●リプレイ本文
●のどかな写生会
「芸術ですか‥‥種類は違いますけどいいですね」
竪琴を爪弾きながら広場の椅子に座っているのはケンイチ・ヤマモト(ea0760)だ。
モデルとしてはなかなかの評判。たおやかで優雅な雰囲気が絵になるようだ。
「やはり、私は演奏してるときが一番似合った姿なんでしょうか‥‥」
モデルもさまになっているケンイチ。きっと良い絵を描いてもらえるだろう。
彼のように広場ではそこかしこで、モデルと絵師が集まっていた。
ある者はモデルを一心不乱にキャンバスに写し取ろうとして、ある者は筆のおもむくままに色を重ねる。
のんびり陽気な春の一日である。
「今でも師匠は休日に風景画を描いているのでしょうかね‥‥」
広場を見渡せるところに構えてのほほんと見渡しているのは倉城響(ea1466)。
「先生、ここの所はこんな風に‥‥」
「ああ、もう少しここの線を増やすとといいかもしれませんね」
スケッチをのんびりしながら、時折質問。何事も焦らずゆっくりが彼女の流儀のようである。
「心のままに‥‥とは言ってもなかなか難しいですねぇ。‥‥はぁ、お茶が美味しいです」
どこから持ってきたかお茶をすすりつつぽけぽけな響。小鳥も無警戒で近寄るほどのぽけぽけっぷりである。
「うーん‥‥題して『広場で過ごす憩いの雰囲気』ですね‥‥それはそうとお腹が減りました」
そういってかばんからお弁当を取り出す響。もくもくもくもく、食べる姿も幸せそうだ。
そして、妙にたくさんあるお弁当を見つつ、小鳥さんと会話。
「むぅぅ‥‥小鳥さんもいりますか?」
そうして見あげた屋根の上、同じく冒険者の姿を見つけて声をかける響。
「あ、ルーティさんもいりませんか〜♪」
屋根の上にいたのはルーティ・フィルファニア(ea0340)。全体を見下ろせるように高いところに登ってみると、なにやら下の方から声が聞こえる。
なにやら食べ物をもってぱたぱた手を振るニコニコ笑顔の響。とりあえず、無邪気に手を振り返すルーティ。
ぱたぱたぱたぱたにこにこにこにこ。いい加減止めないと二人ともいつまででも手を振り合ってそうだ。
さて、ルーティの絵はというと‥‥なぜか極彩色で独創的である。ちょっと時代を先取りなモダンアート。
「絵って今まで描いたこと無いですね、そう言えば‥‥独創的‥‥だといいなぁ」
色彩センスはさておき、絵には広場の様子が素朴なタッチで描かれている。しかし絵の片隅が少し寂しいかもしれない。
「あ、鳥って寄ってくるんでしょうか〜」
響からもらったパンをちょこっとちぎって投げてみるルーティ。
ばさばさと餌を求めて寄ってくる鳥たち。絵に鳥をもっと描きたいと思ったのか、さらにぽろぽろ投げてみる。
‥‥屋根の下でパンの屑を浴びたのか響が取りまみれになっていたのはご愛嬌である。
「題して『春の写生大会』ですね‥‥」
はてさて、絵の中にはどんな風景がうつっているのだろう?
「え、あはは‥‥それは残念だな〜‥‥」
広場の隅で通算6回目のナンパ失敗を味わい、ガックリしてるリオン・ラーディナス(ea1458)。
椅子に腰を下ろして、薄く笑みを浮かべたまま手足をだらりと投げ出して真っ白に燃え尽きている。
立てー立つんだーリオンー‥‥それはそれで絵になっているからいいとして、隣にはさらに強烈なモデルが居たりする。
「さぁっ! この瑞々しい肉体を、春の自然と共に存分に描写するが良いですぞっ!!」
響き渡るのはラテン語の響き。春を感じさせる薄絹は軽やかに風になびき、爽やかさを演出する‥‥はずなのだが。
爽やかというよりは、むっちりといった言葉の方が似合いそうなオイゲン・シュタイン(eb0029)がポージング中である。
絵を描きにきた人たちもどことなく避け気味である。しかし、嬉々としてオイゲンを描いている絵師が数人いるのはさすがイギリスである。
「美の前に、男女の区別などささいなこと。あぁ、出来ればもっと薄着で。そう、鎖骨は表に出したほうがもっといいですよ!」
そのままほかのモデルへと檄をとばすオイゲン。そういえば初日にはこんなことを叫びながら絵を描いていたオイゲンである。
木にもたれかかる“耽美”なレンジャーや、鎧を身に付けた“耽美”なエルフの騎士が描かれているキャンバスがごろごろ。
なぜか妙な雰囲気の漂う空間が出来ているのであった。
「‥‥やっぱりリオンはああじゃなくちゃな」
なぜか混沌とした一角(燃え尽きリオンとぽーじんぐオイゲン)にちらりと目をやって、木陰の芝生に寝転がっているのはエリック・シアラー(eb1715)だ。
