらく都市に巣くうごろつきたちだろう。
 そして、その屋敷に近づく影が4つ。それは冒険者たちだ。
 どう見ても、荒れ放題の屋敷。警備もなにも無いのを見て取って正面突破の速攻勝負に出るようである。

「天よ、この困難に対し、救いの慈愛を注ぎたまえ」
 静かに祈りを呟いたのは源信である。その呟きのあとに屋敷の入り口の鍵を叩き壊し中に踏み込む一同。
「なんっ‥‥」
「ちょっと凍っててね」
 みなまで言わせず、入り口付近に居たごろつきを凍らせるジェシュファ。
 同時に踏み込んだ源信とバルも、武器を手にするすると先に進んでいく。
 ほとんど人影が無い上に、争いの音を聞いたためだろうか、一般の雇われ者たちは顔を出しもしない。
 そして、彼らは地下室、一階と部屋をしらみつぶしに探していくのであった。
 どうやら、そこには攫われた女性たちは居ないよう。
 二階に上がった一行は、その部屋の前に椅子を出してわざわざ見張りが居る部屋を見つけた。
「どうやらあそこのようですね」
「ああ、人質にとられる前に行かねばな」
 源信とバルは、見張りに立っている二人のごろつきの下に殺到した。
 バルが手にするのは、黄金に輝く魔法の剣。
 ごろつきが振り回すぼろぼろの小剣を剣で受けるとその豪腕をふるって大上段からの一撃!
 同時に源信ももう一方のごろつきに近づき長大な野太刀のスマッシュで見張りを切り倒すのだった。
 部屋の中には、怯えた表情でベッドに座り込んでいる数名の女性たちがいた。
 ジェシュファが僕たちは助けに来たんだといえば、安堵の表情を浮かべる女性たち。
「ここに居るので全員?」
 尋ねるエレノアに女性たちはこくんとうなずくのだった。

 残るは首魁のツェザールとゲールだけ。
 二階の逆の端にひときわ大きな執務室のような場所があり、そこに一行は踏み込む。
 どうやら、ゲールの部下のごろつきたちはもういないようで、そこに居たのはゲールとツェザールの2人だけであった。
 すでに騒ぎが起きているのには気付いていたのだろう、ツェザールは矢をぎりと構えて冒険者たちに狙いをつけていた。
 すぐさま源信とバルは、前に出て盾を翳し矢を防ぐ構え。
 そのまま冒険者とツェザールは対峙するのだったが、その場には不釣合いな動きをするものが居た。
 ゲールは、ゆっくりと窓に近寄ると大きく窓を開けたのである。
「ゲールっ! お前は何を‥‥この私を助けるのじゃないのか!」
 叫ぶツェザール、するとそれにたいしてゲールは。
「おや、坊ちゃん。下等な種族の力を借りないんじゃないでしたっけ?」
 あざ笑うかのように、その顔に浮かぶのは冷笑であった。
 その様子を見て、声を上げたのはエレノアだ。
「この様な所業許しがたいことです、貴方の目的はなんなのですか?」
 ゲールの不可解な行動に対してである。するとゲールは笑みを貼り付けたまま応える。
「ふん、ただ破滅するための手助けと同時に甘い汁を吸えるなんて最高の場所じゃないか」
 その言葉に愕然としている様子のツェザールであったが、矢の狙いはゆるまない。
 そしてゲールは窓枠に足をかけると。
「そして、沈み行く船から逃げるのも道理だよな。では、冒険者の諸君、さらばだ」
 ひらりと二階の窓から身を躍らせるゲール、その手にはスクロールが。
 ふわりとやわらかく着地するとそのままゲールは姿を消すのであった。
 そして残される冒険者とツェザール。
「‥‥そ、そこの女魔術師! お前も我と同じ選ばれた血族なら、分かるだろう? なぜ下等なやつらと付き合う必要があるのだ!」
 エレノアの外見から、ハーフエルフであることを見取ったのだろう。
 ツェザールは狂化したまま、つぎつぎに言葉を連ねる。
「エルフよりも人よりも優れた我らがやることに何故他の下等なもの達は口をだすのだ!」
 しかし、それを見る冒険者たちの視線は冷たかった。
「‥‥行った所業に対してはふさわしい罰を与えてもらいましょうか」
 エレノアからの拒絶の言葉。
 一瞬絶望の表情を浮かべたツェザールは、次の瞬間エレノアめがけて矢を放った!
 しかし、その矢は源信の翳した盾にはじかれる。
 続く矢も今度は、バルの翳した盾にそらされ床へとむなしく突き刺さる。
 そして次の瞬間、エレノアの放ったローリンググラビティが発動。
 ツェザールは天井と床に叩きつけられてうめき声を上げて失神した。
 縛り上げられて、老父の部下へと引き渡されるツェザール。
 悔しげに、この状況に手が出せないのは口惜しい、と呟くバルの言葉は皆の思いを代弁していたのだろう。
 だが、穏便に済ませたいとするようなジェシュファたちの意見もあり、このような処遇になったのだ。
 こうして、求められていた目的は解決した。

 この狂える貴族に関しては、冒険者たちは特に何か手を下すつもりは無かった。
 だが、結末はやってくる。
 後日、ツェザールの病死がひっそりと発表されたという。
 急病によるものである、と発表は為されたのだが、その真相は謎である。
 ただ、老父の屋敷に運ばれたツェザールはその日の内に倒れたのだという。
 枕元には銅の杯。酒を飲まないはずのツェザールは、杯を呷って死んだ。
 全てを知るのは、その老いた父だけであろう。

 だが、ともかく事件は幕を下ろしたのだった。
 傷面の男ゲールに関しては、再び冒険者が合間見えることがあるかもしれないが‥‥。