●リプレイ本文
●それぞれの闇
冒険者たちが受けた依頼は、かつて道を同じくした者たちを追う依頼。
しかし、そこに容赦は無い。なぜなら、彼らは踏みとどまっているからだ。
だが、しかし。一度闇へと堕ちた者たちの世界は深く広い。
果たして、冒険者たちの腕は彼らの届くのだろうか‥‥。
彼らがまず行ったのは、それぞれの情報収集だ。
だが、一様に問題に突き当たった。それは情報へとなかなかたどり着けないことだ。
あくまで噂話程度ならば、すぐに聞くことができる。
しかしそれより深い情報がなかなか引っかかってこないのは‥‥
「ちっ、情報屋とかも口が硬ぇな‥‥ま、しかたねぇか」
「そうね。情報屋だって下手なこと漏らしたら殺されるかもしれないものね」
酒場やそういう場所を回っていた馬若飛(ec3237)の愚痴にルカ・インテリジェンス(eb5195)が応え。
そこにやってくるのはハロルド・ブックマン(ec3272)。
別口の情報を当たっていたようで、無言で差し出した羊皮紙の切れ端には住所が一つ。
「こいつぁ‥‥そうか、女の住所か。ジェスタールの足取りがつかめねぇのも道理だな」
「なるほど。まあ、賞金首ならそのほうが都合がいいのかもね。急いで向いましょう」
馬、ルカ、ハロルドの三人は彼らが追う賞金首、ジェスタールを担当しているのだ。
別行動をとって、どうやら幸運にも足取りを掴んだようで、さて、彼らの追跡はどうなるのだろうか。
そして、もう一方。他の冒険者たちも同じように情報収集をしていた。
「‥‥これ以上近づくのはまずいな」
酒場にて、あわてて用意したマントで豪華な装備を隠しながら言うのはディアルト・ヘレス(ea2181)。
「ふむ、足取りがつかめてもこれだけガードが固いとなると、やっぱり最初の狙いにしなくて正解か」
応えたのは、ひっそりとそのそばに立つゼファー・ハノーヴァー(ea0664)だ。
酒場で歌姫をしているという珍しい賞金首、シナータ。
さすがに表の顔があるからということで、追跡は容易であった。だが、問題が一つ。
「見えるだけで‥‥3人、いや4人は護衛がいるな」
ディアルトの言葉に対して頷くゼファー。とりあえずいくつかの情報は手に入ったものの、2人はそれ以上の深追いを諦めて、本来の狙いに絞ることにせざるを得なかったのだ。
「故買商、盗品市‥‥闇の市場を追うのはさすがに無理ですね」
ふぅとため息をついたのは雨宮零(ea9527)、彼は双子蛇と呼ばれる賞金首に関して単独で調べていたのだが。
犯行の手口として、スリープ以外にも幻影の魔法を多用するなどの情報は聞けた。
だが、商品のルートやその他に関してはさすがに1人で追いきることだ出来なかったようで。
とりあえずの時間切れ、本来の目的であった賞金首の医者への追跡の仕事に戻ることにしたようである。
そして、いよいよ予備的な情報収集は終わった。
次は、狙いを定めた賞金首へと迫るだけなのだが‥‥ここで注意しなければいけないことがある。
彼らは冒険者が予想した以上に臆病なのだ。
もし、貴方が冒険者から追われる立場になったらどうする?
