●リプレイ本文
●酒場にて
「やっぱりジャパンの着物はいいです!」
ぐっと可愛く拳を握って、気を引き締めているのは霧隠孤影(ea1010)だ。
彼女は今回の依頼を受けた冒険者の中で唯一のジャパン人。
そのため薄い桜色にさらに薄い桜の模様の柄が入った可愛らしい着物を自前で用意してきたのだった。
「この柄はサクラって言う木の花びらの模様なんですよ。僕はサクラが好きなのです」
ちょこんと酒場の椅子に腰掛けながら、なにやら話の輪の中心になっているようだ。
「やっぱりサクラは綺麗でいいです‥‥」
サクラが好きな様子の孤影は女性冒険者たちとのんびりおしゃべり、話題は自分の故郷のジャパンの話。
月道があるとは言え、やはり簡単に渡ることは出来ない異国の話に特に年若い冒険者たちは目を輝かせて聞き入るのだった。
にっこりと微笑むいかにもジャパン人然とした孤影の様子に、なにやら胸をときめかす人間も居たとかいないとか‥‥。
「みなさんも、着物が着たかったら『六右衛門の店』に行くといいです。よろしくお願いしますです」
ぺこりと頭を下げる孤影。しっかりと宣伝をする依頼の内容に抜かりは無い。
そして、宣伝の効果はなかなかのようであった。
一方同じ酒場で別の盛り上がりを見せる一角があった。
輪の中心に居るのはティイ・ミタンニ(ea2475)だ。こちらはどうやら男性冒険者が多いようである。
白い花があしらわれた赤い振袖に桃色の帯の着物は、ティイの真っ赤な髪の毛と相まって、なかなかに決まっている。
ただ、どうも胸元が苦しいようで襟が開き気味なのだが‥‥当人はあまり気にしていないようだ。
着物には似つかわしくないような賑やかな踊りを踊るティイ。裾を翻して華麗に踊るティイに周囲の男たちは鼻の下を伸ばしている。
それはもう、びろーんと‥‥。
「結構値は張るけど‥‥聖夜に恋人へのプレゼントにどう?」
きっちりと宣伝を忘れないティイだったが、値段を聞いて青い顔をしながらティイの着物を見つめる冒険者も見受けられた。
するとティイはふと思い出したかのように手を打ってこう言った。
「そうそう、そういえばジャパンには着物の女の子とする遊びがあるらしいのよ‥‥帯を引っ張ってぐるぐる回して脱がすらしいの♪」
にまっと笑顔を浮かべて、悪戯っぽく言うティイ。しかも純朴そうな客に。
「帯が痛むので、残念ながらあまり実演できないけど‥‥やって見る?」
とたんに騒がしくなる男衆。俺がやる、いや俺がやるとなぜか取っ組み合いの喧嘩に発展してしまう始末。
そんな騒がしい一角をティイは楽しげに笑いながら見やるのだった。
●港にて
聖夜祭の会場として盛り上がる港。
昼夜を問わず盛り上がるその場所を宣伝の場所として選ぶ冒険者ももちろんいた。
「これが着物ですか、普段の服とは違いますね」
依頼主に見立ててもらった着物を物珍しげに眺めながら呟くのはルーウィン・ルクレール(ea1364)。
特に宣伝の中身は考えていなかったようであるが、単に人並みの中を歩くだけでも目を引いているようであった。
着物は銀の髪に映える濃紺の着流し、上に明るい灰色の羽織を着てゆっくりと街を行く。
上品そうな外見と相まって、なかなか似合っているようである。
汚さないようにゆっくりと歩くルーウィンは、マイペースに宣伝をするのだった。
しゃなりしゃなりと歩いているのはセシリー・レイウイング(ea9286)である。
学者としての好奇心のせいか、彼女はまず六右衛門から着物についていろいろなことを聞いていたのだった。
内容は着物の種類から、着付けの作法。生地の違いと紋や模様の呼称や意味についてなど。
その後は希望の通り緑の生地に明るい黄色の花の柄の着物に明るい紺の帯を着付けて宣伝にでることした。
「わたくしの旦那様にも是非見せたいですわ」
呟きながらも、港に来ている購買層になりうるような良家の奥方を狙って声をかけるセシリー。
「奥様達これだけの生地でこのお値段とてもお買い得ですわ」
六右衛門から聞いた情報を使いながら、持ち前の商人としての話術を発揮して売り込んで行く。
「奥さんも着物姿になればきっと旦那様も惚れ直すと思いますわ」
夫婦にそう冗談めかして売り込むなど、なかなかの手際。
巧みな話術によって宣伝の効果は高いようであったが‥‥セシリーには残念なことがあるようだ。
「本当に持ち帰れないのは残念ですわ。わたくしのこの姿を見せれば旦那様も更に惚れ直すこと請け合いですのに」
機会があれば購入したいと、心に決めたセシリーであった。
●振袖美人?