片肘を立てて体を起こし、遠くの雲を眺めるエリック。とても絵になるシーンである。
近くに置いた矢と弓が冒険者のつかの間の急速といった雰囲気をかもし出す。なかなか絵師にも人気のようである。
「まあ、たまにはこんな日もいいもんだな」
春の陽気の中、身動きの出来ないモデルとはいえ、のんびりと一日を楽しむエリックであった。
その近くでのんびりと広場全体を眺めて筆を動かしながら、ふと遠くを眺めるのはステラ・デュナミス(eb2099)だ。
「なんていうかこう‥‥形に残るものを残す行為って、尊いと思うわ」
「そうですか? あんまりそう考えたことないんですが‥‥」
ステラの言葉に応えたのは青年絵師。興味を引かれたのかステラにふと視線を向ける。
「ほんの一握りの名作しか未来まで伝わらないでしょうけど、限りある命しかもたない私達が、その限りを越えて何かを先へと残そうとしているのだもの。絵も歌も文も‥‥」
「‥‥」
「‥‥感傷かしらね。まぁ、何か形を残せる機会、有意義に過ごさせてもらうわね」
絵には想いが篭るもの。きっとステラもその絵の中に何かを残すことになるのだろう。
「私をモデルにした絵も、未来まで残ってくれたら嬉しいな‥‥」
そう考えながら、ポーズをとっているのはリン・ティニア(ea2593)だ。
彼は春の柔らかな光の中できらきらと輝く金の髪が美しい月の精霊をイメージしたモデル中である。
優しい笑みを口元にたたえ、柔らかな曲線で構成された白基調の衣装。誰もが足を止めるほど絵になっている。
時折風に揺られて長い金の髪がきらりと光を跳ね返し、誰しもが月をイメージするかのような優しい印象である。
「変だって笑われないといいな‥‥少しでもお月様の静かで優しくてまっしろな感じに近づけたら‥‥」
絵を描いたものが思わず背景に月を描きたくなるようなイメージ。
竪琴をかすかに爪弾いて、優しくどこかかげりのある微笑を浮かべたリンは絵の中ではまさしく月の精霊であった。
●黒き聖母子像
広場に特別に設けられたちいさなあずまや。そこにはたくさんの絵師の視線が集まっていた。
急遽立てられた小屋は柱に粗末な屋根が乗っている程度、しかし、その柔らかな影の下には2人のモデルがいるのであった。
黒のドレスに黒のベールをまとった楚々とした麗人はフィーナ・ウィンスレット(ea5556)。
そしてその膝の上で抱かれるようにしてもたれかかっているのはリオンである。
そこはさながら隔離された世界。迫力すら感じさせるような美しさがあった。
フィーナはかすかに頭を伏せ、瞑目している。十字架の苦しみから開放され神の御許に召された我が息子の死を悼む母の悲しみが強烈に感じられる迫真の演技である。
リオンも普段の明るい様子はどこへやら、茨の冠と粗末な衣を纏い身動きもせず神々しさすら感じさせるような雰囲気だ。
声を出すことすらためらわれるような、鬼気迫る迫力。気品と悲哀とがはっきりと見える見事なモデルとなったのだった。
「恵み溢れる聖母様、御子と御身の姿を我が筆で具現できる幸福に心から感謝します‥‥」
十字すら切って興奮も露わなのはポーレット・モラン(ea9589)である。
「うふ‥‥うふふふふふふふふふ‥‥聖母子様のご様子が描けるのよっきゃー!!」
テンションうなぎのぼりで、筆も進んでいるようだ。
体にあったサイズの小さなキャンバスに丁寧に聖母子の様子を写し取っていく。
その技巧の高さはもちろん、並々ならぬ熱意がさらにその絵に磨きをかけていくのだった。
色を乗せるのにも気を使い、発色を良くし美しく見せるために技巧の限りをつくすポーレット。
いよいよ、写生大会も大詰めである。
そして、いよいよ写生大会も終りの日である。
「自分の絵を描かれるというのはいいですね。適度な緊張感の中に身を浸すことで、身も心も引き締まる感じです」
黒き聖母のモデルを見事に果たしたフィーナが優しく微笑みながらいう。
「オレが聖者役‥‥えーっと、バチとか当たらないよね? オレなんかがやっちゃったけど」
どことなく挙動不審で心臓をばくばく言わせているのはリオン。女性に慣れないリオンには緊張したモデルの仕事だったようだ。
あとは結果発表を待つのみである。そして、最優秀賞はもちろん‥‥
「ポーレット・モランさん作の『聖母子の悲哀を此処に』! モデルはフィーナ・ウィンスレットさんとリオン・ラーディナスさんです」
会場は万雷の拍手に包まれたのであった。