自分より実力のあるだろう追跡者に常に狙われることになるのだ。
ならば、罠と防備は何重にも構えて待ちうけるに違いない。
さて、冒険者の作戦はどこまで通用するのだろうか。
●医者の闇
貧民街での聞き込み、これは非常に良い予想であった。
医者として、表向きには出来ない治療や、実験を行うような彼の場合、どうしても必要なものがある。
それは、拠点と実験対象だ。
その二つを満たすのは、貧民街、この予想には外れは無かった。
「表向きに医者にかかれないような裏稼業の奴ら相手には、たっぷり金を取り‥‥」
貧民街を歩くのはマクシーム・ボスホロフ(eb7876)。
「そして、金を持たない者は言葉巧みに治療を餌として、実験に使う‥‥と。下種だな」
聞き込みの狙いが上手くハマったのもあるだろう。凶医者の所在についてはすぐに知れた。
だが、練達の弓使いの彼から見ても、凶医者の警戒の度は尋常じゃないようで。
やっぱり接近して隙を見るしかないとの作戦になったようである。
「昨日は、私1人だったから警戒は少なかっただろうが‥‥なんとか隙を作るときに合わせてもらえねば、決死の作戦になってしまうな」
ラザフォード・サークレット(eb0655)は、ぼろぼろの衣装を身に纏っている。
彼は、昨日。すでに一度医者に会って、次は家族を見せる、と約束を取り付けた。
ウィザードの彼ゆえに警戒はされなかったようだが、今日は違う。
冒険者5名で取り押さえるために、護衛として零を。そして他の3名はタイミングを見て突入することになっていた。
場所は貧民街の外れ、石で作られた粗末な水路の脇に延々とごちゃごちゃした小屋が立ち並ぶ一角だ。
テントのような作りの家々は、おそらく冬が来れば持ちはしないだろう。そんな一角に医者の隠れ家はあった。
何重にも張り巡らされた幕や、狭苦しい路地に挟まれてどこまで続いてるのか分からない迷宮と化したゴミの山。
そんな印象である。
ローブで身を隠した三人が、なんとか駆けつける位置に待機して、零とラザフォードが中に踏み込む。
すると、そこには目標である凶医者ヴァ・ヴァがぬっと立っていた。
「ほぉぅ‥‥そちらが今日のお客さんかね?」
夕暮れの日の光も届かない小屋の中、ぼんやりと蝋燭の明かりに照らされるローブの男の声すら何処から聞こえてるのかわからず。
それに小屋の周りや扉代わりに吊り下げられたぼろ布の向こうにはどうやら護衛らしき気配もあり。
「ああ、そうだ。今日は家族を見てもらいたくて‥‥」
無手のラザフォードはそういって、隣に立つ零のことを示すが。
「‥‥それが病人かね? 病人にしては物騒なモノを持っているように見えるがねぇ‥‥」
ぐふぐふとのどの奥で笑うような声、しかし目の前のヴァ・ヴァはぴくりとも動かず。
しかし、すでにばれているのは必定。さすがに零の容姿を武装全てを偽装するには無理だったようだ。
そして、無言で戦いの火蓋は斬って落されるのだった。
後続の冒険者たちに向けての合図でありつつ、決定打となりうる一撃はラザフォード。
どやどやと小屋に踊りこんできた護衛たちを巻き込みつつの魔法は
「‥‥‥落ちろ‥‥!」
ローリンググラビティの高速詠唱は、近距離ながら効果を発揮し。
ヴァ・ヴァと護衛を巻き込んで天井に叩きつけ、小屋の材木すらかき回して吹き飛ばすが。
「‥‥くっ、アッシュエージェンシーかっ!」
零の呟き。どうやら、2人の前に立っていたのは灰で作られた偽者で、すぐ近くから本人は声だけを出していたようで。
そして次の瞬間。
「‥‥ふん、実験にも使えぬ賞金稼ぎどもは、灰になってしまえっ!!」
なんと、逃げつつもヴァ・ヴァはファイヤーボムを放ったのだった。
飛び来る火球、その眼前に走りこんできたのはディアルトだった。
盾を掲げて、さらに高速詠唱でホーリーフィールド。後続のゼファーとマクシームも一箇所に固まって。