「実は前々からキモノというものを着てみたいと思っていたんだ」
ジャパン文化に旺盛な好奇心を見せている青年はセレス・ハイゼンベルク(ea5884)。
さまざまな着物を見せてもらってご機嫌な様子。ただ、着付けてもらう着物を選ぶ時に‥‥。
「とても綺麗な色だな。これを借りてもいいか?」
手に取ったのは、綺麗な藤色の振袖、もちろん女性用である。
「‥‥それは女性のためのものでして‥‥」
しかし苦笑を浮かべる六右衛門に対してセレスはこう返答したのだった。
「そうなのか‥‥まあ、いいか。綺麗だしな♪」
こうして、細身の青年は振袖美人になることが決定したのである。
銀の髪は軽く結ってもらい、藤色の振袖に良くあう濃い目の灰色の帯をつけるセレス。
酒場では‥‥。
「せっかくの聖夜祭だ、恋人にプレゼントしてみてはどうだ? きっと喜ぶぞ」
ふんふんと頷く男性客は、セレスが男性だとは誰も思わない。ちょっと口調が男っぽいなぁと思っても、着物のインパクトは大きいようである。
「着物でデートと洒落込んでみるのも、なかなか新鮮で良いと思うな」
一緒にデートしてくれと訴えるような男の視線に気づかないセレス。まぁ、気づかない方が幸運なのだが。
街では‥‥。
「これからはジャパン流のお洒落が流行るらしいぞ?」
宣伝としては注目を集めていたので、なかなかの成果ではあるが、男が振袖を着るのが流行ってしまうかもしれない‥‥。
●街にて
「前々から興味があって、一度着てみたかったんです」
そう言いながら自身の着物姿を確かめているのはフィーナ・ウィンスレット(ea5556)だ。
六右衛門との相談の結果淡い薄紫の鹿の子絞りにモノトーン風に雪模様を配した落ち着いた振袖を着ることになったようだ。
銀の髪に映えるように濃い目の紫の帯を締め、冬らしい装いである。
宣伝の舞台は街中、予想通り着物姿のフィーナはなかなか注目を集めているようだ。
あまり人に話しかけるのが得意では無い彼女だが、今回は依頼のため積極的に声をかける。
「あの‥‥着物に興味ありますか?」
街の広場のお昼時、自分の着物に目を留めた女性たちに対して、話しかけて宣伝をする。
店の名前と着物のよさを伝えるのが仕事とばかりに堅実に宣伝をこなす。
「私が注目をあびれるかは分からないですけど‥‥着物の普及のため、出来るだけ頑張ってみないと」
そういって着々と宣伝をこなすフィーナなのだが、もちろん彼女に目を留めるのは女性ばかりではなかったのだった。
おかげで、清楚な振袖を着こなす彼女を一目見ようとする人もいたのだが‥‥最後までそれに気づかなかったフィーナであった。
そして、宣伝の合間に郊外のとあるお屋敷を尋ねる冒険者がいた。
以前の依頼で知り合ったとある貴族に宣伝をしようと考えたのはクラリッサ・シュフィール(ea1180)である。
そして、知り合いになった貴族の娘さんに話しかけるクラリッサ。
「お友達にジャパンの方がたくさんいますので着てみたかったんですよね〜」
藍色の着物が、白い肌と銀の髪に良く似合っているのを、フローラというなの少女は目を瞬かせてみている。
「あら、とても綺麗ですね。六右衛門のお店だったかしら? 私も着てみたいですわ」
嬉しそうに言うフローラに対して、こちらも嬉しそうに微笑むクラリッサ。
おもに貴族たちの邸宅が立ち並ぶ界隈を宣伝に歩いていたのだが、いかんせん人影が少ない。
知り合いのフローラ嬢を通じてならば、宣伝をするのはなかなかいい考えだったのだろう。
「ねぇクラリッサ。紫陽花柄の着物とかはあるのかしら?」
「分からないですけど、もしあったらきっと似合うと思います〜」
こうして冒険者たちはそれぞれの方法で着物の宣伝を果たしたのだった。
値段のために庶民に手の届く物ではないが、六右衛門の店の名はそれなりに知られるようになったようだ。
依頼は無事成功、いつの日か着物が手軽に手に入る日が来るのを願う冒険者たちであった。