はじける爆風。先のローリンググラビティで穴が開いた小屋の天井を吹き飛ばして、火の粉を散らし。
駆け抜ける熱風の中、かろうじて爆風を食らいつつも誰一人として倒れずに立つ5名の冒険者。
護衛たちは火に巻かれながらも、冒険者たちへと殺到し、狙うべき凶医者は姿を晦まそうと一目散に逃げていく。
だが、冒険者たちは諦めない。
「突破するぞ! 奴は逃がさん!!」
爆風でやぶれた擬装用のローブを脱ぎ捨てると、ディアルトの輝かしい装備が煌いて。
「外の護衛は、結構潰したんだがな。まだこれだけいるとは‥‥だが、おそるるに足らん」
縄ひょうを投げて、物陰にいた護衛の1人の腕を貫くと、それを追うように走りこんで小太刀一閃、崩れ落ちる敵に一瞥もくれず、走り抜けてヴァ・ヴァを追うのはゼファー。
敵の中でなにか怪しげな毒に光る矢を射ようとしていた護衛に音も無く近づくと居合い一閃したのは零。
「貴方たちがあの医者にどんな縁があるのかしりませんが、邪魔するならば‥‥闇路へのご案内仕ります」
そして、医者に向けてごちゃごちゃと積み重なる崩れ落ちた小屋の残骸や護衛たちめがけて放たれたのは
「援護を! 射線を作る‥‥グラビティーキャノン!!」
高威力で放たれた衝撃波、魔力で作られた重力の波は黒い帯となって、障害物を一直線に破砕して逃げる医者へと伸びて。
「よし、とらえた!!」
その期を逃さず、矢を番えていたマクシーム。二本の矢をまっすぐに医者へと狙って、弦音とともに矢が放たれて‥‥。
●剣士の闇
上級冒険者の持つ力量は高い。
故に選んではならない選択肢が見えてしまう、出来てしまう事に気付いてしまう事もある。
それでもそれを選択しない事は一つの強さ。
特異な力を持つ存在こそ、力の使い方は正しくあらねばならない。
そうでなければ、我々の存在自体が許されない事となるだろう ――ハロルド書記
本に書をしたためつつ、ブックマンたちも作戦行動に移っていた。
テレパシーでルカが伝心の能力を得て、それでブックマンと馬が協力しつつ動く。
その作戦でも待ち伏せに弱点は無いように思えたのだが。
「‥‥予想以上に警戒が高いわね。仕方ないわ、そろそろ仕掛けるわよ」
「了解だ」「‥‥了解」
ルカの音の無い言葉に、小さく呟く馬と小さく了解の意だけを伝えたブックマン。
時は深夜、いくつか場所を変えて、女の元や警戒の厳しい場末の宿をとる狂剣ジェスタールに隙がなかった。
単独で行動するがゆえに身軽なのか、なかなか隙が無いのだが、時間は限られていて。
いよいよ、彼ら三名は仕掛けることにした。
ジェスタールが外に出てくるタイミングをうかがい、どうやら女の元から場所を変えると思しきそのタイミングを狙って彼らは罠を張っていた。
路地を曲がって視界に入るジェスタール、軽装だがしっかりと装備をそろえ、いつもながら隙は無いのだが。
「‥‥イリュージョン!」
ルカの放つ眩惑の魔法、しかしジェスタールはそれに気付き抵抗した。
「っ! 失敗よ。どうも、オーラで防御されたみたいね。こうなれば直接捕らえるわ」
ルカの号令一過、距離をとりつつ馬とブックマンがジェスタールに狙いを定めた。
馬は縄ひょう、巻き取る必要があるとはいえ、まずは初弾! これはジェスタールが回避。
同時にブックマン、今度は必中の魔法攻撃、ウォーターボムのニ連発だ。
これの一発目はなんとジェスタールが高速詠唱で放ったと思しきオーラショットで撃墜。
二発目は直撃したものの、しっかりと鎧を着込んでいたジェスタールにはあまり大きなダメージが当たらなかったよう。
そして、馬の二発目の縄ひょう。今度のこれはジェスタールの身体を掠め、手傷を負わせる。
しかし、ジェスタールは逃げつつも、大上段に構えた構えから衝撃波、ソードボンバーの一撃!
けたたましい音とともに、壁際に詰まれた箱や樽がばらばらと吹き飛び、もうもうと木っ端と砂埃がたちこめて。
「‥‥ちっ、逃がしたか‥‥」
馬の呟きのとおり、砂埃が晴れた路地の先、どこを逃げていったのかは分からず。
「足止め役がいなかったから仕方ないわね。オーラ使いだって分かっただけで収穫よ」
とルカが言うと、しばらく周囲をうかがっていたブックマンが手に皮袋を持って。
どうやら、先ほど馬の攻撃が掠めた際に、ジェスタールが腰に下げていたものが落ちたらしく。
中には宝石が幾つかはいっていたのだが。
「なるほど、金を持ち歩くよりもこうして宝石に替えていたりしたのね」
こうして、ジェスタールは逃がしてしまった。しかしすぐに追う機会は訪れるに違いない。
そして一方もう1人の賞金首は‥‥。
●闇の終わり
「‥‥近いな、あの手傷だ。そうそうとおくまでは逃げれまい」
薄暗い路地にはてんてんと血の跡が。そしてマクシームは手に血に濡れた矢を持っていた。
マクシームが放った矢は、狙いはずさず医者の足を貫いた、しかし、ヴァ・ヴァはそれでも逃げ続けた。
矢を抜いただろう、路地には折れた矢と、足を引きずるような血の跡があり、
「しかし‥‥ひどい匂いだな」
慎重に後を追う一行だったがいつしか、古びた石造りの枯れた水路を歩いていて。
今ではわずかに汚水が流れ込む以外はところどころでよどんだ水が溜まっているだけのようだが、医者はその先へと逃げ込んでいったようである。
それぞれ灯りを手に持って、追跡すると、その石造りの水路の外れに、古びた部屋を見つけて、
踏み込んだ一行が見たものは、凄惨な実験の数々であった。
そしてその部屋の奥には、血に濡れつつも皮肉な笑みを浮かべた賞金首、凶医者ヴァ・ヴァが。
「ここまでだ、抵抗は無駄だぞ」
ゼファーがぴしりといえば
「僕はあなたの罪業を許するつもりも逃がすつもりもありません。素直に縄につかないのなら‥‥」
と零も言うのだが、そこでヴァ・ヴァが口を開く。
「く、くふふ‥‥まったく、品性下劣な凡人たちには理解できないのだなァ‥‥」
その視線は遠くを見るようで、そして自然な様子で彼は怪しげな容器を取り上げると、それを投げつけて
「毒?!」
とっさに避ける冒険者一行、その容器はがしゃんと割れるだけだったのだが、一瞬の隙が
その瞬間、ヴァ・ヴァは呪文を唱えるのだが。
「なっ、そんな‥‥皆、外に!!」
いち早く気付いたのはラザフォード、そして彼の予想通り凶医者の放った魔法、それはファイヤーボム。
冒険者たちはあわてて部屋の外に出るのと、石造りの密室で放たれたファイヤーボムが炸裂するのはほぼ同時で。
狭い空間で放たれた爆風は、古びた木のドアを内側から吹き飛ばし、どうやら可燃物が多かった部屋の内部は火の海と化したようで。
「‥‥く、くはーっはっはっはっはっ‥‥‥‥‥‥くはは‥‥っはっはっは‥‥」
炎の中から聞こえる哄笑は、自分の全てが炎にまかれて灰になっていくのをあざ笑うヴァ・ヴァのものだった。
こうして、一つの賞金首を滅ぼすことは出来た。
貧民街で放たれたファイヤーボムは延焼することも無かったが、部屋の内部のは別だったようで。
全て燃え落ちた後、残ったのは骨も残さず灰になったヴァ・ヴァとその悪事の証拠。
焼け跡からみつかった被害者のしゃれこうべからして、多くの事件があったのだろう。
しかし、全ては燃えてしまった。
だが、確実なのは、これ以上この狂気の医者が犯行を繰り返すことはないということだ。